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2006年08月30日
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テーマ: ザ・事件(1)
カテゴリ: ザ・事件



なんでや!

お互いが支えあい、励ましあう一番身近な存在が家族ではないんか!

それが殺しあってどないすんねや!

少年犯罪は少し前では外向きであった。

それが最近は内向きとも言うべく身内にその牙を剥いている。

親の子殺しはその存在が邪魔になったり、憂さ晴らしの虐待であったりだろう。 もちろん身勝手で言語道断だが、原因がある程度はわかる。

子の親殺しがわからん。

親がいなければ、今の自分はない。

親がいなけれは、食うに困る。



生活がたち行かなくなる。

それがわかっていながら、なぜ殺しに至るほど親を憎むことかできるのか・・・

ギリシャ悲劇より不可解だ。

子を叱ることに躊躇してしまう。

原因がわからない以上、私には対策を講じることはできない。

ただ言えるのは死とは再生できない。すなわち取り返しかできないということ。

また、なぜ人を殺してはいけないのか。

駄目なものは駄目だからだ。

殺人という行為に、自分にとって正当な理由付けはいくらでもできる。

自殺を含めて殺人は駄目なんだと教育していかねばならない。

家庭での自分を省みなければならないが、弱い自分をさらけ出しても許されるのが家庭だと思う。











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最終更新日  2006年08月30日 23時37分18秒 コメント(20) | コメントを書く


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