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「かみぽこ政治学」です。引き続き質問に答えようと思います。次は私書箱へのこんな質問。『この度の郵政関連法案の参議院での否決ですが、 法案の是非などの前に、そのプロセスでイマイチ釈然としない部分があります。 今回は、政府側として提出された法案について、 「第一院で可決」された法案が、「第二院で否決」されました。 この結果、首相は「法案を可決した第一院」を「解散・総選挙」し、 民意を問うことになりそうです(現時点では未定です)。 そもそもが衆議院でギリギリの可決だったことから、 衆議院への再度の審議が事実上できず、これしか方法がないことはわかります。 しかしやはり釈然としないのです。論理矛盾している気がしてなりません。 特に、厳密な意味で二大政党制になったとき、 今回のケースはレアではなくなりえると思うからです。 (二大政党制の政治文化があるかどうかは、とりあえず置いておきます。) 国論を二分するほど拮抗する議案があるとして、 本来は第二院でしかない参議院の力が強く発揮されすぎるように思います。 しかも意思決定に関して、リスク=解散を伴わないというのは何とも・・・。 というわけで、今回の件では、二院制のあり方について、 抜本的な改革が必要になってきたのではないかと考えます。 ご意見をお聞かせいただけたら幸いでございます。 それでは失礼致します。』☆どうもありがとうございます。うん。。。俗に「参議院不要論」というのがあるですけど、この郵政民営化法案に審議過程において、私はむしろ参議院は「良識の府」としての存在感を見事なまでに示したと評価しています。「参議院に首相の解散権が及ばない」ことは、参議院を政局に巻き込むことから防ぐためにあり、参議院を「良識の府」とするための制度的工夫。今回、この制度的工夫が見事なまでに効果を発揮したと言えるからです。結局、衆議院で可決された法案がなぜ参議院で否決されたかをシンプルに言えば(たとえ与党の参議院での議席獲得数が衆議院より少なかったということはあったにせよ)、衆議院では首相の解散権があるために、首相がそれを行使するぞというある意味の「脅し」が効いたのに対し、参議院では解散権がないためにそれが最終的に効かなかったということですね。逆に言えば、この「参議院には首相の解散権が及ばない」ということが、参議院が「良識の府」としての判断を下すことを可能にしたということだと言えます。今回の郵政民営化法案の採決で参議院が示した「良識の府」としてのメッセージというのは、1. 衆議院で法案が可決されたのは、首相の解散権を使った多数派工作の結果であり、審議を尽くした結果とは言えない。2. 従って、法案の内容そのものに疑問があり、また法案が民意を反映したものかどうか疑問がある。よって、法案を成立させるのは疑問なので否決して衆議院に差し戻す。3. 衆議院はこの結果を受けて法案を廃案にするか、そうでないならもう一度審議を尽くしなさい。ということ。政治家は粗っぽい言葉でいろんなことを言ってますけど、その最大公約数をまとめて、真面目な言葉に翻訳すると(苦笑)こういうことなのだ思います。ここで重要なことは、参議院で否決されたら即、廃案ということではないということ。あくまで衆議院に法案が差し戻しされるだけであることです。ご存知の通り、日本では「政府提出法案」の全て、「議員提出法案(いわゆる議員立法)」のほとんどが衆議院に最初に提出されるわけです。(一部、参議院からの議員立法はあるがそれはとても少数です。)つまり、参議院の役割というのは、「衆議院で可決した法案のチェック機能」という性格が強いということ。ご存知の通り、どこの国でも元々第二院というのは、貴族院として設置されたものがほとんどです。これは、庶民によって設置された第一院が、いわゆる政局の混乱の中で法案をおかしな方向に捻じ曲げて可決したり、大衆迎合的な法案を可決したりというような、いわゆる「衆愚政治」に陥らないようにノブレス・オブリージュを持つ貴族の立場から厳しくチェックするという意味で設置されたということです。日本でも、元々第二院は第二次世界大戦後まで貴族院だったわけだし。余談ですけれども、国会見学をして国会議事堂内を歩いてみると、参議院の建物には旧貴族院の名残があって、造りが豪華だったりします。そういう第二院という制度の歴史的背景も含めて考えても、今回の参議院の「郵政民営化法案否決」は、やはり「良識の府」としての本来の機能を発揮できたという評価ができると思います。