たぶんおもしろいので、よろしかったらどうぞ

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2020/01/12
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カテゴリ: 健康・医療
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5年経過し再発の恐れも今のところほとんど無く、日常生活はあまり不自由なく過ごしています。同じ病で苦しむ人たちの参考になることを願い、闘病記として公表することにしました。


1.発症
 2015年1月25日(日曜)、尋常ではない苦しさに休日診療をしてくれる病院を電話で探し求めていたちょうどその時、意識を失い倒れた。心肺停止数分、意識不明4日、その後22日間入院して危機を脱し帰還できた。
 発症は正に青天の霹靂だった。2014年の暮れより悪心や上腹部痛があり消化器の病と思い込んでいたため、循環器ではなく消化器科の医院へ通い、心臓のトラブル(すくなくとも狭心症は起こしていた)を見過ごされ、致死的病魔の進行に気付くチャンスを逸してしまった。


2.前兆
 1994年脱サラし歩行距離が減ったのと時を同じくし、血圧は高めになった。降圧剤を処方されていたが眠気が強く、そのためまじめにコントロールしていたとは言えない。2014年秋には平時にも収縮期血圧が180mmHgになることもあり、これはさすがにまずいぞと思ったが、生死の境まで差し迫っているとは考えもしなかった。
 後になって思えば心臓病の前兆はあった。2011年、​ 作業時に背中の激痛 ​があった。2012年、走った後に背中が疼くようなこともあった。2014年の5月には東京の神楽坂を上っているとき、6月には蔵王山の駐車場からのわずかな上りで胸痛を起こした。この時も胃の痛みと思い込み、しばらく休んで回復したために放置してしまったが、正に狭心症だった。
 心筋梗塞で他界した父は、その8年前に動脈硬化による下肢動脈閉塞をおこし、これは叔父も同じだった。私も同様に下肢から動脈硬化の症状が出るものと思い、いきなり心臓がやられるなんてことは考えもしなかった。


3.救命
 発病してしまったことは自業自得かも知れないが、その後の経過は神の意思が働いたかと思うほどで、運が良かったと言う一言では片づけられないような気がする。
 家内が救急車を呼んでいる間、たまたま5分前に帰宅した娘が心臓マッサージをしてくれた。その前年、職場で救急救命の講習があり娘が課を代表して受けさせられたそうだ。
 所轄の消防署から家までどんなに急いでも5分はかかる。ほどなく到着した救急隊員が真っ先にAEDで蘇生を試み一度で成功した。通常の救急車の他に仙台に一台しかないドクターカー(医師の乗っている救急車)もほぼ同時に到着し、どんな治療をしたか知る由もないが車の中で応急処置を受けたらしい。救急車のバックアップに消防車も来てくれたそうで、重篤だとは言え患者一人に車3台も動かしてくれた手厚い救命体制に感謝しかない。国立医療センターにすぐさま収容されたが、一番近い大病院が受け入れ可能だったこともラッキーだった。
 四日間は意識不明だった。体温を下げ、心臓の負荷を減らす治療も行われたらしい。最悪脳死、あるいは植物人間になることも覚悟するよう家内は医師から言い渡された。


4.闘病・リハビリテーション
 倒れて四日目に深い眠りから覚めたように次第に意識が戻り、ICUからナースステーション脇の病室に移された。「眠り過ぎたがまだ眠い」という感じで、状況を全く理解できない。ただ、起きなくて良いのだと言う気がし、夢と現の間を彷徨していた。
 海底に居るのかと思った。無数のチンアナゴの群れが、頭を曲げ這い出して来る。点滴液をぶら下げるS字型をした金具だった。ベッドの周りに踊り子がずらりと並び、スカートを持ち上げフレンチカンカンを踊っている。ベッド回りのカーテンの襞だった。死にかけたと自分では思っているが、幽体離脱した記憶は無い。そこまでにはまだ余裕があったのかも知れない。
 八日目に一般病棟に移りベッド上で体を起こせるようになった。前後の事を思い出そうとすると、倒れる前半月ほどの記憶がない。ペンを握れば小学一年生のような字しか書けず、自分では正気のつもりでも、言っていることがめちゃくちゃだったと後に家族が言う。
 それから約一週間、関係した多くの医師も驚く程の回復で、一月後に調べた脳のダメージは測定不能、「問題無し」の判定だった。この段階で退院、自宅療養となるが、記憶力の衰えははっきり自覚できるレベルで、血圧を測ってそれをメモするほんの数秒、計測値を覚えていられなかった。そんな状態は日に日に改善されたが、平常に復するまで半年はかかったと思う。今も何年か前の記憶力には遠く及ばない。それは単なる加齢による変化なのだろうか。


