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数日前に、あることですっご~く悩んでいました。・・動揺していたと言うべきか。。あまり人に相談はしないのですが、その時ばかりは幼馴染を交互に2人、我ながらオチのない話を延々と繰り返しておりました そんな時、地元のお祭りでかつての遊び場の神社へと行きました。その神社の境内には、古い鳥居が幾重にも連なる細い階段があります。そこを下って行くと行き止まり。薄暗い水場に、お稲荷さんが幾体も祀られています。階段を降りかけた瞬間・・・「やばいかも」とは思いましたが・・・。 その後友人と別れてから、ものすご~いものがやってきましたいえ、別に心霊現象とかならまだ慣れています。が。 それは、ものすご~いネガティブ。 当然、それまで動揺していたことも1つの要素として入ってはいたのですが、それ以外に、とにかく全面的に、すべての面での自己否定の嵐。気を紛らわせようと、なにかしようとしても、なにもできない。というより、なにかをするとそれが否定に繋がるので、怖くてなにもできない。 「これ・・絶対にもってきた」ということで、ホワイトとディープレッドのpomanderを塗りまくり、オーラライトのレッドを握り、やや安定。結局、グラウンディングできていないから、つけ入れられるのです うう~ん。よくうつ病の人が自殺するのは、最低の精神ラインから少し上がった時とか言いますが、確かにあんな状態では死ぬこともできない。そのぐらい、恐ろしい状態でした やや落ち着くと、今度は家にいられない。我が家はなにかと問題はあるので、わたしの持ち込んだネガティブと共鳴したのかって感じでしたが、とにかく家を出ました。人と会えるテンションではないし、とにかく明るい場所、人のいる場所へと、22時までやっている駅ビルへ。 うん。明るいし、みんな普通。 ということで、落ち着いてから家へ戻り、水浴びと塩で清めたら・・・。 あら なにに対して落ち込んでいたのかしら もう記憶にすらありません ほんの5時間ぐらいのことだったのですが、本当に不思議。強烈なわりには記憶にないし。ただ明らかに、「これは、わたしじゃない」って感じたのは初めてのこと。 人間、ネガティブなループに入ったり、なにかに深く心をとらわれ過ぎたりするのは、よくないです。本気で今回思いました。 普段なら、なにもないはずなのに・・・ でも、カラーやってて、そしてグッズが家にあって、ホントーに良かったカラーセラピーはプロテクトにはイマイチ・・と思っていましたが、あの状態、自力では脱出するのに倍時間かかったことでしょう・・
2008.06.10
以前、友人の恋愛相談にのっていた時、「そんなんさぁ~脳内の分泌液の問題でしょ」と言ったら、ガン引きされてしまいました いえいえ、決してそれだけではないのは理解しておりますが、あまりに長々と相談され、あたしも、ややうんざりしていたのでしょう とはいえ、先日読んだ本に、おもしろいことが書いてありました。ドーパミンと恋愛の関係はよく言われることですし、再びの快楽を感じるために、特定の人と会うとドーパミンが放出されるように脳内ができあがってしまうと、「あ・わたし好きかもっ 」となるのは、よくいわれる話。 ドーパミンは喜びや快楽、確固たる動機などを生み出しますが、過剰になると「中毒症状」をもたらします。絶好調の熱愛期にある男女は、互いに中毒しているし、共依存状態ですから納得。 このドーパミン、恋愛危機の時も活発化するようです。ドーパミンは、「新鮮な行為・刺激を学習」する仕組みをもっているそうです。よって、恋愛が危機になり、新鮮な快感が得られなくなると、報酬を得るために、ドーパミンを生み出す細胞が活動を活発化します。「再びの快感」という報酬を得るために、ドーパミンが放出されるのです。そうなると、人間は相手の心を振り向かせよう・取り戻そうと行動していきます。 ・・・ストーカー行為もかもね また、ドーパミンから派生するノルエピネフリンもまた、「新しい刺激のため、記憶を増やすこと」に関係しています。恋愛初期など、好きな人の行動発言を1つ1つよく覚えていて、友達に逐一報告したりしますが、これはノルエピネフリンの仕業です。そういえば、高校生ぐらいまでは、恋愛体験の1つ1つ全部を友達に報告したりしていたなぁ~ 今でもたまに、そういう友人がいたりしますが。さすがによほど劇的で奇異で変な話じゃないと、こちらも楽しくは聞けませんが、高校生の頃までは、恋愛はメインイベントですから、友達の話でもドーパミン出てたかもです そしてなにより、うつ病や依存症に関係すると言われているセロトニンが、実は恋愛感情に係るらしいです。セロトニンが不足すると、感情にブレーキがかかりにくくなるそうです。よって、強迫神経症のクライアントには、医師はセロトニンを上昇させる薬を出すそうで。で、実験。強迫神経症の患者と、熱烈な恋愛期にある人、恋愛期にない正常な人のセロトニン分泌量を比べると、強迫神経症者と、恋愛期の人は、正常な人にくらべセロトニンの分泌が少ないことがわかりました。好きな人や、恋愛の相手のことを四六時中考えてしまう・・というのは、「すごく好きだから」ではなく、「セロトニンの分泌量が低下しているから」かもしれませんし、好きになってはいけない人を好きになり、止まらないのも、「運命」じゃなく「セロトニン」かも とはいえ、セロトニンの話は、科学的に検証されたわけではないらしいのですが。 ただ、ドーパミンとノルエピネフリンの過剰とセロトニンの減少により、情熱的で執着的な「恋愛感情」が生まれる・・・という説は、おもしろいなぁと思いますwww。 でも・・・こういうことを恋愛相談中に言うと、怒られるので、言わないように我慢しますが。
2008.05.29
先日、友達と「尊敬」の話になりました。身近に、「尊敬」している相手は、いるか、否か 身近にですから、マハトマ・ガンジーとか、諸葛孔明とか、最澄とかじゃだめです。 まぁ、できることなら、両親といいたいところですが、意外に、なかなかそういう返答は得られませんそりゃ、そう言いたいけど・・「好き」じゃなく、「尊敬」でしょ~となると、なかなかに難しいものがあるようで。 というあたしも、両親を「尊敬」しているかと言われれば・・・。「感謝」はしていますが で、意外に「尊敬」って、できないものらしいということに気づきました。というか、「俺、上司を尊敬してるよ~」などと言われたら、「そりゃ、あなた恵まれてたね~がんばって」という感じです。いえ、嫌味ではなく、なかなかないことじゃないかと思うので・・。 わたしも上司に関しては、「ほんっと~に、人間的にはいい人だと思うけど、おまえを上司としては絶対に認めないっっ 」と感じることばかりです。。。まぁ、現場と管理に分かれていて、現場側にいれば、そうなりますよね・・・。 では「尊敬」は、どこに向かうのでしょう??ダライ・ラマはお会いしました。握手もしました。尊敬ももちろんしてます ・・・・・でも全然身近じゃないしっっ とはいえ、実はあたし2人、おります 「尊敬」している人。 これは、すごいラッキーなことだと、友人達と話していてわかりました。「2人もいんの~(ずるいし)」という声が、すべてを象徴しています。ふふ。←あたしが威張ることではないけど。 お1人は、「ああ~カリスマ性って、こういうことを言うんだぁ」と、人生はじめて感じた方なので、おこがましくも言えませんが、もうお1人は、「ああ素敵だなぁ~少しでも、こうなれたらいいなぁ」と感じる方です。別に、神のような人であるとか、宇宙人と友達とか、未来が予言できるとか、そんなこともなく、ごく普通に生きていて、努力して、生活して、たまに抜けていたりする方々ですが。 でも、そういうこともひっくるめて、「すごいなぁ」と感じます。なにがすごいって、「地に足がついている」の一言に尽きます。そして、「常に前を向いて、自分のなすべきことを懸命に行っている」。 色々なスピリチュアルに関わる方々にお会いしてきましたが、あたしも含めて、なかなか・・地に足つけるのは難しいものですそして「ブレ」なく生きる。って・・・かなり困難。だって、よほどの「信念」が「自分自身」にないと、ブレますよ、あたしはブレまくりです でもね、そのお2人だって、かつてはブレでいたはずww。それがうかがえる人間味がまた、尊敬に値するのですが。というか、「それが、どうした?」とばかりに隠さない潔さがかな~。それはやはり、「今の自分自身に対する自負」と、「さらに未来へ向けた視野」があるからなんだろうなぁ。 「自己実現」への道を臆せず歩む姿こそが、スピリチュアルというのかなぁと思う今日この頃。 「あんた、意思弱いからねぇ~」という友人の嘲笑が耳にイタイのですが。 幸いにも2人も「尊敬」できるお方がおるのですから、せめて足もとに及ぶくらいは頑張りたいと思う次第でございました。。。。
2008.05.24

