気まぐれのお話「君に届け、子守唄をもう一



送信1「終わりの始まり」
1985年の月食は赤かった。赤い月が暗い天空におぼろに浮かんでいる様は、今でも忘れていない。お前からの便りが届いたのは、あの年だった。初めての子どもの写真と一緒に、まぶしそうに笑っているお前の写真を見ながら、私は泣いた。
 あれからもうずいぶん経つのだね。アパートまで送っていった私に何も言わず、投げつけるように車のドアーを閉めると、足早に階段を駆け上っていったお前の姿は、今でも忘れない。
 なにがいけなかったのだろうか、どうしてあのままではいけなかったのか、笑っているお前の写真を見ながら、私は問い返したよ。
 そして、最後の月食を見ながら、このメールを書いている。返事はいらない、このまま終いまでただ読んでくれればいいから、着信拒否だけはしないでくれ。

送信2「思い出をたどって」
月並みだが、最初の出会いを覚えているかい。東横線桜木町のホームで人待ちをしていた私の前を、さああっと白いものが横切ったと思ったらそれがお前だった。
 ふわふわした生地のスカートを翻しながら、駈けて行く後姿をなんとなく見送りながら、ふと自分の足元を見るとなにか光ったのに気が付いた。紫色と黄色のガラスでできているそれはお前が落とした耳飾だった。あわてて後を追いかけ声をかけると、不思議そうな顔で私を振り、手のひらを開いて中のものを見せると、お前は耳元に手を触れながらはにかんだ口調で「すみません」といった。その時の、眼差しと仕草は忘れられない。
 自由が丘に行くというお前と別れ隣の車輌に乗った私は、友人との会話も上の空で、揺れに身を任せながらチラチラとお前のほうを見ていた。お前は耳飾が気になるのか、時々耳元に手を当てながら車内の広告に目を走らせていたようだった。妙に真剣なその様子がとても可笑しかった。友人が大倉山を過ぎるあたりから居眠りをはじめ、私は一人になれた。

送信3「思い出をたどって2」
車内は相変わらず程よく混んでいる。お前はやっと耳元から手を離し今度は文庫本らしきものを読み始めた。後で聞けばそれはマンガだったらしいね、とんだ文学少女だったよお前は・・
 電車は田園調布に着いた。次はお前の降りる駅だ。私は思わず腰を浮かせお前のいる車輌に移ろうとしたんだ。なにがそんなに私を惹きつけたのだろうね。お前のその雰囲気としか言いようがなかったよ。私が腰を浮かせたとたん、電車は大きく揺れ居眠りをしていた友人が「うっ」といいながら目を開けてしまい、私はもう動けなくなってしまった。
 自由が丘で降りて行くお前を横目で見ながら、何か話し掛けてくる友人に好い加減にうなずき、なにかがっくりした気持ちになったんだ。大事にしていた宝物でも取られたような気がして・・・

送信4「思い出をたどって3」
私の様子はよほど可笑しかったらしい。具合でも悪いのかと友人に大層心配され、その日の予定もそこそこに、渋谷のプラネタリュームで終日過ごす予定だったのだが、帰ったよ。そしてお前の夢を見た。
 夢の中でお前はやっぱりスカートを翻しながら私の前を横切って駆けて行くんだ。その後を追いかける私は妙に足がもつれて、前に進めない。見る見るうちにお前の姿は見えなくなってしまった。がっかりした私がそこにひざを付くと、誰かが私の肩を優しく叩くのだ。振り返る寸前で目がさめた。あれはお前だったと思う。
 くどくどとすまない。さあ、再会の話をしよう。あれは、大倉山の喫茶店だったね。今でもあの店はあるのだろうか・・・・・

送信5「思い出をたどって4」
あの時、大倉山の喫茶店はいつものように空いていた。カウンターに座り、マスターの彗星を見つけたといウ友人の話を聞きながら少し濃い目のコーヒーを飲んでいたとき、カランカランとドアベルの音がした。「いらっしゃい」のマスターの声に何気なく振り向くと、入ってきたのはお前だったよ。私は本当に体が震える思いがした。
 お前は一人だった。小脇に抱えた雑誌を揺すりあげるように持ち直すと、窓際のボックス席に座った。注文を取りにいったマスターに、それとなく聞くと、お前は先月ぐらいからよく来るようになったらしいね。私がちょうど旅行にでかけてここに来ていなかった時期からだ。
 お前は雑誌を見ながら時々、目を上げては入口の方を気にしていた。注文したコーヒーをすすりながら、誰かを待っていた。その様子に私はひどく心が苦しくなったんだ。お前に待たれている見知らぬ誰かがとても憎らしくなったりもした。

