ken tsurezure
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
会場が暗くなると小沢自身が数時間前に録音したというアナウンスが流れる。ニュートンの光の7元素というかなり固い話。「ノリノリだぞ」「盛り上がっていこうぜ」みたいなのとは全く正反対のトーン。そして今回のライブでは昔ー90年代のオザケンの声やその頃に出した音源を一部で使うとのアナウンスがされる。明らかに「わかりやすい」タイプのライブではないことが僕らに伝わる。一曲目は新曲でどちらかというと地味目な曲で、この日のライブの敷居の高さが予感できる。次の曲は「ある光」。90年代のオザケンの「さよなら」を象徴する名曲で、この曲が2曲目に来たことで今日のライブがどのようなものであるかが示される。そして彼は自分のトラックづくりのネタばらしを始める。彼は作曲するときドラムの生音をサンプリングしたリズムマシーンでまず曲の骨格を作り、そこに音を重ねて音楽を作っていくのだという。そしてあるリズムパターンを演奏し、この骨格が彼の目の前に現れた時に名作ができる予感を感じたという。そしてそのリズムパターンから「愛し愛されていきるのさ」が目の前で姿を現す。この日のライブはそんな名作「ライフ」の誕生から「球体の奏でる音楽」、そして「ある光」を経て「指さえも」に至るまでの小沢自身の「私小説」が語られる。残念ながらチケットを取ることができなくて「ライフ再現ライブ」はいけなかった。しかしそれから約1年以上がたち、久しぶりのツアー。だからこそ。その「ライフ」がもたらした彼にとっての1990年代を語る時が来た。今回のライブはそんな重いライブだった。それはもしかしたらジョンレノンにとっての「ジョンの魂」と似たような、そんな小沢自身の挑戦と総括だったのかもしれない。小沢健二は自分にまつわるイメージを「青」と「赤」の交わりとして象徴させていた。1995年1月にリリースされた「カローラ2に乗って」。それは爆発的に売れたという。それと同時にストライプのシャツを着た植物系の好青年「小沢健二」という「青」のイメージが流通してしまった。彼はそれに違和感を感じもっとギラギラしたそして徹底的に多幸感にみちてハイテンションな「赤」のイメージの自分を半ば演じるように生きてきた。そう話す。そして阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件といった1995年を象徴する出来事や事件と急ブレーキが効かなくて奈落のように崖を落ちていくかのような日本社会の大反転。そうしたことが彼の作品に影響を与えた。彼自身は「ライフパート2」みたいなハイテンションなアルバムを作りたかったし世間もそれを望んでいた。だけれども「赤」と「青」の葛藤や日本社会の変化への敏感な察知、そうしたものがそれを彼に許さず、「球体の奏でる音楽」という作品ができてしまう。それは彼にとってあの時できた「ブルース」の解釈だった。ブルース。憂鬱さや葛藤や焦燥など生きていくと必ず付きまとってくるマイナスの感情。それを昔の彼はうまく表現できなかった。そして今なら自分はこういうふうにそれを演奏するだろう。そう言って新曲を披露する。それは本当に彼自身の1990年代の告白であり、そして彼自身についての「私小説」だ。開演前の会場を見渡すと1971年生まれの僕とだいたい同年代の人ばかりだった。だからということでこうした私小説を披露したのかもしれない。だから一か月前に初めて「ライフ」を聴いて感動した女子高生が今日たまたまライブに来た。そういうお客さんがいたとしたら、今回のライブは退屈だったかもしれない。あるいは「ライフ再現ライブ」で盛り上がって、その第二弾を期待して今回のライブに来ました。そうしたお客さんがいたとしたら、その人も少し「あれっ」と戸惑ったかもしれない。今回のライブにアピールしたのは「ライフ」をシリアスに聴きこみ、その後の小沢健二も追い続け、当然「ecletic」や「so kakkoii 宇宙」も買った。そんな人たちに向けてのライブだった。1994年当時、僕は本当にCDが擦り切れるほど「ライフ」というアルバムを聴いた。それは。多分その時に失恋したことと無関係ではないと思う。あの頃は今と比べると愚かでその分人生に対して誠実で、今よりも純粋で、だからこそ恋を失った時の苦しくて胸が痛くて切ない気持ちをすごく重く感じていたのだろうと思う。それが理由で「ライフ」で歌われる「恋愛の絶頂期」の多幸感に大きな輝きを感じたのだろうと思う。そして1995年。それは僕にとっても大きな転機であった。そうした僕自身の「私小説」が小沢健二の「私小説」とリンクした。そんな個人的な事情から、僕は今回のライブが確かに敷居はかなり高かったけれど「よかった」と思った。ライブの本篇は「流動体について」という「現在地」で終わった。そしてアンコールで「強い気持ち 強い愛」が演奏された。昔の楽曲も「流れ星ビバップ」「ドアをノックするのは誰だ」といったどちらかというとあまり演奏されない曲をあえて持ってきた感じがあった。ならば今日のライブはよかったのか。それこそ昨日ネットで絶賛されていた「ライフ」を、初めて聞いた女子大生にも勧められるライブだったのか。それはわからなかった。それでも今回のライブを「退屈で面倒くさかった」と片付けられない事情が僕にはあった。それは今回初めて小沢健二の「私小説」を聴いて、僕も小沢健二も確実に1990年代という時代を「生きて」いた。そんなことを思い起こさせてくれたからだ。あれから長い年月が経ってしまった。でもまだ僕にはそれを過ぎ去った歴史として忘却することができない。10時過ぎまで続いたライブの後、それをかみしめるようにあのときを少し振り返っていた。
2026.05.15
コメント(0)