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ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。今日にひとつ目、明日にふたつ目、そしてみっつ目は・・・。何回数えても、ここにあるパンのその数は変わらない。問題は、世界の終わりが、明後日の夜明けとともに来るという事実だ。どうせ助からないのなら、みっつ目のパンも今日か明日に食べてしまうべきなのか。それとも、奇跡とやらを信じて、明後日の日の出を見ながら食すべきなのか。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。飽きることなく繰り返す、ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。今日にひとつ目、明日にふたつ目、そしてみっつ目は・・・。いくら繰り返しても、その数は変わらない。
2006/06/25
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マニュピレーターの指先は、わずかの迷いも見せずに、本のページを捲って行く。前書き、目次、小タイトル、一ページ目、ニページ目、三ページ目…。細心の注意を払っているはずなのに、はらりと紙片が目の間を横切っていったことに、私はどきりとして操作の手を止めた。ページが取れたのかと思ったのだが、そうでは無かった。本から操作台に落ちたのは、明らかに本の紙質とは異なる、細長い紙切だった。ページを支える操作ピンはそのままにして、マニュピレーターを移動させ、その紙切れをそっとつまみ上げると、スクリーンに映し出すよう指示を出した。一枚の栞だった。そこには、久しく見ることがなかった、手で書いたことが一目瞭然の、たどたどしい文字がしたためられていた。私は、その手跡を知っていた。ここが人々に図書館としてオープンされていた時に、一人の司書がいたことを憶えているのは、私だけになっただろうか。もう若くはなく、秀でた才能があるわけでもないことから、ここが閉まられるのと同時に、彼女の延命措置は打ち切られることが決まっていた。彼女が務める最後の日、私はあえてそのことには触れないように、ただ淡々と、いつもと同じように傷んだ本の点検を続けていた。整理を済ませて、書棚の奥から出てきた彼女は、身体を動かした余韻からか、顔を少し赤らめていた。つられた私が、視線を向けると、はにかんだように下を向いた姿を思い出した。私が視線をそらすのと同時に、彼女が書庫を振り返り、…いつか誰かが…。と、つぶやいたのを、聞いた気がした。今、あらゆる本はすべて、コンピューター画面を通して提供されるデジタル出版となり、図書館はアナログ書籍の有る意味「遺産」を管理する倉庫と成り果てた。私は、辛うじてその倉庫番として雇われることで文字通り命を長らえ、来る日も来る日も収蔵された本の状況を点検することを繰り返している。私がこの職に就くことが出来たのは、以前ここに務めていて、アナログ書籍を扱っていた経験者であることだった。職が無くなることは即ち延命装置を終了させることであるが故に、今の境遇に文句が有ろうはずはなかった。何本ものマニュピレーターを操作し、本の傷みを点検し、必要な補修を施し、貴重な資料を保管する重要な役目と心得ていた。時折、本の重さを感じた時代を懐かしく思うこともあったが、ただそれだけのことだった。それなのに、栞を見ながら私はなぜ泣いているのだろうか。彼女の手跡で書かれていた言葉は、ただ一言。…忘れないで。栞が挟まれていた本のタイトルは、『最後の一枚の葉(The Last Leaf)オー・ヘンリー作』。
2006/06/05
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ピ!アナタの残高は、後5396291日です。本日の残高照会をありがとうございます。ピ!アナタの残高は、後5396290日です。本日の残高照会をありがとうございます。ピ!アナタの残高は、後5396289日です。本日の残高照会をありがとうございます。ピ!アナタの残高は、後5396288日です。本日の残高照会をありがとうございます。何度、照会しても、どうやっても一日は一日分しか減りはしない・・・私の罪の償いは、まだまだ済んでいないようだな。ああ、早く残高がゼロにならないものか。死後の世界でも、人権重視とやらで、拷問されることも無くなった。すっかり近代的なシステムも導入されて、いつまでここに居なければいけないのか、簡単にわかるようにもなった。そう、それがかえって、なまじの拷問よりも辛いものだとは。生まれ変わって地獄から出られる日が、ただただ待ち遠しい・・・
2006/06/02
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この町に出て来る前、僕には一人の恋人が居た。暮らしていた村を囲む森と同じように静かで、それでいて心の強さを感じさせる眼差しの娘だった。渓流で見つけた翡翠の原石から創り上げた勾玉を彼女にわたし、僕は五月晴れのある日村を出た。本当は、誕生日のお祝いに、そんな石ころでなくて、素敵なプレゼントを贈りたかった。だから、彼女のために、もっと稼ぎたかったから、僕は町に出ることにした。深い緑色をした勾玉が、静かに微笑んで見送ってれた彼女の胸で、ゆっくりと揺れていた事を思い出す。町に出てきて、無我夢中で暮らしていた。秋の訪れも冬の兆しも知らず、僕はあっという間に過ぎ去る日々を、一人で暮らしていた。春が来て、いつの間にか一年が過ぎていたことに、ようやく気がついた或る日、僕はその女(ひと)に出会った。その女(ひと)は、まるで輝きを身にまとったかのように颯爽と現れ、艶やかに僕に微笑んだ。五月のもうひとつの誕生石が、エメラルドだということを知ったのも、そのときだった。その女(ひと)には、まさしくエメラルドの奥深い輝きが相応しく、僕は夢中になった。彼女に見詰められると、僕は何もかも投げ出してしまいたくなった。語る口調、さりげない身振り、そのすべてが洗練され、田舎と都市の違いを見せつけられる思いだった。そして、心安らぐどこか懐かしいその雰囲気。彼女と暮らし始めて、僕は恋人を忘れた。或る日、ふと彼女が大事にしている宝石箱を開けてみて、不思議なものを見つけた。フェルトで包まれたそれを解くと、中から深い緑色をした勾玉がひとつ出てきた。それは、僕が村の恋人に創ったもののように見えた。そして、その横で燦然と煌いているのは、僕が彼女にあげた、エメラルドの指輪。翡翠と翠玉。そのどちらもが、深く濃い緑色をたたえて、輝いている。ひとつは静かに、ひとつは艶やかに・・・僕は、五月晴れの陽を背に受けながら、ずぶずぶとその緑色の中に沈み込んで行く様な気がして、ぞくっと身を震わせた。
2006/05/30
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ある日、この世で最後の猫が死んだ。世の中のすべてのモノタチは、最後の猫の賢さ、毛並みの良さ、体のしなやかさを褒め称え、死を悲しんだ。世の中のすべてのモノタチが、墓所には派手やかな花々を供え、薫り高い香をふりかけて、最後の猫の死を悼んだ。こんな風に、惜しまれるのも、その猫が、この世で最後の猫だから。たとえ、どんなに爪を立てようと、噛み付こうと、最後の猫が死んだとあっては、それは些細な過去の良き思い出にしか過ぎなくなるものだ。そしてこれが、最後の「猫」が本当に「猫」であるとは、何処にも保障がない。それがたとえ、最後の「○○」であっても、何も可笑しなことではない。ここに、すべてのモノタチから愛惜の念を込めて、ひとつの寓話を伝えよう・・・
2006/05/29
