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宮古民謡の集大成!何と100曲をCD化!平良重信オジーは、素晴らしい事をなさいますネ!拍手を贈りたいです!!! 宮古の民謡が、更に広く、深く、広まる事を願っています。宮古毎日新聞から貼り付けます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・CD「宮古民謡百曲集」を制作/「工工四」「民謡集」改訂版も平良重信さん(平良西里) 平良字西里で「重信民謡研究所」を主宰する平良重信さん(76)がこのほど、新曲からわらべ歌までを収めた六枚組のCD「宮古民謡百曲集」を制作した。中には譜面(工工四)しか残っていなかった曲や、お年寄りから聞いて譜面を起こした曲など、現在では歌われなくなった二十三曲も収録されている。平良さんは「先人の歌を受け継ぎ、後世に伝承したい一心で収録した。私の歌とは思わずに、先人の思い、魂の声だと思って聞いていただきたい」と話した。またCDと同じ曲の譜面を収めた「聲楽譜附(せいがくふつき)宮古民謡工工四」、「解説付宮古民謡集 宮古方言の手引き」の改訂版も併せて制作された。 時計店を営んでいた平良さんが沖縄民謡を習い始めたのは三十代半ば。四十代後半には宮古民謡の世界にも足を踏み入れた。一九七二年に「宮古民謡舞踊曲集」を制作。九二年から二〇〇二年には宮古民謡保存協会会長を務めるなど、長く民謡に携わってきた。 CDに収録された百曲はすべて平良さんの歌・三線(さんしん)のみで今回、全曲を改めて録音した。思うように声が出ないときもあり、苦労を重ねながら、制作には約一年を費やした。平良さんは「歌を通して、昔の人たちが、作詞、作曲し、歌った深い思いが自分にも伝わってくる感じを受けた。同時に、この歌を残したいという思いが強くなった」と、収録時の気持ちを振り返った。 今回のCDは初心者からでも取り組める練習用として制作したため、キーは低めに設定されている。「工工四」と「宮古民謡集」の改訂版を同時につくったのも、多くの人に聴いてもらい、練習してもらいたいという思いからだという。 「豊年の歌」「なり山あやぐ」「とうがにあやぐ」などの代表的な曲をはじめ、「旅栄(タビ★パイ)のあやぐ」「マンジャク」「十四日十五日(トカユーカジュウグニツ)」といった今ではほとんど歌われていない二十三曲、「鳩(パトウ)がまぬあーぐ」などのわらべ歌八曲などを収録した。 平良さんは「ごく初心者の人でも、宮古民謡の深いところまで入っていけると思う」と話した。CDは六枚組で一万二千円。「聲楽譜附宮古民謡工工四」は二千八百三十五円、「解説付宮古民謡集」は二千円。問い合わせは重信民謡研究所(電話75・5150)まで。写真説明・CD「宮古民謡百曲集」を制作した平良重信さん=7日、平良字西里の重信民謡研究所写真説明・このほど制作されたCD「宮古民謡百曲集」と、「解説付宮古民謡集」(奥左)、「聲楽譜附宮古民謡工工四」※「旅栄のあやぐ」の★はカタカナの「ス」にまる
2006年01月08日
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嬉しいですね!名古屋にも八重山古典民謡の同好会ができました。八重山毎日新聞から貼り付けます ////////////////////////////////////////////////////////////////三線に魅せられ…/名古屋八重山古典民謡同好会を結成/代表の小山さんは教師免許取得する努力家2005-10-03 | 芸能・文化 | 地域 |--------------------------------------------------------------------------------【名古屋】八重山民謡に魅せられた愛知県在住の会社員らがこのほど「名古屋八重山古典民謡同好会」(小山文雄代表)を結成し、三線のけいこに励んでいる。 代表の小山さんは、生まれも育ちも長野県。転勤で愛知県に移り住み、10年前にふと耳にした「でんさ節」がきっかけで八重山古典民謡にひかれ、三線を始めた。 地元でけいこを積んだあと、「沖縄の空気を吸いながら覚えたい」と、3年前に宮良康正研究所(浦添市)に入門。年に数回、沖縄に通って、けいこに励み、昨年八重山古典民謡コンクール最優秀賞、今年、教師免許を取得した努力家だ。 「愛知県にも沖縄民謡の研究所が数カ所あるが、私のような中年サラリーマンは毎週決められた時間に通うことが難しいので、ある程度自由にできたら」と同好会結成の動機を語る。 岐阜県の井爪孝さん(会社員)らとともにスタートし、現在の会員数は10人ほどになった。 9月中旬には「1度は同好会を見てみたい」と、宮良師範が沖縄から訪れ、2日間にわたってみっちりけいこをつけ、「鷲ぬ鳥節」「あがろーざ節」「月ぬかいしゃー節」など、歌の背景や意味、ポイントなどを丁寧に解説しながら、10数曲を指導した。 与那国島出身の真地俊和さん(58、団体職員)は島を離れて約40年。時間がたつほど島への郷愁が強まり、昨年父親をなくしてからは、思い立ったように三線を手にして古里の歌を口ずさむようになったといい、「沖縄民謡はたくさんあるが、中でも八重山の歌が懐かしく、遠い昔を思い出させてくれる」と話す。 波照間島出身の安里洋子さん(主婦)は「こちらではヤマトンチュがシマンチュに島唄を教える。逆転しているね」と笑う。 けいこ場を提供している浜盛重則さん(会社社長)も「古里の歌を遠く離れた東海地方で一生懸命に覚えてくれることがうれしい」と満足な様子。 宮良師範は「会員はみんな家族。沖縄の歌はどれも素晴らしく、流派の垣根を乗り越え、心一つに長く続けてほしい」と話していた。 練習が終わると、メンバーは泡盛やゴーヤチャンプルーなど沖縄料理を囲んで、八重山の話題で盛り上がっているという。///////////////////////////////////////////////////////////////////宮古毎日新聞から貼り付けます! 島尻港から対岸の神の島・大神島にて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・泥べっとり・厄払い/平良字島尻 集落内にパーントゥ現る 人や家に泥を塗り付けて厄払いを行う平良字島尻の伝統行事「パーントゥ」(国指定重要無形民俗文化財)が旧暦九月の吉日に当たる三日から始まった。夕方になると三匹のパーントゥがどこからともなく現れ、住民や観光客らを見つけて手当たり次第に泥を塗り付けて厄を払った。 パーントゥは百数十年も前、島尻集落発祥の地である元島の西海岸(クバマ)に漂着した仮面がきっかけになった。この仮面を世持神の来訪とあがめた村人が、仮面をかぶって駆け回ったことが始まりとされる。 パーントゥ初日の字島尻は地元住民だけでなく観光客ら集落内外の人出でにぎわった。全身につるを巻き泥を塗ったパーントゥは夕方に現れ、逃げ回る住民や観光客に容赦なく泥をべっとり。泥を塗られた人たちの中にはパーントゥの容姿や行動を観察し、伝統行事の奥深さに感嘆の声を上げる人もいた。泥を塗られた新城建良さん(30)は「泥は気持ち悪いけど厄払いができて良かった」と苦笑いで話していた。 パーントゥはきょう四日まで行われる。
2005年10月04日
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