全86件 (86件中 1-50件目)
ひさびさにパソコンを開きました。2月は、脳脊髄液減少症になって以来、もっとも症状のひどい時期がつづき、苦しんでいました。朝、目覚めると同時に頭にも体にも地獄の痛みがきて、痛みと苦しみが毎日頭から離れることがなく、睡眠剤を少しずつ飲み続けて、「寝逃げ」してました。それでも、3月に入ってから、季節のせいか気圧のせいかはわかりませんが、体が少し楽な時間がふえました。今も、痛みがきてくるしいですが、こうして日記を書こうという気がおきたことをうれしく思います。時々、痛みを忘れるために、仰向けになったままかぎ針や棒針で編み物もしました。子どもや子どものおともだち向けににお花の髪ごむや、コースターをつくりました。しんどいですが、作っている間はちょっと痛みが頭からそれる気がします。体が、「春のおとずれ」をかんじているようです。健康なときには、体が、これほど敏感に季節の変化や天気の変化を感じることはできませんでした。これだけ痛みやくるしさをかんじられるのも、生きているからこそ、ですね。週末には、父の一周忌の法要があります。ああ、1年て、ほんとうに早い・・・このまま暖かくなって、過ごしやすくなってほしいです。
2008年03月14日
コメント(2)
久々の、日記です。先週の週末はこの冬で最悪の体調でした。昨日くらいから、数十分ならやっと起き上がりが少しできるくらいには、なりました。先週末は・・・早朝に、全身のひどい痛みで眼が覚め、特に頭の痛みがひどく、頭がけいれんしたようにぴくぴく動き、胸痛もひどく。母が、私愛用のごろ寝ふとんごと、私を廊下まで引きずって、なんとかトイレの前まで到着したのですが、そのまま動けず。母が、電話で兄を呼び出してくれたのですが、痛みがひどく、とにかくトイレ前からまったく動けないので、結局その場でじっと置いて!おこうと布団でぐるぐる巻きにされました。トイレには行きたいけど頭が動かせないので断念。この日、ずいぶんたってから、夕方でしょうか、一度だけトイレに行けました。不思議なもので、トイレに行けないとなると、行きたい気さえ起きなかったです。声も出ないので、手で文字を書いて分かってもらおうとするのですが、手も震えてしまって思うように動かず、意志をつたえようとしましたが無理で、疲れきってしまい、途中で断念しました。痛み止めも、抗うつ剤も、安定剤も、何もかもきかないので、少し手が動く瞬間をねらって、睡眠薬を多めに飲んだら、ちょっと意識が遠のいてきて、楽になった気がしました。少し声が出るようになった頃、今の自分の状態に耐えきれなくなったのか、大声でワーワー泣きわめいてしまいました。こんだけ泣きわめける力があるのか・・と思うほど、わめいていたと思います。「しにたい、しにたい」と。ふと気がつくと、母が、小さい子をあやすように私の頭をなでて顔をくしゃくしゃにして泣いていました。この日は、息子の7歳の誕生日でした。だまって、兄の買ってきてくれたオムライスと、ケーキを食べていました。確か去年は、不調ながらも、夫が買ってきたケーキで皆でお祝いできたと思います。今年は、息子を気持ちよく祝ってやれませんでした。翌日、おめでとうと言ったら少し笑っていました。早く、元気になりたいと思いました。でも、もうこの状態から逃げたいとも、たびたび思います。母のことも気になります。でも、母のことを気にする生活からも逃げたいと思うことも正直あります。子供もかわいいし、家のことを何でもしてくれる子に育ちました。手もかかりません。夫も、いやな顔ひとつせず助けてくれます。ただ、私の存在が家族にどれだけ負担をかけているか・・と思います。これだけ負担をかけ、皆の生活を思い切り振り回しているというのに、家族も、母も、友達も、皆が、やさしくてやさしくて。だからこそ、自分はこんな状態でも決してそこから自分勝手に逃げてはいけないのだと、思うように、しなければ。
2008年02月11日
コメント(2)
前回の日記ではみなさまにご心配おかけしてしまいましたが、心あたたまる書き込みをいただき本当にありがとうございます^^書き込みを下さったのを読ませていただき、本当に気持ちが楽になりました。いろいろあって、ちょっと追い詰められたような気持ちになっていたので。今回の介護に関しての、弟とのやりとりが、一番自分にとってきつかったです。前回にもっと詳しく書いておくべきでしたが、以前に介護認定の相談や申請、審査を済ませていたので、要介護1に認定されました。ケアマネさんと相談し、デイサービスも週1回通うことになりました。初めは母も抵抗があったようですが・・できるだけ年齢が近い方が多く、楽しめるものをと探してもらい、ちょっとカルチャーセンター的な要素の入ったデイを紹介してもらいました。毎週火曜なのですが、1、2週目はオーブンをつかった簡単な陶芸、3週目はカラオケ、4週目はお料理とアニマルセラピー・・といったものに加え、体操やお茶タイムなどもあるそうです。今週は、お昼にすき焼きパーティーがあったそうで、家で食事制限されてうんざりしていた母は、「す、すき焼き食べて・・!卵も食べたらだめだけど、卵も入れちゃって・・!その後にワンちゃんがきて、触ったりして・・」と、デイであった出来事を、帰ってきてから興奮気味に話していました。ずっと家にいて、食事も薄味、楽しみもあまりなくなっていたので、こんなデイを紹介してもらえてよかった!と、思いました。後は、週に2日ほどヘルパーさんが来てくださり、食事つくりのための買い物と、料理を手伝っていただけることになりました。私自身も、朝起きてからずっと母に声かけが必要で疲れはてていたのですが、今は少し休憩がもらえたので、自分の体調のことや通院のことも考える時間ができ、ほっとしています。一番驚いたことは、ケアマネさん、デイサービスの方、ヘルパーさん皆さんが、とても素晴らしい方たちばかりだということです。少し事情を話しただけで、手に取るように分かってくれます。私の病気のことも考慮に入れてくださり対応していただけ、本当に助かります。今まで、弟に気を遣ってくたくたになっていましたが、こんな素敵な方々にお世話になって、体も、気持ちも、少し楽になりました。あとは、できるだけ長い間、母がこれ以上再発せず、楽しく過ごせるように気をつけていきたいです。それと、後回しにばかりして悪かった、夫や子供たちのことも・・・
2008年01月25日
コメント(10)
週末は、兄が弟と分担して、母の見守りをしてくれる日になっています。私は平日に母といるのですが、やはり母のことで起き上がらなければならないことが多く、ダウンしてしまうからです。ただ、先週末は、兄がひどい風邪をひいてしまいました。兄は、代わりに弟に見守りを頼んだようです。弟から連絡があり、私の家にいる母を、自宅(病前まで母が兄と住んでた家)に連れ帰り、見るとは言うのですが、いつも、弟は奥さんと子供もいる自分の家に母を連れて行くことを極力避けます。奥さんに気をつかうからみたいです。そして、きつい風邪を引いている兄のいる自宅に連れ帰り、「兄さんの風邪を母にうつしたらだめだから、兄さんを絶対部屋からださないようにして、気をつけながら見る」と、いうのです。そこまでしなくても、一度自分の家に連れて帰って家族で過ごしてもらえたら、奥さんは気をつかうかもしれないけど、母は孫にも会えるしいいのになあ、と私は思ってしまいます。。兄を部屋から出さないようにして・・・というのも、別に兄と話して決めたわけではなく、とにかく自分の家では見たくないから、兄にそうさせるのだといった口ぶりでした。たまにお願いするだけなのだから、ちょっと母のことを考えて過ごさせてあげてくれたらいいのになあと、心の中で思いました。私は、弟夫婦に嫌がられそうなのを承知で、弟に自分の家で見てもらい、奥さんにも子供さんにも、母の現状を少しでも分かってもらえたらとすすめ、結局弟が自分の家で見てくれることに決まりました。弟には、しぶしぶ私の話をのんだ、といった風でした。それでも、実際にみてもらって、何かを感じてもらえたら、とも思っていました。やっとそのように決まったのもつかのま、今度は迎えに行くのが難しい、母ひとりで、駅からバスにのってでこれないかなど言うので(母は医師に、独りで外出させないように言われていて、そのバスも一度しかのったことがない)、結局その日は預かってもらわず、私の家にいてもらいました。翌朝、迎えに来てくれたものの、しぶしぶ連れて行くといった感じでとても感じが悪く、母を預けるのに、いやな予感がしていました。案の定、自分の家に連れ帰る途中でガソリンスタンドに入り、母に「お金わすれたから1000円貸して」といい、母が小銭しか持ってくるの忘れたというとそのままガソリンはいれずにスタンドをでたんだよ・・と母が言っていました。母は、自分を送迎するための車のガソリン代を請求しているのか・・と思ったとのこと。昔から、自分の家族を連れて家に来ると、しょっちゅうガソリンを入れに行って、父に払わせていたことを、以前からこころよく思っていなかった、今回もこんな風で情けないとこぼしていました。また家では、母に聞こえるにもかかわらず「これから母の通院の送迎とかを頼まれて会社休んで査定が悪くなっても文句言わないでくれよ」などと奥さんと話したり、奥さんには、誰が通帳の管理してるのかたずねられたそうです。母は「もう行きたくない」と、帰ってきてから悲しそうでした。翌日、私の家に連れて帰ってきてはくれたのですが、「3日後に行くと言っていた病院の送迎はできなくなった」、「月末に行くと言っていた通院の送迎も、月末は仕事が忙しいからやっぱり行けない、変更できないか」「会社を休むと査定が下がって給料にひびく」などと言い出しました。同じ部屋に、母はいて、黙って下を向いて聞いていました。母を預かったときにかかる費用のことまで目の前で話し出すので、今その話をするのはやめてくれと、止めました。通院の付き添いのことも、自分が予約日を決めたのだから、月末は忙しいと分かっているのなら違う日にしたらよかったのにと思いましたが、こちらができないことを引き受けているんだ、という態度なので、何もいえませんでした。元々できるだけ用は頼まないように心がけているつもりで、どうしてもの時だけお願いしてるのですが、その約束でさえなかなか快く守ってもらえず、自分で全部できたらどんなに楽かと思います。母にかかる用事で仕事を抜けると、査定が下がる、もともと低い給料がもっと悪くなるということもわからないことはないのですが・・・どうなんだろう。私が男で働いてたら、そう思うんだろうか。じゃあ今まで休んでくれてたけど、何も言わなかった夫は、どんな気持ちだったのだろう。仕事が大事なのは私の夫も兄もだし、「もともとは他人だから・・」と奥さんが言うけど、私の夫だってそうだし、「明日自分の子供が幼稚園だから早く帰る!」と言うのも、皆、同じこと・・・「他の家族だってそうかも・・」と思えば、なかなか直接私たちの前でそんなこといえないんじゃないかなあと思うのですが。「自分の知り合いは、介護している親か何かの年金を全部握ってるからそんなふうにしたらどうか」「自分たちが母を預かった際にかかるお金も、レシートに○をつけ、これとこれってやるのはややこしいから、食事1回500円に決めたら」などと、反対にアドバイスまでされてしまいました。お金も切り離せない問題ではあるのですが、先に母にしてあげられることをして、それから考えたっていいのになあと思います。色々と率直に話してくるのはいいのですが、母の前で言ったら悲しむこと、言うべきでないことも混ぜて話してくるので、母がかわいそうで、いくら一泊お世話になったとはいえ、彼らが帰っていったあとにはなんだか悲しいというか、どうしてこうなってしまうのかな。と感じてしまいます。母がいやだったというので、「お医者さんが、他人と会ったりしてかっこつけたり、いやなことがあったり、普段と違うことしたりするのも脳の刺激になるんだってよ。だから私とべったりでいるよりいいこともあるのかもよ」とちらっと慰める?と、「あの子(弟)のところにもう1回行ったらいやな事がいっぱいあって、(脳も刺激されて)病気も治りそう・・」と、母は冗談を言って寂しそうにわらっていました。元気になってくれるために、できるだけのことを家族みんなで分担して。。なんていうのは私の勝手な思いなのかもしれません。皆、自分の家のこと、仕事のことで精一杯なのかも。それでも、家族の中にそんな状態の人がでたら・・・できるなら、皆で考えてやっていきたいのだけど。夫は、「気持ちよくやってくれない人に見てもらうのはお母さんが可哀想だから、もう全部自分たちでやろう」と言います。弟なんだから、家族なんだからこうしてほしいと期待してしまう私は、まだまだ介護の初心者なのかもしれません。
2008年01月17日
コメント(10)
