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なんだかんだで長居したこのブログもわけあって、つぎのところに引っ越します。今度のところはシンプルイズベストの雰囲気ですのでよろしくお願いします新ブログ 「金ベエこころもよう」ということで、ここのブログは書き込み不可能にしますのでよろしくお願いいたします。
2008年05月11日
こんなイベントをパソボラをつくった仲間たちを中心に準備しています少し年をとったからだにカツをいれながらの作業ですが、情勢はさらに加速し、良い面(情報アクセス)と悪い面(情報格差)がコントラストを描く昨今です。また、この数年の暗黒の障害者自立支援法の動きもあれば、一方で障害者権利条約実現の大きな世界的な流れも生まれています。希望につながる障害者とICTのテーマでおもきり語り合える空間ですよ。----フォーラム障害者とICT 2008 http://www.normanet.ne.jp/~ictjd/ict2008.html すべての人びとに! 人と人とがつながり、だれもが幸せに生きることのできる ICT(情報コミュニケーション技術)を! 障害者権利条約は、差別をなくし、真の平等をめざすための方策を 広範囲にわたって規定しています。 また、すべての人のために不可欠な権利としてアクセシビリティの保障と その利活用を位置づけています。 この10年の間に、パソコンやインターネット、 携帯電話などの環境は激変しました。 教育や就労をめぐってもとりくみがすすめられている一方で、 利活用における格差も広がっています。 JD(日本障害者協議会)は、この間、パソコンボランティアなど、 人と人との支援のネットワーク化をはかってきました。 今日の状況のもとで、障害のある人の実態をさまざまな視点から明らかにし、 内外の激動する情勢を的確に学びあいたいと思います。 また、私たちは、IT(Information Technology)と表現してきたこの分野を、 権利条約が表現する Information and Communication Technology =ICT(情報コミュニケーション技術)として、 人と人とをつなぐ人間のコミュニケーションの不可欠な道具として、 より積極的に位置づけたいと思います。 今、障害のある人びととICT利活用のための課題を深めあう場が 必要であると考え、当フォーラムを企画しました。 ぜひ、ご参加ください。 日時=2008年5月25日(日)9時半~16時半 前夜祭=5月24日(土)16時~19時会場=東京・セシオン杉並(丸ノ内線・東高円寺駅 徒歩5分) 主催=日本障害者協議会共催=杉並区後援=内閣府、総務省(依頼中)、東京都協賛=日本障害フォーラム、日本障害者リハビリテーション協会、 東京都障害者ITサポートセンター----25日(日)午前●学習・実践セミナー1)ホームページで障害者運動を一歩前へ! -みえる・きこえる・操作できるホームページにするために- 講師=岩渕正樹(坂戸パソボラ代表) 田中克典(埼玉県立越谷総合技術高等学校教諭)2)迷惑メールが名簿を盗む?! -情報セキュリティとトラブル対策のために- 講師=寺田慶治(NPO情報セキュリティフォーラム・ 有)コンピュメンター社長)3)情報アクセシビリティと障害者権利条約を読み解く 講師=梅垣正宏(情報アクセシビリティ研究者)25日(日)午後●あいさつ●記念講演=畠山卓朗(早稲田大学人間科学学術院教授) ともに生きる喜びと気づき -技術支援の実践を通して-●基調提案=薗部英夫(日本障害者協議会情報通信委員長)●記念シンポジウム 目的達成の手段としてのICTの利活用と権利 -障害者権利条約の実現にむけて- コーディネーター=伊藤英一(長野大学社会福祉学部教授) シンポジスト= 堀込真理子(東京都障害者ITサポートセンター) 岡村 章三(視覚障害者・埼玉障害者協議会) 井上 吉郎(中途障害者・WEBマガジン「福祉広場」) 渡井 秀匡(東京盲ろう者友の会) 茂森 勇(サンマイクロシステム)●レインボーブロジェクト企画展 24日、25日 杉並区立こども発達センターと女子美術大学の共同研究 「レインボープロジェクト」の展示です。 障害児療育支援ソフト「たっちゃんのコネク島」などさわって楽しめ、 丁寧な解説もあります。
2008年05月09日
メーデーの1日は、母親の誕生日だった。先日、帰省した折、うわごとのように水森かおりの「熊野古道」のカラオケ・・といっていたが、どうも地域のカラオケ大会で密かに必勝をめざしておるのだそうな。そういえば誕生日だったなあと思い、なんとかCDを探して送ったら昨日1日、はじめて、むこうからケータイしてきた。「ありがとう」だって。ま、誕生日はいいもんだ。いくつになってもいいもんだ。写真は、そのバーバさまが育てた牡丹ね
2008年05月02日
カミさんは地域で6月に上映会をするのだそうだ。「感想聞かせてよ」というので、3月に買ってたDVDを見ました。ちょっと予想外で、完全にひきこまれました。最近のベスト1作品です。1958年生まれの佐々部清監督に脱帽するのは、情感迫る映像、ハープの調べに加えて、時間、歴史の連続性のこころ憎い設定です。舞台は昭和33年の広島とそれから50年後の東京と広島。被爆後13年という時間と、それから50年という時間の設定は、被爆時と現在とを連続的なもの、つながっているものとしての感覚をうみます。これがいっきに戦後63年だと、現在と「過去」になってしまって、つながりが感じられなくなっちゃう。それが13年、そして+50年という時間設定で、被爆者と今のわたしとがリアルにつながるんですね。これは驚きでした。さて、昭和33年。「もはや戦後ではなく」、東京タワーは建ち、高度経済成長の前夜。「新しい市民球場ができた」と喜ぶ広島の真ん中を流れる太田川。その川にせり出したバラックの長屋には「不法占領禁止」の立て看板が見える。防火用水を見ると思わず手を合わせる皆実(麻生久美子)は、母親(藤村志保)と二人で暮らしてる。なぜ手を合わすのかは、ドキュメント映像ではなく、被爆者の描いた絵でわかります。父と妹は被爆直後に亡くなり、疎開していた弟(伊藤充則)はそこで養子になった。夕焼けを見た皆実(みなみ)は自問する。「きれいだな。楽しいな」と感じていいんか。「この世におってもいいんかね」そんな彼女に恋が。「生きててくれてありがとう」と彼は言ってくれた・・・でも、発症。美しい一人の女性の未来は奪われた。それから50年後。見覚えのある電車と思ったら西武線の「恋ヶ窪」駅だ!定年退職した弟(堺正章)は元気いっぱいの娘の七波(田中麗奈)と喘息発作に苦しむ小児科医の息子(金井勇太)と暮らしている。ある日、一人ないしょででかけていく父をつけると、七波も広島に行き着いた。そこで祖母(藤村)、伯母(麻生)、そして胎内被曝児だった母(栗田麗)へと思いをめぐらせる・・・この手の作品は、正直なかなか難しいことが少なくないのだけれど、不思議な時間と空間の設定によって、過去と現在の物語がコラボする。だから、昭和33年を懐かしく感じられる人も(^_^)、老いも若きも、同時代に生きているものの感覚で共感が広がりますよ。わたしの娘には受験勉強を休んでぜひ見てもらいたい。最近とみに涙腺の弱くなったカミさんは、タオル3枚持参です。
2008年04月26日
18日の天声人語。東京都が低所得世帯向けに、この夏から塾代を無利子で貸し出す全国初の試みを紹介して「学校の勉強だけでは学力や受験技術に差がつく。 家が富めるほど進学や就職に有利で、 豊かでない家庭の子は人生の出発点でハンディを負う 冷たい現実。 公費による支援で、これをどこまで突き崩せるか注目したい」 受験生の親でもあるわたしはこれを読んで、なんておろかな!!と叫びたくなったが、みなさんはどう感じますか?まず、国のあり方。高校の入学式に授業料を納めていない生徒を参加させなかった事件と底流に流れている根本問題は同じだとおもうけど、高校、大学含め、教育に関わる費用は無償であるのがフィンランドなどを例示するまでもなく、世界の常識で、日本の非常識!!!授業料を納める納めてないの次元ではない、根本のところで、国としての責任が問われなきゃならないんじゃないの。次に、自治体のあり方。「人生の出発点でハンディを負う」というなら、いま、そこにある暮らしの現実、なんで都立高校の学費を上げるの!なんで高校への配分予算に「成果主義」で格差をもちこむのさ!そもそも学校の「成果」ってなんだ!子どもはじゃがいもやニンジンじゃないぞ(野菜にも失礼)あ、だんだん、血圧が高くなってる(^^;そして、「天声人語」。すくなくともわたしの高校時代の「良識」だった(その時代は深代淳郎さんだったけど)今に生きるさまざまな人のいとなみを幅広く深い視野で切り取り、その本質に迫る、そこに歴史的な存在価値があったのではないか。はて、しかし、されど・・・こんなふうに血圧を上げている人間が、今の「天声人語」読者にはきわめて少数ということなのか?(^^;とすると、事態は、じつに深刻かも