そして、参議院から否決されて衆議院に差し戻された法案の取り扱いについて。憲法第59条によれば、「参議院で否決された法案は衆議院に差し戻され、3分の2の賛成で可決する」ことになっています。まあ、通常であれば、3分の2の賛成を得るのはほとんど不可能だとしてそのまま廃案になるものです。また、その法案が内閣の命運を左右するような重要なものであれば、内閣総辞職という判断もあるでしょう。まあ、ここまでは当たり前の話。そこで今回の小泉首相のような、衆議院の解散・総選挙に打って出て民意を問うというのは、どうなのでしょうか?巷では暴挙のように言う人がいるけど、私はそれもアリだと思うんですよね。なぜなら、何度も言うけど、参議院での否決というのは、あくまで法案が「衆議院に差し戻されただけ」だから、その法案の取り扱いの決定権が衆議院にあるからです。そして、法案が衆議院に戻ってきた時、可決に必要な3分の2の賛成を得られない場合、ただ廃案にするのではなく衆議院が可決している法案をただ廃案にしていいのか民意を問うために首相が解散権を行使するというのは、それを支持するとはさすがに言えないけれども、まあ、それもアリかな、とは思うのです。また、参院が否決した法案に対して成立には衆院で3分の2の賛成が必要というのは、客観的に見て第二院の力が強すぎると思われますので、首相がそれに現行法上対抗する方法として衆議院の解散権を使うのはこれもアリなんじゃないかな、と思います。それに、総選挙の結果、もし小泉派が勝利するようなことがあれば、郵政民営化法案は再度提出しなおすことになると思うけれども(解散で郵政民営化法案は廃案となるので、再度新たに提出しなおすことになるわけです。この際は、衆院を過半数の賛成で通過、参院に送られるという通常の法案審議になります。)「郵政民営化法案に対して賛成という民意が示された」ということで、次回参議院に法案が回った時採決での議員の投票行動が変わるということは大いにありうるだろうと思います。要するに、「参議院で法案が否決されて衆議院を解散」というのは、現在、法案が衆議院に差し戻されていてその取り扱いが衆議院に委ねられているのだから、それなりに理屈はあるのだと思いますし、強すぎる参院の権限に対する対抗手段として首相の解散権は認められるように思います。また、「否決という判断を下した参議院に対して真の民意はどこにあるかを示す」という意味で、解散総選挙を行うのにもそれなりに理屈はあると思われます。よって、今回の解散を「暴挙」と単純に決め付けるのはいかがなものかなと私は思うのです。最後に、日本の参議院のあり方についてだけど、今回その存在感を示したとはいえ、いろんな問題があるのは事実だと思います。その根本的な原因は第二次世界大戦後に、貴族院がなくなって参議院になったことそのものでしょう。参議院議員とは、日本からなくなってしまった貴族に代わり、良識に基づいて物事を判断できる「有識者」であることが条件とされていると思います。(だから、タレントとか有名人が議員になっている)しかし、その有識者とはなんなのかとなると、その基準が非常にあいまいなわけです。結果として、ほとんどの議員が衆議院議員と何も変わらない人たちなわけです。衆議院議員を落選したから参議院に変わったとか、その逆とか。小選挙区比例代表並立制に衆議院の選挙制度が変わったときに、党内調整で参議院に移った人とか。あと、中曽根弘文さんはお父さんがずーっと衆議院に鎮座ましましていたから参議院議員なのだろうし、宮沢元首相の弟の宮沢弘さんとか、亀井静香さんの兄の亀井郁夫さんとか、兄弟で衆参分かれて議員の人は元々同じ氏素性なわけだしね。2人がどう違うんだと言われてもよくわからないですよね。まあ亀井兄弟の場合は明らかに人相を比べるとどっちが良識の府の人かわかりやすいと言えばわかりやすいけど。。。(笑)つまり、衆議院議員と参議院議員がほとんど同じような人たちで構成されているから、今回、参議院議員も衆議院議員から激しい説得攻勢を受けたわけだし、政局に事実上巻き込まれたわけです。これが例えば、英国の貴族院議員に対して、庶民院議員が説得工作などしたら、「貴様ら下賎の者が何様のつもりだ。無礼な、下がれ!」と門前払い食わせただろうけど、(苦笑)日本の場合、当たり前のことながらそんなわけにはいかなかったと言えば、わかりやすいでしょうか。最後に法案を否決して参議院の独立性を示せたとはいうものの、もし可決していたら、参議院っていったいなんなのかその存在理由がよくわかんなくなっていたと思います。そして、このような「衆院と参院の間に明確な違いがない」という根本的な問題があるからこそ、法案の採決に関して衆院と参院の判断が違うというケースをほとんどこれまで想定していなかったわけです。その結果、法案の採決について衆院の優位の規定を設けてなかったと。それが「強すぎる参院」という今回の混乱を引き起こしたという側面はあるでしょうね。そういう意味では、参議院とは何か?参議院はどうあるべきか?という議論がこれまでも散々なされてきたわけだけど、これからも真剣に議論を継続していく必要があるのだと思いますね。それでは、また。