母が脳梗塞を起こし退院してから、2か月がたちました。まだまだ先と思っていた、介護 というものがいきなりやってきました。できれば私の病気がもう少しよくなってから・・だとよかったのですが、こればかりは自分で時期を選べません。私は3人兄弟なのですが、兄は独身、弟夫婦は車で20分ほどのところにすんでいますが、母にとっても兄弟や義妹にとっても、母が自宅に帰れるくらい良くなるまでやはり私と住むことがいいかと思い、退院後すぐに私の家にきてもらおうと決めました。夫も、賛成してくれました。また、これまで私の病気のことで母には本当に世話をかけてしまい、なんとか良くなるように今度は私がやらねば!という気持ちも強くありました。しかし現実、これまで母に任せていた子供の園の送迎、食事つくりや買い物に家事、声かけをしないとなにもできなくなった母に一からひとつずつ教えていくようにしたり、通院や介護認定の手続き、ケアマネさんとの打ち合わせなど山のような仕事。。。寝ていないと症状が悪化するけれど、寝ていてはできない仕事ばかりで、結局無理をすることになって体調が酷くなってしまいました。子供たちは、ほったらかし、もしくは病院など大人の都合で連れまわすことが多くなりました。私も体がしんどくて、ときどき八つ当たりをしてしまいます。。正直なところ、兄や弟夫婦は私の病気のことも理解してくれているだろうから、私の家に一時的に同居することになってからも、向こうから何かと声をかけて手伝ってくれるかも・・・と思っていましたが、現実は違いました。私だけで毎日の世話はどうしても無理、無理したぶんだけ週末は横になっていないと次の週に動けないこと。通院に付き添っても、私は待合で座っていられないことなど、事細かに根気強く説明をし、やっと手伝ってくれるようになり綱渡り状態ですがなんとか1日1日を過ごしています。夫も、ここ2か月午前中に会社を休んで私と子供と母の世話をしてくれていたのですが、やっと今年から、毎朝出勤できるようになりました。子供の園の送迎も、友人が引き受けてくれることになり本当にありがたいです。兄は週末に自宅に連れ帰って母と過ごしてくれたり、弟は通院に付き添ってくれたりするようになりました・・・が、残念ながら義妹の協力をなかなか得ることができません。このことが、今の私の一番の悩みです。私が動けなくて、昼も夜も子供と母がおにぎり作って食べるだけの日もあること、友人が週に1回、カレーやおでんを作って持ってきてくれることなども電話で話したのですが・・・いまも、一度も何かを作って持ってきてくれたりはなく、「ネットショップでレトルトの介護食があること」や「生協の宅配で湯せんで食べれる魚があること」「自分は食事を作るのは下手」という話はされるのだけど、どんなものでもいいから、たとえ1度でもいいから作って持ってきてあげよう。。というところまで考えてもらえないようです。私の考えが古くさいのかもしれないけど、下手でもなんでもいいから、なにか作って持っていこう、顔をちょっとのぞきに行こう、という「気持ち」が感じられたら、うれしいのですが・・・古いのかな・・・私。自分が今いっぱいいっぱいだから、彼女にも少しでもわかってもらえたらうれしいのだけど、弟に話しても、もうひとついい返事が返ってこず、彼女と電話で話しても、私の言いたいことは分かってもらえないようでかみ合わず・・・朝になると、バタバタしてそんなこと考える余裕もないのですが、夜になると、このことが頭をよぎり、複雑~な気持ちになります。
2008年01月11日
コメント(6)
遅ればせながら・・・あけまして おめでとうございます!!昨年も、家で横になっている時間が多い日々でしたが、ここに自分の思いや日々の出来事をつづったり、皆さんのブログを読ませていただくことで、幾度もも気持ちを立て直しながら何とか過ごしていました。私の今年のねがい・・ ☆母の脳梗塞の後遺症が少しでもよくなりますように。。 年末に介護認定を受け、県のリハビリセンターと、デイサービスに通うことになりました。 陶芸や外出、料理作りなどあるデイサービスだそうです。 リハビリは、高次脳 機能障害に対するもので、改善の保証はないそうですが、少しでも自立の方向に向かっ てくれたらなあと思います... ☆私・・1日でも多く、娘の幼稚園の送り迎えに行けるように。 1回でも多く、家族でお出かけができるように。少しでも長く起き上がれるよう に。 白血病がこのまま陰性でずっとずっと子供の成長を見守れるように。 脳脊髄液減少症の治療法が確立されて、この病気、また他の病気にも苦しむ人が 少しでも元気になれますように。 ☆夫や子供たちが今のまま健康で、私の世話をする時間が減って、笑顔ですごせるように 皆々様にとっても、よい年でありますように!! 今年も、どうぞよろしくおねがいいたします^^
2008年01月05日
コメント(8)
パソコンを開くことなく、バタンキューで眠ってしまうことが多い毎日ですが、今年も残りわずかとなりました。今年は父の死、母の病気、息子の入学、また私の体調が1年思うほどに改善しなかったことなどいろいろありましたが、子供だけはすこぶる元気で、母も退院し、無事に家族みんなで年末年始を家で過ごせそうなので、なによりです^^今、我が家の寝室の前は、子供の書いたサンタさんへの手紙でいっぱいです。何通も書くので、どんどん手紙が増えて、ドアにはさまって閉まらなくなって、夜、寒い・・!けれど、可愛らしいのと面白いのとで、そのままにしてやっています^^小1の息子の手紙は、「サンタさんへ。ぼくのおかしをはんぶんわけてあげるから、24っ日、ぼくにちゃんとぷれぜんとをください。まっていますよ」おかしをはんぶんあげるから・・・? というのが息子らしいというか、幼いというか??年中の娘の手紙は、6通ほどあって、「サンタサンへ げんきい~してますか。かぜおひかないようにね。ながぐつがひとつありますからください。 ・・・シルバニアノ アカリノともるおおきなおうち です。」「みなんさんあけまして おめでとうございます。ことしもよろしくね わあい おもち さんたさん、みてね。」「さんたさんへ シるばにあファみりいの あかりのともるおおきなおうちです」←ほしがっているおもちゃのおうちの名前何枚も書いて、絶対に手紙を見てもらおうと目立つように折り紙をはったり絵をかいてアピール。サンタさんの存在を、完全に信じきっている二人です。実はプレゼントはすでに夫が買いに行き、ウォークインクローゼットに、見つからないように布団でぐるぐる巻きにして隠してあるのですが・・・時々かくれんぼなんかの時に入ってしまうことがあるので、見つからないか、毎日ヒヤヒヤしています。今晩はやく枕元において、このヒヤヒヤから開放されたいです~そして、夜中にトイレに起きたりして、プレゼントをおいてる人物が実はだれか、バレないことを祈る・・・そして、明日の朝の子供の喜ぶ顔が楽しみです
2007年12月24日
コメント(6)
昨日は、マルク(骨髄穿刺)の検査の日でした。私は針をさしてもなかなか骨髄液がとれにくい&骨が異常に硬いといわれていて、今日もうまく液が採れなかったらいやだな~と。。思ってました。入院中も、採れなかったことがあり、痛みだけが残り、むなし~い気持ちになったことがありました。一度、針の刺しなおしはあったけど、なんとか採れました~^^痛いとかより、採れてきもちいい~!て感じです。先生も、ほっとしている様子。。。お疲れ様でした。マルクの後は、止血をしっかりするために1時間ほどベッドで横になっていたのですが、最近、家でいろいろと用事が多くて疲れ果てていて、この1時間は母のことも子供のことも考えず、頭の中をからっぽにして、ゆっくり寝られました。ほんと、いい休憩になりましたわ・・・^^べつに休憩しに行ったわけではないんだけど、検査もさることながら、体も心もプチリセットできたのがよかったです。それから、今は母の世話のことも私の病気のこともあるので白血病の再発は絶対困るんです!!と訴え、もう一年、無理いって再発予防の薬を飲むことになりました。副作用がきついのと、14日分で20000円以上するのがきついのですが、がまんがまん^^あとはマルクの結果が良好で、家族も元気で、母もこれ以上悪くならず、バタバタしつつも家族で年末年始を平穏なきもちで迎えられたらな~と願うばかりです。
2007年12月06日
コメント(3)
最近は母のことばかり書いていますが・・・ほとんどのことに声かけが必要になってしまった母ですが、私自身がそんな日々にやっと少しずつ慣れてきました。食事の内容や、1日のペースも母を中心に動いていますが、それはそれで、薄味低脂肪の食事は、家族にとってもいいものだといえるし、夫とともに母を連れ出して買い物の練習をしてもらったり(今は1万円ばかり出したり、おつりをもらわなかったりヒヤヒヤですが!)、簡単な家事を手伝ってもらったりして助かることもあります。着替え、トイレ、食事、散歩、お風呂などなど、考えてみれば全て私が学生のころ、母が祖父にしてきたことばかり。祖父は、ずっと高齢で寝たきりに近く、痴呆もひどかったので、もっと大変だったと思います。ただ、母に痴呆(認知症)のような症状が出るには年齢的に早すぎる・・ということだけが悲しいですが。以前のように、のんびり他愛もない話をしたい・・・子供たちも、体で母の変化を感じ取っているようで、母のできそうなことを選んで、かかわってくれているようにもみえます。子供って、ほんとすごいなあとおもいます。理屈ぬきでわかってくれているよう。この週末に、弟の家に母を2日間預かってもらえたことも、よかったです。退院以来、いろんな用事が重なって、疲れ果てていたのですが、この2日間のおかげで少し体が楽になりました。また、母が痴呆のような症状になって大変だといったことを、分かってもらえなくて辛かったのですが、弟も、一緒に過ごしてみてやっと少し分かってくれたみたいです。母と一緒に暮らすことを決めたとき、自分の体がしんどくて余裕がなく、どうしていいか分からず苦しかったですが、少しペースもつかめ、休み休みできるようになってきました。脳梗塞も多発性のため、また再発しないかときになることもありますが、今は、母が今できることを大事にして、母と過ごせる時間を少しでも楽しいものにしたいです。
2007年11月28日
コメント(2)
母が11月8日に退院し、一緒に住んで忙しい日々になりました。後遺症のせいか何なのか、母は、トイレと起床以外は自分からなにかする、ということがあまりできなくなりました。塩分の制限、コレステロールの制限、食べてはいけないもの,野菜を多く取ることなど、があり、食事つくりが大変です。また、作っている最中に私の具合が悪くなってしまうのが厄介で、なかなかはかどりません。長続きさせるためには、家政婦さんの利用なども考えていかないといけないのかも。介護認定は、麻痺などがないためなかなか難しいそうです。先週は、あまりにやることが多くて体がついていけず、帰宅してきた夫にぶちぶち文句や泣き言を言ってしまいました。母は、リビングに出てきても、家族が座ったら?と声をかけないと、ぼんやりたちつくしたままでずっといます。薬を飲むこと、水分を取ること、食事、着替え、お風呂、全て声かけが必要です。テレビや本をぼんやり見ていることもありますが、内容を良く分かって見ているのとは、また違った感じです。ためしに電話番号を聞いたり、電話をかけさせたり、兄弟の名前を言わせたりなどなど毎日色々と刺激を与えていますが、病気になる前とは比べ物にならないくらいできないことが増えました。それでも毎日続けていると、前日よりは少しずつできること、わかることが増えていくのがわかります。まるで、子育てのようです。そう言えば、昔実家で同居していた祖父も、年をとるごとにどんどん無邪気でかわいらしい子供のようになっていったなあ。。こちらが焦ると良くないみたいです。できないことがあっても、その場はほうっておいて、違う日に試すとできるようになったりします。そんなこんなで、10日ほどたちましたが、2回だけですが、前の日に(覚えていられるか試すために)頼んでおいた娘のお弁当を、ちゃんと作っていたのには、私も夫も驚きました。卵焼きが少しこげていた以外は、ちゃんと作られていました。まだこちらが言わないと、自分から食事をとろうともしないのに・・・また、子供がレゴやゲームをしていると、一生懸命部品を一緒に見つけたり、遊んだりしています。途中でぼんやりしたり、眠りだしたりしてしまいますが・・・昔、保母さんをしていたころのことでも思い出しているのかもしれません。子供たちも、なんとなく母の調子を感じ取っているのか、前は「早くポケモンパン買いに行こう!トイザラス行こう!」と言っていたのに、何も説明していなくても、母に無理を言わなくなりました。医師は、物忘れが残るかも・・・と言っていましたが、私が見ている限り、ただの物忘れというより軽い痴呆のような状態にみえます。本人は何も忘れているつもりはなく、至って堂々と、というか平気そうなので。まだ70歳なので、ちょっと痴呆には早いかなあ、と思うのと、以前のしっかりしていた母でなくなってしまったこと、そんな母と女同士の色々な話ができなくなってしまったことが、残念です。もちろんこうやって命が助かってくれて、一緒に過ごせていることはうれしいのですが・・少しでもよくなればなあと思います。また、私もすでに疲れがたまってきてしまい、最近ちょっと辛くなってきました。子供もまだ小さいので、自分も体を壊さないように、そして母のこともできるように、いいバランスを早く見つけたいです。あ~なんとか頑張らなくては、もうすく朝がくる!お休みなさい。(いつも訪問させてもらってる方、読み逃げ続きで失礼します!)
