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おこだでませんように Sophiaが学校から絵本を借りてきた。本読みの上手なSophiaである。得意げに、母親に読みきかせをする。「おこだでませんように」主人公「ぼく」はまるでSophiaや長男のようである。決して悪意のない、子供らしい感性で、素直に健気に生きている小1の「ぼく」。「ぼく」が良かれとしてしたことは、いつも裏目にでる。決して悪い事をしようと思っているのではない。いつも怒られている「ぼく」が七夕のたんざくに、一生懸命純粋なお願いをした。「おこだでませんように」・・・・・私は、泣いた。涙を抑えることができなかった。 「お母さん、何が悲しいの?ひとつも悲しくないよ。」読んでいるSophiaはきょとんとしていた。小一、子供としての記憶が蘇る。私もこの「ぼく」だったのだ・・・・・・。 この絵本、絵もとてもいい。私を小一に戻してくれた。辛い体験だけど、敢えてその辛さに向き合わせてくれた。 この絵本では、どんな状況で「ぼく」が怒られることになるか、とてもよく描写されている。絵本の中で、「ぼく」の家には、かあちゃんと妹と「ぼく」しかいない。母親が女手ひとつで必死に働いて子供達を育てているのではないだろうか?「なんで母さんの一生懸命な頑張りをわかってくれないの?」そんな母親の叫びが聞こえてきそうだ。そんな状況を理解しているからこそ、「ぼく」は「おこだでませんように」と短冊にかいたのだろう。その思いが痛いように伝わってきたため、私は深夜、泣いた。 明日は両眼瞼が腫れあがるだろう・・・・。親子とも、多くの感慨をもたらしたこの絵本、ただ脱帽である。
2009年11月05日
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11月に入り、急に秋めいてきた。毎日通勤する川の堤防から見る、川面の渡り鳥の数が多くなったことに気づく。川ウも増えている。今朝は川ウが羽根を広げて乾かしていた。
2009年11月02日
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先週、我が家の4人の子達は新型インフルエンザに伏していたが、今週は登校できるまで快復した。矢先、小学校、中学校で学級閉鎖、学年閉鎖になってしまった。
2009年10月29日
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週明け、4人の子供達全員インフルエンザから快復して登校した。幸い祖父母、父母皆、新型インフルエンザ感染・発症の兆候は今のところ見られていない。タミフルの予防内服の効果もあるかもしれないが、過去の類似ウイルス感染による免疫獲得説も一理あるかもしれない。
2009年10月26日
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朝起きると、長女が和室で寝ていた。次女がインフルエンザを発症したため、プチ隔離のため和室に布団を敷いていたのだが、そこで長女が丸まっている。次女と三女は発症後から実家で療養していた。「どうしたの、こんなところで!」びっくりして声をかけると、「明け方から頭が痛くて眠れない・・・・」との返事だった。体温を測ると38度ある。いよいよ、長女にもきたか・・・まずインフルエンザだろう。「あとは僕だけだね、僕はかからないよ。」そういって長男は登校して言った。長女を近医に受診させた。インフルエンザA陽性だった。「私だけは逃げ切れたと思ったのにな・・・。」悔しそうに長女はつぶやいた。修学旅行中次々と友達がインフルエンザを発症するなか、無事に帰りついたのにという思いがあったのだろう。しかも、感染を回避するための学年閉鎖中の発症だ。長女は39度を越える高熱でもうろうとしていた。リレンザを処方してもらい、次女と三女を預けてある実家に長女を連れていくと、長男が義母に連れられて早退してきたところだった。登校後に気分が悪くなったというのである。やはり38度台の熱発があった。すぐ、長男を近医に連れていったが、発症後間もないせいか検査は陰性だった。4人兄弟中3人がインフルエンザである。まずインフルエンザだろう。先生にお願いして、長男もリレンザを処方してもらった。その後、長女長男ふたりとも39度台の熱に苦しむこととなった。すでに次女と三女は快復に向かっていた。
2009年10月22日
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夕刻、三女・Sophia発熱、放課後児童クラブより連絡あり。姉の次女がインフルエンザである。兄弟の誰かが発症するだろうことは、予想が付いていた。二番手は、三女か・・・。三女・Sophiaは喘息・呼吸器疾患が持病にある。重症化する前に、とにかく早く治療したい。当直は、顔見知りの耳鼻科の先生だった。三女を時間外に早急に受診させた。発症後まだ間もなかったせいだろう、三女の検査結果、インフルエンザは陰性だった。しかし、状況証拠がある。まず三女はインフルエンザであろうことは確実だった。昨日次女の受診した小児科に連絡をして、次女と同じ処方をお願いした。リレンザ5日分と頓用の解熱剤3回が処方された。
2009年10月20日
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先週無事修学旅行から帰還した長女である。同級生から多数インフルエンザ患者が発症したため、代休明けの登校早々学年閉鎖となってしまった。一週間、自宅待機である。自分だけは無事インフルエンザに罹らず家にたどり着いたと思ったところ、妹がインフルエンザ発症である。長女は怒っていた。
2009年10月19日
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午前のアルバイトを断らなければならないかもしれないと思った。なんとかしなければ・・・・・と知恵を絞った。次女を連れて、私のアルバイト先の小児科を受診させた。検査の合間を縫っての小児科受診だった。次女、案の定、インフルエンザA陽性の結果がでた。8から9割、新型だろう・・・。中学校に、「インフルエンザのためしばらく欠席します」と登校停止の連絡を入れた。不幸中の幸い、インフルエンザ陽性でも、次女は比較的元気がある。親にとっての最善策であったと思っている。月曜午前、幸い、私の業務に差し障りはなく、次女の受診・診断はすんだ。正直なところ、きりきりまいだった。そんな気苦労を、男親はつゆぞ知らず・・・である。お気楽なものである。何の役にも立たない。自分の仕事だけしていればいいのである。女親の心配も、苦労も知る事もなく・・・・である。
2009年10月19日
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近隣でお祭りがあった。毎年催されるお祭りである。この地域は地場産業として刃物が有名である。このお祭りでは、一つ無料で包丁などの刃物を研ぐサービスがあり、毎年利用している。今年も包丁一本をお願いした。二本目からは有料である。そのお祭りに、子ども会でフリーマーケットを出していたため手伝いに行っていた。隣の大学も同時に大学祭を開催していたため、大変にぎわっていた。子供達は個々でお祭りに繰り出し、小遣いを使って楽しんでいたようだ。夕刻、携帯が鳴った・・・。「お母さん・・・気持ち悪いの・・・家に帰っているけど、熱が38度ある・・・・」次女からだった。「お母さんはもうすぐ帰るから、冷やして寝ていなさい!」単なる風邪だと思った。普段一番元気のアル次女が青菜に塩だった・・・。