2008年04月18日
井上ひさし『ボローニャ紀行』文藝春秋 がすこぶるおもしろい! 世界最古の大学はボローニャ大学。1088年というから、日本は平安時代だ。 卒業生には、ダンテ、ペトラルカ、エラスムス、コペルニクス・・すげえ(^^;) でも、もっとすごいのは、この大学には校舎がなく、 学生は教授の家に押しかけたり、広場、教会で教えを請うたと。 (校舎ができるのは1563年で、ガリレオはその校舎で学んだらしいとか) このボローニャ大学は、ヨーロッパ中からあつまった学生たちが 組合をつくって、管理した。 ラテン語の「ウニウエルシタス」は自治的な組合という意味で 英語の「ユニバーシティ」となるのだそうだ。 学生が教授を人選し、授業内容も給料も決め、 教授のつまらない授業には罰金をとり、 それでも改善されなければくびにする。学長も学生が選ぶ。 イタリアの都市国家の話だけど、 ヨーロッパってすげー文化だなあとしみじみ思わされますね。 この間のデンマークの話もそうだけれど、こうした人間の営み、文化、思想、そうした上に、人権の思想も福祉の思想もあるんだろね。こんな下りもありました。 国という抽象的な存在ではなく、目に見える赤煉瓦の街、 そしてそこに住む人たちのために働く、 それがボローニャの精神なのだ。この下りをなるほどと感じた「写真館」はこちらです
2008年04月12日
4月7日、都内で国際理解講座=世界一の福祉先進国デンマークがあったので、参加しました。講演は「デンマークの障害者福祉制度について」片岡豊(エグモント・ホイスコーレ教員)さん40分というおそろしく短時間ながら、コンパクトに世界一の福祉制度ではないが、幸福度は世界一であろうデンマークについてレクチャーしてくれた。興味深かったのは、きょうされんの藤井克徳さん司会の60分のシンポジウム。デンマークのエグモント・ホイスコーレという国民学校で学んでいる○運動機能障害のある24歳の女性(看護士養成学校では実習が受けることができず、中退。 現在、いろいろ考えるためにエグモントで学んでいる。 障害者年金は手取り1万クローネ(約20万円)一人暮らし、両親の購入の家に住む。○知的障害のある29歳・女性 障害児学校に学び、現在は、アパート(グループホーム)で暮らす。乗馬が趣味 卒後、園芸学校に行き、エグモント卒業後はケーキ作りの会社に行きたいと決めている。○未熟児で生まれ手足の運動機能マヒのある横浜の女性 現在、作業所への通勤に往復3時間。一日3交替のヘルパー使い、自立生活する 障害者年金は1級=月8万6千円、デンマークの3分の1○中野のグループホームに住んで働く知的障害のある女性 給料は月1万円+年金は2か月に一度支給される月6万6千円 「働いてもお金(利用料=月3750円)払っているのはおかしいとおもう」この4名の女性が、それぞれの夢を最後に聞かせてくれた。デンマークの二人は、○24歳は、「障害をなおすような治療を。それがかなったら、看護士になりたい」○29歳は、「読み書きできるようになりたい。教育を受けて、たくさんの本を読みたい」日本の二人は・・・○電動車椅子の女性=「お金が必要なので、一般企業で働けるようになりたい」○知的障害のある女性=「ともだちつくってなかよくして、仕事でも生活でもしあわせに」デンマークの二人の夢は、人生を豊かにするという大きな広がりを感じる。一方で、日本の二人の夢は、けなげであり、せつない。その違いはどこからくるのだろうか。
2008年04月08日
4月から新人が入ったので、事務所内の席順というか、机の配置というか、レイアウトの大変更に着手している。しかし、そのためには、それぞれの棚の整理をしないことには、机の配置変更はできない。すると、電源のコンセント、電話線、インターネット線などなどめったやたらと配線がややこしい。そういうとき、人間はいくつかの種類に分類される。妙にレイアウトにこだわるものの群。配線にこだわる群。棚の資料を捨てるものと別のところに移動させる群・・・いづれにしても、たいへんなのは、棚の整理わたしの棚も15年ぶりぐらいの「ご開帳」で、きわめて軽そうだったおのが姿の写真など出てきてつい見入ってしまう(^^;みんな若かったねえ。新聞の切り抜きのたぐいは、おもいきって捨てた捨てないことには、どうに新しいものが収まらない・・・さて、明日、みんなが納得して働けるレイアウトが果たして完成するやいなや
2008年04月03日
いよいよドラマ「海峡」再放送は、今晩となりました。くどいことは承知ですが、このドラマはほんとにすごい!わたしの昨年のドラマ部門断トツ一位!タオルを用意して準備万端でご観賞ください。 http://plaza.rakuten.co.jp/kinberaku/diary/200711240000/NHK総合 3月26日(水)22時から 第1回 27日(木)22時から 第2回 28日(金)22時から 最終回
2008年03月25日
「社会保険庁が把握しているあなたの年金記録は下記のとおりです。 記録がもれている可能性がありますので、太枠内の加入記録を 十分にご確認いただき、ご回答をお願いいたします」と書かれた「ねんきん特別便」が、先日、元同僚のところに届いた。さらに、「5000万件の確認中の記録の中に、あなたの記録と結びつく 可能性のある記録があるため、お知らせします」とある。そして、元同僚は目が点になったのだそうだ。それはそうだろう。わが事務所に勤務したまるまる9年分の記録が完全に全部もれている(T_T)もちろん、わが事務所は、彼からの保険料の預かり金とほぼ同額の保険料をあわせて、遅れることも、欠かすこともなく、社会保険事務所に完璧に納めてる!「どうすればいい?」と彼から相談を受けたので、専門家に対応策を聞いたけれど、まさに、これが「5000万件の記録漏れ」の現実なのだそうで、窓口で、自分の正当性を訴えるしかない・・・「その際、どういう記録を示せばいいのか?」と聞くと「26年も前の記録なんて誰ももってないですよね・・・」しかし、なんで、「証明」しなければいけないのが、まじめに年金を納めていた当事者なのか!!国家という名で、どうしてこんなずさんなことをしつづけたのか!責任者は責任を取りなさい!本当に、怒り心頭だ。で、しかし、なんと、ウルトラCの書類を発見!!彼や私の当時の「給与台帳」を発掘!!(すげーほこりだったけど)これは完璧な証拠資料なので、これで彼も救われる(^_^)bということで、彼以外の元同僚にも「年金記録を確認せよ!」と緊急連絡。もちろん、自分の記録も不安になったし(^^;名字や住所や仕事も変わっている年金手帳も2冊あるというカミさんには「年金記録確認せんと、ほんまに怖いぞ」といったけどみなさんも、他人事ではないですよ、ほんとに
2008年03月19日
今日は娘の高校の卒業式。格式ばかりで、こころに響く言葉がほとんどない「卒業式」は自分の時代と比べても、なんだか時代が逆回してる感じがしたのだけれど、生徒たちの自主運営による第二部企画に感動。各クラスの生徒ら数名が担任に贈ることばが胸に響いた(写真)「毎日、学校が楽しかった」「すごくいいクラスで、明日からバラバラになるなんって実感できない」「先生、転勤しちゃうんだって。でも、また会いにいきたい」先生を少し茶化しながらも、じつによく観察していて、自分たちへの人としてのやさしさの瞬間を的確につかんでいる。生徒たちの率直な気持ちが伝わってきた。いっしょに活動したPTA会長のあいさつは、「君たちにはいつもみんながいる。 友だちがいる! 先生がいる! そしてわたしたち親がいる!」と強調してた。昨年、早期退職をした校長からの祝電には「信念をもって自分の道をすすみなさい!」とあった。いい学校で子どもたちは成長できたなあと実感できました。スウェーデンの高校では、卒業式の後、生徒たちの小さいときの写真を大きくしてプラカードにしてパレードする。親たちが用意したオープンカーやトラクターの荷台に乗って街をにぎやかにパレードするのだと聞いたことがあります。18歳は大人。大人になった、わが子をみてほしい!そんなおもいからなのだろう。気持ちがよくわかる。自分の道を自分で歩きはじめた君たちの人生に乾杯!