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消さないでくれ!お願いだ、許してくれ!・・・必死の命乞も・・・その指を、止めてくれ!お願いだ、消さないでくれ!・・・空しく散っていく。ピッピッピッ・・・ピッピッピッ・・・ピッピッピッ・・・彼女はためらうことなく、着信履歴を消して行く。彼女に過去は存在しない。
2006/05/28
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私はアナタのくれた指輪を見詰めているの。綺麗だわ、とても。透明で眩くて、こんな風にアナタと私の愛も、いつまでも輝いているのだと思っていた。でも、アナタは私のことなど、もう、どうでもいいらしく、今日も帰って来ない。今夜も私は一人きりで、誕生日のお祝いにアナタがくれた指輪を、こうして黙って見詰めているだけなの。・・・私は思い切り指輪を投げつけた。・・・指輪はむき出しのコンクリートの壁に当たり、甲高い音をさせながら、粉々に砕けて散った。この世で一番硬いはずのダイヤモンドが粉々に砕けるなんて・・・紛い物だったのね、この指輪もアナタの気持ちも、そのすべてが。
2006/04/30
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定年退職後の私の楽しみは旅行である。元気で身体が動く内にと、季節を問わずに日本中を巡っているが、中でも桜の時期は、ことのほか忙しい。それというのも、列島南端の開花の報とともに出かけ、北の先まで咲き染める桜を追いかけて行くからだ。初々しく花開いた桜も良し、満開の様の見事な様は言うまでもなく、また風が吹くたびにまき散らされるうす紅色の花びらは、年老いた胸になんとも切なく迫って来るものなのだ。そして、山桜の清楚さ、牡丹桜の艶やかさ、ランタンに照らされた夜桜の妖しいと言ったら…桜前線を追いかけるようになって、6年目の今年。今年も、あの人に会うだろうか?実は数年前から、行く先々で、その人に会うことに気が付いたのだ。私と同じようにリタイアしたと思われる年格好の男で、必ず咲き始めた桜の木の下で、静かにたたずんで居る姿を見かけるのだ。言葉を交わす事もなく、ただ黙って桜を観る間だけの付き合いともいえないような関係なのだが、人との交際が薄くなった私にとっては、会えば必ず会釈してくれるその人に、まるで旧知の知り合いのような気持ちを抱くようになっていた。それなのに、今年に限って桜の木の下のどこにもいつもの姿はなく、しかも桜の開花さえも遅れているようだった。私はため息をついて、蕾のままの梢を見上げていた。すると、ポンと肩を叩かれた。振り返ると、その人が立っていた。その人は、・・・遅れてすみません。すまなそうに言いながら、ごつごつとした古木のはだに軽く手を触れた。と、なんとも不思議な事に、蕾がほころび始めると、桜色が夜空を鮮やかに彩っていき、みるみる内に、桜並木は満開と変わっていったのだ。いつの間にやら、私は桜前線を追い越していたらしい。桜色に染まりながら、遠ざかっていくその人を見送りながら、私はそう気が付いていた。
2006/04/04
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・・・予約完了をお知らせします。待ちに待ったこの知らせが届いたことを、まっさきに連絡したのは勿論、友人たちにだった。彼らが一様に私のことを祝いながらも、内心は羨ましく羨ましくてどうしようもないぐらい、悔しがっているのはわかっていた。高齢化が進むのと、驚異的な医療の進歩のおかげで、人間の寿命は延びていた。好きなだけ、まさに理屈上は不死と同義的に生きられるようになったというわけなのだが、そうなると不思議なモノで、誰もがあまり生きることに執着するのでもなく、飽き飽きするほど生きる前に、さっさと終わらせることを望む者が増えたのも事実だった。かといって、それを好き勝手にさせておく政府でもない。まずは、自分の死にたい日を登録し、さまざまな選別を受けた後、ひたすらすべての手続きが完了するのを待つのだ。この死にたい日の選択が難しい。これだけ人口が多くなっていると、第10希望まで書かされても、なかなか希望通りに行かないのが常で、私も何百回となく登録を繰り返したものだ。友人たちもご同様であるからこそ、私が仲間内でこんなに早く予約完了したのを知って、羨ましがるのは当然のこと。そして、手続きは完了すれば、予約完了の知らせが届くという仕組みになっていて、その知らせが届いたというわけだ。さあ、これでわたしも晴れて死ねる。予約の日まで、指折り数えて待つだけだ。それが、たとえ1000年先の日であろうとも・・・
2006/04/02
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珊瑚が3月の誕生石となってるのは、日本だけと知って、私は酷くがっかりしたものだった。深い海の底でゆっくりと形作られる珊瑚。命のきらめきを閉じこめた、ある種の生々しいを感じさせる珊瑚。無節操に光り輝く石でなく、無生物の冷たい固まりでないことが気にいっていた。アナタからの電話の意味は、わかっていた。別れの挨拶だということは、気が付いていた。アナタが私と約束していたことを、すっかり忘れているのを知って、そうだと思っていた。夏に出合ったころ、アナタは、私の誕生日には、珊瑚樹で出来たオブジェをプレゼントしてくれると言っていたのに・・・アクセサリーを好まない私だから・・・だから、私は言葉の代わりに、ナイフを抱きしめて、夏に出合ったあの浜辺でアナタを待った。アナタの言葉を聞き終わる前に、私はアナタにナイフごと身体をぶつけていた。アナタはよろめく足元を波に取られ、大きな水音を立てながら崩れるように倒れていった。水しぶきが治まった水面をのぞき込むと、アナタはうつろな瞳で私を見上げ来た。そして、アナタの胸元からは、ゆらゆらと立ち上る血潮が波間を鮮やかに彩っている。それは、私だけの珊瑚樹。けして、誰にも渡さない。
2006/03/31
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アナタと触れ合う一瞬が待ち遠しい。オマエと触れ合う一瞬にすべてを掛けている。重なり合うそのわずかな時に、アタシはアナタに気持ちを込めて、想いを伝えるの。互いを確かめ合うそのわずかな時に、ワタシはオマエを思う気持ちを込めて、しっかりと抱きとめようとするのだ。それなのに、アタシの胸の鼓動が聞こえないはずはないのに、アナタは一瞬のうちに通り過ぎてゆく。抱きとめようとした腕をすり抜けて、オマエは一瞬のうちに離れさって行く。あぁ聞いて、アタシの呼びかけを。・・・ドッキン、ドッキン、ドッキン、ドッキン、ドッキン、ドッキン応えてくれ、ワタシの声に。・・・ドッキン、ドッキン、ドッキン、ドッキン、ドッキン、ドッキンそれなのに、アタシの目に残るのは、過ぎ去ってゆく、アナタのまっすぐな後姿だけ・・・それなのに、ワタシの目の前に広がるのは、ただむなしい空間だけ・・・・・・それでも、まだいいさ、お前たちは。ちょうど正午を打ち鳴らし終えた柱時計の長針と短針の嘆きを耳にした、テレビの上のデジタル時計がつぶやいた。・・・一時間に一度は、必ず逢えるじゃないか。・・・俺なんか、誰かとめぐり合うことなんてゼッタイありえない。そして、カチリと音がして、時計は0:01を示した。
2006/03/28
