2014年09月28日
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(短歌)愛すべき自然の驚異感じつつ山を想えば無情に日暮れ

山の景色

9月最後の日曜日は、立て続けにお出かけばかりしてる最近でしたので、少し休息日をと思ってお出かけは止めました。10月の連休は去年お出かけ直前で、台風で出かけられなかった立山室堂に宿泊する予定があります。夏に強行で出かけた風景とは違う、きっと違う秋山の風景を楽しませてくれる事を楽しみにしながら、山の準備をしていた頃。御岳山の噴火・・・のニュースがテレビに流れ始めました。最初は「そっかぁ、噴火したんやなぁ」と思っただけでしたが、段々と被害状況が解るにつれ、酷い状況になってる事も解って来ました。私自身は御岳山に出かけたことは一度もありませんが、最近「山・山・山」と嬉々としてる私、御嶽山もロープウェイを使ってのアプローチなら十分に行ける範囲なので、何れは行きたいと思って居ました。富士山・立山と並ぶ日本三大霊山の御岳山である事と、確か小学生か中学生か忘れてしまいましたが、それまで「死火山」「休火山」と覚えていたこれらの山が「活火山」に表記が変わったのを薄らと記憶の片隅で覚えて居ました。

立山

夏に出かけた立山室堂平で、数年前には歩いて行ける場所だった地獄谷が通行止めになっていました。見れば一般的に硫黄と呼ばれる硫化水素の匂いが強くなってて、風向きによったら口や目を塞いでても目が痛くなるような匂いのキツさでした。有毒ガスも発生してると云う事で、みくりや池辺りや雷鳥荘へ向かう道などでも注意を促す看板が幾つ立てられてました。聞けば立山自体は火山ではないそうですが、弥陀ヶ原火山(みだがはらかざん)と呼ばれる火山があるそうです。どちらにしても、登山や山歩きを楽しむ人がどれ程用心深いとしても、噴火する事を前提に山に向かうとは到底考えられません。御嶽山の噴火に不幸にして遭遇してしまった人達も、山歩きが好きで山を愛する人達。山への憧れや恐れを抱きつつも、山を楽しんでたんだろうと想像すると悲しいばかりです。自然は愛すべき驚異ですが、時に残酷に人の命を奪って行くように私には思われます。

室堂

私自身は、殆ど無神論者ですし、どちらかと云えば神も仏も、この世には居ないと思っています。もう何度も嫌と云う程・・・自分の人生でも無常感や諦める事を強いられて来たのも事実です。それでも、心の何処かに「希望」を求めながら、神であれ仏であれ、目に見えない大きな力を信じたくなる時もあるものです。けれどもやっぱりこの世に存在する神や仏と呼ばれるモノには、私たち人間や生きもの達のささやかな願いは届くはずも無いのでしょう。そんな世界で足掻きながらも、前に進もうとするのは人間の強さなのだと解っては居ても、何時も逝く人達と残る人達の深く大きな悲しみを思わずには居られません。信仰の山としても名高い御嶽山の噴火が、どうぞ早く収まりますように。山がこれからも人の楽しみや祈りの場所でありますように。亡くなられた多くの尊い魂が安らかでありますように。信仰心の無い私でも、やはり願わずには居られませんでした。





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最終更新日  2014年09月30日 22時50分26秒


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