台湾研究フォーラム会長 永山英樹
■ 国連総長の大胆さの背後に支那の力
七月に陳水扁総統が国連に、二度にわたって台湾名義での加盟申請を行ったものの、潘基文事務総長は受理を拒否した。その言い分は「昭和四十六年の第二七五八号決議以降、国連は一つの支那政策をとっている」と言うもの。しかしこの決議は支那の代表権を「蒋介石集団」から剥奪し、支那人民共和国に引き渡すこと決めただけのもので、台湾を支那人民共和国の領土と承認したものではなかった。 そもそも台湾は日本による放棄後、支那の領土などになった
■ 勢いづく支那の前に現れた意外な国
そこで勢いづいた支那は、「台湾は支那の領土」と言った内容の国連決議案の提出までほのめかしている。 もちろん支那は台湾名の加盟申請に対し、さらには台湾国内の加盟を巡る住民投票政策に関してまで、「台湾独立の動きだ」として怒りをあらわにしているが、支那が軍事行動に出ることを恐れる米国も、それに歩調を合わせ、「台湾独立に繋が
■ 日本政府の予想外の大変化
産経新聞(九月七日)によると、日本の国連代表部は八月、
じつはこの申し入れに先立ち、米国の国連代表も国連事務局に書簡を送り、「台湾の地位の解釈の不適切さ」にクレームをつけていた。それには「米国の立場は不変だ。これまで国連も、同じ立場を守るとしてきた。今後もそれを守ることを希望する」とあった。
これも非常に曖昧な表現ながらも、米国が「一つの支那」に同意していないことを言い表したものである。戦後一貫して台湾を西太平洋の防波堤と見ている米国は、決して支那の虚構の主張に同意することはできないのだ。
ところが日本の申し入れは、曖昧な米国のそれよりも、もっと積極的なものだった。なぜなら「サンフランシスコ講和条約で台湾を放棄したが、どこに帰属すべきかは言うべき立場でな
■ やはり「快挙」だ─日本が支那に突きつけたもの
これまで米国の庇護の下で惰眠を貪ってきた日本にとって、
(平成十九年十月二十九日 国際派日本人の情報ファイル 千三百五十七号)
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