2007年11月19日
コメント(0)
おととい、11月6日は、2年前に白血病の治療を終えて退院した日でした。母の入院後、家事やもろもろの用に追われて、すっかりそのことを忘れていました。私の退院した日は、偶然にも本田美奈子さんがなくなられた日でした。2年前のあの日、退院してほっとしている所に、美奈子さんのニュースを知り、素直に喜べない、なんとも複雑な気持ちになりました。私はこうして何とか助かったけれど、どうして美奈子さんはあんなに壮絶な治療を頑張ってこられたのに、逝ってしまったのかな。何が、どうちがって、それぞれの行き先がちがってしまうのかな。。。と。これから私はどう生きていけばいいのかな。などと考えている矢先、今度は脳脊髄液減少症とつきあうことになりました。やっと退院できたから、家族とまた楽しく暮らしていこう、子供たちとおでかけしようと思っていたのに、またそれが先延ばしになりました。夫と母は、家事と育児、仕事をまた、私の代わりに続けることになりました。それから2年。入院、通院。そしてこのたび母も入院・・・と、もうひとつ、我が家に超えていかなければならない壁が現れました。また、私は今月末には骨髄穿刺をして、白血病が陰性かどうか調べます。最近、鼻血や口内炎など以前発病前にあった症状がでてきて、ちょうど2年の節目にあたるので今回ばかりはちょっと不安です。一緒に住むことになる母の世話もしなければならないので、再発だけは絶対に、避けたいところです。体は思うように動かず、疲れもたまってきてきついですが・・・とにかく、どんな状態でもいいから陰性を維持して、家にいられる状態でいたいです。今月の11月22日は、10年目の結婚記念日なのですが、何も記念にいらないから、とにかく入院しなくてもいい、今の状態が続いてくれればいいです。
2007年11月07日
コメント(5)
脳梗塞で入院していた母ですが、急性期を過ぎ、経過もまずまずなので、週末くらいには退院できそうです。担当の医師の話を聞きましたが、以前にも大脳基底核の左側、今回は同じ基底核の右側の梗塞ということで、梗塞部分もそこそこの大きさがあるとのことでした。薬は、抗血小板薬(血をさらさらにする)を、続けるらしいです。手足はゆっくりながらも動くのですが、表情があまりなく、会話も続かず、自分から話をするということはまったくなくなってしまいました。何か聞いたら、ぽつ、ぽつ、と無表情で答えて、少ししたら黙り込んで眼を閉じるという感じです。もともと性格はおとなしいほうだったのですが、表情、感情がなくなってしまったようにみえるのが、心配です。こういう機能って、時間がかかっても、よくなるのかな。。感情、記憶面は、なにかリハビリというか周りから働きかけてよくする方法は、あるのかな・・・?もしどなたか知っている方があれば、教えてもらえたら、うれしいです。子供をみているときだけは、楽しそうにしてるように見えるのだけど。医師によると、梗塞の部分や血流の状態からみて、物忘れなどは残るのではないかとのことでした。ただ、時間をかければほかの部分がカバーして、多少はよくなるかもとのこと。再発も心配だし、何よりちょっと感情があまりなくなってるように感じるのがとても心配なので、独り暮らしをさせるのは怖いので、私の家に来てもらって、様子をみることにします。私も病人なので、病人2人 + 夫 + 子供2人の生活になります。。。。家事や子供の面倒見る人がいないよ~ !とりあえず、体調が酷くならない程度に、私がやることにします。夫も協力してくれるので。退院できそうなのはすごくうれしいのですが、これからの、家族の生活が、ちょっと不安です・・でも、なんとか、やっていきます!!
2007年11月05日
コメント(2)
久しぶりの日記です。前回の日記後も不調続きで、先週末にやっと少し調子が戻ったと思っていたら・・今週月曜(22日)に娘の幼稚園の送りにきた母が、少しおかしい。顔が、目じりが下がって少しおかしい、歩きかたがちょっと前かがみすぎ、話しかけても時々無言。おまけに娘のお迎えの時間をすっぽかし、買い物も行かず、夕食も作らず・・・一瞬「うつ」のようにも見えるけど、やっぱり全てが少しおかしいと、思い切って水曜に知人の医師に、無理を言って、MRIをとってもらったら・・・脳梗塞でした。すぐ入院可能な病院を紹介してもらい、簡単な荷物をまとめに帰る。入院が長引いたらつらいだろうからと、美味しい寿司屋でにぎりを軽くつまんで(ここがうちの家族ののんきなところ。。。)、入院先へ向かいました。梗塞の箇所は、大脳基底核という場所でした。すぐに、抗凝固薬の24時間点滴ルートにつながれました。言葉がうまく出てこないのと、時々眠ってしまいそうにはなりますが、四肢の麻痺はなく、硬直がきつい程度なので、これから少しずつでもよくなってほしい。と強く思います。とにかく、命が助かってくれて、よかった。異変後すぐに、ではなかったけど、思い切って病院に連れて行ってよかった。入院した日の翌日は娘の運動会で、訳の分かってない母は「あしたうんどういいけるかなあ~」と言うので、「ちょっとむりかもねえ」というのがつらかったです。私が病気になって以来、母がすべて子供の世話、家の世話をしてくれていたので・・・運動会での姿を見せてあげたかった。とうとう我が家で子供の世話、家事をできる頼みの綱が不在となってしまいました。すべてのバランスが、崩れ始めました。私は母の入院から少し無理をしていたら、調子が悪くなり余計に周りに迷惑をかける始末。夫は、私の体調に振り回され、今日も会社を休む。子供は、ほったらかし。週末、来週からの対策を夫とゆっくり考えたいと思います。母が入院してベットに寝ているのを見たとき。確かにちょっとしんどそうで、体も動かなくて大変そうでしたが、我が家の家事、子供の世話、私の病気の心配のことなど全て母に背負わせてしまっていたことから開放されて、ゆっくりと横になっていられてるようにも見え、複雑な気持ちになりました・・・・・私が病気になって以来、こんなことにでもならないと、ゆっくりさせてあげられない日々だったね。今まで、私や家族のためにずっとがんばってくれていた母。私の体がよくなるよう、しんどくても全てを引き受けてくれていた母。なんとしても、時間がかかっても、回復してほしいです。もう、家事や世話を頼めなくてもかまわないから、彼女が、今後少しでも自分の趣味を楽しめて、生活がしやすい状態にもどってほしい。私が泣いていても仕方がないのに、涙があふれてきます。
2007年10月26日
コメント(6)
最近、パソコンはご無沙汰してました~皆さんのブログ訪問させていただいても、読み逃げになりますがおゆるしを。。天候のせいか、何のせいかよく分かりませんが、かなり不調です体中、痛みがひどくて、どんな薬をいくらのんでも効かず。といって横になっていても痛みにばかり気持ちがむかってしまって、きついです。ちょっと、睡眠薬飲んでも、ごまかしがきかなくなっちゃいました。食事のときに起き上がるのと、洗濯物は休み休みなんとか干せるので、以前よりはましです。また調子がよくなったらいっぱい書き込みますあ~気分転換に、何でもいいから楽天市場で買い物したいよ~
2007年10月04日
コメント(5)
子供の不調もすっかりよくなり、二人とも小学校に、幼稚園にと元気で通っています秋が近づいてきたので涼しくなってちょっとは体調よくなるかなあ~と期待してたら、逆でした~台風による気圧の変化のせいなのか、よくいう季節の変わり目のせいか、夏バテなのか、何のせいだかわかりませんが、毎日ふらふら・・・家事すべて母に任せ、朝からほとんど横になっています。薬がきついので、眠くなって眠くなって意識もぼんやり。パソコンもあまり開ける元気がでません。まぶたが、閉じてくる・・・だれか、まぶた引っ張って開けて~・・・なんてね夏休みに少し動けていたのは、なんだったのだろう・・・子供が家にいたからがんばれてただけなのかな?それとも宿題するのを見守らねばという緊張感だったのかしらん???と、考えたところでどうしようもないので、寝ます・・・夏にちょっとつきかけてた筋肉が、またまたなくなりそ~なのが惜しいですがまた調子がよくなるのを気長に待ちます^^季節の変わり目、皆様もお体大切にしてくださいね。
2007年09月21日
コメント(6)
今年は、ここ数年になく楽しい休みをすごせたなあと思っていたら、子供たちも遊びつかれたのか、8月末からおたふくかぜ(熱は軽かったですが、娘が石のようなかなりぶさいく顔に。。)、お次は息子が始業式の少し前から高熱のでる風邪をひき始業式を欠席、その後、今度は娘がその風邪をもらって高熱を出しアンド台風のせいか私がダウン・・・と、家族全員ぐったりの月はじめでした~夫だけはなんとか元気にしていたのですが、今日になって、焼肉を食べに行った後にお腹をこわし、本日早めに就寝しましたそれにしても子供は高熱を出しても元気元気、「おなかすいた~」と、食べ物を求めて寝室から出てくるので、寝かしつけるのに大変でした。夏からはじめたピアノとそろばんのお稽古にはなんとか行きましたが、ナント途中で居眠りしてたそうな。本調子でなかったからにしても、たいした度胸だ・・・息子は始業式前に熱を出したので、夏の宿題でまだすんでないのとかをきっちり終わらせるのに疲れました・・・それから、宿題のこと。私たちの頃は小学1年生でそんな宿題はなかったのですが、「自由研究」を紙にまとめて、始業式2日後にその研究を発表するのを親が参観、というのがありました。1年生で、ひとりで教室の前に出て発表なんて・・えらいな~。わが息子は「木でつくる顔と足としっぽのうごくワニ」というテーマで発表したのですが、なんとかかんとか頑張ってました。内容はさておき、ものおじしない性格なので、大きな声で発表できていました。私は人前に出るのが苦手だったので。誰に似たのか・・・また、子供たちの作った夏の作品をアップしますといいつつ、ズボラな私のこと。いつになるかな・・・?
2007年09月08日
コメント(8)
脳脊髄液減少症の4度目の入院治療を5月に終え、3ヶ月がたちました。天気の悪くなる前や、立ち時間がちょっと長かった後は寝込んでおりますが、ここ最近なんとなく立ち上がれる時間が増えてきました!!今回の治療では、腰椎、胸椎だけでなく頚椎への治療(ブラッドパッチ)もしてもらったのですが、どうやらこれがいい結果につながっている気がします。痛み止めや、安定剤などなど薬にはお世話になっていますが、以前のように横になっていても逃げ出したくなるような苦しさが和らいできて、自分でもまだ信じられない感じです。お盆明けに主人がとったお休みの間には、寝台車(?)での移動ではありますが、天候にも恵まれ大阪・海遊館、冷凍マンモス展、兵庫県三田市で発掘された恐竜の化石の展示見学、子供の自由研究向けの木工クラフト教室プラス乗馬体験の付き添い、焼肉ディナーなど、子供たちの行きたいところへなんとか日替わりで連れていく(ついて行く?)ことができましたこうやって書くと、ここ2年の生活が考えられないくらい前進した気がします。特に、愛知博の時に入院していてみられなかった冷凍マンモスに、今年お会いできるとは思ってもみませんでした説明によると、脳の中もそのままある状態で冷凍になってるらしいです、頭のあたりに、毛も残っていました。約2万年前に生きていたマンモス・・・かあ。。気が遠くなります。子供たちと一緒に楽しむ・・とまではいきませんが、少なくとも子供たちが楽しんでいる場所に立ち会えていることが嬉しかったです。子供たちも、私が途中でしんどくなることや休憩が必要なことは今までの経験でわかっているので、ゆっくりペースであわせて動いてくれるので助かります。どちらかというと、混雑している所に行くと、そんな事情はご存じない他の人が背中や首にぶつかってきたりしないか(これがいちばんコワイ・・)が気になりヒヤヒヤしてました。写真だけは、一生懸命撮りました~先週、白血病の遺伝子検査も受けてきて、11月まで無事陰性で過ごせれば、退院後2年が過ぎたことにもなります。もちろん私も家族もそうであることを強く願っているのですが・・・!白血病後に脳脊髄液減少症になり、私自身こんなダブルパンチ?を食らうとは思っていなかったので、自分なりにかなり苦しい日々を過ごしてきましたが、今年の夏は、家の外に多く出られただけで満足です。このまま、よくなっていけたらいいのになあと、思います。
2007年08月24日
コメント(14)
