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朝、何だか気分がもやもや。「これはいかん、育児・家事ノイローゼになる!」(いつも大げさ)と思い、お昼から研究室に行くパートナーに「1時間だけ外出してくる~」っと王子くんをお願いして近くの駅ビルまで行って来ました。それが、こんな日もあるもんです。なんと1時間の間に3人のお友達と立て続けに会いました。まずは姉妹でお友達のJちゃん。話してる途中でニュージーランド人のS。そのまた途中で高校時代のお友達Mちゃん。そうそう、会ったわけではないけれど、その後イギリスから帰国したばかりのSちゃんからも久しぶりの連絡。みーーんな、かなりご無沙汰してる方々。王子も3ヶ月になって、ほとんど午後は外出をしているし、その駅ビルには週に3、4回ぐらいは行ってるのに何ともすごい確立での再会。こんな日もあるもんですねー。確かに「今日はやけにメールが届くなー」とかいう日ありません?私はたまにあるんです。そういう日は私のオーラやスピリットか何かが呼び寄せてるんでしょうか。とにかく、私の育児・家事放棄の1時間はそのお友達のおかげで充実。(ーっといってもね、帰りにはティッシュボックスや王子のミルク缶を抱えて帰ったんですけど。ま、1人で身軽でした。)~子育ての極意はいかにママがうまく息抜きや気分転換を図れるか~と最近思うんですが、皆さん、どうやって気分転換してるんでしょう。何か良いアイデアありましたコメントまでお願いします♪
2007年05月28日
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この週末無事に3ヶ月を迎えた息子を連れてパートナーと出産した病院へ3ヶ月検診に行ってきました。2ヶ月の1ヶ月検診では私の母とパートナーと3人して腫れ物をさわるように息子を扱っていましたが、今回は余裕が出てきたことに気がつきましたよ。親子共々成長しております。3ヶ月検診は何も問題なく、安心して帰ってきました。その翌日は地元のデパートで小児科医の無料育児相談会があったので育児ママお友達のRさんと一緒に行って来ましたが、そこでも問題なし。すくすく育ってくれていることに感謝です♪子供の成長はあっという間でしょうね。5/26に産まれたお友達の赤ちゃんを見に行ったらほーんとに小さかった。ちょうど息子と3ヶ月違いのbabyで、しかも息子よりも600g重く産まれたbabyでも「うわ、小さい~。可愛い~♪」と思ったもの。たった3ヶ月前のことをもうすっかり忘れている、余裕のない私(苦笑)。まとめて寝るようになってくれてからはだいぶ余裕が出たかしら~っと思っている私なので、今までの3ヶ月は周りから見るとすごい姿になってたのかしらん?(汗)それにしても母性があまりなかった私でも赤ちゃんの笑顔には勝てません。昨夜、パートナーとちょっと言い合いになった時でもなぜかパートナーの膝の上で声を出して笑っていた息子を見るとこちらも笑顔になってしまいました。赤ちゃんパワー☆そういえば、ずっと行きたかった地元の三越のスイーツガーデンに育児仲間のRさんと行って来ました!日曜日というのもあってか家族連れで結構お客さんいらっしゃいました。それでもこじんまり~という感じでちょっと寂しかったですけど。私は香港スイーツの亀ゼリーを頂きました♪以前に香港に行ったときにはまり、滞在中良く食べていたもの。ここのやつもなかなか美味。夏には良いスイーツでしたよ。今、こうやっている間にお昼寝中の息子。あやすと笑うようになったので、起きている時にPCに熱中していると何となく罪悪感を感じるのですが、今はぐっすり寝てくれているので嬉しい♪寝顔にも癒されます。とにかく健康で育っていってくれることを母は願っています☆
2007年05月28日
