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3ヶ月ぶりの日記です。直面していた現実のどん底にいた3ヶ月でした。12月4日早朝に倒れ、緊急入院。お正月も病院で向かえ、先週の金曜日やっと退院することができました。今回は本当に色々な経験をしました。もう復活できないと思いました。寝たきりの状態もあり、身体が全く思うようにならないこともあり、でもまた家族や出会った温かいドクターや看護師さんたちの力もあり、こうしてPCに向かう日を迎えられたこと、うそのようです。完全に良くなって出られたわけではなく、これからも自分の身体を分かりながら進んで行かなければなりません。医学的にはなすすべがなく、対処療法のみというのが現実で、それをもなお越えて生きていかなければ私の人生はありません。これほど進んだといわれる医学の枠から完全にはみ出たやっかいものです。自分でももう苦しみ悲しみは全くなくなって、前に進む気持ちだけになって退院しました。すごい経験だなと自分のことなのに、自分のことでないかのようです。ここからの毎日が本当の私の人生なのかもしれません。またしばらくご無沙汰してしまっている方々ともお話できるでしょうか。
February 28, 2006
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ある現実と直面しています。何も変わっていないようで、これは大きな山になりそうです。どう越えていけるのでしょう。自分にしかできないことだから、この困難はやってきたに違いない。大きくなるために…強くなるために…
November 22, 2005
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夕方、夕飯を作りながらニュースをふとつけた。「訃報です。歌手の本田美奈子さんが今朝なくなりました。38歳でした」全身鳥肌が立った。先日どこかの番組でテープで声を聞いたところだった。移植も受けたと聞いてもう回復されるのだと勝手に思っていた。まさしく同年代。アイドル時代の記憶は鮮明。年齢と共に自分の道を切り開き、これからという矢先。どんなにか悔しかったでしょう。悲しい。病を経験するまでなかなか命、人生の大切さを分からずに生きてしまうけれど一度病を経験すると、一瞬の時間ですら貴重になってくる。どうぞ一人でも多くの人が病になる前に日々輝いて生きられる世界がきますように。病を経験しているものであるからこそ、余計に願う。いつも輝き、いつ終わるときが来ても、幸せな自分でいられるように懸命に生きよう。ご冥福をお祈りいたします。
November 6, 2005
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夜10時から11時半までNHKで特集をやっていました。夜回り先生、水谷修さん。たくさんの若者を自ら助けていらっしゃいます。その講演の模様をじっくりと拝見しました。涙が溢れてきました。この病んでいる社会。大人。教育機関。そのしわ寄せがたくさんの子供たちに行ってしまうこと。学校にも家庭にも居場所を見出せなくなった子達が助けを求めに夜の街に出る。時には薬、今はリストカットが非常に増えていると先生は訴えておられました。とにかく「生きる」こと。人の役に立つこと命は自分のためでなく人の為にあること。たくさんの子供たちを救う一方、子供たちの死にも直面してこられた先生。10ほめて1しかること子供たちは信頼できる大人にとにかく訴えること切々と話されていました。つい先日、身近にあることが起き、なんとかしたいと動きましたが結果、嬉しくないことになりました。遅かったというのか、やり方も足りなかった…おこがましいことはいえないけれど、周りに流されずとにかくやれることはやれる大人にならなければと感じています。水谷先生の言葉はどーんと胸にきました。先生も命に関わる病をかかえながら、全く無治療で日々子供たちの為に取り組んでおられます。その力強さ、こんな風に生きられる人がいるのかという感動、そして今の社会の大変さを痛感した時間となりました。自分の存在は受け容れてくれる人がいて初めて存在するのだと私の尊敬する先生がおっしゃっていました。だから自分の命は自分の為にあるのではないのですね。
November 5, 2005
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私事ですが…今日は36回目の誕生日です。そして今日はいろいろ朝から自分のことを考える日にしようと、いらないものの整理、これから先に向かう考え、やっていきたいことなど、誕生日といわなくてもいつもやっているべきことをやっています。なんだかここの所、エネルギーの要ることがたくさん入り込んできます。自分の正義感がかきたてられて、自分が動くとすぐに結果がでるのにそれが嬉しくない結果に出たり、また以前から自分の特徴というか、癖というか気になっていたことがあからさまにクローズアップしたり…その特徴をちゃんと生かせばおそらくは人のお役に立てるのに、今はまだお役に立てるように生かせていないことがわかったり…。現象に驚かされる毎日です。おそらく以前はそういう周りのエネルギーや現象をそのまま自分が受けてしまって、病気にまで至っていたと本能的に感じています。今またそういうことがあからさまにあちらこちらで勃発していて、少々困惑気味です。36才にして冷静にそれを判断。どう生きていくかは動きながら道を創りながら進まなければいけません。そしてこの癖、特徴は自分の特性、特質として人の為になるように、仕事になるように生かすことが、人生豊かに、幸せに生きるということなのではと感じています。まだまだ半端なのです。余りにも半端なのです。一時的な感情や出来事に揺り動かされ、困惑しているようでは未熟というか、話にもならないのです。覚悟ができていません。もうそんなこといっていられるような時でも時代でもないのに…そういう状況で、体調も正直にその状態を表しています。ここはよく自分を感じ、考え、また動くエネルギーに変えていきます。今日は快晴。36年前は霜が降り、ちゃんちゃんこを着ていたと毎年母は電話をかけてきては話してくれます。この世に存在するかぎり、たくさんの方々と交流し、共に良くなっていける生き方をしよう…。36才の決意です。
November 4, 2005
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毎夜 澄んだ空に浮かぶ月を眺めその美しさに浸る美しいものに触れると心も一緒にきれいになる「美しい」と何故感じる?花や木、空や海、山、川…それらが美しいと教えられたから美しいと感じるのか…ふとそんなことを想い、月を眺めるすーっと私の心の中に月の光が入っていくしばらくじっとしていると月の光が私をつつんでいた「美」はいつも共に在る心が疲れていても、自然はそっとそばにいてくれる余りにもちっぽけな自分なのに共にいてくれる「美」を感じ、命を澄ます
October 21, 2005
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今日10月6日は生きていれば父の67歳の誕生日。今生きていてもまだまだ若い。15年も早く、逝ってしまった。母が「今年も咲いたよ」と父が生きていた頃、植えてくれた金木犀の花を持ってきてくれた。テーブルに飾り、前にケーキをおいて一緒に食べた。あの頃には分からなかった温かい父がいるような気がした。母と二人、目が潤んだ。あの頃の状況が今ならば、私は父に何をしただろう。何も変わらないかもしれない。ただ…「今日はおじいちゃんの誕生日なんよ」「おじいちゃん、来るの?」「おじいちゃん、来ててもちょっと見えないな」「おじいちゃんのお家どこ?」「おじいちゃんのお家は奈良のおばあちゃんのところなんだけど、ううん、そうだな、空かな」そんな会話をする、まもなく5歳の息子の存在は父には人生の最高の喜びになっただろうと、運動会の練習を一生懸命やってきた幼稚園からの帰り道、ふと想う。金木犀の花が咲く度、父を想い、父を感じ、今生きている自分を感じる。有難う。有難う。67歳の誕生日おめでとう。
October 6, 2005