2008年03月12日
先日、同僚が和歌山の白浜あたりでお土産に持って帰った「薄皮饅頭」これは、甘さほどよいさっぱり味のあんこが薄皮にほどよくマッチして、うまかったそんなおり、福島出身のこが柏屋の「薄皮饅頭」がいいというので、こちらは会津出身の別の同僚に「しってる?」と聞くと、「会津の薄皮饅頭が一番です!」と言う。そういえば、岡山に帰省するこれまた同僚は、「大手饅頭」というのを買ってきたことがある。いずれも、こしあんであるならば、それはけっこうけっこうなのだが、一番うまいのはどれ?と問われると、やはり、わたしは、温泉饅頭。それも、元祖、群馬・伊香保の階段を登りきったところにある温泉饅頭を第一としたい。第二は、草津の温泉饅頭だな、やっぱ。熱海もきらいじゃないけど、、、ご異議あるかたは、反論を、理性的に展開してみてください(^_^)b(それによって円高ドル安がどうなるってわけじゃないとおもうけど)
2008年03月08日
滋賀県長浜市で戦後はじまった「盆梅展」。今年で57回目とか。春に出版する本づくりで湖北に行ったおり、「歴史も規模も日本一」だからと、よくわからないまま連れられて、みてきました。長浜は「男はつらいよ」の47作目(最後の一つ前)で就職して仕事に疲れた満男(吉岡くん)が民営化の嵐の前に一生懸命にはたらく郵便局員の菜穂(牧瀬里穂)と出会う街で、黒壁の路地ときれいな水の小川が印象的でした。いまもなかなか散策にいい街です。さて「盆梅展」ですが、出会った古木の梅に感動してしまいました。鉢植えされた梅には、樹齢400年とか、300年とか、それはそれはよくぞがんばって花咲かせてるなという年代物が続々なのですが、この写真の梅。わかります?根本あたりの危うさ、なんでこれで生きてるの? て感じで、その凛とした生命力におもわず合掌してしまいましたよ。観光協会の盆梅専門員さんの話では、「一に水持ち、水はけ、肥料持ちがいいなど条件整備、つぎには愛情」これにつきるのだそうです。ちょっとこれもまた考えさせられました。
2008年03月01日
昨日、ベルリン映画祭で高い評価を得たという「母べえ」。ようやく、今晩の最終上映を家族でみることができました。予想以上にすばらしい映画。感涙。涙があふれて、しばらく立ち上がれなかった。映画が終わった後に、いっしょにみていた20人くらいの人たちに「よかったよね」と声をかけようかとおもったくらい。とりわけラストシーンが秀悦。ソプラノの佐藤しのぶのボカリーズに父べえの手紙朗読がみごとに重なる。父べえ役の三津五郎さんが言っている「一番失って大きいものは、ありふれた日常なんです。 なくしてみて初めて気がつく。 日常をくり返すことの幸せ、 そして、これをまた失うことがどれだけ悲しいか」1940年、昭和15年、東京・高円寺界隈。父べえ(坂東三津五郎)、母べえ(吉永小百合)、初べえ、照べえと呼び合う4人家族。父がある朝突然、治安維持法で投獄される。父が残した往復書簡から、家族の思いや生活のようすが具体的に綴られていた野上照代さん(黒澤監督のスクリプター)の原作は、「ああ、こんな映画が撮りたかった」と山田監督に言わせたという。そして、原作は、歴史に残る映画となった。フィクションの映画のはずが、映画のなかの時代と今の自分の現代とが一体化してしまうような、映画の中の空気と同じ空気を今吸っているような、実に不思議な、たまらない「場」をつくりだしてくれている。だから、その時代の日本人がみごとにマインドコントロールされているのもわかるし、「御国のため」「贅沢は敵だ」「非国民!」と思想統制される怖さとじつは今の時代も、そうした意識構造は変わっていない日本人の恐ろしさを感じることになる。小百合さんは、この映画のために、100作以上の映画に出てたんだねきっと。かもしだされる温もりは、なんとも切なく、けなげで、美しく、たくましい。檀れいでなく、小百合さんに思慕する浅野忠信の「山ちゃん」もいい。赤紙には本籍地が「鶴岡市」と読めた。鶴岡は庄内藩、「武士の一分」など時代劇3部作ともつながっている。でも最高の役者は子役の二人だね。それを演出した山田洋次監督だな。「歴史に学ばない人は再び同じ歴史を繰り返す。 その言葉をいつも胸に刻みながらこの映画を作った」(ベルリン映画祭にて山田洋次)
2008年02月15日
笑えない話。東京に二度目の雪がふった翌日のこと。日陰のわが家の玄関先を、じつに久々に雪かきしたら、腰を痛めてしまった(;_;)寝返りも打てず、トイレに行くのも難儀(^^;)2日間、ほとんど寝るだけ、あとはぬるい風呂にながーく入った。しかし、セキすると痛い(;_;)おもえば、中学校のサッカー選手の最後の夏に腰をいためてその後の日本代表の道を自ら断念した(^^;)ときと同じところを痛めてしまったようだ。で、3日目の朝、そろそろりと外に出て、(靴下をはくのがたいへんだった(^^;))ラッシュをさけて各駅停車で出勤した。いやはや人間、直立二足歩行がどれだけ腰に負担をかけているか重力に抗して生きるのはどれだけたいへんかそんなことをカラダで感じているわたしです(;_;)友人が「あんた雪国の生まれだろ!」と言って笑ったけど、わたしは青春時代を雪国で過ごしたことはあるけど、生まれてから半世紀、雪掻きはほとんどしたことないのよね(;_;)
2008年02月07日
東京が今年2度目の雪の日、京都に日帰りしました。新幹線は30分遅れだったけど、朝の6時に最寄りの駅にたどりつくまでがちょっとスリリングでした(^^;)「朝早くは大文字山まで雪でしたなあ」とタクシーの運転手の言う京都はすでに小雨模様。でも、京都支部40周年記念のつどい(「全障研と私たちの活動 過去・現在・未来」)は熱気でした。○自立支援法後、ケース検討をみんなでする場がなくなった。 ”みんなで”子どもたちを見ていく場を ちゃんとつくらないといけない。 実践は、子育ては、一人ではできない。 一人一人の願い、おもいを みんなでもちよることが大切ではないか (若い発達相談員)○月刊誌の「みんなのねがい」。わずか月550円が 若い職員にすすめるのに気が引ける・・・。 それくらい職員は低賃金。でも7人で読者会開く。 読んでると仲間の顔が浮かぶ。実践のヒントが得られる。 制度に仲間をあてはめるのではなく、 一人一人の願いをみつめることから始めよう! (中堅の職員)○与謝の海養護学校ができる前。親の会で、教師は意見を聞き、 いっしょに泣いた。話し合うことがとても大事だ。 いろんなことがわかってくる。与謝の海では、 校長から用務員まですべての人が職員会議にでて話し合っていた。 (85歳の元教員)そして元校長(80歳)の話。○1955年6月4日京都でヘレン・ケラーの話を聞いた。 「障害は不便ですが、不幸ではありません」 「私が不幸であるならば、 それは私をとりまく社会が不幸にしているのです」その校長先生からゆずられた黄ばんだ一冊の冊子。「地方自治と障害者のくらし」(全障研京都支部)巻頭に、1971年のメーデーに共産、社会とスクラムを組む蜷川府知事と市長がいる。 道はただ一つ この道をゆく 春 蜷川虎三次のページは「憲法第25条」。3頁から「京都の良さと障害者のいきがい」<憲法を土台にして>そして、「自治体は、住民自身が住民自身の力で、 自分たちのくらしを守る組織」とあった。40年の時空をこえて、まさに今日的な課題だ。70年代の統一戦線は、何を展望し、何をなし、何をなしえなかったのか、映画や小説などでは70年代論がはじまっているけど、いま多面的な総括が必要だね。きっと。
2008年02月04日
1967年の映画「若者たち」のDVDが出たのは知っていたが、なかなか見つけられなかったのだけれど、ついにそろえてしまった全三巻(^_-)「若者たち」67年、「若者はゆく」69年、「若者の旗」70年監督=森川時久田中邦衛(長兄)橋本功(中兄)山本圭(さぶちゃん)佐藤オリエ(オリエ)松山政路(ぼん)の5人きょうだいの物語。画面は暗いし、セリフは早口で、けっこう荒っぽいんだけど全体にあふれるエネルギーは70年安保の時代が醸し出しているからだろうか。なんとも魅力のある映画だなこの頃って、世界中で学生運動が激しく、時代が大きく動いてる感じ。68年は、キング牧師暗殺、ベトナム・ソンミ虐殺、そして8月に「プラハの春」が戦車で潰されているんだね・・・40年前って、ついこのあいだのことなんだな。 君の行く道は 希望へと続く 空にまた 陽がのぼるとき 若者はまた 歩きはじめるわたしの高校の卒業式の歌だった。