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…アナタの彼女が、その誕生石と共にあらんことを。…美しきその石のごとく、いつまでもあらんことを。僕の元彼女は、魔女と言われていた。そのことに怖れをなしたわけではないのだが、僕は彼女に別れを告げた。彼女が、あまりにも綺麗で賢くて金持ちだったから(もしかすると魔女だったから)、僕は少しだけ息が詰まるような気がしていたんだ。正直にそう話すと(だって魔女は心の中がわかるから)、彼女は哀しそうな顔をしながらも、わかってくれた。それから僕、はもしかすると新しい彼女ができるかもしれない(だから別れて欲しかったわけではないが)、その時には悪く思わないで欲しいと言った。ほら、彼女は魔女だから、正直に言っておかないとね。…私からの祝福を受けて欲しい。彼女は僕の言うことを聞き終わると、微笑みながら、両の手を灯火にかざして、おまじないの言葉を唱えたんだ。おまじないの言葉と一緒にまき散らされた抹香の香りが、甘くとろけるようだったことを憶えている。そして、僕には新しい彼女が出来た。元の彼女ほど、綺麗でもなく賢くもなく金持ちでもなく、なんの取り柄もない娘だったが、むしろ僕にとっては、新鮮で楽しい時間だった。その娘は2月生まれだったから、僕は彼女に紫水晶がはめ込まれた指輪を贈ると、僕といつまでも一緒に居て欲しいと言った。彼女は嬉しさで、頬を深紅に染めながら恥ずかしそうに、頷いたんだ。彼女と始めて過ごした夜、隣で眠る彼女の静かな寝息を聞きながら、僕はこれからの日々を思いながら、うつらうつらしていて夢を観た。…アナタの彼女が、その誕生石と共にあらんことを。…美しきその石のごとく、いつまでもあらんことを。夢の中で聞こえて来た声に、どきりとして目が覚めると、夜はすっかり明けて、鳥たちのさえずりが聞こえて来ていた。僕は、部屋の窓を大きく開くと、新鮮な空気を吸い込み、気持ちを落ち着けた。そして、振り返った時、寝台に横わたる彼女の姿が、朝日を浴びてみるみるうちにかすれて行くのを見て、僕は愕然とした。…魔女ののろいって本当に有るんだな。…紫水晶は紫外線に退色するんだったっけ…
2006/02/27
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鬼は外~♪福は内~♪痛てて、痛てて、どっかに隠れなきゃ。見てくれよ、アザだらけだぜ。・・・街角では、情けない顔つきの鬼たちが、昔ながらの姿のまま、金棒を肩に虎の皮を身にまとって、豆をぶつけられた痕をさすりながら、つぶやいている。おい、あすこだけ、鬼は外の掛け声が聞こえないぞ。あの高い塀で囲まれたところだな。よしよし、みんなあそこに入ろうぜ。・・・鬼たちは、ぞろぞろと、塀を乗り越えて中に入っていった。こりゃあいいや、人間もたくさんいる。ついでにこいつらに取り付いて、大暴れといこうかい。・・・翌日、看守は、受刑者たちが、皆一様に涙を流しながら、自分たちの犯した罪を悔いる様を見て、唖然とした。あんなに凶悪な、まるで鬼のようなやつらだったのに・・・
2006/02/03
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…誕生祝いは何が欲しい?彼女にこう聞くと、…誕生石が欲しいの。と、小さな声で答えた。彼女が一月生まれだということを知ったのはその時だった。一月の誕生石は石榴石・ガーネットということは知っていた。アクセサリーを着けない彼女が、珍しく宝石を欲しがったことに、僕は何か新鮮なモノを感じて、ちょっと嬉しくなった。…ピアスがいいかな。ペンダントもいいよね。それとも、指輪にしようか。僕は、ついでのことで、ガーネットの由来を話して聞かせた。…ガーネットってさ、面白い伝説があるんだよ。昔昔神様が、人間をこの世にあるいろんなモノを使って創った時、心臓を何で創るかで迷ったんだって。綺麗で長持ちするモノがいいからって、ありとあらゆる宝石で試してみたんだって。だけれども、ダイヤモンドは硬過ぎて、冷たい気持ちの人間になるだろう。ルビーやサファイアは、その色の通り移り気な人間になるだろう。トパーズは、見栄っ張りな人間にになるだろう。オパールは、落ち着かない人間になるだろう。真珠は、気持ちの狭い人間になるだろう。て、いろいろ迷った結果ガーネットを選んだんだってさ。それを記念して、年の初めの月の誕生石もガーネットにしたんじゃないかな。僕らは、一人一人宝石を心臓にしているんことになるね。そう考えると、すごいじゃないか。矢継ぎ早に言葉を口する僕のことを、彼女は微笑みながら、黙って見詰めていた。僕が話し終わると、彼女は大きく頷くと、…だから、欲しいのよ。と言って、僕に向かって手を差し伸べた。彼女の手が、僕の胸元に差し入れられ、胸の奥がぐいと強く引っ張られるのを感じた。そして、何かがもぎ取られたような衝撃を感じ取ったのと、にこりと笑う彼女の手元に、まばゆく深紅に輝くモノが見えたと同時だった。膝から崩れていく僕に向かって、彼女の声が聞こえて来た。…誕生石をありがとう、貴男の心臓はとても綺麗だわ。僕は、微かになっていく声を感じながら、彼女の名前がハーリティーだったことを思い出していた。
2006/01/26
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どうして、お前が負けたんだ?信じられない、何か有ったのじゃないのか?…兎が亀に駆けっくらで負けた後、兎自らが負けたのは自分が油断して途中で眠りこけていたからだと説明したにも係わらず、それに納得するモノは皆無だった。お前が負けるはずは無いんだ、きっと脅されたんだろう!卑怯な亀め、とんでもない奴だ。…いくら兎が、自分の至らなさのせいで負けたんだということを繰り返しても、そう言えば言うほど、逆に亀のずるさが真の事実として広まっていく始末だった。もう一編勝負してみたら、わかるに違いない。今度こそ正々堂々と勝負するべきなんだ。…兎の支持者たちによって、とうとう再勝負の日程が決められて、兎と亀はもう一度駆けっくらで競うことになった。有るはずもない不正を恐れた皆の万全の手はずによって、連絡を取ろうと必死になった兎の努力も空しく、兎と亀はその当日まで会うことなく、いよいよその日を迎えた。スタートから、勝負は決まっていた。兎は走り出しながら、みるみるうちに小さくなって行くに違いない亀の姿を思いながら、すまないすまないと繰り返し、ただただひたすらにコースをたどり、一気にゴールに飛び込んだのだった。歓声が上がるのを苦々しい思いで聞きながら、兎は最初の駆けっくらで、全力を尽くさなかった自分を恥じていた。亀は何も言わずに、最初と時と同じように、のろのろとコースをたどっている。違うとすれば、今度は大穴ねらいで、自分には掛けたりしていないということだろうか。一人勝ちはいつも世の中も許されないものである。それがたとえ違法なモノでないとしても・・・と、亀はそう思いながら遙か遠くのゴールをひたすらに目指すのだった。
2006/01/24
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新年会の帰りに通りかかった店先には「火星売ります」と紙が貼ってあった。馬鹿馬鹿しさに誘われて入ってみると、店の中にオヤジが一人暇そうに座っているだけだった。オヤジは俺をじろりとみると、妙に太い声で・・・いらっしゃいと声を掛けて来た。俺が、表の紙を指差しながら・・・火星は幾らだと聞くと、オヤジの奴ときたら、冗談みたいなそれこそ天文学的な数字を言うものだから、俺は大笑いして褒めてやったんだ。・・・新年早々、出来の良い冗談だとね。オヤジは済ました顔で、・・・これでも、バーゲン価格です。というものだから、ますます俺は笑った。・・・ところで、「地球」は売っていないのかい?と聞くと、オヤジはにやりと笑って、・・・残念ながら「売約済」でございますと言うと続けて、・・・ちょうど、お買い上げの方がお見えになったようでございます。と太い声で言ったんだ。オヤジがそう言ったとたん、あたりは突然暗くなり、天から高らかにラッパの鳴り響く音が七度轟いた。