送信6「思い出をたどって5」
30分ほども経ったころだろうか、お前は立ち上がると、カウンタのところまで来てマスターに電話を貸して欲しいといった。マスターがレジのところにおいてある公衆電話を指差すと、100円玉をくずしてもらってから、お前は電話を掛けにいった。傍目にも少しいらだっているのがわかったよ。
 こちらに背を向けて誰かと話しているお前は逆光のせいか、妙に黒々と見えた。それが癖なのか、右手で何度も髪をかき上げながら話している、と突然、お前は笑い出したのだった。びっくりしたよ。まるではじけるような笑い声に、店の中に居た2.3人の客がいっせいにお前のほうを振り向いたのだ。
 お前はクツクツと肩を震わせながら笑いを収めると、カシャンと受話器を置き、店内を振り返ると「すみませんでした。」と誰にともなく、明るいはっきりした口調で言った。勿論私に向かって言ったわけでもないのはわかっていたが、「どうしたの?」と自然に言葉が出たのだよ。

送信7「思い出をたどって6」
「あたし、待ち合わせの日を間違えちゃって・・」と、お前はカウンターのそばに寄ってきた。照れくささをごまかすためか、少しあごを持ち上げて大人ぶっているくせに、舌をちょっと出し肩をすくめた様子がいかにも幼く、本当にかわいかった。
 「そうなんだ。」もう少し気の利いたセリフがなかったものかと我ながら思うよ。でも、そういって少し笑って見せるのが精一杯だったんだ。なにしろ、私の隣の椅子にちょこんと座ったお前にすっかりどぎまぎしてしまっていたんだから・・・
 「実は・・」と、私がこの間お前に会った時の話をしかけると、「この間はありがとうございました。」と、真面目な顔でお前が言った。これには驚いた。まったく驚いたよ。記憶の良さには何度もびっくりしたものだが、あの時が驚きの最初だった。「いや、あの時は・・」ごちゃごちゃと口の中に言葉を飲み込んで、へどもどしている私を見て、グラスを拭きながらマスターはニヤニヤしていた。
 「あたし普段は飾りを着けないから慣れてなくって・・でも、あれお気に入りだったんです。きちんとお礼も言えなくてすみませんでした。ここで逢えるなんてびっくりしました。でも、・・・」一息にここまで言うとお前は息をついで「ドジなの見られちゃいました。」と言い切ると、またニッコリした。ああ、この時が戻るのなら・・

送信8「思い出をたどって7」
本が好き、図書館に良く行く。テレビは嫌い、ラジオでFENは聞いている、でも英語の授業は好きじゃなかった。ジグソーパズルとトランプの神経衰弱が得意。アイスコーヒーは嫌いでコーラフロートは好き、でもここのコーヒーはとても美味しいと思う。いつか、オーストラリアに行ってそこで暮らすのが夢。
 お前のことをいろいろ聞いた。何杯もコーヒーをお代わりして、次から次へとお前の語るその言葉を聴いていた。すっかり日が暮れるまで、そうしていたんだ。
 「ああ、もうこんな時間・・」店の鳩時計が5時を告げると、お前はあわてて財布を取り出した。「楽しかったよ」私はお前にそういったよね。「ここはいいから・・・」「でも・・・」
 少し残念そうに見えたのは気のせいだったのか。店を出て行くお前を見送りながら、次の約束をしなかったことに気が付いたよ。また、会えるような気がしたから・・・