2008年01月20日
知っている人は知っていて、好きな人にはその毒がなんともたまらないという芸人なんだけど「ザ・ニュースペーパー」を結成し、政治風刺コントを展開、98年に退団し、翌年47歳でソロデビュー。テレビ出演はまったく声がかからない。それもそのはず、この人の風刺する小泉元首相と平成天皇は抜群に笑え、マイムとトークでのチャップリン「街の灯」は、じつに泣かせる。マルセ太郎の演じた「生きる」を思い出させるな。背筋に寒気さえ感じさせる迫力は「憲法クン」の「憲法前文」だ。http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20051017.htmlとなりの町内の九条の会が昨年につづいて新春初笑いをと企画したところ、いっそ市全体の企画にしちゃおうとなって、町最大の500人収容の中央公民館大ホールが満員になった(^_-)ちなみに、わが町の町内の九条の会はわたしの属する町内の会含めて5つあり、そのほかにも保育園とか関係者グループの会がけっこうある。(町内単位の会の活動が盛んなのはちょっと自慢)ともかく、笑いのライブのすごさは、文字では伝えられない。わたしは3年連続でライブを堪能させてもらってるけど、3月に新大久保で新ネタ中心にするそうなので、ちょっとメモしますね。松元ヒロ SOLO LIVE2008年3月17日~23日新大久保アールズアートコート(労音会館ね)http://www.winterdesign.net/hiropon/html/profile.html
2008年01月13日
わたしの昨年のドラマ部門一位の「海峡」。ほんとに、お薦めです。歴史観がゆさぶられます。http://plaza.rakuten.co.jp/kinberaku/diary/200711240000/ハイビジョンと地上派でそれぞれ再放送がきまりました!最初は、ハイビジョンだけということでしたが圧倒的な声で、地上派での再放送も決定しました(^_-)BSハイビジョン 2008年1月14日(月・祝)の8:00からいっきょに3回連続総合・デジタル総合 2008年3月26日22時から第1回、 翌27日22時から第二回、 翌28日22時から最終回
2008年01月10日
1月6日朝日新聞「耕論」の加藤周一と上野千鶴子のやりとりがおもしろい。そのさわり、上野「市場化の波に、旧ソ連も東欧も中国ものみ込まれている。 アメリカを牽制する力がなくなった」加藤「バランスをとる力がなくなったというのはその通りだが、 中国やインドが台頭し、アメリカの思うような存在には ならなくなってきているのも事実だ」 「これは新しい局面ではないか」上野「アメリカの有権者の選択が、世界の運命を左右する困った状況だ」加藤「一極化する傾向が強く出てきたと同時に、矛盾するようだが、 それと並行して、多極化する傾向もかなり強く出てきた。 これはおもしろい状況だ」この世界認識は、障害者の分野で考えると、世界人権規約の発展として位置づく障害者権利条約。この権利条約の国連での実現過程って、まさに、世界の中心はアメリカではない!ということがよくわかる。明けて7日発行の週刊「東洋経済」もおもしろい。特集=「北欧」はここまでやる http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/なんといってもデータがわかりやすい。教育も福祉も、女性の社会参加と高度な民主主義化がポイントなのだとじわーーとわかる。欧州の中の北欧もそうだし、中国もインドもアジア全体も、中南米も動いている。そんなことをぼんやり考えていたら、今朝の新聞で井上ひさしがこんなことを言っていた。 何時に起きて 朝、なにを食べて、 夜はどう帰ってくるのか。 よく映画を見てるか、 劇場やコンサートホールに行く習慣があるか、 本を読むか読まないか。 つまりなにを大切だと思って毎日をすごしているか。 こういったことを束ねたのが文化であり、文化の質だ。激動の世界史の中で、大切にすべき、健康で文化的な生活ってなんだ。そのあたりに闘うべき価値があるような気がすると感じる1月8日のはじまり。
2008年01月07日
PTAの陶芸教室に飽きたらず、ついに昨年から教室に通い始めたカミサンさまが「暇なんでしょ! 撮っといて!」で、おもしろい光加減でとった一枚。なんだか、UFOのようにも見える不思議な作品です。でも、音色はけっこう気に入ってます。今日は1月1日。いろいろありますが、今年も楽しく元気にやりましょう。
2008年01月01日
「北辰斜めにさすところ」は、旧制第七高等学校造士館(鹿児島大学の前身)の寮歌。まじめな映画を増産する神山征二郎監督作で、主人公は三國連太郎(84)というので、新宿でみてきました。旧制高校ものの映画って、あの山田洋次監督の「ダウンタウンヒーローズ」でも、わたしはとても感動したのですが、一般的な評価はあまり高くない(^^;)わたしの場合は、旧制高校の雰囲気が少しだけ残っていた寮生活を過ごしたので、個人的な思い入れが強いんだよね・・・観客席はほとんどは70歳は越えている紳士たち。映画が終わると、大きな拍手が起きたのも、不思議と言えば不思議な世界でした。物語は、七高から九州帝大医学部に進み、南方戦線に軍医として従軍、そこで大切な先輩を見殺しにしなければならなかった戦争日本に帰れず外地で殺された青年たちは50万人・・・戦後は川崎で開業医となるも、一度も鹿児島に帰れなかった元野球部エースの三國。その彼を鹿児島に呼ぼうとする友人たち、織本順吉(80)、鈴木瑞穂(79)、佐々木すみ江(79)、神山繁(78)、犬塚弘(78)、滝田裕介(77)、坂上二郎(73)そして今年5月に80歳で亡くなった北村和夫。わが郷土の誇り・三國さんって、年をとったら「釣りばか」のスーさんなんてやさしい役してるけど若い頃は怖い役やってたな。「飢餓海峡」もだけど「戦争と人間」の殺し屋とか・・だけど、彼は筋金入りの反戦思想で、兵役を拒否して逃亡して捕まったり、すごい人生歩んでるんだよね。画面に、彼の背中がうつるだけで、ぐっとくるものがありました。でも、こうした役者さんたちも、戦争を体験した世代は、本当に大切にしないと、一人二人と、映画のシーンと同じように、消えていくだよね・・・ 「伝えたい志がある 残したい想いがある」 この映画のコピー。http://hokushin-naname.jp/
2007年12月28日
年末のこの時期、全国の役員会が都内で泊まりがけで行われ、今年のとりくみをふり返り、来年にのぞむ決意を固める。その会議で、オレってこの仕事25年してるんだなあと、しみじみおもっていたら、ふと、あ?、結婚してからも20年たってる・・あれ? 銀婚式ってたしか25年だったけど・・あれれ 20年ってなんだったけか・・・(^^;)とちょっとあたふたした。家に帰ってカミサンに、こっそり告白したら、「なーーに今頃いってんのよ! わたしは前に言いましたよ!」としかられてしまった(;_;) しかし、2007年、今年も終わる(ということをようやく実感しはじめた)連載していた、「北欧=最近障害者事情」も、「高負担!だから高福祉?」ではない思想と実践をテーマに7回目を終えた。(感想が少ないのはちょっとさみしいけど・・・)1月3日からの北欧の旅で幕開けした年だった(しみじみ)あの頃は、安倍ちゃんが首相で憲法改正を誓い(^^;)経団連会長は 日の丸掲揚! 君が代斉唱! 憲法9条2項改正!を強調してた平家物語じゃないけど「おごれるものは久しからず」 クリスマスが終わると、一日一日と日は長くなる。 もうすぐ春だと実感し、 それをこころの糧として、長い冬を乗りこえていくデンマークの通訳の田口さんは言っていた。「輝く今日と、またくる明日」そんなことが実感できるような来年にしたいな。メリー クリスマス!!