2006/01/10
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さぁ、今日から、今年一年の仕事開始だ。とは言っても、年中無休の休みナシの仕事だけどな。それにしても、なにしろ、去年から出番が充実してきたのだから、ますます張り切るってものさ。何がだって、やっと去年、死んだ人数が赤ん坊の数より多くなったって言うじゃないか。丙午の年も大したことなかったし、おまけに次の年でえらく持ち直してしまったし、なんと言っても昨今の少子化ブームのおかげだね。え?私の仕事は何かって?誰だい、わかったような顔付きで、葬儀屋だろうなんて言ってるのは…年中無休と言ったじゃないか。そう、私は死神だよ。日本の皆さん、今年もどうぞ、よろしく。
2006/01/05
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新年のご挨拶を申し上げます。昨年は、大変にお世話になりました。恙無く年を越せましたこと、皆々様のおかげでございます。さて、本年につきましては、自転スピードを1/100程度加速を予定しております。この措置に伴いまして、今年の一年は昨年より約1週間程度短くなる見込みでございます。どうぞ、引き続き本年も、ご理解ご支援の程、よろしくお願いいたします。地球エネルギー削減推進本部から、20××年新年のご挨拶を申し上げました。
2006/01/04
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…こりゃなんだい、宝船に乗った七福神の人形。招き猫は、右手上げと左手上げとそれぞれ一匹ずつ。福助もいるし、達磨は両方ともギョロ目が開いてこっちをにらんでやがる。四葉のクローバー入りのキーホルダーって、これ本物かぁ。それに、なんだこの変なおっちゃんは?仙台四郎だって???えーと、頭のとがってるのはビリケンとか言ったよな。あとは、干支にちなんだお犬さまシリーズかい!折角、年初めの運試しで大枚叩いて福袋を買ったっていうのに。いくら福袋だからって、こんなしょうもない縁起物ばかり詰め込みやがって。こんなことなら、食料品の福袋でも買うんだったな~。…えーい、こんなもの、こうしてやる!投げ捨てられた福袋は、部屋の角にぶつかって、ぐにゃりとつぶれた。しょうがないので、俺は潰れた福袋を見下ろしながら、大口開けて笑ったんだ。だってさ。笑う角には福来るって言うじゃないか・・・…ははははははは・・・・・はぁ~
2006/01/03
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…お父さん、お年玉は無理しなくてもいいからね。借金の支払を延ばしてもらうため、今日も一日頭を下げて回って、くたびれ果てた父親の肩を叩きながら、子どもはそう言った。父親は、小さな手を取ると、…心配いらないよ…と、笑ってみせた。大晦日除夜の鐘が鳴り終わるころ、父親は子どもにありったけの厚着をさせると、初詣に出かける人混みを尻目に歩きだした。子どもが、歩き疲れてむずがると、父親は子どもを抱き上げ、背中に負ぶい、自分のマフラーを子どもの顔にそっと架けると、また歩き続けた。夜が明ける少し前、父親と子どもは、海辺に着いた。穏やかな波が寄せては返す浜辺は、仄かに明るくなっていて、長くうねる砂丘のところどころに人影があったが、どこまでも静かだった。父親は子どもを降ろすと砂浜に新聞紙を敷き、自分の肩に子どもの頭をも垂れかけさせると並んで座り、ぼんやりとまだ暗い空を見上げた。子どもは目をこすりながら、珍しそうにあたりを見回した。…もっとお前が小さい頃に、一度来たことがあるんだよ。その時は、お母さんも一緒だった…暫くして父親は、ぽつりとつぶやくと、子どもを促し立ち上がった。…ほら、お前にあげる今年のお年玉だよ。父親は、遙かな水平線を指差して、子どもに笑いかけた。父と子の顔を明るく彩りながら、朝日がゆるゆると天空を昇っていく。
2006/01/02
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その男に肩を叩かれたのは、ちょうど0時の鐘が鳴り始めたときだった。…探しましたよ!寒さのためか唇を少し震わせてその男は、俺に言った。…アナタでしょう、アナタに間違いないですよね。なんだか酷く興奮した様子で、男は俺に問いかけた。…アナタ、戌年の戌の日の戌の刻に生まれた年男ですよね。鳴り響く鐘の音にも負けないくらい大きな声で男は俺に確かめた。確かに、俺は年男だが、戌の日戌の刻だったかどうかまでは知らない。そう男に言ってやろうと思ったのだが、あまりに鐘の音がうるさくて、面倒になってしまった。男は、満足そうに頷くと、…ああ、これで、無事に年が越せる。と、言いながら、俺に何かを渡そうとした。一瞬、やばいような気もしたのが、最後の鐘が鳴るのにあわせて、男は俺にその箱らしきモノを渡すと、…あとは、よろしくお願いしますよ。と、言うと、コートを翻して足早に雑踏に消えて行ってしまった。鐘が鳴り終わると同時に、そこかしこで花火が打ち上げり、人々の歓声が響くのが聞こえてきた。一人取り残された俺は、今のはなんだったのかと首をかしげながら、男が残していった箱を開けてみた。箱を開けると、昔の御伽噺に出てくるような白いひげで白装束の杖を持った小さなじーさんが、ちんまりと座っていた。俺と目が会うと、じーさんはやおら立ち上がると、コトシハ オマエダナ。と、言った。そして、俺が答えるのを待つまでもなく、サア ライネンノ トシオトコヲ サガシニイコウと、言うと、あまりのことに呆気に取られている俺を、オマエガ サガシダサナイト ライネンガ コナイゾヨサガシダスマデ ワシハ オマエカラ ハナレナイノダゾと、叱り付けた。おどおどしている俺が、それでもじーさんになんでだと尋ねると、ワシハ トシガミジャヨルトシナミデ トシオトコヲ ジブンデサガスノモ メンドウニ ナッタデナヒトサガシハ ダレカニ サセルノガ イチバンジャヨと、言ったのだ。
2006/01/01
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まったくこの時期の渋滞はどうしたものか。わかってはいるのだが、文句のひとつの言いたくもなる。私が運転する車の前には、ずっーと続く車の列。バックミラーに映るのも後ろに続く車の列。延々と前後に連なる車は、それでも、クラクションひとつ鳴らすでなく、厳粛に厳かに、じりっじりっと進んでいく。そうそう、少し前までは、人力車の列だったな・・・その前は、ずいぶん長いこと駕籠だったし、牛車てのもあった・・・もっとも、歩きながら向かうというのが当たり前だったわけだから、こうして車に乗って、のんびり行ける様になったというのもいいかもしれない。そのうち、この乗り物も変わるのかね。案外、歩きに戻ったりしてさ・・・ああ、やっと、今年の出口が見えてきた。前に見える車が、一台ずつ静かに吸い込まれ行く。さあ、来年の入り口はもう少しだ。どうか、良き年を迎えられますように・・・・
2005/12/31
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・・・すみません、このロッカーが開かないのですが・・・男が一人、ロッカールームで途方に暮れている。・・・番号をお忘れではないですか?問い掛けられた言葉に、男は・・・この番号のはずなんですが・・・と、ますます困惑の度合いを深めている。・・・暗証番号は、生年月日と電話番号を組み合わせたはずなのに・・・男は、首をうなだれている。・・・ロッカーに入っているのは、なんですか。声は、男に厳しく問いただす。男は、唇をかみしめながら、つぶやくように言った。・・・うちの奴の、うちの奴の・・・・・・「うちの奴の」なんなんですか。声は不振そうに聞き返した。男はますます声を小さくして、・・・優しかった頃の昔のあいつのことを・・・と、ぽつりと言った。・・・それでは、番号が違います・・・男は、ハッと顔を上げた。・・・「愛情番号」が必要です、おわかりでしょう。声は、無造作に言い切った。
