2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
3年半前の引越し以来一度もあけていないダンボール箱がある。そこにあること自体を忘れてしまったわけではなく中に何があるかだいたいの見当がついているので開ける必要がなかったのだ。けさ、急に思い立ってその箱を開けてみた。(わたしはいつでも急に思い立って行動におこす)ふたを開けてまず見えたのが古い振り子時計。これは私が生まれる前から家にあったもの。今はもう動かないその時計はかつてわたしが子どもの頃は電池が切れて止まったときに時間を合わせるのがわたしの役目だった。電池を入れ替えて時計の針を正しく合わせる。誤差が生じたときは振り子の高さを微調整する。今のわたしの時計に対してのみの細かさはここからきてるのかもね。特別の愛着があった時計だったから動かなくなっても捨てずにいた。時計を箱から出したあとは懐かしい物がたくさんでてきた。わたしや兄弟たちの学生時代の成績表や母子手帳。わたしのへその緒。父と母が結婚した日から書き出した二人の思い出の小さな手帳。両親の几帳面な字が並んでいる。ほかには、中学時代の吹奏楽部で演奏した曲の譜面ノートや小・中学校の時のサイン帳、クラブの後輩たちとの交換日記もあった。そして1冊の大学ノート。兄が亡くなる前に書いていた一行日記だ。人の日記をのぞくのはたとえそれが故人であっても少しうしろめたい。そう思いながら兄が亡くなった直後に読んだことを思い出す。見開きで1か月分の覚え書き程度の日記にはその日の仕事内容や立ち寄った喫茶店、電話した相手などが短く書き込まれている。87年2月のページは「私は23歳になりました」で始まるコメントで締めくくられていた。兄弟には見せなかった悩みや反省が綴られていて長男としてしっかりしなければという責任感を感じる。この4ヶ月余り後に人生を終えようなんて誰が思っただろうか。急に恋しくなって涙がでてきた。そして、ただ生きていくだけではいけない、しっかり生きようと改めて思った。
January 31, 2005
きょうは豊中市立伝統芸能館まつり。いつも和太鼓の練習場所を借りている会館での年に一度のお祭りだ。この会館はサークル登録制をとっていて踊り、落語等々いろんな伝統芸能を楽しむサークルが登録をして練習している。我が「やぶからぼう」も会館が出来た当時から登録して利用させてもらってる。朝から夕方までのきょうのお祭り、やぶは午後イチの出演。いつもなら時間に余裕をもって集まるだけなのだけれどきょうは誰もが出来に不安を残したままだったので急きょ午前中に別の練習場所を借りて最後のチェックをすることになった。とはいえ結局はこの直前練習には古株だけが参加する結果になってしまったので不安は本番にまで残したままとなってしまった。が、これがなかなか。予想以上の良い出来だったではないか。演奏した4曲すべてがカンペキとは言えないけれどそれでも練習の時の数倍うまく出来たような気がする。きっとほどよいリラックスとほどよい緊張があったんだろうね。実はわたし、春から新しい和太鼓のチームを作る。だから「やぶからぼう」での最後の出演ということになったきょうの演奏。本番はそんな感傷的なことは何も考えずにただ楽しんだけれど終わってからみんなでお茶を飲みながらふとそんなことを思い出した。でもこれからも和太鼓を通じで仲良くしていきたいな。みんな、きょうはホントにおつかれさま。来週からまた楽しく上を目指そうね。きょうの演奏、妹ファミリーも聴きにきてくれた。3歳のチサチは音楽好きで特に太鼓が好き。もうすぐ5ヶ月のマサキは太鼓を生で聴くのは初めて。ちょっと心配だったけど、太鼓の大音量にびっくりすることもなくちゃんとおとなしく聴いてくれてたんだって。よし、これで将来の太鼓打ちが2人確保できたわ。ほほほ。
January 30, 2005
ちょっとおそめの新年会。しゃぶしゃぶ食べ放題で飲み放題。腹ごなしにボウリング2ゲーム。17というスコアを出したことがある『すご腕』がいてくれたおかげでベストGニスト(ガーター王)は免れた。ボウリングに続いてゲーセンで太鼓叩いてストラックアウトで12球投げてほいで送ってもらって帰宅。みなさまお疲れさま&ごちそうさま。でも、あしたが太鼓の本番だってのにゲーセンで腕使っててよいのかって話だな。だいじょぶ。丈夫にできてるから。本番に向けて詰めが甘いままだけど、明日の演奏はベストが出るようにがんばろ。あした忘れ物のないようにチェックして早く寝るべか。
January 29, 2005
来週はこの冬一番の寒波がくるんだってね。西日本なんか、平年より最高・最低気温ともに5度以上低くなるんだって。そうは言っても北の地方に比べればうんとマシなんだろうけどね。節分前後は最低気温がマイナスになるそうだから水道管とか気をつけたほうがよいのかな。朝5時半に家を出る身としては、日中に街中を歩くことも考えてしまう。きょうは日中の気温が上がると予想してちょっとだけ防寒をゆるめた服装で出勤。午前10時前にスタジオを出た頃は、実は気温が上がってくる前でお日さまは出てたもののやっぱり寒かった。深読みしすぎて風邪ひいたらアホだわね。仕事の帰り、気分転換に占いに行ってみた。いつぶりかなぁ。たぶん10年以上ぶりって感じ。特に行き詰まったことがあったわけじゃないんだけど今年を占ってもらおうと思った。天神橋筋商店街を適当に歩いていたら、ちょうど営業時間にはいったばかりの占いセンタの前を通る。そこで2000円を払って四柱推命、姓名、手相なんかを見てもらった。四柱推命に関しては現在のことをもっと詳しく聞きたかったのだけれどあのおばちゃん占い師では無理なような気がして追求しなかった。(言葉を巧みに変えながら実は同じ内容を繰り返してた)でも手相はおもしろかったよ。「がんこさんやねぇ」から始まって、寝不足とカルシウム不足を指摘された。人気商売は向いてるらしい。死ぬまで一線で仕事をするんだって。総合的にみて、私の人生はこれからどんどんパワーアップするとか。もうちょっと不安材料を挙げて欲しかったからそれを聞いたんだけど「ん~特に不安材料はないねぇ。強い運勢やねぇ。」と言われてしまった。まさか占い師がヨイショなんかしないよね?信じていいよね?ちょっと気分が軽くなって帰宅。ちゃんと気分転換になりました。
January 28, 2005
久々にお墓参りに行った。ほんとは今週の土曜に行く予定にしてたけどお天気がどうも悪そうだったから。身内で行くのは久しぶりなのに、わりと新しいお花が供えてある。誰かな・・・お花の萎れ具合からすると年明けに来てくれたみたい。移動中に車の中で寝てしまった姪っ子2人はそのまま寝かせておいて妹と二人で墓石をていねいに拭き、落ち葉を拾い、花を供える。池田市にある五月山の展望台近くにある墓地でいつもは風がある。ところがきょうは無風状態。気温が低い時には非常にありがたい。姪っ子がいない静かな環境で久しぶりに妹とゆっくり今後の話など両親兄弟が眠るお墓の前でした。墓石の台に意識して置いてあったかのようにまつぼっくり1つあったので帰りの車の中で「じいじとばあばがよろしくって言ってたよ」と寝起きのチサチにまつぼっくりを渡した。じいじとばあばからと手渡されたそれを見てチサチも何となく納得したよう。また近いうちに行こうね。今度はお天気のいい日にね。
January 27, 2005
ヒメといえば、うちにいたあのお姫様は今どこにいるんだろう。あなたのおねえちゃまはもうすぐ母になるわよ。きょうもマサキと二人でお留守番をした。大声で泣かれると非常に辛いひとときとなるので最近のわたしは、マサキをいかにスムーズに眠りへと導くか研究中。きょうは何と最短記録、大泣きすることもなく2分でスヤスヤと眠らせることに成功。抱きながら歌ってやると即行なのだ。今までも歌ってやったことはあった。でも泣き出してからじゃダメだし、マサキの身体を横に抱くタイミングも微妙だし、寝かしつけるからといって小声で歌ってもダメだったのだ。しっかりとマサキの目を見ながらていねいに歌う。歌詞があっても「ラララ・・・」でもいい。腕の中ですやすやと眠ったあとは次の難関が待っている。私が姿勢を変えたりマサキを置こうとしようもんなら敏感に感じ取って起きてしまう。だからきょうは徹底して歌い続けた。するとおもしろいほど歌に反応して目が覚めたマサキの瞼が下りていくのだ。何度か目を覚ましかけながらその都度歌ってやったので結局2時間も静かに眠らせて、私も読書ができた。歌はなんでもいい。童謡やクラシック、ポップス、思いつく限りのメロディーを歌う。決して上手くはないけれど、ママと声が似ているから余計にハマったんだろうね。たっぷり寝たあとのマサキはいつも以上にゴキゲンで私もなんだか嬉しかった。そのうち一緒に歌えるようになるんだろうな。それもとても楽しみ。
January 26, 2005
きょうは郵便物を見に玄関から右足を一歩踏み出しただけでずっと家の中にいてごそごそ動いてた。先日ミシンの調子が悪くなったことで中断してた太鼓ケースの仕上げをする。どうも使用してた糸とミシンの相性が悪かったみたい。糸を替えたら何とか動いてくれた。でも全部ミシンに頼るわけにもいかず、細かいところは手縫いで。なんせ太鼓が小さくないからケースもそれなりに大きいわけでとなると仕上げの手縫い部分もけっこうたくさんあったりする。おかげで右手の人差し指の先は縫い針を何度も押さえたせいでちょっと痛い。ここ数年分を合わせた分よりたくさん縫い物をしたって感じ。お裁縫が全部終わった時点で掃除機をかけて糸くずをきれいに取る。掃除機をかけてるうちにハンガーラックの位置を変えたくなった。お得意のメジャーを出してきてあちこち採寸。特に大きく変わったわけでもないけど、見た目に変化があると片付いたような気がするの。これが好きなのよね。模様替えをした理由はもう一つ。ナナがあまり高い所まで登れないようにしたかった。身重なネコは本人(本猫)が思う以上にバラス感覚が鈍ってて思わぬところでも落っこちたりするらしいから。それでなくてもたいがいどんくさいヤツだからねぇ。あしたは早起き。さ、寝よ寝よ。
January 25, 2005
そうかやっぱりそうだったか・・・過去の日記を振り返るとあれから1ヶ月足らず。うちのお嬢は生娘ではなくなっておりました。父親がいったい誰かはわからないが身ごもっているのはもう確実だ。最近ドタドタと、どこかに飛び乗る姿もどんくさくて食欲超旺盛。なによりの兆しが、可愛い6つの乳首が母親仕様になってきてること。私は今までネコの出産に立ち会ったことはなく生まれたての子猫を育てたこともない。それをいうならナナもそうだわ。でもネコは本能でうまく対処できるみたい。胎盤ごと生まれた我が子を、胎盤を噛み切って表に出してやり出てきた子どものへその緒も噛み切って自由にしてやる。生まれたての身体を丁寧に舐めてやると2匹目の出産へと続く。誰にも教えられずにちゃんとこの手順を繰り返すらしい。それでも中には我が子に無関心な母ネコもいてちゃんと飼い主が横で見守っていないと息ができずに、助かる命も助からなくなったりすることもあるからできたら私が仕事じゃないときに産んで欲しいな。なぁんて勝手かしら。なんにしても、新しい命の誕生に立ち会えることが嬉しい。飼い猫に先を越された悔しさ(?)がないでもないけどシンプルに喜んでサポートしてやろう。ナナ、がんばってね。
January 24, 2005
来週の日曜日には、和太鼓チームがいつも練習場所を借りている豊中市立伝統芸能館でのイベントへの出演が決まっている。だからきょうは練習としてはラスト。技術も舞台転換も確認するぐらいまでいってないとおかしいのに実はいまだに不安を抱えたまま本番前最後の練習を終えてしまった。そこで急きょ本番直前に練習場所を確保。みんな、がんばろうぜい。
January 23, 2005
事務所の先輩にお誘いを受けて久しぶりにお芝居を観にいった。『ロミオとジュリエット』作:W.シェイクスピア 演出:蜷川幸雄ロミオ:藤原竜也 ジュリエット:鈴木杏『ロミオとジュリエット』の物語がたった数日の出来事で悲愛だってことは知ってる。でも舞台で一度も観たことがなかったし、蜷川作品も初めてだった。第一の感想は、役者さんてすごいなってこと。たぶん蜷川さんもすごいのだろうけど、目に見えるすごさが際立つのでそれぞれの役者さん、特に藤原くんの繊細さや力強さに魅了されてしまう。あの華奢な身体のどこにあれほどのパワーが隠れているのか。鈴木杏ちゃんも可愛かった。お人形さんのようだった。舞台上だけでなく、役者さんたちは客席の通路も度々走りぬけた。私が座っていたのは通路から2番目の席で、ロミオもジュリエットも何度か1mちょっと先を通り過ぎる。最終幕、ジュリエットの仮の死を本当の死と知らされてしまったロミオは自ら命を絶つため猛毒を手に入れてすぐさまジュリエットが眠る霊廟へ向かう。ロミオは絶望にくれながら私のすぐそばを通った。その時彼は、泣いていた。3時間分の汗で泣いていたように見えたのかもしれない。でも頬をぬらしたまま決意を固めた表情で通り過ぎる彼の横顔に心臓をきゅっと掴まれたような悲しさが伝わってきた。役者さんってほんとにすごい。物語の展開としてはツッコミどころはいっぱいあるんだけど素直に成り行きを見守って楽しめたよ。400年も演じ続けられる作品てテーマが普遍なんだろうね。蜷川幸雄という演出家の作品ももっと観たいと思った。そして、最近積極的に舞台を観に足を運んでいる先輩を見習ってもっと私も積極的に刺激を求めに行こうと思った。お芝居はチケットが高いからそう頻繁には行けないけどね。そういえば去年観にいった『クラウディア』も悲劇だったなぁ。
January 22, 2005
マサキは毎日小さな変化を見せながらすくすくと成長している。(まるで私が100%育児をしているかに聞こえるかな 苦笑)チサチが乳児だったときも私はたいていそばにいてその成長ぶりを見ていた。そういえばチサチの時もこういうことがあったなぁ。お腹も満たされてあとは眠りにつくだけ、というときに眠たいはずのマサキにとって抱っこされてこれ以上はないという好条件のはずなのにまるで『眠るのだけはイヤだーーーーーっ』と言わんばかりに泣きだす。泣いて泣いて泣きまくって、疲れたらバタッと寝てしまうのにそこまでの数分間を(オトナで言えば)無駄な体力を使って泣きまくる。そのうち寝てくれるだろうと思うから泣かれても我慢して抱っこしてるけど眠りにつくことがそんなに不快なら無理に寝かしつけないほうがいいのかな。なんせ、力の限り泣かれると抱っこしてる方はちょっと落ち込んでしまうんだもん。まさか虐待しようなんて気はこれっぽっちも起きないけど一緒に泣きたくなってくることは確かかな。チサチもいっときそんなことを繰り返す時期があったなぁ。わたしもそうだったのかしら。確認できないのがちょっと寂しいな。
January 21, 2005
「穀つぶし」なんて久々耳にした言葉。「ゴクツブシ」という音からもあんまり良い印象はないよね。暇つぶしに呼び出されたり呼び出したりなんてことしたことは多分ないけど親しい間柄なら「暇だったから」と呼び出されても不愉快ではないなぁ。要は暇つぶしであろうとなかろうと楽しく過ごせるかどうかよね。楽しかった。また会いたい。これがすべてでしょ。
January 20, 2005
KISSの仕事を終え、5ヵ月ぶりに再会したのは南海放送で隣りのデスクだった合田みゆきアナ。合田アナが取材で来阪していたので飛行機までの時間合流したのだ。合田アナは「こにゃといると落ち着く」と言ってくれる。せっかく大阪の街を楽しんでもらうんだからリラックスしてもらわなくちゃね。一緒にショッピングをしてランチしてまたショッピングして。あっという間に時間は過ぎて「じゃぁまたね」と別れた。次に会うのは大阪かな?松山かな?たった1年机を並べただけなのにたぶんこれから長くお付き合いしていく間柄になる気がする。なので、きょうはお疲れさま。これからもよろしく。
January 19, 2005
午前中はチサチと扇町公園でめいっぱい遊ぶ。すんごいすいてたので大きな滑り台をふたり占め。午後はマサキをあやしながら自宅でぼーっ。こうやって身体使って充電した。
January 18, 2005
がんばると言った次の瞬間、力が抜けたりする。がんばるためには放電も必要ということかしら。
January 17, 2005
私は日曜にいちばん体力を使ってる。月に一度は午前中太鼓やったあと夕方からまた太鼓の練習。きょうがその日だった。年末に届いたmy太鼓を師匠に締めてもらって初めて打った。これからがんばって打つから末永くよろしくね。年末からの太鼓の練習はある出演に向けての集中練習。今月の30日に、いつも練習させてもらっている会館のおまつりがある。豊中市立伝統芸能館の毎年恒例のおまつりだ。我がチーム「やぶからぼう」は午後イチの出演で4演目演奏する予定。去年は新人が入って初の出演となる人もけっこういるから私たち古株はアドバイスしたり茶化したりしながら月末の演奏にむけて徐々に形を作っていってる。私は4演目中最初と最後の2つに出演。なんせしょっぱなのソロが私なのでイメージをしっかり作らないとね。あー久々の出演。練習できるのは来週の1回だけだし、ちょっと気合入れっかなー。春から始める新しいこと。親友と少しマジメに話し合ってちょっとだけ前進したかな。これから急速にいろいろと進んでいくだろうな。思い描いたものが形になればいいな。
January 16, 2005
午後からあいにくのお天気になっちゃったけどきょうは妹のお義母さんの四十九日法要が無事済んだ。きょうの日記ではあるがここからは昨日のこと。数年前にTVのバラエティ番組で「早口言葉を作れ」というのをやっていていくつか笑えるものを紹介していた。そのとき一緒にTVを見ていた妹とその中の一つを改良した。それが「女装社長除雪車乗車中」どう?ついつい頭に画を思い浮かべてしまえへん?でもこれがなかなか手ごわい。難しい早口言葉なのだ。この早口言葉が、きのう何かの会話でふと出てきた。ただそれだけのことだったけどちょっと自分でもオモシロイと思ってしまったので紹介したくなった。「じょそうしゃちょうじょせつしゃじょうしゃちゅう」あぁ、なんてくだらないことを考えるバカ姉妹なんだ・・・きっとチサチとマサキもそうなっていくんだろうな。
January 15, 2005
すっかり忘れていたmy太鼓のケース作り。何年ぶりかにミシンをだしてせっせと手作りで、と思ってまずは布地を手に入れに。私が住んでいるところには世界一長い商店街「天神橋筋商店街」がある。世界一長い両側にはいろいろなお店が世界一の長さで連なっている。だからどんなものでも売っているだろう。と気軽に生地屋さん或いは手芸屋さんを探して歩き出すが見当たらない。天神橋筋の商店街は1丁目から7丁目まであり(番地は9丁目まで)私の家は7丁目あたりだからせっせと南に向かって歩いた。5,6丁目あたりには見覚えもなかったのでその先に期待したのに片道30分近くかかって1丁目の果てまで行っても結局なかった。んんんん・・・・この辺の人たちは既製品しか手にしないのか。ここは世界一の商店街ではないのか。諦めて繊維問屋街に足を伸ばそうかと思っていたら地元の妹友人が1軒だけある手芸屋さんを教えてくれた。そのお店は6丁目と5丁目のあいだぐらいで、ちょっと細い筋を入ったところにあった。けっこう近くにあったんだ・・・ ま、いい運動になったからいっか。キルティングの生地を手に入れて家でせっせと裁断・縫製。・・・と、ここでまたもやトラブル発生。ミシンの下糸がどうしてもからまってしまう。さっきまであんなに調子よく縫ってくれてたのになぁ。しゃーない。あした妹にミシン借りるか。なんせ私のミシンは年季が入ってる。ブラザーに勤めていた兄が亡くなる前に買ったからもう18年前の代物。世代交代とは思いつつも、なかなか手放せないミシンなのだ。ひょっとしてきょうが引退セレモニーだったのかなぁ。
January 14, 2005
胃痛も少しおさまり体調が戻りつつある。しかしまだ油断はならぬ。しっかりお薬をのんでむやみに出歩かないに限る。家の中でも背中をじゅうぶん温めて胃腸をいたわる。風邪にもやられないように夜寝るときもマスクをする。ふとマスクをした顔を鏡で見てみた。妙に若い。髪は洗いざらし。ノーメイク。白いマスク。出てるのは眼だけ。と、い、う、こ、と、は、私は顔の下半分に実年齢が出ているということか。ためしにマスクをとってみる。急に歳をとった。んんん・・・いいのか悪いのかわからんが、今年はずっとマスクで出かけてみようか。
January 13, 2005
朝起きると熱は下がってた。無理やりだるい身体を起こして仕事に行く。あいかわらずきりきりきりきりきりきりきりきり・・・・胃の痛みはおさまる気配を見せないので思わずお医者さんに行った。熱は下がったしなぁ・・・風邪なのかなぁ・・・・「便を調べます」なんて言われてノロウィルスだったらどうしよう。【集団感染以外にノロウィルス感染者が大阪に!】とかニュースになったりして。なーんてバカなことを考えていたら「昨日熱があってきょう下がっているということは軽い感染性の胃腸炎かもしれませんね」の一言だけだった。聴診器でお腹の音を聞かれ、腸の動きが鈍っているということだった。結局、胃腸を整えるお薬を4種類もらって帰ってきた。ノロでも風邪でも、とにかく治ってくれればいいわ。実は休日に京都を一緒にまわった友人も下痢が続いているとか。「なんか悪いもん食べたっけ?」と聞かれたけど思いつかない。あとから「生牡蠣かなぁ~?」とメールがきた。あ、そっか。そんなもんも食べたね。でもそれは日曜日の夜であって、月曜日はアナタも私もなんともなかったじゃん。一体なにが原因だろう。こんなときにヘタに人ごみにでかけて去年のようにインフルエンザウィルスをもらってきたりしないようにしないとね。
January 12, 2005
きりきりきりきりきりきりきりきりきりきり・・・・・・朝から胃が痛い。京都新撰組ツアーの疲れかと思って胃薬をのみCM録音の仕事のためきょうも京都へ向かった。仕事そのものは30分ほどで終了。帰りに妹んちに寄ろうかと思ったけど胃痛が治らない。録音ブースに入ったとき以外ずっと痛いのだ。これは今年の流行風邪の特徴か。夕方まっすぐ帰宅して熱を測ると37.2度。やばいぞ。数字を見たとたんゾクゾクしてきた。これはあしたに備えて寝るしかない。おやすみ。
January 11, 2005
1泊2日の京都の旅。新撰組好き、幕末好きと連れ立って市内をめぐった。きのうは午前中の太鼓の練習が終わってから京都に行ったのであまりゆっくりと訪ね歩くことができなかった。なのできょうはきのう寄った壬生あたりにまた足を運ぶ。二日間で行ったのは壬生界隈と東山方面。壬生では壬生寺・八木邸・前川邸・光縁寺・島原周辺・新撰組記念館・そして西本願寺。東山あたりでは坂本龍馬はじめ幕末志士のお墓と高台寺。東山は紅葉の季節にも何度か行ったことがあったけど壬生は初めて。気温は低かったものの日差しがあったのでとても快適に歩いてまわった。新撰組ファンなら上記のスポットがどういうところか説明しなくてもわかってくれるよね。光縁寺は総長山南敬助や藤堂平助・松原忠司たちのお墓がある。山南先生のお墓の横には沖田総司縁者のお墓もあり戒名が女性であることから、沖田の落とし子説や山南さんが見受けした女性「明里」だという説もあるとか。初日の夕方に時間ぎりぎりに滑り込んだのが八木邸。芹沢鴨が暗殺された際の例の刀傷や芹沢がつまずいたとされる文机を見学。見学料の1,000円にはお抹茶とお菓子代が含まれている。このお菓子、八木家の子孫が営む和菓子屋、鶴屋さんのもの。「屯所餅」と名づけられたなかなか美味しいお餅だった。2日目に壬生寺の前を通りかかると、参道の奥に浅黄色の法被をきた男性が2人立っていた。距離があったから顔まではっきり見えない。記念撮影ができるようにスタンバイしているらしいがイメージを崩したくなかったので近寄らないまま立ち去る。東山方面で心残りだったのが霊山歴史館が休館だったこと。ここには新撰組をはじめ幕末を物語る資料が山ほど展示されている。新撰組隊士のかっこうをして写真を撮ることもできる。だが残念なことに来月まで改装のため休館中だった。坂本龍馬・中岡慎太郎たちの墓地は京都を一望できるとても見晴らしのいい場所だった。今でも京の街を見下ろしながら何かどでかい事をやらかそうと思ってたりして。またいつか壬生浪士たちのお墓参りに行こう。