2005年08月10日
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「かみぽこ政治学」です。(苦笑)総選挙の結果が出た。自民党296(+84)、公明党31(-3)=連立与党327(+81)民主党113(-64)社民党7(+2)共産党9(0)その他19(-14)なんじゃこの結果は。。。お化けみたいな自民党の圧勝となってしまった。参った。完敗である。小泉純一郎に完敗だ。私は純ちゃん嫌いであるが、純ちゃんウォッチャーとしては小泉郵政相誕生の日からだから、もう20年近くになるし、そのへんの人には絶対負けないと思っている。しかし、小泉純一郎の凄さは私の想像を超えていた。どうもすんません。謝ります。。。(苦笑)今から思えば小泉首相は、最初から郵政民営化を争点に解散総選挙をやりたかったんじゃないだろうか。へたをすると、首相就任の時からその機会を伺っていたのかもしれない。このエントリーである。「改革を成し遂げるには。。。」(2005年2月2日)この2005年2月の時点で私は、「郵政民営化に関して、抵抗勢力の暴れさせ方が足りない。これでは本格的な国会審議に入ったときに抵抗が増す懸念がある。」というような意味の指摘をしていた。この私の懸念は後に正しかったことがわかるのだけれども、悔しいことに私はこれを当てたと誇ることができない。私は後にこれを事実上撤回し、「郵政民営化法案は問題なく国会を通過する」と言い直していたからだ。これがいけなかったね。。。(苦笑)これはね、ある有名なブロガーさんとのやりとりがあって、あんまり論争はやりたくないし、私はまあそれもそうかなと思って適当に言い直してたんだけど、やっぱり今思うと自分の勘が一番正しかったね。また、私がここで言い直したもう1つの理由が、「さすがに郵政法案否決は小泉首相も困るだろうし、けんか上手の小泉首相が手を打ってないわけがない」という読みがあったからだ。しかし、あの時は想像もできなかったが今になってみると小泉首相は郵政民営化否決・解散総選挙を望んでいたとしか思えない。小泉首相が郵政民営化について党の政調会に下ろすことなく、(1)昨年4月に「郵政民営化準備室」を設置。(2)9月には与党の了承なしに民営化方針を閣議決定。(3)今年6月には自民党総務会が全会一致方式を放棄して法案を閣議決定。と完全なトップダウンを貫いて反対派を怒らせるようなことばかり続けていたのは、郵政民営化法案を否決に持ち込むためだったと考えるほうが話のつじつまが合うからだ。以前指摘したけれども、小泉首相が衆院解散した後、あっという間に反対派議員の選挙区に対立候補を擁立したのは、水面下である程度事前に候補者を準備していたということだろうし、「郵政民営化一本やりの選挙戦術」も、前回参院選で民主党に先に年金問題を争点設定されて主導権を握られたという分析に基づいての周到に考えられたものであったらしい。公明党の都議会議員選挙による疲弊も計算の上だっただろう。これについての「小泉が仕掛けた罠」は私の言いすぎだったとしても(苦笑)「郵政民営化の争点設定」で「比例も自民党」と書かせる選挙戦略は見事に当たって、自民単独過半数、公明党の影響力減につなげた。小泉首相の唯一の誤算は、衆議院で郵政民営化法案が可決して参議院に回ってしまったことではないかと思われるほど(苦笑)郵政民営化法案否決から解散総選挙までの小泉首相の準備は完璧だった。。。全ては解散・総選挙に持ち込んで自民党内の抵抗勢力、民主党、公明党、全てまとめて一掃するために仕掛けたものだった、そうとしか言い様がない。そんなの予測不可能だよ。(涙)自分が出した法案を否決させようと首相が画策していたなんて。。。ああああ~♪総選挙は~♪小泉が仕掛けた~♪罠だった~♪わわわわ~♪(「長崎は今日も雨だった」風に)と、歌でも唄わないとやってけないくらいだ。(苦笑)ほんとに小泉首相には完敗しました。