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2020.01.24
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カテゴリ: 寺社
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ ​ 1月14日……とびきりの上天気ではなかったけど、 ノンアルの日であり、散歩と相まって健康には良かろうと…… 地元の駅前で簡単にモーニングを済ませて早めに散歩にでました。



 大岡山からひたすら南下して、一気に武蔵新田まできました。
 以前、池上本門寺界隈や下丸子あたりまで東急多摩川線の北東側は探索したのですが、南西側にも寺社があることを独り反省会で見つけてあったので行ってみることにした暇な私です。

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 武蔵新田の商店街を少し南下すると……



 新田神社……立派な社号碑……旧名は新田明神社



 大木は御神木……最後にふれます。
 左の狛犬の左に大きな破魔矢のオブジェ……破魔矢発祥の地だとか?



 境内に入って左手に並んでいます。
 左は法仏殿……流石に金網のフェンスで守られています。元旦や例大祭以外はクローズなんでしょう。
 右は神輿庫……でも、納められている神輿と山車は、正確には氷川神社のものなんだって。元来この矢口地区の氏神様は氷川神社だそうですが、昭和20年4月の空襲でここ新田神社や氷川神社の社殿をはじめ、両社の神輿などもすべて焼失した。そこで、地元の総代・崇敬者・有志が集まって昭和33年に氷川神社の社殿や神輿・山車を新たに造ったのですが、その後氷川神社の神輿庫の老朽化が進んでしまう。平成20年、新田神社・鎮座650年を迎えるにあたり、新たな神輿庫をここに造り、氷川神社の神輿と山車を陳列することになったとのことです。
 次に訪問しましたが、氷川神社は本当に近い所にあります。仲がよくて良い事です。
 神輿庫前に立っている幟には[多摩川七福神]……そんなのあったのね~
 七福神は[新田神社][頓兵衛地蔵][矢口中稲荷神社][氷川神社][延命寺][東八幡神社]と[十寄神社]だと今日知りました。知らずに行ったのですが、4ヶ所は訪問できたから良かったとします。


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 戦災後、新田神社では独自で神輿を作ることはしなかったそうで、両社の祭礼でこの神輿が渡御(とぎょ=お出まし)できるよう、正面と後部には氷川神社の社紋『左三つ巴』、そして左右の側面に新田神社の社紋『一つ引き両』がつけられているとのこと。
 ガラス越しだったので見にくいですが、恵比寿さんもいました。

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 狛犬はとても新しそうです。鎮座660年大祭記念事業として、鳥居や狛犬も奇麗にしたそうです。ケルヒャー使ったのかしら? 奉納の文字なども塗り替えたのでしょう。

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 新田神社社殿……こちらも鎮座660年にあたり、2018年に洗浄と防火施工の修復工事を行ったと……二度と焼失させてはなりません。

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 拝殿……失礼してパチリ
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 社殿左側……石碑などが並んでいたので行ってみることに……



 石の卓球台……毎日、無料でラケットと球を貸してくれるんだって。いいな~ そよそよ程度の風なら屋外でも卓球できます。連れ合いと一緒だったら、絶対にやったんだけどな~ いざ勝負! 自分で言うのもなんだけど「わしうまいで~」
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 うなる「狛犬」……謀略を企てた足利基氏(もとうじ)家臣の畠山一族の者、またその血縁者末裔が新田神社付近に来ると、きまって雨が降り、この狛犬がうなったと。残念ながら一体は戦災で壊れてしまった。戦争反対!



 靖国碑……靖国の神霊を慰める碑でしょう。



 鳥居保存……かつて武蔵新田駅前通りにあった新田神社一之鳥居が、昭和45年の下水道工事の際に折損し倒壊の危険を生じたため、やむなく解体してここに保存してあるんだって。
 左の石碑文「建石華表之記」には『この鳥居は、江戸麻布の篤志家・亀谷重五郎と称する人の発願尽力によりて成れるもの…』と書かれているそうです。奉献に力を尽くした重五郎氏だけど、完成を見ずに他界されたとのこと……




 力石……180~240kgあるんだって……
『…重い石を持ち上げることにより一人前として社会に認められた当時の通過儀礼の一つでもあった。』とされていますが、私は認めてもらえないでしょう。




 新田大明神道標……現在の第二京浜国道沿いに建てられていたもので、文化14年(1817年)4月に麻布日下窪講中によって再建されたと……新田神社が昔は 新田大明神と呼ばれていた証です。
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 御塚(おつか)……御祭神新田義興(よしおき)公の御遺体を埋葬した所で、直径約15mの円墳。この中に入ると必ず祟(たた)りがあるというところから「荒山」「迷い塚」などともいうそうです。入ったらアカン!



 この社殿後方に「御塚」があると……フェンスや垣根で立ち入り禁止です。
 入ったらアカン!とは云うものの、この御塚後部には昔から神域を越えることがない不思議な篠竹(しのたけ)が生えていて、江戸時代に平賀源内がこの篠竹で厄除開運・邪気退散の破魔矢「矢守(やもり)」と作り、広く御祭神の御神徳を仰がしめることを勧めたとのこと……爾来(じらい=その後)、毎年正月初詣の人々に社頭で授与しているそうです。破魔矢は矢守と呼ばれた時代……なるほど破魔矢発祥の地なんですね。



 矢口新田神君之碑…… 新田義興(よしおき)公の事績と神社創建の由来が記されているそうですが、全く読めません。延享3年(1746年)に石城国(福島県)守山藩主、松平頼寞(よりひろ)が造立した碑で、大田区の文化財。江戸期の記念碑は大田区には数が少ないようです。
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 社殿前から鳥居……



 手水舎……
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 手水舎の後方に稲荷神社……朱色がまぶしい!
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 江戸時代頃に、この矢口村の稲作や農業を守護するために京都の伏見稲荷大社から、その御分霊が祀られたそうです。
 御祭神は宇迦之御魂神
(うかのみたまのかみ)……日本書紀における倉稲魂命(うかのみたまのみこと)の方が私にはピンときます。



 稲荷神社扁額……



 狐はお稲荷様の眷属(けんぞく)……たくさんの従者が守っています。



 御神木……樹齢七百年に及ぶ欅(けやき)
 この御神木に触れると「健康長寿」「病気平癒(へいゆ)」「若返り」の霊験があると伝えられているそうです。御神木の御加護をいただくには、写真の反対側の鳥居から中に入り、できるだけ長く御神木に触れて霊気を感じることだそうです。鳥居への出入りでは一礼を忘れずに……

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 落雷や戦災によって大きく裂けた幹……
 でも、淡黄色の小花が咲く、珍しい「宿り木」が寄生していてるとのこと……もちろん新緑の季節には青々とした葉も繁るって。春になったら再訪してみようかしら?


出発前に 多摩川七福神を知っていたら残り3つを制覇したのにと、ちょっと残念な散歩でしたが続きはまた次回……
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≪1月25日に通りかかった折、神輿庫がオープンしていたので再撮≫
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 よかったよかった~
 (2月5日追加)






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Last updated  2021.06.15 19:54:09
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