今週は、暑さはきびしいものの、高気圧にすっぽりはまり、体調は随分ましなほうでした。火曜日は下の娘のお友達のお宅へおよばれ。私があまり歩けないので、往復とも車で送迎していただいちゃいました・・・お宅へお邪魔してからも、リビングのソファーに寝たままですが、ほとんど行けていない幼稚園の参観日や普段のお話を聞いたり、子供たちが遊んでいるのを眺めて、楽しくなりました。水曜日は、息子のお友達親子2組と、近くの海へ行きました。これまた往復ともに車で送迎してもらい、ビーチにはテントを張ってもらい、ござまで敷いてもらい横にならせてもらって過ごしました。友人がにんじんパンを焼いてきてくれたので、海の家で買った焼きそばをはさんで「焼きそばパン」のランチをいただきました子供たちは数年ぶり!の海だし、泳げないので怖がるのでは・・と思いましたが、お友達の浮き輪やビート板を貸してもらって、炎天下、3時間以上も海につかりっぱなし。。おまけに息子は、自分から沖のほうに駆け出していって、わざわざ波にのって遊んでる。こないだまで、学校のプールで僕だけ水にお顔がつけれない・・・と言っていたのに。おそろし~!!私は子供の頃に海の近くに住んでたので、小さい頃は沖のほうへ一人で泳いでいったり、親に黙って船に乗り、近くの島へ行って泳いできたりしてたけど。自分がいざ親になると、チョット子供が視界からいなくなるだけでめちゃくちゃ怖いよ・・!私の母は、幼い頃、海についてきたことさえなかったが、それでも心配していたのかな・・・あとで息子に、「海なんて何年かぜんぜん行ってなかったのに楽しそうだったねえ。ちゃんと足は下についてたの??」 と聞くと、「ううん。時々ついたくらいで。ほとんど足つかなくて、海にうかんでたよ~!!波乗りしたし。」と。泳げなくても平気平気。怖いものなしみたいです。でもやっぱり海の事故は怖いから、ちゃんと見てあげていないとね・・・そして1日とんで、昨日金曜日。2年ぶり!に電車にのって、友人の家に行ってきました息子を産んだ産婦人科でお友達になったママたちの集まりです。息子が3ヶ月くらいの頃から一緒に集まったり、1歳ころは公園に出かけたりしていた大切な仲間。みんな初めての子育てで、一緒に悩んだり怒ったり笑ったりしてきました。白血病治療の間の外泊の時も、必ず皆が集まる日を決めてくれて、会いに行っておしゃべりするのが楽しみで、治療の励みにもなりました。首のまだ座らない、おっぱいをみんなであげていた頃から知っている赤ちゃんたちが、もう6歳にもなって、昔の面影だけはしっかり残しながら皆それぞれにたくましく、かわいらしくなって、何やかんやと話し合いながら、遊んでいます。そしてそれぞれの弟、妹たちが負けじと遊びに加わって。。母たちは、もう子供のけんかやかんしゃくににいらいらすることもなく、ゆったり見守りながら、それぞれの子の小学校での様子をはなしたり、お菓子を食べながらたのしいひと時私はまたもやこちらのお宅のソファーを占拠、寝転んだままですが、いっぱいお話ができました。それにしても私は、ここ数年病気とつきあっている間に、子供の成長のこと、勉強のこと、お稽古のことや色々な情報から離れていて何もしらない「浦島太郎」状態。。。でした。あつかましいですが、ゆっくり過ごさせてもらったお陰で、帰りも無事、電車に乗って帰宅できました。というわけで、今週は家から出て、親子ともにほんとうに夏休みらしいことが沢山できました。さすがに体調は悪くなって今日は朝から点滴に行ってもよくならず、週末は寝たきりになりそうですが、たのしい日が過ごせてよかったです。お盆があけたら、白血病の検査や維持治療の薬の開始、脳外科のほうの診察など、病院めぐりの週になりますが、頑張ってきます!子供たちも、ちょっとは夏休みらしくお出かけができて、楽しんでくれてるといいな
2007年08月11日
コメント(10)
先日の淡路島への旅行、疲れはド~ン!とでましたが、久しぶりに子供たちが外で思いっきり遊ぶ姿を見られ、思い切って行ってきてよかったです宿泊したコテージのある敷地は、思いっきり緑、緑のど真ん中にあり、子供たちの喜ぶバッタにセミにカマキリ、大人はチョット嬉しくないやぶ蚊やらクモやら名前のわからん虫という虫が山ほどいて、子供たちは虫とり網とカゴをもって何時間も探検しておりましたその間にバーベキュー(前もって頼むと材料を用意しておいてくれる)の準備をして、庭先で友人と話しながらのんびりと過ごしました。(蚊取り線香たきまくってたので、外から見たらモクモク煙の中にぼんやり女ふたりが見える感じ?)特に何をするわけでもなく友人と話をし、子供たちはコテージで3人のびのび(ドタバタ)過ごし、夏休みの宿題の日記だけは書いて、眠りました。翌日はコテージ併設のレストランで遅い朝食をとったあと、私のお気に入り「たこせんべいの里」でせんべい類を買い込み、いっぱい試食もして^^、その後明石海峡大橋の見える広い公園に行きました。子供たちは遊具で遊んだり、シャツとぱんつだけになって水浴びをしたり、ビジター棟で木工体験ってのをやってたので、木の枝や木の皮、などを組み合わせてボンドでひっつけて、カブトムシを作りました。この公園は甲子園球場のたしか8倍(だったかな?)の面積らしいのですが、子供たちはヨロヨロついて歩くのが必死の私には目もくれず、ひたすら前を見て走り続けておりました私は、「あのさ~、ゴルフのとき乗るあれ、あれ、えっと名前なんだっけ、カートだっけ、あれ、あるといいのにさあ・・・」と何度も何度も独り言を言いながら、とりあえず必死でついて歩きましたさすがに約2年半ぶりに強い日差しにあたったので、腕は真っ赤になってブツブツが出て腫れ上がってしまい、帰宅後熱もお決まりの症状も出ましたが、やはり太陽の下ですごす一日はスバラシイ!ものでした。あとでデジカメに撮れている自分を見たら、顔(あご)が思い切りリフトダウン!して少々ブル子・・・かなりショックもう輝いていたあの頃(どの頃??)にはもどれません・・夕食をとった後、たこフェリーというカーフェリー(今回は船体にイルカの絵のあるのに乗れました)に乗り、明石海峡大橋の下を渡り、真っ赤な夕日を眺めながら、帰ってきました。海の、潮の香りと湿気が心地よかったです時々、ぐったりして横になりつつの旅でしたが、こんなに長時間立ったり歩いたりできたのは、病気になってからはじめてです。体調は日によりまちまちですが、5月の治療で少し効果がでたのかなと思いました。友人には、本当によく助けてもらいました。ちょっとつらかったのは、子供が木工体験をしているときです。やはり他の親御さんのように手伝ってあげたり見てあげたりできず、隣ででうつぶせで寝てるのがやっとでした。わかってはいるけど、欲張っちゃだめだけど、周りの健康な親御さんと比べると、やっぱりできないことが多く、しんどくて笑顔になれず、複雑なきもちになります。「去年よりましになったからいいやん!前進してるんだから・・」(←よく周りの人はそういう)という気持ち。確かに、そう。わかってるし、そう思う。「出かけても、途中でしんどくなって心から楽しめない。もうちょっと自然に笑って過ごせるくらい元気になりたい。」という気持ち。少しよくなってきたからか、最近はこっちの気持ちが強い。せめて、症状をもっとコントロールできる薬があってもう少し調子よくすごせれば、子供たちにももっといらいらせずに優しくできるかな。いろいろなことを思った旅行でした。でも、やっぱり、もっと元気になりたいぞ~!!
2007年08月03日
コメント(8)
昨日から、私の住む地域のお天気はからっと晴れて湿度も低く、学生時代に訪れたアメリカ西海岸(大げさ!?)をちょい暑くした位の過ごしやすさですこのお天気のせいか、自宅で3時間くらいなら立ち上がることができ、元気な頃の自分をチョット思い出したりして、嬉しくなりました!(しかしその後はいつものごとくヒドイ症状が出て、子供を巻き添えにしてめちゃくちゃ機嫌が悪くなり・・・が、子供もこの体調良好→機嫌悪の最悪母、のパターンが読めてきているようす・・)さて、明日からなんと2005年春以来、約2年ぶりの1泊旅行に出かけます!(夫よすみません、留守番させます・・)白血病の入院時代にお世話になった看護婦さんとお友達になり、明日は彼女と娘さん(わが息子と同じ小1)、私と息子、娘で淡路島へ!私が長く座っていられないので、ワゴン車に寝たまま乗せてもらうことになっていて、彼女が運転を引き受けてくれます。宿泊の予定地は、淡路島にあるログハウス風のレンタルコテージ。コテージのすぐ前でバーベキューができるので、体調が悪くなってもすぐ中で休めるよ、と言って彼女が私たち親子を旅行に誘ってくれたのですこんな手間のかかる私&子供たちを誘ってくれて本当にありがたい限りです病気になってからは、大好きだった旅行はもう無理、旅行どころか近所のスーパーにも自力で行けない。行きたい、と言うと周りに迷惑がかかるから。と何でも諦めがちだったので、今回の旅行は夢のようです。でも、車に横になったままでも出かけようという気持ちになれたことは、少なくとも以前よりは体調がましになってきたからだと思います去年は、朝から症状に耐え切れず、睡眠薬を飲み続けて何とかしのいでいました。外出に飢えていた子供たちは、「あわじ、あわじ、お泊まり、お泊まり!」と、出かける前から大騒ぎですコテージは広い敷地内にあるそうなので、虫捕りでも楽しめるかな。行きは明石海峡大橋を渡り、帰りは「たこフェリー」という淡路ー明石行きのカーフェリーを利用する予定ですこのフェリーは、船種によって船の大きさいっぱいにタコやイルカの絵が描かれているものがあり、これに乗るだけでも子供は大喜びです。私は、たこせんべいの里という店にある「ひまわりせんべい」がお気に入りなので、友人と自宅用に買うのが楽しみです。このおせんべい屋は山のように種類のあるおせんべいのほとんどを試食でき、無料のコーヒーも置いてあります。来店してる皆さん思い切り食べておられていて、初めて訪れたときはその光景に驚きましたさすが、関西です。全部試食したら、昼食いらないくらい・・ところで私は以前、旅行関係の仕事についていました。働いていた頃、透析が必要な方のスイス旅行での透析用の水分の手配、糖尿病患者さんの旅行で食事制限にそった手配していたことなどを思い出しました。がん患者さんが「冥土の土産ですねん。」と言って奥様との旅行を手配させてもらった事も・・旅先から、葉書を頂きました。この方、他県から電話で旅行を受けたにもかかわらず、「どんな方が私の旅行を手配してくださるのかと思って・・」とはるばる会社まで訪問してくださいました。今もお元気で過ごしておられるといいな・・・きっと皆さん、旅行に出発するまであれこれと大変な思いをされたろうなと、今、思います。その頃若く、大きな病気をしたこともなかった私は、正直それらの手配が大変で、少し面倒に感じたこともありました。あの頃の自分が恥ずかしいです。私は今回ありがたいことに友人にお世話になりますが、体調が悪かったり、体が動きづらい人でも気軽に旅行を楽しめるようになればなあ・・と思います。こんな楽しみこそが、また頑張って病気と付き合っていこう!というエネルギーになると思います。今回、楽しい旅行になればうれしいです特に、いつも一緒に頑張ってくれている子供たちにとって・・。
2007年07月24日
コメント(10)
昨日から、小学1年の息子の夏休みが始まりました~1学期の間、給食も出て、授業後は学校に居残りして遊んで16時過ぎ帰りだったので、せっかく慣れてた静か~な朝のひと時が一変。。。朝の6時から大変にぎやかな我が家ですイエイエ、決してイヤな訳じゃないんですよ。。ただちょっぴり、あの静かな朝の時間が懐かしいだけ・・宿題は朝の涼しい時するといいと誰かが言ってたので、さっそく朝食後に宿題開始しようということに。けっこう多いではないか~!1. こくご・おさらいプリント (文字書き)2. けいさん・おさらいぷりんと (たしざん ひきざん)3. たしざん、ひきざんカードを親が声に出して読みあげ、子供が暗算で答えを言う(毎日。何回繰り返したかや親の感想を書く)4. ひとこと日記 と やったお手伝い を書く5. からだの観察(体調、心の調子、運動したかなど毎日◎○△などでマーク)6. 夏休みの 公募の作品募集(作文、絵画、書道など)から 最低1つ提出7. あさがおの世話8. 自由研究 ・・・テーマ自由。9月に発表会があるらしい。工作や、植物、虫の研究など自由に。9. 読書(できるだけ)何だか多いような気が・・・こんなもん? 私まじめにさせすぎ?自分が子供のときは8月末は大忙しであった・・・ちなみに8の自由研究は息子と相談し、「工作」と「まいにち絵日記」「毎日読んだ本のひとこと感想」をすることにしました。昨日、日記以外の1~9を朝のうちに済ませてしまおうとしたら、親の私がめちゃくちゃ疲れることが判明・・・!何やかんやで、はっと気づけばお昼。放っておいたら、やっぱりまだきちんとできないみたいで。課題ひとつずつをファイルにいれてまとめておくように教えたり、やった課題をざっと見たり、けいさんカードを読み上げたり、音読を聞いたり・・・結構多いよ!親の出番。小学校入っても、大変なのね・・・今日も一応、ちょいちょい助けてやりながらなんとか終わりましたちょっとは見守ってやれるようになったのはうれしいんですが!まだ体がついていきません。息子は元気!宿題全部すんだら、今までたまっていたこどもちゃ○んじ問題集やったり、工作やる~と言って、段ボール箱や荷造りテープを出してきて、なにやら作っております私が体調悪いからシンドイのか?それとも誰がやってもシンドイのか?それに、わが子のこととなるとつい感情こめて見すぎているせいか、「できない」ことに神経がいってしまう。私、「ひとこと暴言日記」でも書けそうですおっとだめだめ忘れてました、こないだの個人懇談の「いいところ」探し・・・ いつまで、続くかな・・・?