2005/12/22
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アダムとイブに楽園からの追放を宣言した後、その神様は、遠い記憶を呼び起こしていた。・・・私の時には、実は一種類だけで全て足りたものだった。今、「知恵の実が生る木」と「命の実が生る木」を、別にしておいて良かったと、心の底からホッとしながら、・・・でも、私は誰とも交代しない・・・と、神様はニンマリとするのであった。
2005/12/19
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・・・ほら、この毛並みの滑らかな事。耳も尻尾のピンとして、賢そうでしょう!目も鼻先も真っ黒で、健康そのもの。身体のがっしりしているところは、血統の良さを表しています。ペットショップでは、コンピューターの画面を見せながら、店主が続けている。食い入るように見ている客の目の前には、ランダムな数値が次から次へ、右から左へと画面に流れていく。店主が流れる数値を指し示して説明するたびに、客は大きくうなずき、満足そうに聞き入っている。・・・じゃ、私はそのナンバー3892をいただくわ。大事そうに、客が抱えて帰るのは、真空パックされた犬の精子。素人でも簡単に受胎させられると評判の、簡易なキットも付いている。コンピューター画像で説明されていたのは、勿論DNA。鳴き声ひとつしないペットショップより、せめてもの愛を込めて・・・
2005/12/04
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・・・アンチクショウ、殺してやる、アイツを殺してあたしも死ぬんだ・・・カウンターでグラスを重ねる女は、涙でぐじゃぐじゃになった化粧を直そうともせず、ひたすら泣いていた。お定まりの出会い、お定まりの情熱、そしてお定まりの別れ。どこにもあるありふれた恋の終わり。だが、女にとっては、この世の終わりに等しいことなのに違いない。・・・アンチクショウ、アンチクショウ、バカヤロウ・・・飲むほどに女は荒れて、とうとうカウンターに立つマスターにまで絡む始末だった。・・・マスター、ねえ、どんなカクテルでも作れるんでしょう!ねえ、そうなんでしょう、だったら、アイツが帰ってくるカクテルを作ってよ。お願いだから、アイツをあたしのところに帰してよ。カウンターの中で、マスターはうなずくと、カクテルグラスを手に取った。そして、女の目の前には、鮮やかなルビー色が静かに注がれた。アンチクショウと泣きながら、女は一気にそれを呷るとカウンターにうつぶした。やがて静かに寝息を立て始めた女の顔は、不思議なくらい安らいでいた。・・・なあ、マスター、何のカクテルを作ったんだい。あれほど泣きわめいていたのに、なんとも大人しく寝入っているじゃぁないか。マスターは、静かに笑みを浮かべると、・・・ヌーベル・ランデブーとでももうしましょうか。ランデブーにレモンピールの代わりに希望を添えました。と云って、泣きつぶれた女の手からグラスを預かった。○ランデブー RENDEZ-VOUS<レシピ>ドライジン・・・・・・・・・・・・3/4キルシュワッサー・・・・・・・・・1/4カンパリ・・・・・・・・・・・・・1tsp.・材料を氷と一緒にステアする。・冷やしたカクテルグラスに注ぐ。・レモンピールを搾りかける。
2005/11/29
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第八話更新【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●二幕一場面 幕間有り●登場人物(登場順)喫茶店「ル・ファール」店主客の男一客の女一客の女二客の男二そのほか 大勢の客まだ、閉じられた幕の後ろから、岸壁に打ち寄せる海鳴りの音が聞こえている。その音がフェイドアウトして、幕が開く。 ・・・この続きはリンク先でどうぞ!*************************************************************開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載しました。本回で、まずは終了です。どうぞ、お楽しみください。
2005/11/19
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第七話更新【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●出船入り船、金波に銀波 ついこの前まで、七つの海を越えて横浜の港にやって来る船乗りたちは、誰もが口を揃えて、ハマでは「キング」と「クィーン」と「ジャック」が出迎えくれるのだと、自慢したものなんだ。 トランプの札が、一体ぜんたいどうして港にと、不思議に思うだろう。そうさ、ハマの港には「キング」「クィーン」「ジャック」が居るんだよ。 ・・・この続きはリンク先でどうぞ!*************************************************************開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載中。どうぞ、お楽しみください。
2005/10/26
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第六話更新【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●新線みなとみらい線(仮称)元町・中華街駅 会合が始まろうとしていた。 会議室には、関内地域の商店街や町内会の代表たちが三々五々集まっていた。 皆が席に着くのを見計らって、主催者は出来上がったばかりのA四サイズ見開きのチラシを配り始めた。そのチラシを手に取りながら参加者たちが談笑する中、中華街発展会の代表が、おもむろに口を開いて問い掛けた。 …これはどういうことですか? ・・・この続きはリンク先でどうぞ!*************************************************************開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載中。どうぞ、お楽しみください。
2005/10/22
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第五話更新【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●山手の景観を守れ! …そんな、バカな! 山手に住む住民たちは、その話に唖然とした。 この地に古くから在るインターナショナルスクールのひとつ、セント・ジョセフが廃校となり、その跡地にマンションが建設されるとの話は、その内容といい規模といい、山手の住人たちを震撼させるものだったのだ。 ・・・この続きはリンク先でどうぞ!*************************************************************開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載中。どうぞ、お楽しみください。
2005/10/12