2007年12月23日
16日の日曜日は家で過ごした。何気なくつけたNHKハイビジョンは、「五木寛之と過ごすハイビジョンの一日」で「世紀を刻んだ歌」といういくつかのドキュメンタリーを再放送してた。すごい迫力で、画面から身動きできなくなった。◇「花はどこへ行った」ピート・シーガーが作った反戦歌。サラエボでは東独代表だったカタリーナ・ビットは、リレハンメルでは、統一ドイツの代表として、この歌にのって氷上で舞った。 Where have all the flowers gone ? Long time passing. 初めて外国語で歌ったのは、女優マレーネ・ディートリッヒ。ナチスに反発し、ドイツを捨てアメリカへ移った。五木寛之はコペンハーゲンで彼女の歌を聞いたという。デンマークはナチスに占領されたことがある。その町で歌うドイツ語の「花は~」歌い終わったとき、場内は静まりかえった。そして、子どもを抱いた一人の兵士の拍手から、場内一杯に広がった拍手は鳴りやまなかったという。◇「ヘイ ジュード」ポール・マッカトニーがジョン・レノンの(わかれた妻との)息子ジュリアンのために書いた詞がチェコで民主化運動のシンボルになっていた。「プラハの春」のチェコ。マルタ・グビショバはキュートでセクシーなアイドル歌手。1968年8月20日、ソ連は突然、プラハに60万人の軍と戦車を送り込み「プラハの春」を制圧した。最後まで市民に自由と対話を訴えつづけた放送局にいたマルタは、軍による殺戮の現場にいた。マルタがカバーした「ヘイ・ジュード」は、弾圧を受けながらも、チェコの自由と民主化のシンボルとして密かに歌い継がれた。1989年ベルリンの壁崩壊と東欧の自由化の波。そこにはマルタの「ヘイ・ジュード」が歌われていた。○「人生よありがとう」ビオレータ・パラの歌は、チリやラテン・アメリカの軍事独裁政権の下で生き、闘ってきた多くの人々を励まし、力を与えてきた。1973年アジェンデ政権を倒したチリの軍事クーデター。チリ最南端、マゼラン海峡に浮かぶドーソン島は強制収容所の島。クーデター後、400人が収容され、強制労働、暴行、拷問された。絶望に陥りそうな毎日の中で、自らを励ますためパラの歌は歌い継がれた。---ベトナムもサラエボも「プラハの春」もサンチャゴの歴史もけっして知らないわけではない。でも、自分が生きている時代の人間の歴史をあまりに知らなすぎる。正直そう思った。
2007年12月17日
先日、カミサンにひきずられて倍賞千恵子コンサートに行きました。はっきり言って、倍賞さんの歌はすごい。スポットがあたった瞬間から倍賞ワールドの民となります。後ろの席のおじさんは(60代半ばかな・・)「赤とんぼ」や「赤い靴」「ふるさと」などずっと小さな声で歌ってる。注意する気もおきなかった。このおじさんの人生ってどんなんだったろ、それぞれがそれぞれに想い出にひたっている感じのなんとも気持ちのいい空間でした。ラジオ深夜便から生まれたという新曲の「冬の旅」は、北陸を第二のふるさととしているわたしにはぐっとくる哀愁があり、コンサート後ついつい、CD即売の群衆のなかにいました(^^;)でも、そのCD「冬の旅」、すごい発見があったのです!わたしは倍賞さんの歌で、いつも泣けてしまうのが谷川俊太郎作詞、武満徹作曲「死んだ男の残したものは」です。わたしにとっては先輩から教えてもらったベトナム反戦の歌。谷川さんは、こんな一文を載せていました。「歌い継がれることは喜びですが40年以上前に作られた 『死んだ男の残したものは』がいまだに現実的であるこの世界に、 作詞家としては哀しみとも怒りともつかぬ複雑な気持ちを抱きます。 『世界の約束』の世界は、尽きることのない戦争の続く この地球を抱きとってくれるより大きく、 より深い宇宙を暗示しているのですが、(略)映画「ハウルの動く城」の主題歌「世界の約束」も谷川さんの作詞だったんだ(作曲・木村弓)。うーーむ、奥深いなあちなみに、わたしのもっともこころ動かされる詞は 死んだ歴史の 残したものは 輝くきょうと 又来るあした 一人一人、すべての人々に輝く今日があり、明日が来ると希望できることうーーむ、日本国憲法の真髄だなあ・・・深い。
2007年12月12日
「66年前の開戦の日、17歳だった。 歴史を知ったとき、自分の歴史は終わりに近づく」83歳のメル友からケイタイメールが届いた。いつもなら深夜1時台の交信だけれど、今晩は早い。オレは17歳の12月8日、何をしていたろう・・・1974年。「パッチギLOVE&PEACE」の背景の年。長嶋が引退し、ベトナム戦争は続いていた。地球は自分を中心に回っていた。写真は12月9日、ふるさとの雲
2007年12月09日
ここ数日、西武新宿線は「臨時停車」が続いている。「急病人のため」というアナウスが多いように感じるが、他でもけっこう多いようだ。一昨日、だったか、それはわたしの斜め後ろで起こった。本を読んでいるわたしの背中越しにふわーっと動くものを感じたら、足元に、若いサラリーマン風の男性が、崩れ落ちた・・・なんで?? ・・・と呆然としていると、隣の40前後の男性が、もう少し年上かな45歳前後?かなその崩れ落ちた青年の首筋に手を当てて脈のあることをたしかめている。青年は、意識はもうろうとしていてもあるものの顔には血の気がまったくない。男性とわたしと目があって、男性曰く「これは臨時停車ですかね・・・」わたし「ですね・・・」で、わたしが大きな声で「非常ボタンはどこですか?非常ボタンの側の人は、非常ボタンを押してください!」と3度ほど大きな声で言う。しばらくたって、35歳前後の男性が「押しました!!」車掌の声がスピーカーから「どうしましたか?」と聞こえるまでの長かったこと(^^;)「急病人です!」「意識はありますか?」「かすかにあるようです」「つぎの駅で止まりますが、待てますか?」(そんなあ・・・わかんねえよ・・・)次の駅に臨時停車し、駅員が「どこですか~!」と叫びながら、窓の外を行く。「おーーい!!ここです!」とわたしが手を振り、一番近いドアに駅員が3名ほど駆けつけるも、ドアは外からはあかない(^^;)「座席の下のDボタンを押してください!」といわれても・・・そのDボタンはなかなかみつからない(^^;)今度は別のサラリーマンが、ぼーーとしているにいちゃんのバックをあらっぽくどけてDボタンをおしてくれた。倒れた青年はその場で駅員にあずけた・・・しかし、集団のなかの孤独というか、こういう場合の当事者をおもうと怖くなる。それと、こういうときに、とっさに判断して動ける人って、そんなに多くはないなと感じた。倒れた青年を抱きかかえていた男性とは、その後の車中、「だいじょうぶですかね・・」と二人ぼそっといったきり、高田馬場で人波に消えた。しかし、最近、電車での「急病人」やけに多いな。