5.転院
 その年の秋、重症患者以外は診ない国立医療センターから放り出され、近所の循環器科医院を紹介された。家から近いと言うだけで紹介してもらった医院は、幸いなことに理想のホームドクターと言っても良いような名医だった。気さくで偉ぶらず、診察室からはいつも笑い声が漏れる。しかも抜群に頭が良く、カルテで確認するまでもなく私の体の事を覚えていてくれる。心臓に限らずここで診てもらい治った病は複数になる。甲状腺機能障害(うがいのヨードが原因だった)、原因不明の消化不良、風邪症状等々。
 体の理解が進むと自分の体が興味の対象となり、入手可能なデータとにらめっこをしている。十種類近い薬を処方されると効いているのか副作用が出ているのかさえも分からない。自分で薬の量を調整し、体調変化との因果関係を観察してみると、胃酸を抑える薬(PPI)が時に逆に作用し、胃酸が出ずに消化不良を起こしていることを気付いた。携帯心電計(イベントモニター)を購入し、病院では心臓ではなく胃の痙攣だと言っていた現象が、モニターで記録された心電図の波形から期外収縮だとわかった。しかし、大病をした多くの人と同じように、どうしても神経質になり勝ちだ。自分があまり詳しくなるのも神経をすり減らすことになり、何事も程度問題なのだろう。


6.社会復帰
 倒れたその年は、血圧の乱高下や胸部の違和感などがあり、何度か時間外救急診療のお世話になった。やがて不調は少なくなり、4年目には定期診察だけで乗り切れた。一部の心筋が壊死したため全快と言うわけには行かず、雪かきなどの力仕事は厳禁と言い渡されていたが、4年目には木に登って伐採までできるようになった。しかし飛んだり走ったり急激な負荷をかけるのは無理。未だに時々出現する不整脈で悩まされ、薬の副作用か、倦怠感、睡魔にも見舞われる。しかし、それだけ。ウォーミングアップをして血管を広げなければならないが、極寒でなければ普通に1時間でも歩ける。
 起きてしまったことは仕方のない事、不調はいっぱいあってもこの体に慣れるより他無い。死んでも不思議ではない状況から生き返ったのだから、まだ仕事があるよと神様が言っているのかも知れないし、今回は助けてやるが次は知らん、と言っているのかも知れない。
 助けられた命で他の人のために役立つ事をすべきか、せっかく助かった命なのだから、残された人生を無理せず楽しく過ごそうか・・・。ようやく悟ったのは、人の役に立つ生き方を選ぶことと、安楽に過ごすのはおそらく対極ではない。無理をしないで生き続けることが二つの思いに適い、神の意思にも沿うものではないかと考えている。


