◎河竹豊蔵 同人雑誌「果樹園」

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果樹園13号「大黒様」

果樹園第13号 豊川稲荷に狐たち2から

 話の舞台は、愛知県豊川市の豊川稲荷です。豊川の妙厳寺の境内に、鎮守の神として祭られたのが、豊川稲荷です。狐が見たり感じた話ですが、狐を擬人化して話は続きます。

自問自答……
日々 心は定まらない
ジャンケンポン
ションボ・リータは チョキ
ションボ・リータは パー
ションボ・リータは グー
この勝負 ジャンケンポン
私はションボ・リータ

三、大黒様
大黒堂は、霊狐塚から出て直ぐ右にある白壁の土蔵だ。土蔵入り口には、左右に石の大黒様が置かれている。右のは、米俵二つの上にどっかりと座っている(大黒天)。左のは、米俵一つで右足を俵に乗せて立ち、右手で打出の小槌を高く挙げている(開運大黒天)。もちろん、怒った顔の大黒様なんてないから、福々しく両方共に笑っているし、お腹(なか)も大きく出ている。福耳で頭巾を被っている。左手で背負った大きな袋を持っている。
 豊川稲荷境内(けいだい)にある大黒様の高札は、次の通り。

〈おさすり大黒天〉
造立の由来
経文に「仏の慈悲は限りなく
信者の願いを聞きいれるけれ
ども、よこしまな我欲をもって
祈願することなかれ」とある。
仏身を撫でさすることによって
広大無辺の仏のご利益を頂く
ことができるのである。
ご眞言
「オンマカ キャラヤ ソワカ」
このご眞言を唱えながら撫で
さすって福得をいただく。

 夜空で一番明るい金星と木星が近づいて見える夜、布団屋の達吉が大黒堂に走って来た。
「ハア、ハア。なんだ、まだ誰も来ていないや。走ることもなかった。待つ間、大黒様にお参りしておこう」
 達吉、これから友達二人と寂れる豊川駅・稲荷周辺の商店街について、話し合おうことを約束していた。
「どうか商店街が賑やかになって、うちもお金が儲かりますようお願い申し上げます」
 彼は、右の大黒様に向かって手を合わせた。
次に鞄屋の誠吉(せいきち)がゆっくり歩いて来た。
「達ちゃん、えらい早いじゃない。だいぶ待った?」
「ううん、五分前位(ぐらい)に来て、お参りを済ましたところ」
「そう。じゃあ、善(ぜん)ちゃんがまだだから、僕もお参りしよう」
 誠吉は、左の大黒様に手を合わせてお願いした。
「一生懸命、仕事を頑張りますので、どうか力をお貸し下さい。どうか、成功してお金が儲かりますようお願い申し上げます。どうか、どうか、お願い致します」
 次に本屋の善吉がサンダルをドタバタさせながら走って来た。
「ごめん、ごめん。これでも、うちの嫁から逃げ出すように出てきたんだ」
「善ちゃんは、日頃の行いが悪いのじゃあない。だから、出かける時に疑いを持たれるんだ」
「それはない。誠ちゃんと、一緒にしないでよ。最近は規則正しく生活し、朝は真面目にジョギングもしている。この一ヵ月で五キロも痩せた。どちらかと言えば、誠ちゃんと会うから心配していると思う」
「えー、そうー。だって、僕達は幼馴染だよ。今更、目くじらを立てる筈はないじゃん。もう、四十年も続いた仲なのに変だよ。言い訳はいいから、早く大黒様にお参りしろ。俺と達ちゃんは、もうお参りした」
「ごめん。それでは、お参りさせてもらおう」
 善吉は、左右の大黒様に手を合わせた。
「どうか、宝くじが当たりますようにお願い致します。我家では、お金が無いと愚痴が多くなります。喧嘩も多くなります。今度こそ当たりますようお願い致します。それから、店が大繁盛しますようにお願い致します…それから…、それから」
 善吉は、何度も何度も丁寧に頭を下げてお願いした。達ちゃんが、笑いながら言った。
「善ちゃん、時計屋の和吉(わきち)さんが言ってたぞ。『拝むのは、自分が努力して頑張るから、お守り下さい』と手を合わせるのが本当だって。善ちゃんのはすごいお祈り時間だったような気がするけど、邪なお願いばかりじゃあないの?」
「ちがう、ちがうよ。僕は、真摯にお祈りをした。本の売上がだんだん落ちてきているから、昔のように売れるようにお願いしたんだ。最近では、夜の十時以降も頑張って店を開けてみたが、助平(エロ)本を求める酔っ払い客が来るだけで、あまり売上効果がないんだ。昔は、参拝客が子供やお孫さんに土産として本を買う方も多かったのに…。誠ちゃんや善ちゃんのところはどう?」
「うん、実は俺のところも年々鞄の売上が良くない。昔は、飯田線の奥の方から来ている人が多く、婦人物がよく売れたけど、最近はサッパリだ。奥の人も、どこか違う店で鞄を買い求めているようだ。どうしたらいいのか迷ってる。年配の方にお得意様が多いから、そうした方に喜ばれるようにしようと思う。嫁やお孫さんにもお土産として喜ばれるような商品を考えて、色々な物を置いては見るが、これといった物がない。これから勉強さ」
「ウチはだいぶ前から駄目だ。豊川稲荷に来て、その後で蒲郡の三谷温泉や鳳来の湯谷温泉に泊まる客が増えて、稲荷界隈に泊まる客がなく、旅館がどんどん減ってしまった。そのあおりで、旅館で布団を買って貰えない。今では、人気キャラクターの縫ぐるみを買って貰うのがやっとだよ。繁昌枕でも考案するか」

