konosoranosita

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2005.05.16
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このままでは帰れないと言う気持ちだった。

画廊の中は白一色で、壁に掛けてある絵画だけが色彩を帯びていた。
ライズはその大きすぎるほどの、あの男の子とピカソの「盲人の食事」が描かれた
絵の前に立ち、写真のように良く出来ている絵を目の当たりにした。
今にも男の子が出てきそうな気がしたし、その子の息遣いが聞こえてきそうでもあった。
この絵の中にあの男の子が閉じ込められてしまっているような錯覚さえ起きた。
それも悪くは無いとライズは思うのだった。
そうであれば、この絵を自分のものにさえすれば、あの男の子を完全に自分のものに出来るのだから・・・。

けれど、じゃあ何故この絵が存在するのか?
一体誰が描いたのか?
ライズは冷静になって、この中へ入ってきた理由を思い出した。

まるで現れるタイミングを見計らっていたかのように、真っ白な女の人が奥から現れた。
その人は白のボブヘアをしていて、白のシャネルスーツを着て、白のヒールのある靴を履いていた。
そしてその人の片方の瞳は白い色をしていた。
ライズは雪女を連想しない訳にはいかなくて、もう少しで悲鳴を上げてしまいそう
だった。

「今から20年前にその絵を描いたの。」
女は遠い昔を思い出すようにうっすらと笑みを浮かべて言った。
「まだその時は私のこの目も白くは無かったわ。綺麗な黒い瞳だった。」

「私を怖がらなくても良いわ。あなたには何もしたりしないわ。」
ライズは怖かった。その女は怖いほど肌が白く、片方の瞳は黒く輝いていた。
肌色の口紅がとても似合っていた。
ただ、輝くことの無い、マットな白い瞳が怖かった。
とても不自然だし、あの「セレスティーナ」でさえ、灰色と白の間くらいの色だっ

ライズはあなたには何もしない、と言う言葉の意味を考えるとますます怖かった。
じゃあ誰か他の人には何かしたのか?という疑問が沸いてくるから。
「メトロポリタンミュージアム、そうニューヨークにあるでしょ?
そこで知り合ったのよ。その子と。いつもピカソの「盲人の食事」の前にいたの。だからそんなに好きなの?って聞いたの。こっくりと頷くから、じゃあ絵にしてあげるねって言って描いたの。」
女はただじっと自分が描いたその絵を見つめながら、無表情で勝手に話していた。
ライズに聞かせるというよりは、勝手に話しているといったほうがぴったりな話し方だった。
「その子にはあげなかったわ。いる?って聞いたら首を横にふったの。気に入らな
かったのかしら。でも悪くないでしょ。良く出来てるもの。」
ライズは良く出来てるでしょ?と聞かれても、何も言えなかった。
本当にライズに聞いているのかどうか確信が持てなかったから。
「この絵が欲しいでしょ?40万でいいいわ。飛行機で運んできただけで凄くお金が掛かったのよ。でもいいわ。40万で」

「その絵の男の子に約2ヶ月近く前にピカソ展で会いました。
その絵の通り、その男の子は「盲人の食事」の前にいました。
あなたが20年前に、ニューヨークで描いたその絵そのままの光景を目にしたのです。
私はその子に強く惹きつけられました。けれどその子はちょっと目を放した隙に消えてしまったのです。
それから、何もかも手につかなくなって、仕事も辞めてしまって、それでも何とか今日こうやって外出できるようになったんです。
そしてこの絵を目にするなんて・・・。
そしてあなたが描いた。20年前に?
どう考えも、何もかもがおかしすぎませんか?
あってはならないことが、普通に起こっている。
でも良いです。その絵をあなたが言うように欲しいのです。
けれど、なんと言っても失業中ですから、半年待ってもらえませんか?
それまでに40万何とかしますから。」

女はそれでも絵を見たっきり目を離さなかった。
でも話だけは聞いていたようで、「駄目よ。今すぐじゃないと。半年なんて待てないわ。」
「じゃ、どうすれば良いんですか?」
「だから今すぐ払って。」
「無いものは払えません。」
女はいきなり、ライズの手を引っ張って、こっちへいらっしゃいと、甘くねだるような声を出した。
「嫌とは言わせないわ。」
今度は太く低い声だった。
ライズは振り払おうとしたけれど、物凄い力だった。
「無駄よ、自由になんてさせない。」
ライズは奥のほうまで引きずられていった。
奥は暗く何も見えない。
ライズはこのまま連れて行かれたら二度とここには戻れないと感じた。
これは冗談なんかじゃない。ライズは冷静になった。何とかしなければ。
ライズはあらん限りの力を振り絞って、その女を突き飛ばして、素早く
駈け去ることができた。
画廊から飛び出るとダッシュした。
背後から
「逃げられないのよ。逃げたって。」
その後に悲鳴のような笑い声が暗い通りに響き渡った。

つづく





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Last updated  2006.01.26 21:39:32
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