まあしかし、私は昨年から何度も何度も「小泉が仕掛けた罠」と言ってきて、まあ「買いかぶりすぎ」「そんなにうまくいくわけがない」とかいろいろ言われたけど、(苦笑)今回の郵政民営化法案審議、解散・総選挙の過程で全国民が小泉純一郎のことを「罠を仕掛けて政敵を仕留める政治家」だとしっかり認識したことだろう。その部分では自分が言ってきたことは正しかったのだろうし、そういう意味では満足している。あと、総選挙の総括として、もう1つ指摘したいと思う。有権者は今回の総選挙で1つの明確な判断を下したと思う。それは、「有権者は小泉首相の男らしさを信認した」ということだ。逆に言えば「民主党や反対派の女々しさに呆れた」ということでもいいだろう。「男らしい」とか「女々しい」とか書くと誤解を招くだろうが(苦笑)これが一番いい表現なのであえて使わせていただく。今回の解散・総選挙、小泉首相の戦略の周到さに比べて、郵政反対派と民主党の情けなさはいったい何だったのだろうか。。。彼らは全くと言っていいほど解散・総選挙の準備ができていなかったわけだ。小泉首相が解散に打って出て初めて事態の重大さに気づき「首相は狂っている」と言ってみたところであまりにも遅すぎた。政治の世界は「常在戦場」である。常に最悪の事態にしっかり備えて日々緊張していなくてどうするのか。徹底的な準備をして生きるか死ぬかの戦いを挑んだ小泉首相の「男らしさ」に比べて反対派や民主党はあまりに「女々しく」頼りなさ過ぎたのだ。有権者はその「女々しさ」を改革の実行力なしと判断した。また、今回外交は争点になってはいないとされたが、魑魅魍魎跋扈し複雑怪奇な国際社会をどう日本が乗り切っていくのかを、戦う備えもできないような「女々しい奴ら」に任せられるかという判断につながったのは間違いない。繰り返すが、「有権者は小泉首相の男らしさを信認した」のである。この有権者の選択は、決して小泉マジックに踊らされたというものではなく実にシビアなものだったと私は思う。これは別の言い方をすれば、私が「岡田民主党と嫉妬の政治」で指摘したような、「経済合理性を超越したばか力」が政治家には求められるということを岡田代表が最後まで理解できなかったことが民主党の惨敗の原因だということだろう。いくら政策をまじめに訴えようと「男らしい実行力」を示せねば、政治の世界では勝ちぬけないのだということ。ねえ、やっぱり強くてたくましい男でないと、政治は任せられないよね、ゆうかさん?(苦笑)すみません。。。要するに、私がずっと民主党に対して厳しく言い続けてきたことを民主党は顔を背けず直視して出直してもらいたいものだ。もっとも、こんな場末のブログなんか民主党関係者の誰も見ないだろうが。。。うひょひょ。。。それにしても岡田代表は政権交代可能な政党に育つ可能性のあった民主党をここまで惨敗させてしまった責任をどう考えているのだろうか。政権交代という選択肢を失った日本国民の不幸をどう考えているのだろうか。この罪の重さは代表辞任では償えない。とっとと議員辞職して政界から去ってもらいたい。まあ、これが今回の総選挙の総括である。最後に、選挙後の日本社会について一言。今回の総選挙によって、改革に対する「抵抗勢力」はほぼ一掃されたわけだ。これが何を意味するかというと、改革が何の抵抗もなく妥協もなく進んでいくわけだがら、小泉首相が言ってきたように「痛みをともなう」状況が広がる可能性があるわけだ。要はより競争的になって、「勝ち組」と「負け組」がはっきりする社会が本格的に日本に到来する可能性があると。今回、小泉自民党に投票した人たちはそういう社会で生き抜いていく覚悟ができているのだろうか?私は、何度もこのブログで書いているように、純ちゃんが嫌いであって、できれば競争だけではなくて、弱き者にも目を配る社会であってほしいと心情的には思っている。米国ではなく、英国で学んできた者としてはね。だから私は、今回の選挙戦で邦子だのさつきだのゆかりだのといった米国かぶれの人間をバリバリ食いそうな女が大暴れしているのを眉をひそめてみていた。。。(笑)しかし、心情は心情としてそれとは別に大きな時代の流れというのは理解しているつもりなので、競争社会の中で生き抜いていく覚悟は私なりにしているし、現実に今、曲がりなりにも海外で研究生活という競争社会に身を置いてもいる。今回の選挙結果によって生まれるだろう新しい日本社会を私は受け入れるつもりでいる。今回、小泉自民党に圧倒的な支持を与えた人たちは、厳しい競争社会に身を置いて生きていく覚悟を決めた上で投票したのであると信じたい。もし自分が競争に敗れて「負け組」となった時、「政府が悪い、政府が何もしてくれない」とだけは言ってほしくないと私は願っている。ああ、疲れた。。。これからしばらくこのブログは留学の楽しい話題だけでいきますね。(苦笑)皆さんもよくお休みください。それでは、またね。
