息子の再就職が決まり
先週の土曜日から正式に働き始めました
職場実習でお世話になった会社です
本人 正直いって
実家のリンゴ畑の剪定を終わらせてから働きに行きたかったようですが
働き口も御縁あってのもの
あちらさんから望んでくださるなら
それにそって行きましょうと
実習が終わった 1週間後に働くこととなりました
通勤時間に 前の会社の時ほど時間がかからず
会社の中での作業のため
時間通りに終わるようで
帰宅するのが午後5時過ぎのようです
それから祖母のいるリンゴ畑に行き
りんごの木の剪定を手伝える時間があるようです
本人 なにかこの流れが気にいったようです
通勤に時間を取られることがなく
そして さらに
ばあちゃんの手伝いができることが嬉しいようですね
あれは ちょうど一年前の3月1日のことです
退職の話が前の会社から出たのです
本人のためにも自主退職ということになりました
後で知ったのですが
お世話になった2年間
本当に大きな心配や迷惑をかけ通しだったのです
発達障害という彼の特性のせいだったと言えるでしょう
あの日は泣いてしまったなぁ
親としての自分のふがいなさに
なぜ高校生以降安心して
しっかりとフォローしなかったのだろうかとの後悔に
あの日をスタートに
いろいろ調べ
公的機関を訪ね歩き
相談し・・・
公的機関で紹介された
職場実習を繰り返し
それでわかったのは
決して 息子はいい子ってわけではなく
発達障害の特性で なんだか頑固で でもどこか抜けていて・・・
それでも
働くということはどんなことかの理解をし
交通費をいただくだけで実習に行って働いていました
あまり興味もないのかお金のことについては
何にも云わずに
でも本人はとってもケチなのですよ
しかし食費はしっかりいただいていた私です(笑)
今回の就職は
発達障害であることをオープンにし
(手帳も取得し)
障害者枠での就職です
私は
親として悩んで
悩んで
この展開について行けずに
心が置いてけぼりに
うつむいていて涙ぐんだり
情緒不安定な時もありました
自分の判断は大丈夫なのだろうかと・・・
でも決めたのは息子でした
自分の事ならばどんなにつらいことでも
受け止めることができるのに
自分の子の事になったらどうしようもなくって
私はこの子ではない
この子の人生を歩くのはこの子自身なのに
その行く先を勝手に案じて
勝手に自分の心を痛めてしまって・・・
自己免疫疾患そのもの
自分で自分の身体を攻撃してしまう・・・
まさに“が~~~んの元”の理屈ですね
“が~~~~んの元”は
私が勝手に作り上げてしまったようですね
今日治療を終えて
この一年の終わりがこれかぁ
と
なんだか不思議を感じていました
息子
今の会社の人と相性がいいのでしょうか
「お母さん 三月にね 一緒に山菜とりに行くかって声かけられたよ
お母さん 山菜とってきたら天ぷらしてくれる?」ときいてきます
障害をオープンにするのには勇気がいります
発達障害であることを理解してもらった中で働けるのは
本人にとっても働きやすいのだと思います
この一年
何が幸せであって
何がそうでないのか
その時 その時で思いは違ってきます
今はやっと
この一年が私たち親子に必要な一年だったのだと理解しています
(ま 結果論ですが)
さらに年数を経ることによって
その意味合いは変わってくるのかもしれません
どちらにしても
その一瞬 一瞬を大切に真摯に
出来れば楽しく生きていきたいと考えます
息子のとってきた山菜の天ぷらを
美味しく揚げて
一緒に食べたいですね![]()
息子
「お母さん ごま油であげたら美味しいが?」
食い意地の張った息子です![]()
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