送信9「天文台へ1」
そうだ、お前のメールアドレスがどうしてわかったか、まだ話していなかったね。Kが教えてくれた。Kは相変わらず天文の集まりを続けているらしい、そこにお前も来ていたのだね。私は知らなかったよ。久しぶりで本当に久しぶりでKにも会った。そしてお前の話を聞いた。時々会報にも寄稿してくれているのだね。オーストラリアからのメールは、もの珍しい南半球の空と人の様子を伝えてくれるとても楽しみなメールだそうだ。あの時、話してくれた夢をかなえたお前の誇らしげな姿が目の前に見えたような気がした。
 お前が天文に興味を持っていたなんて、最初に会ったときには、全く言わなかったね。音楽の興味の話は聞いたけど、キングクリムゾンとかクィーンとか英語の歌ばかりで、私にはついていけなかったよ。あの頃から、お前は人を煙に撒くのが得意だったのかい。
 N天文台を覚えているかな?そう、はじめて一緒に出かけた場所だ。あれから、毎日大倉山の喫茶店に通ったよ。以前は3日に1回だったのが、引き寄せられるように足が向いてしまうようになってしまった。おかげでまたお前に会えたわけだけど、それは2週間後だったね。
 「天文ガイドですね。」私が手に持っていたそれを、なにしろ長い時間座り込んでいるものだから、繰り返し読みふけって随分とよれてしまってはいたが、お前は目ざとく見つけた。「え、好きなの?」お前がうなずくのに驚いたよ。そして、今年のペルセウス座の流星は期待できるかとか、火星の近日点はいつかとか、そして次回の月食は見えるだろうかとか、話はつかなかった。そして、気が付けば天文台に行く話が決まっていたんだ。残念ながらそのときには横から話に入り込んできたマスターも一緒に行くことになっていたが・・・それでも、飛び上がるほどうれしかったよ。

送信10「天文台へ2」
「望遠鏡で見るんじゃないんですか?」N天文台に行く途中、お前は後部座席から聞き返してきた。買ったばかりのカローラがご自慢のマスターに運転は任せて、私はもっぱらナビと会話を受け持って、N天文台が去年出来たばかりだという話、観測には空気の澄んでいる冬がいいのだが、泊まりの民宿からは天の川も良く見えるからそれもいいだろうという話などをしていた。話が電波天文台だからパラボラアンテナの化け物みたいのにきっとびっくりすると思うと言ったときの、お前の言葉だった。心底驚いた様子にヤッタと思ったよ。その時まで、お前は妙に元気が無くて会話にも乗ってこなかったのが、それからはうって変わってよく話すようになってくれたね。ほら、教えてくれた星座の話は良く覚えているよ。
 「星座といえば、ヤクザとかゴザ?」高速から山越えの一般道に出たとたん、気楽になったのかマスターが馬鹿なことを言ってくるのに、笑いころげながらお前はいろいろ話してくれた。「黄道十二星座の発祥って、チグリス・ユーフラテスまでさかのぼるんだそうです。で、それがインドとか中国にも伝わってきて十二支に成ったらしいです。だから、日本人にはなじみのない羊とかも十二支に入っているんですって・・」「西アフリカ・サハラ砂漠の南に住んでいるドゴン族って、とってもスケールの大きな宇宙観を持っていて、シリウスにまつわる不思議な神話が有るって聞きました・・・」「彗星って、秦の始皇帝も見たそうですね、で、すごいの見ちゃったものだから自分はこの世にはじめての存在になるんだって思ったらしいです・・・」「ハレー彗星が通過したときは、地球が彗星の尾に入って空気がなくなるから、その時間だけ息を止める訓練を皆したって面白いですね・・」などなど、天文台に到着してしまったのが惜しいぐらいで、もっともっと聞いていたかったよ。
 口径45Mもある電波望遠鏡は、異形を放っていた。そのほかにもレール上を動いて観測する仕組みだとか、宇宙の深遠を探るため集積した微妙な電波を解析している様子だとか・・興味は尽きなった。浅間山や八ヶ岳が夏の空のわりには良く見えたね。マスターも初めて来たとかで、望遠鏡の上まで登れないのが残念だとしきりと言ってたっけ。
 その夜は本当に忘れられない。お前がどうだろうか?

