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マイペース70代
進化する父
「進化する父」-父と旅して-
3日間、父のお供をして飛騨地方へのツアーに参加してきた。
今までにも何度か父のことを書いているが、
父は「脳梗塞、心筋梗塞」で何度も倒れている。
幸い、手術が必要なまでの発作ではなかったので、
その都度、入院とその後のリハビリで復活している。
しかし、主治医からは
「いつ、重大な発作で倒れて死んでも不思議ではない」と言われている。
加えて、ものすごい「難聴」であり、
つい一ヶ月前には「白内障」の手術を受けた。
そんな体の老人がツアーに参加するというのは、
周囲のお仲間達には迷惑なことだろうけれど、
父が若い頃から一緒に活動してきた心やさしいお仲間達は、
「行ける時には、一緒に行こう」と誘ってくださるのだ。
というわけで、私は「ヘルパー」として同伴したのである。
脳梗塞の後遺症は、父の場合体ではなく「言語」に残った。
おかげで、足腰は普通の老人並であるが、
固有名詞や数字が理解しにくく、
自分の意図するとは違う言葉を発したりする。
だから、「斉藤さん」に向って「田中さん」とよびかけ、
「300円」のものを「3万円だね」と言ったりする。
難聴のためにやたら声が大きいため、
それらの間違いを大声で繰り返したりもする。
だから、側にいる私は、冷や汗をかきながら説明やら言い訳をすることになる。
標題に「進化する父」と書いたのは、
そのように日常生活で他人とコミュニケーションをとるために重大なハンディがあっても、
それを柔軟な態度で折り合いをつけていく能力が、
83歳の高齢にもかかわらず、次第に開発されているということを意味する。
ちなみに「進化」という言葉で父を誉めてくださったのは、
今回の旅行に誘ってくださった人である。
父は、確かに若い頃から高血圧でずっと薬を服用してきたが、
それ以外ではとても頑丈な体の持ち主だった。
そして、好奇心が強く人との付き合いが好きな人だった。
それだけにとても博識で、そのことで人にも一目置かれていたところもある。
そんな人間が、自分の知っていることを言葉で表現できないもどかしさや、
知っている人との会話が楽しめないことの淋しさは、
人一倍ではないかと思う。
文字も全く書けなくなったのだが(不思議なことに黙読はできる)
失語症になって以来、毎日のように
新聞のコラムを書き写すことを日課としている。
読み書きが大好きだった父は、
いつかきっと自分の気持ちを文字で表現したいと思っているようだ。
私ならもうとっくに諦めているだろうけれど、
父の辞書には「めげる」という単語はないようである。
普段はなかなか父とゆっくり話す機会もないのだけれど、
夜、部屋に戻ってから色々と話すことができた。
父は、数字がとても苦手であるが、中でも「時間」が苦手である。
そのことを、父は次のように説明した。
「お金などの数字は100で繰り上がるのに、時間は60から変わる。
それで、どうしても混乱してしまう。
時間の数え方は60で変わることは頭ではわかるんだが・・」
ちなみに、これらのことも、何度も聞きなおしたり確認したりで、
やっと私も理解できる状態なのである。
私は、父に聞いた。
「お父さん、頭の中でいつも混乱していて、イライラしない?」
父は「アー、ウー」の間に単語を一つ一つ搾り出すように答えてくれた。
「そりゃあ、イライラする。わけがわからなくもなる。
それでも、こんなことになったんだから、仕方ない。
オレの頭の中がおかしくなっているということをみんなに知っていてもらったら、それでも何とかなるもんだ。
オレは、何度も死んでいておかしくないんだから、こうやって旅行できるだけでも幸せだ」
「それに、全部がわからなくなったわけじゃない。覚えていることも一杯ある。
こうやって旅行すると、今まで気がつかなかったことも、もう一度わかることもある」
旅行中の父に、他のお仲間達は次々と声をかけてくれる。
「良かったねえ、また参加できて」
「去年より、お元気そうですね」
「足腰なら、私たちより元気だねえ」
父はその都度、満面の笑顔で「やあ、やあ、どうも、どうも」を繰り返す。
(それ以外の言葉は、とっさには出てこないから)
それでも、「脳みそが腐ってしまったような自分(父の言葉)」が
仲間として受け入れられていることに、無上の喜びを感じているようだ。
私もみなさんから声をかけていただいた。
「親孝行ですね。頭が下がります」(くすぐったいけど、悪い気はしない)
「私など早く親が亡くなったから、本当に羨ましいよ」(早く親を亡くした人はそう感じるのだろうな)
「お二人を見ていると、本当に微笑ましい。お父さんは、幸せだねえ」
(あの障害を持って生ききることは、本人も家族も結構苦労もあるけれど・・)
いずれにせよ、父の姿は老人の域に入り始めたお仲間達にとっては、
勇気と励ましを与えているようには感じた。
ちなみに私の母は
「人に迷惑をかけるくらいなら、旅行には行かない」タイプである。
(だから、父が他の人に迷惑をかけては大変と、私の同伴なしでは父は旅行を許されない)
腰の持病があって長時間歩けないので、いくら私たちが「車椅子」を薦めても、
「人に押してもらう」ということに抵抗があるようだ。
今回も旅をしながら、私は父に言った。
「お母さんも、車椅子を使ってくれれば一緒に来れるのにね」
父は言う。
「あいつは、ああいう人間だから仕方ない。
オレなら、喜んで車椅子に乗るけど、できないものはしかたがない」
父の「全てを受け入れる姿勢」は、実に見上げたものだと思う。
私なんぞはまだまだ未熟者なので、
母の父や私たちに対する対応などで不満を抱くことが多いのだが、
「オレは耳が聞こえんからちょうどいい」と、
母の叱責や愚痴も柳に風と受け流す。
かつては口うるさい母を無視して母の怒りを買っていたのだが、
最近は母の手助けも絶対に必要になったためか、
あしらい方もとても上手になっている。
ソレ一つを取っても、父は確かに「進化」していると思う。
願わくば、私も父にあやかって、
年を取っても進化し続けたいものだけれど・・。
(2005年04月18日)
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