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第四話更新【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●ヨコハマポートサイドのアート縁日 横浜駅東口からほんの三分ほど歩くと、横浜港内湾に面してマンションが建ち並ぶヨコハマポートサイドというところにたどり着く。ここの、十月のとある土日は極めてユニークである。 街の中にある海に面するその名も水際公園(ポートサイド公園)に、全国各地から、木彫り、焼き物、テキスタイル、写真、絵画、アクセサリーなどなど、多種多様な作家=作り手が集まり、自分たちの作った作品を売るという、独特な地域のお祭りが開かれるのだ。 ・・・この続きはリンク先でどうぞ!*************************************************************開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載中。どうぞ、お楽しみください。
2005/10/08
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第三話更新【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●フェニックス、飛ぶ。 身にまとったバスローブが風にはためいている。 目の前には闇の中、横浜港が一望の下に開けている。 見回せば、対岸の大黒ふ頭のオレンジ色に光る常夜灯の明かりと、右手に広がる本牧ふ頭のガントリークレーンの、その鶴のような首に付けられた航空灯が、目に沁みて来るようだ。 昌枝は、堅く握った両手の拳を高く掲げて、手すりから身を乗り出した。 そして、そのまま…。・・・この続きはリンク先でどうぞ!*************************************************************開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載中。どうぞ、お楽しみください。
2005/09/28
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第二話更新【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●伯父さんの夏休み かもめの水兵さん ならんだ水兵さん 白い帽子 白いシャツ 白い服 波にチャブ チャプ うかんでる 僕の伯父さんは、夏になると、畑で丹精した採れたての桃をいっぱいに詰めた段ボールと一緒に横浜にやって来て、僕の家に十日間位泊まった。・・・この続きはリンク先でどうぞ!*************************************************************開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載中。どうぞ、お楽しみください。
2005/09/24
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開港の街、歴史の街、神戸と横浜。それぞれの港町に、数限りない出会いや別れがあった。喜びも悲しみも、すべて時の流れの中に飲み込まれ、済ました顔で今日も街はここにある。神戸は、田中良平。横浜は、佐田薫子。が、描き綴る、二つの街の物語り。テーマは「事件」「メリケン波止場」「ホテル」などなど。小説、ルポルタージュ調、エッセイと手法を変えて、送ります。9月14日から、連載中。どうぞ、お楽しみください。【横浜・神戸 二都物語】事件は港からやってきた●ピクニックの惨劇慌てて手綱を引いたので、がくんと前のめりになり、ボンネットが覆い被さって来たのは憶えている。一瞬の後、目の前をヒュンと甲高い音を立て何か白いモノが横切ったのと、それが熱く感じられたのが同時だった。・・・この続きはリンク先でどうぞ!
2005/09/14
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夏も終わりだ。秋の気配が、そこはかとなく漂っている。気が付けば、あれほど響いていたセミの声が、心なしか遠くから聞こえてくるのだ。もう、夏も終わりだ。今日の陽射しもきついとは云え、どことなく和らいだモノを感じる。とは言うモノの、カンカン照りの晴れ模様の昼はつらい。夕立でも来て欲しいものだ。夏の終わりの雨が降ってくる。激しい雷鳴と共に、どうどうと音を立てて夕立だ。バタバタと、派手な音を響かせて、夏の名残が降っている。…晴れ後雨、雷が鳴るでしょう。…そして、ところにより夏の名残が降るでしょう。雷雨が止んで、涼しげにすっきりとなった街の公園には、鳴き終わったセミが、至る所に落ちている。
2005/08/29
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うちの裏手には、去年までうっそうと茂った雑木林があった。夏ともなれば、セミの鳴く声が文字通り降るように、絶え間なく聞こえてきたものだった。地主が変わったとかで、それが駐車場にかわったのは今年の春先のことだった。次々と木が切り倒され草も刈られ、あっという間に更地になって、塾帰りの子供たちのかっこうの遊び場になっていたのだが、それも、気が付けば黒々としたアスファルトが敷き詰められ、整然と区割りされた中には、時間式のストッパーが設置され駐車場が出来上がっていた。今年の夏は暑かった。じりじりと照りつける陽射しに駐車場から、もうもうと熱気が上がっているのがわかった。去年までの林を抜けてくる涼風を思い出し、額の汗をぬぐいながら、ぼんやりと駐車場を見ていると、不思議なことにセミの声が聞こえて来た。それも、一匹や二匹という声ではなかった。この近くには、セミがとまれる木などもうないのにと、思って首をひねったとたん、その声が足元から湧き上がるように聞こえてくることに気がついて、ぞっとした。今年出てくるはずだったセミたちが、来年出てくるはずだったセミたちが、再来年出てくるはずだったセミたちが・・・・声を限りに泣いている。アスファルトに閉じこめられて、泣いている。夏を生きたいと、泣いている。セミ時雨は、二度と聞かれない。
2005/08/22
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開港の街、歴史の街、横浜。日本一高いランドマークタワーや賑やかなみなとみらいなど、ガイドブックでは華やかな印象が醸し出されているヨコハマ。そんなヨコハマとは少し違えて、街で暮らす人々のさまざまな想いを語る「よこはま風文記」。街を通り過ぎる風に聞いた、切ない話、妖しい話、喜びにあふれた話、明日の話がオムニバス形式で綴られる。マチともの語りサイトにて【よこはま風文記】電子本にて発売中(ペンネーム:佐田薫子)】まずは立ち読みを!お気に召しましたら、お求めください。
2005/08/22
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車は凶器と言う人も居る。文明社会になくてはならぬ、この道具も使い方を間違えれば、それは他人の財産と命を脅かす代物になるからだ。ゆえに、交通事故に対して、重い罪が言い渡されるのは当然のことだろう。では、コンピューターはどうだろうか?資格試験があるわけでもなし、オールインワンでさほどの知識を有さずとも誰でもが使える便利な道具である。判決。注意義務違反、世間騒乱加担及び財産侵害の罪で、被告に求刑通り、無期懲役を申しわたす。ウィルス駆除を怠っただけなのに・・・でも、いつか必ずこんな日が来るに違いない・・・・