送信11「夜の旅路1」
Sに寄ってこってりとしたソフトクリームを食べた後、民宿に向かった。子どもの頃、宇宙飛行士になるのが夢だったという宿の主人の趣味で、10台も望遠鏡が置かれた庭が売り物のところだ。あの時は、私たちのほか1組居るだけの、静かな夜だった。夜の食事で、お前が左利きだということに気が付いた。肘がぶつかるからといって食卓の左端に腰掛けたお前の横にマスターが座り、斜め前に私が座った。「左利きって芸術家に多いんだよ」マスターがご飯をほうばりながらお前に言っていた。「小学校のときは嫌でした。でも、今は、むしろそのおかげで得することもありますから・・」「え?」私が聞き返すと「印象深いでしょう。だから人に覚えてもらえるし」そうでなくてお前自身が印象深いのだという言葉は恥ずかしくて言えなかった。
 天空の星々は文字どおり降るようにきらめいていた。「まるで。プラネタリュームだな」マスターはまるで逆のことを言いながら、しばらくあちらこちらの望遠鏡を覗いては感心していた。お前と私は、それぞれに寝椅子にねころがって、空を見上げていた。いつものことだが、ビールをすすりながら夜空を見ていると、わけもなく涙が出そうになる。問いかけて来る声に、あわてて目をしばたくとお前に方を向いた。「500円硬貨って、こうするとお月さまみたい」お前は空に硬貨を掲げて、私に笑いかけた。「ほら、こんなふうに・・」袖なしのブラウスから上に伸ばした腕が白々と浮かび上がり、脇から胸の膨らみが見えそうでドキッとした。
 ビールが飲みたいと先に部屋に戻ったマスターが去ると、庭にはお前と私だけになった。しばらく二人は黙って夜空を見上げていた。「荒海や佐渡に横たう天の川」小さな声でお前がつぶやくのが聞こえた。ふと、横を見ると、いつの間にか半身を起こしたお前と目が合った。

送信12「夜の旅路2」
芭蕉の句をつぶやくお前が、シルエットだけになって私に迫ってくるのを感じた。「ほら、お月様・・」こう言ってお前は、寝椅子から手を伸ばし、私に500円硬貨を渡そうとした。その時、乗り出したお前を支えきれずに、寝椅子が傾き派手な音をたてて倒れたのだ。どうして、そう出来たのか、今でもわからないよ。私にはまるでスローモーションを見るように、お前が寝椅子から落ちるのが見えたんだ。だから、お前を抱きとめた。
 気が付けば柔らかな体を、私の腕の中に抱きとめていた。そのまま強く抱きしめてしまっていた。そして「左利きの貴女の手紙・・・」アリスの終止符が頭をよぎって行ったよ。お前の腕がそっと私の背中に回されたのを感じると、後は月光の中に二人で溺れた。そうだ、青い月の光に狂わされただけだったのかも知れない。
 うなじをなでる私の指に、ざらつくものを感じた。滑らかなお前のうなじにほんの少しだけ、盛り上がっている場所があった。「どうしたの?」と聞く私に、お前はなにも言わなかったね。お前が上気したときだけ、現れる不思議な痣だとは思わなかった。そのことを知っているのは、私の他に何人もいるのだろうか・・・

送信13「夜の旅路3」
寝椅子から見上げてくるお前はかすかに微笑んでいた。その笑みを思い出すと、今でも心臓が冷たい手できつく握られた様に苦しくなってくる。誘ったのはお前、誘いに乗ったのは私・・・本当にそうだったのか。お前の頬のまろやかさと胸のぬくもりを感じることだけでよかったあの時、甘い香りを漂わせる唇に気も遠くなりそうになりながら、私は思ったよ。こうなるのが決まっていたんだと・・・
 天空を行く月は音もなく西の方に滑っていった。山の稜線から金色の光が見えてくるまで、お前と私は語り合い求め合って過ごしたよね。お互いを知るための術を尽くし、繰り返すささやきに酔いながら、消えようとする月の光を惜しんだ。朝日が昇った時、髪をかき上げながら、お前は言った「ありがとう」と。まるで別れの挨拶のように聞こえたのは、肩のこわばりを感じたからかも知れない。
 後悔はしていないよ。あの時が例えお前の気まぐれだったとしても、それを憎むことはしていない。1987年の金環食を一緒に見たいと誘った私に、まぶしさに目を細めながら、確かにお前はうなずいてくれた。それだけで充分だったはずなのに・・・

