konosoranosita

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2005.11.29
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「たまに会う時くらい少しは笑えよな。
お前って本当に昔からクールっていうか、少しは話に反応するとか、笑えないなら何とか言えよ」

石谷哲生は学生時代からの友人である、山上賢三と仕事帰りに飲んでいた。
カウンターだけの店で、主に魚を食べたさせてくれる店だった。

哲生は、いつも何を考えているのか分らないこの友人と、かなり長い付き合いであることが不思議だった。
賢三は自分から何かを話す、ということがなかった。
こっちから話さなければ、いつまででも黙っていた。
勿論賢三から何かに誘われた事もなかった。

哲生には賢三よりも、もっと身近な友人もいたし、もっと打ち溶け合える友達もいたけれど、何故かしばらく賢三に会わないでいると、つい連絡してしまうのだった。



「お前って何か自分からしようっていうのないの?」

「人間関係について言っているのかな」

「そうだよ、その人間関係についてだよ」

「いつも思うのは、僕なんかといたい、って人は思うのかってことなんだ。
君が僕を誘ってくれるのが、どうしてなんだか僕にはよくわからない。
僕みたいなつまらない奴に」

「お前は一人でいる方が好きなんだろ、きっと」

「それもいいけど、でもやっぱりいつもひとりだと、それはつまらない時もある」

「だったら自分から行動するんだよ。当たり前の事だろう」

「当たり前のことが出来ないんだ、きっと僕は」

「何だよそれ、子供じゃないんだから、当たり前のことくらいしろよな」



それが賢三だった。
哲生はそんな賢三を、正直な奴だと思った。
多分誰にも今までそんな話を、した事もなかったとも思った。

だからついほおっておけなくて、何かあってもなくても、賢三に定期的に連絡をしてしまうのだろう。



「そういえばお前、まえに会った時、電車で毎朝逢う女がどうのって言ってたけど、相変わらず進展なしなのか?」


賢三は冷酒を一口飲んで、少し考えていた。

「今朝はじめて話した。ほんのちょっとだけどね」

哲生はあら煮と一緒に煮てある、味のしみ込んだ大根の熱さで、舌が火傷しそうになりながら聞いていたけれど、慌てて冷酒で舌を冷さずにはいられないかった。

「大丈夫?」

賢三は哲生の慌てぶりが可笑しくて笑った。

「そういう時だけ笑うなよなぁ。もっと違うときに笑えよ」

哲生はハンカチで口を押さえながら言った。

「何を話したんだよ」

「その子が今日に限って降りなかったんだ。
いつもの駅で。
しかも眠ってしまっていたんだ。
だから起こしてあげようと思ったけど、それは出来なかった」

賢三はそれだけ言うと言葉を止めた。
そして又冷酒を飲んだ。

もどかしそうに哲生が

「それでどうしたんだよ」

「彼女が目を覚ましたのは、丁度僕が降りる駅に着くちょっと前だったんだ。
それで彼女、気がついたみたいで、僕に聞いてきたんだ」

「何て?言葉を一々止めるなよ、一気に話せよ」

「次は何処の駅ですか?って。
だから“〇〇三丁目”だと言ったら、分りました、ありがとうございますって言って、笑ったんだ。
僕も、どう致しまして、って言って一緒に降りたんだ。
それで、間に合いますか?仕事に、って聞くと、電話して遅れますっていいます、って言うから、じゃあ気をつけて、って言って別れたんだ。
彼女は又電車で戻る為に隣のホームに行って、僕は改札に向かった」

「お前にしてはまずまずだな。
その後のことは俺に任せろ。
どうしたら一番上手く行くか考えてやるからな」

「いいよ別に、自分で何とかするから」

「駄目だ。
お前はきっと、せっかくのこの幸運を棒に振るから。
やり方があるんだよ。ちゃんと」

「それより奥さん心配してるんじゃないの。
電話したの?
遅くなると必ず、僕に次の日確認の電話が入るんだから」

賢三はいつになく陽気で、良く話をした。

     つづく





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Last updated  2006.01.26 21:19:27
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