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松永安左ヱ門という人(九州電燈鉄道創業者) 1875年長崎県壱岐島生まれであり、慶應義塾で福沢諭吉に学んだ人。 自由奔放、一本気で、負けず嫌い、"我が人生は闘争なり"をモットーとし、33歳の時、佐賀の広滝水力電気の監査役に就任したのを振り出しに、九州、関西を征したこの人の日本語訳で知られる散文詩に 年を重ねただけで人は老いない。 理想を失う時に初めて老いがくる。 歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ 人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる 人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる 希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちるがある。色々な書籍に掲載され、その訳文も数多く現代に伝わっているものだが、改めて読むと「凄いなぁ~~」と思う・・・あら??これって自分に言われているみたい・・・Σ(´~`;)なんて器が小さいこと言ってないぞ(* ^ー゚) いつまでもたくましい意志と冒険心と豊かな想像力と燃えるような情熱をもって今日を生きたいなんて・・・(〃▽〃)キャー♪ちょっと今日は私 POSITIVEで~すΣ(☆∀☆;)
November 1, 2005
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昔は、夜の時間を「夕(ゆうべ)・宵(よい)・夜中・暁・朝(あした)」という。この夜の闇。闇って、夜、月や星がなくて暗い状態を指すんだけど、陰暦では月の出や満ち欠けは、その月の19日頃を境にして、宵のうちは月が出ない。宵になって月もなく暗いので「宵闇(よいやみ)」なんていったんだけど、この季節、梅雨の季節の頃、雲が垂れ込めていつもよりひときわ暗くなる夜のことを「五月闇(さつきやみ)」っていうんだよねw私、この季節だけのこの「五月闇(さつきやみ)」って言葉なんか妙味(優れた趣)あって好き。昨日の梶井基次郎に『闇の絵巻』ってあるんだけど、この闇の乙(おつ=しゃれて気がきいてること)ですよw闇は人に物を見えなくさせる。物の道理もわからぬほど思慮・分別を失わせる状態は心の闇・・・凄い魔力がある。見えないところで闇雲(やみくも)に突っ走っても闇は所詮闇・・・ダメだね。夜になることを比喩的にいうと、「夜の帳(とばり)がおりる」というの。この言葉好きで、ポエムにも入れたことがあるんだけど、「とばり」は「帳」で部屋を仕切る垂れ幕のことをいうんだけど・・・・この比喩すごいなぁ~~って思うの。黒い垂れ幕が下りて遠くが見えなくなるんだよ、夜(闇)っていうのはってねw極々自然なこと、当たり前のことなんだけど、相変わらず毎日言葉の洗礼を受けていますwところでラムの昼寝を撮りました。どなたも、昨日のブログを忘れてご覧くださいw
May 30, 2005
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