こちらは、オーラソーマの「ピーマライトペン」ですいわずと知れた?ライト・セラピー 昨日、オーラソーマ友達のゆかなさんのおうちに、リュッシャーとピーマライトペンの異種交流会に行ってきました ライト・セラピーはチャクラや経絡を用いて、色光をダイレクトに体内に取り込みます。 本来は、ボトルセレクトしてからやるのが流れらしいんですが、 「赤、赤っ。今、レッド足りないからっ」 と、掌にレッドを注入してもらいました~ 陰陽を用いますので、レッドだけが欲しくても、そういうわけにはいきません。レッドを入れるなら、補色のグリーンも入れなくてはならないそうです。 それも、わたしが差し出した掌の上に、ゆかなさんが掌をかざし、熱い方を陽・冷たい方を陰として、逆の色光を注入するそうです。 「わわわ、おもしろ~い」 ゆかなさんが上の方からライトを降ろしてくると、途中で止まってしまったりします。抵抗があるみたいです。そのままライト自身に任せますと、そのままの場合もあれば、やがて動き出して掌にくっつく場合もあるみたい。 ま、いずれにせよ、必要なものは必要な場所に届きます。 これはボトル・ワークと同じ考え方ですね。 楽しいかも。ライト・セラピー ややダウンジングっぽい要素もあるような。 掌は、一番手軽なやつみたいで、あとはチャクラや背中でやっていくのもあるみたい。 「それもやってっ」 「いや~1日にいろいろやっちゃいけないんだよねぇ」 まぁ、それはそうですね欲張りすぎました。 ちなみに、ゆかなさんもイエローが過剰です~。カラーセラピストは、「自由」が好きなのか 基本的に「企業に入って」とか、「組織の中で」という形体での活躍はあまりないので、意外と一匹狼的な人が多いのかも~。 一匹狼なカラーセラピストって。。。。 たぶん、整体師とかマッサージ業もそうかな そのうち、職業別リストでも作ろうかしらん、と目論んでる今日この頃。。
2008.05.21
先日、さすがにリュッシャーの試験をやらねばと一念発起し、図書館へ出かけました。いえ、家でやろうとはしたんですが、できない時はできないものです後は場所を変えるしかありません。図書館・・・・ ・・・・・禁煙だし(当たり前)。静かすぎるし(これまた当たり前)。。。。。 しかし、これで帰宅しても、とても試験問題をできるとは思えないカウンセリングするのは好きなのに、試験となると一気に腰が引けるのはなぜでしょう。なぁんて思いながら図書館を出たら、同じ区内に住む友達からメール。友達は友達で、金融系の会社が義務付けた試験前です。「全然、進まない~」「あら一緒。じゃあ気分転換にうかがうわ」ということで、即効駅に向かい、友達が勉強場所にしているジョナサンへ参上~。我ながら、こういうフットワークの軽さは絶品です 友達は試験前になると近隣のファミレスに出没し、長ければ12時間とかいるようですオーラソーマ論文を書くに当たっても、この友達からいろんな伝授を受けました。いわく、ファミレスでもすかいらーくは論外。デニーズは照明が悪い。ジョナサンが1番いい。とか。ドトール系コーヒーショップは、テーブルが小さくて論外。とか。 確かに、ドトールで1度試みたけれど、ノート広げるには、テーブルがありえないほど小さいですな「図書館は、無理でしょ~。ファミレスだよ、やっぱ」「でもさ、そしたら本気で全部持ちこまなきゃでしょ~。PC使うし、本やバインダーで大荷物じゃん」「ほら、後ろ。みんなPC持ち込んで、頑張ってるよ」 ・・・おお、確かに。そのジョナサン、見渡す限り1人客。そして全員下を向いて、なにやら励んでおります。もちろん、PC持ち込んでいる人も多々おります。世の中の人って、勤勉なのねぇ~。てゆうか、家でやればとも思う。 「家は、ダメよ 誘惑多くてっ」この友達、「適切な」机があれば、家で勉強するのに・・と言い出して早2年。「適切な」の基準が難解ですので、たぶん一生、家で勉強する気はないのでしょう。 2時間ほど喋り、「じゃあっこれから帰って勉強するわっ」と気合を入れたものの、図書館からうっかり借りたマイナーなラブコメ映画を見てしまい(というか、マイナーなラブコメを図書館で借りる時点で、脳がかなり疲れている証拠)、撃沈。「ほらぁ~だから、家は誘惑が多いって言ったでしょ」と友達にメールで嘲笑われてしまいました。。。。 でも、あんなにみんなファミレスで勉強しているのなら、ネットカフェならぬ、お勉強カフェとか作れば、流行りそうだけどなぁ。図書館的な要素もあって、個室で、フリードリンクみたいな。誰か作ってくれないかなぁぁぁ~
2008.05.18
先日、中国へ送還された友達から電話。わかっていても、つい言ってしまう「地震、大丈夫だった」「・・・・あんた阿呆かあんた何度四川行ったよ、わたし福建、地震四川」・・・知ってるよ。でも、死者5万人とか聞いちゃうと。。しかも、あんた帰った日の地震だし・・・ 「もう、中国、車危ないし、うるさいね」「買い物行くも、お金汚いし、どれわかんないね」「値段も嘘いっぱいよ、わたし騙されるよ」 そうそう、中国は運転マナーが激しい。昔、上海で車と自転車の渦の交差点の真ん中で、倒れてる人を見ました。轢かれたでも、全員スルーしてたな。おつりのお札もめちゃ汚くて、なんのお札かわからない上に、別の店で使おうとすると、「汚いから別のにしろ」とか言ってきます。しかも、騙される。値段はあってないものなので、これは帰省した中国人もいつも怒っています。服やバッグですら、出稼ぎ組とみられると(しかも、確実にバレるらしい)、法外な値を吹っ掛けられ、値切って値切ってもまだ倍の値段とかしょっちゅうみたい。 「あんたすっかり日本人ねぇwwww」「そうよ、慣れるまで1年かかるよっ」 まぁね、日本暮らしが長い中国人の中には、今度は中国の暮らしに慣れず、日本へ戻ってしまう人も多いそうな日本にいる時は「中国いいよ」って言ってるくせに~。 ちなみに、帰国者は絶好のカモらしく、友達は帰省して旦那の実家に泊っている時、自室に置いておいた日本の化粧品と、現金全部盗まれました。犯人は、宴会に集まっていた親せきの誰からしいです。 別の友達は、香港の空港に着いて、荷物を待っている間に、300万の現金盗まれました。・・これは、盗まれた方も馬鹿だと、中国人全員に責められていましたが。そういう場合、騒ぎが大きくなる外国人より、同胞の金持ち(とはいえ、日本で朝から晩まで働いているんですが)のほうが、狙いやすいみたいですね。 彼女の場合、今後申請しても日本での定住権が与えられる可能性はないので、がんばって生き馬の目を抜く中国に慣れてほしいものですが。しかし、入管に拘束、強制送還という波乱を経ても、相変わらず草の根レベルで怒りを撒き散らすあたり、「変わってないなぁ・・」と、ちょっとほっとしました。
2008.05.16
中国四川省中部の地震で、死者1万人・・・行き埋め数百人って、どうなっているんでしょう。あの国のことだから、それが事実かどうかも怪しいし、映像もほとんど出ていないので被害のほどが、よくわかりません。とはいえ、報道より被害が少ないということはないと思います。 成都は2度ほど行きました。三国志マニアとしては、はずせない街です。かつて劉備が蜀の国を作り、諸葛孔明はここから魏を倒そうと北伐をしました。「北伐の正確なルートが知りたい」というマニアックな動機で、「三国志ツアー」なるものに参加したこともありますww。「赤壁」が見えた時、ついエキサイトしてバスの窓から飛び降り、ガイドの黎さんに「日本人のオンナ、コワいね 」と言われたり。馬超の墓だ、諸葛孔明の墓だと連れて行かれ、「これは、本当にこの下に彼らの骨があるのか、それとも伝説なのか」としつこく聞きまわり、最終的には「それは、カクニンは難しいことです」と言われがっかりしたりしました。ついでに、孔明の墓の記念碑に名前が刻まれるからと5000円取られ、そのままばっくれられたりもしましたね 市街地を離れれば、耐震構造なんか考えられずに建てられている建物が多い・・というかどこも変わらず農村の生活状態はひどい。震源地の方はチベット族居住地域だし。とにかく建物の倒壊はすごいんじゃないかなぁ。被害はすさまじいはず。しかも震源地近くの都江堰は、紀元前に作られたダムであり、世界遺産であり、いまだ成都の生活用水の糧だったはず。ここが機能しなくなれば、今後の復興にも多大な痛手。そもそも、地震災害に慣れていない中国、北京オリンピックをひかえ、中国政府はちゃんとした救助活動・復興をできるのだろうか・・??欧米人に人気の九塞溝・・行けるようになるかな? ここ数日の、関東地方のいや~な揺れ。その後だから、なんかエネルギーが流れてしまったような感じもしなくはないけれど、なにも成都じゃなくてもいいのに。。 しかし、騒がしい中国です。天帝が、怒っているんじゃないのかな~。天変地異は、為政者への警告ですよ。来日する前に、泰山にでも登ったほうがよかったんじゃないの。アノ人。 中国人民、基本的にエキサイトしやすいので、関東大震災時の日本のように、チベット人や少数民族に、これ以上の「何か」が起きないことを祈ります~。
2008.05.13
本日は久々にといっても2週間ぶりくらいか。中華街へ行って参りました~。呼び出されたんですがね。元同僚達に。どうやら、どんな悲惨なGWであったか、みな言いたくて仕方なかったようです ただ今年の正月もそうでしたが、 反中感情が高まるにつれ、中華街も人足が遠のいているようで。。昔のように1日で500万円越えは、できる状態ではない様子。 でも、我ながら驚いたのは、通いなれたはずの往路が、とても長く感じられたこと。最近の活動は、自由が丘や渋谷になっているので、30分以上も電車に乗っていることがまずあり得ない。あんなに長年通っていて、当時は全然遠さを(てほど遠くないけど)感じていなかったのに、「ええ~まだ鶴見 」って感じで驚きました。人間て、今の環境に順応しちゃうものなのですね そして、職場の人と、友達の店に食事をしに行ったのですが、中華が食べられないいくら広東料理とはいえ、普段食べているものに比べれば油も、味付けも強烈。ちょっと食べただけで、「わ・もう無理かも・・・」あんなに毎日食べていても平気だったのに・・・。順応性高すぎです。 そして極め付きが、中華街から石川町にある展示ケース。一応中華発展会が、四季のイベントものを飾りつけているのですが、通勤当時は毎日前を通りながら、そこになにが飾られているのかなんて見ていませんでした。しかし、今日。「ああ~この獅子、懐かしいなぁ」そうです。まるで観光客のように、ウインドーをのぞきこみ、獅子舞用の獅子について発言しているあたしがいました。「あ・前だったら、こんなとこ絶対見向きもしなかったのに・・・」即効、気づくあたしに、元同僚は爆笑。「確かに。僕はウインドウ自体、ぜんぜん見てないwwww」 どうやら、2週間ほど遠ざかっている間に、デトックスしまくったようです。もともと順応性はめちゃ高いんですけどね でも、なるほど、人間てこうして変わっていくんだな、と妙に感心しました。今まで感じなかったことを感じる。受け付けていたことを受け付けなくなる。体感しないとわからなかったけれど、距離感ができるって、そういうことなんですね。 中華街は大好きだし、オファーも何軒かあるけど、まぁ、せっかくデトックスできたなら、これを機に少し(?)離れようかと思う自分もいたりして。 「てゆーか、まだ戻る気あんのっっっ」という友人共の絶叫が聞こえますがwww。
2008.05.11

「痛いというか、思い当たりすぎることついてくる~」今日、リュッシャーカラーテストを受けた友人が、先ほど送ってきたコメントです 「でもすごく参考になった」 そう・・リュッシャーカラーテストは、イタイ そして、後で響いてくる リュッシャーは、カラーセラピーでは、オブラートにくるんで遠まわしに言うようなことを、「ずばっ」と直球で投げてきます。 わたしたちは、さまざまな色の組み合わせで導き出されるテキストのコメントを、そのまま読むように指示されています。もちろん、セラピストの言葉もカウンセリングには入りますが、テキストはかなり重要な役割を果たします。 ここが、リュッシャーがセラピーではなく、「診断」である所以です。人間の生理的反応と、膨大な統計から「診断」は決まりますので、セラピストの個人的見解はなるべく介入しないようになっているのです。 だから。。。。「ええっこんなこと言っていいの~っ」てことも、言わなくちゃいけません。しかも、英訳のテキストですから、なかなか言い回しが難解。テキストを読んでいる最中、みんな顔がとなっていきます。 わたしも、最初受けた時には、「うーん」と思いました。 でも、時間が経つと・・・恐ろしいほど腑に落ちる・・・自分が抱えていたもやもやが、明確で容赦ない言葉となって理解できる。 「ああ・イタイ」 1回のカウンセリングで、読み上げるテキストのコメントは膨大な量です。でも不思議と、必要な分は覚えている。これは、セラピーでも同じですけどねその時、1番必要な言葉は、ちゃんと頭にとどまっているのです。 だから、後になるとわかります。 特に、リュッシャーは、後になって「必要な痛みとともに、今、必要なことがわかる」のです。 というわけで、マイブーム全開のリュッシャーカラーテスト。 ただいま、カラーセラピーご予約のお客様で希望者の方に、無料でおつけしておりますすでにご予約もいただいておりますが、これを機に、カラーの世界の奥深さをより多くの方に体感していただければ幸いです 詳細は、HPをご覧くださいませ~ カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA ホワイト・ターラ
2008.05.10
先ほど、茨木入管に収監されていた友達から、電話がありました。そう・・入管は制限はあり高いものの、一応電話はできます。携帯だと5分100円とか言っていたかな忘れたけど・・。 ここ2日ほど、タイミング悪く電話に出れず留守電が入っており、昨日の留守電には「ビザ、下りた」という一言だけ入ってました。おおよかった。これで帰れる概して中国人は日本語の下手な中国人はかな。留守電を嫌います。よって彼女なりに、がんばったのでしょう。が、もう少し愛想とか欲しいものです。 先月捕まってから、約4週間。入管の人は3週間と言っていましたが、彼女は、「ゴールデン・ウィークもあるし、他の入管者に聞いても、多分4~5週間以上ね」と言っていたので、まぁ早いほうなのかなぁ 今朝は、「非通知」が鳴った瞬間に、あたしは電話を取りましたよ。「わい~ (もしもし)」「お、わたし。わたし、これから成田行くよ」そう。強制送還の場合、数日までに成田に行き、施設に収容され、その後送還という流れのようです。施設外で国内にいる時は手錠をかけられるらしく、面会に行った時、「ひどいよ日本人成田行くも、あたし手錠つけるよ」と言っていたので、「見に行く。何時の便?」と聞いたのですが、月曜発しか聞いていないそうで。てゆうか見送りはだめらしい。でも、よかった。ここまで来たら、少しでも早くあんな場所から出てほしい。「だから、もうここ来るだめよ」先日出した手紙で、時間があればまた面会に行く旨、欲しいものはないかということを書いていたので、彼女はそう言いました。「あったりまえじゃんあんたいないのに、あんなとこ行かないよっ」長話はできないので、彼女と日本で話す最後の電話は、それで終わり。 そしたら、彼女が先日(まだビザの支給がされていない時)出した手紙が、配達されていました。冒頭に書かれた文・・・「前日面会にきてもらった、ありがとうございます!いち番たのしいがった」下手な日本語ですが、そう言ってもらえてあたしも嬉しい~。できれば、もう1回くらい行ってあげたかったけど、次は中国に会いに行こう。 と思っていると、別の中国人の友達から電話。「わたし6月帰るよ~一緒帰る????」ええええ~6月ですかっちと急なんですが。というかうざい北京五輪終わってからにしようよ~ ということで、いま悩んでいます。本当は、ブログ書く以前に、オーラソーマ論文の最後の仕上げと、リュッシャー試験をやらなくちゃならないのに・・・・。心は福建~。
2008.05.09

なぜでしょう。。。。昨日の夜、家に帰ったら、本棚(重くて、あたし1人では動かせない)の下に、数センチかませておいたラグが、飛び出しておりました。。。 ラグが、動いた????本棚が、動いて、ラグだけおいてまた戻った???? なぞです。・・・でも、最近どうも家具が鳴って仕方がない。動きたかったのかな? でも、ど~すんのよ、こんな半端な状態になったラグ
2008.05.06
先日から、個人的に盛り上がっているカラーテスト。今日は、友達にやってみました。・・ホントはまだ講習が残っているんですが。まぁ、実際やってみるのが1番覚えますから「まだ、受講途中だからねっ」と言い訳しつつ、遊びに行っていた自由が丘のカフェの片隅で、おもむろにリュッシャー本を取り出すあたし。カラーセラピーと違い、手軽でいいなぁ。 この友達、最近、付き合っている彼が心の病系と判明。まだ、病院に行ってはいないんですが。テンションがかな~りヤバい。あたしは昔から、心の病を抱えた友人が多いので、できるアドバイスはしていたのですが、彼女、彼を癒そうとすご~く頑張っていましたそれはもう、ほとんど幼馴染といってもいいようなあたしが、「えええ~っ、あなたって、そんな優しいのっ」と驚くほどに。でも・・そんな彼女、彼と連日電話し、会って慰め、その緊張の糸がふと切れた先日、猛烈な頭痛で寝込んでしまったのです。「知恵熱??」とあたしが笑うほど、それは突然でした。・・・滅多に頭痛なんか起きないらしいんですが。 そんな彼女のカラーセレクト。終わった瞬間に、かなり受けました。リュッシャーのテストは、基本4色のブルー・グリーン・レッド・イエローを、さまざまな角度からセレクトさせ、今1番必要な欲求(つまり、それが欠けているから、それを欲している)や、今、1番拒絶していることなどを出していきます。彼女は・・・・どの角度で選んでも、見事にグリーンを全面的に拒絶していました。基本4色のほかに、グレーやブラックなどが入る場合もあるので、これはかなり珍しい。そして、グリーンの意味は・・・・「緊張」。(まぁ、尊敬欲求とかもありますが)「ちょww。これ、全面的にもう緊張とかいやですぅ。拒否~だよ。彼を癒そうとがんばりすぎてたんじゃない?てゆうか、頭痛は本当に知恵熱なんじゃない?」「そうかも・・・だって、すっごい気を使ったもん・・・」頭痛のエキスパートのあたし的に、彼女の先日の頭痛、どうやら緊張型頭痛のようです。そう、極度の緊張が解けた瞬間に起きるというww。 そんな彼女の優しさに感涙しつつも、いまさらながら、「色って、本当に心を映し出すんだ」と感心。ちなみに、カラーセラピーはいまいちな彼女。カラーテストはその他の項目でも、思い当たる節が多かったみたいで、「またやって」とのことでした。「彼にやってみたい・・・・」とも。そう、あたしも是非やってみたい。リュッシャーは統計的に、うつ病・統合失調症などになりやすい傾向のパターンなど、すべて統計を出していますので。こうなると一刻も早く、あたしの知る限り、今一番イカレている人の多い街、中華街に行き、大量にデータをとりたいものです カラーセラピーでのグリーンは、ハートの色・真実の自分自身・バランス・調和・共同・中道・・など結構ほんわかした感じのものが多いのですが、カラーテストになると、グリーンの大きな意味は「尊厳欲求」=アイデンティティや、自己価値となります。あとは「緊張」「頑固」「収縮」と、かなりお固くなります。でも結局、自身や周囲とのバランスが崩れれば頑固になるし、ハートが収縮すれば緊張しますし、自分自身は尊厳されること、自己価値に深くかかわります。ただ、リュッシャー自身にカラーセラピーのことを言っても、相手にされないらしいです なんかまた、カラーの奥深さに気づきました
