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貴重品をなるべく持って行かないようにしていたので 携帯も持って行くの忘れてしまいました。 なので、会場の様子などは無しです・・・ せめて完走者に送られるメダルの写真を載せます。 7時前に家を出る。 途中の武蔵小杉駅でそれらしき格好をした人がちらほら居ました。 乗換駅の渋谷、最寄り駅の新宿と近づくたびにそんな人が増えていきます。 新宿駅から会場までは圧巻でした。もう周り人、人、人。 数万人が集まるイベントなんてそうそうは行かないですしね! 8時前に会場へ着いたのですが、それから ・荷物を預けるトラックを探して、預ける。 ・レースが始まる前にとトイレに行く。 ・申告タイム毎の集合場所まで移動。 これだけで、40分ぐらいかかってます。 集合時間ギリギリでひやひやものです。 それからスタート時間まではちょこっと移動のあるものの待機。 半そででじっとしていると肌寒いぐらいの気温でした。 スタート時間になっても人が多すぎのためまったく動かず、 1~2分してやっと歩き始めるぐらい。 結局、5,6分建ってスタートラインをくぐりました。 スタートライン横に石原都知事がいらしたので 市民ランナーはここで手を振ったりしてから 出発してるので少し遅くなってるんですね。 スタートラインをくぐったとたんに前が開けました。 まぁ、すぐ追いつくんですけどね。 自分のペースとしては、5分50秒/kmぐらいですが、 人ごみで前に行くのに避けないといけないのでちょっとストレス。 とともに、スタート前の肌寒さでトイレに行きたくなり探しながら走る。 トイレはところどころにありますが、みんな考えることは同じようで どこも混雑してました。 なので、6,7Kmすぎたあたりまで我慢してピットイン。 これで4,5分のロスがありましたね。 記録にも素直にでてました。 大規模大会だけあって、給水などもしっかりしています。 3~4キロ毎にあるので、水の心配はまったく無かったです。 毎回補給で汗をかいた分だけ補給。 20Km過ぎからはバナナやレーズン、34km過ぎからは パンなどもありましてしっかり頂きました。 人形焼もあったらしいけど、逃したのが心残りです(笑 大会の給水だけではなく、一般の応援の方の給水や 飴とかチョコレートとかエネルギーになるものをくばっていたりと 至れり尽くせりですね。沿道は途切れの無い応援の人でいっぱいでした。 途中で沿道の応援の人とハイタッチしたりして走ってましたね^^ というわけで、20kmまでは練習でも走っている距離なので楽に行けました。 ここからが本番なわけで、20kmを越えたあたりから少しずつ足に来てます。 25Km過ぎたあたりからは、ちょっと走り方を変えて 違う筋肉を使ったりと小細工をしながら走る。 見よう見まねのナンバ走りとかをするとちょっと楽になります。 単に、手と足が一緒にでてるだけでまったく別物と思いますが^^ 慣れてないので長い時間は出来ませんが、それをやっているうちに 普通の走り方の筋肉が休めるので繰り返しながらやってました。 そんなわけで、30Kmまではマイペースでいけました。 30km~35kmは筋肉痛状態で足がパンパン。 35km~40kmは給水・給食の効果か少し楽にはなりましたが 上り坂とかもあり足を揉みながら歩いたり、筋を伸ばしたりしながらの走り。 40kmからはもうちょっとだからということと 満身創痍でこれ以上無理というのが交錯しながらなんとか走る。 というわけで、何とか走ることが出来ました。 コースもなかなか良かったですね。 都心をゆっくり見ることなんてできないですから。 新宿のビル群から、歴史のある都心のビル街、東京タワー 銀座の街、浅草の雷門、お台場などなど 思いついただけでもこれだけの名所!?を回れるコースは贅沢物です。 来年も当たったら出たいと思います! 次回は本当に4時間切りを目標としたいです。
2009年03月23日
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午後2時から家庭裁判所で調停なので1時に弁護士事務所へ行く。時間まで状況の再確認などで弁護士さんと話をする。こうなったことの始まりは去年の9月。自分がうつのような状態で起きる気が無くなり電話も携帯もシャットダウンして、2日間ぐらい。会社から実家の方に電話が来てちょっとした騒ぎになった。2006年5月に嫁さんの弟さんが無くなってから、義母が心配だから半年ぐらい実家に帰るといって出て行ったが結局そのまんま居ついてしまって、こっちの家は放棄状態である。向こうの実家に近いほうが助けも得られるしと良かれと買ったマンションであったが、こうなっては単に通勤時間が長いだけの不良債権である。こんな状態で、財布も向こうににぎられ何のために生きているのか?と自問する日々。ついに力尽きてしまったといったところだろう。強制的に自分の実家に帰らされてマンションも売うっぱらいました。ようやく住宅ローンの荷がおりたので、離婚の方向にと弁護士さんに相談していたら向こうから調停の連絡が来た。で、その1回目が今日であった。正直な感想。申し立てたもの勝ちなんだなぁと感じた。調停員がもう向こうの味方のような態度をとっていた。ネットで調停員について調べてみると面白い、ろくな事書いてない。ネットの情報を鵜呑みにするわけではないが、現実と同じ感想の人が居ると思うとあながち間違っては居ないと思う。「とにかく、申立人に有利に事情を優遇させて、事件を早く解決させることしか考えていません。」などと書かれているぐらいですからね。こうなってくると先に出された時点でこっちが不利になっていると言える。自分の非に関係なく・・・。理不尽だ。やはり、こういったところでは話の上手い女性の方が有利だ。ましてや向こうは嘘の上手い口八丁手八丁の人間ですから、上手く猫をかぶっていたんだろうなぁ。こっちは言いたいことをぜんぜん言えなかった。後から上手い切り替えしを思いつく始末・・・orzいつの間にかに、親権と養育費だけの話になっているのでこっちから慰謝料をとる方向にも持って行こうと思う。当然調停などのこういった話には慣れていないので仕方が無い。皮膚に疾患も出たし、欝っぽい症状もでたし、具体的な苦痛を受けているわけだからそれ相当の責任は要求したいと思う、結果はどうであれ。でないと頭がおかしくなりそうだ。勝てる!?離婚調停
2009年03月02日
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