送信14「フライ・ミー・トゥー・ザー・ムーン1」
初夏から秋へ季節は緩やかに変わって行った。関内のMディスコにはよく行ったね。チークダンスタイムになると、フロアーの真ん中で二人は抱き合って踊った。お前の腰に手を添えて、見詰め合って踊った。ゆっくりと体をゆするたびに、高まる気持ちに、いつも二人は最後の曲までいなかったよね。
 お前の一言に湧き上がるような喜びを感じ、お前のちょっとしたしぐさにどきどきしたり・・私にとって、そんな日々がなによりも大切なものになった。二人で見た映画、並んだ展覧会、そして「エターナル」という名前の場所。名前のとおりそこにいれば二人の世界は永遠だった。少なくとも私にとっては・・・お前は、すべての源だった。私の夢そのものだった。
 お前と一緒に旅していたんだ。
 色づき始めた海岸の銀杏並木を歩きながら、初めての喧嘩をした。喧嘩?というにはふさわしくない、ちょっとした気持ちのすれ違いのような気がする。でも、あれがお前の素直な気持ちだった。

送信15「フライ・ミー・トゥー・ザー・ムーン2」
「あなたが一人じゃないことを気にしているわけじゃなくて・・」緑から黄金色に変わろうとしている並木は、青空に映えてとても美しかった。その頃、Y公園には貨物線路が残っていて、まるでアーチ門をくぐって入るような雰囲気だった。お前はその公園の入口で、ふと振り向くとこういい始めた。「聞きたいのはいつまで一緒にこうしていられるのかってことなの。」学生運動の時から共に居る私の妻・元同士といった方がふさわしいのだが、彼女の話題になったのは、その時が始めてだった。お前とはいつまでもこうして旅を続けて生きたいと言った私に、お前は額にかかって来る髪をかきあげながら言い出した。腰のところで軽く握られた左手を見て、お前が言葉を選んでいるのだなとわかったよ。
 お前は一緒に居るという意味をどんなつもりで使ったのだろう。本当にお前とはいつまでもいろんなこと語り合ったり何処へでも行ったりして生きるという旅を続けていたかったんだ。お前には私が言い訳を言っているように感じたんだね。「もういいわ、今日は帰るから・・」そういって、その日お前は私から去っていった。そして、次に会った時には、もうその話題は出さなかったね。
 季節が深まるに連れて、お前と私の間も深っていった。でも、ふと目を覚ますと横に居るはずのお前が、小さなテーブルに座ってグラスを両手で支え、いつまでもじっとしていることに気が付くようになったんだ。そう、私は気が付いていたよ。お前が悩んでいることに、でも、答えを出すのは私ではないと思っていたから、何もいわなかった。間違えていたのだろうか・・・・

送信16「フライ・ミー・トゥー・ザー・ムーン3」
11月からの夜空は観測にも適している。流星でも見に行こうとお前を誘った時のことだったね。いつもいくMが休みで、その日は、元町にできたハンバーグ屋で待ち合わせをした。日本での300号店だというその店は、学生でにぎわっていたのを覚えている。あのあたりはお前の母校も入れて5つぐらい学校があると聞いた。
 2階の席で、アイスコーヒーを飲みながら、壁に掛かっていた絵のレプリカが誰のものかという話で口論になった。「ジャスパー・ジョーンズじゃないかしら。」「リー・ウー・ファンってことはないかな?」「まさか、それとも、サム・フランシスみたい・・・やっぱりジョーンズよ。気になるから、お店の人に聞いてくるわ。」こういってお前が席を立とうとしたとき、相槌のように「君がそう思うならそうしたら・・・。」といった私に、突然お前は激しく言い出した。まったく面食らったよ。
 「あなたはいつもそうだわ。君がそうなら僕は止めないっていうばかりで・・・あなたがどうするのかちっとも言ってくれない。私にどうしてほしいのかもなにも言わない。決めるのはいつも私で、あなたは透明なまま何も変わらない・・・だから・・だから・・・」
お前は顔をテーブルにうつぶすと、肩を震わせながら泣いているようだった。お前の肩に手を触れて何か言うべきだったのか、私はただお前が静まるのを黙って待っていたよ。
 それ以上話ができるわけもなく、お前は固く唇をかみながらJRの方へ歩いていった。私は、お前がどうしたいのか、何をいいたいのかわかったような気がした。そして、それは私にはまったく考えていないものだったこともわかったよ。
 誰のレプリカだったのかは今でも知らない。