2008.05.04
最近・・エコール・ド・メチエ東京校の「カラーアテンダンスコース」に出ております。て、すぴこん出て、茨木入管行って、昨日、今日ですからまだ2日ですが。 このコース、なにを勉強するかと言えば、プロフェッサー・リュッシャーのカラーテスト。いわゆるロールシャッハ・テストのように、色と形の生理的・精神的反応の膨大なデータをもとに作られた、色によるテストを施行する勉強をするわけです。まぁ、セラピーというよりは、精神分析系ですね。うつ病や統合失調症の患者が多く選ぶ傾向とか、全部データがあります。 カラーセラピーとは、色の象徴言語を用い、クライアントとのカウンセリングによりエピソードを作るわけです。そしてエピソードから、トラウマや問題点、パーソナリティーなどを読み込みます。しかし、カラーテストは「エピソード不要」の鉄則があります。なんたって統計ですから。この色を、ここに選んだら、こう。なのです。 これがまた、実に詳細に複雑に読んで行きます。そして、めちゃくちゃ当たる。当たるという言葉がおかしければ、その人が浮き彫りになる。もちろん、わたくしはそんなスキルはまだございませんが、カリスマ橋本大先生(メチエの主催者であり、オーラライト・アヴァターラ・センセーションの日本代表であり、その他もろもろ、すごすぎてよくわかりません)のリーディングは驚異。うかつなオーラリーディングなんかメじゃないほど、よく当たる。。というか、読める。 しかし、セラピーは右脳的なものなのに対し、カラーテストは超左脳。実は、セラピーに役立つに違いなしと思い受けたのですが、ま逆・・というか、セラピー的思考が邪魔で邪魔で・・・ww。その両方を自在に使いこなす、橋本先生が、どれほど驚異の人か さてこのリュッシャー、あたしが習っているのは1番ベーシックで1番難解なやつですが、この応用編に、カラーオブラブというコースがあります。ピンク・オレンジ・ヴァイオレット・レッドというカラーカードを、並べるだけで、今までの恋愛傾向が分かる、という、かなりライトな感覚のものです。以前、開講した時誘われたのですが、断固断っていました。・・世の中には、知らない方がいいこともあるのです。。。でも、今日橋本先生に強引にやられてしまいましたすると・・・・わぁ~、なんでなんで、1番知りたくない部分が浮き彫りにっそれまでのカラーテストの結果でも、なにかとニヤついていた大先生、ついに一言。 「だから、だよwwww」 ひゃー神業のリーディングで、あたしの何を読んだのでしょうっっそりゃ今までさんざん、「分離・・・人と離れていたい」とか、「安定した人間関係を拒絶する」とか、「一定の場所に留まらない人間関係」とか出てますけどっ。そして、カラーオブラブでは、「心の交流」が最後でしたけどっ。(では、なにが優先だったかって話なんです)「これは、過去(の恋愛)ですからっっ 」と反論しましたが、先生は髭をゆがめて笑うだけなのでありました。。。。。 でもカラーテストはほんと、お勧めです。カラーセラピーも、「実際に自分で選んだ色で、目の前に見えている色を」読む。という行為が、オーラだなんだよりすごいよなぁ、と思っていましたが、これはより論理的です。そのぶん、現実的で容赦ない結果が出ますが。そしてあたしは、覚えるのは不可能と思えるこのシステムの復習をし、課題をやらねばならないのですが、今、ブログを書いてたりして。。だって本当に難しいんだもん。 これは、あたしの中で傾向が強い、イエローの現実逃避ってやつです。ということで、セラピーで活用していた右脳を、少し沈静化することから始めます。いや~左脳もなかなか、捨てたもんじゃないですね。
2008.05.02

東日本入国管理センター(茨木入管)〒300-1288茨城県牛久市久野町1766番地 029-875-1291面会日・・・・・・・・・・・月曜日~金曜日(祝日は不可)受付時間・9:00~12:00 13:00~16:00 まずは常磐線の牛久駅へ行かねばなりません(あ、お車の方は、入管のHPで)牛久駅東口に出るとロータリーがあります。ファミリーマートはありますが、もちろん、ドトールもマックもございません。(ちなみに手ぶらだったあたしは、このファミマで差し入れのお茶やお菓子を購入・・・がしかし ) バス停は1・2・3番ありますので、1番の牛久浄苑行きに乗り、「農芸学園前」で降りると、入管に行けます。牛久浄苑行き9:4011:3012:5513:5015:20 ・・・・以上。すごいでしょ、こわいでしょ。2008年4月現在はこうなってます。15:20が最終って、どうなの・・? 「農芸学園前」までは20~30分。後ろ乗りの前払いです。これも、都内では見ないなぁ。農芸学園前で降りれば、大きな看板が出ています。周りは田園風景・・軽くwww これは反対側の牛久駅行きのバス停の時刻表です。・・・・白っ。「東日本」の入国管理局に、車以外で来て帰る唯一の方法が、これ。 こんな道を歩きます。今日は天気が良かったからいいけど。雨だったら精神的にきついなぁ。5分も歩かず入管です。見渡す限りの唯一の建物。アウシュビッツまでは言わなくとも、「ああ・・なんだってこんなとこに」って気持ちにはなります。はい。1階奥が、面会受付です。まず番号札をすかさず取り、書類を書きます。名前・続柄・差し入れの品と個数。忘れちゃいけないのは、免許証やパスポートといった、自分の身分証明証。・・・・で、後はひたすら番号を呼ばれるまで待ちます。トイレの前にテレビもあるし、外は喫煙コーナーもあります。外の芝生で寝てる人もいたなぁ。ここで、「東日本入国管理センター」のパンフ発見中には、あたしが探し求めたバスの時刻表が載っている。・・・・ここまで来る前に公表しろよ~しかし、壁にはベタベタタクシー会社の電話番号も貼ってあります。電車→バスで来る人も多いんですね。・・・で帰りのバスがなくなり、タクると。もちろん、前にも何台かタクシーがいました。そりゃ、この時刻表じゃ諦めるよな。ただ、こういう場所に来る人々の中には、そう裕福じゃない人も多いと思う。どうにかしようよあとは、最悪30分歩いて「団地中央」というバス停に行けば、19時まで2本ずつバスがあります。そこまでの地図と、時刻表もパンフに載ってます。そこまで歩かざるを得ない人も多いってことだよね。面会受付16時までで、バスが16:14まではおかしいよね。 さて、郵便局のように、ようやく自分の番号が呼ばれたら、身分証と、記入した紙を持ち窓口へ行きます。しかし、そこで新たな事実がっ横浜入管では、生モノ以外の食べ物の差し入れはオッケーでしたが、ここでは館内の売店から差し入れないとダメだそう。あたしがファミマで買ったお茶やお菓子は・・・そういうことは、HPに載せてよ~。ま、公的機関のこの手の話って、ほんと場所によって違うから嫌なんだけど。。。こんな大量のお菓子とお茶、どうすんの。。 その後、再び待ち時間です。まぁ、いろいろな人がいるので、あたしのように1人で行っていれば、お友達になってしまうのが早いです。友達?いやお話相手ですねww。その間にも、係りの人が受付を済ませた人の番号を呼び、鉄の扉の向こうに連れて行きます。受付よりは、この方が早い。・・まぁ30分の面会が20分に短縮されていたからかもしれませんが。ちなみに、もし夫婦で入っている場合、夫婦面接が可能です書類申請時に伝えてください。あたしはそんなこと知らなくて(どこにも書いてないし)、直前に人権団体の方に聞いたので、係員に掛け合いましたが、ダメでしたあたしはもともと旦那の方の友達でしたし、別々に入っているなら、せめて面会の間だけでも一緒に逢わせてあげたかったけど。。。。ごめんよぉ。そういうの、なんで教えないんだろう。本当に不親切だよね鉄の扉の中は、10畳ほどの部屋でロッカーがあります。携帯・カメラだけロッカーに入れ、もう1つの扉を開けると、殺風景な廊下にドアが並んでいます。「★番の部屋のドアを開けてください。電気をつけて」と言われるままに、勝手にドアを探し、スイッチを入れ、パイプ椅子と透明な仕切りのある、まんま留置場と同じ面会室で待っていると、やっと向こうのドアから面会相手がやってきます。あたしは家を出てから、この感動の体面まで4時間以上かかりましたね~一見、隠しマイクやカメラは見当たりませんが、どうなんでしょうね。時間が来ると、相手側のドアから係員が来て、連れ出されてしまいます。1人でそんなとこにいても仕方ないので、あたしも出て、勝手にロッカーから携帯を出し、帰ります。これが入管入口です。全景撮りたかったけど、人がいて。まぁまずいとまずいので、やめました。ここで周さんにナンパされましたので、もしタクシーで帰りたいのなら、誰か待っていれば捕まるかも・・ ちなみに、手紙は出すのも、出されるのもオッケーです。差し入れも、新聞や衣服など、食糧以外ならそう厳しくはないようで。なんだかんだいって、11:00前に都内の家を出て、戻ったのが18:00過ぎですから、(しかも帰りはバスじゃないので、バスならもっとかな)1日がかりですね。会えたのは20分ですが。 ということで、電車で行く茨木入管はこんな流れです。遠いところを、会いに行くのだから、この程度の情報提示をしてほしいものです。