7.教訓
 非常に幸運な推移で生還できたと言っても、やはり後悔はある。私の経験から次の事を伝えたい
(1)先入観を持ってはいけない
心臓が悪いとは思いたくない。ならば他の病気であってほしいとの望みで資料を探す。このような先入観が、「正常性バイアス」となって非常に危険な状況を自ら招いてしまった。胃が痛いと申告したのが間違いの元だった。
(2)病気の進行は教科書通りではない。
自分でも体の不調に対してある程度調べてみた。しかし、教科書通りではなく心臓の病と気付き難かった
・心筋梗塞の胸の痛みは「我慢できない痛さ」と書いてある本がある。しかし、我慢できた。
・典型的な症状とされる下肢のむくみ、冷汗、吐き気、そういうものは全くなかった。
・同じ運動をしても症状が同じとは限らない。同じ坂道を同じように上って、胸痛が起こるときと起きないときがあった。ウォーミングアップによって血管が開いていれば痛くならないこともある。そんなことが書いてある資料は全く見当たらない。
・体重が減少することもある。心臓が弱り体抹消部の水分を吸い上げられず、体がむくみ体重が増加すると書かれているものが多い。しかし私は体重が減っていた。心臓の不調が胃の不調を誘発したのか、倒れる一ヶ月前辺りから食欲が無くなり、痩せて来ていた。体のむくみは無かった。
(3)信頼できる医師を見つけること
不調になって二カ所の病院、医院を訪ねた。自分で胃が痛いと申告してしまってはいたが、心臓ではないかと疑問を呈してくれた医師は一人もいなかった。
 より悪い方に考えがちな医師と、患者を励ますつもりか大したことないと言う医師がいる。患者は自分にとって望ましい方の診断を期待するが、悪い方へ考えてくれる医師の方がはるかに良い。

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​その後の経過はこちら​ 「心筋梗塞から5年 回復に向かっているようだ」 ​​

​​2020.1.7 追記

2020.1.6 NHKで放送されたガッテン、「激痛でも放置!?心筋梗塞の意外な落とし穴」
​ https://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20210106/index.html ​
は良い番組だったと思う。
正に番組の通りで、私も1.「正常性バイアス」、2.すぐに収まった 3.心臓の病気と思わなかった ことにより、適切な病院に行かなかった。
病院には行ったが、見当違いの呼吸器と消化器で、医師に循環器の病と鑑別してもらえなかった。
この番組をもっと早く見ていたなら、より軽症で済んだと思う。
今考えれば心臓の病気の兆候はいくらでもあったのに、胃のトラブルと思い込んでいたのが一番の失敗だった。

ついでに書いておく。当然ながらタバコ厳禁
私はヘビースモーカーと言うほどではないが、一日3、4本を燻らせていた。
一カ月程度の禁煙(その程度なら何回か経験あり)で、血圧が下がるのはわかっていたが、完全禁煙に踏み切れず、それがある程度の高血圧を容認する理由にもなっていたと思う。
また、体調が悪くなってきたとき、タバコに一時の安らぎを求めていた嫌いがある。​​
一日も早く断つべきだった。それから6年、完全禁煙は無論の事、50m先の喫煙でさえ嫌悪している。


2021/12/20 追記 ​ 心房細動で一泊入院​​ ​

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Last updated  2021/12/20 01:34:51 AM
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Re:心肺停止からの生還(01/12)  
mta さん
主人に起きた状況と似ているのでコメントしようと思いました。

いま主人はCCUというところで体を冷やしてる状態です。
2日前に自宅で倒れました。
私が119に電話したら心臓マッサージをするよう言われ、わからないながらも助けたいという思いで救急車の到着までやり続けました。
その後は搬送途中でドクターカーと合流といった流れです。

命は助かりました。
対応が良かったから、と医師には言われましたが 薬で眠らされてるとはいえ、目を開けてない今の姿に私は不安でいっぱいです。
しっかりしなくては、と思いますが子ども達の前で弱音は吐けず、、

でもこうやって体験談を読んですべて同じようになるとは思っていませんが、希望も見えました。
読んで良かったです。ありがとうございました。

最新の記事ではないのにコメントして申し訳ありません。 (2020/05/23 09:06:04 AM)

Re[1]:心肺停止からの生還(01/12)  
こぞさん  さん
mtaさんへ

ご心痛、お察しいたします。お辛いことでしょうね。
きっと回復されますから、希望をもって頑張ってください。

私の闘病中、家内は胃をやられてようです。
ご自身の健康にもご留意ください。

意識が戻ってから無理難題を吹っ掛け、わけのわからないことばかり主張していたと言われました。
きっと元に戻りますから、少し長い目で見守ってください。

くれぐれもお大事になさってください

(7月9日、一部修正し再掲しました) (2020/07/09 09:15:52 AM)

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