送信17「フライ・ミー・トゥー・ザー・ムーン4」
かぐや姫が振り向きもせず月に帰って行くように、お前も私のそばから去っていくのだろうと、その時予感したよ。その時がいつ来るのかはお前次第だから、私にはわからない。私はお前と人生という夢を見ながら旅を続けて生きたかっただけなんだ。
 電話は掛けなかった。1ヶ月も過ぎた頃だろうか、久しぶりに顔を出した大倉山の喫茶店で、マスターが教えてくれた。「彼女、留学するんだって?」アメリカのビジネス専門学校に行く話しを聞いた。もともと、英語が得意だと言っていたし、お前らしいと思ったよ。ただ、私は何もお前からは聞いていなかった。「寂しくなるなあ」マスターが妙な上目遣いでこちらを伺っているのを感じた。知っているのだろう、お前がそれとなく言ったのかもしれないと思った。
 そして、まるで何も無かったかのような明るい声で、お前から電話が有ったのは、12月28日だった。大晦日は港で汽笛を聞きながら過ごしたいというお前の言葉は、無邪気なものだった。故郷へは帰らないあなたと居たいからと言ったよね。そう、呼び交わす汽笛を聞きながら新しい年を迎えれば、お前と私もまた新しくなれるような気がしたよ。

送信18「フライ・ミー・トゥー・ザー・ムーン5」
その日が寒かったことは良く覚えている。中華街の人ごみを抜けて、公園までたどりついたときには、もう新年まで後15分といったところだったろうか。気の早い爆竹の音がそこかしこから鳴り響いてきた。お前は私のコートのポケットに手を差し込んで、寒がっている。除夜の鐘が何処からともなく聞こえて来るのと同時に、港に停泊している船たちが一斉に汽笛を鳴らした。最初は低く腹に響く音から、周囲の汽笛を巻き込んで、大きく成っていき終いには轟くような音になり、空に登って行った。後を追うようにいくつか成り遅れ間の抜けたポーという音が聞こえ、新しい年が始まったんだ。
 「新年おめでとう・・」お前に言った。お前は何も言わずにうなずいただけだったね。今年もよろしくとは確かにいわなかったよ。お前と会って私もいろいろ変わったと思う、お前もいろいろ変わったね、でも、人をひと時でもほっとさせるためにすらうそは言わないというのだけは変わらなかった。私にはお前のその態度がときに腹に立たしく時に痛々しく見えたものだった。
 汽笛の名残が消えてゆくのに合わせて、集まっていた人々がほぐれ始めた。

送信19「そしてお前は1」
「初詣は行く?」私が訪ねた言葉にお前は首を振って行かないと言った。「そうだね、混んでるし・・」マスターが酔狂にも今夜は朝までオールナイトでやると言っていたのを思い出して、大倉山にでも行こうかと言いかけたときだった。「私・・・」コートのポケットから手を出し、2.3歩私から遠ざかると、お前は私の目を見ながら言った。「これ以上はもう・・・」
 不思議と哀しくはなかったよ。「そうか・・」他にいう言葉はなかった。ふと、最初に会ったとき私の前を行ったお前の軽やかな姿が頭をよぎって行くのを感じた。駐車場に戻るまで、二人は何も話さなかった。人の波に押されるように歩いていると、少しずつ少しずつお前が私から離れていくのが判った。思わずお前の腕をつかんでこちらに引き寄せた。引き寄せられた弾みでお前は私に力なくこちらにぶつかり、私を仰ぎ見た。お前は泣いていたんだね。哀しい選択をさせてしまった私を悔しそうな瞳を潤ませて、何も言わずこちらを見ていたあの眼差しは、しばらく夢に出て私を苦しめたよ。
 ドア-を開け助手席に乗り込んだお前は、運転席の方を見ようとはせず、ずっと窓の方に首を向け、私から話掛けられるのを拒んでいた。うなじの痣が浮き上がっていたのが目に焼き付いている。