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最近、ある冊子の一ページにナチュラルライフと題して、重曹や石鹸といった優しい素材を上手に使って掃除をしていく方法が紹介されていました。非常に掃除が苦手というか、この雑な性格もあってなかなかきれいにできない自分を反省してはできずの繰り返し。意識するようになってから少しずつ変化してきてはいますが、今一歩。そんなときに出会ったこのページのお陰で素敵なHPに出会いました。その名もエコ家事。ただ単に自然のものを使おうというだけでなく、理論的に汚れが何故落ちるかを説明してあったりと非常にありがたい情報がいっぱい。「これは楽しんでできそうだ」と早速重曹を買ってきました。最近、やっと掃除を楽しめるようになってきているので、ここはもう一歩進んでみようと思います。今日の大阪はほぼ一日雨模様。ちょっとお家の中も湿気ていますが、そんなときだからこそきれいにすることを楽しんでみようと思います。これまで雑誌やHPでいろいろな情報をみてもなかなか知るだけで行動までいたらず、そのまま忘れてしまうこともありました。でも今、全てのことにおいて私の心は「まずやってみよう」と声を上げるのです。失敗しようと、時間がかかろうと、自分が「やる」ことが全ての始まり。そうすることで仕事も家庭生活も、勉強も楽しく、そしていつしか自分の身についている…。大切なことです。生きているかぎり…
October 5, 2005
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今日は12年前英会話学校で一緒に仕事をしていたオーストラリア人の女性とアメリカ人の男性が日本に来て、連絡をくれたため会っていました。2人と私は同い年だったこともあり、当時も本当にいい仕事仲間でハートも温かい2人が大好きでした。頻繁に飲みに行ったり、パーティーをしたりとプライベートな時間もすごすことも多く、英語がまだまだできなかった私には2人は本当に素晴らしい仲間であると同時に、いい先生だった気もします。英会話の先生はたいてい1年で契約が切れてしまうことも多く、よくビザの手続きをしていましたが、彼らは丸2年一緒にいて、しかもスタッフで始めてカップルになり、日本にいる間に私たち仲間に見守られて、結婚式も挙げたのでした。ある駅で待ち合わせ。本当に当時と全く変わりない2人の姿に感動。し・か・も女の子と男の子のこどもたちも一緒。時は流れ、いる場所は違って新しい命も生まれて…素晴らしい再会の瞬間でした。昔話に花が咲き、そういえば当時24、25歳だった私はとにかく仕事を必死でこなし、伸びていく自分を感じることに喜びを感じていました。英語が好きで、学びたい気持ちも満たしながら仕事ができる環境が本当に恵まれていたと思います。今随分話す機会がなくなって、まだまだ力も不足しているため、落ちるのも早くて困ってしまうこともありますが、英語に触れていたお陰で、最近よかったなあと思うことがちょくちょくあります。言葉は何語であろうと、ハートの通じ具合はやはりその人そのもの。きっと何語を話していても、2人とは色々なことが分かり合えたのだろうなと今日改めて痛感しました。日本にいる間に会えるだけの人は会おうとしている彼らの予定はハードで今頃はもう東京にいるはず。たった2時間ほどの時間でしたが、少し間があいたけれど、これからは頻繁に連絡取り合おうねとメールアドレスをもらいました。世界中あちこちに行っている彼らは今特定の住所がないと…メールができる今の時に感謝する私です。なんだかあったかい気持ちになれた今日でした。感謝
September 26, 2005
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昨日は自分が話す「言葉」について本当に身に染みて学ぶ機会がありました。人に大切なことを伝えたり、気持ちを伝えたいときに一体自分がどんな言葉を話しているのか…。客観的に考えると私の話す「言葉」には先がありませんでした。ベクトルがいつも過去に向かっていて、「こうしなければよかった」「ああしたのがよくなかった」などなど。どんなに気持ちを入れて訴えても、そこには未来はありません。命はいつも未来、そう、先を創るために働いているのに、表面的な自分は過去から発信してるばかり。これでは人の心に訴え、響いてもらうことも難しいと本当によく分かりました。命の働きのままに、日々話す言葉も先のある言葉を話していくと決め、今日は美しい朝を迎えました。なんだか気持ちが元気です。日記が更新できない気持ちの日々が続いていますが、それもこの原因であるようにふと感じている、今この瞬間です。
September 12, 2005
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今日は2年半の検査の結果を聞きに行ってきました。血液を除いて全て異常なし。血液は相変わらず全ての血球が低いものの、私にとっては日常なんの支障もない数値でした。身体は今またアレルギーのような症状がいっぱい出ていて困っていますが、ちょっと気持ちを引き締めなおして、整えにかかろうと考えています。色々な毒素が身体に入っているのでしょうか…。昨日、今日、明日の3日間は夫が少し遅い夏休み、息子も幼稚園が新学期準備で休みの為、遅い夏休みの雰囲気が家の中に漂っています。先日の台風後、空気はいっぺんに秋を思わせ、大阪の街にもトンボがちらほら。空は青色が濃く、風はふと涼しさを運んでくれます。私の大好きな秋がやってきます。今日、夫に会って始めてもらった時計の電池とベルトを替えてきました。長く止まったまま飾っていたのですが、夫が今月色々な経験をし、本当に初心に戻れたこともあり、私もいろいろ気持ちを整理できたこともあり、気持ち新たに出発という意味で、動かすことにしました。心も身体も一新。仕事も一新。生活も一新。生まれ変わるつもりでやっていこうと考えています。2005年の残り3分の1が始まりますね。充実させたいものです。
August 30, 2005
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しばらく日記がかけない状態にいました。理由は自分でも良く分かりません。色々な気持ちが交錯してしまって、言葉にできなかったというのでしょうか。たくさんの方の日記は拝見しつつ、なんだか考えることもいっぱい。色々整理する気持ちで自分の内面を見つめていると、整理されればされるほど、力が抜けていってしまっていました。不思議です。夏にやっていた仕事もおととい一段落して、今日は久々にPCに向かい、気持ちを表現しようとしています。とにかく今一言気持ちを文字にするとしたら「きれいになりたい」ということ。心も外面も… clean... beautiful... bright... なんて英語が頭に浮かんでいます。やっとなんの思い込みも枠も、不必要な気遣いもない「素の自分」に近づいてきた感じを受けています。空っぽというか、すっきりというか…。そうすると不思議です。家の片っ端から物を片付けていらないものを捨てたくなったり、拭き掃除を念入りにしたり、空間もきれいにしたくなります。髪を切り、いつもより念入りに化粧をして外見にも気遣いできるようになります。またもっときれいになりたいとか、イメージを変えてみたいという欲もでてきます。食事をきれいにもりつけようとか、ありふれた瞬間瞬間を豊かにしようという気持ちがでてきます。これはおそらく私の身体にもいいと感じています。こんな気持ちは非常に貴重で、その瞬間から同じ場所にいながら、空間が変わってしまったような感覚を覚えます。実際変わっているのかも…今日は台風が近づいています。私のいる大阪は少しずれているものの、風がだんだん強くなってきました。これから直撃する地方の方は本当にお気をつけ下さいと思いつつ、いつも台風が来るたび台風がたくさんの汚れをもっていってくれるような気がしてなりません。台風が過ぎ去った後の透明なまでのきれいな空気が好きです。
August 25, 2005
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本当に久しぶりの書き込みです。他の方の日記は拝見していながら、なぜか全然書くことができなかった私。一体なんだったのでしょう。この期間やっていたのは過去の整理と夫とのとことんまでの対話。これによって、二人足並みそろえて、今やるべきことをやっていく方向性が見えました。この夏休みも仕事も多く、子供はずっと幼稚園の夏季保育に入っていたので、どこにも連れて行けず、唯一今日が夏休みのプレゼントのような一日になりました。行った先は大阪で今日まで行われていたセサミストリートのミュージカル。きぐるみのセサミストリートのキャラクターとやたらにきれいで歌も踊りもうまくてスタイル抜群のおねえさんが登場。ダンス、音楽ともにアメリカ本場じこみのミュージカルになっていて、小さな子供を対象にしているにしてはなかなか高度な技術を持ったダンサーだろうと感じさせられるほど。約1時間半もの間、息子は釘付け。「誰がよかったの?」という私の質問に間違いなく大好きな「エルモ」と答えると思っていたら「みんなよかったよ」だと…。そりゃそうだ。今日は今からちょっと用があって、関西空港に車で出かけます。あくまでも出かけて用事を済ませるだけなのですが、息子は飛行機が見れるのとドライブができるのとで楽しみにしている様子。明日からまた幼稚園と、仕事が始まるけれど、よくよくがんばってくれた夏休みのごほうびです。Thank you.
August 21, 2005
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明日から8月。8月1日は私たち夫婦には忘れることのできない日。8年前のその日、私は友人と仕事の後のみに行く約束をしていました。仕事柄いつも終業時間が10:00ごろだったのと、姉妹のように一緒に仕事をしてきた同僚と色々話したいことがあって、その日はオールナイトで、なんて約束をして(若かった)随分前から8月1日と決めていたのでした。またその日は金曜日。次の日はお休みだったな。別の友人から面白い店あったからいってみてと聞いていた店に行ったものの、私たちの趣味とは異なって、「もうすぐしたらでようね」と言っていたところに、同じく2人でやって来た男性たちがたまたま隣の席に座ったのでした。それが今の夫です。その日から驚きの連続でなんだか結婚までいたりましたが、この8年間振り返ると、本当に大変な人生を送っているなあとしみじみ。なんとかここまで2人やってきて、息子も生まれ、見た感じは良くある夫婦。しかし…まあ、すごい人生です。8月1日が巡ってくるとまた原点に戻るように自分を振り返るのです。8年前は今の自分たちは想像も付きませんでした。山越え、谷越えして8年がたち、今日も美味しい夕食を3人で食べている…。どんなに厳しく大変な人生でも何と比べるでなく、私と夫、そして息子の人生、生活…。心が一つならば、何が起きても乗り越える力になる。そんな8年だったような…これからも共に時を刻み、8月1日がくるたびにあの8年前に戻り、今を見つめる。
July 31, 2005
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昨日は幼稚園のお友達の誕生会に夕方からいってきました。そこで息子が生まれてすぐの頃から一緒に遊んできた女のこのお母さんがある話をしてくださいました。幼馴染の女の子がいうには、「いのちってたいせつなんだって。ここにあるねんて(左の胸をさしながら)。たいじにせなあかんねんて。 ○くんがそうおしえてくれてん」と。○くんはうちの息子のこと。そのお母さんはいたく感激した様子でした。でも…色々大切な話はしてきたものの、具体的に「命」の話をしたことはなかったような気がしていた私…ううん、どうやって分かっていたのだろう。と思い、今朝夫に尋ねてみると、どうも話したことはない様子…。「何でやろうね」と話していたら、どうも夫と私がいつも聞いているFM放送の番組の中の話を聞いたんじゃないかなというところに行きつきました。私たちには習慣になっていることが、やはり子供にも明らかに育つ環境となって現れるんだなと痛感しました。ちゃんとそういうことを報告してくださるママ友達にも感謝。自分のところだけでなく、周りと共に成長することの喜びは大きいものがあります。先日、ある大手塾の方から、「教育っていうけど本当は共育なんですよ。大人も子供から学んで共に育つんですよ」と聞かせていただきました。まさにそうだなと感じさせられる今日この頃。そういう目線で日々すごすと発見、気づき、感動、喜びがぐっと増えますね。逆にこれはいけないと思うことにも敏感になれる。変えていけることはきっちり変えていく方向に動ける大人になりたいものです。
July 30, 2005
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2週間に一回、ある勉強会に入れていただいて、なまった頭を鍛えなおしています。もちろん、英語の勉強会。かなり難しい内容なのと、やり方が経験のした事のないものなので、本当に冷や汗いっぱいで参加しています。毎回、自己嫌悪+恥かきの私ですが、これも経験、またいつか昇るときが来るといつもの精神で学ばせていただいています。また一つ、目標設定してみようかという気になってきています。何度も立ててはやり遂げられずにいる壁が3つばかし…。確か今の年齢ではすべてこなしている予定だったのに、今この状態。ううううんん。いけない。モチベーションが落ちるというわけではなく、すぐ日常目の前のことに流される自分の弱さ。これが全てに付きまとっているような気がします。今冷や汗をかいているのも、なんとか最低のことはできるようにやり直そう。いい機会だ。
July 28, 2005
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先週の土曜日、そうです、関東地方で震度5の地震があったあの瞬間、私は大好きな横浜にいました。今一番好きな大さん橋というところのホールでのコンサートの真っ只中でした。素晴らしい音に本当に癒され、「幸せだな」と感じていた瞬間、ぐらぐらと…本当に大きな船のような会場だったので、この場所でこれだけゆれたら相当大きいなと直感的に感じながらも、静かにそのままコンサートは続きました。来月レバノンで行われる芸術祭に招かれているNPO主催のコンサート。まさしく言葉も、宗教も、民族も超えて、愛、平和を表現している音楽だと多くのレバノンの方が認めた作品…。日本ではなかなか広がらなかったり、理解されなかったりしますが、心から平和を求め、愛を求める国の方たちはそれがいかに大切なことか直感的にお分かりになるようです。素晴らしい経験とその真っ最中の地震。なんともいえない経験でした。大きなエネルギーが渦巻いているような感覚を受けるというか…翌日は東京に入ったのですが、朝からなんだか身体がおかしく、これはまた何か来るなと感じていたら案の定、高熱に見舞われました。風邪の気も何もないのにすごくエネルギーを受けるようなことがあると、熱が出ているような気がしている最近です。今回でこれは2度目の経験。昨日も終日37.8度の熱があるのに子供の遊びに付き合い、今日はすっかり回復です…。自分でも一体何が起こっているのか分かりませんが、また心と身体を整えて、良い経験を活かしながらやっていきます。すごい日々の連続と動き回ったせいで身体も驚いちゃったかな。
July 26, 2005
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今日、ずっと心にありながら何とかできないのかと悶々としていたことが一気に扉が開き、明るい未来へと進んでいける方向が見えました。素晴らしい。これはいける。絶対にいける。確定したことではないのでいえませんが、これは本当にすごい。全くあきらめていたことでした。本当に悔しい思いをしつつも自分の力ではどうしようもないと頭の隅に追いやっていたことでした。本当にふとした出会いの先にあった、奇跡とも言える出来事。やった!自分の心を伝えて出会ったその道の先にはこうして開いていく未来がある。自分の気持ちを変えずに進み動くことがこういうことも生んでいってくれるのなら、動かずにはいられない。動くことに意味があり、そこには確実に大きな力が働いている。必ず実現させる。必ず。
July 22, 2005
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最近、色々な場面で痛感することがある。これは日本という土地特有なのかもしれない。そしてそういう私もずっとそう生きてきていた気がする。それは大切なことが「他人事」の感覚でいてしまうこと。ボランティアや様々な活動の真っ只中にいる人はもちろん必死で気持ちを伝えようとする。本当に身近に感じられる人はその人たちをサポートする。そしてその外側は…。日本はかつて命をかけて国を変えようという人たちで溢れていた。実際にたった一人で立ち上がり、周りに影響を与え、名を残した人も決して一人ではない。そして国も実際に動き変わっていった。戦後日本はアメリカに追いつけ追い越せで、どん底から立ち上がってきたのだけれど、必死に働くことしかなく「敗戦」という傷跡は日本の元々在る本当の力や精神も奪っていった。今、その精神を掲げ、日本に活力を与えようと動いている政治家がいるようには見えない。簡単に言えば国民にやる気を持たせてくれる人がいないのだと思う。ところが最近、身近な人たちの中に「自ら動こう」としている人が本当に増えてきていると感じている。その方たちに感じるもの、それは「精神」。この言葉で表現すると誤解されることもあるけれど、全くぶれることのない気持ちというと、分かりやすいだろうか。何とか応援したいと感じさせられるその強い意志。すごい。本当に動かなかった国や組織すら動かしてしまう力を蓄えつつ在る感じを受ける。今はもう戦後色々なことを見失った時代も去り、本当に動けば実現するときを迎えていると聞く。誰にもチャンスはあり。動く人は結果を生む。つながる人たちの絆は強い。
July 21, 2005
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今日は久々に自分だけの時間がたくさん。頭を整理しようと今日をスタートしたのに、暑さとまだ残る疲れにやられてペースダウン。やらなければならないことからこなし、終わらせたらゆっくりとやっていくことを整理しようと思います。本当にできる人は色々なことをやりながら整理も同時にしていくのでしょうね。私の場合、部屋や冷蔵庫の中にも疲れや落ち着きのなさが現れてきます。ずっと前は「忙しいんだから仕方ないじゃない」みたいな感覚で、ほおっていたこともありました。それが今ではそこに自分のふがいなさ、能力の低さが現れることを身をもって知っているので、落ち着かない部屋を見て、「ああ、情けない」と反省をしています。それでも効率の悪さを克服しなければ、この反省も無意味となってしまいます。夏のうちに方向性を固められるよう、子供たちは今日から夏休みが始まり、私は今日から休みなしに入ります。
July 21, 2005
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ここ10日ほど、色々あって、日記も書いていないほど毎日エネルギーを使いきり、やっと一息つけました。と思ったら昨日はどっと疲れが出て眠りこくっておりました。たくさんのことが周りで動いていて、人にもたくさん会っていますが、まだまだ前進していない私。ある意味身体にエネルギーが余分にたまって、不完全燃焼で身体が熱く、重い感じです。これはいけません。時間に追われているとこんなことによく陥ってしまいます。明日は久々自分で考える日にできそうなので、やるべき事を済ませた後はちゃんと頭と心を整えようと考えています。はああ。こういう日々になると、すぐに食事がおろそかになってしまうのが欠点です。また気を取り直し、整えます。これでは本当に健康な状態とはいえませんね。今日は仕事を一緒にしている英語の先生たちとの食事会でした。本当に皆さんすごい。6人のうち、私が最もひよこ。まだまだ本当に駆け出しといっていい年齢、キャリアだと痛感します。人としても、親としても、女性としても、社会人としても。35歳、非常に面白い年齢です。上の人に会っていくこともできるし、まだまだやる気で前に進めるし。ある程度経験は積んでるし。きつかったことも今の時点ではばねになっているし…。ある方がその先生方をみて「バイタリティあるなあ」とおっしゃっていました。よくバイタリティと言いますが、正しく「生命力」だと感じます。その存在に触れるだけで元気がもらえる。自分もがんばろうと思える。まだまだやっていくこといっぱいあるなあと将来に向かっていける。これは非常に大切なことだと最近よく分かります。いつもその状態で完全にいることは難しいとしても、一緒にいて「勉強になる」「話をどんどんしたい」「何かを一緒にやりたい」と感じられる、つまり「快」「楽しみ」の状態で時間を過ごせる人といると、自分の身体が元気になって、包んでいる空気まで元気でパワフルになって行く気がします。実際なっているのだと思います。最近は、自分の「まだまださ加減」を痛感する日々が続いていて、非常にエネルギーが必要ですが、素敵な人たちからの影響のお陰で、なんとかまたエネルギーチャージをしている状態。それだけにパワーを使い果たしたときは寝るという意識もできないうちにねむりこくってしまっています。ちゃんと日記も更新できるくらいにはエネルギー残しておいたほうが良いですね。ちょっと反省…
July 20, 2005
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ある知人の小学生のお子さんのこと。彼女の気持ちは非常に傷ついてる。私の考えている以上かも知れない。彼女はある大人の言動、態度を恐れ、また他の子供たちにも伝わっているきつい雰囲気を察し、非常に苦しくなっている。私は本当に許せない。大人が言葉で子供を傷つけるなんて許せない。お腹がかっかかっかしてくる。時に、大人も感情で子供をしかったり、間違ってきつい言葉を言ってしまうことも在る。もちろん、私も。でも、子供の心に深く傷を残したり、それまでできていたことができなくなるほどのショックを与えるようなことはない。それは正しく愛があるから。誰よりも子供たちは愛のある人が分かる。身体で分かる。時にはしかることも、発破をかけることも、厳しく諭すことも大切だろう。社会に出て行く子供のことを心から応援し、育てて生きたい気持ちがあるなら。だけど、あれほどきれいな気持ちを持っているこの心の影を落とし、元気な彼女の行動をとめてしまうなんて、絶対だめだ。そんな大人が教育現場にいていいのだろうか。くびにならない立場だからと許せるのだろうか。言葉は充分、暴力になる。家庭の中でも、職場でも、教育現場でも…。だからしかるときは非常に気をつけて、小さな年齢の子供たちにでも、その年齢なりに尊重して、大人からの気持ちを伝える必要があると思う。危険なことや、絶対にやってはいけないことをしたときは、お尻をぶつこともあるだろう。愛からその行動が出ていれば、明らかに子供たちは分かる。心にまで傷を負わせることだけは絶対にだめだ。いくら親でも、先生でも、先輩でも、同僚でも、友達でも…。どんな立場でも相手を尊重する。相手のことを考えて、感じてしかる。しかるときは自分もしかられている気持ちでしかる。大切にしよう。心を。大人も、子供も。大人が変わらない限り、子供は変わらない。
July 10, 2005
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出会い。これは偶然と奇跡の賜物。私と夫は、お互いどん底のときにそれぞれ全く知らないもの同士でたまたま友人と食事をしていて、隣の席になっただけ。そこから驚くほどの偶然が重なり、人生を共にするまでになった。夫と出会っていなければ、今の人生はなく、また今の生き方もないと痛感する。これは自慢とかではなく、「~していなければ」という「たら、れば」というのは人生にはないといつも感じるから。決して穏やかな人生とはいえない人生を送っているけれど。「幸せか」と聞かれれば「幸せ」と答えられる。本当に。この出会いは偶然と奇跡が生み出してくれた。でも一方では必然的なことだった。今、私は仕事のことなどで、どんどん新しい人に出会えるように動いている。なんの伝手もないのに、飛び込むように訪問することもある。電話をすることもある。手紙を書くこともある。ここ数日、お会いした方は皆、最初のきっかけは私からのアプローチ。動かないと会えなかった方々ばかり。でも実際に会うと、色々な共通点がある。始めてあったとは思えないほど話が進む。時にはちょうどそれを待っていたといわれるようなこともある。動かなければなかったはずなのに、必要としている人に会う…これもある意味必然。先日、「決めると決まる」というタイトルで日記を書いたけれど、「動く」と決めて動いた先には非常に素晴らしい出会いがある。出会いは、偶然、奇跡、必然だけれど、自ら創り出すことで始まる。道を創るというのはこういうことなんだと実感する。色々な動きもまとまって、一つになって未来につながるから…。結局、自分がやりたいこと、好きなこと、好きな場所、好きな時間、好きな天気 などなど、「何故すきなの」といわれても分からないけど、好きだと感じる気持ちのいい方向に沿って動くことから私の場合始まっている。そして、好きな場所には会える人がいて、好きな天気の日に動くと思いがけないことがある。なんだか、何かに助けられているような感覚…。おもしろい。
July 6, 2005
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今日は知人に誘われ、ある話を聞きに言ってきました。ある意味、ビジネスの話でもあり、体の話でもあり、以前から知っている仕事の話ですが、5年ぶりに聞いて、随分納得できるところもありました。これからはウエルネス産業と言われているとの話があり、確かに人が様々な病気になったり、長寿になればなるほど病気が増えるということは予想の付くところです。そのためにサプリメントを飲む人も非常に増えています。今では1兆円産業。数年後には4兆円産業とも言われているとの話でした。確かに、日常生活の中では私のように病を経験したものでも、完全に決めた食事をやり遂げることは非常に苦しいこともあります。逆にストレスにもなることも…。でも自分の身体がまた病になってはいけないという必死の気持ちと交錯して辛いこともあります。いざ病気になり、私のように非常に薬の副作用が強い場合(ちなみに抗生物質にもすごく弱い…)薬を飲むこと自体、逆効果ではないのかと思うことも多々あります。そんなことを頭でめぐらせながら今日は話を聞いてきました。サプリメントも確かに今の栄養の偏りを防ぐためには必要な時代が来てしまったのも悲しい現実です。今日、日記をのぞくとナイスミドルさんの日記で、あるドクターが紹介されていました。こんなドクターもいらっしゃるのですね。その先にたくさんリンクされていたNPO団体や、有名な会も内容を拝見しました。非常にうなづける内容になっています。私は本当に人の力はすごいのだといつも感じています。一体何が正しいのか分からなくなるほど、様々な情報が溢れかえっていますが、頼れるのは自分の勘。そして何故か信頼できてしまう人。そして後は信じたことを遂行する心でしょうか。今日はこちらをご紹介。がんの患者学研究所 私も、こちらを参考に、あらためて自分の習慣改めようと、今日はなんだか身体のことを一日中考えていた日でした。
July 5, 2005
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今日は今から仕事なので、まず一つだけ…日記リンクしていただいていて、お父様の西田文郎さんの本を楽しく読ませていただいたのですが、息子さんも本を出版されました。たくさんのスポーツ選手やタレントさんを含め多くの方にメンタル講座を行っておられる有名な会社を経営されています。--------------------------------------------------------■7月5日にA○AZONでご購入の方、全員にプレゼント■『痩せるNO.1理論』発売記念キャンペーン西田一見・著/西田文郎・監修/現代書林刊詳細はこちら >>> http://tinyurl.com/d6o2n --------------------------------------------------------女性にはつい手が出るないようですね。私はダイエット基本的にはしないのですが、恐らく相当研究されていて、必ず効果があるのではと感じています。あ、ちなみに私、かなり体、しっかりしています。決して痩せていません。ダイエットしないといけないかな。
July 5, 2005
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大雨の一日でした。ずっと降っていました。私はものすごく晴れ女で、少々の雨の時は私が出かけると嘘のように晴れてくれると(かなり思い込み?)感じるほど、雨にぬれません。だから女性ものの折り畳み傘を持っていないほど…でも今日の雨はそう簡単ではありませんでした。晴れ女のくせに、結構雨は好きです。なんとも落ち着くと言うか…今日は土砂降りの雨の中、ある目的のために歩き、色々な方に会ってきました。「今日は大切な人に会う」とお腹に力が入り、決めて家を出ました。会う方会う方非常に素敵な人ばかり。また自分で色々な仕事をしている方ばかりに会うことができました。初めて会うのに、何十分も人生を説いてくださる方。お互いやっていこうと考えていることや、今やっていることを色々お話ができる方…そして最後にあった方は、どうも一緒に仕事をしていくことにもなりそうなお話に進みました。不思議なものです。本当に。心とお腹の中で「やる」と決めたことが決まる時が来ていると聞きました。本当にそうなのかも知れません。決めて動く、すると決まる。当たり前のようで、決して簡単ではないことがその方向が正しければ形になっていくようです。雨が応援してくれた一日でした。いっぱい歩いたのに、疲れるどころかふつふつと熱いエネルギーが湧いています。人生も仕事も、普段の生活も結局は一つ。どれが欠けてもだめなんですね。自分がきちんと大切な方とやっていけるためには、身体もしっかりさせておかなければ…と、また最近いい加減になっていた食事も、体のことを考えて本を見ながら献立を立てています。人に会うために動ける身体になるためにも。大切な一日になりました。まだまだこれからどんな展開になっていくのか、楽しみです。私の身体作りはここから…
July 4, 2005
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一目ぼれしたHPの管理人グローバルaHOMEさんから育児バトンというものが回ってきました。「4つの育児に関する質問に答えて、次の方へ(出来れば5人、無理なら何人でもOK)バトンをまわす」というルールのようです。私も次の素敵なママたちにバトンタッチしてみたいな。★ 質問1 ★ お子さんは何歳(何ヶ月)?性別は? 4歳8ヶ月(男の子) ★ 質問2 ★ 生まれたときの感想は? 陣痛39時間半 分娩5分 あの長い陣痛は忘れられませんが、生まれた瞬間大声で 泣いてくれた瞬間、ほっとして体の力がスーッと抜けた ことを覚えています。 お父さんも同じく39時間半、ずっと陣痛と共に頑張って くれました。 ★ 質問3 ★ ウチの子のココが1番ってトコはどこですか? とにかく穏やかで明るい。いつもにこにこ気持ちが安定してい ます。好奇心旺盛。 ★ 質問4 ★ 最後に、将来どんな子に育ってほしい? 「愛」をいっぱい人に与えられる子 自分の夢を自分で開拓していく子改めて、息子をジーッと感じる機会を与えていただいて有難うございます。たーくさんの素敵なママたちに会えること、愛いっぱいに子供たちを育てている方たちにつながっていけること、本当に嬉しいな。では私からは、長くHPリンクしていただいている方々へ。手作りのお料理がとても素晴らしいぐずりんさん英語で育児もされていて、今お2人目がお腹かにいらっしゃるteatimeさん今1歳のお嬢さんの育児を丁寧に日記にUPされているMayuみんさんもうすっかり成長されたお子様がいらっしゃるふう1114とっても素敵な画像が印象的なえりさん以上の方にバトンタッチいたします。グローバルさん、有難うございました。
July 3, 2005
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早いもので、もう7月。あっという間に毎日が過ぎていきます。今日は息子がふと「みんなでたなばたつくろう!」というので、近くのお花屋さんで笹を買ってきて(なんと150円)皆で短冊をつりました。「願い」といわれるといっぱいあるようで、なかなかない事にいつも気付きます。と、いうのも私たちは困ったことや考えなければならないことに出くわすと、日頃宗教心がなくても、「神様たすけてください」とふと心で念じたり、逆に大変なことが起きると「神様なんていないのか」などと言ったり…ある方が本で読まれた内容に、「自分でできることをなぜ神のせいにするのだ。頼ることもそのせいにするのも、人間の悪い癖だ」と書かれていたそうです。言われてみるとそうですね。日頃神様の存在を意識していないのに、大変なときだけ、自分のがんばりより前にふと、「助けて」とか「~しますように」と念じてしまっています。このことを聞いてから「願い」はたいていの場合、自分の力でかなり達成できるもののような気がするようになってきました。人間にはそういう力があり、私の場合、神という存在も自分の内にあると感じてしまいます。つまり助け合いも人間同士、かなりのことができてしまうのではと考えています。と、ちょっとなんだか深い話になってしまいましたが、とりあえず大好きな空に念じるとすれば「夢がかたちになりますように」=「夢をかたちにしていきます」という宣言になりました。7月7日は毎年曇り空が多いけれど、今年はどんな夜空になるのでしょうか。息子のお陰で、少しロマンティックな気分にもなれ、今日は今日でなかなか言い出来事もあり、気持ちのいい日になりました。
July 2, 2005
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人はいつも絶えず、何かしら気を遣って生きています。会社、学校など外ではもちろん、家の中の家族にですら気を遣っていることが非常に多いです。そういう私もずっと気を遣ってすごしていました。35年の年月を振り返っても、昔に遡れば遡るほど気を遣っていた自分がよく分かります。病後、身体を良く感じられるようになってから、気を遣っていると胃の上辺りが固くなっていることをいつも感じます。振り返ると、昔はいつもそんな状態だったようなことがおもいだされて…気を遣わずに生きるとは、素直なそのままの自分で生きることということになりますが、時に、それを「わがまま」と取られることもあるのかもしれません。「わがまま」もそれを生かして仕事や何らかの形で社会や人に役に立つようにできればそれはその人にしかない個性とも言えるんだと聞きました。なるほど。社会的に迷惑をかける昨日も書いた「暴力のわがまま」は明らかに許されませんが、私たちがつい子供たちに「そんなわがままだめです」と言ってしまうことは本当によくみて感じて、受け留めてあげると、その子の非常に大切な個性であることも少なくないのではないかと、「わがまま」について聞いたときにふと気付きました。外でも家の中でも気を遣うなんて、苦しいですね。本当に苦しい。その生き方はかなり病気へとつながりやすいのです。どう思われるかよりもどう感じ、自分はどうするのかが非常に大切だと分かってきました。楽しく、豊かに、どんどんよくなれるように、まずは自分の内を変え、内の環境が外へと温かに伝わっていくように「気を遣っている」状態の自分はもういらないのです。
June 29, 2005
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ここ1週間は、本当に自分にとってエネルギーを呼び起こす経験の連続でした。自分の本当の力は何に向かって出てくるのか、身体が熱くなるような気持ちはどの方向へ進もうとするのか…やっと第一歩目を踏み出せるような気がしています。日々の生活も、仕事も、人生そのものもそれぞれ区別などできず、いつも本当の自分でいることで、すべて豊かになっていくということ。豊かとは… いつもいつも元気で自然に「にこにこ笑顔」でいられる心の状態でいること。平和とは… このにこにこ笑顔で光り輝くように豊かに生きる人たちで溢れかえること。愛とは… 光り輝く人たちがそれぞれ生きる上で、自分の能力を出し、交流し始めること。決して許されないのは、日々の生活の中で人を傷つけ、自分が正しいと思い込み、それをできない人を苦しめたり、ただ嫉妬をしたり、中傷したりすること。これは家庭の中であっても「暴力」と同じだと聞く…。私は豊かに生きていくことで、これから出会う人たちと交流し、お互いが更に豊かになり、にこにこ笑顔で美しく生きていくことを本当にやっていこうと心にしっかりと根付かせた。前に進み、たくさんの人に出会い、仕事も共に成長し、生きていけるよう、動くためのゼロの地点に今、立っている。
June 28, 2005
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本当に元気で幸せに生きていくための大原則。1.好きな人と生きる2.好きな仕事、好きなことをやっていく3.おいしいものを好きな人と食べるとてもシンプルだけど、ある意味とても難しいこと。好きだと思い込んでいることがやたらに多いから。でも時代はとうとうそれを可能にできるときが来ているという。実際、本当に好きなことを始めて、事務所を立ち上げ、大成功を収めている人もたくさん。肩書きはどんどんいらないものになってきている。すごくいい時代。厳しいと一瞬思わされそうな現代だけど、本当の本当は大原則をやっていくだけで、真に幸福で豊かな人生は送れるのだと。それを一人一人が実現できていけば、すべては平和への道につながる。決して、物質的、金銭的な豊かさではなく、人間そのものの豊かさ。人間が豊かに生きることは身体もよくなる。心もよくなる。そこから発信するエネルギーは周りの人を幸せにし、だんだんそれが広がって皆が幸せになる。そのエネルギーは愛そのもの。人と人が交流し、共によくなること。
June 27, 2005
