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今日は「愛」について思うことを述べたいと思います。「愛」という言葉は世の中にあふれていて、家族愛や親子愛、夫婦愛や恋人同士の愛、ペットや趣味に対する愛情など、様々な愛がある。ちなみに「愛」を辞書で調べると①親兄弟のいつくしみ合う心。広く、人間や生物への思いやり②男女間の、相手を慕う情。③かわいがること。大切にすること。④このむこと。めでること。などとある。「愛」という言葉は日常会話でほとんど使われないにもかかわらず、歌詞やキャッチコピーに頻繁に使われ、目にしないことはないんじゃないかというくらい多用されている。そのおかげか、「愛」という言葉に重みがなくなり、非常に軽い言葉となっているような気がする。また「愛は地球を救う」なんていうキャッチコピーがあり、愛があれば争いはなくなると言っている人もいるが、それは全くのウソだと思っている。確かに他人に愛情を持って接すれば争わなくて済むかもしれない。しかし自分の愛する人が傷つけられたとき、相手に愛情を持って接することができますか?極論をいうと、モンスターペアレントと呼ばれる人たちも、自分の愛する子供のために必死になっているともいえる。つまり、自分の愛を貫き通すために他人を気付つけても構わないとなる。これが「愛」の本当の姿だと思う。家族を守るために他人を蹴落としたり、レッドリストの生物を守るために捕食する生物を排除したり、国民の生活を守るために他国を侵略したりすることも一種の愛なのだ。そして愛の主体は自分であり、愛を与えた分だけ返ってくるものではないのが事実である。親は子供のことを愛していて、自分が犠牲になってもいいと思っているが、子供はそんなことは微塵も思っていない。こういう独りよがりの愛が何かのきっかけで憎しみとなり、悲惨な事件が繰り返されている。「愛」は人間だけに与えられたものではなく、動物の本能として備わっているものだろう。愛は決していいものでも悪いものでもないということを認識しておけば、大きな争いにならないと思う。 これ、自分流。
2022年02月21日
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受験シーズン真っただ中で、高校や大学入試に挑んでいる受験生は大変な時期だと思う。自分も昔は高校受験の時、必死に勉強したことを覚えている。去年は子供が高校受験だったが、その時の言葉を紹介しようと思う。高校受験は高校のランクが大体決まっているので、1つの学校に同じくらいの学力の受験生が集まる。中にはこの学校を目指してランクを下げたり、逆にランクを上げて挑戦する受験生もいるだろう。しかし大体は自分の内申点や偏差値、学力を基に学校を決めている。そうすると同じような内申点の受験生が集まるわけで、ほぼほぼ入試の点数で合否が決まることになってしまう。仮に定員300名の学校の倍率が1.3倍だったとすると、90人が不合格になる計算になる。この時どうしても倍率が目に入ってしまい、不合格者数を頭で計算してしまう。これが受験生も親も不安になる要因だと思う。これで気落ちしたり、逆に力が入りすぎて空回りすると確実に足元をすくわれる。高校受験は資格試験と違って合格点があるわけでもないので、トップだろうがギリギリだろうが定員の範囲内に収まればそれでいい。合格すれば同じ学校の生徒として横並びになるのだから。自分が子供に受験直前に言ったのは、平均点を目指せ。さっきの定員300名で倍率1.3倍の場合、ちょうど真ん中で195番目だから合格の範囲に入る。この考え方は倍率2倍までなら使える理論で、子供の不安や気合の空回りを抑える効果がある。これは親の心配を軽減する効果もある。同じくらいの学力の生徒が集まるわけだから、いかに平常心で受験に臨むか、それが一番重要だと思う。 これ、自分ん流。
2022年02月17日
