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兄からメールが来て、どうしようか?俺は地味にやりたいんだけど。というので、「今は家族葬っていうのがあるらしいし、 私たち兄弟ふたりだけでもいいんじゃないの?」と返した。葬儀屋さんとの打ち合わせは、私を入れたくないらしいので、自宅待機。まぁその間に、ブログ書いたり、ツイッターのぞいたりしてたんですが。でね、葬儀屋さんは父の時は病院で紹介された葬儀屋さん。連係プレー(笑)で、今回は、父のお墓のある葬儀もやってるところ。父の時の葬儀屋さんは、兄は地味にと希望したけど、地味は地味だったけど、心を込めて対応してくださって、とても良かったんだけど、兄の会社の人が、入れ代わり立ち代わり来て、わずかなお香典で、散々飲み食いしていった、と兄は少しご立腹だった。それを踏まえての、私の提案。親戚には来てもらいたいけど、母の親戚はほとんど千葉で、台風15号の被害もあって、今は大変だろうというのもある。そんなわけで。家族葬。参列者2名。お通夜なしの、葬儀1日のみ。初七日込み。ということに決定したらしい。お墓もやってる(やってるって言い方も、あれなんだけど)ところだから、お彼岸と重なり、とてもとても忙しいらしく、葬儀は少し先延ばしになりまして。今日午後、母の遺体は、葬儀屋さんが預かりに来て、時節柄、冷蔵してくださるそうです。あっという間に亡くなって、あっという間に実家ともお別れ。イライラしいの母らしく、急いでるなぁ~。
2019.09.20

ものすごい急展開です。あまり食べられなくなった、という連絡から約3週間後のおととい9月17日、「あまり」が「ほとんど」に変わり、水も100ccしか飲めなくなったらしいと、兄からメール。水も飲めない??それ、やばいな。すぐ、今日明日というわけではない、ということでしたが、朝、新たに兄からメールで、施設から電話が来て、血中酸素が急激に減ってしまっています。と。ますますやばいな。朝、出勤してすぐ、上司に午後2時で早退したいと申し出て、許可をいただき、施設へ。実は、母に会いに行くのは、この施設にお世話になってからは初めてで。母は気性の荒いところがあり、認知症になってからは、心の制御がますます効かなくなり、先輩入居者の方々に、突っかかるっているという話を兄にメールで聞き、(いわゆるマウントってやつですね)こりゃ、私が会いに行ったら、針のムシロだな。。という気持ちが先にたったからです。少しだけ会社で施設の下調べ(住所・電話番号・アクセス)をして、とにもかくにも向かったのですが、案の定、バスを降りたら迷子。うろうろ。兄にメールするも、兄から来たメールはパソコンらしく、無反応のまま、私は雨に打たれ、持って行った地図もぐしょぐしょに。探しづらい。聞きづらいと思いつつも、ここで傘をさす。さらにうろうろして、困り果てたとき、やっと近所の方であろう女性が通りかかり、地図と施設のホームページの1ページ目を見ていただく。あ~。近くですねぇ。でもハッキリ場所を知らないですから、方向は右なので、右に行ってから誰かに聞いてみてください、と親切に教えてくださった。右方向へ行くも、雨のせいか誰にも会わず、とりあえず、バス停まで戻り、誰か通らないかと思ったけど、やはり誰も通らず。。。仕方なく、施設へ電話。ホームページの1ページ目、プリントしておいて本当に良かった。そしてこれまた、ご親切にバス停まで迎えに来てくだすった。なんとか予想より30分長くかかったものの、施設に着いた。ご迷惑をお掛けしました。面会票に記入し、いよいよ母のいる部屋へ。母は寝ていた。迎えに来てくだすった施設の方が、道々「体力的につらいので、目を閉じてるかと思いますが、聞こえてるはずですから」とおっしゃった。そういうの、よく聞くし、父の時も、ずっと話しかけていたら、ハッと目を開けた瞬間があったし。