2005/08/16
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・・・夏が来れば思い出す~♪何を暢気に歌ってるんだい。いや、今年も夏が来たなと思ってね。そうだな。今年も夏が来たね。男が二人、それほど陽気なとは言えない顔つきで話し込んでいる。・・・この時期になると思い出すんだよね。そうだな、思い出すね。アイツのことだろ。そうなんだ。アツイのことなのさ。一人の男が、どこかが痛いのか、顔をしかめながら、もう一人の男に答えている。・・・俺だってアツイのことは忘れないさ。そうだね。忘れるわけないよな。一人の男が、ますますどこかが痛いらしく、なお一層顔をしかめながら、もう一人の男に答えている。・・・今年も思いっきり胆の冷える思いをさせてやるんだ・・・。よーし、行くか!男たちは、頭頂部を半分方ざっくりとえぐり取られて血まみれになった顔と、潰れてひしゃげて千切れた首を両手で抱え、顔を見合わせて、笑った。
2005/08/09
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さあァ、今日は、皆んなでお家の絵を描きましょう。どんなお家に住んでいるのか、先生に教えてくださいね。お家が描けたら、住んでいるお家の人たちも描きましょう。皆んは誰とお家に住んでるのかな。そうそう、一緒に居る犬さんとか猫さんも描いてね。どうかな、描けたかな?じゃァ、一人ずつ先生に見せてください。はい、良くできました。大きなお家だね~窓がたくさんあって、玄関も沢山あるのかな?一緒に居るのは、誰かな、とっても沢山いるね。お父さんにお母さんにお姉さんにおじさんにおばさんに・・・そうか、マンションに住んで居るんだね。だから、こんな沢山の人が一緒なんだ。賑やかで楽しそうだね。君のところはどうかな。お父さんとお母さんとこれは弟さんかな。おや、カブトムシが居るね。カブトムシの一緒に住んでいるんだ。いいね~おや、お家の周りにはお花がいっぱい咲いているんだね~お花が好きなのは誰かな?これは、なんだい?コロの家?本当だ、入り口に名札が掛かっているね、でも、大きいね~犬さんのお家も君のお家と同じぐらいなのかな~さァ、君はどんなお家かな?おやァ、背い高のっぽのお家だね、窓はないのかな?君のお家にもずいぶん沢山お家の人がいるんだね。でも、マンションじゃないみたいだけど・・・誰と一緒に住んでいるのかな?お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、ひいおじいさん、ひいおばあさん、ひいひいおじいさん、ひいひいおばあさん、ひいひいひいおじいさん、ひいひいひいおばあさん・・・え?・・・青ざめた顔色の男の子が広げた画用紙には、「○○○家之墓」とある墓石が描かれていた。そして、部屋の明かりが、すうっと消えた
2005/08/05
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・・・パパ、お帰りなさい!・・・お土産はなあに?・・・寝ないで待ってたの。仕事から戻ったばかりの父親は、娘たちに囲まれて、嬉しそうな顔になった。いそいそと大きな箱を取り出すと、おもむろにふたに手を掛けながら、言った。・・・さあ、これが今日のお土産だよ。・・・中身がなんだかわかるかな?娘たちは真剣な顔つきになると、あれこれと父親に聞き始めた。・・生きてるものなの?・・・ああ、生きてるものだよ。・・沢山いるの?・・・とっても沢山いるよ。・・いろんな色をしてるの?・・・似ているけどいろいろな色もしているね。・・形も違うの?・・・似ているけど少しづつ違うみたいだね。一つ一つの問いに答えながら、父親はますます嬉しそうな顔をする。・・美味しいの?・・・多分美味しいと思うよ。父親が、最後の答えと一緒にふたをとると、覗き込んだ娘たちが歓声を上げる。箱の中には、地球人が大勢ひしめいていた。
2005/08/03
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・・・ねえ、ママ、人生やり直せるなら、どこからが良いかな。酒場に来た男は、したたかに酔いながら、あたしにつぶやいた。・・・サラ金から金を借りる前がいいか、取引に大穴を明ける前がいいか。・・・結婚する前がいいか、子供が出来る前がいいか。・・・就職試験を受ける前がいいか、大学に落ちる前がいいか。・・・高校で憧れの彼女に告白して振られる前がいいか、小学校ではしゃぎすぎて熱を出して行けなくなった遠足の日の前がいいか・・・話すうちになんだか男の声が、だんだんと甲高くなって行って、まるで小さな男の子がしゃべっているみたいに聞こえてきた。・・・ううう、ママ、なんとかしてよ・・・男は酔いつぶれてカウンターに突っ伏したまま動かなくなった。あたしは、寝息を立て始めた男の背中を見ながら、つぶやいた。・・・人生やり直せるなら・・・あたしは。・・・あたしは、そうさね、お前が生まれる前に戻りたいね。
2005/07/31
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生きている間に、何か一つだけ、どんな願いでも叶うとなると、何を望むだろうか・・・・世界中の宝か?それとも、最高の女?不死はやめとこうや、やっぱり永遠の若さかな?あいつは笑って私に聞いた。私も笑って答えなかった。・・・さあ、願いを叶えてあげる。・・・どんなことでも一つだけ、叶えてあげる。願いが叶ってあいつは安らかに永久の旅に出かけていった。なんて幸せそうな死に顔だろう。あいつが願ったのは、最高の望み。「幸せな人生だったでありますように・・・・」
2005/07/13
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今日、最後の客がタラップを降りて行く。私は、お客の背中を見送りながら、大きく息を吐いた。36年間この路線バスを運転し続け、無事故で勤めあげたのだから、少しは誇っても良いことだろう。乗り続けたこのバスも、板張りの座席がクッション付きになり、坂道でゼーゼーと息を付くようになったエンジンを換え、外見も今風とでも言うのか全体に缶コーヒーの広告が描かれて、明るい黄色のシンボルカラーに塗られレモンバスの愛称で呼ばれた面影はどこにもない。私は、操作レバーを引き抜きながら、お疲れさんとつぶやいた。タラップを一歩一歩降りて行くと少しだけバスは傾き、だんだんと車体が地面に近づく。事務所からは、にぎやかなざわめきが聞こえて来る。私の退職祝いをするとかで、早々とあがった同僚たちも今日は帰らずに、待っていてくれると言っていた。私は、嬉しい様な寂しい様などちらとも付かない気持ちをもてあましていた。バスから降り立った私がドアーを閉めようとしたとき、どこからかささやく声がした。・・・ご乗車ありがとうございます。またのご乗車を心より御待ちしております。私は、バスに手を添えて、じんわりと目じりが熱くなるのを感じていた。今日で、こいつは廃車になるのだ。それなのに・・・私は、目をしばたかせながら、ささやき返した。・・・あの世に行くときに乗せていってくれ・・・・私がお前の最後の客だよ。それまで、休んでいておくれ・・・まるでうなずくかのように、バスはゆっくり左右に揺れた。
2005/05/07
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開港の街、歴史の街、横浜。日本一高いランドマークタワーや賑やかなみなとみらいなど、ガイドブックでは華やかな印象が醸し出されているヨコハマ。そんなヨコハマとは少し違えて、街で暮らす人々のさまざまな想いを語る「よこはま風文記」。街を通り過ぎる風に聞いた、切ない話、妖しい話、喜びにあふれた話、明日の話がオムニバス形式で綴られる。マチともの語りサイトにて【よこはま風文記】電子本にて発売中(ペンネーム:佐田薫子)】まずは立ち読みを!お気に召しましたら、お求めください。