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5月23日で3ヶ月バースデーを迎えた息子はその1週間ほど前からまとめて寝るようになりました♪大体7~8時間は寝てくれるので私が朝起きた(起こされた)時の目覚め感が違います。周りから「最初の3ヶ月が大変」と聞かされていましたが、こういうところでも言えることなんでしょうね。とにかく「母はうれしい!!」個性がだんだんわかってきて、表情もかなり出てきました。まだ無我夢中で余裕などないつい2ヶ月前とは違い、心から「可愛いんだから~~♪」っと思えるようになりました。立て抱きが多かったせいか、だいぶ前から首もしっかりはしてますがまだ怪しいです。後もう一息。2ヶ月半までパートナーが沐浴をさせていたのですが、今では私と一緒にお風呂。朝起きて、ミルク、遊び、お昼ね、外出、お風呂、就寝と、だいぶリズムが出てきました。3ヶ月前まではお腹の中で過ごしていたbabyが、たった3ヶ月でこれだけ成長するなんて良く考えると驚異です。私はというと、だんだん母という自覚が出始めました。正直、他力本願、甘ったれな私はかなりパートナーに頼っていたのですが、今では「私がやった方が早い」「私がやらずに誰がやる」と・・・強くなりました。両手がふさがるような買い物はパートナーと一緒でなきゃ!っと思っていた私は気が付けばbabyを抱っこして、肩には荷物、そして両手には買い物袋・・という姿もめずらしくなくなりました。そして、父の他界は精神的に強くならなければという大きな後押しをしてくれました。まさしく息子と共に成長中。まずは一息。これからの事を考えると、ねんねの今の時期が一番楽なのかしらん?今でもベッドの上で手や足を激しくばたばたしていますが、このパワーでハイハイや歩き出すようになったら目が離せなくなるんだろうなー。babyの成長にも個人差があるように、親の成長にも個人差があるはず。ここで一息つけたことに感謝して。これからも(は?)ゆっくり成長を見守って子育てを楽しみたいです。本当に我が子を産めて良かった。
2007年05月25日
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今日で我が息子はこの世に生まれて3ヶ月!当たり前のように成長を見守っていますが、病気もなく成長していることに感謝。この3ヶ月は色々ありました。1ヶ月間の里帰り。その後パートナーとの3人での生活。1ヶ月間はパートナーも私も始めての子育てに全身全霊(大げさ?)を注ぎ疲れ果て。3ヶ月目にしてやっとペースがつかめてきました。そんな時期を待ったかのように天国へ旅立ってしまった私の父。昨日は実家で初七日でした。まだまだ母と兄達は残された書類や相続関係の手続きで忙しくしています。四十九日を迎えるまではゆっくりと偲ぶことも出来ない、と母。私はというと、朝起きて(息子に起こされて)授乳や掃除、洗濯。本当に父が生きていた頃と変わらない生活。とっても悲しいし、ゆっくり父との思い出に浸りたいのに、本当にいつもどおり。変だけど、「父が亡くなったのに、こんなに普通で良いのか!?」っと自分で思うくらい。でもね、これでいいんです。父は曲がったことが大嫌い、弱音を吐くのも大嫌いな人でしたから。残された者はそれぞれの置かれている環境を一生懸命生きていくことが父にとっての供養にもつながるんだと。父が亡くなった今、生前よりさらに父が私達に教えてくれようとしていたものが見えてきました。父が残してくれたものはこれからの私にとってとても支えになること。息子の3ヶ月のバースデー。父の他界もあり、甘ちゃんだった母(私)は自分の中に強さが芽生えてきたのを実感しています。これからもどうか健康で。家族で楽しい人生にしましょう。
2007年05月23日
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このテーマで良かったんだろうか。。でもお通夜、告別式を終えた今、悲しみに浸ったり父との思い出を回想したりしたいのに、私にはもうすぐ3ヶ月になる我が子のお世話があって待ったなしの状態。時間になるとお腹もちゃんと空くし、洗濯物もいっぱい。最近話しかけるとさらに笑うようになった我が子の前でぼーっとしていられない現実。5月16日の夜、いつものように息子を寝かしつけていたら母からの電話で父の他界を知った。21時50分。75年の生涯だった。若いころから糖尿病を患い、定年後は心臓バイパス手術、小腸がん、肺がん、そして最後は骨盤の骨のがん。実は骨のがんはずっと脊柱間狭窄と言われていたものが最後の最後で骨盤のがんとわかり、わかった時には手のつけようがない状態。ずっと痛い痛いと言っていた正体ががんだったとは父は知らずに他界したのでした。きっと人それぞれに自分の親への気持ちは沢山あることと思います。私も父との思い出はつきなく、生前に父への感謝の気持ちを伝えようと思っていたのに、タイミングを逃し、さらに一言ではあらわせない感謝の気持ちをどこからどう伝えていいのかわからず。。そうこうしているうちに父は他界してしまいました。