母に、ずっと会いに来なかったことを謝り、厳しくていじめられもしたけど、育ててくれてありがとう、と言うと、母の閉じたまぶたから、ほんの少しだけ、涙がにじんだ。聞こえてる。母に声が届いてる。そして、ある日突然施設に入れられて、辛かったね。今日まで、頑張ったね。まだ頑張ってよ。頑張れ頑張れ、と言うと、流れ落ちそうだった涙は引っ込んだ。近況を話し、写真撮らせてね~と2枚撮った。まさか、これが生前最後の写真になるとは、思ってもみなかった。。30分ほど、太ってた母の、痩せた腕をさすりながら、話をした。返事も来ないし、これ以上いても、辛かった子供時代を思い出してもしょうがないので、帰ることに。受付で、バス停まで迎えに来てくだすった方にお礼を言い、帰った。また来てあげてくださいね。と念を押され、そうだな、土曜日にまた来ようと思ったのに、イライラしいの母は、逝ってしまった。父も母も最後の言葉もなく、逝ってしまった。。なんでふたりして、何も言わないんだよー。なんでふたりして、家族のいないときにひとりで逝くんだよー。なんで なんで。。さようなら、母。天国で父に会うかな。ケンカするかな。ケンカばっかりしてたもんな。。。父の時よりも悲しみが襲ってくる。嫌い生まなきゃ良かった死んじゃえばよかったのに死んだと思ってあきらめるいろんな暴言を私に繰り返し浴びせた母だったけど、食べるのが遅い!と言って、私のおかずを捨てる母だったけど、人ごみに連れていき、いきなりつないだ手を放し、消えようとする母だったけど、やはり母と子は、父と子よりも密着度が高い。そう思い知らされた。。。育ててくれてありがとう感謝はずっとしてるんだよ。。
2019.09.19
1か月くらい前、兄からメールが来た。施設からの連絡で、食事を食べられない時があり、体力も落ちて、そろそろお見送りになるかもしれません、と。そのころちょうど、私は「粉瘤」の治療のため、毎日通院し、暑い中の通院で、私自身の体力も落ちていた。なので、兄には、9月に入ったら連絡する。と伝え、連絡を忘れていた。先週の3連休に、施設へ母に会いに行くつもりでいたのだけど。連休明けて、2日目でこの連絡。失敗したなー。行けばよかったなー。まだ、食欲が復活する可能性もないわけじゃなく、持ち直してくれる可能性も0じゃないけど。。今月末と来月初めには、行きたいキャライベントがあって、それに向け、体調を整えているところだったけど。それどころじゃなくなりそうだ。母は私が嫌いで、私もいじめられたから、母が嫌いで。でも、十分ではなかったけど、育ててくれた。それは、忘れてはいけない。
2019.09.18
「報告]は大事だ。報告せず、小さなミスが大きなミスへと発展してしまう事だってある。「正直に」「どんなことがあったか」を報告しなければ、対応するほうも、間違えてしまう。だがしかし。休んで細かい事情を知らない上司に、少し曲げた少しおおげさな、報告は、「告げ口」だと思う。上の人間に「告げ口」するのは、私は好まない。だから、よっぽどの事でなければ、言わない。それを「逆手」にとられる。ような、気がする。ずっと前の上司がそうだったから、それには慣れている。おまえもか、と、ガッカリするだけだし、信用しなければいい。そして私は、「告げ口」をしてしまったあと、すごく気持ちが「もやもや」する。言わなきゃ良かった、とか、ましてや少し「勘違い」してた時など、本当に自分が嫌になる。死にたくなる。そういう、もやもやを感じない、ましてや少し曲げたりおおげさに言う人には、「良心」がないのか、とさえ思う。そういう人とはなるべく関わらず、信用せず、上手に生きられなくとも、うまく立ち回れなくとも、「自分に正直に」生きたい。ウソをつけば、人を騙すことはできても、ウソをついたことは、自分が知っている。そうやって生きていきたい。
2019.09.04
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