2005年09月11日
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あれですよね、掲示板にありましたように歳入庁構想は、以前から民主党にありましたよね。(苦笑)どうもすみません。。。(苦笑)でもね、、ただの構想として、それこそ「学級会内部の空論」として机上にあったものが、今回、対案として練られて出てきた事は重要であると僕は思うんですよね。これは、構想としてあった時とはぜんぜん違う。「頭の体操」の価値はある。(苦笑)という事で、中編始めます。民主党と官僚の関係の変化は、ここから始まっていると思う。(2003年7月30日「民主党」「自由党」合併)小沢一郎さん率いる自由党が民主党と合併した時、まず最初に、旧社会党系のリーダー横路孝弘さんに会いに行った。「あなたと私の憲法に対する考え方は同じです」と、やったわけだ。そして、小沢さんが民主党代表になった時。(2006年4月8日新・黄昏ぶらざ~ず大いに語る(10):小沢代表より心配なのは。。。(前編)新・黄昏ぶらざ~ず大いに語る(10):小沢代表より心配なのは。。。(後編))ここではいろいろ書いたけど(苦笑)重要なのは、「小沢アレルギー」を起こすかと思われた旧社会党系のグループが代表選で「静かに」小沢さんに協力したこと。小沢さんが、それまでの岡田・前原執行部と距離を置きながらも、いつか代表選に打って出るため着々と旧社会党系グループと関係を築いてきたことが伺えた。しかし、僕はこの後、小沢さんと旧社会党系の関係についてほとんどなにも書いてこなかった。Kazutakaさんなどから、「あれはどうなりましたか?」と、聞かれたりしてたわけなんだけれども、(苦笑)今回、それに一応の回答を出してみたいと思います。結論から言えば、「旧社会党系の議員は元々、毎年の予算作成過程等を通じてキャリア官僚との間に緊密な関係を築いていた。小沢代表の下でその旧社会党系と官僚の関係が復活している」。うん。。。僕は2年前の夏休みと冬休みに博士論文のための政治家・官僚・秘書・政党スタッフへのインタビューを行ったことはこのブログのいろんなところで書いているので、ご存知の方もいらっしゃると思う。このインタビューは、ある日本の大学教授、ロンドン駐在の官僚の方、ある民主党議員に相談することからスタートして、それから、紹介に次ぐ、紹介に次ぐ、紹介に次ぐ。。。(苦笑)で、進めていったのだけど、その途中で、ある旧社会党系の金融財政通の民主党議員にたどり着いた。ここでは仮に◇◇議員と呼ぶことにする。インタビューを行った後、インタビューしたい方のリストを◇◇議員に見せて、誰か紹介してほしいと頼んだとき、議員はリストを見ながらある官僚OBの自宅に電話をしたんだよね。「○○さん(官僚OBのこと)がインタビューを受けてくれるそうですから、あとで○○さんに君から電話をしてスケジュールを決めてください」○○さんとは、金融ビッグバンの実現に重要な役割を果たした元大蔵省の大物官僚である。僕は、あらためて○○さんに電話を入れて、インタビューを申し込んだ。○○さんは、こう言った。「私は、大蔵省時代のことについては墓場まで持っていくので、世界中のいろんな方々からのインタビューの依頼をぜんぶ断ってきました。しかし、◇◇先生からの依頼ですから特別にインタビューを受けます。◇◇先生とは、一緒に予算を作って徹夜で仕事したり、飲みに行ったりした仲ですから」僕が、旧社会党と官僚の意外な関係そして、「55年体制下での野党の政策過程」の存在に触れたのはこれが最初だった。ちなみに、◇◇議員の紹介によってこのブログで何度か書いたことがある塩崎恭久さんのインタビューも実現したし、インタビューはできなかったが、柳沢伯夫さんにもコンタクトしてくれた。この、旧社会党と官僚の関係については、僕の博士論文のケーススタディの1つ、「大蔵省から金融機能が分離され金融庁が誕生するまでの過程」を、調べていくうちに更にいろいろとわかってきた。大蔵省改革は、1996年2月に自民党・社民党・さきがけの連立与党によって「大蔵省改革与党プロジェクトチーム」が、作られたところからスタートしたのだけれど、そのチームの座長に選ばれたのは社民党の政審会長・伊藤茂だった。