2009年10月17日
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長女・高2、修学旅行より帰る。「お母さん、夕方5時に駅に着きますが、迎えに来てくれますか?」メールがあった。できれば、迎えに行ってあげたほうがよかっただろうが、仕事が終わらないであろうことは予想がついた。「ごめんやけど、一人で帰ってきてね。お疲れさん。」と返信した。期待していないとはいえ、味気ない母親の返信、長女はなんととらえらだろう?無事、長女帰還す。自身の足で、自宅に無事戻る。高校の修学旅行、たくさんの楽しい思い出を刻んだ事だろう。弟妹にたくさんのお土産を持ち帰っていた。弟妹の食い入るような目、たくさんの楽しい土産話に花がさいた夕餉。弟妹の羨望の眼・・・・。「旅行中、インフルエンザを発症した友達がたくさんいたの・・・・。熱が出た人たちは一まとめにされてね、ディズニーランドも行けなくなって可哀想だったよ。でもね、発症した人の隣でご飯食べていたのに、私はインフルエンザに罹らなかった・・・・ホント、私って丈夫なんだわ・・・・・。」旅行感想、感慨を述べた長女だった。ともあれ、怪我事故無く戻ってくれたことに感謝である。
2009年10月16日
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早朝、長女を約20kmはなれた集合場所へ送っていった。 集合6時20分。修学旅行である。どうか、4泊5日、とにかく安全で楽しい旅行をとせつに祈る。青春の楽しい思い出を・・・祈っている。
2009年10月12日
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昨夜は大型台風18号が通過した。夜間通過したため、近隣では大きな被害は出なかったようだ。「小鳥さん、大丈夫かな・・・・。」庭先を子供達が眺めていた。朝、庭に出てみた。レッドロビンの林を覘いてみたが、小鳥の巣は見当たらなかった。やはり、昨夜の大風で吹き飛ばされてしまったらしい。出勤する時、家のすぐ側の電線に、二羽のキジバトが止まっているのが目に入った。あの巣の主だろうと思った。しょんぼりと、とても悲しげに見えた。
2009年10月08日
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Sophiaお誕生日おめでとう!2002年10月1日14:21生まれ。5Lbs6.5ozのとても小さいbabyでした。今朝「産まれてきたとき、覚えてる?」ってきいたら、「忘れてしもうた!」と答えたところから、もうちょっと前までは覚えていたのかしら?アメリカ生まれなのに残念ながら、英語は話せません。先週お母さんはアメリカに行ってきて、Sophiaの産まれた病院を訪ねてきましたよ。いつかSophiaは自分の足でアメリカに帰り、自分の目で見てきたらいい。今夜は31のアイスケーキでお祝いしましょう。Happy birthday, Sophia!
2009年10月01日
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9月も最終日である。毎朝通勤に使う道から川面を眺めると、数羽のマガモが群れていた。この秋はじめてのマガモである。
2009年09月30日
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先日の野鳥の巣である。「あまり頻繁に覗くと、警戒して親鳥は卵を温めることをやめてしまうもの。見に行きたい気持ちはわかるけど、できるだけそっとしてあげてね。」とても気になっている子供達にお願いした。そんな私も、そっと覗きに行った。はえくすぼったレッドロビンの林の中、掌くらいの大きさの小枝の集まりでできた巣に親鳥がじっと座っていた。ハトだった。野バトというのか、山鳩というのか、私は知らない。逃げる様子もなく、目を見張ってみじろきしなかった。卵を温めているのだろう。しばらく、そっとしておこう。
2009年09月27日
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やっとアメリカ時間に適応してきたかと思った矢先の帰国となった。時差ぼけが甚だしい。午前は無理して起きていたが、午後から深夜まで死んだように眠っていた。「今日が日曜日でよかった」と、つくづく思った。明日から仕事。日常に戻る。Omahaを訪ねたのが夢のよう。次回またOmahaを訪ねることができるよう、しっかり働こう。
2009年09月27日
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Omahaを発ったのは、9月25日早朝。成田着で帰国したのは9月26日15:00過ぎ。我がhometownに着いたのは、21:00前だった。24-14=10一日10時間の日。長時間のflightと日付変更線を西向きに飛び越えたことによる短縮時間。主人が空港に迎えに来てくれた。単独海外を旅行したのは今回が初めてのことだった。
2009年09月26日
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Omaha最後の朝。ホテルの目覚ましが壊れていた。寝坊しては大変と、緊張して起きた。8:03発 Chicago行き。Eppley Air FieldからOmahaの友達にありがとうmailを送信した。ChicagoからNaritaまでの機内で"The proposal" "State of play"を視聴した。"The proposal"はラブロマンスだろう。残念ながら日本語放送がなかったので、わからない英語のまま視聴した。字幕は中国語。同じ漢字文化を共有するため、少しは内容理解の助けになったと思う。"State of play"は日本語訳あり。陰謀策略、私にはその謎解きが最後までできなかった。つくづく、日本語放送で良かったと思った。日本語でもconfusingなのに、英語だったら絶対理解できていない。約13時間のflight.
2009年09月25日
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人間の身体は非常によくできていると感心する。Jet lagで朝起きれなかった。アメリカ滞在中の食生活がめちゃくちゃになるだろうことは容易に予想ができたので、牛乳を飲もうと思い昨夜牛乳を買って冷蔵庫にしまっておいた。アメリカの液体の単位はガロン(約3.78L)である。牛乳は1ガロン単位で売られている。半分のhalf gallonを購入し、4泊で全て飲ように計画した。 午前、友達を訪ねる約束をしていたので、大急ぎで支度してホテルを飛び出した。午前訪ねた友達は高齢の女性。アメリカで40年以上暮らす日本人である。年齢を20歳ほど若く見える。とてもお元気そうで安心した。思わず手作りの日本食を昼にご馳走になった。会話は少々の英単語の混じる日本語、食事も日本食ですこしアメリカ滞在の緊張がほぐれた。 午後は他の友達を訪ね数10Kmを車で移動する。さすがにOmaha二日目になると、もうウインカーを間違えることはないし、逆走の心配もないくらい、かつての感覚を取り戻してきている。カーラジオをかつてよくきいていた”1110 KFAB"に周波数を合わせる。広くストレスの少ない道路を45-60mph(72-96km/h)で走行する。”Omahaにきているんだな~”と実感する。午後はかつてのESLの先生を訪ねた。こちらのお宅の電話番号を知らないため、突然のサプライズの訪問をしてしまった。あいにく先生はご不在であった。幸いご主人が在宅だったため、伝言を言付かってもらうことにした。しかし、英語なのでいいたいことがうまく言えない。しどろもどろになりながら、何とかご主人に伝え”I am sorry, my English is not so good."と言い訳したところ、”It's ok! You speak English fluently.Your English is better than my Japanese!"日本びいきのご夫婦だときいたことはあるが、ご主人は日本語を習ったことはなかったはず・・・。生のAmerican jokeをきいて、なんか感動してしまった。 今日訪ねた二人、いずれも初訪問だった。出発前、mapquestで住所を検索し、その地図を目に焼き付けて出かけた。レンタカーにナビゲーションシステムはない。それでも迷わず到着した。Omahaの住所表記の単純さ、個々の住宅に住所が大きく表示されていることに感謝した。