2005/05/07
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はい、深呼吸をして・・・吸って、吸って、吸って、吸って、吸って、吸って、吸って、吸って、はい、もっと吸って・・・・・・めいっぱい膨らんだそれは、バチーンッンン・・・・!と、はじけた。こうして、その宇宙は終わったのかもしれない。物事の終わりは、何によらずあっけないものだ。そして、始まりはもっと・・・
2005/05/06
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・・・こことここにサインをお願いします。差し出された書類に目を走らせると、彼女は満足そうにうなずいて、署名欄にペンを走らせた。・・・さあ、これで引継ぎは完了しました。彼は走らされるペン先を見つめながらつぶやいた。署名された書類を受け取るとやっと肩の力を抜き、彼は彼女に詫び言を言い始めた。・・・こんなに害虫が発生したのは、まったくもって予想外なんです。勿論、最初の事もありますし、私の責任がまったくないとは言いませんが・・・それでも何度か駆除は行ったのはご承知でしょう、どうにもしぶといやつらでして・・・彼女はぐだぐたと続く言い訳を途中でさえぎると、目の下の地球上いたるところに明るく蠢く点を見つめながら、・・・やっぱり男の神様は駄目ね。と言った。
2005/05/05
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駅を出たらまっすぐ歩いて、横断歩道を渡る。そうしたら左に折れて、ここがレンタカーのお店。レンタカー屋さんの隣に本屋さんでそのとなりがコンビニ。コンビニを通り過ぎてショートケーキがとっても美味しいので有名なケーキ屋さんが有って、それから、そのまままっすぐ歩くと突き当たるので、今度は右に曲がって・・・・・で、目の前にあるアパートの階段を登って、最初から3軒目が彼女の家。僕はいつも彼女の家を見ている、彼女の一挙一同を見守るのは僕の大事な努め。朝夕の駅前の往復は必ず彼女に付いていくのだ。それが僕の一番の心の安らぎ。・・・ねえ、あすこの電信柱の影に誰かいるみたいよ。そういえば、さっきから同じ人が、ここのアパートに下を行ったり来たりしてたみたいだし。・・・やっぱり、このごろね、なんだか駅の行き帰りに、誰か付いて来ているみたいな気がしてたのよ。・・・それって、ストーカーじゃないの!。警察には届けたの?・・・だから、あなたに来てもらったのよ、会社をお休みさせて悪かったけど。一緒に見張ってもらいたくて、だって警察って、目撃者とかがいないとまじめに話も聞いてくれないんですもの。・・・そうね、わかったわ。でもこの際だから、あいつをやっつけちゃいましょうよ。ガツンと言ってやったほうがゼッタイいいんだから。・・・そんなことして怖くない?・・・ほらこれ持って、大丈夫だから・・・彼女たちが、それぞれゴルフクラブを手に、アパートから出て行くと、待ちかねたように男が寄ってきた。・・・今日は遅いんですね。男は嬉しそうに声を掛けながら、彼女たちが持っているゴルフクラブに目をやると、・・・なんだ、そうか、今日はお休みだったんですね。と、うなずいた。あっけにとられた二人が、それでも、気を取り直し口々に、朝夕の行き帰りに付いて来る事を責め立てると、・・・ええ、一人じゃどこを歩いてるんだかわからなくなっちゃうんですよ。だからいつも行き帰りお世話になってます。・・・僕すごい方向音痴なんです。と、男はそう言ってとてもばつの悪そうな顔をした。
2005/05/04
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お探し物は、はいはい、わかっておりますですよ。あなたさまのその思いつめたお顔付きで、何もおっしゃら無くても、よーくわかりますとも。ええ、ええ、お好きな女性がおられるのでございましょう。その女性の心をあなたさまに向けたと、思ってらっしゃる、そうでしょうともそうでしょうとも。それでうちにおいでになられたと、いうわけでございますか。確かにうちでは、あなたさまのような方にはうってつけの薬を扱っておりますですよ。ええ、そうでございます。惚れ薬というやつでございますよ。ただ、如何でございますね、薬はあくまでも薬でございますのでね、なにぶんにも副作用がないと言うわけではございませんので・・・はあ、副作用は気にしないとおっしゃられる。ですが、脅かすわけではございませんが、副作用といってもいろいろございますのでねえ、なにしろ強いお薬ですので、場合によっては命の危険もないとはいいきれませんので・・・え?いえいえ、違います、その女性の方にではございません、あなたさまにとってでございます。そうなんでございますよ、お薬を飲んでいただくのは、あなたさまですしその後もなにしろ3年間しか効果が持たないのでございますから・・・はあ、そうでございますか、かまわないおっしゃられる。身の危険など厭わないということでございますか、まさに恋はなにとやらということでございますね。それに3年間もあれば、女性の気持ちを本当にさせるのに充分だと言われる・・・・はいはい、わかりました、ではこちらのお薬をお持ちください。お値段は、そうでございますね、あなたさまの恋の成就をご支援させていただくということで、うんとサービス申し上げましょう。どうぞ、がんばってくださいまし・・・・・・・嬉しそうに去っていく客の姿に向かって、店主は小さな声でつぶやいた。良いのですよ、サービスさせていただいた分は、いずれお返しいただきますんで・・・お相手様の方から・・・・・・向けられた視線の先には一番奥の店の棚、その上には『毒薬』のラベルが貼られた壜がひっそりと置かれている。
2005/05/03
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・・・では、お親しい方々からどうぞ・・・促された参列者は、献花台に歩を進めると、手に持った花を置いては俺の写真に向かって手を合わせる。静かに流される音楽のせいなのか、雰囲気に呑まれて目頭を押さえる者すらもいる。・・・では、最期のお別れをどうぞ・・・嗚呼、聞こえてくる奴の声だ。低い声でしめやかな雰囲気がいやがうえにも、盛り上がるってわけだ。本当に、奴に頼んでよかったよ。棺を覗き込んだ奴と目が合って、俺は礼をいいながら、身を起こした。・・・どうだった、葬式の段取りは?うん、まあまあいい感じだな。もう少し盛り上がるといいんだがな。じゃ、花輪の彩とか増やしてみようか、それに合唱隊もいれてもいいかなもな。おっ、それはいいな、合唱隊なら荘厳な感じも出るだろうな、いっそ今度は西洋風でお願いするとするか。おお、任しとけ!俺と奴は顔を見合われながら、笑った。参列者も、にぎやかさを取り戻して、宴会の席に向かっていく。今日は、バイキングスタイルの料理のはずだ・・・西暦4500年を過ぎたあたりで、人類は不老不死を実現した。葬式も無くなって久しい。葬式の真似事がイベントとして残っているだけだ。・・・死ぬってどういうことなんだろうな?から揚げをほおばりながら俺は奴に問いかけた。奴は、ビールを手に取ると、・・・二度と俺らにはわからないってことだけは確かだな。と、言いながら一息でグラスを空けると、・・・ああ、一度死んでみたいもんだ。と、言った。
2005/05/02
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