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当ブログに来訪の皆様は、 3月11日
をどのように過ごされましたか?
私、喜四郎は3月11日以後から昨日までの某日に兵庫県高砂市の

無人島「 上島 」
へ行ってきました。これは、2月17日
http://plaza.rakuten.co.jp/kisirou/diary/201602170000/
に公開した「御神業」の実地の行動です。
「上島」とは、別名「 神島
」とも言います。そして、「 神島
」には、大本教の出口王仁三郎が「 豊雲野大神
」様が封印された島として、今から丁度、百年前に封印を解き放つ「神開き」をされた島です。偶然ですが、大本教でも今年、百年周年記念祭を行うそうです。
「神島開き」100周年で祭典 大本
2016年1月6日 17時10分
大本は出口王仁三郎聖師が1916(大正5)年に兵庫県高砂市の沖で「神島開き」の神事を行ってから100周年を記念する現地祭典を9月8日に執行する。聖師の「神業」を改めて心に刻み、平和な「みろくの世」実現へ奉仕を誓う。
(中外日報より)」
( http://www.chugainippoh.co.jp/religion/news/20160106-003.html )
とても当たり前のことを一つ挙げます。 「豊雲野大神」
様とは、「日月神示」を降ろした 「国常立大神」
様の妻神様にあたります。
かつて、出口王仁三郎は「 豊雲野大神
」様の神開きとして、「神島」→「喜界島」と雛型理論に基づいて行いました。
私、喜四郎は、
未年(ひつじとし) 平成27年1月 喜界島
申年(さるとし) 平成28年3月 神 島
で「 坤(ひつじさる)の金神=豊雲野大神
」様に対する「平成の神開き」を行いました。
出口王仁三郎の「神開き」と順序が逆だ
と思われるかも知れません。事実、私、喜四郎もそう思いました。しかし、この順序に関しては、「大本教」のと「日月神示」の「神開き」の差異ということだそうです。
私、喜四郎は、小型船舶免許を取得しているので、瀬戸内海にいる協力者から船を借してもらい、波の穏やかな日に「神島」へ渡りました。
船舶内臓のGPSより
島唯一の船着場に船を係留して、上陸
画像、中央にある階段を登ると
関係者以外、立入禁止の札
大本教の「お願い」立札
このようになっている為、毎回の事ですが、私、喜四郎は大本教の信徒でないので、これ以上はできません。しかし、私、喜四郎は「日月神示」を降ろされた「 国常立大神 」様の御意志を頂く者なので、この島で鎮魂帰神法を行えば、「神開き」は可能です。
御龍体
を解放しました。
出口王仁三郎 は、かつて神島について歌を二首、詠みました。
「世を救ふ 神のみ船はあづさ弓 播磨の沖に 浮きつ沈みつ」
「三千年の 塩浴みながら ただ一人 世を憂し島に ひそみ守りぬ」

船上での撮影は地上と違い、常に揺れることと、今回はデジカメのセルフタイマー機能で撮影しました。御龍体部分を拡大すると

「 たまゆら
」の集合体が龍の体を形成しつつあるのが、わかると思います。
私、喜四郎には、御龍体の全体像が判りましたが、ネット上で画像をアップできるのはここまでです。
至高の「 豊雲野大神
」様の御龍体を大衆の目にさらすには、まだ時期が早すぎます。ご了承下さい。
私、喜四郎が「日月神示」の神々様について、具現化した画像をアップしている主旨を、どうかご理解下さい。
「この仕組、言ふてはならず、言はねば臣民には分からんし、神苦しいぞ、早う神心になりて呉れと申すのぞ」
日月神示「下つ巻」第22帖
「村々に一粒二粒づつ因縁身魂落としてあるぞ、芽生えて来るぞ。」
日月神示「マツリの巻」第11帖