自己鍛錬記&子育て奮戦記

自己鍛錬記&子育て奮戦記

PR

×

Profile

NK−J

NK−J

Calendar

2005.09.01
XML
あきゃん1376 先日の日記 にコメントいただいてました。ありがとうございます。コメントの返事を書いていたら、どんどんどんどん長くなってしまって、書きたいことがつながって、で、今日の日記にしてしまいました。

 弟君2歳の「泣きわめき」のことを書いた日記だったのですが、「泣き始めたら勝手に泣かせておくしかないですよね。・・・・」ってコメントいただいて、いやはや全くその通り。

 そうなんですよね。彼なりの都合で、彼なりの主張で泣いているわけで、心行くまで泣くがよいかな、と思っています。

 私は基本的に、共感するスタンスで抱き締めることが多いかな。泣くなとは言わないな。泣けばいい。

 2歳の彼は、しょっちゅう泣いてます。暴れてます。泣くのが仕事。上のお姉ちゃんも6歳でもう小学生なんですが、まだ時折「泣き暴れモード」に入ります。彼女の感性が、一杯一杯になってしまえば、泣くこともあって当然、と私は思って見ています。一杯一杯度合いが強ければ、泣き暴れてもそれは自然なこと。

 それは大人の視点から見れば、我がままだったり、だらしなかったりするかもしれない。でもそれは豊かな感受性の裏返しでもある。大人の私が、完全に彼女の気持ちを汲みきれるか、極めてみずみずしい少女の感性に同化できるか、と自問した場合、それは不可能なのは残念ながら自明なこと。


 私は幼稚園以前の頃から、死の恐怖に、さいなまれていたのをはっきり覚えています。小学校の頃など、ありとあらゆるものが怖く、想像力抜群で、全てのことを死に結び付けて怖がっていました。睡眠恐怖、対人恐怖、高所恐怖、スピード恐怖。。。




 そんな感性、大人に分かりっこない。大人は分からなくて当然。幼少期のみずみずしい感性の敏感さは、子供らの特権だ。そしてその感性は、将来の彼女・彼の基盤になるべき大切な部分と思います。

 そういった感性を、大人になってしまった私は「汲むきること」ができない。汲みきれない以上、彼女・彼の泣く意味、彼らの理屈というか都合を出来るだけ尊重する、というスタンスでいなければ、とよく自戒します。

 子供尊重スタンスは、ともすると甘やかし、になってしまう恐れもあり、周囲から、そんなことを言われることも少なくない。でも甘やかしているつもりは当の私にはないんだよな。結構怒鳴ったりもしてるし。

 子供に心からの安心を与えたいなあと常に思います。心からの安心は、親からの絶対なる信頼と共感があって、確立されていくものだと思う。そして、その心からの安心が、彼らの、優しさの源泉となり、強さの基盤となってくれると私は思っています。


ランキングバナー ←ブログランキングに参加してみました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005.09.02 01:51:42
[強い子に育て、父親日記] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: