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2020.09.29
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カテゴリ: 日記
​  巷ではミカンが出回る季節となりました。ミカンにはいろいろな思い出があります。


 私が小学5年生の頃から実家も実家の周囲もミカン栽培がブームとなりました。栽培していた
のは早生と普通の温州ミカンでした。当時の我が家は父は会社員、母は農業(市場へ出荷してい
た)を楽しんでいました。当時は米とミカンと野菜を栽培する兼業農家でした。

 中学生になると日曜日にはミカン園の草刈をよく手伝わされました。当時、草刈機はまだ無く
て鎌での草刈でした。我が家に草刈機が有るようになったのは私が高校生になってからでした。
 鎌での草刈は今でも綺麗に刈ることが出来て下手ではありません。鎌での草刈は中学生にとっ
て面白い筈がありません。嫌で嫌で仕方なく手伝っていた草刈でした。初めてマムシと遭遇した
のもミカン園の草刈をしていた時(ミカンの木の根元に居た)でした。

 ミカンは病害虫から守るため年に何回か農薬を噴霧しなければなりませんでした。農薬は動力
噴霧機でかけていました。農薬噴霧は父と母に「俺はこれから長い人生だから農薬を今からかけ
れば身体に良くないのでオヤジたちに任せる」と言って手伝うことはありませんでした。
 ミカンは自宅母屋につながる数百坪の土地と8百mほど離れた山を開いた開墾地の二ヶ所で栽
培していました。開墾地には井戸が掘ってあり、私の仕事は農薬噴霧用の井戸からの水汲み(井
戸にはポンプが設置してなくてバケツで汲んでいました)でし
た。
 父と母が農薬をかける間、私はブラスバンド部に居た友人から譲り受けた中古のトランペッ
ト
を吹いて遊んでいました。

 収穫時期は大忙しでした。ミカン1個1個を丁寧にヘタに近いところで剪定バサミで切り、籠
に入れて
更にコンテナ(20キロくらい入る)に入れて日本通運の大型トラックが集荷に来る場所
までコンテナ数10個分をリヤ
​​カーで運ぶという作業には中学生の私にはとてもきつかったという
思いが残っています。

 収穫したミカンはメゴ(竹あるいは藁で編んだ籠)で運ぶこともありました。これがメゴです。
両方にほぼ同量のミカンを入れて天秤棒で担ぐというものです。今、このメゴという物を見かけ
ることはありません。「 めごばらい 」の記事は⇒​ こちら

​​
8500.jpg
 ミカン栽培は栽培面積の拡大などで価格が暴落し、減反政策が始まりました。その時の減反方
法には今でもやり切れない思い出があります。
 減反するためにはミカンの木を根元から伐採すればいいと思ったのですが、根元部分を残して
置くと、接ぎ木をしてまた栽培する輩が出てくるというので抜根(三脚を組んでチェーンブロッ
クで完全に引き抜く)すれば減反協力(補助)金が多く貰えるという制度だったような記憶があ
ります。私もこの抜根作業を手伝わさせられました。

 私は子供心ながら抜根までさせなくても接ぎ木までして再び栽培をした人がいるかどうか、検
査する人が居て見て回ればいいのではと思ったものです。

 減反せずに済んだミカンの木は年月の経過とともに枯れて行き、当時のミカン園は畑になりま
した。今、その畑
で野菜作りを楽しんでいますが、私のサラリーマン生活を早めに終わらせたの
は
​畑と化したミカン園でした。​

 ​





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最終更新日  2020.09.29 06:02:25


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