でも仏様になった今、父はちゃんと私の気持ちをわかってくれていると思っています。天国へ旅立った後、翌日お通夜、翌々日告別式をしましたが、旅立ちに際して息子もお見送り出来たことは良かったです。ずっと起きていたのに、ぐずりもせずに目をきょろきょろさせながらおとなしくしていました。実は他界していく父と一番近い存在は、つい3ヶ月前に今生に来たばかりの息子だったのかもしれません。何だかとりとめのない文章。まさか父との別れがくるなんて思ってなかった。今まで何かあったらまずは話を良く聞いてくれて色んなアドバイスや手を貸してくれた父。その父が他界してしまうなんて。まだまだ私は父が必要だったのに。パートナーと息子との生活を近くで見守っていて貰いたかったのに。冷静で率直な父の意見は大きかった。泣き叫んで父がまだ必要なんだからと子供のように泣き叫んでも父はもうここにはいない。昭和8年生まれの父の時代は日本激変の時代。日本万歳、天皇万歳の教育を受けて、戦争。その後は戦後の大変な時代を生き抜いて、就職。戦後復興の日本をまさしく企業戦士として働いた。その中で3人の子供に十分な教育を受けさせてくれた。曲がったことが大嫌いで、弱音を吐くことも嫌いだった父は最後まで実直さをつらぬいた。今は本当に感謝しかない。告別式の時に息子を抱きながら「世代交代」と冷静に思った瞬間があった。この時代に産まれてきた息子は父とは違う運命を背負って生きていくのだろう。親への「感謝」は息子が感じることであって、私とパートナーは私たちなりに親となり育てていければと思う。これから将来成人する我が子に恩着せがましい気持ちで接するのではなく、親として自信を持って私たちなりに恥ずかしくない態度を見せていければそれでいいと思う。息子からしたら「ん?」と思うようなこともあるかもしれないけれど、「僕の親は一生懸命僕を育ててくれた」と思ってもらえればそれで親としてはいいんじゃないかと。この世に父をなくした今、私は新しい命の親となっている。この世での運命、役目を全うした父は「無事に終わった」と安堵しているのかもしれない。娘のわがままを言わせてもらえば、これからも近くに感じさせてもらい、見守っていてもらいたい。親としての役割を新たに持った私は「私は母親」と自信を持てるようにゆっくりと子育てをして学んでいきたい。
2007年05月19日
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2/23に我が子が産まれて早2ヵ月半。だんだん育児というものに慣れてきました。1ヶ月の里帰りを終えての1ヶ月はパートナーと一緒に子育てに奮闘。私は産後の疲れと精神不安でいらいら。パートナーは私に育児をほぼ押し付けられ、私の精神不安のあたりどころにされ(あたられる原因は大いにあるんだぞ!)、心身ともに疲労。そして今、ようやく2人とも我に返ることが出来ました。。私は育児&家事に専念。パートナーは博士号取得と共に次へのステップへの準備。我が家は息子が産まれてからだんだんと「何とかなるさ~」から「何とかせねば!」に変わりつつあります。もともと、パートナーと一緒になるまでも「家族に何かあったら私が稼いできちゃる!」の私でしたが、子供が出来ると変わるというか、変わらざるを得ないというか。今となっては育児&家事をして家族がハッピーなら幸せじゃないか~という気持ちにまでなってきました。そう、そして我が家で一番変わらなければいけないのは後はパートナー。のんびり、ゆったりで、基本的にはいいのですが、もう少し父親の自覚を持って稼いできてもらわなければ!実は先日、あまりにも先々の不安を感じた私は情けないことに双方の親に愚痴まくり、パートナーは双方の親からプレッシャーをかけられておりました・・それでも、性格とは怖いもので、まだまだ私から見ると真剣みが足りないのんびりしておる!これが育児疲れと共にイライラにもつながっているのですねー。家族ってその時々で色んな変化があるものですね。パートナーと2人の時は、そんなパートナーの性格もほほえましく?思えていたものが今では動物のメスとして「くぉら~、獲物を獲ってこんかい!!」っという目で見るようになってしまいました。現在考えている進路先は日本、イギリス、台湾です。これからも変貌を続けていく我が家をよろしく。
2007年05月11日
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