2007年07月19日
コメント(7)
先週の金曜日は、小学1年の息子の、初めての個人懇談に行ってきました。約束の時間に行けなくなってはいかん、と朝のうちに点滴に行き、万全の状態?で臨みました。(が、やはりこの外出が体にこたえ、週末はマタマタ寝たきりになってしまった~!)先生はにっこりしながらひとこと。「人の話をききませんねえ。」と。はい、おっしゃる通りです・・・やっぱりそうよね。家でも、そうだもんね。学校でいきなり聞くわけないよね。。と落ち込みかけた私。「でもね、これを見てください。」と、算数の時間に、息子がいろんな形の小さな積み木を組み合わせてつくった「ジンベイザメ」を見せてくれました。本人が作りたいものを好きに作れる授業だったようです。「これは・・・なかなか小学生には作れませんよ。左右対称で。配色もいいですし。これは、中学生が作るレベルですよ。」確かに、ヒレ?の部分やポイントで色を変えてあり、六角形と台形を多く組み合わせて八角形にし、それをお腹の部分としたり、三角形と台形を組み合わせて口の部分に、正方形と台形を組み合わせて尾の部分としたりと、なかなか考えて(本人は無意識だろうけど)作られてあった。 それも、寸分の狂いもなくキッチリ並んでいる。私にも、できん・・・おお。息子よ・・・ナカナカやるではないか!! ←かなり親ばかですね。でもうれしかったですレゴも、パズルも、「幼稚園」など雑誌の付録も、しんどくてこれまで一切手伝ってやらずにいた我が家の方針(単にほったらかしてただけ)がよかったのか!?「あの、積み木はここまでキッチリ整然と並べられるようですが、普段の行動が、考えられないほど対照的のような気が。。。いいかげんなことして、話も聞かないし、忘れ物してもまったく平気なようで・・・」と私が言うと(ちなみに、私が不調で寝ている間に、忘れ物をして帰ると勝手に学校に取りに行ったり、電話までして「どうしたらいいですか?」と聞くなどして、担任以外の先生に「お母さん。お子さん小さいんだから、お母さんがかけてください」怒られたこともある・・・本人は、「忘れたって、取りに行ったらすむから。忘れることだってあるわ!」と、落ち込みゼロ。)「ハハハ、だいたい人ってのは自分の都合いいとこしか聞いてませんからなあ~」「でも、あんまりガミガミ言って、この子を小さくまとめてしまいたくはないんです。工作とか、発明が好きみたいですし。とても個性的で好奇心がある。このいいところを、ぜひとものばしてやりたいんです。悪いところははっきり言いますけどね。」と、にっこりして言ってくださいました。ああ、この先生に担任になってもらえてよかった!!と思いました。なかなか扱いづらそうなわが息子を、こんな風にみてくださるとは。話を聞かず、クラスの秩序をみだしそうなタイプなので先生にどう思われているか心配だったので・・・最近の私。寝転んだままで、自分の用事に子供を使ってばかり。いけませんな・・・私も、先生のご指導の足をひっぱらぬよう、よい所はのばし、直すべきところは注意しなければ
2007年07月09日
コメント(8)
今日は、近所の内科に点滴に行ってきました。脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)になると、立つ座るなど、脊髄を立てている姿勢(横になっていない)と髄液が漏れ、症状が出るといわれています。私の場合、点滴をしてもらうと数時間は、横になっている限りひどい症状がまだ軽めになります。また、雨の降る前など気圧の変動によっても悪化しやすく、今の時期はつらい季節です。近所の医師が(脳外科ではないのですが)点滴だけするのを引き受けて下さったので、週に何度か通っています。立ち上がると症状がひどくなると言った説明をちゃんと心に留めてくれて、医院に着いたらすぐベッドで寝かせてくれます。また、座って待たなくていいように、会計の直前まで寝たままで待たせてくれます。なので、この病院にだけは楽な気持ちで行け、帰宅後もまだ楽な症状ですみます。本当に、気持ちよく通院させてもらっています。今日はたまたま、点滴の針がうまく入らず、もう片方の腕にやり直してもらいました。(私の血管はここ数年の治療ですごく硬くて細くなっていて医者泣かせなのです)うまく入らなかったとき、この医師は「ごめんなさいね・・・」と本当に申し訳なさそうに言ってくれます。今までほかの病院で「かったい(血管が硬い)なあ・・・(怒)」「え~何で漏れるん??ちゃんと(血管に)入れたのに。」「もう!すぐ逃げる(血管が)なあ。」などとボロッカス?にいわれることがありました。なので、他の病院にかかるときは最初に、「腕の血管は漏れやすいので、手の甲にしてください」と、言うことにしています。手の甲は少し痛いですが、いろいろ言われるよりはまだましなので。が、この医師はもう70歳前後くらいの方なのですが、点滴が入らないと本当に申し訳なさそうにされるのです。手の甲にでもいいですといいましたが、「手の先はいろいろ神経が通っていますから、できるだけ違うところにしましょうね」と言ってくれます。こちらのほうが悪いなあと思うくらいなのですが・・自分の意思ではどうしようもない血管をボロッカス?に言われるのに比べたら、本当にありがたい限りです^^昨年まで病名の診断がつかず、病院巡りをしていた時も、結構きつい発言などあり、少し医者不信になっていた私ですが、今は、この点滴でお世話になっている医師に出会えてよかったと思っています。昨年、初めて脳脊髄液減少症だろうということを診断してくれた医師も、70歳前後で優しいおじいちゃん先生、といった感じの方でした。この先生も、私の病歴や症状を、にっこりしながら黙って最後までゆっくり聞いてくれました。そして、あんなに色々巡ってもわからなかった病名を、すぐに見つけてくれました。私は、この2人の先生がとても好きで、尊敬しています。長年、毎日いろんな患者さんの相手(診察)をして、それで高齢になっても、こうした優しい態度で、患者と向き合うことができるってすごいなあと思います。ひるがえって私は医師ではありませんが・・・家庭で子供や夫の話をじっくり聞いてあげられてるかな。お友達とはどうかな。ハハハ・・・まだまだです(汗)この先生たちを見習わなくては・・・
2007年06月30日
コメント(8)
週末、ちょっと嬉しい出来事がありました。長男のことなのですが・・・長男 「お母さん、実は来週から(小学校で)プールがはじまるんやけど、もしお父さん会社休みだったら土曜か日曜にプールに行くことにしたいねんけど。。」私 「え、別にいいけどお父さんお休みかどうか聞いてみないとねえ。で、何で行きたい の?」長男 「幼稚園の時さあ、お水にお顔つけられないの、僕だけやったから。だから学校のプール始まるまでにチョット練習しておきたいねん。ビート板があったら泳ぐのは泳げるんやけど・・・」私 「んじゃお父さんに頼んでみるね!!」というわけで、日曜日にパパ、長男、長女の3人は、車で少し離れたところにある市営の温水プールに行って来ました。(私は体調悪くてお留守番・・・)本人の申告どおり、楽しく遊ぶものの、水に顔をつけるとなると急に怖がるらしいです。出発前に、私がネットでいろいろ調べてみると、「水中じゃんけん」「顔をジャブジャブ洗う練習」「あおむけで体の力を抜いて浮き身」などをすればいいなどの記事があったのを伝えたので、パパは色々試したみたいです。3時間ほど遊びながら、なんとか最後には数回だけですが「水中じゃんけん」ができたみたいです。水中じゃんけんは怖がらずできるようになったらしいので、連れて行ってもらった甲斐がありました以前から私が病気で外出できないことがネックで、子供たちにはプールや体操などのお稽古事を何もさせてやれず、ちょっとかわいそうだなあとずっと気になっていました。。。うちの子だけ、いろんなことに、みんなから出遅れてしまわないかと。。でも、私がそれほど気にしなくても、子供は幼稚園の頃から周りをみて「自分だけできなくて格好わるいなあ、練習したいなあ」などと感じ、最近になって、自分から「これができないから練習したい」と、言えるようになってくれたみたいで、とても嬉しかったです子供たちには、今のところどんどん新しいことをさせてやれない我が家の環境ですが、少しずつ、自分たちでいろんなことを感じて、行動できる子になってほしいものです。できるだけ、その手助けはしてやりたいなと思います。つい最近、長女が「ピアノの練習をやってみたい」とも言うようになりました。また、母にでも頼んで近所に教室がないか探してやりたいと思います
2007年06月18日
コメント(6)
先週は少し立ち上がれる時間ができて喜んでいたのですが、週末からまた元通りの不調に戻ってしまいました。今日は特に酷く、点滴に行っても症状がひかず、トイレ以外は寝たままでいるのに苦しい。あ~やっぱり調子のいいのは束の間だったか・・とは思ったけれど、ここ数日ちょっと楽に過ごせたから、まあ、しかたないか、ちょっとは休憩もらえたんだしと思うことにしてました。それにしても先週久しぶりにできてうれしかったことは・・・座って新聞や本を読めたこと・・・寝たまま読むと、腕がだるくなるし眼が疲れて読みにくい。新聞なんかは裏の字が映って見づらいから。。やっぱ座ると読みやすいですね。。実家に行けたこと・・父にお線香をあげに行けました。亡くなる前、ほとんど会いにいけなかったので。いまさらだけど、ごめんね。久しぶりの外食・・個室を借りて、ちょくちょく隅で横になりながら、しゃぶしゃぶを家族で頂きました。子供たちも嬉しそうで。外食だと、母にごはんの支度をさせなくて済むので気が楽です。子供を眼科に連れて行く・・病院に連れて行くのを喜ぶなんてへんな親ですが、いつも人に頼んでばかりいたので、手をつないで連れて行けたのが嬉しくて。ちなみに眼は異常なし。ちょっとしたことですが、毎日のこうしたなにげないことができるのが嬉しくてたまりません。でも本音は、今のように「雲の切れ間からほんのちらっと日差しがみえるような日々」ではなく、「ぱっとスッキリ晴れた1日」を過ごしたいのです。心を明るく保とうとしても、ついつい、体の不調にひきずられてしまう自分がいます。また元通り・・の不調なのでしばらく楽しいことはおあずけでしょうか。もうすぐ梅雨入りらしいので覚悟はしています。今年は、少しはうまく体調をコントロールできるかな。。。またしばらくしたら、少し動ける楽しい日が気まぐれに訪れるでしょうか。その日が来るのを楽しみにしつつ、がんばります^^この時期は普段体調の悪くない方でも不調がでることがあると思います。ここにお越しくださった方も、どうぞお体ご自愛くださいね・・・
2007年06月12日
コメント(5)
4回目のブラッドパッチ治療がすんで、明日で3週間になります。退院後もほぼ毎日近所の病院に点滴に行き、安静を保つようにしていたのですが、今週に入ってから、どの程度起立時間が保てるか、毎日起床後に試すようにしていました。去年3回も治療したのにほとんど立てなかったから、どうせ今回もすぐには良くなるはずがないわ、と思っていたのですが。。今回は、どうも今までよりは随分症状が軽く過ごせるようなのです!!と言っても、起立後、無症状で1時間前後立てる程度なのですが。私にとっては大きな進歩です^^めまいでフラフラ~になるのさえ我慢すれば、もう30分位立てる日もあります。沢山飲んでいた薬も、週に2,3回飲む程度ですんでいます。去年は、治療した3回とも、退院後はトイレに起き上がっただけで胸は苦しく頭は痛く全身も痛くて耐え切れず、ベッドに寝ていてもくるくる体が動いているかのようなめまい、うつ症状も出てくるので睡眠薬と痛み止めを飲んで1日をしのいでいたのですが、今回にかぎっては、耳鳴りや動悸もほとんどなくトイレにも行けるし、時間によってはシャワーも浴びることができ、ちょっとした家事をすることもできます。それに、白血病の再発予防に飲んでいる薬もちょうど昨日で終了したので、副作用からも少し開放されました。次回は8月までお休みです。この薬も飲むのはしんどいですが、このおかげで再発せずにいられるかもしれないので助かってます・・・ただ、ちょっと調子にのって1時間以上立っていると、突然また酷い症状が出てくるので、無理はしないほうがいいみたいです。また、1日のうちでも体調に波があり、なんか外出でもできちゃうかもよ~!?と思っている矢先に急に寝込むほどひどくなったりで。いまいちペースがつかめず。まだまだ油断はできません。もうすぐ梅雨の時期にはいります(この時期特に症状が激しくなる時期なのです。。)が、どうかこのまま少しずつでもいいから起立できる時間がのびたらなあ、と思います。今日は友人が手作りのパンとスープを持って、おしゃべりに来てくれました。これまではずっと寝たまま話をしていたのですが、今日は少し座って話せる時間もあり、とっても嬉しかったです。いつもいつも気遣ってくれる友人や家族に、ありがとう。そしてブログでも気にかけてくださっているみなさまに、ありがとうございます。
2007年06月06日
コメント(10)
先週、脳脊髄液減少症の入院検査と治療を終え、我が家に帰ってきました!MRIミエログラフィーと、RIという検査の結果、昨年の4月に比べると髄液の漏れがだいぶ止まっているであろうという診断でした。(去年は、「じゃじゃ漏れ」だったらしいです)去年の3回のブラッドパッチ治療(自分の血で漏れをふさぐ)で効果がでたらしいことはよかったのですが、素直に喜べませんでした。いくら画像で漏れが止まったと言われても、私の目標は、辛い症状なしに立ったり座ったりできる時間を1時間、半日、一日とふやしていくことなので。。先生にまだこんな体調では生活が成り立たないと必死で訴え、結局、今回は漏れているような画像が見られる頚椎をメインに、胸椎、腰椎の3箇所にブラッドパッチをしていただきました。先生も、「今回(の4回目の治療)で、画像と症状が比例するようになったらいいなあ。」と、おっしゃってくれました。ほんと、効いてほしいなあ~。支えてくれる皆のためにも、そして自分のためにも。我が家に帰ってくると、子供たちの声がにぎやかで、頭にひびき症状が辛くなったり、夫のいびきで寝不足になったりするけれど、それでもやっぱり、居心地がいいです。退院の翌日から白血病の維持治療の薬も飲み始め、こちらの副作用もあるのでしんどい毎日ですが、家族と外に出て過ごせる毎日を目標にして、がんばります
