欅の槌

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欅の槌

 はじめてこれを見たときに、薄暗いお店の中にすごい存在感でそこに在るこのなにものかは十三佛でも刻んだものではないかとさえ思ったのです。しかし近づいてよく見ると彫られているのは窪みばかりで、そこには佛などは彫られていないのです。でははたしてこれはいったいなんであろうか。すでに彫りの角も落ち、木目も浮き出した様子からすると、彫られてからすでに相当の時間を経ていて、新しく作られた彫刻などではなさそうです。
 「いったい何でしょうか。」
 お店の方にお尋ねするとこれは茅葺きの屋根を葺きかえる時の槌だと言うのです。今の自分の暮らしには無縁の、見たことさえないようなこの道具も、かつてはどの家にも必ずひとつづつはあったはずのものなのです。後ろ側に取り付けられた長い柄は今は短く切られています。このような使い込まれた道具の美しさに気付かせてくれたのがこの槌なのです。
 材を二つに割ってその断面にリズムよく鑿を入れています。新しく葺く屋根を叩き締めるための彫りなのです。その用途のために水にも強くて、また重く丈夫な欅の木が選ばれています。このすり減り具合は屋根葺き仕事の長年の労働を語ってくれるようです。
 何も美を求めた彫刻ではないこのような造形が、使い込まれてすり減りながら自然に還り、また木目も浮き出して、いわば人の彫りに自然の彫りを重ねて微妙な陰影を見せているのです。古い樹霊が籠もって姿しているのが見えるような気がします。となればやはりこれは最初に感じたとおりで、佛の姿をしていない佛なのかもしれません。
 長い間人間の暮らしを優しく包みながら天に向かって合掌している屋根のために働いてきたこの槌は、今ではその本来の激しい労働を離れて、ただ静かに心を護りあたためてくれています。
 大きさは縦21センチ、横18センチ。

(03.2.23)

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