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kugutsushi

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2007.01.28
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カテゴリ: その他
今月の当ブログ経由の売上げは、133,525円。獲得したポイントは 5,869 ポイント。ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。

ちなみに、このところの売上げは下記の通り。3ヶ月連続で売上げ 5万円を超えていて、毎月数千ポイント獲得しているので非常に嬉しい状態。

  • 7月  6,500円
  • 8月    0円
  • 9月  6,000円
  • 10月  4,980円
  • 11月 80,016円
  • 12月 99,408円
  • 1月 133,525円

やっぱり、今月も一番売上げに貢献しているのがエバーライフ。これは腰痛、神経痛もちには、けっこうよいのだが高いのが難点。



自分は、エバーライフの皇潤は、ちょっと高くて辛いので、今は コンドロイチン ZS錠を飲んでいる。皇潤の方が効き目はあるような感じがする。コンドロイチン ZS錠は1ヶ月ほど飲んでいて、やんわりと効いてきた感じ。何にしても、飲むときは、これは効くぞ、よくなるぞ、と言い聞かせて飲むこと。せっかく高いお金を無理して出すのだから、信じ込んだほうがいいに決まっている。信じて飲んでいると、頭の方が勝手に痛みを調整してくれるところがあると思う。

とはいえ、効く効かないというのはやっぱりあるようで、コンドロイチンZS錠を飲んでも、膝の方は痛みが和らぐような感じがしてきたが、腰痛には効果なしっぽい。はい、薬なんか飲むより、軽い運動を継続的にするのが一番効果あります。でも、痛すぎるとそれもできないので、こういうものを飲んで、少しでもよくなった気にしておいて、体を動かしたり、体重を落としたりして、全体として痛みを調整して元をちゃんと取るということが大切かなと。



ちなみにコンドロイチンZS錠は、 神経痛対策にコンドロイチン に書いたが、臨床試験を行った上で開発されているもの。劇的な効果はないものの、コンドロイチンの摂取はある程度軟骨が減るのを食い止める効果は認められているようだ。とはいえ、この手のもの、理由は明確にはわかっていないようなので、なんだか試してみたら効くようだ程度のあいまい性がある。それでも少しでもプラスの作用があるならば、試してみたくなるのが人情というもの。0.1 のプラスの作用があれば、人間の脳みそは使い方によっては、それを何倍の効果にもしてくれる。



偽薬 (プラセボ効果)

痛み について、偽薬を使っても効果があがる可能性は大きい。痛みは修行(と書くといかがわしい感じがでてしまうが)である程度コントロールできるところがある。たとえば、腕に金串を突き刺しても大丈夫だとか、あれと同じ。おまじないや宗教に頼る代わりに、薬という魔術に頼って、痛みをコントロールするのもありだと思う。でも、まったく効果がないものを使うよりは、やっぱり何らかの効果があってこそ、それを増幅できるかなと。

「痛いの痛いの飛んで行け」 は、科学的には疑わしさいっぱいである一方、経験的な真実味を持つ。



これはある意味、宗教と一緒で、危険な作用もあるかもしれない。あんまり、しつこく勧めると「しつこいんだよっ」となるから。つまり、本来は絶妙なバランスのうちに、これを成功させなければならないのだが凡人にはできない。ゆえに、何かを薦める者は、信じないものにとっては常にいかがわしい存在となる。

これは宗教だけにとどまらない。政治の世界においても、ある政策をとったときの効果を訴えることは、これと共通点があろう。 信じて実行しなければ効果の確かめようがない。信じなければ実行されないから、その不確かさを証明されることもないという領域があり、言い訳にもなる。実行しないから効果がないのだという言い訳。 ある政党は、それを実行すれば悲劇的な結末を招くであろうという政策を掲げる。しかし、その政策は実行されることが決してないゆえに否定されない。

何でもそうなのだ。信じるために信じさせる。唯一、その呪縛から逃れるすべは、科学的と呼ばれる手法によって、「あるもの」の効果を証明することだけなのだ。そのためには実行を伴わなければならない。あるいは精密なシミュレーションが必要になる。

しかし、その科学的手法にしても、心の作用が伴うものであれば、常にいかがわしさを伴わずにはいられない。「痛い」という感覚は、常に非科学的な側面を持つ。痛みは哲学的でもあり、呪術的であり、神秘的な側面を持つ。そして、利己的であり、自己中心的なものだ。

しかし、宗教的あるいは哲学的に痛みについて考察すると、ドツボにはまる。むしろ、似非経済学的アプローチ(科学と宗教のクロスポイント)がリスクが少ないかもしれない。 「痛みのコントロール市場」「幸せのコントロール市場」 といった視点からの考察がおもしろいところに導いてくれるかもしれない。

今日も、わけのわからないことを書いてしまった(笑)

要するに、こういうものは、よくわかんねぇや。でも、 本人が効いたと思える状態を作り出すことが重要なんだ と締めくくっておく。そして、何飲んだって別にいいけど、 少なくとも医学的に害がないとある程度証明されているものを飲んだほうがよかろう ということ。





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Last updated  2007.01.29 00:57:11
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