2009年09月23日
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電話で起こされた。受話器の向こうから聞こえてくる友達の声に「Omahaに来ていたんだ・・・」と気づかされた。朝8時だった。昨日機内で充分眠れなかったため、夢も見なかったくらい深い眠りに落ちていた。目覚めた現実のほうが、まるで夢みたいだ。何て友達に言って電話を切ったかよく覚えていない。「今おきたばかり・・・・準備して出かける前に、電話する・・・。」そう答えたと思う。通じたようだから、英語で話していたと思う。ねぼけていて、定かではない。朝食をとりに、友達と一緒にPaneraBREADへ行った。アメリカのfast food はMacDanaldとBurgerKing以外勝手がわからない。友達の説明も助けになり、ほうれん草、ベーコンと卵のキッシュのようなパン(?)とコーヒーを頼んでみた。これはなかなかおいしかった。胃にずしりとくる。ハイカロリーであることは想像に難くない。K-Martで買い物して、銀行に行って、かつてよく行ったAsian food martへ行って、なかなか楽しかった。午後は主人がかつて勤めていた研究室を訪ねた。夕方は他の二人の友達(6年前の近所の仲良し)が子供達を連れて会いにきてくれた。国や文化、言葉が違っても、だいたい皆女性は似たような悩みをかかえている。母親共通の子育ての悩みや仕事を持つ母親の忙しさ、antiagingやdietなどの女性共通の”いつまでも美しくありたい”という願望など多くのテーマに話の花が咲いた。5年もあっていなかったなんて、信じられない。でも子供達はそれぞれ成長し、友達たちに新たな子供達が生まれていることが、5年の歳月がうそではないことを証明している。未だにOmahaに来ていることが夢のように感じられる。早くも2日目が終わってしまった。
2009年09月22日
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このシルバーウィーク、意を決してひとりでOmahaに向かうことにした。早朝いよいよ出発、5年ぶりである。英語での生活から離れて久しいため、英語に不安がある。しかし、旅行の必需品、電子辞書を忘れてきてしまった!成田空港で購入することも検討したが、やはり高くて買うことができなかった。長時間のflightである。少しでも耳を英語に馴らそうと、機内放映を英語で視聴したが、ほとんど理解ができなかった。これで大丈夫なのだろうか?USA入国前から、すでに日本語が懐かしくなっていた。入国審査、税関でもききかえすこと数回、不安を残したままOmahaに到着すること夕刻。スーツケースもinspectionにあい、開けられた形跡あり。どうにか予約していたレンタカーを借りた。久々の左ハンドル、右走行である。逆走は命取りになるので、緊張状態で運転する。ウインカーを出そうとすると、ワイパーが動く。バックするとき後ろを向くと、ガラスに頭をぶつける。これらの誤操作でいつも思うこと・・・。「アクセルとブレーキの位置が反対でなくてよかった。。」”工事中の道路が多く、interstate(高速道路)の入り口がわからないかもしれません”Omaha在住の友人からの親切な事前情報通り、くるくると迷子になった。土地勘はないが、地図を読むことは苦ではない。Down Townを抜ければ、勝手知ったるなんとやらだ。迷子になることも楽しみながら、20時頃無事ホテルに到着した。チェックイン後、友達宅に電話するとお嬢さんが電話に出た。友達はまだ帰宅していないがすぐ戻るだろうとのことで、訪ねて行くことにした。このOmaha訪問の一番の目的はこの友達にあうことである。5年ぶりの再会を、友達も彼女の子供達もとても楽しみにしてくれていて、とても喜んでくれた。時差14時間。私の体内時計は真昼だが、Omahaは夜中なので22時頃にはホテルに帰った。片言の英語だが、きちんと友達は理解してくれた。長い長い1日24+14=38時間だった。
2009年09月21日
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見つけたのは、子供達である。「お母さん、小鳥が庭の生垣から出たり入ったりしているの。小枝をくわえているから、巣を作っているのだと思う・・・」子供達、良く観察しているものだ。感心、感心。庭の生えくすぼったレッドロビンをそっとかきわけてのぞいてみると、確かに掌くらいの大きさの小鳥の巣があった。何の野鳥だろう?しばらくそっとしておこう。レッドロビンの剪定は、もう少し先延ばしすることにしよう。
2009年09月17日
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Wednesday, September 11, 2001丸8年が経った。たくさん思うこと考えることがある。あの時私達はアメリカで暮らしていた。憎しみは憎しみを呼ぶ。目に見えない敵だからこそ、認識できないからこそ、怒りのエネルギーは増大する。敵も、自分の家族を愛し慈しむ、我々と同じ喜怒哀楽を有する人間であるとわかれば、怒りや憎しみは薄れるのに。よく知っている親友に対する怒りや憎しみの感情は育ちにくい。敵を抽象化させることで、怒りや憎しみの感情は簡単に増幅させられる。個々のレベルで国境を越え、文化・宗教・習慣を越え、人間対人間の信頼関係を地道に築き上げていくしか、平和、地球存続の未来はない。
2009年09月11日
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帰国して6年が経った。Omahaを訪ねたのは5年前が最後。ずっと、Omahaに行きたいと思い続けてきた。ようやくまとまった休暇がとれ、意を決してOmaha旅行に行く事にした。目的は、Omahaの友達に会うこと。残念ながら子供達は学校があるし、家族全員で旅行に行くとなると旅費が高額になる。ひとりで行かせてもらうことになった。(ごめんなさい子供達。そしてありがとう、あなた)楽天トラベルでチケットをゲット、レンタカーもネットで予約、宿泊先は楽天トラベルでもYahooトラベルでも選択肢が少なすぎるため、Yahoo!(USA)で予約しあければならないかと思っていた矢先、格安海外ホテルのサイトを見つけた。USAのYahoo!並で気に入ったホテルを格安で予約することができた。本当に、こんな安値で大丈夫なの?と訝ってしまうほど安い。安いホテルはセキュリティー面に不安が残るのがアメリカ旅行の常であるが、このホテルはかつて住んでいたところの近所でよく知っているのでまず大丈夫だろう。International driver's lienceも取得し、あとは出発日を待つだけ。Omahaの友達にmailしたら、待ち遠しいと返信あり。あとは出発まで通常の日を送ること。これがなかなかハードなのだ。出発直前二日間朝から晩まで講習会を受講することになっている。これがすまなければOmahaに飛べない。