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東京滞在最終日。ふと横浜へ足を向けた。大好きな街。ここにしか吹かない風を感じる。山手の洋館にて、100年前のピアノの音を聞く。なんとも優しい音。大好きなノクターンが流れる。そこから中華街を経て、大さん橋へ。壮大な建物から横浜のシーサイドが全て見渡せる。ホールで行われていたフリーのコンサート。ソプラノサックスの音が横浜の景色と海にぴったりだった。予定外の横浜。デジカメをもって行かず、喜びの瞬間瞬間を収められなかったのが残念…。また来月も訪れる。 そのときにはたくさんの瞬間を収めてこよう。
June 26, 2005
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樹は命の象徴宇宙と地球をつなぐ道と聞く今日手に取った一冊の本。有名な本だが初めて中を開いた葉や花は芽吹き、その命をまっとうし、春、夏、秋をすごし、冬には樹からはなれその命を終える。春、夏、秋をどう生きるかが、幸せに命を終える葉や花には大切。ある葉は柔らかい雪の上に落ちる。樹から離れることを恐れていた葉は、落ちてしまった自分を見つめ、改めてまったく恐れる必要がないことを知る。見上げた空にはたくましくたっている樹がそこにいる。樹は枯れない。終わらない。倒れない。樹は命の象徴。脈々と続く命のリレー。落ちた葉、枯れた花は土に返り、またよりいっそう樹を肥やしてくれる。この本を手にし、おなじ日に偶然にもレバノンの有名なレバノン杉の映像を見る。美しく雄大で、その周りには小鳥の美しいさえずりが途絶えない。まっすぐに太陽の光が差込み、その力強さを見ている私たちにも伝えてくれる。人の命もおなじ。この世界に生きる人はその生きるときすべてをまっとうし、命を終えていくけれど、生きているうちに継がれていく、魂、心、命は絶えはしない。永遠に…~出会えてありがとう~
June 24, 2005
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東京にてピアノコンサートへ「交わる命 愛を自覚する 愛、永遠に…」コンサート開始寸前に流れるアナウンス。驚き、体中が熱くなった。ここしばらく自分の中で感じていたことがそのままテーマとなっていた。「愛」… 以前は言葉にすることはなかなかできなかったのに、今はどこにいても誰と交流しても、本当に自然に飛び込んでくる。誰もが求め、素直になれば辿り着く源…生きていくための力。人と交わって共に向上するための力。どこかで誰もが気付き始めている。
June 24, 2005
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本当の自分がわかりますか本当の自分を知ることがこんなに難しいことだとは思わなかった今の今まで環境や社会に合わせて、「これが自分なんだ」と思い込ませて生きていたそれが本当の真の自分でないことを病が教えてくれたがんばりすぎると身体だけが無情に傷ついていくどんどん傷つき身体が悲鳴をあげ、いつしか命と向き合うことになる。そして命が病の訳を教え始めるある人が言った「病気になっている自分は本当の自分じゃないんだよ」と...今少しその言葉の意味が分かり始めた疲れ、ため息、嘆き...自分の中に苦しいものを感じたら心の奥に問いかけてみる。無理をしていないか、仕方がないとあきらめていないか、これでいいと思い込んでいないか。少し立ち止まって振り返り、今までのことを考えてみよう。そうすれば身体が少し軽くなる。心が穏やかになってくる。命に逆らっている自分を呼び戻してくれる本当に向かいたい方向に光が見えてくる。それが本当の自分を求め、本当の自分に気付き、本当の自分を生きることまだまだ辿り着いてはいないけれど、求めるだけで変わっていく自分がある変わっていくのではなく、源に戻っているだけなのかもしれない。生まれたときの何の疎外もない真の自分へと戻っていける誰もがそう生きて欲しい「本当の自分がわかりますか」 ~今日は今から東京に向かいます。 更に自分を知り、どう生きていくのか。 どう社会で役立っていくのか。 どう道を築いていくのかを分かるために~
June 23, 2005
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人の力とはどこまで大きくなれるのだろう。目の前に立ちはだかる困難を真っ只中にいるときは何度も投げ出したくなりながらも、耐えたり、踏ん張ったり、立ち向かったりしているうちに、その大きかったはずの山を越えてしまっている。そのとき、前よりも強くなっている自分がいる。でもまたその強くなった自分のレベルで、それ以上の困難、問題がやってくる。次はなかなか手ごわいながら、今度は「いつしかまた越えているんだろうな」と思いながら、その手ごわさにがんばることを一瞬ひるみながらもまた立ち向かっている。そしてまたいつしか越えてしまっている…。こんなことを繰り返しながら、変わっていく自分の深さ。越えられるものにしかその問題は来ないと聞いたことがあるけれど…。これが「あきらめない」ことなんだろう。自分の中で自然と生まれてしまう怖さに屈しないこと。それは過去の経験からだけ生まれている怖さだから。今、自分自身にもそれを言い聞かせている。裏を返せば自分が大きくなるチャンスがきているということなのだから。おそらく困難が大きくなればなれるほど、越えていく自分の可能性は予想をはるかに超えることを実現していたり、そして、そのところに到達しても、まだ上を目指す自分がいるのだろう。そうなれば一人でなんて超えていける問題はちっぽけだ。そんなエネルギーをもつ人たちが共に何かを越えようとすれば、今まで全く想像もつかなかったことができるのだろう。究極には世界の平和だって…一人の自分は小さいけれど、放り出さない、あきらめないことから可能性を広げていきていきたい。
June 22, 2005
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今日は7回目の結婚記念日。息子と3人で外で食事をしました。気持ちを新たに、ブログのデザインを変えました。内容ももっと自分の思いのたけを表現して行こうと改造中。まだまだ知識が足りなくて、いまいちですが、どんどん出していきます。私は5年間日記なるものをずっとつけています。今年はその5年目で、今年いっぱいで一冊の日記が終わります。5年日記は同じ日の4年前、3年前、2年前、そして去年と何をしていたのか、どう感じていたのかがとても分かりやすく、色々考えさせられるのです。4年前は極度の貧血ながら、子供の成長が楽しくて子育てに終われる毎日が綴らています。3年前は貧血にはすっかりなれ、日常生活を難なくすごし、子供の成長記録のような日記。2年前は薬の副作用と極度の貧血に苦しむ日々が綴られています。去年は薬を止めてからじわじわと回復した体力に感謝し、元気なうちにやれることをやって人の役に立っておきたいと仕事に復帰。そして今年。不安は多々ありながらも、最も心穏やかに今日を迎えています。また今年はあちらこちらに空白があります。楽天で書くようになってから、日記がサボりがちです。今日はとてもいい日でした。何も特別なことはないのに、一日中優しい風が吹き、心を通り抜け、まるで洗われるようでした。気持ちも爽やかで、全くゼロの状態なのに未来に向かうエネルギー、新たな出会いにワクワクする気持ちが湧いています。私が生きる上で最も大切なこと、それは「人と出会い、対話すること」。これがすべてのエネルギーだと感じています。年齢も性別も越え、交流することでお互いが元気になる生き方をしていくことが私には一番の喜びです。これから新たな時を刻み、少しずつ積み重なって気付けば長い年月になっている...そう生きていくのが私の今の希望
June 20, 2005
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今日は新しい仕事をスタートさせるため、一日中パソコンと向き合っていました。すごく得意というわけではありませんが、今日はとりあえずやりたかったことまでは辿り着きました。色々と仕事をしているものの、結局は何をやっていきたのかが自分の中ではわかっているのです。そこにできる限り焦点を絞って、自分の動きを決めていこうと明日6月20日から出発のため、今日はそのHPを作成しました。一人でスタートすることと、これまでの経験、すべてを尽くしながら、その上で更に学びを重ねていこうと考えています。なんといっても私が最も生きる上で大切だと感じている「人とのつながり」を私を通して経験していただけたらと考えていることや、人が生きていく上で最も大切なベースはやはり子供時代にあるという考えがあるため、お母さんと子供たちのつながりを深めていくことに関わっていけたらという気持ちから立ち上げました。情報に惑わされず、温かいふれあいの場を共につくっていけますように。今日は目が痛くなるほど、コンピューターと向き合っていました。ずっと集中できたのも、優しい南風がずっと吹き、部屋の中をいつもきれいにしていてくれたから...梅雨なのに爽やかなここ最近。今日は気分もすがすがしく、明日を迎えられる。明日からの週はとても大切なことがいっぱい詰まっている。本当に大切な週になる。そしてその始まり、月曜日の明日は、夫と私、7回目の結婚記念日。
June 19, 2005
