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寂しさと、悲しさを覚えるニュースが続いた。なんだか、オンタイムで書けなかった。
0系新幹線が幕を閉じた。
里帰り出産の母とともに、産まれたばかりの私は、
開通したばかりの新幹線で、今住む地へ戻ってきた。
もちろん、記憶など欠片ほどもない。
それから、中学にあがるまでは、毎年新幹線で
お盆の時期に父の墓参りに父母の故郷へ行っていた。
新幹線には2時間ほどの乗車だったが、
あの車内の独特の空気と匂いは、
もう、ほとんど乗らなくなってしまった今でも思い出すことができる。
「まぁるいお鼻の新幹線は、
幼い私の喜怒哀楽を乗せて、窓から美しい富士山を見せてくれながら、
明日からも元気に生きるんだよ、と励ましてくれました」
「まぁるいお鼻の新幹線は、
学校の窓から見える風景の中に時折姿を現して、
今日も元気に生きてますか?とだんだん乗らなくなった私を
気に掛けてくれました」
-こんなにも寂しいとは自分でも思わなかった。
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樋口宗孝氏、逝く。
私にとっては、彼は今でも半分はLOUDNESSの樋口さんだけれど、
半分はやっぱりレイジーの「デイビー」でもある。
幼い私はビジュアルとしてポッキーのファンだったが、
ミッシェルの声に、今まで自分の身近で聞いていた所謂アイドルとは
確かに違う感じを受けていた記憶がある。
ドラマーもギターの人もあまり笑わなくて、ポッキーの笑いもアイドル笑顔じゃなくて、
ミッシェルだけが、ひょこひょこ踊りながら、笑顔で歌ってた。
それがレイジー。
でも、バンドってそういうものなんだ、と思ってた。
いつの間にかの解散で、私も洋楽に走ったり、
自分から何か音楽をチョイスして聴く、ということから遠ざかったりで、
LOUDNESSが耳に触れるようになっても、樋口さん=デイビーとつながるまでに
少し時間を要す。
つながってから、あらためてサウンドを聞いて、先にも書いたように、
あ~、レイジーの頃は、バンドだから、あんまり
アイドルっぽい笑顔とかしないのかな、と子ども心に思っていたけれど、
きっと本当に嫌だったんだな~・・・とあらためて思い当った。
雑誌は読まなかったので、あとから、そういう話をメンバーがあちらこちらで
しているのを後で知った。
そしてこの度で、ファニーこと田中さんも既に他界されていることを知る。
早いじゃないか、と本当に思う。
色々上手くいかない時は、私は、もう、いいかな・・・と思う時がないでもない。
でも、実は何においても、やりがいを実感できる年齢にきているのも自覚している。
今が人として、自分次第でまだ成長する余地と余力があり、
そして得たものを発揮できる環境を自分で作りあげることができる域に入ってきた。
樋口さんだって、きっと同じだと思う。
まだまだ、やりたいことを山ほど残していたはず。
それなのに・・・
本当に悲しい・・・
心からご冥福をお祈り致します。
合掌