2007年05月27日
コメント(8)
今年のゴールデンウイークは、万全な体調とはいえないものの、2年ぶりに家族で過ごすことができました。2005年の連休は、骨髄検査をし白血病とわかり、ぼう然として病院で過ごしていました。去年2006年は、脳脊髄液減少症の治療で、病院で寝たきりでした。今年こそ、連休を家族で過ごしたい!と思っていたので、そのために入院も今月半ばにわざわざ変更していました。ここしばらくあまりに調子が悪くて、正直消えてしまいたい位・・だったのですが、なぜか5月4、5日は少し起き上がることができ、症状も不思議と楽でした。「車の後部座席でずっと寝たまま移動したらいいから、行ってみようよ。」と夫がいうので、思い切ってお出かけしてきました!(寝台車状態で)4日は近くへいちご狩りとたけのこ掘りへ。5日は神戸にある、花鳥園というスポットへ。子供たちは数年ぶりに家族でお出かけができたので、大喜びで、飛び跳ねてました。いちごは食べ放題だったので、4人で青空の下、ぱくぱく食べました。あまりにたくさん食べたので、「いちご」が昼食のかわりになりました。その後、おばさんの家の裏山にあるタケノコを子供たちと夫が掘るというので、横で座ってみていました。子供たちも上手に山を登り、タケノコを掘るので感心してしまいました。採れたタケノコは、私の座ってる場所をめがけてころころと投げてきました。ここ数年で、本当に成長したものです。5日に行った花鳥園では、ペンギンや、かわった南国風の?鳥にえさをやったり、手に乗せたり、香りのいいたくさんの花に囲まれた温室のなかでランチしてきました。こうやって家族で外に出て過ごせて、夢のような2日間でした。ここ数年、自分なりにいろいろと苦しい日々でしたが、束の間の休息をもらえたような気持ちです。体が思うように動かなくなって、こうやって家から外にでることがどれほどうれしいことか、身にしみて感じます。以前は、ちょっとしたことでぶつぶつ文句言ってました。健康が一番だけれど、病気に鍛えてもらって少しは勉強になりました。連休の終わりとともに天候も崩れ、体調も崩れ始め・・すっかりいつもの不調の私!に戻りましたが、この楽しい2日間を思い出しながら、また一日一日、乗り切っていこうと思います
2007年05月07日
コメント(7)
![]()
今日も、トイレ以外はほぼ寝たきりの一日でした。が、薬さえ飲めば普段よりは少し症状が軽く、まだ正気?ですごせるかんじでした。それだけでも今日は気持ち的にはずいぶん楽でした。母が、たけのこのてんぷらを作ってくれました。1年ぶり。おいしかった。子供たちは、おやつの時間、寝ている私にお菓子を数個くれました^^で、ひまわりの種をまいてたのが芽が出たと大喜びしていました。お風呂もふたりで勝手に入って、自分達のお布団も敷いていました。今日も家族に助けられ、ちょっとはいいことありました^^これは現在愛用中のパソコンデスクです。寝たままで使用でき、太ももの上にパソコンを置かなくていいのでずいぶん楽になりました。角度調節も簡単です^^
2007年04月25日
コメント(6)
前回は、愚痴っぽい日記を書いてしまったにもかかわらず、みなさまから心あたたまるコメントを頂き、本当に感謝しています。まだ症状がひどく、天井を眺めているか、睡眠剤で寝て過ごしていることが多い生活ですが、焦らず腐らず、立っていられる時間にできるだけのことをして、また休憩して、また症状がおさまってくる時間を気長に待てる自分でいられるようになりたいです。(でも、先日なんとか息子の小学校の入学式にだけは出ることができました^^)ほとんどの時間を家で過ごす私にとって、調子のいい時間にパソコンを開いて皆さまのコメントやブログを読ませてもらったり、体調をみて日記を書こうとすることが、大きな励みになっています。お返事がちょっと書けない状態なので、申し訳なくおもっていますが、どうかお許しください。そして、ありがとうございます
2007年04月13日
コメント(8)
父のお通夜、葬儀、お骨あげ、初七日になんとか出席でき、ほっとしています。私が何もできないので、親戚の方たちにとてもお世話になりました。子供と一緒に、お箸で父の遺骨を壺におさめました。闘病が長かったせいか、ずいぶん色が悪く、元の形をとどめていないお骨でした。あの世では、ゆったりのんびり過ごしてほしいです。この数日、無理して立ったり座ったりしたので、その後かなり症状が悪化し、つらいです(泣)やはり、30分以上立つ、座るのはまだ難しい。我慢して立っていると、その後の2,3日苦しくてたまらないし。もし、ストレッチャーでどこにでも移動できるなら、外出したりしたいけど。かなり場所をとるし、特に角を曲がるときに困りそうだし、それにストレッチャーで移動してる人って、あまり見かけないしなあ・・やっぱり、あきらめて寝ているしかないのかなあ。葬儀のときも、顔が元気そうに見えるせいか、「なみちゃんは、ハツラツとしているね!大丈夫、治ります!」と親戚が明るく励ましてくれる。悪気なくおっしゃっているのは充分わかっているが、こういった言葉がしんどい体とココロにかなりこたえる~年に3回入院して治療してもなおらないから困ってるんだよ~!で、先生にもどうしようもないなあっていわれてるんだよ!で、とりあえずどうしようもないけどまた来月検査で入院しないといけなくて。いつまでかかるか先がわからないから苦しいんです~もう、一日22時間も23時間も寝たままの生活から脱出したいんです~治ります、なんて簡単に言わないで。。そんなに簡単でないこともあるんだよ。と言い返したいが、しんどすぎて言い返せない。なので、この場をお借りして、叫ばせていただきます・・・^^いつか治ってみせるとは思っているものの、果たしていつなのかという気持ち。白血病のほうも、なんとかこのままおさまっていてほしいけど、だいじょうぶかなあ。。という気持ち。ココロも疲れているのか、ふとしたときにこうした気持ちのパーセンテージが、ぐいぐい上昇する。。症状が少しおさまって楽になってきたら、ココロも少しは前向きになるかな。本日は、ただの愚痴?かいてますね。。。
2007年03月29日
コメント(5)
1月から、肝臓がんの末期で入院していた父が、昨日の朝、亡くなりました。亡くなる前の日、なんとか少しだけ顔を見にいけたのですがその時すでに意識はほとんどなくて。「来たよ。」と大きな声で呼びかけると、気のせいかも知れませんが少しこちらを向いてくれたような気がしました。生きていてほしいと思う反面、もう腹水がいっぱいで苦しそうで、しんどくて体をくるくる動かして、黄疸がひどくてなんともいえない皮膚の色になった父を見ていると、早く楽になってほしいとも思いました。少しでも夜の付き添いなどををしてあげたりできればよかったのですが結局何もしてあげられず、2度ほど、好きなお饅頭とてんぷらを持っていっただけでした。冷たいのかもしれませんがあまり悲しいという気持ちになれず、どちらかというと約2ヶ月毎夜病院で付き添っていた母が少し楽になれたこと。父が苦しみから解放されたこと。また、父が私が白血病になったことをとても心配していたので、父より先に死ななかったことだけは親孝行だったかな、などとわけのわからない事を考えたりしています。自分が一度、死ぬんじゃないかと思う時期があったからか、父がなくなって悲しいというよりは、「また、いつかどこかで会えるよね。」といった気持ちです。約10年、病気とつきあいながら生きてきたお父さん。おつかれさまでした。私も、しんどいことがあっても、主人、子供、母や支えてくれる皆のために、自分のために、1日でも長く生きていこうと思います。
2007年03月23日
コメント(4)
明日は息子の卒園式です。最近体調が悪く、久しぶりの外出になりますが、どうしても行きたい。息子とともに出席したいので、がんばって行ってきます。式の間だけでも、座っていられるといいのですが。思えば2005年の4月からもうすぐ2年。嬉しさいっぱいでこの子の入園式に出てからわずか2週間後に白血病とわかり、入院しました。半年の治療を自分なりにがんばってやっと外の世界に出られて喜んでいた矢先、今度は今の病気とつきあうことに。それからもう1年。楽しみにしていた手をつないでの送り迎え、ママ友さんとのランチなどほとんどできないまま、もう2年が経とうとしています。私が病気やいろんな症状と格闘している間に、息子は卒園の日を迎えます。多くの人に助けてもらえて卒園できてよかったという気持ちと、自分が母として当たり前にするつもりでいたことがほとんどできなくて、とても悲しい気持ちが入り混じっています。子供たちも、あまりわがままは言わず明るくて助かりますが、きっといろんな我慢をさせてしまっているなと思います。病気からは卒業できないけれど、今もこうして生きて子供たちを見ていられて本当によかった。そして、病気は決して好きじゃないけれど、病気になったことで、こうして子供の姿を見ていられることがどれほどシアワセなことかがよくわかりました。でも、少しでもよくなって、母親としてもっといろんなことをしてあげたい。一緒におでかけもしたい、外食もしたい、近くても旅行もしたい。と思います。ずっと家の中にいるのでなく、外の空気を子供たちと一緒にいっぱい吸えるようになりたい。明日は、息子にいっぱいいっぱいおめでとう!!と言ってあげたいです。そして、この2年間を支えてくれたすべての方たちに、ありがとうと言いたいです。
2007年03月15日
コメント(3)
先週から無理をしたせいか、土曜日は朝から起き上がれず、食べられずで最悪でした~で、症状があまりにひどいので、子供をほうっておいたまま朝から睡眠薬を飲んで意識をとばしてました。ちょうど今、白血病の再発予防の薬を飲む時期にも重なり、副作用も上乗せされてちょっとしんどすぎて何だかわけがわからない状態・・・子供たちは勝手にふりかけでごはんをたべてくれていたみたいです。(覚えていませんが、どうやら、そうするよう私が言ったらしいです^^・・・?)夕方オットが帰宅しても、私は薬により意識不明!?のままだったので、これまたオットも勝手にごはんを食べて買い物に行ってくれました。日曜は、前日一日寝続けていただけあって、だいぶ動けました。よかった。。。家族への罪滅ぼし?に、昼食はお好み焼きを作りました。自分でいうのもなんですが、私の作ったお好み焼き、おいしいんです~ふふふ^^ホットプレートをだすのが面倒なので、フライパンを2枚並べて同時進行で、数回焼きまくります!で、また疲れました・・・が、おいしかったので、満足です。1日のうち、ちょっとくらいいい事ないと、ね^^明日、というよりもうすぐまた厳しい1週間のはじまりです。無事週末を迎えられるよう、がんばります~
2007年02月25日
コメント(5)
何とか、毎日やっています。日々の家事もろもろをやらねばならなくなって、ここ数年、どれほど母に助けられて過ごせていたか痛感しています。病気になって、症状がいろいろと出て、毎日毎日きついと思って過ごしていました。けれど、母が家事や用事をすべて引き受けてくれていたので、私はまだ「症状に耐えていく」という仕事だけで済んでいたのだなあ、これでもまだずいぶん楽に過ごさせてもらえてたのだなあと思いました。子供のお弁当のいる日は、朝起きてすぐ何とか作り、出来上がったころには苦しくなるのですぐ横になります。朝食をあわてて食べて、また横に。また洗濯をしかけてすぐ休憩。干してすぐ休憩。ごはんをしかけてまた休憩。 続けてやりたい~~でも、体が言うことをきかないのだ~もう少し、一度に長い時間立つか座るかができれば、何でも早く事がすすむのだけど。ちょっといらつくけど、まあ、仕方ないですね。自分の体に文句も言えないし。でも、一年前は、一度立ったらバテてあとは寝たきりだったので、こうやってこま切れに立てるだけでも進歩です。少し動けるようになると、ついつい欲が出てしまうのです~^^子供のお迎えにも行ってきました!昨年思い切って学校のすぐ近くに引っ越したので、先週から数回だけ調子がいいときにお迎えに行けました。お迎えに行くと、子供たちがすごく喜んでくれるのでとてもうれしいです。普通の家庭では当たり前のことなのに、こんなに喜んでもらえて恐縮です^^友人にも、随分助けてもらっています。本当に心強い!でもやはり無理ができないし、子供のいる友人たちにもあまり負担をかけたくないので、家族会議の結果(議長は私^^)、オットが3月中、毎日午前休暇を取って子供の送迎と買い物他もろもろの担当をしてくれることになり、次々と用をこなしてくれます。母同様、こちらも文句ひとつ言わず淡々とこなしてくれる、頼もしい戦友?といったところです。というわけで、思いがけず、家族で過ごす時間が増えました~母も、毎日父の病院で寝泊りして頑張っています。無理がきく人なだけに、心配なのですが・・・とりあえず、一日一日、過ごせてます!いろいろあるけど、シアワセなような??でも不幸せなような??でもまあこんなもんかな?と思ったり。なんだかよくわからない毎日ですが、まあ、今までどおり、できるだけのことを、気を張らずにやっていきます~!みなさまのブログにも訪問させていただくだけだったり、せっかく書き込みくださってるのにお返事できないかもですが、どうかお許しを・・・!