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ある一冊の本を久しぶりに開く。ふと開いたページに愛をテーマに書かれたところがある。人間は「生命」を交流しあいながら生きていると自覚することで「愛」は生まれ、この愛によって癒されるには 素直に自分を見つめなおすこと、そして第3者に自分を受け容れてもらうこと受容されるということの大切さを私は何度も経験している。なのに、ふと社会に生きるとまた色々な目の前に起こることに引っ張られるように怒りや嘆き、疲れがでてきてはまた命がしんどい思いをするような生き方に戻りがちになる。もうそうではいけないときにきてしまっていることを肌身をもって感じている最近、うそのようなことが現実として現れだしている。自分が今つながっている人たち、言葉を交わす人たち、心を通わせる人たち...その間に愛を感じ、「一緒に何かをやろう」と感じるほど元気が湧いてくる。そして未来へと向かう。先に向かうよりない命は未来に向かうように働いている。大きな事を言えば、次の世代へより良いものをつなぐようにできている。何かをきっかけに気付き、動く人は自分にその使命があることを偶然にも気付く。それによって生き方が変わり、進んでいく。そのきっかけが私のように病でなく、健康な間にもその生き方ができるようにだれもがなるといい。
June 18, 2005
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今日はとある専門学校で、授業の日でした。私の受け持っているクラスは18歳の生徒さんばかり。高校を出てすぐの年齢ですが、いろいろと夢があり、それに沿ってその学校を選んできたようです。私の受け持ちは英語。いつも初回の授業で英語に対する自分の考えなどを尋ねますが、「苦手」「嫌い」etc...でもみんな英語が必要な業界に進みたいので、嫌でもなんとかしなければなりません。達すべき目標は非常に高いのですが、最初から高さを望むことなく、私は中学生の英語まで戻りながら、それを利用していかに今直面している難しい英語を解くかというところから入っていきます。このクラスのいいところは苦手と言いながら、とても楽しく積極的に目をきらきらさせながら授業を受けてくれるところ。こんなにも純粋に、まっすぐに明るく育つのかと、今の社会と照らし合わせるとまるで奇跡を見ているような感覚をいつも覚えます。それほどなので、もちろん授業を一番楽しんでいるのは私。まさしく共に作り上げ、共に向上していく感覚がたまりません。今日はある生徒さんに「先生の授業、最高!」といわれ、柄にもなく照れてしまいました。そんなまっすぐな18歳たちがまぶしい私です。現実、目標まではかなり困難が続きますが、このまま積み重ねていけば必ず伸びると確信するクラス。本当にすごい。高校を出てすぐに仕事の進路を決め、専門学校という道を選ぶことは結構勇気の要ることだと思うのですが、それがあるからこそ、学ぶことを楽しみ、授業も自分の物にしようとできるのですね。時間にするとほんの一部の関わりですが、自分の出せるもの全部出して、伝えたいと思います。
June 15, 2005
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色々と頭にあることを形にしていくためにも、もう動きながらやるしかないとアイデアに沿って動きだしました。なんのバックもないのに、ただ自分を売り込み。はじめての経験ですが、これはなかなか面白いのです。ある方が「断り文句から自分を分かる」とおっしゃっていたことを思い出します。今日は電話でのアポ取りでしたので、お顔は見えませんでしたが、実際人とあって話すときには嫌な顔をされれば、自分が何か人に不快感を与える状態であり、「そんなのいらない」と言われれば、自分をいらないと言われたことになるとおっしゃっていました。その方は「一日100人に会う」ことを実践され、最初のうちは断り文句にへこたれたりしながら、その断り文句をヒントに、自分で毎朝よく鏡をみたり、話し方を考えたりするうちに、3分で営業が決まるようになり、ある業界でダントツのトップの成績を収め、そのうち同じ職場の人が金魚の糞みたいについてきて、どうしたらそんな風になれるのかと観察されたほどだったとか...人に会っていくことで新しいことは生まれていくんだということ最近よくわかります。そうすることで、自分もどんどん変わっていける。過去を守ろうとするより先を創ろうとすることのほうがしんどくても、その喜びは大きい。動くことで足りないことや今すぐやらなければいけないことも見える。早くやらなければならない為に、力も付く。そんな感じを受けています。私一人の出発なので、なんともなんとも微力ですが、つなげて生きたい未来に一歩でも近づいていこうと考えています。
June 14, 2005
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最近、色々なことを考えたり、行動していて、前向きな気持ちが多い中、浮き彫りになる私の欠点。「かたくな、頑固、嘆く、大切なことなのに流す、どこか距離を置いて人事のように対処してしまう。」。この5つのことがどうも大きなネックになっている。自分でも良く分かってきた。このところ夫とよく衝突。うちのけんかはけんかというより、大討論会。衝突はたいてい夫の私へのお説教からはじまり、私のあがきへとつながり、何でそうなのかという分析に至り、気分が収まっていって終結する。夫は最近、私にくやしさをぶつける。「お前は本当のお前の力を出していない」と。「出せるくせに出せないフリをしているんだからずるい」と...。返す言葉がない。今月色々なことが整理されて、仕事の面ではほぼスタートラインの状態になる。頭の中にあった構想をとうとう形にしていくときがきた。と、いうよりもう準備が遅れがち。今度は自分で全くゼロから立ち上げる仕事をやっていくつもり。行商のつもりで、一日たくさんの場所、人に出会っていこうと思う。それが何より私のすきなことだから。人間関係も全部新しい人に出会っていって、新しいものを生み出していける行動をしよう。先日、ある方に言われた。「一度本当に本気になってみたら、今の倍よくなるから。」と。私の欠点を全て直接指摘してくださった上に、最後にその言葉をかけてくださった素敵な女性。この方のお役に立てなかった自分を非常に恥じている。この年になって、余りにも情けない体験の連続をその方のそばでしてしまった。自分のせい。このことをきちんとしない限りは何をやってもだめになる。面と向かって欠点を言ってもらえることは、本当に有り難い。自分にとってはかけがえのない財産になる。この欠点を克服するためには「本気」になること。そして全てのことを一人で、自分でやってみること。失敗も当たり前。何度やっても立ち上がってはじめて本気と言えるのだろう。
June 13, 2005
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今日はお誘いがあって、大阪の国立国際美術館で行われているゴッホ展に、あるご家族と一緒に出かけます。そのご家族はお兄ちゃん(5年生)とその妹さん(3年生)の2人兄弟。小さな頃から遊んでもらっているうちの息子はその2人が大好き。特にしたの妹さんとは本当に「こんなことってあるの?」というほど、まるで恋人同士のようにくっついてけらけら笑って遊びます。ここしばらくお互いに忙しいこともあって、なかなか会えませんでしたが、昨日電話でその計画をしているときに、近況を伺うと、その息子の大切な女のこの方が、学校でいろいろあって、気持ちよく学校に通えなくなって1ヶ月になるという。とても感受性のいい子で、大人の言葉を本当にモロに受け取ってしまうというか、その大人の言葉も時折ひどいものが多いのだけれど、今はなんとか学校にはいくものの教室には入れないと...今日色々話をしてみたいと思う。息子の愛で彼女を元気付けて欲しいものだ。私もいっぱい話を聞いて、少しでも力になりたい。大切にしなきゃ。子供の心。言葉ほど怖いものはない。時折暴力に近く胸に刺さることもある。でもその言葉は最高のパワー剤にもなる。心からそのまま伝えられる言葉をいつも丁寧に話せるようにならないといけないな。息子がティッシュで即席のてるてるぼうずを作りました。ちゃんと今日、晴れたよ。 よかったね。
June 12, 2005
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今の私は本当に心の奥底にあることがそのまま身体というか心というか不思議な反応をしてきます。以前の私は良い人ぶっているつもりはなかったのですが、明らかに自分を押し殺し、周りに合わせ、ある意味自分がないとも言える状態。何もかも受け容れようとする為に、まるでゴミ箱のように何でも相談が降りかかり、それもただ受け容れるので、身体が悲鳴をあげたのです。色々なことに気付きだしてから、もう身体が一瞬でいやだと感じたり、しんどくなったことには、聞きながらも耳をふたしているというか、心にしみこんでこないようにブロックするようになりました。最近、それがもっとはっきりしていて、嫌な状態の中にいるとどうもそこにいることも難しくなる。どうでもいい世間話やそばにいる人が本当に良い状態でないことがわかると体中がなんだか痒くなるような感覚すら覚えてしまいます。一向に消えてくれない湿疹も、どうも食べ物でもほこりでもなさそうです。もうその場にはいられない。つまりどうでもいいことにとらわれずに、自分は自分でやろうとすることを無駄なく推し進めていくよりないようです。いる必要のない場にいる必要もない。そんな時間は何も生み出せない。時間を無駄にしたときのむなしさは本当にくやしい。その分を本当に共にやって生きたい人と関わり、そしてもっと新しい人に出会い、新しい世界に飛び出していきたい。いつまでも自分を抑えていることはもはやできそうにありません。そして何よりこのパワーのある自分が本物のようです。
June 10, 2005