送信20「そしてお前は2」
拒まれたまま車は走り続け、信号で止まるたびに、お前が体を一層固くするのが横目に見えたよ。左手を握り絞めて、ラジオから流れてくるFENの音にひたすら耳を傾けている様を装っていた。お前がどんどん遠ざかっていくのが判った。こんな近くにいるのに、すぐ隣に居るのに、お前には触れられない。あたたかさもやわらかさも覚えているのに・・・
 私たちはお前のアパートに近づいて行く。街は新年を迎えた余韻がそこここに漂っていて、いつもに似合わず車も多く、何度と無く信号で止まった。むしろそれがとても残酷に感じたよ。
 お前のアパートへの道路に入り込んだとき、お前が小さな声で口ずさむのが聞こえてきた。あちらを向いたまま途切れ途切れに聞こえてきた歌が耳に残っている。

送信21「そしてお前は3」
エターナルで会うとき、膝枕の私を肩を軽くなでながら、口ずさんだあの歌だった。
聞きなれたマザーグースが、お前の言葉になるとまるで違った不思議の物語の様に聞こえ、いつの間にか眠ってしまうのが常だった。目を覚ませばいつもお前がそばでかすかに微笑んでいたね。

Twinkle, twinkle, little star,
How I wonder what you are!
Up above the world so high,
Like a diamond in the sky.

When the blazing sun is gone,
When he nothing shines upon,
Then you show your little light,
Twinkle, twinkle, all the night.

Then the traveller in the dark,
Thanks you for your tiny spark,
He could not see which way to go,
If you did not twinkle so.

In the dark blue sky you keep,
And often through my curtains peep,
For you never shut your eye,
Till the sun is in the sky.

As your bright and tiny spark,
Lights the traveller in the dark, --
Though I know not what you are,
Twinkle, twinkle, little star.


きらきら光るお星様。なんて不思議なことかしら
世界の上の遥かな彼方の空に煌くダイヤのように

燃えるお日様が沈んだ後は、他に輝くものは何も無し
あなたの光が無かったら、きらきら星が無かったら

闇夜の国のさすらい人は、あなたの光が頼りです
あなたの光が無かったら、さすらい人は迷い人

蒼き夜空の彼方から、カーテン越しに私を見つめる
あなたが立ち去る事はない、ずっと朝日が再び昇るまで

あなたの光と煌きが、さすらい人を救います
あなたは物言わず、ただただ光るお星様

送信22「ありがとう・・」
抱きとめればよかったのか、お前を・・そして、またお前に哀しい想いをさせ、ただ繰り返すだけだ。私にはそんな苦しいことはできなかった。だから、信号待ちのとき目を閉じてお前の歌声に耳を傾けていただけだったよ。記憶にとどめようと、かすかなささやきを聞いていた。クラクションの響きに我に戻って急発進すると、お前は上体を揺らしわずかに声を大きくして、最後のフレーズを唄い終えた。
 横道に入り込みいつものようにお前のアパートの少し手前に停車した。お前はドア-に手を掛けながら、腰を浮かした。私の顔を見ようとはしない。私が、やっと手を伸ばしお前の肩に触れようとしたとき、思い切ったかのように、お前がドアーを開け、車の外に体を放り出すように出て行った。階段を駆け上って行くお前の後ろ姿を見ながら、私は哀しみよりも痛さを感じた。ゆっくりとエンジンを掛けギアを入れると、車は走り出した。バックミラーに映る暗い建物を追いながら、大通りに出ると変わらずに車の流れはいつもより有った。その中に、身をゆだねると私はハンドルに任せてアクセルを吹かし、こうしてお前から離れていくのだなとはじめて感じたんだ。
 いつかお前に話しただろうか、今私は岩木山のふもとに来ている。最後の月食を見に来ている。満月がきれいだよ。できることならお前と一緒に居たかったことは今でも変わらない。私の願いはお前の子守唄を聞きたいだけ・・・長いメールに付き合ってくれてありがとう。最後まで受信してくれてありがとう。
 幸せにおなり、愛する人へ・・・送信終了


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: