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お彼岸です。21日(火・祝)の中日を中心にして、前後、18日(土)から24日(金)まで続く7日間。これは過去からのしきたりでもありますが、単なる人為の作為ごとではありません。彼岸の中日、春分の日は、昼の長さと夜の長さが等しくなる日。天文学では太陽の軌道上の黄経を0度とする基準のポイントです。太陽系の第3惑星:地球の運行に基を置いている、自然学の観測による科学的事象でもあります。 春の彼岸は、木の芽時にも重なります。もの皆蠢き、もの騒で、不安定な時節でもあります。『別れ』と『出会い』の季節とも言います。『帰し方を振り返り、行く方を見定める』ターニング・ポイントの季節なのでしょう。一方で物事を終了させようとする方が居れば、また一方では新しい出会いに胸を膨らませる方も居られましょう。また、あるいは、ご自分の立脚点を再度確認される方もいらっしゃいます。 あなたは、どの道を通ろうとされていらっしゃいますか? わたしの身辺でも、その3様が見かけられ、それぞれにご自分の道を歩んでいくようです。 わたしもそのひとり。それぞれが、この地球上で、それぞれに伴走しているように思います。わたしの場合は、3番目『立脚点の再確認』にあるようです。このブログを立ち上げたのは、3年前の3月初旬でした。3年が過ぎて行く内に、ずいぶん立ち位置も変わってきました。今振り返り、そして流れをとらえて閉じもせず、また先へと継続して行こうと思います。 物事に、始まりも終わりもありません。過去へ遡っていけばどんどんどんどんその前が見えてきますし、未来を夢見ていってもどんどんどんどんその先が未知として残ります。始まりとおしまいがあるのは、物語の中だけです。それは一つの区切りの儀式なのでしょう。先には先が、前には前が、綿々と続いて行って無限の彼方に放り出されます。どこかで区切りをつけなければ、このちっぽけなわたしは、途方にくれてしまいます。 木星探査航海の序章を書こうと思ってはいるのですが、散在した記録資料の整理編集にやや手こずっています。 それより何より、帰還後の地上の歓迎の方が、大盛況です。真新しい眼で見るこの地上の光景は、すべてが新鮮で、あらゆるものから新しいメッセージを感じています。次から次へと絶え間なく続く、今の中のまた今に。どうやら、木星探査航海での、幾多の調査や発見の、真の意義は、この地上への帰還でこそ生かされているのだと言う事を、身にひしひしと感じている今日この頃です。 さてしかし、とにもかくにも、序の序です。 始まり、始まり~ それは去年の10月の終わりごろのことでした。わたしの耳に風の便りが届きました。冥王星に、新衛星が見つかったそれもふたつ?、新聞紙上で知りました。調べてみると、10月31日、ハローウィンの日だったようです。 ⇒⇒『国立天文台:アストロトピックス』 その時はまだ、それが誘い水であったことに気付く余裕もありませんでした。ただ、わたしの深い直感のところでは、何かの予兆を察知していたようなのです。それからしばらくして、何かに導かれるかのように、わたしの旅がが始まっていることに気付いたのです。 (つづく) お彼岸の中日、息子と客人と3人で、玉遊びに興じました。WBCの日本野球、世界制覇の興奮冷めやらぬすぐ後で。裏の会社のグラウンドをちょこっとお借りしました。サッカー、ドッヂボール、野球の順でした。日頃、あまり使われていないこのグラウンドは、ちょっとかわいそう。まあ、冬でした辛そうなのでしょうが、内野のフィールドの土にも、かわいいぺんぺん草がたくさん芽を出していました。
2006/03/22
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昨夜のこと。深夜3時に目が覚めて、気が付いたらコンサート会場で大勢の人の前で唄っていた。唄いながら興奮して目が覚めた。まあ、夢なのであるが、それはこんな内容。---------------------------------------------------------------------------芝生のような観客席で、コンサートを楽しんでいる。それはロックフェスティバルか何かで、次々に色んなアーティスト達が自分の持ち歌を披露していく。会場はにぎやかで、ロックでギンギンに盛り上がっている。わたしは遅れて来たようなのだが、なんとか場の雰囲気に溶け込もうと身体を揺さぶっている。リズムに乗って、なんだかイイ感じで、徐々に乗って来る。そこでふと、MCのタモリさんがわたしを指差して、「次はあなた!」と紹介される。「えっ僕!?」と、びっくりするが、手持ちの楽譜をめくり始める。「あれが唄いたいな~」と目当ての曲を探すが見当たらない。「あれっ、あれっ!?」と、慌てふためくが見つからない。かなり会場を待たせてしまったので、仕方なく、次善の曲に決める。ステージに立って唄い始めるが、楽譜のコードが見にくく、しかもページが捲れたりして、足で直したりしている。その間も歌い続けていて、幾つかコードを間違えたりする。でも、会場は手拍子のリズムがしっかりしていて、コードの間違いもあんまり気にならない。わたしはしっかりと唄っている。---------------------------------------------------------------------------という所で目が覚めたのだが、実際に声に出して寝言(寝歌)を唄っていたかどうかは分からない。しかし、わたしの頭の中ではしっかりと音楽が鳴り響いていた。わたしが夢の中で唄っていた次善の曲は、自作の『素粒子の唄(1)』と言う歌。 ♪~「心に愛を」などと 言い廻ってみても 誰もあんたの言葉など 聞いちゃいないさ ~♪と言う出だしで、布教に勤しむ宗教の人たちを少し皮肉って唄ったものだった。 ⇒全文わたしが本当に唄いたかった(探していた)のは『素粒子の唄(2)』の方で、よく考えてみるとこれはコードも丸暗記しているので、実は楽譜なんて探さなくても良かったのだと後から気づいた。夢の中では、何であんなに慌てて、楽譜に頼ったりしていたのかと思い直した。そうか、人前で唄うには完全に自分のものにした歌じゃないとだめなのだなと思い至った。『素粒子の唄(2)』の出だしは以下のようなもの。 ♪~ 毎日 まいにち 疲れるのは 心が じたばた してるから 何を そんなに 守ってるのか 何が そんなに 大事なのか ~♪これは、自分の十八番を後生大事に守ろうとする自閉気味の青年である自分に反旗を翻し、開放を促すメッセージソング。 ♪~ 心の底にしまいこんだ あんたの十八番を出してごらん~ ~♪ ♪~ あんたが思ってるあんたなんて たかが知れたイリュージョン ~♪と続く。 ⇒全文いずれも、今から30年位前に作った歌で、未だにそんな歌を持ち続けているわたしである。完全に目が覚めてから、自分が本当に唄える歌/唄いたい歌は何だろうと考えた。すると出てきたのが『のんびり行こう』である。 ♪~ のんびり行こう あわてることはない 大事な何か 無くせばいいだけ 大事なものが 多すぎて困るよ ほんとに大事な ものはなあに ~♪と言う出だしで、これは6年前に歩きながら出てきた歌。 ⇒全文夢にも如実に現れているように、妙なところで慌て症のわたしには今でも有効な自戒の曲である。ちょっと一息入れて、先ずは自分を取り戻す事が必要。でーんと構えて、今ある自分を腹から唄えと教えてくれる。ちなみに、昨夜の夢の教えは、「自分の歌を唄い続けること」ということだ。歌に限らず、人生で自分の歌を唄っているか。自分をちゃんと表現しているか。自分自身を生きているか。そんなことを問いかけてくる。それには、何にも頼らず自分にリラックスしている事が大切なんだねぇ。 ◇ ◇ ◇実はこの歌には後日談があるのですが、それは明日に見送ります。何だか今日は、自分の歌のオンパレードになってしまいました。相済みませぬ。手前味噌でした。 ~ 春の桜空 ~
2009/04/23
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