2009年09月10日
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気がつけば、18年の歳月が流れた。必ずしも、手放しで祝福された結婚ではなかった。「別れるなら、結婚なんてしない!」そう思いつめて結婚した。夢があった。将来を信じるにはあまりにも困難が多かったが、「愛さえあれば・・・」と若かったゆえ無茶をした。堅い決意でも、何度も破局の危機に遭遇した。4 silly kids came between us. 今日が、結婚記念日だってこと、きっとあなたは忘れているでしょうね。。こんな平凡なことを、幸せと感謝しなければいけないと思っています。
2009年09月07日
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二日ぶりに自宅に戻ってみると、北裏の田の畦に彼岸花が咲いていた。秋の訪れ。今年の夏は、短かった。
2009年09月05日
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これだけ連日暑いと、食欲が落ちて何も食べたくなくなる。少しでも食欲がでるような、気持ちのいいおかずを作りたく思う。そんな夏場、私は酢の物をよく作る。仕上げに柚子酢をきかせるのがコツ。私の酢の物はちょっと酸っぱめ。今夜、最後の仕上げに柚子酢を使おうと冷蔵庫を開けたが見当たらない。数日前、100ml入りを買ったばかりなのに、どうしたものか・・・・?犯人は、子供達であった。夏場暑くて冷たいものが欲しくなる。麦茶に飽きても、我が家にはジュースなどという気のきいた飲み物など常備していない。子供達、この柚子酢に目をつけた。原液はとても酸っぱいが、砂糖を入れて氷水で割り、自家製の柚子ジュースを作って飲んでいたようだ。ポッカレモンを使う自家製レモンジュースと比較すると、柚子ジュースの値段は高めとなる(柚子酢原液 100ml小瓶320円)が、なかなかさっぱりしていておいしい。実は柚子ジュースは商品化されていて、地元の人気商品となっている。↓ご存じユズジュース、ゆずの生産日本一の馬路村から!ゆずドリンク飲料 ごっくん馬路村 180ml 6本入り 【楽10】ごっくん馬路村(6本入り)
2009年08月06日
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昨日まで補習授業のあった高校生の長女。今日より本格的な夏休みである。少しは労働という社会勉強をさせねばならぬ・・・と考えてはいるものの、飲食店やコンビニでのアルバイトは、親の偏見なのだろう、何となく不健全な気がしておすすめできない。健全なアルバイトを・・・と思い、庭の草引きはどうかと長女に打診した。1時間1000円の割りのいいアルバイトである。面積は50坪ほど。時間制限二時間。日陰のない炎天下、高温多湿、労働条件は過酷と思える。にもかかわらず、長女はお友達と二人でこの雇用条件を受け入れた。さてさて、どの程度きちんと仕事ができているか、帰ったらその成果を見るのが楽しみである。アルバイト料をクローバーのポチ袋に入れて渡すよう準備しておいた。「終わりました」の電話が入ったため、「お疲れ様」とポチ袋のありかを長女に伝えた。労働の喜び、快い疲労感をもって、彼女達はその報酬を手にしたことを期待している。
2009年08月05日
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肝斑で内服治療をはじめて3週間。効果判定のため、皮膚科を再診した。ひいき目かな?と思っていたが、やはり顔面の褐色斑、くすみは薄らいできているらしい。4週間分の追加処方を受けた。もうちょっとキレイになるための悪あがきをしてもいいということだ。ちょっと、嬉しい。
2009年08月04日
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直属の上司の送別会がありました。ホテルの宴会場を借り、盛大に催されました。我が医局に貢献して20年、お疲れ様でした。ありがとうございました。ランセット、キャンサー、クリニカルニュークレアーオヴメディスン等の高名な医学雑誌に多数彼の論文が掲載されてきました。その業績ゆえ、国内では講演依頼がひっきりなしです。今更ながら、上司の偉大さを感じています。今回退職となり、他病院の副院長になられる事その才能が惜しまれてなりません。送別会の途中、突如華やかな女性10名が加わりました。彼が日頃ひいきにしているバーの美人ママと気の利いた若い女の子達でした。送別会の幹事兼司会である、副センター長のサプライズな計らいでした。充分アルコールの回っていた上司は上機嫌でした。上司は大変な呑み助だそうです。私がアルコールをご一緒させて頂いたのは昨年5月の春季大会のみです。(私が外でめったに飲まないため)昼間は臨床、研究と精力的に仕事をこなし、夜の街では社会科の勉強をしているといつもおっしゃっていました。半ば冗談まじりだったのでしょうが、でもそれは事実だったようです。自宅ではいっさい飲まないとのことですが、当直の無い日は必ず夜の街に繰り出し、いろいろな方面からの情報を収集していたときいています。「日々の飲み代がかさむから、女房から呆れられている」とぼやいておいででしたね。「こうさぎ先生、ごめんなさい。今日は二日酔いで遅れます。」そんなメールを何度も受けました。入局して15年、直属の部下となり丸三年。近い位置から先生の仕事ぶりを見てきました。男達の夜の世界を私は知らないし、知りたくもないけど、昼間先生のお仕事ぶりは自科にとどまらず他科に広く及んでいたことは気づいていました。我が医局員より多くの他科の大学院生の学位論文を指導したこと、そして指導を受けた先生方がその恩を忘れることなく機会あるごとに上司に挨拶に訪れる事・・・。今日の宴会で、華やか女性の一人とお話をしました。「F先生って、どんな方ですか?お店ではこちらが申し訳なく思うほど気遣って頂いて、とても楽しく面白いお話をされるのだけど、ご自身のお仕事の詳細はについてはお話されることをとても嫌うので、昼間どんなお仕事をされているかわからないのです。」「仕事においても、そのままですよ。患者さんや部下に対して細やかな配慮、心遣いをして下さるので、安心して仕事ができました。世界的にもとても偉い先生です。きっとびっくりなさるでしょう。」医学生に対しても同じ。今どき手技手法を教え指導できる教官は多数いても、医の倫理、ひとの心情の細やかさを教えてくれる教官は少ないのです。医学生からもとても人気のある教官でした。面白くて嘘のない現実味のある講義をしてくれる数少ない教官・・・それが医学生からの評価でした。医学生を愛し、大切に思い、厳しい発言も多かったと思います。医師、教官、研究者として見習わなければならないところが実に多くありました。最も見習うべきと思ったのは「心遣い、気遣い」です。医師である前に人間として、当たり前の人間の喜怒哀楽を受け入れ、自分以外の人に対しこまやかな心遣い、気遣いを示していくこと・・・・。今後上司は画像診断の第一線から離れますが、精神科領域の指定医の資格を取得するため新たな道を歩むと伺っています。「気遣い、心遣いの人」どの分野に進んでも、どの業界においても、円滑な人間関係を築くために必要不可欠なことなのでしょう。