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今朝、私のお知り合いで今病気と闘っておられる方からメールを頂戴しました。しばらくお会いしていなかったのでお手紙を書いたのでお返事を戴いたのです。いろーんなこと伝えたいと思いながら手紙にもメールにも、言葉にすると何か違ってしまって、ただこの日記をご覧下さいとメールの返信でお伝えしていました。こちらで交流している方から感じさせていただけたことをそのまま何か伝えられれえば、私が伝えたいこと伝わるかなと思ったり...なんとも言葉とはもどかしいものですね。どこかで分かる人たちはつながっているんだということ、一人ではないということ、奇跡はたくさんのところで起きているということ、大切に思っている人が必ずいるということ、今、今の一瞬は生きているということ気持ちはUP&DOWNしても、「生きる」気持ちを持ち続けることのパワーはすごいことを起こしてくれるということ...うーーーーーん。うまくまとまらないけれど、日記からたくさんもの感じて戴けるといいな。
June 9, 2005
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今日は素敵な絵本のご紹介。私は毎晩息子に布団の中で本の読み聞かせをしています。それが毎晩の日課になってもう久しいものです。歯を磨いて、おトイレに行って、必ず「今日は何冊?」と聞いてくるので、絶対寝ると決めている9:00PMまでの時間によって「遅いから今日は1冊」「今日は2冊いけるね」「今日は3冊にしようっか」などと冊数をいうと、自分で今晩読みたいものを布団にもってきます。今日は幼稚園で借りてきた本を読みました。それが100万回生きたねこ。この絵本一つの中に色々な人へのメッセージが盛り込まれていて、なんだかジーンとさせられました。文章は少し長めで、とてもリズム良く表現されています。後半には、「生きること」「愛すること」「死ぬこと」、人間にとって最も大切で尊くて、それでいて難しいことを非常にうまく伝えているなと感心しました。100万回もあった人生はそのどれもが納得のいく人生ではなかったネコは、100万回生き返ります。時には戦争の真っ只中、時にはサーカス団、時にはおばあさんや女の子に育てられ、死んでいき、満足でなかった人生の終わりはいつも死ぬことが平気だったネコ。初めて誰のものでもないのらねこに生まれ、初めて自分を好きになれました。「はじめて自分のネコになりました」というセリフが印象的。あまりにも自分が好きで、たくさん寄ってきてくれるメス猫には目もくれず、100万回も生き返るとそんなことはさらさらおかしいと感じています。ところが唯一一匹だけ、このネコに興味を示さないネコにいつしか恋をし、一緒にすごすうち、子供が生まれ、このネコは自分よりも好きなものが存在するようになるのです。子供は大きくなってそれぞれ離れていき2人だけになったある日、メスネコはネコの隣で動かなくなっていました。このときネコははじめて泣いたのです。いつまでもいつまでも。いつまでも泣いていたある日、このネコも静かに動かなくなっていました。そしてもう2度と生き返っては来ないのでした。ああ、こんなに内容を話してしまうと怒られそうですが、この内容がなんともなんともうまく絵と共に表現されています。大人の方も読み入ってしまう内容ではないでしょうか。
June 7, 2005
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一体どうなっているんでしょう。最近、なんだか体の反応が変です。初めて子供のアレルギーのように、ひじの裏側の柔らかい部分とひざの裏のやわらかい部分に湿疹ができています。10日ほど前に風邪のような症状で喉がかれて(私非常に喉が弱い。というか酷使しています)、あぶないなあと思っていたら咳が始まって、そこから風邪らしい症状は余りないのに、結構しつこい嫌な咳がずっと出ています。もしかして大人の突発性のアレルギー?うーん、そんなにストレスとかたまっていたのかな。よく自分を感じてみようと思っていますが、ここしばらく時間に追われていて、なんだか身体に鞭打っていました。これは本当によくありません。なんだかバランス悪いな、私。自分でつっぱしって、自分でぶっ倒れるタイプ。胸が本当に痛みます。何かがたまっているようです。何かを示されているような体の不調。これは何かを変えなければ改善しそうにない...自分をどんどん出していこう。気付いていこう。動いていこう。
June 2, 2005
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世の中で一番楽しく立派なことは一生涯を貫く仕事を持つことです世の中で一番みじめなことは教養のないことです世の中で一番寂しいことは仕事のないことです世の中で一番醜いことは他人の生活を羨むことです世の中で一番尊いことは人のために奉仕して決して恩に着せぬことです世の中で一番美しいことは全てのものに愛情を持つことです世の中で一番悲しいことはうそをつくことです今日息子の幼稚園の日曜参観でした。とても小さな幼稚園ですが、知、身体、音楽、教養、様々な面を伸ばすことに熱心で、子供たちも楽しい上にどんどん刺激が与えられている幼稚園です。ある意味理想的な幼稚園で、それでいて昔ながらの良さをそのままに残していて先生と生徒の距離感の近さが魅力です。知の面でも熱心でありながら、お受験への意識はまったくと言って良いほどありません。朝一番体育ローテーションと体操が終わると、各教室に入って、カードなど知の面の時間が始まります。その中で全員で唱和するのが上の福沢諭吉の「心訓」です。私はこの心訓が大好きです。あの時代に書いた福沢諭吉の素晴らしさは計り知れません。この心訓で唱えられているように生きていければ、勉強も仕事も、社会での生き方も、子供だけでなく、大人としての気品も自然と身に付くようにいつも感じるのです。今日は子供たちの唱和を聞いていて、改めてやはりいい言葉で表現されていると感じました。昨日、いつも学ぶ講座の中でこの「言葉」について聞きました。実際に、きれいごとや人を感動させるような言葉を連ねていても、その言葉を発している本人がどこまで実際できているのか、その言葉が心の発する本当のものかどうかがとても大切だと聞きました。会社の研修や、コーチング、教育現場などでも本当に正しいといわれることをたくさん耳にしますが、その前に立っている人たちがいかに本当に自分の「言葉」、つまり、行動を伴った状態で表現しているのでしょうか。私にはふと「?」のつくこともあります。と、いう私も、今携わっている生徒さんたちに向けていかに自分が心から言葉を発し、行動を伴い、本気で伝えられているか、何より行動で表しているか、反省しなければと、昨日気を引き締めたのでした。きっとこの時代、福沢諭吉はこの言葉のままに生きていた人物だったのでしょう。だからこそ今もこうして教育現場やコーチングの場でも頻繁に出会える表現。もう色々な膿がどんどん吹き出る時代。本物の言葉、表現以外は見破られ、実現できず、自分をも苦しめることになる...。本当の人になりましょう。
May 29, 2005
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今日、5月28日は私の父が亡くなって丸14年の命日です。当時私は大学4回生。授業の数も少なくなり、毎日看病についていました。父は鉄鋼関係の仕事を独立させ、軌道に乗っていた矢先に工場で大量に吐血し、かなり進んだ胃がんであることが判明しました。当時はがんであることを患者に告げることはほとんどなされておらず、何度も不信感を表しながら父はその病と闘い、ほぼドクターが予測したとおり、吐血から1年持たずにこの世を去りました。まだ52歳でした。今でも忘れられないのは亡くなる数日前に雲仙の普賢岳が大爆発し、ものすごい勢いで流れ出る火砕流を2人でTVで見て、「えらいことやなあ」と会話していたこと。ベッドの上で食事をしていて、お味噌汁の入ったおわんを時折、ふとこぼしてしまうほど、痙攣が始まっていました。27日の早朝、電話がなり父に発作が起きたと病院からの連絡。飛び出して病院に着いたときにはもう全身の痙攣が始まっていました。意識ははっきりしていて、会話が交わせ、集まる兄弟たちに「すまんな」と気を遣うほど...。まだ時間はあると思っていたのに、その日に尿が止まりどんどん意識は薄れ、日が変わって20分。静かに息を引き取りました。その頃よりも最近の方が、父を思うことが増えている私は、自分も場所は違えど同じ病を経験しながらも、こうして自分の病気を知り、向き合い、たくさんの同じ問題を抱える人と出会い、共に元気に時間を過ごしていることの尊さを有り難いと心から感じます。父が今その病に冒されていたとしても、生き方も環境も随分違ったのだろう、仕事に対する未練も違っただろう、そして何より助かったのかもしれないと考えてしまいます。今もそばで見ていてくれることを感じながらも、直接話ができないこと、ずっと欲しがっていた男の子が私に生まれてあわせてあげたかったことなどを感じると、涙が出ます。今私が父に対してできることは、毎日笑顔で元気に生き、仕事をし、たくさんの人の為に役立つことだと感じています。5月28日は夫と私の入籍記念日でもあり、大切な日なのです。今日は優しい風が吹き、晴天。父さん、有難う
May 28, 2005
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3月の日記に書いたある私のチャレンジ。今日結果が出ました。結果は残念ながら今一歩届かず...これは仕方がありません。しばらくワクワクする気持ちも楽しみましたが、やはり結果が出るとがっかりするものですね。これでチャンスがなくなったわけではありません。まだまだ勉強が必要です。色々考え、感じることも必要です。また自分の今やりたいことを見つめなおして再度チャレンジするかもしれないな。
May 27, 2005
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