konosoranosita

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2005.10.07
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「とりあえず明日から入院してもらう事にしました」医師は言った。
「あなたと会わないようにするには、その方法しかないでしょう。患者の親御さんはあなたに甘えているようですから。私の方からも親御さんにあなたに迷惑をかけないようにと言っておきます。ですから、何か言われても、絶対もう患者さんとは会わないで下さい。それが患者さんの為でもありますし、あなたの為ですから。同情はしないで下さい。今日限りで忘れて下さい。わかりましたね」
「ええ」
「自分を冷たい人間だと思わないで下さい。あなたに治せるものではないのですから。それに、結婚している訳でも、婚約していた訳でもないし。ご家族に任せておけばいいのです。今までこの1年間充分誠意は示したのですから」

尚人は医師の言葉に感謝はしたものの、どこかで自分を非難する声が聞こえた。
それはどうしても消えなかった。
多分彼女の母親は尚人に泣きついてくるかもしれない。
それをハッキリ拒否できるだろうか。

医師は同情は禁物だと言った。

されるのもするのも・・・。
だからやはりこれ以上係わる事を避けなければならない。
どんなに非難されたとしても・・。

仕事の帰り書店寄ったら、エリが文庫本の階にいて、夏目漱石の文庫を補充していた。
「漱石の何が一番売れるの?」
背後から話しかけた。
エリは驚いた顔をして振り向いた。
「来たなら来たって言ってよ。急にびっくりするでしょう」
「だって、驚かしたんだから、びっくりしてもらわないと」
「今日は随分饒舌ね。なにか良いことでもあったの?」
「どうかな。良いのか悪いのか。自分では良くわからないな。だから話を聞いてもらいたくてさ。今日も誘ってもいい?」

「じゃ、昨日の店にいるよ」
「昨日の店はうるさ過ぎて、大きい声でずっと話さなければならくて、声が枯れるから、違う店にしましょう」
「じゃ、駅ビルの地下にある串焼き屋知ってる?」
「知ってる」
「そこのカウンターにいるよ」


二人には壁というものがなかった。
何故だろう。
とにかく尚人とは、無理なく、友だち関係でいいから、付き合っていきたいと思った。
どっちにしても尚人には病気といえども付き合っている人がいるのだし。

尚人は駅ビルに向かう人通りの中で、自分がしていることは間違ってはいないと自分に言い聞かせていた。
自分はもうフリーなのだ。
誰と何処で会おうと、それはもう、尚人の自由なのだ。
今までずっと義務のようにしてきたから、自由でいることがまるで悪い事のように思ってしまうのだった。
医師の言葉を思い出そう。
もし、彼女の母親から連絡があっても、医師に会わない様に言われたとハッキリ言おう。
そして自分にもそのつもりはないことを。

エリといることは楽しい。
今まで忘れていた世界だった。
尚人は自分はまだ若くて、人生はこれからだということをずっと忘れていたのだ。
エリはそれを思い出させてくれた。

エリには今日医師が尚人に話した事を、聞いてもらおうと思う。
エリはなんて言うだろう。





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Last updated  2006.01.26 21:30:37
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