2009年07月25日
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一瞬の閃光と同時に炸裂音が轟いた。直後の静けさ、長男と顔を見合わせた。「近くに落ちたね。」Sophiaを迎えに行こうと車に乗った直後だった。大雨の降りしきる中Sophiaを拾ってその足で二人の子供を歯医者に連れていった。診察中、携帯電話が鳴った。義母からだった。「家に電話しても”現在故障のため使用できません”ってつながらないけど、どうしたの?子供達は大丈夫?」何ゆえ電話がつながらないか、合点がいった。あの落雷の標的はどうやら我が家だったらしい。帰宅すると、予想通り停電していた。便利だが停電に脆いオール電化住宅、幸いブレーカーが落ちたことで、家電に被害はなかった。
2009年07月25日
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中国、北九州地方で記録的豪雨、被害がでている。被災された方々、心よりお見舞い申し上げます。不幸にも被災し、亡くなられたかたのご冥福をお祈り致します。我が妹・渚は福岡在住、記録的豪雨に見舞われ3人の幼子を抱え、夫の無事帰宅を待ち祈り、いかに心細かろうかと思い「大丈夫?」とmailした。「今、夫帰宅したところ。すごく降ってる。土砂崩れもあって、大変。家は今のところ大丈夫だけど、庭が水溜りになってる・・・。」と返信があった。1時間に100 mmを越える降雨があったとニュースで知った。11年前、私たちは台風に刺激された秋雨前線の活発化のために連日大雨が続いた末のとどめ、82mm/hr.の降雨で床上90cmの水害にあった経験がある。当時の記憶が蘇る・・・・・。生命の危険性を脅かされるような思いをした。自身の命だけでなく、幼子達の命をいかにして守るか、極限状態を覚悟させられたあの時・・・・。雷鳴とどろき間断なく降りしきる雨、徐々に水位の上がっていく中、一睡もできなかった緊張の一夜。「これ以上、水位があがるようならば屋根によじ登って安全なところに逃げなければならない。」深夜、長女(当時・6歳)を起こし、「お父さんは次女(当時・2歳)を背負って逃げる。お母さんは長男(当時・生後4ヶ月)を連れて避難する。でもあんたを連れて逃げる者は誰もいない。もしものときは一人で泳いで生き延びなさい・・・。」そう宣言した。長女はおぼろげながら、「大変なことになった」となんとなく思ったと記憶していると聞く。当時住んでいた家の北裏にあった公園では、滑り台の頂上だけが水面上に顔を出し、周囲は不気味な沈黙の水鏡となった。長い夜が明け、不気味な静けさの朝を迎えた。上空を旋回する県警と自衛隊のヘリコプターのプロペラ音と、水没した車の途切れないクラクションのみが周囲を包んだ。不幸中の幸い、我が家は階段下から3段目以上に濁水はあがってくることなく自宅から避難するまでには至らなかった。眠れぬ一夜を過ごしたが、家族5人みな無事だった。子供達3人は、救助に訪れた自衛隊のボートで救出された。私と主人は腰まで浸かりながら家を出た。数万世帯が床上浸水の被害にあった。何人もの方が亡くなった。渚、きっと私達の経験以上の、生命の危機を感じさせられる恐怖に曝されているに違いない。8歳、6歳、9ヶ月の三人の幼子を抱え、心配な夜を過ごしているだろう。ずぶぬれになりながらも、夫が無事帰宅できたことを、きっとこころ強いく思っていることだろう。どうか、大事に至らず無事でありますように・・・・。
2009年07月24日
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22日の皆既日食(この地域では部分日食)、私と上の子二人は曇りでタイミング悪く観察できず。下の子二人、学校でちらと三日月状になった太陽を観察できた幸運。下の子二人は夏休みの自由研究と工作(日食観察望遠鏡作製)にするらしい。次の皆既日食は26年後。
2009年07月22日
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本日午前いよいよ皆既日食である。46年ぶりの天体ショー。祖父手作りの資料を携え、昨夜のうちに観察望遠鏡を作製した子供達。お天気はいかに。
2009年07月22日
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ひとり留守番をしている長女にメールした。「セミナー終了。これから帰ります。お土産は、何がいい?」30分ほどして返信あり。「神戸プリン」神戸プリン6個入り神戸生チョコムース神戸チーズムースかくして神戸プリンその他をゲットして帰宅したが、自宅はもぬけの殻。「おじいちゃんおばあちゃん宅に泊まります。」
2009年07月19日
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主人と下3人の子供達はUSJに二泊三日で出かけていった。「補習があるから・・・・」と旅行の誘いを退け留守番を申し出た長女、少しは自分の進路を見据えて計画を立ているらしく感心感心。私はスキルアップのため夏季セミナーに参加。。携帯カメラででぱしゃり・・・・。子供がいなければこんなものが面白いともなんとも思わないのだろうけど、一応私も人の親。撮らなくてもいいものを・・・・と自分自身呆れながら、JRの中で撮影した。これより一泊二日、セミナーに参加してきます。子供達から解放され、ちょっとした旅行気分。
2009年07月18日
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「お母さん、今日ひどいことがあったがよ。」次女・綾12歳。どうやら万引きの片棒を担がされたらしい。普段は「私の荷物持って。」と荷物持ちを次女に頼む友達が、今日に限って「あんたの荷物貸して」と言って来た。何も考えず、次女は自分の荷物を友達に預けた。ドラッグストアの出口で、てぶらの次女が友達のあとについて外に出ようとしたとき、ゲートで"ピンポーン"と警戒音が鳴った。その日は4人で行動していた。警戒音が鳴り、先に歩いていた2人の友達は荷物を置いて、急に駆け出した。店員さんが飛んできて、「あなたたち、こっちにおいで!」と次女残されたもう1人お友達は奥の事務室に連れて行かれた。次女のかばんを開けて「これは、何?」と詰問されたが、次女は説明できない。その荷物は、先に外に出た二人の友達に預けてあり、店内では二人ずつに分かれて商品を眺めていた。しかし、まぎれもない自分の荷物の中に、覚えのない商品が入っていたのだ。一緒に連れて行かれた友達と、ことのすべてをお店の人に話し、警察に通報されず開放された。 「おかしいな・・・・前は鳴らなかったのに・・・・」外で待っていた先に逃げた友達の一人がつぶやいたのをきき、次女はすべてを理解した。・・・・万引きの片棒を担がされた・・・・・荷物を貸してといったのは、持ってあげるという意味ではなく、次女の荷物に万引きした品物を入れるためだった。自分が犯罪者に仕立て上げられた次女の衝撃は、ただ事ではなかったらしい。「私ね、友達に嫌な子って思われたくない。嫌われたくないし。」思春期特有の、友情関係、信頼・裏切り。長女「だからさ、前からいっていたじゃん。あの子、ほんとおかしいよ。何かしそうだと思っていたし・・・・付き合わないほうがいいって、何回も忠告してあげたでしょ?」(長女はよく次女の相談に乗っている。同じ遠距離通学で、その友達のことも知っている。)次女「もう、あの子との付き合い止める!」(友達だと、思っていたのに・・・・。) 母「そのお友達は、綾(次女の名)のこと、大切な友達と思っていたのかな?