January 10, 2005
冬の京都もいいねぇ。新選組を感じながら歩く。詳細は後刻。
January 9, 2005
年末からうちに来るはずだった新しい自転車。なんだかんだで長引いてしまって、やっと今日自転車屋さんに取りに行った。車輪は先代と同じ26インチ。ボディーは真っ赤。4段変速。感動モノはライトとロックだ。ライトはタイヤとの摩擦を利用した「ウィ~~~ン」てうるさいのじゃなくてただ走るだけで勝手に点灯してくれるのだ。静かでスムーズ。そしてロックは後輪に2重でかけられる。自分で前輪にチェーンでもかければカンペキな盗難防止。さらに私が引き取りに行かない間に、義弟のナガイくんがペダルもこぎやすい軽いものに変えてくれていた。引き取りに行くときが乗りおさめになった先代は新車と交換で自転車屋さんに置いてきた。長い間ありがとう。買ってくれたお父さんありがとう。冬の間は寒いけど、でもがんばって赤い新入りを愛用しよう。これからよろしくね~。
January 8, 2005
年明けからKISS-FMのニュース担当日が水・金曜の週2日になった。きょうが金曜日の初仕事。サウンドクルーの後藤心平さんとも初めてお会いしてごあいさつ。元局アナさんということもあってスタンバイの間にいろいろお話した。気さくな方でよかったぁ。ほっ。これからしばらくは暗くて寒い朝が続くけどがんばろー。きょうは午後からマサキの3ヶ月検診があったのでチサチの相手にしに行った。ところが、マサキがきのう初めて熱を出したということで様子をみる。子どもの熱って夜に上がったりするんだよね。ママって大変。結局、日中は37度台に落ち着いてたので検診を受けることにした。そのあいだ私はチサチを連れて扇町公園でさんざん遊ぶ。いつもより多めのハトたちにエサをやり、(ヒッチコックの『鳥』状態)滑り台を一緒にすべり、巨大網々ジャングルジムにしがみつき、あちこち駆け回り、扇町キッズパークではしゃぎ、最後はマクドナルドでポテトを食べた。年末から「ポッポの公園行きたい!」と訴えてたチサチの願いがかなってよかった。でもマサキの熱はちょっと心配。検診ではまったく問題なかったようだけど。ふと気づくと今週末は月曜までお休みなのね。日曜の太鼓以外予定もないし何しよ・・・と思っていたらステキなお誘いがあった。今から楽しみだわ。
January 7, 2005
冷たい雨が降っていた。新しい自転車を受け取りに行くことができなかったよ。こんな日は家に閉じこもってなにをしよう・・・と思いついたのが写真の整理。かれこれ20年ぐらいアルバムに貼り付けてない。ちゃうわ。正確には幼稚園卒業後からきっちりしたアルバムがない。だからって小学校時代から手をつけると気が遠くなるのできょうはわかりやすい分だけ片付けることにした。新しいアルバムそのものは10年前から持っているのだ。友達に誕生日プレゼントとしてもらった赤いアルバム。これにアナウンススクール時代の写真を貼ることにした。たった3年ほど前のことなのにひどく懐かしい。今も同じ事務所でがんばってる同期もいれば卒業以来会っていない人もいる。厳しい世界に身をおく自覚が足りないのか、みんな暢気そうな顔。それでよかったんだよねぇこの頃は。楽しそうだもん。結局、より分けた41枚の写真をアルバムに残した。さぁ残りの写真はいつ整理するんだろうか。たぶん・・・・10年後ぐらいかな。
January 6, 2005
けさは本気で寒かったよ。これからしばらくはこんな感じかな。体調管理に気を配って風邪だけはひかないようにしないとね。ゆうべはなかなか眠りに付くことができなかった。そのうえ夢見が悪くて困った。そしてゆうべやっと気が付いた。苦しい夢を見ているとき(誰かに狙われている・時間に間に合わないetc.)ナナが私の首のあたりに乗っていることが多いのだ。食欲のかたまりのようなナナが首から胸にかけて乗っかるとこれはもうある意味拷問に近いような息苦しさを覚える。寝入ってしまう前ならひょいっと跳ね除ければおしまいだが深い眠りに入ったあとは(特に寒い冬は)苦しい夢を見るに任せている。ほんと苦しいんだってば。やめてよね。子猫だったころのナナが懐かしいよ。ところでヒメは元気にしてるのかしら。新年のあいさつぐらいしに帰って来いよな。今週からKISS FMの朝ニュースが水・金の週2日になる。それぞれ番組が違うからサウンドクルーさんも違う。あさっては後藤心平さんに初めてお目にかかる。雰囲気も違うかもしんないから失敗しないように落ち着いてやんなきゃね。