2008.04.30
昨日は、東京すぴこんin両国、WAC&WHITE-TARAのブースにお立ち寄りいただいた皆様、ありがとうございま~す!・・が、お礼はHPにまかせて。。。 今日、横浜から、茨木にある東入国管理センターに移送されていた友達に、会いに行って参りました。場所は、茨木・牛久。うしくって・・・どこよ大仏があったよなぁ。 ということで、ネットで調べまくったのですが、牛久から、入管までのアクセスがどうもわかりませんバスは、ある。でも牛久駅から、1日5~6本らしい。帰りのバスも同じで、16時台が最終。・・・東京育ちには、ほとんど恐怖です。だからこそバスの時間を調べて、逆算して行きたいのに、それが出てこない。古い情報ならあるんだけど、うちの近所のバスは、よく運行時間を変えるので、万が一変わっていたら、目も当てられない。ということで延々探し、ついにはバス会社に電話し、調べてもらいました。1日5本しかないのなら、入管のHPに載せるべきだと思いますが。というか、「東日本入管」ですよ。1日5本て、少なすぎませんか?HPには、車で来る場合の地図しかない。まるで車のない奴は来るなと言わぬばかり・・・面会者に不便な場所に建てたのかもしれないと勘繰りたくもなります。民間だったら、シャトルバスとか出してますよ、きっと。 そんなこんなで着いた入管は、すでにインド人・ブラジル人・中国人・・乳飲み子を連れた若妻から、大家族まで、さまざまな人たちが待っています。面会時間は13:00から16:00。13:30分頃についたあたしは、延々待たされ、15:00過ぎにようやく会えました。が、今日は混んでいるという理由で、通常30分の面会が20分に減らされました。真っ白な小部屋でパイプ椅子にすわり、アクリル板越の面会時間・・・て留置所と同じじゃないかぁー。さすがに会話を筆記する係員はいませんでしたが。 友達の収容の部屋は8人部屋だそうです。モンゴル人、韓国人、中国人と雑多な人種のタコ部屋です。テレビはあり、19時までは見れるそうです。消灯は22時。横浜では週2日しか入れないシャワーは、週5日入れるそう。ただ、男女別部屋なので、夫婦で捕まっても、旦那には会えない。話すこともできない。食事は3回出るけれど、朝は卵と牛乳・パン食で、昼と夜は弁当。横浜入管の人は、茨木は設備が良いので、茨木に移送すると言っていました。確かに、横浜よりはきれいらしいし、運動場もあるらしい(監視カメラつき)。でも、ここに友達が3~4週間いると思うとしかも、彼女たちはただの不法滞在者ではなく、残留孤児の子供としての申請中なのに。 と思うのですが、世の中まだまだ、ひどいことがあるのです。待合に目立つ、数人の女性たち。彼女たちは、人権団体の方々です。確かに、茨木入管を調べている時、そういう団体がさまざまな抗議をしていることは見て、知っていました。あたしの友達は、「日本滞在数年に渡り」「親族も多く日本にいて」「弁護士もいて」「中国にも家族がいる」わけです。しかし、人権団体が相手にしているのは、多くは「難民」と呼ばれる人々です。お金をかき集め、命の保証をしない祖国を飛び出し、成田につき、難民申請をした人たち。その人たちが、ここに多く収容されているそうです。日本の難民受け入れ姿勢が、先進国として最低なのは知っていましたが、数年前には「返したら殺される」とわかっている難民を、そのまま強制送還したこともあったそうです。強制送還されなくても、そのまま法務省の認知を待って、数年間ここに押し込まれたままの人々も多いそう。「もうね、ずーっとここに入れられて、気が狂っちゃう人もいるのよ」「病気で死ぬ寸前に、ここから出された人もいたのよ」・・・・・こんな辺鄙で、友達ですら会いに来るのに二の足を踏むようなところに何年も? 彼らは、不法滞在ですらなく、日本円を不当に稼いだことも、犯罪を犯したこともなく、平和な日本に、命の保証を求めて逃げ込んだだけ。それが、こんな冷たい壁の中にずっと押し込められ続けるのだそうです。夫婦で来ていても、会うことも、不安を分かち合うこともできません。もしかしたら祖国に、先に日本へ行き、かならず呼ぶからと言い残した家族もいるんじゃないかと思います。まさか、日本の土も踏まず、日本語もわからない、今どういう状況で、いつ出られるのかもわからないまま、押し込められるなんて想像もしていなかったでしょう。そんなことを何年も続けられたら、おかしくなりますよね。「日本は、恥ずかしい国です。人権という意味では」ホントに。。この団体の人たちは、そういう長期抑留者に面会に来て、調子はどうかと様態を気づかい、外の情報を教えてあげているようです。この陸の孤島に、1度来たら時間が許す、会える限りの人たちに会っているんじゃないかな。(何度も面会申請していたので)もし、自分が抑留者だったら・・と思うとぞっとします。言葉も習慣もわからない国(でも、助けてくれると信じた国)で、右も左もわからぬまま入管にぶち込まれ、同室になる各国の人々が、次々と出て行くのを見ながら、数年を過ごす。。こういう団体の人々がいなければ、相談する人もいない。弁護士をつけてくれる人もいない、情報も教えてもらえない。そして何より、異国の地の壁の中で、面会者の1人もいないままに時間を過ごすのは、・・・想像するだけでぞっとします。 「だからね、こう言ってはなんだけれど、お友達はまだ・・」そう、まだマシなんだと思いましたね、さすがに。友達本人は、「日本、ひどいくない 」とあたしに切れてましたが う~ん、まさか日本にわずかいる、チベット難民、天安門事件の関係者たちにも同じことしてたんじゃないだろうな。それには何年かかったのかなぁ。知人に、カンボジア難民の人がいるが、やはりこういう経験をされたのだろうか。何も言わないけど。なんか、日本人として、恥ずかしいですね、本当に。「ここを、アウシュビッツと呼ぶ人もいるわ」「陸の孤島」という表現は、どこかのHPで見たけど。。アウシュビッツかぁ。 ただ、入管職員の人たちが、すごく態度が悪いとかじゃない。いや、むしろいい。でも、これは「国のきまり」なんですね。まぁ、あたしは特定の団体さんの名刺をもらったわけでも、名前を聞いたわけでもない。ただ今日聞いて、感じたことを書いているだけなので、実際にジャッジできるほどの情報があるわけでもない。でも、彼女たちの言葉と、行動、そして入管側のなんともいえない敷居の高さが、かなり・・・日本の人権意識の低さを感じさせたのは確か。そして、日本の先進国の中の難民受け入れ数が最下位なのも、事実。 ちなみに帰り、煙草を吸っているあたしに、「帰る?お姉さん一緒、帰る?」と言ってきた女性がいます。・・・おお、あたしの好きなイントネーション。もちろん、中国人。周さんという彼女は、お兄さんとお兄さんの娘が捕まって会いにきたそうですが、タクシーで一緒に帰ろうとあたしを誘います。どうやら、バスの時間やらバス停がわからず、駅からの往復はいつもタクシーだそう。「はぁ?まだバスあるよっ!お金もったいないよ!」(バスは470円、タクシーは3,4千円)とバスの時刻表を持たせ、2人でバス停目指して歩き出しました。日本人のあたしですら、わからないこの僻地。異国人ならそりゃタクシー使っちゃうよな。 すると、後ろから来た車から、「どこ行くんですか?」と声が。やはり待合にいた女性2人が、よかったら乗って行けと誘ってくれます。「え、駅行きますか?」「駅の手前まで行きます。あ、いいか、駅まで送りますよ」なんと見ず知らずの方に、見ず知らずの人と、牛久駅まで送っていただきました優しい~!もちろん、全員塀の中の知人に会いにきたわけで、なんかあの重い雰囲気から脱出できた「共有した輪」みたいなものが、あったような、なかったような。。でも、抜けられない人が、あの中にはたくさんいるんだな。。。。。そして、その人たちのために、活動している人たちもいる。 あまりにアクセスが不安なので、茨木まで行くのを迷っていたのですが(都会育ちには、未知の不便さだったもので)、行ってよかったです。ということで、万が一、茨木入管にお知り合いが入られた場合、困る方も多いと思いますので、連投してアクセスと、こまかな決まりをアップしておきます。もし、それを見て、「ああなるほど、なら会いに行こうかな」と思ってくださる方がいたら、嬉しいな~
