2005/03/26
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カテゴリ: 国内小説感想
 もはや車谷長吉の何の作品を読んでいるかわからなくなってくる。大きく「車谷長吉」という物語を読んでいる気にもなる。しかし本書にはいわゆる「私小説」から離れた作品もあって(『三笠山』『飾磨』『忌中』)、そのどれにも異和感を感じる。もっと「私」を入り込ませてくれたらいいのに、虚実ない交ぜだからいいのに、虚虚虚虚では今更うまく入り込めない。
 古井由吉の『私小説』という文章の中にこういうものがある。


 嘘だ嘘だとつぶやきながら読者も佳境に入るのが、私小説の妙味だと思われる。実際に人から私事をあんなふうに微に入り、虚実の間を縫って聞かされたら、たまったものではないはずなのに、これが抑制のきいた淡泊なような文章で書かれると、読んでいてしきりとおもしろいから不思議である。私小説と言えばすぐに実の話と取るムキもあるが、私小説こそ虚構の最たるものである。虚構の度を切りつめたその分だけ、虚構の質は精妙になる。しかも実から虚のほうへわずかに振れたところで、かえって実があらわれたような、得心の感じを読み手に与えるものなのだ。
 さまざまな証言の真偽を判定することを職とする人が、もしも文学好きであって、かりによくできた私小説を読んだら、どんな感想を抱くことか。あるいはカフカなどという人に、わが国のすぐれた私小説を読ませていたなら、その虚実の妙を踏まえて、また一段と幻想的な作品をものしていたかもしれない、とそんな荒唐無稽な想像へもさそいこまれる。



 これに、本書所収『神の花嫁』の文章を加えてみる。


「いや、私がこれから書く小説の核のようなものですかね。それをお化けの形をした石と言うたんです。」
「むつかしくて、よく分からないわ。」
「うん・・・・・・。たとえばですね、昔、幻燈というのがはやりましたね。ご存知ですか。」
「ええ。」
「それで幻燈に一枚目のスライドを差し込むと、一輪差しの壺に水仙の花を活けた姿が現れる。ところが二枚目のスライドを重ねて入れると、水仙の花がいまにも獲物に襲い掛かろうとしている蟷螂の絵に変る。こういうことってありますよね。それでですね、一枚目のスライドを抜くと、何の絵か分からない、抽象的な形の黒い影が現れる。二枚目のスライドというのは、それ自体では具体的な形をなしていない。一枚目のスライドを補完する形で、つまり二枚重ねになって、いまにも獲物に襲い掛かろうとしている蟷螂の姿になる。これを小説を書くことに譬えれば、一枚目のスライドが小説の素材、それにある変形を加えるものとして、二枚目のスライドがある。けれども、その二枚目のスライドだけでは、何の具体的な形もなしていない。小説家というのは、常にその二枚目のスライドを捜しているんですよ。小説の材料というのは、その辺に無数にころがっていますが、その材料にこの二枚目のスライドを差し込むのが、小説を書くという作業です。」



 これで「私小説」に対する姿勢をようやく整えることが出来た。今までは色々フラフラしていた。それはそれで構わないのだが。一人の作家に集中して向かうと、やはり何かしら得るものがある。見えてくるものがある。漱石を集中して読みたい気持ちがどんどん沸き上がって来る。


文藝春秋社  2003年





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Last updated  2012/04/16 02:55:05 AM
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