2007年11月30日
NHKの3回のドラマ「海峡」に毎回泣いてしまいました。http://www.nhk.or.jp/drama/kaikyou/index.htmlとりわけ長谷川京子がいい。大河の細川ガラシャ役もなかなかでしたが、彼女はこの役をやるために女優になったのではないかそれほど、この「朋子」はまり役です。(娘もいっしょにみてましたが、こちらは、 眞島秀和さんの「キドさん」にぞっこんでした。 にとっぷり)それと、脇がうまいな。主人公の二人が生えるのは、うまい役者を的確に使っているからかな。なかでも、1、2回の津川雅彦=敗戦で絶望した経営者、朋子の叔父そして今回の小山明子=再婚した野中の母親いいもわるくも日本人を痛烈に感じさせてくれました。しかし、脚本・ジェームス三木、健在!これをきょうさんれんの映画と併行して書いていたとは、さすが!今年のドラマ、第一位(わたしのランキングですが)
2007年11月24日
木下航志の歌声に接したのは、2001年、鹿児島での全障研大会のことだ。鹿児島のなかまたちがつくる舞台の真ん中の全盲の11歳の小学生は、首をかるくふりながらリズムをとって「この町で」を合唱していた。とてもこころに残る歌声だった。おととい、高田馬場のCD屋をのぞいていると「voice KOHSHI KISHITA」が目に飛び込んできた。この9曲、はじめから聴いてもらっていい。が、わたしは、最後の Amazing Grace を聴いて欲しい。いま、彼は少年から青年へと駆け抜けている。17歳。 http://www.kishitakohshi.com/index2.html
2007年11月21日
今年のベストショットかな。10.30全国大フォーラムの政党シンポジウムの一枚。政党の背中に少し光をあてて、クローズUPさせつつ、6500名の参加者の、燃えるような思いを画像にあらわしたかった。カミサンは「桜が咲いてるみたい」といったがなるほど、人の魂は花にみえるのかもしれない。
2007年11月02日
結成30周年をむかえる「きょうされん(共同作業所全国連絡会)」がキャンペーンの一環で、映画「ふるさとをください」を制作している。(脚本=ジェームズ三木)来春完成だか、映画の成功めざして先日、中野で「第1回きょうされん寄席」企画され、久しぶりにたっぷり、しみじみとした笑いの2時間を過ごすことができた(^_-)出演は、この映画の上映実行委員長もかってでている桂 文福(上方落語協会理事)をメインに、一門の、若手・桂ぽんぽ娘(こ)に中堅の桂茶がまスペシャルゲストは東京太・ゆめ子だ。この東 京太さんは、わたしが小学生だった頃だから、昭和でいうと40年代、テレビで寄席が全盛期の頃あの「Wけんじ」とならぶ超人気の「東京二・京太」だ。といって、あーーそうなんだ と思う人は、ありがとう(^_-)わたしと同時代を生きる人です!いまは奥さんのゆめ子さんと、なんて言えばいのだろう、師匠の松鶴家千代若・千代菊の「もう帰ろうよ」「せっかく出てるんだからもう少し頑張りなさいよ」の掛け合いをおもいださせるような、いい味わいの夫婦漫才を聞かせてくれる。この京太さんが連発する「そうだっぺ!!」は強烈な栃木弁。わたしのふるさとはその隣の群馬だから「そうだんべ」となる。「ぺ」は「べ」に変換する(^^;)しかし、栃木の隣の茨城では「ぺ」がそのままでありこれはじつに謎なんだよね。ちなみに、北陸の金沢では「そうだじ」と「ん」は省略され「じ」に変換する。この語尾が「pe」だったり「be」だったり「ji」だったりするのは、スウェーデン語やデンマーク語、ノルウェー語ほどの違いがあるのかもしれないな(^^;)なんてことを深く考えたわけもなく、ただただ、「そうだっぺよ」「そうだっぺ!!」の言葉の連発にひたっていると(わたしの故郷は群馬といっても栃木と茨城にぴたっとくっついているような 位置にあるので「べ」文化ではあるが「ぺ」文化も内包している・・・)妙に安心してしまうというか、不思議なこころもちになるもんだねえうんだうんだ(^_-)(あれ?これはけっこう東北エリアでは広域で使われるなあ)
2007年10月24日
友だちに薦めたくてたまらない本だ!「僕はやっぱり歩いてゆくのだろう 新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ 春をむかえ 更に新しい夏を期待して すべての新しいことを知るために そして すべての僕の質問に答えられるために」8月に出て増刷を重ねる『谷川俊太郎質問箱』(ほぼ日刊イトイ新聞)詩人から届いた答えは、なんて深く、こころにしみるんだろう。質問4 どうして、にんげんは死ぬの? さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。(さえ 6歳)谷川さんの答え ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、 「お母さんだって死ぬのいやだよ!」 と言いながら さえちゃんをぎゅーと抱きしめて 一緒に泣きます。 そのあとでいっしょにお茶します。 あのね、お母さん、 言葉で問われた質問に、 いつも言葉で答える必要はないの。 こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、 ココロもカラダも使って答えなくちゃね。質問20 どうすれば、この大学生活4年分の 「ありがとう」の気持ちを 上手に伝えることができるでしょうか 谷川さんの答え 大学生活四年分と言うとなんだか量みたいだけど 実際には質でしょ、 ぼくだったらどんなことがあっても、 一生その人を裏切るような行動をしない、 そんな伝えかたをするかもしれない。
2007年10月20日
きっと今日は体育の日にちがいない。(でも、体育の日は東京オリンピックの開会式の日だから、 10月10日だったはずだが・・・(^^;) どうも21世紀になってからかってがわからん)だから、「さあ、競争だ。」と新聞に全面広告が載っている?ということではないようだ。競争しているのは子どもたちのペンを持つ手だ。高校2年がフィンランドに1年間留学した経験をつづる『受けてみたフィンランドの教育』(実川真由・実川元子 文藝春秋)を読むと、知的好奇心と意欲が大切にされた、学力世界一のフィンランドの教育の琴線にふれる。日本初「全国統一小学生テスト」開催・・・「さあ、競争だ。」わたしには「さあ、戦争だ。」と見えてきた。
2007年10月08日