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たまたまテレビを見ていたら、ギャンブル好きの芸能人がああでもないこうでもないと言っていた。自分は昔は競馬やパチンコをやっていたが、今は全くやっておらず、宝くじすら買わない健全な体になってしまった。テレビではいわゆるクズ芸人たちがギャンブルの正当性を熱く語っていたが、その中で一番印象に残ったのは不確実だから楽しいということ。確かに競馬などでデータ分析して勝ったとしても、収入は得られるが楽しさはない。データ分析してもほとんどが本命買いになってしまう。これはギャンブルだけではなく、日常生活でも同じことは言える。毎日同じように起きて同じことをしていれば、確実に収入を得られて安全にいられるとしても楽しくない。いいことも悪いこともあるから日々を楽しく送れるのだ。長期的に考えても、一生懸命勉強していい高校、いい大学に進学し、一流企業に入社して順調にステップアップ。適齢期に結婚して子供をもうけて、何不自由なく暮らすというのは、人生としては楽しくないような気する。当然ながら電車のようにひかれたレールを進む日々ではないので、いいことも悪いこともあるだろう。しかし、不確実要素がなければ人生設計図を考えることも何かにチャレンジすることもないだろう。そんな人生はつまらない。生きていれば楽しいことも、辛いこともあるが、その時がいつ来るかは不確実である。たとえ今は辛くても、そのうちいいことがあると思えば人生は楽しくなると思う。 これ、自分流。
2022年02月16日
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北京冬季オリンピックの真っ最中で、連日のように悲喜こもごもが繰り返されている。スポーツ全般に興味があり、ウインタースポーツも少しするが、冬季オリンピックはそれほど興味はない。夏季オリンピックは様々なジャンルの競技があり、それぞれの競技の特色などが楽しめるが、冬季オリンピックはスキー、スノーボード、スケートが主で、飛ぶかスピードを競うかくらいの差しかないように思う。当然ながら、相当な努力を積み重ねてきたトップアスリートばかりが集まっているのはちゃんと理解している。ところで、冬季オリンピックをもっとバラエティに富んだものにするためにどうしたらいいか。さっきも言ったが、スキー、スノーボード、スケートが主なので、それ以外の新たな種目があればいいと思う。そして夏季オリンピックに比べ、チームスポーツが極端に少ない。スケートやスキーでは団体はあるが、個人が集まっただけの団体でチームスポーツではない。アイスホッケーやカーリング、ボブスレーがチームスポーツにあたるだろうが、それくらいしか思いつかない。そこで新しい種目として思いついたのが、雪合戦。雪合戦は子供から大人まで、雪があれば誰しも一度はやったことがある遊びで、日本に限らず世界中で行われていると思う。調べると、スポーツ雪合戦という競技があり、連盟もオフィシャルルールも存在するようだ。連盟のホームページを見たところ、オリンピックの新種目入りを目指しているようだが、非常に地味だ。自分が思うに、世界各国に広めるためには体力やスキル、戦略によって観てるほうもハラハラさせられるものでなければいけないと思う。提案としては、雪上のサバイバルゲームを意識し、壁や障害物を駆使した雪合戦なんかどうだろう。1チーム5人制で敵を全滅させるか、相手陣内の的(ゴール)に雪玉を当てれば勝利。バスケと同じく、4クオーター制にしてもいいと思う。また派生競技として、1対1のソロという種目があってもいいかもしれない。ただの妄想でしかないけど、実現したらきっと面白いだろうな。 これ、自分流。
2022年02月11日
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ふと思ったが、新型コロナウイルスの感染が日本国内で広まって2年余り、その間に医療系廃棄物は膨大な量になっているのではないかと思う。例えばマスクやガウン、手袋に防護服、注射器などが今まで以上に消費され、廃棄されている。PCRや抗原検査の検査キットなどもそうだろう。医療関係のもの、特に感染症に関わるものは再利用できない。医療系廃棄物は普通の産業廃棄物と違い、特管(特別管理廃棄物)として扱われ、普通の収集運搬業者や処分業者では取り扱えない。そのため、運搬料も処分量も高額になるはずだ。かといって処分業者も処理能力はあるわけだから、おそらく処理は追いついていないと思う。保管するにしても保管場のスペースは限られているわけだし、法律上勝手に保管場所を増やすわけにはいかない。このままコロナが長引けば、ゴミ問題で医療崩壊に陥るのではないだろうか。 これ、自分流。
2022年02月02日
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