そして、チームの事務局を務めたのは社民党の政審会だった。これは、通説としては「社民党は大蔵省と関係が薄いので、大蔵省に遠慮なく改革を進められる」からだったとされているが、実態は少し違っていたようである。僕は伊藤茂さんにもインタビューしたのだけど伊藤さんは開口一番、こう言った。「福井(俊彦氏、現日銀総裁、当時副総裁)も武藤(敏郎氏、現に地銀副総裁、当時大蔵省官房長)も、大学の後輩でねえ。元々ツーカーの仲だったんだよ。」だから、伊藤さんが座長だったんだと。(苦笑)そして、事務局を務めた当時社民党政審会スタッフの話では、「当時、社民党と大蔵省は予算審議をやってた関係で政治家と局長・部長レベルスタッフと課長・課長補佐レベルで非常に密接な関係を持ってましてね。その関係で、大蔵省改革には消極的な自民党と強硬な改革を主張するさきがけの間に入って調整役をやったわけです。それで、大蔵省との政審の事務レベルの議論の中で大蔵から『日銀法改正』とか『財政金融分離』の提案が出て、具体的な内容を詰めたわけです。それを社民党がプロジェクトチームに提案し、自民やさきがけの間を調整してまた、労組の意向も入れながらまとめたわけです。」このスタッフの証言は、伊藤・武藤両氏の関係や◇◇議員・○○氏の関係を裏付けるものだし、実際、当時の新聞や本を見てもらえばわかるけど、自民党が消極姿勢である一方で大蔵行政に詳しくないはずの社民党サイドから「座長覚書」(1996年5月15日)「基本文書」(1996年6月13日)「座長私案」(1996年7月23日)など、文書が次々と提案され、改革がどんどん前に進められている。「基本文書」が提案された時には、あの与謝野馨さんが「こんなものは受け取れるか!」と、大激怒して大騒ぎになったなんて話もあったわけでね。。。(苦笑)まあ、余談としてはこのチームでの議論では塩崎さんが日銀法改正を主導し、柳沢さんと大激論をしたとか、(苦笑)細かい点はいろいろあるんだけど、大きな流れとしては、社民党・大蔵省主導で議論が進んだということだ。大蔵省は改革に反対だったのでは?という意見もあろうと思うけど全面的に反対ではなかったんですね。そのへんは、話が細かくなりすぎるし、このエントリーのテーマでもないので来年1月に出る、博士論文の一章を切り取った僕の学術雑誌での論文を興味があったら大学図書館にでも行って読んでやってください。(苦笑)要するに、ここまで、意外に密接だった旧社会党系と大蔵省の関係を書いたのだけどこの関係というのは、その後、この大蔵省改革で急進的な改革を主張していたさきがけ系が民主党の政策立案の中心となることで旧社会党系が排除されたことであまり表に出ることもなかった。しかし、小沢一郎さんが代表になることで旧社会党系が政策立案や国会運営の中心に入っていくことで再びその関係が生かされることになったように思うね。おそらく、これに、小沢一郎さんが持っている官僚への独特の人脈、(2004年5月17日突き詰めると、小沢神話って何なのか?)『一般的に、小沢さんはこの官房副長官時代に日米貿易摩擦解消に向けた交渉を一手に引き受けたあたりから党内でメキメキ頭角を現してきたと言われている。電気通信分野や建設市場の開放問題、FSX(時期支援戦闘機)選定問題などについて、竹下首相の命を受けてアメリカと交渉。困難な交渉をまとめて、アメリカから高く評価された。また、彼の政治力の源泉となる様々な人脈、金脈の基礎を作った。つまり、この交渉を通じて郵政、建設、防衛などの省庁、そしてその関連業界に大きな影響力を持つことができたと言われる。』これが、うまく絡み合って、機能し始めたように思う。まあ、元々55年体制の表裏一体で元々絡んでいたものだったのかもしれない。(苦笑)この、小沢人脈・旧社会党系人脈と民主党の政策立案の変化はまだ非常に見えにくいのだけど前述の国税・社保庁合併案が単なる構想ではなく対案として出てきたこと、また、例えば、年金未払い問題に対する対案を旧社会党系の財政通・峰崎直樹さんを中心に出していることなど、小さな変化に注目してみてほしいんですね。これまで対案主義に、旧社会党系はあまり関係なかったような気がするとかね。。。(苦笑)まあ、一方の国会運営については旧社会党系が審議拒否に嬉々となっているところは、見え見えになってるけどね。(苦笑)ただ、これもよく見てほしいところがある。それでは、後編へ。
2007年07月07日