グリーグ没後100周年ということで、ノルウェー大使館が連続の小さな演奏会を企画している。日曜日、カミサンといっしょに、ピアノとヴァイオリンの演奏会に参加。50人くらいの小さな会場で、目の前に演奏者がいる席でどきどきものでした。で、影響されやすいわたしは、グリーグCDなど仕入れて、聴くも、気がつくと爆睡(^^;)すばらしい曲は、気持ちがよくなるのだそれではと、もう一つもとめた「名曲喫茶のクラッシック」というのを流すと、おお、これは知ってる知ってる(^_-)すると、娘いわく「演歌みたいな曲だねえ・・・」
2007年10月01日
「きょうされん」って知ってますか?全国の共同作業所の連絡会なのですが、今年結成30周年なんです。12月21日に東京のビックサイトで結成30周年記念の全国集会を開くのですが、その目玉企画が「みんなの主張コンクール」。「青年の主張」のきょうされん版ですね。この時期、全国のブロック地域で、本選代表を選出する選考会がとりくまれています。わたしは南関東(東京、神奈川、山梨)の作文予選で選ばれた16人のみなさんからたった一人の代表を選考する、とっても苦しい役でした。選考委員は他に筋ジス協会やてんかん協会、作業療法士協会の役員のみなさん、選考委員長は女優の石井めぐみさんです。(知ってる人はわが同世代かな・・・。とても気配り上手な、素敵なお母さんです)選考はなんとか終わったのですが、表彰式のときに選考委員として発言した一言をメモします。(いつものことではあるのですが、思っていることの半分も表現できなかったので、ここに書きますね(^^;)) わたしは、ことばの力を感じました。生活の中の具体的なことばは、人のこころにひびくんですね。先日辞めてしまったエライといわれていた首相は「美しい国」とか「愛国心」とか言っていましたが、抽象的なことばは伝わりません。ところが、生活の言葉には力がある。たとえば、今日とてもこころ動かされた発表者のことばを読ませてください。 サービスというのは、自分で食事ができるのに食事をさせてもらい、 洋服を着られるのに着させてもらう等々、 自分でできることに手を貸してくれることだと思う。 「その手助けがなければ病院にも行けない」ことはサービスではない。 これは人間らしく生きる最低限の権利だと思う。 すばらしい哲学のある、こころを動かす、言葉ですよね。こうした場に、みなさんといっしょにいられて、本当にしあわせでした。ありがとうございました。
2007年09月28日
ブログのカキコミもままにならない多忙さ(^^;)近々その理由は公開するとして、多忙の一つが土曜日の企画。憲法を徹底して学び、語らないかというつどいです。靖国派の若大将(でもないか)は無責任辞任。コップの中の嵐の勝者は、崖っぷちの隠密同心フフフの福田さん。障害者自立支援法は「抜本的見直し」と言う一方で、財源は消費税を値上げして「福祉目的税」!!にかよ(^^;)おもえば・・・昨年末、悪夢のような教育基本法の改悪、どさくさのうちに防衛庁は防衛省に。あけて元日のアベー首相は憲法改正を誓い、経団連会長は、愛国心を育てるため、企業、官公庁の日常的な日の丸掲揚、君が代斉唱を強調し、憲法9条2項の改正を強調した。ラジオから聞こえてきたのは、「バラバラ殺人」「鳥インフルエンザ発生」「改憲手続法は5月3日までに」だしかし、内閣府の調査でさえ、「生活不安」を感じるが67.6%の国。閣僚だろうが首相だろうが、政治の根幹が揺らいでいることをつかめない政治勢力はすべて没落していくのだ。でも、憲法9条をめぐってはどうか。HUHUHUの福田さんは「鳩」だなんて・・・(信じられない!)防衛オタクのイシバくんは、みるからに「軍人」さんだし(^^;)与党の基本スタンスは改憲にアクセルを踏んだままだよね。そんななかで、今年の障害者・患者9条の会、9月の上旬にやれなかったことが、ここにきて強烈なボディブロウです。いろんな企画とぶつかっている・・・・(;_;)上映するドキュメント映画はほんとに超1級。この映画に学びながら、参加者が意見や感想をのべあい、平和への決意をかためあう場としたいのです。ぜひ、ご参加ください。障害者・患者9条の会 日時 9月29日(土)午後1時半~4時半会場 あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)3階会議室B 東京メトロ 有楽町線「東池袋駅」6・7出口より直結内容 第1部 ドキュメンタリー映画『シリーズ憲法と共に歩む』 第一遍 戦争をしない国 日本(90分・完全版)上映 第2部 よびかけ人&フロアー・トーク参加費 1000円
2007年09月26日
昨年は、障害者・患者9条の会の事務局メンバーに祝ってもらったわたしの誕生日でしたが、今年は、ちょうど仙台で講演会がある日。家で、みんなでケーキを食べるのもできないなあ・・・とおもってたら宮城支部のみなさんが、こころあたたまる演出で講演の最後に、ケーキをいただいてしまいました。なんともこそばゆく、そして素直に、嬉しかった家にたどり着くと、一日遅れのケーキも待っていました。誕生日はいいもんだ。いくつになってもいいもんだあ(^_-)
2007年09月10日
昨日の朝日の全面広告には唸った。初老の要人らしき男が後部座席に座り、遠くを見つめるような目をしてもの思いしている。その横には無造作に旅行鞄がある。後ろの背景はどこだろう・・・そして、コピーはこうだ。「なぜ人は旅するのか。世界を知るため? それともそれを変えるため? ベルリンの壁。ある会議からの帰路」そして、小さな字で「ミハイル・ゴルバチョフとルイ・ビトンは、 グリーンクロスインターナショナルの活動を支援します。」 LOUIS VUITTON世界史は、ゴルバチョフがいてベルリンの壁は崩壊した。1989年の話だ。そのゴルビーを起用して、企業のいま何をなしたいのかをアピールする。これぞ、広告だなあ、としみじみ思ったね。そして、この全面広告が載った日から、あの「自立支援法の立役者」の元企画課長(障害福祉課長)は、監督すべき立場の社会福祉法人理事長から、やれ高級車を3台もらったとか家の改築で1500万もらったとか、あうたびに「小遣い」をもらったとか・・・で、曰く、「総額で2000万~3000万円受け取ったのではないか。 金銭感覚が違うと言われれば、そうかもしれない。 返したいとは思っていたが、自分の給料で返せる額ではなかった」もう、なにをか言わんや。だけど、この「厚労省」の「広告」はじつに「厚労省」が なにをしたいのか? なにを変えたいのか? がよーーーくはらわたにしみてわかるような「広告」だ。こういう「役人」はきちんとケジメをつけてもらうのは当然だが、この人のもとでつくられた障害者自立支援法、これもきぱりと撤廃してケジメをつけてもらいたいぞ!