綾がそのお友達を大切に思うと同等もしくはそれ以上にお友達は綾を大切に思ってくれていただろうか?」綾(次女)はしばらく考え込んでいた。次女「いつもそのお友達の"ぱしり"ばかりしてきた。頼まれて拒む理由はなかったから・・・・嫌がられたくないから。でもよく考えたら都合よく利用されてきただけかもしれない・・・・。」母「あんたにも隙がありすぎるとお母さんは思うよ。どうして用も無いのにドラッグストアに入るの?不用意に自分の荷物を他人に預けるの?いつもその子と一緒で無ければならない理由なんてないよ。嫌なら嫌といわんといかん。物を深く考えないから、その隙に付け入られるんだよ。誰のせいでもない。自分の責任。自分の考えの浅さゆえ"万引き"という汚名を着せられてしまったんだよ。」 翌日、学校で担任、生徒指導部担当教員、学年主任に呼び出され、ことのすべてを正直に話した次女だった。 友達「あんた、ばかじゃない?なんでもすべてしゃべっちゃってさ。しゃべりすぎだよ・・・・・全部ばれちゃったじゃない!」友達には反省の兆しは全く見られない。 明るく純真で無垢なところが次女の取り柄であり、単純で深く物を考えないところが次女の欠点でもある。友達をかばい、同化し、友情をつなごうと計る思春期・・・・しかしながら、そんな次女の複雑な思いと努力は友達には伝わらないどころか、友達はそれをせせら笑っているように思える。都合よく使える取り巻きだけが、その友達には必要なのだろう。率直に不正を指摘する人は、親であろうと友達であろうと遠ざける・・・・・それは本当の愛情・友情ではない。 次女「Sちゃんね、"退学するか"って、お母さんに言われたんだって・・・・。」退学してくれれば、次女だって、学校だって、悩みの種が消えて安心だ。その場は確かに丸く収まるだろう。表面上の責任は果たせる。しかし問題の根源は決して解決するわけではない。きっとどこに行ってもその友達は同じことを繰り返すだろう・・・・・。いや、さらに増長してくるに違いない。都合よく、楽して世の中泳いでいこうなんて、甘すぎる。友達のためになるわけない。 私はその友達のお母さんの心情を思った。同じ年の子を持つ親の苦悩。 次女を悩まし、傷つけたその友達は確かに嫌な子ではある。しかし、決して悪い子ではないと信じたい。放ってはおけない思いに駆られる。そのお友達の母親は、どんなにか苦しい思いをしているだろう? 入学して初めての参観日、その友達のお母さんと話をした。その子をともても大切に思っている様子が伝わってきた。しかし、不安げな様子も垣間見られた。「あの子にね、余り強いことがいえなくて・・・・」そんなことをつぶやいていたことが思い出された。自信を持って、子供に助言し、指導することのできない母親の弱さ・・・・。 「朱に交われば赤くなる」「類は友を呼ぶ」 ただ、他人事だと安心してもいられない。悪意はなくても共犯にしたてられてしまったからには、万引きという犯罪を犯す類似の生命の傾向性が次女にもあるということだ。 犯罪を犯す子供達・・・・そのこころは病んでいる。自らの存在価値を誇示したいがためにとる行動。彼ら彼女らに共通しているのは、安心信頼できる家庭環境に恵まれていないということらしい。自分が困ったとき、しっかりと抱きかかえ問題を解決してくれる安心できるこころの基地があるかどうか・・・・。自分のこころの基地は果たして安心安全か、問題行動を起こし、無理難題をふっかけることにより彼ら彼女らは確認している。親は、子供達に試されている。
2009年07月16日
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関東地方は昨日梅雨明けした。四国地方の梅雨明け宣言はまだ聞かず。今日、帰路においてすでに稲刈りされている田んぼ発見!今年の稲刈り第一号である。
2009年07月15日
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それは、朝の親子げんかから始まった。 長男「お母さん、水着がない!」母(私)「昨日のうちに準備してないのがいけないのでしょ?」長男「昨日にはすでになかったもの」母「見つかるまで寝たらいけないでしょう?」長男「洗濯していないお母さんが悪い。今日の水泳は休む!」 ご存知のとおり我が家は4人の子供達がいる。洗濯物が多い。二台のドラム型洗濯機は電力の安い夜間にフル稼働している。洗濯していないはずなどない。水着が見当たらないことを、他人のせいにするなぞ、なんと卑怯な言い訳か!その水着は、今年一回り大きいサイズを買ったばかりの新品だ。 私お得意の説教が始まった。もちろん、そんなお説教に聞く耳をもたない長男はプイと子供部屋に入っていった。 母「連絡帳を出しておいで!今日の水泳はおやすみしますと書くから・・・。」うんとも、すんとも返事がない。子供部屋から何の音も聞こえてこなかった。朝、7時。上の子供二人はすでに登校しており、主人は県外出張、家には私、長男、Sophiaの三人だけだった。 Sophia「・・・・・お母さん、お兄ちゃんどこにもおらんで・・・・。」何度も大声で呼んでみたが返事がない。寝室、子供部屋、ロフト、クローゼット、子供が隠れそうなところは一通り探したが、靴とランドセルはあっても長男の姿はどこにも見当たらなかった。 「いじけて何も持たず、母親に気づかれぬようこっそり登校したな・・・」と思っていた。意地になるとテコでも動かない。いかにも長男のやりそうなことだ。 忙しい朝である。くだらないことにとらわれている間はない。 Sophiaに学校の支度をさせて、7時20分1人で登校させた。家中の片付け、自身の身支度のあと、二階の窓と玄関の鍵を閉めて家を出たのは、8時10分頃だった。 午前、学校からは何の連絡もなかった。 しかし、午後になって外勤先に連絡が入った。 長男が登校していないというのである。学校で担任の先生がSophiaに尋ねても「お兄ちゃん知らない」との返答で、大騒ぎになっていたらしい。 両親の携帯電話にかけてもつながらず、やむなく祖母の携帯電話に連絡をつけ、探してもらったところ、自宅のベランダにいた長男を発見したとのこと。 ベランダの窓に鍵をかけられ、締め出された形となり途方にくれていた長男だった。学校の連絡を受けて探しにきた祖父に、庭から長はしごをかけてもらい、おろしてもらったとのことだった。早く見つけてもらって感謝しなければいけない。いくらベランダが西側でも、昨夜は連日の熱帯夜、朝から気温は高かった。このはしごをかける作業も、子供をおろす作業も大変手間取り、祖父は消防署のレスキュー隊の応援を請おうかと一時考えたらしい。 ようやく降ろしてもらった長男は、祖母のつっかけを借りて、何ももたず1時間半遅刻して登校したという連絡だった。 怒り心頭、呆れるやら、祖父母に申し訳ないやら・・・・母親は後で知り、煮えきらぬ非常に複雑な思いをした。 「お母さんが出かけるまで隠れていて、出かけたら学校に行こうと思っていたけど、鍵をかけられて家に入れず、学校に行けなくなった」というのが長男の言い訳である。 卑怯極まりない言動の末、騒ぎを起こして人様に迷惑をかける。 今朝、母親に叱られて隠れてから母親が出かけていくまでの約一時間の間に、素直に反省してわびて出てくれば、事は大きくならなかったはずだ。 その「ごめんなさい」の勇気がないから今回の「ベランダ締め出し事件」が起きたのだ。 夕方、祖父母にお礼とお詫びに行った。 長男の口から自発的な「ごめんなさい」は聞かれなかった。 母「あんた!じいちゃんに降ろしてもらって"ありがとう"いうたんかえ?」 その夜、出張から帰ってきた父親からひどく叱られ、責任を追及されたのは母親である私であった。 ・・・・いつだってそうだ。子供達がことを起こしても、学校の成績、試験の成績が悪いと、全て母親の責任であり、「お前の育て方が悪い」となじられる。 子供達が表彰されたり、集団の代表となったり、良い成績をとったりするとその手柄は父親譲りだと言われる。 責任をとるのはいつも母親。子育て、甲斐なし。 「ちょっと勉強ができるからっていい気になるな、どんなに勉強ができても、自分だけよければいい、というのは卑怯な人間の考えだ。少し頭が良いからって、勘違いするな。」少し態度を改めたくらいでは、お母さんは騙されないからね。お母さんは、お父さんのように目の前の成果に一喜一憂しない。大切なのは、ただ”いい結果をおさめればそれでよし”、なんて簡単なものではない。