2007年02月21日
コメント(5)
久しぶりにパソコンを開きました~!私や子供たちの世話をしてくれていた母が、今はほぼ一日中、入院している父に付き添っています。末期なのと、それにともなう脳症(脳に毒素などがあがってしまう)に加え、今までなかった痴呆の症状までが一気にでてきてしまい、夜も目を離せないので、母は毎日睡眠不足と戦いながら、父の世話をしています。生きてくれているうちに一度は会っておきたいと思い、先日子供たちを連れて何とか会いに行ってきました。が、私のことを身内だとはなんとなくわかったようですが、名前もわからなくなっていることが少しショックでした。やはり、私が娘だとわかっているうちに、少しでも優しくしてあげておけばよかった。子供たちの名前も、わからなくなっているようでした。私も、母には頼れなくなったので、子供たちのお弁当作り、幼稚園の送り迎え、洗濯掃除食事作りなど、白血病の退院以来1年以上、母にまかせっきりだった仕事をこなすのに精一杯の日々がはじまりました。オットと、「お互い、ちょっと気合いいれていこう」と話しました。ずっと家にいたので、外の空気を少し吸うだけもでぐったりですが、友人にも少し頼ったりしながら、一日一日、なんとか乗り切っていきたいと思います。子供たちもなんとなくただならぬ雰囲気を察してか、お片づけや洗濯物のおたたみなど手伝ってくれますし、なんといってもここ数年家族のために頑張り続けている母、そして父のためにも、私もその日一日、自分ができることを頑張っていきたいと思います。人生、こんな時期もあるさと思って、家族で協力していきたいと思います。ここ数年、病気に鍛えられたのか、辛くて多少愚痴ることはあっても、焦ったりすることはなく、冷静でいられるようにはなったかなと思います。何でも、勉強になるものです。また、パソコンが開ける時間を楽しみに、やっていきます。ああ、でももう眠い。。。
2007年02月15日
コメント(3)
最近、少し落ち込み気味です。入院している父がの症状がひどくなり、とうとうぼうっとなる(昏睡)時間が多くなってきてしまったみたいです。肝臓のがんで、今回は、胸や足に水がたまってしまい、肝臓が破裂すると大変なので、もう家には帰れませんと、医師から言われています。本人には、抗がん剤治療で長期入院になるとは言っているのですが、もう家に帰れないとまでは知らせていません。でも、ここ10年も毎年数回病院に入っていたので、ただならぬ状況なのは感じていると思います。もう、わかっているかもしれません。ずっと寝ている状態かと思えば、ちょっとぼけてわけのわからない事を言い出したりするので、母が付き添っています。母が、「(私の娘を)幼稚園に迎えにいってくるわね」と言って、でていこうとすると、「何かいいものを買っていっておあげ。」と言うらしいです。元気なときはそんなことを言うような父ではなかったのですが。。が、私もまだ思うように動けないので、母は子供を幼稚園に送迎しながら、その合間をぬって父の付き添いをしています。母には無理をさせすぎているのですが、体を壊さないように願うばかりです。父は、もしかしたら病気のせいだったのか、昨年からとくにわがままがひどくなり、私も閉口するようなことや腹の立つ出来事が多く、家にふらっとやってきても、話もせずお茶も出してあげず、冷たくしてしまっていました。いまさら悔やんでも仕方がないですが、もっと優しくしてあげればよかったと、思います。一度、体調のいい日に顔だけは見に行きたいと思っています。夕方、思いきって携帯に電話をしましたが、父は電話に出ませんでした。きっと、薬のせいで眠っているのでしょう。でてこない電話にむかって、「家に来たとき、お茶もださずに冷たくしてごめんね」とだけ言いました。親不孝な娘だなあ・・と思います。これ以上、父がしんどい思いをしなくてすむように、祈っています。
2007年02月07日
コメント(3)
今週は、火曜と木曜の2日間、我が家に友達が来てくれました火曜に来てくれたのは、息子がむかし通っていたリトミック教室で一緒だったママ友達2人。1人はおいしそうなレーズンパンとチーズパンを朝から焼き、サラダを作ってステキなカゴに入れて。もう1人は、手作りのサツマイモのスープに、柚子のケーキを買って、私に洗い物をさせないように、お皿やカップ、ルイボスティーまで持って来てくれました。外で一緒にランチができなくなった私のために、子供を幼稚園に送ったあとにいろいろ準備をして来てくれたのです。最近の子供の様子や、趣味のこと、それぞれのオットのことなどいっぱい話して、笑って、本当に楽しいひとときでした木曜日に来てくれたのは、幼稚園のママ友5人。一緒にランチをしようと、中華のお惣菜いろいろと、お菓子を持参してくれ、リビングでわいわい話しながらランチを頂きました。その日の午後から4月からの子供の小学校の制服採寸があるからと、申し込み用紙の記入まで、お願いしちゃいました。私はマイごろ寝布団で寝たままなのですが、朝にカップやコーヒー、紅茶のパック、お皿やお菓子などだけはささっとテーブルに揃えておいて、電気ポットでお湯を沸かしておいて、あとはず~っと寝てるだけ。みんながお茶を入れたりすべてしてくれ、私が無理して立ち上がって悪化しないように、ほんとうに気遣ってくれるのです。外へランチに行くほうがよっぽど楽なはずなのに、こんなセルフサービスで手間のかかる我が家に来てくれます。病気をしたり、体が自由に動けなくなってから、ほんとうにお友達や家族の温かさをありがたく感じます。約2年、入園式に出て以来、幼稚園にはほとんど行けぬまま、あと2か月ほどで息子の卒園を迎えることになるなんて全く予想もしていなかったのでちょっと寂しい気もしますが、こうして無事やってこれたのも、すべて家族や、何かあるごとに助けてくれた友人のおかげです。みんな、ほんとうにありがとう!みんなのおかげで、いろいろなことがあっても、何とかやっていけるのだと思います。
2007年02月01日
コメント(4)
今日は朝から起き上がれても10~20分が限界なので、マイごろ寝布団のまわりにお茶、リモコン類一式、新聞やパソコンをおいて、極力起きないようにして過ごしていました。朝も、動けなかったのですが、子供たちが「おかあさん~朝のパンがないよー」というので「あーゴメン。でもパンないから自分達で何とかして。(なんと冷たい親!)」というと「わかった!」といって、2人がなにやら相談し、昨日の夕食の残りの炊きこみごはんを自分達で器に盛り、お箸にお茶、きざみのりなども棚から取り出して勝手に食べてくれましたそして、テーブル拭き、着替え、歯磨き洗顔、登園の用意を全部済ませ、そこに母が迎えに来て、「いってきまあーす!」と元気良く家を出て行きました。私ができないことが多いので、本当にたすかります・・・というより、すでに、我が家の労働力?の一部です。。ごめんよ、こき使って~。夕方も、「郵便をとってきてくれる?」というと、2人が「いいよ!」と取ってきて、そのあと、「お母さん、今、ちょっとだけ立てる?立てそうならちょっと玄関に来て。」というので、息子に手を引っ張ってもらい、立ち上がりました。のそのそ~と玄関にでると、「いいものがあるねん!!!」といって、「ほら!」と、お月様をゆびさしました。ちょうどタイミングよく、玄関からでてすぐのところできらきらと光っています。空気も冷たくて、澄んでいて、月もとてもきれいでした。「ねえねえ、何かお願い事でもしようよ~」と言って、娘は、「今年もサンタさんが来ますように」(?)なぜ、今、サンタ?息子は「ひみつシリーズの本(学研の)がもらえますように」と。(もうすぐ誕生日だからかな?)2人とも、真剣!にお願いしています。子供って、何にでも真剣で、一生懸命で、かわいいな。私は、ありきたりですが、「家族みんなやじじばば達が元気でいられますように」と、お願いしました。ワンパターンだな。。でもいつもこれしか思いつかなくて。ほんのちょっとの時間でしたが、すてきな、真冬のお月見タイムでした。
2007年01月29日
コメント(8)
昨日は、私の祖父と祖母のの法事が実家でありました。オットは会社なので無理でしたが、子供たちと私が出席・・するはずが、またまた私の病気の症状が酷くなってしまい、数分しか立てなくなってしまったので、残念ですが行けませんでしたせめて子供たちだけでもと思い、母に連れて帰ってもらいました。父の見舞いにも、祖父母の法事にも行くことができず、はがゆいのですが、無理して行って余計に悪くなるとみんなに迷惑をかけるだけなので、思い切って自宅で寝ていました。おじいちゃんおばあちゃん、ごめんね~お父さんも、お見舞い行けないけど、少しでも辛い症状がでませんように。と、心の中で、思うことにします。。。法事の後、実家でお泊りしてきた子供たちが、今日元気に帰ってきました。「あ~たのしかったわあ~」「おばあちゃんち行って、なにしてきた~?」「お寿司たべてきてん~おいしかったわあ。それからおじちゃんたちとあそんだりして。お母さんにいちご持って帰ってきたよ!後で一緒にたべよね。」「へえ~。。。??」「お家におぼうさんが来てくれてたでしょ。きのうはね、ほうじ、っていって、おかあさんのおじいちゃんとおばあちゃんがずっと前にしんじゃったんだけど、もうだいぶんたちましたね、これからもゆっくりねててくださいね、って、おぼうさんやみんなに拝んでもらってたんよ。」 (ちょっと自分でもよくわからない説明になってしまった、、)「ふーん??」と、キョトンとして聞いてました。まだ、なんのことかわからないみたい。まあ、これからよね、まだ難しいかな。これから、いろんな経験をしながら、ゆっくり大きくなっていこうね。
2007年01月24日
コメント(6)
今さらながらですが、やっと画像をアップロードできるようになりまして、今まで作ってきた手作りこもののアルバムを左上に貼り付けてみましたまだ写真撮影、アップロードともに初心者ですが、よろしかったら、ご覧ください今は寝転んでしか作れないのでほんとにたいしたものはできないのですが、元気になって、またもうちょっと凝ったものを作って載せられるようになりたいですだれか、寝たままできるミシンとか開発してくれないかな~なんて
2007年01月23日
コメント(16)
父が、先週の土曜日に入院しました。約12年前、睾丸に癌が見つかり摘出し抗がん剤治療、その後リンパに転移したものの何とかうまくおさまり、翌年には持病のC型肝炎から、肝臓がんになりました。ここ10年ほど、発症しては治療、退院を年に3~4回ほど繰り返し、何とか持ちこたえていました。2003年にも、命の保証ははないと言われましたが、もう丸3年過ぎました。そんな間に、私も結婚し孫の顔も見せることができ、そのうえ私が病気になり、もうちょっとで私のほうが先に逝きそうになるところでした。その間、存分に孫の世話までさせてしまいました。しかし今回は、お腹と脚に水がたまり、肝臓以外にも転移しているらしく、主治医が「残念ですが、今回だけはもうご自宅へは帰れないと思います。」と母に話したそうです。長くて3月位だそうです。父にははっきりと伝えてないそうですが、ちょっといつものようにはいかないな、と本人もうっすら感じているようです。父の受けていた治療では、だいたいが5年程度で亡くなってしまわれる方が多いそうなので、10年ももったのは本当に珍しいらしく、私たちは主治医に感謝していますし、本人も良く頑張ったと思います。ただ、家族で病気の父と向き合ってきた期間が余りにも長くて・・・その間には父が本当にわがままだったり無理を言って困ったことなどいろいろとあり・・・例えば食事ひとつにしても、こんな病院食食べれないといって朝早くから母に土鍋でおかゆを作らせて運ばせたり、昼はお寿司を買ってこさせたり、お金もかかるのに個室にしか入らず、機嫌が悪いとカッとなり物を投げつける等など書ききれないほどです。父の入院のたび、ぼろぼろになる母を見るのが悲しく、腹立たしくもありました。今、この期におよんでも素直に父に優しく接してあげることのできない自分が、います。(急に親切にしても、死が近いかもと感づかれそうですし・・)正直、父と接するのがいやで、たまに家にふらっと来ても、そ知らぬ顔をして関わらないようにしていました。私はどちらかというと父のそんな様子を見てきたからか、白血病の時もオットや子供に泣きついたりわがままを言うのが嫌で、自分なりに気丈にやってきたつもりなので、素直??にめちゃくちゃなわがままを言う父が許せなかったのかもしれません。でも10年もの間、病気と付き合っていくためにはそうするしかなかったのかも、と今は思います。今、私もほとんど家から出れない状態なので、お見舞いにも行くかわかりませんが、私がこの残された時間で父にしてあげられることは何なのかなあ。。と、ぼんやりと考えているところです。でも何も思いつかず、父とかかわった、さまざま出来事をひとつひとつ、思い出しては懐かしく感じるくらいしか、できません。
2007年01月22日
コメント(2)