2007年08月31日
では夏のおもでシリーズしめくくりは、氷見の朝の海の風景です。氷見の漁港にあがる魚は天下一品ですが、今年は、水温が上がったためか、太刀魚など南の魚があがりはじめ、少しはとれていた夏の鮟鱇もたくさんあがったとかで、民宿のメインは、コラーゲンたっぷりのアンコウ鍋でした。
2007年08月26日
女良を歩くと、木造の校舎があった。木造校舎だと、「馬乗り」なんて、激しい遊びもできたんだよね・・知ってる「馬乗り」?いい年の大人は小さい頃みんなとやった遊びだよね(^^;)ブリューゲルの描く子どもの遊びに出てるんだね。万国共通なんだ。すげえhttp://www.fuchu.or.jp/~okiomoya/tabinoehonn/kodomonoyuugi/kodomonoasobi.htm
2007年08月23日
氷見は富山湾に面した能登半島にある。女良という集落には、古い木造の小学校があり、少し、山に向かうと、里山が開けていた。ところで「女良(めら)」って、青木繁の「海の幸」の絵も、千葉の布良(めら)で描かれたんだったなあ
2007年08月22日
夏のおもいでシリーズ第二弾能登半島にある氷見市の海岸から朝日の昇る立山連峰をみると、めずらしく(と地元の漁師は教えてくれた)剱岳が虹が島の向こうに見えた。8月15日の日の出だ。
2007年08月20日
八ヶ岳の麓の友人を訪ねた帰り道、信州の臼田あたりできれいな夕焼けをみた。夏のおもいでシリーズその1(^_-)
2007年08月19日
9年ぶりに開かれた中学校の同窓会に参加。4クラス160名近い卒業生で参加したのは70名近く。参加してくれた担任は、当時は41歳だったという数学のU先生とはじめての赴任校で20代中盤だったというわが英語の担任のH先生彼女は、その後、知的障害の養護学校でフィニッシュしている。いろいろあるけど、弾んだのは、給食の話。「ミルク」と教えられた「脱脂粉乳」(;_;)「おいしいパン」であったコッペパン(^^;)「肉と野菜のソテイ」の肉とは鯨肉だった・・・とか、吉野家の牛丼をはじめて食べたとき、なんとうまいものか!とおもったり、お好み焼き以外、ピザなんて喰ったことがなかったから、社会人になってからは毎食ピザばかり喰った(^^;)などなど。番外編は冬は石炭ストーブの余熱でアルマイトの弁当箱に入ったご飯を温める係があって、その場所取りでたいへんだったことなどなど。たわいのないことながら、妙に熱がはいったな(^_-)でも、記憶というものは、不思議なもので、イヤと感じたものはみごとに空白になっていた。私にとっては中3の夏の記憶だ。サッカー部のエースは、県大会予選の決勝戦で、じつにつまらないPKで負けてしまったことを昨日のように熱っぽく語るが、もう一人のエース(わたしのこと(^^;))は、そのとき、「脊椎分離症」による腰の痛みで、満足なプレーができなかった。思い出したくもない記憶であるのか、ほんとうに、その夏の記憶は、分厚いコルセットを巻いて、あせもに悩まされたことぐらいなのだ・・ところで、この同窓会でふるさとへ帰る片道2時間の道すがら聞いたCD=倍賞千恵子が熱唱する「死んだ男の残したものは」は、涙がでたな。最近、涙腺がかなりあまくなっているのだが、詩も音楽も歌もいいなあ。とりわけ、6番 死んだ歴史の残したものは 輝く今日とまた来るあした 他には何も残っていない 谷川俊太郎作詞 武満徹作曲 http://yubitoma.jp/Fuchu21st/REAL/sindaotokono.htmlすべての人びとに 輝く今日と また来る明日 を感じられますように
2007年08月12日
大きな仕事が終わった。研究運動団体がわたしの仕事場だが、その結成40周年の全国大会を無事終えることができた。なかでも、「結成40周年のつどい」は、愉快に、感動的に、決意をかためあう場となった。会を創った人もいる。そこに青春をかけた人もいる。いま、そこで学びをはじめた若者もいる。乾杯の挨拶で、創設者の一人・清水寛(初代事務局長・二代委員長)が初代委員長・故田中昌人の「社会(体制)の系」の発展を強調し、「日本と全世界の人びとの願いにこたえて、 発達の権利と生きる権利、 それを統一して民主主義を実現していく、 平和のうちにいきる民主主義をつくりだすための 研究運動団体として真価が問われる」といった言葉が耳に残っている。7月22日に参加した「秋元波留夫先生を偲ぶ会」でいただいた本につぎの言葉があった。101歳生きた秋元さんの言葉が、「結成40周年のつどい」で感じたここと共鳴する。 ときは流れ、 人は変わり、 やがてはいかなる時代も 過去の歴史の一節にくりいれられる時がくる。 ただ、私は信ずるのだが、 もしある時代をつくった者たちが 利害や形式だけの関係ではなく、 心のふれ合いで結びついたのであれば、 その時代は有形の業績を残すだけに終わることなく、 無形の精神的遺産として伝統の形式に役立ちうるだろうと。 (秋元波留夫『新未来のための回想』より)
2007年08月06日
以前、魂をそそいでいると紹介した、本ですが、できました。ほんとに、涙がでるほどいいほんだ。つくった人間が言うとうそっぽくはなるけど、だけど、いいものはいいのだ。素直に、これはいい本なのだ。で、今朝、昨年のこの季節に脳梗塞で倒れ、三途の川から生還した先輩からメールで 40年記念本、すばらしい。 特に表紙の作りはすごい。とまじに誉められた。お世辞をいうよな人でないので、じつに嬉しかった。なんか、やったあとおもっていることを、そのまま誉められるって恥ずかしいけど、ほんとうに嬉しいねえ。涙がでたよ(^_-)で、その本は、以下のアドレス観てね(^_-) http://www.nginet.or.jp/shuppan/2007/jinkenhattatu2007.html
2007年07月31日
昨日一昨日と嵐の前のうちにと群馬に車を走らせた。退院したオヤジは予想以上の回復状況にあり、おふくろも一安心といったところ。介護保険で付けられたという手すりや、段差解消の台と、廊下をすべらないようにしたカーペットなど、「あんまり高いから、まけさせた」という見積書を見せられた。「よくぞいいなりにならなかったね」と気丈な母親に花丸をあげた(^_-)さて、台風一過の東京は、暑いけれど風が気持ちのいい朝。ふと、白いさるすべりが咲き始めたことに気づいた。
2007年07月16日
4月6日、脳梗塞で倒れたオヤジだが、「文字が書きたい」「畑仕事が少しでもやりたい」という本人の意欲と、母の献身的なサポート、「軽症」であったことなどなどが幸いして、7月9日、自宅に戻ることができた。仕事の合間に電話すると母親は夜の介護の不安をうったえるので、「これからはどんどんよくなるよ」と励ました。軽い言語障害もある本人は、いたって元気で、「愛犬も神妙にしっぽをふってた」とご満悦。みなさんにも、この件ではいろいろご心配やアドバイスをいただきました。今後もリハビリは続きますが、とりあえずは一呼吸です(^_-)今日は都内で、自立支援法をめぐる政策フォーラム。予想の1.5倍の320名が参加。瀧川クリステル嬢も久しぶりの登場(^_-)帰り道、知人に腕をとられてその彼が言うには、彼のお袋さんが入院したら、オヤジさんがぼけちゃったようでなんとも悶々とした日々を送っているとのこと。その脇を同じ状況の友人が通ったのでなんだが妙に、みんな共感し合ってしまった。日本の貧困は、医療、介護、政治、、、民主主義、、、今度の選挙で、世の中あらためのつぎにつながる結果を出したいものだ。
2007年07月09日
本業で、超ド級に忙しモードに突入し、なかでも魂をそそいで一冊の本をつくってます。夕鶴のおつうの気持ちがわかる気がします。自分で執筆する本も、相当魂をすいとられますが、編集する本も、これまた魂を込めるというか、吸いとられるというか、、エネルギー使いますね。ですので、こういう軽いのりの文章が、なかなか書けない。どうして、いま書いてるかというと、山登りにたとえれば、どうなるものか暗中模索、がまんにがまんの樹海地帯を越えて、いっきに視野がひらけてきた。山全体の構造がみえてきて、その大きさが身体で感じられた、そんな感じでしょうかね(^_-)ということで、本づくりの山登りは7月中頃までつづくのですが、(できあがったらCMしますね。 『障害者の人権と発達』という発達保障の実践と研究のみちしるべとなる本です)一方、結成40周年となる全国大会の準備やら(おれ27回もかかわってんだなあ)ベラボーでむちゃくちゃな政治を正せる貴重な機会の参議院選挙やら忙しさはいやはや加速しますね(^^;)でも、明日は、わが家でホームパーティ。半径1キロの仲間たちが、一品もちより、わいわい騒ぐ寄合です。今回は、わが優秀な後輩の一人が上京して逗留するので、彼を肴に「能登半島地震と能登原発」のスペシャルトーク付。ゆかいな仲間たちと楽しい学びと語らいの時間。いのちの洗濯です(^_-)
2007年06月29日
NHKが深夜に流しているアーカイブスで、「今朝の秋」をみてしまった。1987年作・山田太一、音楽・武満徹、演出・深町幸男配役は笠智衆に杉村春子。がんで3か月と言われた杉浦直樹(53歳)、その妻・倍賞美津子ばらばらだった家族が、蓼科の山荘で過ごした、夏の瞬間。はじめて見たときの衝撃。再放送、ビデオでもなんどとなく見たけれど、20年が過ぎて、自分が50歳を越えてみると、感じるものがだいぶちがうように感じるな。笠さんと杉村さんの演技はまったくすばらしいけれどあらためて武満徹の音楽のすごさを感じた。90分間、あっというまに過ぎた。
2007年06月10日
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