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2014年01月25日
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姫路に移動して、まず、「兵庫県立歴史博物館」に行きました。


兵庫県立歴史博物館_2014_1_25


ここでは、「旅に出よう-絵地図からはじまる物語-」という企画展をしています。
もちろん今の地図の展示ではありませんが、古地図でもありません。
‘ノスタルジー’を感じさせる程度に古い地図の展覧会です。

今回もそこそこ詳しいカラーの解説書をくれました。

まず、「待合室.描かれたたびの情景」から始まりました。
「江戸時代後半、生活に徐々に余裕が生まれた当時の庶民の間で、旅への関心が高まったと考えられています。ここでは、屏風や絵巻に描かれた東海道のほか、浮世絵や絵巻などに描かれた各地の景勝など、江戸時代の旅の情景を紹介します」。

1840年の『日本俯瞰図』なるものがあって、まるで宇宙から地球を見て、日本をクローズ・アップしたような木版の地図(?)で、「空が飛べない時代に、よくこんなものが描けたなあ」と驚きました。

江戸時代に使った『道中笠』があり、地図として『東海道図会』が広げて展示してありました。
「上巻」は江戸から浜松まで、下巻は舞阪から京までを描いており、草津、瀬田の橋、大津、山科、京あたりは確認できました。

江戸時代の6曲1双の『東海道図屏風』が2つあり、1つは右隻の右下が江戸で、左に進み、右上に移って富士山があり、そのまま左に進んで、左席の右上に続いていました。

つまり、右隻は‘Z’の右下から左上に進む格好で、左隻は裏返しの‘Z’の右上から左下に進む格好に描かれていました。
もう1つは小ぶりで、右隻が裏返しの‘Z’を右上から左下に進み、左隻は‘Z’の書き順のとおりに進むように描かれていました。

ところで、いつもは左回りに展示されているのに、今回は右回りに展示されていて、横に長いものや屏風などは非常に見にくかったのが残念でした。


「当時の道中図は、横長の紙に収まるように現実の地形を大胆にゆがめて表現されました。そこに街道や航路、宿場を描き、さらに、宿場間の距離や各種賃銭、沿道の名と旧跡など、旅に欠かせない情報も書き込まれており、地図としてだけでなく、旅のガイドブックとしての役割も果たしていました」。

1672年頃の『兵庫名所図巻』は、尼崎から明石までが描いてありました。

1850年の『大日本国順路明細記大成』は木版で、携帯用道中図の代表的なものだそうです。
恐ろしく細かくいろいろなことが描かれていて、目的地を見つけるだけでも大変で、見つけても字が小さくて読めそうにないほどでした。

「2番線.お伊勢参りと庶民の旅」
「移動の自由が保障されていない江戸時代の庶民にとって、旅のきっかけの多くは伊勢参りなどの巡礼のたびでした」。
さらに、四国や西国などを巡礼する人や、都見物や温泉巡りなどをする人もいたそうです。

『旅行用心集』(1810)は一般的な注意のほかに、危険な生物への心構えなども載っていました。

『伊勢参宮名所図会』(1797)はモノクロでしたが、すごろくのような描きかたで、右下が伊勢、左上が京(都)という配置になっていました。

江戸時代後期の『西国巡礼案内絵図』は、当然のことながら西国の寺を歩いて回るための案内図でした。
電車やバスを使っても、なかなか“満願”できない私(^-^;)には、まったくそうぞうもできない世界でした。。。

「3番線.ミニチュア・パノラマ・ワールド-近代の旅行案内-」
「明治時代に鉄道や汽船など新たな交通機関が登場すると、旅人は安全かつ短期間で旅行することができるようになりました。絵地図作家の吉田初三郎は、鳥のような目線で地図を大胆に描き、交通路線を明瞭に示した彼独特の鳥瞰図を考案し、人気を博しました。1872年に『新橋~横浜』間に鉄道が開通し、大正時代末期には全国を覆う鉄道路線網を形成しました」。

『近畿を中心とせる名勝交通鳥瞰図』は、大坂・京都を中心に、右上は北海道が、左下は台湾がかすむように描かれていました。
空から見ない限り、北海道から台湾までは見通せないはずで、発想がユニークなことに驚くと同時に、「見たことがないものをよく描けたなぁ・・・」と感心しました。

『瀬戸内海航路図会』、『別府温泉遊覧の志を里』、新聞の付録だったらしい『琵琶湖遊覧御案内』などの他、『播州鉄道』と『山陽鉄道』の沿線案内図がありました。
どれも結構大きく、それでいて細かいので、展示ケースの中にあると、字が読めないものがたくさんありました。

時代は現代に近づき、『阪神急行電鉄沿線御案内』、『淡路鉄道沿線名所図会』といった鉄道会社発行のものがありました。
廃止されることなく淡路島に鉄道が残っていたら、「明石海峡大橋」に鉄道が走っていたかもしれないと、残念に思います。

さらに、『関東震災全域鳥瞰図版』なるものがありました。
関東大震災後の被害状況を地図にまとめたようなものでした。
浅草寺や戸塚のあたりが燃えていました。
「大阪朝日新聞」の付録だったそうです。

最後には、鳥瞰図の原画が3点(豊岡市、伊丹市、西宮市)ありましたが、細密な日本画そのものでした。

「4番線.おもちゃに見る旅の思い」
「明治時代に新たに登場した汽船や汽車、駅などを、当時の人々は江戸時代から親しまれてきた絵すごろくや組上絵の題材として描くとともに、ブリキなどの新素材を用いて汽車や汽船などのゲームを製作しました」。

歌川広重が描いた『東海道五拾三次新坂道中雙六』の他は現代に近い時代のもので、紙を組み立てて作った駅や汽車などがありました。

「終着駅.多様化する現代の旅と絵地図」
「現代社会は交通手段が多様化し、公共交通機関を利用しなくても旅が可能になりました。GPSナビゲーションなどが普及し、地図に頼らなくても目的地までの移動が容易になりました」。
逆に、「旅情」というものはどんどん薄れていっていますよね。。。

ここは現代のイラストマップや立体地図が少し展示してあるだけでした。

結構楽しい展覧会で、一方で、‘地図のようなもの’が延々と並んでいるので、だんだんと食傷気味になったことも間違いないですが、1時間15分かかりました。
地図や案内図を丁寧に見ていたら、この3倍ぐらいかかると思います。

このあとは、「姫路市立美術館」に行きました。





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最終更新日  2014年02月13日 02時14分20秒
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