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今日は、可愛がってた奴が就職の内定をもらったってわざわざ日本から連絡があったので、うれしいです。(笑)さて、「かみぽこの研究生活」です。博士論文の口頭試問まで、あと2週間弱になりましたね。(苦笑)なにが(苦笑)なのかよくわからないけど。。。(笑)うひょひょ。。。まあ、口頭試問の準備については指導教官ドン・キーン博士の指示が「寿司を食え!」「あんまり準備をやりすぎるな!」の2つだったもんだから、(涙)なにをしたらいいのかさっぱりわからなかったのだけれどね。とりあえずこの先食べていくためのこととか、学術論文を書いたりだとかいろいろやってたんだけれども、口頭試問(1月26日)まで1ヶ月を切ったのでそろそろ準備に本腰入れなければならない。しかし、本腰入れるとしても繰り返すけれども、なにをやったらいいのかとなると、はっきり指示がないわけで。。。(苦笑)以前書いたけれども、ドンが言う「あんまりやりすぎるな」の真意を僕なりに解釈するとね、「すでに書いたもので勝負する」ということだと思うんだよね。つまり、博士論文というのは5年間もの月日をかけて研究して書いたものだから口頭試問でいろんなことを聞かれるとしても、それに対しては博士論文の中に書かれているものから答えればいいのだということ。言い換えれば、口頭試問で予想される質問に対する答えは新たに本を読んで見つけるのではなく既に博士論文に書かれているはずだということだから、それらを頭の中で整理しておけばいいわけだ。では、どんな質問が予想されるかなんだけれども一応それは図書館に行って、博士論文の口頭試問に関する本を調べてみた。そこには、こんなような質問が書かれていた。1. 博士論文の主張は何か。2. どんな文献を読んだか。3. どのような理論・方法論を用いたか。4. どのような結論となったか。5. なぜこのトピックを選んだのか。6. なぜある理論を採用し、その他の理論を採用しなかったのか。7. なぜある方法論を採用し、その他の方法論を採用しなかったのか。8. この論文の問題点、誤りと思われるところはどこか。9. この論文のオリジナリティ、学問への貢献は何か。10.この論文の含意は何か。11.もしこの論文をやり直すとしたら、どこをやり直すか。などなど。。。(苦笑)こんなようなことに対して答えられるように頭を整理しておけばいいんだよね、たぶん。。。がんばります。(苦笑)それでは、またね。-------------------------------------------「かみぽこの研究生活」バックナンバーはこちら。
2007年01月16日
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松山千春氏の楽曲を全く音楽理論的根拠のない、私の勝手な解釈により紹介することで、人生と恋愛を考える(?)このコーナー。「炎」まずはいつものように曲の世界から。----------------------------------------------------------つかの間のやさしさに 愛をゆだねて貴方の広い胸に 夢をたくして夜の長さにまかれ くわえた煙草そうねみんな貴方が 教えてくれた貴方のそばを 離れたくない命も心も 全て捧げた愛がゆれている 炎の様に誰も責めないで 燃えつきようと恋になれた女の 流す涙は悲しいほどせつない 貴方への愛貴方にめぐり逢えて 悔いなどないわ生まれてきたことさえ 幸せと思う貴方のそばを 離れたくない命も心も 全て捧げた愛がゆれている 炎の様に誰も責めないで 燃えつきようと愛がゆれている 炎の様に誰も責めないで 燃えつきようと(JASRAC許諾第J070214365号)----------------------------------------------------------うん。。。。この曲は松山千春さんの代表的なラブ・ソングの1つである。松山千春さんはよく、「自分のことを知らない人でも一度自分の歌を聴いてもらったらその人を納得させる自信がある。」というようなことを言う。私は個人的な経験からもこれは本当だと思っている。このHPにも何度も書いているけど、(1)学校の教会のピアノで「恋」を弾いていたら、「すばらしいメロディーだ。楽譜をください。」と英国人紳士に頼まれた。(2)芸術会館のカフェで働く韓国人のおばさん。千春さんのラブソング集のカセットをプレゼント。聴いたら「祖国を思い出した」と感動。(3)飲み会の帰りにかみぽこカーに乗せたラテン系美女。車内で「雪化粧」を聴き「ファンタスティック!」を連発す。