「あっ、仙吉じいさんが来る」
「まずいな、三人揃って何の相談をしてるんだって笑われるぞ。大体、俺達の話は想像がついてるくせに、とぼけるんだから」

 稲荷公園側の道から、仙吉じいさんが大黒堂の前に来た。
「おやおや、三人揃ってお参りかい。また、何をお願いしたのかな。みんなのお願いで、大黒様の袋は一杯だ。ワシもお願いしているが、まだ袋の中のようだ」
「仙吉じいさんも、お願いするんですか」
「馬鹿を言っちゃあ困る。いつも、お願いだらけだ。これ、こんな具合に大黒様に触れさせて頂いてる」
 仙吉じいさんは、一所懸命に袋や頭、お腹、足等を掌で、しかも両手で丁寧に触り始めた。
「お願いするのに、恥ずかしがってもおれんで」
と、長い間、大黒様の身体を撫でた。 「オンマカ キャラヤ ソワカ、オンマカ キャラヤ ソワカ、オンマカ キャラヤ ソワカ、…、…、…」
 仙吉じいさんは、何度もご眞言を唱えた。
 善吉が笑いながら、
「じいさん、そりゃあ唱え過ぎだよ。まったく、欲張りだよ。幾つになっても、それじゃあ子供だよ」
「ワハハ…、そうかー。それでも願って触らんと、ワシは心が狂ってしまう。大黒様は、黙って笑って願いを全部聞いてくれる。だから、涙が出る程に感謝している。お前達もよく触って見れば分かる筈だ。大黒様は石だが、多くの願いを聞いて溶け、柔らかく丸くなっている。その優しい感触が手に伝わってくる。ワシのストレスも溶けて、希望が湧いてくる」
「じいさん、抱きついちゃあ駄目だよ」
「ありがたい、ありがたい」
 仙吉じいさんは、ありがたがって何度も大黒様を撫で回した。
「さて、三人に面白い事を教えてあげよう。みんな知らないようだが、この堂の中に先代の大黒様が居られる。あとでお前達も覗いてごらん。もう、先代の大黒様を撫でた方々は生きていないだろう。しかし、みんなのお願いや祈りは、絶えることがない」
 仙吉じいさんはお堂に向かって手を合わせて、静かに頭を下げた。
「ワシは、これから友達と会う約束があるから、行くよ。それじゃあ、お先に」

 善吉が、言った。
「仙吉じいさんが、あんな事を言ったが本当か」
 そこで、三人揃って堂の中を覗くことにした。右の扉の直ぐ後ろに、隠されるように以前の大黒様が二体あった。小さくなった大黒様がそこにあった。現在の大黒様に比べると、三分の二程度だ。
「驚いたな、本当にあるよ。なんで、今まで気がつかなかったのだろう」
「そうだね、じいさんはこんな所まで覗いていたのか」
「普通、首をお堂の中まで入れて見る人はいないよ」
「それにしても、あんなにまで撫でられたのか」
 三人は、先代の大黒様をじっと見つめた。
「どの位の願いを聞いただろう」
「大黒様も大変だな」
 小さな大黒様は、誰にも知られず置かれていた。少し経って達吉が、「お疲れ様でした」と言って、先代の大黒様にお辞儀した。誠吉も善吉もお辞儀をして、「お疲れ様でした」と言った。三人は、先代の大黒様が愛おしく感じた。達吉が言った。
「商売は楽じゃあない。生きるのは、楽じゃあないとみんな思っている。それでも、楽しく生きようと何かを求め、豊川稲荷に多勢の人が来てくれる。本当に有難いことだ。俺達は、訪ねてくれる人達をどう おもてなし できるか、もう一度考えてみよう」
「そうだ、そうだ、商店街の店主は俺達と一緒の狐で、仲間じゃあないか。力を合わせよう」
「楽しんで、明日の力を持ち帰ってもらおう」
「俺達が大切な神様を信心しないで、誰が信心してくれるのだ」
「そうだ、この先代の大黒様を右の見える所に移動しよう。そして、感謝しよう」
 三人は、力を合わせて移動させた。
「我々狐は、時代遅れか。いや、我々は人間以上でも人間以下でもない。同じ生きるものとして、馬鹿人間と軽蔑するのはよそう」

 仙吉じいさんは、稲荷の森を歩いていた。昨日の雨に濡れ、小さく引き締まった松ぼっくりが、足元に落ちていた。ワシには、お金がない。辺りに誰もいない事を確認して、強がって言った。
「誰もがみんな お金がなくても 王者になれる」
じいさんは、もう一度自分に問うた。
「はて、なんの王者になるのだ」

   果樹園第13号 2009年9月15日発刊

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