2008.04.30
高野山に奥の院というところがあります。お山の中でも「聖域」と呼ばれるこの地帯、奥の洞窟?にはまだ「弘法大師」が生きているとされる室があり、維那と呼ばれる僧が、毎日2回、食事を運んでいます。・・・・という話を聞いた時、な~んて素敵な話だろうと思いました。端的に言えば、空海が中にいるわけがない。でも、1000年以上にわたり、高野山の中では日常のように行われているのです。ああ、信仰って、こういうことを言うんだなぁと感動しました。「信じる」ってこと。 ということで、最澄派で比叡山好きのあたしですが、まだ行ったことのない高野山、ひそかに憧れておりました。「ロケット」とか「白アリの墓」とかあるようですし。その奥深さというか、懐深さが、密教だよねぇ~。さすが理趣経を認めた宗派 がしかし。うちの両親が以前、高野山に行った時のこと。奥の院のあたりで桜の木の写真を撮ったうちの母を、ガイドの僧が怒鳴り飛ばしたらしいのです。いわく、ここは聖域いなので、写真なんか撮るな。と。その決まりが、本当にあるのかどうかは知りませんが、そうだとしてもツアーで行っている観光客。事前に知らせておくべきだし、他の人たちも知らずに撮ろうとしていて、かなりびびっていたらしく。 なんか、せっかくのイメージが台無し~しかも、空海のいるという地下、廟までは行けないにせよ、その手前までは行けるそうです。迷路のような地下室を歩いていくらしいのですが。そここそ出入り禁止にして、外では写真ぐらい撮らせてやれやと思いますが。 空海が、唐に渡る前に実践していた雑密は、修験道と融合してはいたものの、アミ二ズムとシャーマニズムをごった煮にして、神道を振りかけたような、呪術的なものでした。そのごった煮感覚を、空海は生涯、持ち続けていたように感じます。帰国後も、嵯峨天皇の前で、大日如来に姿を変えたとか、なかなか顕教の僧や、最澄のような生真面目な人にはできない芸当をさらりとやってのけています。それをやってのけた(もしくは、それが伝説として残るほどの、カリスマ性・呪術性を持った)空海は、やはり、呪術的ではったり過剰な、雑密的感性を持っていたんではないかと。惜しいのは、彼がもっと遅く生まれていて、インドで最盛期を迎えたタントラ密教に触れていたらどうであったかというあたりですが、そしたら、インドかチベットで終世を終えていたかもしれませんね~。それはそうと。そんな空海の・・というか密教の、懐の深さと、潅頂主義(秘密)がミックスされたのが高野山だと思っていたわけです。真言宗じゃない信徒の墓もあれば、企業のPRのような墓もあり、新興宗教もありのごった煮感覚。そして、未だ空海に供物を捧げる僧。(彼らは生涯、廟の中のできごとを話さないそうです)このアンバランスさが雑密的魅力です。さすが祖師のポリシーを守ってるという印象の高野山に、「聖域だから、写真を撮るな」というのが、どうにもそぐわないんだよなぁ。 まぁ、それはそれとして、維那って素敵ですね。即身成仏された祖師に、朝な夕な食事をご用意する役目。1000年以上も、人々がいると信じて行ってきたことなら、廟の中ではなにが起きていても不思議じゃないなぁ。・・・肉体を持った空海がいるとは思わないけど。祈りのエネルギーが、ほぼ密室状態の小さな空間に、1000年以上も集中したら、どうなるんでしょう。すごそうです。もし生まれ変われるなら、そういう「静的な熱」に関わることをやってみたいなぁ。って維那になるのは、とても大変らしいですが。。。しかも、あたしはお喋りだし
2008.04.28
「アンドロメダ・ストーリーズ」という漫画をご存知でしょうか。竹宮惠子女史の漫画で、たしかアニメ化されていて、なんかエライかっこいい女の人が出ててたような。という記憶だけがあったのですが、今日、明らかになりました~ あたしは萩尾望都派でしたので、というか、竹宮惠子は「風と木の歌」がかなり無理だったので(でも、トーマの心臓や、残酷な神が支配するはイケる)「地球へ・・・」やら「天馬の血族」は良作ですが、あまり好きではない。なのに、そのかっこいい女の人があまりにも印象的だった「アンドロメダ・ストーリーズ」だけは、いまだに頭に残っていて、時折頭をもたげてくる。・・・・実は、このタイトルを調べ、思い出したのはついさっき。「イズァローン伝説」とごっちゃになっていて、かつて漫喫で「イズァローン伝説」を読みながら、「おかしいーかっこいい姉さんが出てこないー」と騒いでいたことがありました。 さきほど、夜道を歩いていて、ふと「名前・・イリス?ナリス?いや、イがついた・・」と突然思いつき、ネットで検索をかけた結果、それが「アンドロメダ・ストーリーズ」で、「イル」という名前の女性(というか、サイボーグらしい)が出ていたと判明した次第です。わわわ~足かけ何年?十何年?心にとまってるなんてぇちなみにストーリーはどうでもいいのです。ただイルという女性が、めちゃ印象的で覚えていただけです。そして、その彼女、あたし的にツボな女性・・萩尾望都の「百億の昼と千億の夜」の阿修羅王や、「銀の三角」のラグトーリンに似た感じ。髪が長くて、強い・・・・そしてやや暗い。(いや、重い運命を背負っているのか)このツボは、あたしだけのものかと思っていたら、いるわいるわ・・・ネット上にいる人々、ほとんどの方は「イル」がかっこい~ということで、「アンドロメダ・ストーリーズ」を押しているのでした。。原作は、日本SFの大家、光瀬龍氏。これは、光瀬氏&萩尾女史の「百億の・・」と同じじゃーんと思いきや、竹宮女史は、「阿修羅王のような女性が描きたくて」、イルを描いたそうな。なんだなんだ、めちゃくちゃピンポイントなツボだったから、未だに忘れられなかったのか。調べてみるものです。ちなみに、2ちゃんで昨年7月に「アンドロメダ・・」のスレが立ち、未だにまったりと続いていましたみなさん(←もちろん、読んだ)、あたしと同じようにさまよって、たどり着いたようで、みなさんイルのことが忘れられなかったようですて、読んでないんですけどねもはや読んだような気分です。アニメは24時間テレビでやっていたようです。あたしはそれを観たのかなぁ・・??まったく記憶にないんですが(イルのことしか)。原作も読んだような気が。いやぁ~こういう長年気にかかっていたことが、明確になると気分いいものです。でも、良作だったのにな。なんで竹宮作品にしては、いまいちマイナーなんだろう。(とネット上でも疑問になっていた)もはや、マンガはベルセルクぐらいしか読みませんが、たまには読んでみようかなぁ~。オーラソーマ論文が終わったら。。。
2008.04.27
思い返せば2年前から。夜中に不審な物音がします。それは深夜2時・3時頃からはじまり、4時頃には終わるのですが。。。。 あたしの部屋は2階にあります。ベッドの横の窓の下は、舗装されていない私道で(幅1mほど)、私道を挟んで裏の家があります。そして深夜。「ガサ・ガサガサ・パキッ・バキッ」という音が、窓の下で延々と続く。猫?でも、1時間も一か所にいるのは変だし、鳴き声のひとつもしない。しかも、音からすると、結構な重さがないと変だし。 家に塀はなく、私道にじかに接しています。壁に沿って、申し訳程度に木は埋まっていますが、食べるようなものはないし、動物が寝床にできるような状態じゃない。向かいの家は、2畳くらいのスペースを植え込みにしていて、そこそこの花や木を植えています。植え込みは、あたしの部屋の斜め下ですから、音がするのはそこかもしれない。毎日というわけじゃないけど、延々と得体のしれない「何か」が動き回る音を、深夜に間近で聞き続けるのも気持ち悪い。あ・もちろん、起きていれば、ですが。 なぜ、今までカーテンを開け、見る気にならなかったかといえば。。まぁ、今までの経験やらなんやらで、よからぬモノがいたらどうしようとww世の中には、知らず・見ずのほうがいいことも、多々あるよなと でも、昨日の深夜2時半、いつもの音が聞こえてきて、ふと気が向いてま、いつかは見てやろうと思ってたので。カーテンを開けてのぞいてみました。 そしたら。。。。。。。 なんと、赤っぽい柄シャツを着た、おばさんパーマの小太りの女性が、植え込みにかがみこみ、なんかしています。(後ろ姿です)はぁ~裏のおばさんつか、この深夜に、なにっっっなんなんでしょう。裏のおばさんは深夜になると植え込みに屈みこみ、1時間も2時間も、なにしてんでしょう・・しかも、2畳ほどの広さしかない、狭い場所なのに。そして、この私道は、裏に住んでいる人しか通らないので、街灯も1本しかないのです。こんな暗い場所で、どういうことだ、おい。「なんだよー変なオチだなぁ」その日は、その音が30分ほどで消えたのを確認し、あたしは安心して寝たのでした。 朝になり、窓から植え込みを覗いてみたら。別に葉っぱも花びらも落ちたままだし、特に綺麗になった様子もありません。うちは裏に土地を貸しているので、地代を払いに毎月きているはずですが、様子がおかしいという話も聞かない。????????