などなど、千春さんのことを「禿げて毒舌でやくざみたいな格好の人」という先入観のない人たちには、たとえ歌詞がわかるまいと千春さんの歌のすばらしさがストレートに伝わるということなのだ。それで、この「炎」なのだけれども、私は千春さんの曲の中でこれこそが「一度聴いたら誰でも納得する」という強い説得力を最も持っている曲だと思っている。実際に、かつて「夜のヒットスタジオ」にマンスリーゲストとして登場した時に絶唱した「炎」は、ファンの間では伝説になっている。また、ライブCD「O・I・R・A」に収録されている、千春さんギター弾き語りの「炎」は聴いていて鳥肌が立つほど鬼気迫る凄みがあるのだ。この時、千春さんは確か24歳頃。今の20代の歌手でこれほど歌える歌手は存在しない。「またまたかみぽこさん、そんなこと言って」とかニヤニヤしないで、四の五の言わずとにかく一度聴いてみればいい。そしたらわかるから。。。ちなみにこの「炎」、私がギター弾き語りでやっても、ある程度し~ん、と聴かせる自信がある。いや、それくらい絶唱するにはいい曲だということよ。(苦笑)これは余計だったか。。。最後に、曲自体に少し触れると、歌詞をもう一度読んでいただくとわかるけど、愛に揺れる女心を「炎」にたとえて、燃えて燃えて身も心も愛する人に捧げ燃え尽きてしまったとしてもどうぞ責めないでください、と。。。もうこれは女性からすれば「これ、わかるわあ~」っていう一言に尽きるんじゃなかろうか。そして男からすれば1回くらいこんな風に愛されてみたいと。。。いや、やっぱりちょっと怖いかも。(苦笑)これは余計だったね。失礼しました。。。それでは、また。アルバム「木枯らしに抱かれて」収録 1980年11月21日発売アルバム「季節の旅人」収録 2001年3月31日発売-------------------------------------------「松山千春」バックナンバーはこちら。
2005年04月21日
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松山千春氏の楽曲を全く音楽理論的根拠のない、私の勝手な解釈により紹介することで、人生と恋愛を考える(?)このコーナー。さて、今回はこの曲。「人生(たび)の空から」まずは曲の世界から紹介します。-------------------------------------------------------深く耳をすませば 朝一番の汽笛街はにわかに ざわめいて遠い旅の空から 君に送る便りは力まかせの なぐり書きまわり道でも 旅の終りに君にもう一度 会えたならいいねいつも怯えていたね 風の音にふるえてはき出す言葉は ぐちばかり君なら良くわかるね こんな僕の気持ちは今なら一から やれるよねまわり道でも 旅の終りに君にもう一度 会えたならいいねまわり道でも 旅の終りに君にもう一度 会えたならいいね(JASRAC許諾第J070214365号)-------------------------------------------------------松山千春さんの、「季節の中で」「長い夜」に続くヒット曲。この曲を好きだという人は意外に多い。ファン以外の人でも、憶えているのだろうか。「ほら、千春って言えばさ、たびの~おわ~り~に~♪ってあるじゃない?あれ、好きなんだよね」っていう人に結構会った。軽快な曲で、さらっと終わってしまう曲。人生を雄大に語るでもなく、恋愛を深く語るでもない。なぜこの曲は支持されるのか?共感を得るのか?それは、サビの部分に尽きると思う。「まわり道でも 旅の終りに 君にもう一度 会えたらいいね」誰にでもこういう人が必ずいるものだと思うのだ。もう一度、人生を終える前に会いたいと思う人が。どんな人生を歩んでいる人でも。それは恋愛という狭い範囲だけではなくて、いろんな人間関係の中でね。世にいろんな曲があるけど、これほどどんぴしゃりに人の心に入っていくフレーズを持つ曲はなかなかない。これが「人生(たび)の空から」が人気の理由だと思う。いい出会いと別れを繰り返していきたいですね。シングル「人生(たび)の空から」 1980年9月21日発売アルバム「起承転結II」収録 1981年11月21日発売アルバム「風景」収録 1996年4月20日発売-------------------------------------------「松山千春」バックナンバーはこちら。
2004年03月15日
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