January 5, 2005
朝起きたら、いや昼すぎに目が覚めたら頭が痛かった。風邪をひいてしまったんだろうか。でも頭痛以外に風邪らしい症状はまだない。とりあえず痛み止めの薬をのんで様子をみる。そういう時に限ってなにか動きたくなるのがあまのじゃくな私。ごそごそと物置の整理をし始めたがやっぱりやめた。ぼおっと階段をあがろうとしたその時、右足の親指の先を一番上の段に思いっきりぶつけた。痛いのなんのって。次々とどこかが痛くなるんじゃないかと少し不安になりながらきょうはおとなしく家にとじこもることにした。この日記を書いたらあとは寝るだけ。おかげさまで3つ目の「痛い」はないまま終われそう。明日からいよいよ始動。元気に頑張れるかな~
January 4, 2005
別に箱根まで行ったわけではない。外出から帰宅してたまたまTVをつけたら箱根駅伝の復路、それもトップランナーがアンカーにたすきをつないだところだった。妹んちでお昼ごはんを食べながら続きを見る。昔からそうなのだけれど、妹と私の見たいスポーツはなぜかブらない。私がフルマラソンを全部観戦できても妹はまるっきり興味なし。反対に、妹の好きなスピードスケートは結果だけ知れば満足の私。だから箱根駅伝もわたし一人で興奮して見てた。だっておもしろかったよ。特にアンカーで区間記録を出したのは10位以内に入ってシード権を獲得したかった早稲田の選手。11位でたすきを受け取ってなんとか追い上げようとしたものの10位の神奈川大の選手も意地を見せて逃げ切った。「かつてこれほどまで悲しい区間新記録はあったでしょうか」と実況アナが叫ぶ。この一言で駅伝の主役が一瞬にして11位の選手になった。駅伝やマラソンは見てて面白い。2時間以上も駆け引きをしながら走るのだ。箱根なんて2時間どころではないからずっと見るわけにもいかないけどもし私が男として生まれ変わるなら箱根駅伝を走ってみたいな。そんなことを妹に言ったら「信じられへん」という顔で見られた。ホント、同じ家に生まれて一緒にTV見てきたとは思えねぇなぁ。
January 3, 2005
夢を見た。その内容は・・・ナイショ。言っちゃうとボヤけてしまいそうだもんね。正夢になればいいなぁ。ふと思い出して1年前のビデオを見る。南海放送のアナウンサーとして収録したミニお正月番組。1分30秒×5本を他の女子アナさんたちが編集したものだ。わたし、あんまり成長してないかもなぁ・・・それにしても南海放送の女子アナウンサーさんたちはやっぱり面白い。今年はどんなお正月番組だったんだろうか。時が流れるのは早いなぁ・・・アレがたった1年前だなんて。いかんいかん。振り返ってばかりいないで前を向こう。チサチや私をベッドにして熟睡していたマサキは成長するだけ。一方わたしは体細胞がプチプチはじけるだけ。焦らず、慌てず、確実に、前に進むのだーっ。
January 2, 2005
新しい年になった。気持ちも新たに。日記を書き続けて2年あまり。今年もがんばって続けよう。そして、更に「感謝」の気持ちでがんばろう。そしてそして、太鼓だって新展開だ。そしてそしてそして、もちろん仕事だってアグレッシブに行くぞ。・・・そしてあまり大きな声じゃ言えないがプライベートだってそれなりにがんばるもんね。(大きな声で言えない自分が悲しい・・・)今年はどんなことが起こるのかな。どんな人たちと出会えるのかな。どれだけのお仕事ができるのかな。太鼓はもっとうまくなれるのかな。ワクワクとドキドキがいっぱいの一年になりますように。
January 1, 2005
全31件 (31件中 1-31件目)
1
![]()