まぁ、いいや、人間だし という話を、今日友人にしました。「うっそーその話おかしいよ、変だよ顔見たのっ」「見ないよーあたしが見てる間、ずっと後ろ向きだったもん」「それ違うよ、絶対おかしいもんだってその人、深夜になにしてたわけよ」 友よ、なにが違うのあたしは、裏の変わったおばさんの話したいだけなのに。 「ねぇねぇ、お宅の土地って、ヒーラーや霊能者になんて言われたんだっけ?」「ああ、首がない死体や、腹切られた死体が埋まってるって。でもさ、そんなのうちだけじゃないでしょ。そこら一帯でしょ」「・・・・・ふーん」「・・・・・あ・探してたのかな。。。。。って、きゃーなによ、なんなのよっっ」「自分でいま言ったんじゃん首っ?首探してんじゃないのっっ」「やだー急に怖くなったじゃーん、ばかばかばか」 ・・・・しかし、冷静に考えれば赤い柄シャツ着て、おばさんパーマで小太りな霊って、緊迫感ないというかなんというか。やっぱり、あれは裏のおばさんなんだまぁ、奇怪な点は多々あるものの。・・・・と納得しかけて、ふと気づきました。裏のおばさんて、あたしは全然見かけてなかったけど、今はもう、年の頃なら80過ぎなはず。後は、独身の息子が1人。あたしが見た人は、後ろ姿ながら、とてもそんな高齢の女性ではなかった。もちろん、おじさんでもなかった。ええええーじゃあ、あの人は誰っ ということで、単に奇妙な近所の住人なのか、なんなのか。今日も気づけば、こんな時間今日音がしたら、どうしよーかなー覗こうかなーまぁ、覗くんだったら今回は最後まで、おばさんが最後、どこに帰るのかまで確認しないとね
2008.04.16
最近なんか微妙な我が家。そうですねーラップ音は激しいけど、もともと激しいから。だからって、チェストが1日中「バキバキメリメリ」と鳴ってるのもどうかなぁ。中になんかいるのかと思って、全部開けて確認しちゃったくらい。・・いなかったけど。いっそチェストが崩壊するのかと思ってたけど、翌日からは無音。何事もなかったように静まり返ってる。あとはまぁ、数年振りにお香の灰がうねうね曲がるとか・・・。夜中3時から4時まで、窓の外で不審な音がずーっとしてるとか・・・。でもまぁ、気にしててもしょーもないので、いつも行く整体の先生に、塩と酒にエネルギーを注入していただき、今朝家の周りに撒きました久々の晴れだし 家の中がナニな場合、家の周囲に塩と酒を撒くといい・・らしい。かつてお世話になった霊能者さんは、家の周囲と水場すべてに、2週間毎朝塩を捲けって言ってたし。てことで、元気に塩を捲いていたら・・・嫌なことに気づいてしまいましたーっ 一か月ほど前、あたしは夜中1時頃に階下の居間に行きました。真っ暗なので電気をつけ、奥のキッチンに行こうとしたのですが、電気をつける寸前、キッチン側の出窓から、男の顔がのぞいていたのです。電気をつけた瞬間、男の顔は横にずれ、視界から消えました。???????泥棒か?霊か???一瞬、行方を確かめようかとも思いましたが、1階の出窓以外はシャッターが閉まっており、男の行方を確認するには、玄関から外へ出るか、2階へ戻り窓から見下ろすかしかありません。一応、その後2階に戻って、窓から見ましたが、当然誰もいませんでしたねー。 ということで、なんとなぁくは気になっていたのですが、塩を撒くために、家の裏に行った時(裏は私道・・露地になっています)、出窓の位置が、あたしが思っているより高いことに気づきました。床が結構上がっているらしく、中からだと窓の位置が低いのですが、外から覗こうとしても・・160センチに満たないあたしじゃ全然覗けません。「・・・あれぇ???」中に戻り確認すると、あたしが男の顔を見た高さって、身長190~2mくらいないと、届かないーああああーせっかく不審者・泥棒のラインで行こうと思ってたのにぃぃぃ。いやまて、2m近い身長を持つ不審者という線もあるか 大量に塩と酒をばらまきましたけどねー。どうしてくれようかしらん
2008.04.12
さきほど、横浜入管から電話があり、あたしの親友が拘束されたと聞かされました。彼女の旦那さんのお母さんは残留孤児。日本へ帰国し、お母さんと次男・長女はすぐ永住権を取れたのですが、長男である友達の旦那さんは、当時すでに二十歳を越えているという理由で許可が降りませんでした。なぜ、二十歳過ぎていると許可が下りないのか?もう大人だから?? 弁護士を雇い、延々と裁判を続け、DNA検査までさせられ、入管の返答に一喜一憂しながら暮らし、ついに今日、仮滞在の許可の必要なし。ということで拘束。 彼女たちは、月1回入管に通っています。申請は、入管の手を離れ法務省にゆだねられているという話でしたが、とりあえず入管に行き、さまざまな証明をし、情報も得なければならないから。今日も、いつものように入管に行ったら、その場で拘束されたそうです。このまま数日横浜入管にいた後、茨城入管に移送され、強制帰国となりますが、その間、引っ越し・かたずけをする自由も与えられない。「弁護士は?弁護士になんとかしろって言えば、ちょっとぐらい外出れないの?」彼女たちはいわゆる不法入国・不法滞在の人間とは違います。「こういう身分で、こういう人間ですから、日本にいることを認めて下さい」と、法に訴えていた人間です。「たぶん、そういうのできない。今までそういう成功した例ない」「だって、突然もう出られないって言われたんでしょ?そんなのおかしいじゃん」なんだよーこの国は最低限の人権を認めないわけ?彼女から電話を変わった入管職員に聞いてみました。「こういうのって人権的に問題ないんですか?せめて1週間前に通告出すとか。いつものように入管に行って、そのまま拘束なんて、おかしいですよ」「いえ、通達を出すと、そのまま逃げられますから。そもそもが今までは「仮」滞在許可ですので、その許可をもう、下ろす必要がないということですね」なるほどね。いつ拘束されてもおかしくない前提で、今までいさせてやっただけ。ということか。彼女たちは逃げない。でも、事情が異なる不法滞在者・国から借金を背負ってきている人たちは、逃げるしね。結局、突然拘束→強制送還が、一番効率がいいわけです。でも、効率だけじゃ割り切れないこともあるわけで。「じゃあ、入管で3週間ほどいて、強制送還になるんですよね?」「ですが、設備上の問題で、茨城に移送されますので、ご面会はお早目に」「えっ、茨城?それはいつ?たとえば横浜入管に電話すれば、移送されたかどうかは教えてくれるんですか?」「いえ、それは言えませんので・・。本人の方に、いつ移送かは決まり次第言いますが」これって、留置所から拘置所へ移送されるのと同じだなぁ。もう、犯罪者なんだ。 お役所仕事なので、画一化されてしまうのは仕方ないけど。そして、いつか来る日なんじゃないかと、当人たちも、周囲も覚悟はしていたことだけど。現実化してしまうのは、辛い。彼女からはいろいろなものを貰った。「疲れた!」ってホントに疲れた時に愚痴れたのは、彼女だけだったし、機嫌悪い時、八つ当たりできたのも、彼女にだけだった。あたし、甘えているんだなぁ。っていつも思ってた。でも今、あたしができることは、せいぜい面会に行くことぐらい。「福建、遊び来てよ!」そう言われてしまったので、北京オリンピックがはじまる前に、食指の動かない福建に一度行って来ようかなー。こういう時は本当に、日本人としての無力さを感じます
2008.04.11
今日はすごい嵐だったみたいですねー他人事のようなのは、天気予報を見て、せっかく大雨なら、火曜はなにがなんでも、家から一歩も出ずに論文を書こうと心にきめ、ひたすらパソコンに向かっていたからです夜のニュースで見ましたが、電車のダイヤも狂いまくりだし、通行人の傘は曲がっちゃってるし。。あらーすごい天気だとは思ってたけど、下界は大変だったのねぇww。かなり上から目線でなんですが、今までひたすら、台風の日も大雪の日も、死ぬ気で仕事に行き、最後まで働いていたので、今日のように家にいられる悪天候の日は幸せを感じます我ながら、心小さいですけどね 今書いている論文は、オーラソーマのレベル4修得のためのものですが、質問が設定されているパート1と、自由課題の論文とがあります。両方で35000字ほどのものを提出しなければならないのですが、論文の課題を、ついつい流れでチベット仏教を選んでしまったので、今、頭の中がチベット三昧です。もともと、「色彩と文化」という設問で書こうと思っていたのですが、こんな深いテーマ、論文でいけるじゃーんと思ったのが間違いのモト。結局、光の粒子説やら波動説から量子力学なんて設問は、本読んだって理解できませんから深くは突っ込まないのですが、チベット仏教なんてもともとが好きだったんだから、いざ書くとなると何冊の本を読んだって足りませんで、チベット三昧ついでにクリアでひとつ。。チベット仏教のニンマ派で、ゾクチェンという教えがあります。この教義は「心の本性を知ること」「原初の完全な境地にとどまること」、を目指すものですが、生きながらにその境地を得たものは、「虹の身体」を得ることができます。「虹の身体」・・・素敵ですねー是非あたしも欲しいです。しかし、大昔読んだ本で、中沢新一氏が述べておりましたが、中沢氏が見た尼僧の「虹の身体」は、爪と髪だけを残しすべてが消えうせていたらしいです。どうやら、物質的肉体なんて不要になり、クリア・ライトとともに浄化されるらしいのですが、その時不浄な髪と爪だけは残されてしまうらしい。あまり、そそられません。当時は「なんでー?なんでこれが虹なのぉぉぉ???」とめちゃくちゃ疑問でした。しかし。カラーの勉強でクリアについての認識を改めるにつれ、クリアという色・・というか光は、すべての色であり、すべての色ではない。でも、すべての色が含まれているということが理解できるにつれ、「虹の身体」=「クリア・・消滅」ということが、腑に落ちるようになりました。人間は元来、レインボーカラーを持って生まれてきます。結局2色しか使っていなくても、バランス悪くても、もって生まれてくるのです。でも、この人間界で、完全な7色をすべて輝かせることができたなら。虹の身体を手に入れたなら、確かに物質的肉体なんていらないかも。というか、それは太陽光のスペクトルと一緒で、クリア・・無色になるのでしょうね。 ま、こんなことで脳内がカラーとチベット仏教をつなげながらきたので、論文のテーマに選んでしまったりするんですが終わるかなぁー論文。ついでですが、やはり聖火の妨害はまずいですよね。ある意味亡命政府を追い詰めています。