2009年07月14日
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もう、7-8年ほど前から頬に一円玉程度の大きさのシミができた。 いわゆる加齢性のシミであり、年齢を考えれば、シミの一つ二つはあっても当然といえるのだが、いつまでも美しくありたいと願う女性ならではの思いは私にだってある。先週「先生、そのシミ、レーザーで取りませんか?」とのラッキーなお誘いを受けた。外勤先の皮膚科にレーザー治療のデモ機が入っているためお試し期間中は無料で施術してもられるという。外勤先勤務の、シミで悩む女性はみな看護師、事務の方すでに何人もシミのレーザー治療を受け、よかった、よかったと喜んでいる。もちろん、二つ返事で予約をとり、これで長年悩み続けたシミともおさらば・・・・と喜び勇んで、午後の外勤先へ向かった。 施術前に化粧を落とし、皮膚科専門医の先生の診察を受けた。「あら、肝斑がありますね。きれいな肝斑・・・・典型的ですよ。」「そのシミ、レーザーで取れないことはないけれど、あいにく肝斑にかかっていて、治療すると肝斑が悪化するので・・・・。」とのことで、残念ながら、悲願のシミの治療を断念せざるを得なくなった。 肝斑(かんぱん)・・・・・ 30代から40代以降の女性のシミの約40%が肝斑だという。 多くは両側対称性の境界不明瞭な茶褐色斑。なんとなく顔がくすんだ感じになる。 女性ホルモンと関係があるといわれており、妊娠や月経周期に伴って少し薄れたり、濃くなったりする。(私も第二子出産直後は左頬部のシミが一時的に濃くなっていた。) レーザー治療は無効で、内服治療を行う。肝斑治療薬はドラッグストアでも市販されている。 肝斑だろうな・・・とは思っていながらも、見た目が醜くあっても命に及ぶことはないし、痛い痒いの辛い症状もない。その上私は皮膚科専門医でないため、自分の肝斑を自己診断できず、見てみぬふりをしてきた。今日、皮膚科専門医に「肝斑ですね」と診断されたからには、肝斑の内服治療をはじめようと踏ん切りがついた。頬のシミの治療は、肝斑が薄れてきてから後になる。
2009年07月14日
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毎週月曜日、婦人科カンファレンスに出席することにしている。 画像診断、放射線治療についてコメントを求められることがあるからである。画像診断(CT,MRI,PET-CTなど)を専らとしている立場上、症例のfeed backもあり、できるだけ出席するように心がけている。治療する立場の産婦人科の先生方の、率直な意見をきくことができる場でもある。子宮頸癌、子宮体癌、卵巣腫瘍、子宮筋腫などの良悪性の婦人科腫瘍と子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮筋腫などの婦人科疾患。女性であるがゆえに罹患する疾患である。良性疾患であっても、手術を敬遠したい症例がある。「肥満」である。「BMI 31だって?!それではリスクが高すぎる・・・麻酔科の先生だって、麻酔かけてくれないかもしれないな。僕だってその手術したくありません!」。約5cmの皮下脂肪がCT,MRIで描出されている。腸間膜の脂肪もタップリ・・・。脂肪をかきわけ、かきわけ、病変に到達する困難さ、、脂肪のためにぬるぬると手術操作は滑って滑って困難になることは目に見えているし、術後血栓症のハイリスク・・・・。 「ダイエットしてから、手術しましょうね。」 子宮筋腫、子宮内膜症などの良性疾患であれば、そう言って手術を延期することしばしば・・・。月経困難症、不妊、貧血・・・辛い症状はあっても、そく命に及ぶわけではない。 待機手術が可能だからこそ、安全な手術のために減量を奨励する。「そんなに太ってはいけません!」
2009年07月13日
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週末、給食袋を洗濯してやろうと思い、長男の手提げ袋を開いた。 ぎょっとした。きれいに長い、蛇の抜け殻が入っていた。決して気持ちのいいものではない。帰り道、近道で田んぼや畑を通って見つけ、拾って来たのだろう。おとなには気味の悪いものでも、男児にとっては宝物に違いない。切れ切れでない、約50cmの蛇の抜け殻・・・・。損傷のほとんど無い状態で発見されるのも珍しいかもしれない。どうしようかと迷ったが、そのまま手提げ袋においておいた。 蛇の抜け殻をお財布に入れておくと、金持ちになるとの迷信がある。長女のいうこと・・・。「そんな蛇の抜け殻なんかが財布の中にあったら、気味が悪くて誰だってそこからお金を引き抜こうなんて思わないから、お財布からお金は無くならないよね。その迷信も一理あると思うよ。」
2009年07月11日
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お中元の季節である。7月に入ってから、ぽつぽつとお中元を頂いた。我が家には小中高、計4名の子供達がいるが、子供達はこのお中元を楽しみにしている。今回頂いたのは、ゼリーとプリンの詰め合わせ、アイスクリーム、ハム、果物・・・。子供達の言うこと。「お中元てね、子供達を喜ばすための贈り物だよね!」必ずしも、そうではないだろう。ビールや洗剤の詰め合わせを頂くことだってある。でも確かに、こちらから先様にお中元を贈る時、お子様のいらっしゃるご家庭であれば私はついついお中元として野菜ジュースや100%フルーツジュースを選んでしまう。そう思えば、送り主に子供を喜ばそうとの意図が少しはあるかもしれない。
2009年07月10日
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早朝、電話が鳴った。 出かける準備をしていた長女が電話を受けた。「お母さん、年配の女性から電話・・・」電話を受けるなら、相手の名前を確認すればいいものを・・・気が利かないなぁと思いながら電話にでた。昨日、名刺を置いてきたお宅、友達のお母様だった。中学から大学時代、結婚するまでよく遊びに行ったから、覚えていてくださった。「薗ちゃん、わざわざいらっしゃって下さったのね。留守をしていてごめんなさいね。千鶴(友の仮名)にも連絡したら、とっても喜んでいてね。あの子もいつもバタバタしているから、返事もしないで、ほんと失礼しました。」「今電話にお出になったのは、お嬢さん?大きくなったのね・・・」そう、彼女の第1子と長女は同級生なのだ。長女を連れて、ご実家を訪ねたことも何度かあった。お母様は今は県外に暮らしている友達に連絡し、わざわざ私にまで連絡して下さったのだった。いつも折り目正しく、義理堅く、しつけの厳しいお母様だった。それでいて、子供達をこよなく愛し、しっかり教育していると感じていた。懐かしくて積もる話もあったのだが、朝だからこそ長電話もできず、千鶴の安否を確かめ、わざわざ連絡して下さったことのお礼を言って受話器を置いた。ちょっと、安心した。これで千鶴とまた連絡がとれる。近日中に彼女から連絡があるに違いない。 しかし、またいつものこと・・・・受話器を置いて思ったこと。どうして今、お母様から千鶴の現住所の電話番号をきいておかなかったのだろう?どうして、お母様ご自身のお身体を案じてあげることができなかったのだろう?何度もご実家に電話しても通じなかったのは、もしやお母様ご自身がお病気でもされているのではないかと、あとになって心配になった。
