konosoranosita

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2005.11.06
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カテゴリ: Short stores
彼女は高校の時の友達だった。

けれど私は1年の夏合宿が終わって、新人戦を最後に部活を辞めてしまった。
二年が二人だけで後は1年ばかりという中で、期待され集中的に厳しい練習を強いられた。負けると自分だけ試合中だろうとなんだろうと大勢の前で見せしめの為に殴られた。

今はその時辞めた事を後悔しているけれど、その時は辞める以外考えられなかった。
男子は殴られて鼓膜が破れた子もいた。
その頃はそれでも全く問題にもならなかった。部活だから当たり前で通っていた。

部活を辞めた後はほとんど自分を見失っていた。
何をしていいのかわからなかった。

大学に行こうと思っていたけれど、そんな気も失くしていた。

部活の友達とはその後も付き合っていた。
皆は適当に練習をこなしていた。
適当に出て適当にサボって、怒られて、でも辞めないでいた。

仲が良かった友達は紗江といった。
紗江とは気があった。
初めからずっと前からの知り合いのように感じた。
紗江は体が弱かったから練習中に倒れたりしていたので、ほとんどマネージャー的存在だった。

私が辞める時も随分先生にいろいろ言ってくれた。
「そんな弱い奴は必要ない」と言うのが先生の答えだった。

高校を出て彼女も大学には行かないで信販会社に就職した。


彼女が結婚して割とすぐに家に遊びに行った。
仕事は辞めて料理教室に通っていた。
自分の夫に美味しいものを食べさせてあげる為に。
そして手の込んだ日本料理をご馳走してくれた。

まだ二十歳を過ぎたばかりだった。

紗江の夫は五歳くらい年上だったと思う。

それから十年後、紗江は絶望的な恋をしていた。
紗江の夫は同じ職場の人と仲がよくなっていて、公然と付き合っていた。
紗江が問いただすと、
「好きになってしまったから、仕方がない」
と言った。
夫は
「多分一時的な気持ちだから、ある時期が来ればきっと終わると思うから、それまでは自由にさせて欲しい」
とも言うらしかった。

紗江はまだ子供も大きくはなかったし、給料とかはきちんと入れてくれていたので、とりあえず夫との事は保留にしていた。
時期が来たら別れようと思っていた。

紗江はその頃設計事務所で事務をしていた。
そこに三歳年下の建築設計士がいた。
彼と気が合って、話していると楽しくて、いつまででも一緒にいたい気持ちになった。

そしていつの間にか彼を好きになっていた。
彼の方も悪くは思ってはいなかったらしく、仕事の帰りに一緒に食事をしたりして、楽しいひと時を過ごしていた。
子供は一緒に住んでいる実の母親が見ていてくれた。

話があるの、と紗江から電話があって、家に来てもらった。
誰にも言えないから聞いて欲しい、と言って以上のことを初めて話してくれた。
幸せに暮しているとばかり思っていたから驚いた。紗江の夫のやり方も凄いと思った。そこまで開き直れるものなのかと思った。

自分の気持ちを設計士の彼に言わなければいられないと紗江は言った。
彼には彼女がいるけれど、彼は彼女とは今疎遠になっていると言っていた。

「どうしたいの?ご主人と別れて彼と一緒になりたいの?」
と聞くと、出来ればそうしたいと言った。
「ご主人と上手くいっていたとしても、彼を好きになった?」
と聞くと、わからないといった。

「もう何もかもがわからないの。ただ彼が好きで仕方がない。一緒にずっといたいって気持で一杯なのよ」
「でもね、何もかもわからない気持ちで好きになられたって、相手も困るでしょう?」
「ただもうこの気持ちを言わずにはいられないのよ。何故人は人を好きになるとそんなことをしようとするのかしらって思うけれど、気持ちを伝えずにはいられないのよ」
と言って彼女は泣き出してしまった。

多分とても辛かったのだと思う。
紗江の夫の色恋沙汰もあって淋しかったのかもしれない。
その淋しさを埋めるために彼が必要なのではないかと思った。

彼でなければならない理由は紗江にはなかった様な気がする。
彼でなければならなかったらもっと違う出方をしたと思うし。
もっとしっかりしていたとも思う。

結局紗江は彼の家に行って気持ちを打ち明けた。
彼は
「あなたが好きだけれど、彼女を裏切る事は出来ない」
と言ったという。
「私も夫と別れるから、あなたも彼女と別れて欲しい」
と言うと、彼は相当悩んで、
「暫く考えさせて欲しい」
と言ったそうだ。

そこで初めて紗江は彼を苦しめている事に気がついたと言った。
その時我に返ったと言った。
そして急に気持ちが醒めていくのがわかったと言った。

結局紗江はその次の日仕事を辞める旨を経営者に伝えた。
そして彼には何もかも忘れて欲しいと言った。

彼は一言だけ
「忘れなければならない理由は何もない。出来たらずっと覚えていたい、あなたの事を」
と言ったという。
その一言で彼女は救われたと言っていた。
何もかも乗り越えていける気がしたと言った。

紗江の夫はそれからしばらくして、「全てが終わった」と紗江に哀しげな表情で言った。





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Last updated  2005.11.06 09:36:43
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