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25年前花あそびという名前で花屋を始めました
花を仕入れると1種類100本10種類仕入れると1000本
私の店だけでは売れないので、何とか考えました
それは結婚式場のブライダルの花の注文
スーパーや農協などの花売り場やコンビに花束を置いて販売してもらうこと
今でこそスーパーに花があるのは通常になりましたが、そのころはあっても仏花だけでしたよ。
始めは知っている商店などに行きましたが、5件中契約は1件
それでもめげずに営業しました
不思議なものでうまくいき始めると、先方からお願いされます
そして、地元の大きなスーパー・農協(今はJA)は、全部契約が取れました。
あのころ忙しくて遊んであげられなかった息子に、今仕事の先輩として営業を教えようと思う
しかし、息子は4歳までは私は毎日一緒。お散歩をしたり、粘土をしたりで、私は家庭のことだけしていました。
(頭の手術をして、右半身が不随でおまけに右に傾いて歩いていくので、殆ど自宅にいるしか出来なかった)
自分で人生をプログラムしてきたとすると、なんて素晴らしいプログラムなのだろうと関心します。
元気だったら私は家にはいなかっただろう
今の私の行動を考えてもありえない
そして、あのときの苦労と比べたら、どんなことでも乗り越えられる。
それは、これから今の会社の営業も同じ
そのことを社長(息子)に体験させたい
苦労があって、喜びは倍増するということ
一生懸命で自信がつき、他人はそれを感じ取る