最近、毎日ではありませんが、1時間くらいなら続けて立ったり座ったりできる日が多くなってきました。トイレに行くだけがやっとの日々から考えると、うそのようですただ、欲を言うと、なかなか中途半端な時間なんです、外出するのには。ちょっと何かを食べて、身支度して、イザでかけようとしたところで時間オーバー、寝込んでしまうのです。でも、せっかく与えられたこの大事な大事な1時間、有意義に過ごそうと、いろいろ工夫しています。(まわりから見ると、かなりあわててるヒトに見えるらしいですが・・・だって1分でももったいないんですもの)たとえば・・・起床し布団を整えカーテンを開けに部屋を廻る・トイレ洗面食事・ブレッドメーカーにパンミックスと水、牛乳、レーズンやクルミなどをセットしてスタートしつつ、杜仲茶を沸かす・掃除機を片手でかけながら家中を巡り歯磨きしつつ洗面所へ移動し、鏡を磨き、洗濯機をスタートさせトイレ掃除・お昼のお味噌汁作りと炊飯をセットし、昨晩かけた食洗の食器を棚へ戻す・トイレ掃除このへんでヘトヘト。。時間切れ。横で誰かが見ていたら、きっと狂ったように慌ててるオバ主婦に見えると思う・・しかし、パン作るときにパンに混ぜるのをレーズンにしたり、ゴマにしたり、ひまわりの種にしたり、ベーコンチーズにしたり、イロイロ変えるのが、私のささやか~な楽しみなのです・・ あと、お茶を杜仲茶(オットがやせると信じて飲んでいるがとくに変化なし・・)から黒豆茶、うーろん茶、ジャスミン茶にしたり、お味噌汁は、「たまねぎとワカメ」「なめことワカメ」「大根とおねぎ」「サツマイモとたまねぎ」「えのきとわかめ」、しんどくてたまらないときは、「お麩とワカメ」ですね。ぽいっといれるだけなのである日は、子供のリクエストのオムライス作り。でも、これを作っただけで他には何もできず時間切れになっちゃいましたまたある日は、家事は適当に済ませ(いつも適当ですが!)子供や子供のお友達にあげる、くるみボタンの髪ゴムを作ります。布切り、刺しゅう、ゴムの長さ計りと切り、などはぜーんぶ寝転んでします。くるみボタンの仕上げのときだけ、力が要るので座ってやります。昔のように小物つくりがちょこっとできて、いい気分になります。できたら仕上がったボタンや昔つくった小物いろいろをブログにのせたいのですが・・どうやってやるのかわかんなくて。デジカメはあるんですけど??ここにのせるの難しいんですかね? いつになるかわかんないけど、またのせるので、見てくださいね私にとって、大事な「1時間」。できたらもうちょっと慌てずにゆっくり動きたいですが、嬉しい嬉しい時間です。
2007年01月19日
コメント(5)
先日ぐちぐち日記を書いてしまい、ご心配おかけしました~とりあえず、すぐに背中を切ったりすることはまぬがれそうですというのも、今回撮ったCTではなぜかその丸い物体がうつっておらず、1・ 物体のそのものが消えてしまった か、2・ CTではうつらないようなものかも(そんなことってあるのかな?)の、いずれからしく、とにかくもう一度以前に撮った撮影方法(MRIミエログラフィー)という方法で、別の病院で撮りなおすことになりました。ほんとに消えちゃってたら嬉しいんですけどねとりあえず結論は先延ばし、ってことで、はっきりわかるまでは気楽に構えるようにしようかと思います。どっちかというと、先週は2回も病院に行ったので、そのことのほうが体にこたえてしまい、ここ2日ほど食べるものも食べられず、寝込んでしまってました。ちょっとだけやせられたのが収穫といえば収穫・・かな?今日は、少し起き上がれました!昨日は、私の誕生日だったのですが、オットと子ども達が誕生日ケーキを買ってきて(ろうそくは3本!!でした。若い!)くれて、皆でお祝いしてくれたことが、とても嬉しかったです。体は不自由ですが、家族と楽しく過ごせる時間があって、しあわせです
2007年01月14日
コメント(4)
年末から、背中をナイフでぐさっとやられたような?けっこうするどい痛みが続いてたので、年末にいつもの脳外科に行ってきました。脳脊髄液減少の症状がまたなんか新しく出ちゃったのかな~仕方ないな~なんて適当に考えてたら、先生が前に撮ったMRIの写真を出してきて、「大動脈のそばに、うつってるからなあ」と。まん丸い、白いモノがはっきりくっきり、うつってるのです~脳外科では診断できないし、少し経過をみようということになってたのですが、痛みもするどいし前の白血病のからみもあるのか、結局いつもの血液内科に、先週その写真を持って行って来ました。大動脈瘤ではないらしいのですが、血管が何だか分厚くなってるか、もしくはなにかかたまりがあるかも、切るとなったら背中から結構切って大がかりになるかもです~とのこと。。で、昨日は至急でまたCT検査に行って来ました。結果はあさってまた聞きにいきます。立つとしんどいので、結構病院行きは体にこたえちゃいましたたまにしかない外出は、病院ばっかりの私~!!どうなってるんでしょう!?一生ぶんの通院を、今、済ませつつあるのだろうかうーんできたら背中の切開だけは、まぬがれたいなあ。。だって、脳外科の検査と治療も、4月に控えてるし。卒園式と入学式くらいは出たいし。だいたい、まだ今の病気も治ってないんですから~白血病のほうも検査が毎月あるし。できたら、順番に、1個づつこなしたいんですけどね~でもまだ何と決まったわけじゃないから、結果がわかるまでは、なにもかんがえないようにしよう。(と、書きながら言い聞かせることにします)新年まもなくまた愚痴っちゃいました~今日テレビで、ハッピーなことばかりを書く、ハッピー日記を書くと運がよくなるって言ってたのに、反対のことしてるやん。。家族にあんまりいうと心配するので・・・ここで思いをだしちゃいます、しつれいしました・・・ここに書いたら、あすはまたきっと元気な自分になれると思います。
2007年01月10日
コメント(4)
みなさんお正月はいかがおすごしでしたか?我が家は元日はオットの実家へ行きました。田舎の長男のヨメなもので、昔は掃除に買い出しに食事作りに後片付けにと、山のような仕事があり、ぶつぶつ文句言ったり、後で熱を出してたんですが。こんな体調になってからは、義母さん、義妹さんとご主人、オットや子どもがすべてやってくれるようになり、私は食事が出てきたのを食べる以外はずっとコタツで寝ているという、なんともゼイタク??な、「寝正月」状態でしたかといって何もできずに皆が働いているのをみるのはけっこうつらいもので、愚痴りながら働いていた頃のほうがよかったなあ~なんて考えながらすごしてました。でも私がクラくなっていると周りが気を遣うので、あつかましく堂々と?寝ていることにしました。2日は全く動けず、自宅で寝たきり3日はやっとすこし動けるようになりました。オットも子どもも「おでかけしたい光線」をガンガン放ってくるので、考えて、「カラオケ」に行くことに。カラオケなら、私もイスで寝てられるし。子ども達は、日ごろ家に閉じこもりきりのウップンを晴らすかのように、「マイメロディー」「メビウス」「デカレンジャー」「ハグしちゃお」「ゼッコーチョー(かいけつゾロリ」「デジモン」「学園天国」「くれよんしんちゃん」などなど、オットが1曲歌った以外は、90分間、大熱唱でした~このカラオケ行き、今の我が家のお出かけにピッタリみたいですオットは今日から仕事はじめなので、ひとりけだるそう・・に出かけていきました
2007年01月04日
コメント(8)
つい10分ほど前、新しい年を迎えました。みなさま、あけましておめでとうございます!昨年は、病気で横になっている時間が多くなったのがきっかけで、このブログをはじめました。いろんな方たちのブログを読ませてもらったり、書き込みを頂いたりして、励ましていただきながら、何とか新年をむかえることができました。皆さま、ほんとうにありがとうございます!日々のあれこれや、時には愚痴など、私の普段の思い、独り言をそのまま書いているだけのブログですが、これを書くことで、いろいろあっても自分なりに気持ちを整理したり、皆さんのブログを読ませてもらって、1日1日なんとかやっていくことができました。先日病院に行きましたが、治療の成果がなかなか出ていないらしく、また入院する予定も決まり、長期戦になりそうだと言われました。今年も、少しずつでも前進していけるように無理せずできることをやっていこうと思っています。これからも、どうぞよろしくお願いいたします
2006年12月31日
コメント(4)
今日は、思い切って髪のカットに行ってきました!家から30秒くらいのトコロにヘアサロンがあることを最近発見したので。9月に引っ越してきて、今頃気づいたのです・・!だいたい、このマンションに越してきてから、まともにエントランスを通ったのはまだ5回くらい。ほとんど家にひきこもってて。でも、これからの生活のことを考えて、駅にも学校にも近いこの場所に越してきて、私以外の家族は生活しやすくなったみたいでよかった!ローンは激増したけど管理人さんや、他の住民の方にもほとんど会ったことなくて。オートロックの開け方やドアの開け方も間違ったりして、かなり不審そうに見られちゃいました~これから慣れないと・・ところで、去年の抗がん剤治療のおかげで、新しく生えてきた髪はもうどうしようも手がつけられないくらいの、「ぐりんぐりん」のくせっ毛で。ブローしてくれた、おにいさんのヘアのほうが、よっぽど細くて、柔らかそうで、女らしかった~伸ばしようのないくらい扱いにくい髪質になっちゃったので、ベリーショートです。「前から、こんな感じの髪質なんですかあ?」と聞かれたので、「イエイエ実は・・」と、つい昨年の病名と、今の病名を言ったら、「へえええ・・!」とかなり驚かれちゃいました。どうも助からないイメージがあるみたい。で、症状がでてくるから座ってられるのに時間制限があるんだというと、手際よく、いい感じに仕上げてくれましたでも、サロンのおにいさんと話しながら楽しくて楽しくて(久々に外出して人と話せたから)笑えてきて、病気の話するときもエヘへ実は、とかウフフ、とか言いながら話してたから、チョットひいてたかも~カットに行くだけでこれだけシアワセ感じるのも、病気に鍛えられちゃったおかげかしら・・ここ2日くらい、なんとか1時間くらいなら立てるようになったのでちょっといい気分。このまま耐久時間がのびたらいいのにな~
2006年12月26日
コメント(3)
今日は「亀田のけんか祭り」の日でした。だいきくんは相変わらず速攻で勝利。この弟君、けっこうコメントがアホ(ゴメン!)ぽくって大好き!アッケラカンとして、余計なこと考えてなさそうで、なんだか子どもみたいに可愛い。試合時間より、歌の時間のが長い!?お兄ちゃんは以前よりぐーんとパワーアップして、余裕の勝利。お兄ちゃん、これだけ体も心も変わったように見えるってことは、この数ヶ月ほんとうに死に物狂いでがんばったんだろうな。お兄ちゃんは、ちょっと繊細なとこもありそうだけれど、それを乗り越えるべく心身ともに鍛え上げようとしてそうなのがえらいなって思う。パパさんも見た目怖そ~だけど、子ども想いでステキ。何だか古風で、ステキな家族。で、お次はスケートのチャンネルに変えて、ミキティーのスケーティングに酔いしれてました。ほんと滑りが変わって・・まさに「躍動」してる!心が、滑ってる。なんて思いながら見終わったあとのニュース。「カンニング 中島さん、白血病による肺炎でお亡くなりに。」とのこと・・心臓がぎゅーっと締め付けられたようになって、涙があふれた。たしか中島さんは、昨年4月、私が入院した時すでに闘病生活に入っておられたはず。入院したてのころ、友人がそう言ってた。私が7ヶ月間でさえ、あんなにも長く感じた闘病生活を、こんなに長く続けてこられていたのに・・言葉には言いつくせないほどの色んなことが起こる、長くつらい治療。どれほど頑張ってこられたことだろう。色んなことに耐えてこられただろう。それなのに、亡くなってしまうの??本田美奈子さんも、奇しくも私の退院と同じ日に亡くなられた。複雑な気分だった。青島幸男さんも、急性白血病の前段階とも言われる「骨髄異形成症候群」で今日亡くなられた。血液の病気は、今では随分治りやすくなったとは言われるけれど、薬もきつく、合併症なども起こりやすいのでまだまだ難しいのだなあと思う。私は今や献血もできないし骨髄バンクドナーにもなれないけれど、早く医学が進歩して研究が進んで、一人でも多くの人たちが助かるようになってほしいと思う。もちろん他の病気の人たちも。いったい、何が違うから助かって、何が違うから亡くなってしまうのだろう。私だって、いっときはどちらの道にでも行ける場所に立っていたんだ。私は、社会に役に立ってるわけでもなんでもないのに、生きる道に進ませてもらった。せっかく助かったのだから今を大切にしようと思うし、人から言われることもあるけれど、今の私の体調では、わかっていてもできない。それが、もどかしい。気の持ちようで・・とか言われることもあるけど、「気の持ちよう」とかの次元を超えることだって起きる。ひたすら待つしかないこともあるんだということは、病気になってわかった。もちろんあきらめているわけじゃあ、ない。ぐっとこらえて、いい時がくるのを待つ(長いけど~!)普段は、気長に待ってとにかく元気になるしかないって思うようにしている。けれど、今日のように、社会で活躍していた方が同じような病気で亡くなられるのを目にすると、なんだか申し訳ないような気持ちにもなってしまう。いろんな気持ちが入り混じる。
2006年12月20日
コメント(4)
土曜の夕方から急に体調がわるくなり、トイレ以外全く立てなくなって大変でした。脳脊髄液減少症の症状の頭痛・吐き気・めまい・からだの痛み・それと特に鬱症状が酷くて。子どもに体をさすってもらったりしましたがダメで、結局睡眠薬や安定剤や抗鬱剤、めまい止め痛み止めをがぶ飲みして、意識を飛ばしつづけました。しかしオットは翌朝、1週間の出張に出かけてしまいました。その後、母がヘルプに来てくれていました。(話していませんが・・)今日、やっとさっき母におかゆを作ってもらったのを食べられました。母に感謝!パソコンが開けるようになったので、ちょっとマシになったのかも。。昨晩そんなうえに、娘が吐き下しのかぜをひいてしまい、夜中の三時にベッドで吐かれてしまい、まさに最悪・・ふとんも服も、娘の髪の毛も汚れて、私は眠剤のせいでふらふら、でもなんとか布団の始末をして、体や髪を拭いてやることはできました。母は強し。(というか臭いに耐えられなかっただけかな。。?)で、きょうは、私が早速うつってしまったみたい。息子も、あやしーい咳を連発しています。おまけに私の母も咳き込んで・・今週は、なんとか耐えしのいで、来週はクリスマスケーキでも食べられる状態になっていたいものです・・
2006年12月18日
コメント(4)
全86件 (86件中 1-50件目)