2009年07月06日
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ひょんなことから、中学の同窓会クラス幹事を引き受けることになった。 現在、不明者の捜索中である。 中学を卒業して25年・・・20年前に学年同窓会を催して以来、20年ぶりである 結婚、出産、別居、離婚、死別いろいろなことがあったらしい。 私でさえ、はからずして4児の母である。 まさか・・・・と思いながら、中二に転校していった子と思いがけず連絡が取れ、とても嬉しく思っている。 皆、それぞれいろんなことがあったらしい、皆、果敢に戦っていたのよね。お疲れ様! 案外、とても身近に連絡を取り合っている友達と、連絡がとれないこともある。 彼女とは、親しい付き合いだったと思っている。 私がアメリカで暮らしていた時も、アメリカまだわざわざ小包を送ってくれた。 第一子と第二子が同年齢であるため、余計親しかったと思っている。 しかし、私達が帰国して、3年くらいして、彼女から音信不通となった。 年賀状、暑中見舞い、残暑見舞いを出しても、彼女から、返信がないのである・・・。 実家に電話してみたが、何度電話しても、応答がない。 どうしているの? 心配になり、とうとう、今日、約15年ぶりに彼女の実家を訪ねてみた。 誰か暮らしている雰囲気はあったが、お留守だった。 仕方がないので、名刺の裏に今回の訪問の理由と、私の連絡先を記載し、ポストに投函した・・・。 念のため、お隣の人に声をかけておいた・・・・。 どうしているの? 幸せな暮らしをしていればいいけど・・・・。 あなたも、わたしと同じ4児の母。 複雑な理由で、第1子 が実家の後とりとなり、第4子が嫁ぎ先の後とりとなったときいた。 あなたは、今幸せですか? 芯の強い友である。 どうか、幸せであってほしい、そう祈らずにはいられない。 そして、幸せに暮らしているとの連絡をただ待っているだけなのである。
2009年07月05日
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太宰治、生誕100年とのことで、太宰人気が再上昇している。その影響で、再度太宰治を読んでいる。中学時代、姉が太宰の熱烈たるファンで、私も太宰小説をいくつか読んだが、面白いとは思えなかった。今日は「女生徒」を読んだ。太宰小説には女性が主人公で、その女性の独白形式をとるものが多くある。男性でありながら、女性の感情を語るとは・・・・と驚きと共感の思いをもって読んだ少女時代。再度読んでみて、太宰文学は、回転の速い天才的文章だとつくづく感心してしまう。どうしようもない人間の弱さ、社会・時代・時勢に流されていく儚さ、なす術のない歯がゆさ、「そんなこと、あるある」と共感したくなるようなことばかりが、考える余裕もないくらい次から次へと文章に散りばめられて、小説は終わる。あまりにも、その通り惨めで、認めざるを得ない人間の脆さを突きつけられて、泣きたくなるような内容ばかりが、太宰小説にはある。退廃的。脱力感。無抵抗を強いられているようで、希望が感じられない。そう感じてしまうのは私だけか?天才的、赤裸々で正直すぎる、細やかで美しい文章だが、私はどうしても、好きになれない。それでも、小文学である「太宰 治」再読しなければならないと思って読んでいる。
2009年07月02日
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7月になってしまった。今年も、クマゼミが鳴き始めた。日に日に鳴き声が賑やかになるだろう。子供達が、セミの抜け殻をいっぱい拾って帰って来るのも、もうすぐ。
2009年07月01日
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ぎょっとするタイトルである。主人ではない。私である。「奥さん、夜1人で出かけることありませんか?」「浮気してるってことないの?」と主人が知人に尋ねられたらしい。「家内に限って、絶対そんなことないと信じてるけど・・・。」と答えてみたものの、主人は心配になったらしい。たしかに、私は”プチ家出”の常習犯なのである。「誰かに見られたってことないだろうな?」と昨夜は執拗な尋問にあった。「浮気したら殺すぞ!」ですって。40のおばさん、誰が相手にするものですか!目の悪い、物好きのあなただけよ!心配になるほど我が女房は美人とでもいいたいの?呆れた・・・この年になって、浮気疑惑が浮上するとは思いもよらなかったわ。
2009年06月30日
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長男、小5。昭和の雰囲気をもつ、ジャガイモのような男児である。11歳を迎え、二種混合の予防接種の案内がきた。土曜を逃しては、子供をクリニックに連れていく間はない。予約をとり、嫌がる長男を二種混合に連れて行った。さすがに、11歳、みっともなく泣き喚くことなく、母親の手を握り締めて注射に臨んだ。男の子のほうが、女の子より、怖がりの傾向が見える。度胸が足りない。そんな気がする。 注射を終えて外に出た時、クリニックの生垣ですばやく長男がしゃがみこんだ。左手に、何か細長いものを捕らえている。そうっと、右手で細長いものを押さえたとたん、大きい部分がするりと落ち、すばやく茂みに逃げていった。ほんの5秒ほどのことで、私は本体を見極めることができなかった。「とかげかね?」「うん・・・逃げた・・・しっぽ、切って逃げた!」ぴんぴんと激しく動くしっぽに、長男は興奮していた。「どうして、動くのかな?」「いつまで動いているのだろう?」疑問がたくさんあるようである。 一応、「捨てなさい」と言ってみたのだが、長男はとかげのしっぽを宝物のように大切に家に持ち帰った。家では長女(17歳)、次女(13歳)がとかげのしっぽを見せられて、「きも~!」「何これ~!!」と大騒ぎとなった。あ~あ・・・・男の子ですかねぇ~
2009年06月27日
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正面玄関の手すりに、黒い自転車がくくりつけてあった。事務の女性が困っていた。玄関の花に水をやろうにも、自転車がぬれてしまうので遠慮しているのである。ピンときた。主人だろう。先日、大きな荷物が宅配で届いた。隠そうにも隠せないほど荷物が大きい。10数万ほどする自転車を買ったのだという。事後報告だとはけしからん他の人に自慢したくて、見せたくて、今日は自転車で通勤したということだろう。しかも、結構本格的ロードレーサーの格好で出勤するものだから、病院内では目立つことしかり。同僚、患者、コメディカルの人々の度肝を抜き、注目されること間違いない。目立とう精神も、ここまでくると恥ずかしくてあきれ返る。「先生のご主人の自転車でしたか!」持ち主がばれてしまって、私も恥ずかしいことこのうえない。小柄な私はさらに身を小さくして恐縮するしかないのである。
2009年06月26日
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