閑古鳥の巣箱
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実は私、連載作家として学校で活躍している私の学校では、遅刻する毎に、反省文を書かされるので、すっかり売れっ子作家になってしまったのだ。最初は原稿用紙1枚だったのだが、遅刻が重なるにつれ、依頼される枚数が増えていって、ただ反省するだけでは済まされない量になってきた。そもそも反省文というのは、「ごめんなさい、もうしません」で終わるものだ。それを原稿用紙5枚以上となると無理がある。政治家や官僚ならともかく私は高校生である。とはいえ表立って反抗すると怖いので、また今回も反省文を書くことにした。――――――――――――――――――――――――――――――「遅刻してごめんなさい」 2年 小市民伯爵初夏の風に肌も汗ばむ頃、職員室ではクーラーのせいで寒気きびしき折柄そろそろこたつが恋しくなる季節であることと存じ上げます。さて、本日私は遅刻をしてしまいました。今回の件に関しましては、重々反省している次第であり、当の本人である私も大変遺憾に思っている所存にございます。遅刻をしたことにより、どれだけ多くの国民が私に不信を抱き、どれだけ多大な経済的損失を与えたのか計り知れません。幸いにして、今回の件において、死傷者は出ませんでしたが、今後このようなことがないよう、遅刻とは何かについて考えてみます。遅刻を広辞苑で調べると、「決まった時刻に遅れること」とあります。つまり遅刻が成立するためには、決まった時刻がなければいけないことがわかります。であるからして、時間が存在しないビックバンの前、無のゆらぎの状態においては遅刻という言葉は意味をなさなかったと思われます。また、時間が存在しても、時間が意識されなければ遅刻はありえません。特に今回の私のように、学校に15分遅れたことによって罰せられるようになったのは、人類の歴史においてはつい最近で、100年ほどの歴史しかないのです。年、季節、月、日、時などは、近代社会以前にも意識されていましたが、分や秒を意識するようになったのは、資本主義が誕生してからです。さらにそれが民衆にも広がるようになるためには、精密な時計が発明され、普及するのを待たねばなりませんでした。しかし共通の基準に基づいて、集団と個人を問わず同一で、一貫性をもつ時間を生きるようになっても、約束された時間に、遅れてはいけないという文化がなければ、遅刻によって罰せられることもありません。例えば、大学生が講義に遅れてきても咎められることはあまりないといいますし映画館やコンサートに遅れて来たからといって、反省文を書かされるという話は聞いたことがありません。今回私は遅刻しましたが、その最大の理由は、秒刻みの時間を生み出した文明と遅刻は許されざることだと規定した学校にあるといえます。もちろん、人は社会的な存在であるので、組織に属する以上はその組織のルールに従わねばなりません。次に遅刻が叱責される条件について考えてみたいと思います。今回私は、寝坊したという理由で怒られましたが、もし仮に朝起きたら大きな毒虫になっていたという理由であったなら、怒られたでしょうか。遅刻をせざるを得ない、不可抗力の理由があるならば責められることはないのです。さて、ここで問題なのですが、寝坊したというのは不可抗力でしょうか。それとも、努力でどうにかなるものでしょうか。多重人格の1人格が人を殺めた場合、その1人格は確かに自分であるのだから全面的とはいえないまでも責任を取らざるを得ません。しかし、意識がない寝ている間の犯行ははたして、責任を問えるでしょうか。夢の世界に囚われているときは、意識的に起きようとすることはできません。起きるためには、落下するとか、ご馳走を口に運ぼうとするとか、何かのきっかけがないことには夢の世界から脱することはできません。つまり不可抗力なのです。よって、責任は問えないということになります。だから寝坊については、社会倫理的なアプローチではなく医学的なアプローチで解決することが望ましいと思われます。なぜ寝坊するのか。その最大の理由は目が覚めないことです。次に目が覚めても、起き上がれないということです。旧型のパソコンのようなもので、起動するのにひどく時間がかかるのです。これの解決のために、脳を移植するという案が考えられますが、果たして、脳を移植して、私は私の主人たり得るのだろうかという哲学的な疑問が起こります。さらに起き上がっても、頭痛に苦しめられて動く気が起こらないということがあります。頭痛はいつもするわけではなく、壁に頭をぶつけたときに痛みます。もし壁ではなく、鉄バットだったら・・・考えるだけでも頭が痛みますこのように見てくると、遅刻して怒られるというよりは、むしろ同情されても良いのではないか、そしてよく頑張ってきたと誉められても良いのではないか。と、このような結論に達するわけであります。そういうわけで遅刻に対する理解が深まった所で、もう一度言います。遅刻して申し訳ありませんでした。―――――――――――――――――――――――実はこの原稿今手元にあるのですが・・・さすがにこれを提出したら怒られるかな・・・でも、本当にもう反省文ネタ切れなんです。勘弁してください・・・本当の所をいうと・・・実は起きた時間はいつもと変わらないのです。1時間以上かけて朝ご飯食べて、宿題の残りカスをしてーぎりぎりまで目覚ましテレビを見て―(これがだめなんだろ!そして、自転車で猛スピードっ!で、ぎりぎりで電車が行ってしまった・・・【駅の法則】1分はやく来れば15分待ったかのような気分になる1分おそく来れば15分リアルに待たなければいけない
2004.06.18
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