2008.04.08

本日は、大桟橋に行って参りましたー湘南の海より、大桟橋の海の方が綺麗・・と思うのは、あたしが湘南より横浜好きなだけかしらんいや横浜ベイがというより、大桟橋が綺麗なんだよなぁ。大桟橋から山下公園、買い物をして中華街・・て、まるでデートですが。連れは石川町で中華料理屋を営んでる、お友達のくまちゃん小姐ですWW。山下公園でヨガなどしてたら、かなりお腹がすいたので、食事をしようということになったのですが。「くまちゃん、お勧めの店ないのぉ??」「あたし中華街知らないよっ。あんたわかんないの?」「全然、わかんなーい」あたしは12年も中華街に勤めながら、ぜんぜんおいしい店とか知りませんー。自分の店で済ませるか、もしくは友人達の店に行っているので、一般の店は未知の世界です。くまちゃんは中国人ですし、店もやってますので、やはり付き合いや親戚の店には行くけど、他の店は全然知りません。このままだとデニーズでも行きそうな勢いでしたが、目の前に「梅蘭」がありました。「あああーこの店有名だよね!焼そばの店でしょ」まるで中華街に初めてきたかのような会話をし、入ってみました。カリカリに焼いた(揚げた?)麺が有名で、あたしも中華街に勤務する前から雑誌などで名前は知っていました。(今は3店舗あるみたいですが、かつて1店しかなかった頃は長蛇の列だったらしい)あたしの好きなサンラータンと、小龍包、青硬菜のクリーム煮と、焼きそばを注文しました。が。。。。これって、そんな旨いかーというのが正直な感想でした限りなく、広島風お好み焼きに近いような。。。あとはまぁ、ボリュームに圧倒されましたね。2人で1個頼んだんですが。サンラータンはくまちゃんの店は本場モノ出してます。ので彼女ってば一口飲んで、「なに、足りないよー」と叫び、こしょうと酢を大量に投入しやがりました。よってなんとも言えませんが、確かに彼女の店の方が美味しいかなぁ。青硬菜は・・・クリーム煮のクリームがなんか甘過ぎて、あたしが持て余していたらくまちゃんが、「お酢入れる、いいよ。味変わる」と再びお酢を大量投入。クリーム煮が甘酢漬けになってましたつか、お酢味ばっかじゃねーかっ ということで、個人的には今イチでした、梅蘭。ただ・・久々に知らぬ店で食べて感じましたが、あたしも自分の勤務していた店(もしくはよく行く店)の味に慣れちゃってて、それ以外の味だと拍子ぬけしちゃうんですよねー。クリーム煮の味はこう。点心の味と形はこう。なんていつのまにか定番があるみたいで。食の冒険には興味なく、グルメでもないあたしには、慣れた味が一番なのかも。とほほ。 ちなみに、中華街を辞めてからも週1回は遊びに行っているあたし。それ以外は東京で遊んでいますが、というか地元は当然東京なのですが、12年も横浜勤めが続くと、すっかり横浜のほうが居心地がいいということに気づきました。。。かつて横浜の人々が「東京と横浜は全然違うよっ」と言っていたのが、「えー同じようなもんじゃん」と、まったく理解できませんでしたが、今はよーくわかりますやっぱせまい範囲に、海と街と緑があるってのはいいですね。新宿・渋谷は・・やっぱねぇww。でもくまちゃんは、 「くまちゃーん、やっぱ横浜はいいよね」と言ったあたしに、「え、あたしわかんないよっ」と、冷たく言い放ちましたがね
2008.04.06
昨日、久しぶりに兄と会いました。・・まともに会うのは10数年ぶりですかべつに失踪してたとかじゃないんですが、とにかくあたしは常に家にいなかったので、まぁ会う機会がなかったといいますか。両親とともに外食をしていたのですが、ひょんなことから「鯉の唐揚げ」の話になりました。・・・・ご存知ですか?かつて中華料理のごちそうとして、中華街でも中華料理屋でも、けっこう「鯉の唐揚げあんかけ」ってのがあったんですよー。今はほとんどやってないみたいですが。 「鯉の唐揚げ」といえば、うちの兄の大好物。あたしの中華街時代も、予約でこの料理が入るたびに、ネタにしていた話がひとつあります。それはあたしが小学校低学年の頃。兄が飼っていた大きな鯉が、瀕死の状態になりました。兄は八つ当たり気味にあたしを苛めます。でも、兄は昔から動物好きだったので、あたしは幼心にも「しょうがないか、大事な鯉が死にそうだし」と思っていました。しかし、鯉は死んでしまいました。兄は落ち込み、あたしも心を痛めました。しかしっ。近所の中華料理屋に持ちこまれた鯉は、その日の夕食に唐揚げとなって登場したのです「し、信じらんないこいつー」旨そうに鯉をたいらげる兄に、あたしは結構なショックを受けましたねー。あんなに可愛がってた鯉。あんなに落ち込んでいた兄。それをなんで食べることができるのー幼少期、食べ物にめちゃナイーブだったあたしは、すごい衝撃的でした。 「・・・・で、食ったっしょ、鯉」「えー、食べてないよ」「いや、食った」「違うよ、あの鯉は、濡れた新聞紙に包んで多摩川に放しに行ったんだよ、俺」・・・・・あれどうも話がかみ合わない。でも、あたしの記憶には一連の流れとしてそのエピソード+衝撃が刻まれている。「そうよ、違うわよ。鯉を食べたのは、2、3年後かしら?近所の中山楼から出前して・・」「違うよ、死んだ鯉を中山楼に持ち込んで、調理してもらったんでしょ」「いやだから、食ってないって」おかしい。母まで否定する。しかも鯉は死んでない。じゃあ、あたしの今まで言いふらしていたこの記憶はなにっ「おまえ、ひさしぶりに会ったのにロクな話しないよなっ」と兄にややギレされましたが。でも、何度も言いますが、一連の記憶としてあるんですよねーあたしの記憶中枢には。出来事だけじゃなく、その時の精神状態の流れまで克明に。 それで思い出すのが、中学時代。ちょっとしたハイキングにハマっていた時代がありました。東京育ちのあたし達は、山が新鮮で、暇を見つけては日帰りハイキング的なものに行っていたのです。ある時、あたしが言いだして「正丸峠」というところに行きました。言いだしっぺのあたしは電車を調べたりルートを調べたり・・行ったメンツも、記憶もちゃんとあります。しかし、数年後、幼馴染たちと正丸峠の話になったら、誰もそんな場所には行っていないというのです「うっそー行ったじゃーん、ほら、途中であんたがトイレ行くとか言って・・」「それ、あたしじゃないよ」ええええーその場にいた全員が全員、否定したのです。とはいえ、最初はからかってるのかなと思っていたあたし。この正丸峠問題は数年に渡り時に持ち出され、結局、中学時代にずっと日記をつけていた友達が、その日記を調べることにしました。「日記出してきて、調べたけどね」「だからさ、行ったでしょ。正丸峠」「いや、行ってない。行ってたら、あたし絶対書いてる。他の場所は全部書いてるし」・・・・どういうことでしょう????あたしは正丸峠に行ってないのか。じゃあ、この記憶はなんなのか。ちなみに正丸峠は埼玉に実在する場所です。実はひそかに、パラレル・ワールドじゃないかと疑っているんですがww。だってこれ、勘違いならあたしはかなりアブナイ人です。というか、自分の記憶が信用できないと、結構怖いことになりますから。どこかに、飼ってた鯉を食べた兄がいて、どこかに、あたしと正丸峠に行った友達たちがいるはず。。。。。
2008.04.06

今日、怪しい人を見ました。それは午後、外出して家から30秒ほど歩いた時。。。前方で段ボールを抱えたお兄さんが、道行く人々に声をかけているのが見えました。最初は、知りあいに挨拶しているのかと思ったのですが、それにしても全員に声をかけている。そのまま歩いていったあたしにも一言。「こんにちはーポンカン←確か。買いませんか」はぁぁぁ???抱えている段ボール箱をのぞけば、確かにみかん・・・じゃない、ポンカン。しかしなんだって、こんな住宅街で段ボール箱抱えて。。。。「なんでっなんで突然みかん売ってるのっ」「いやー僕ホントは八百屋なんですよ」「あ、なんだーどこの八百屋?」あたしは近所の八百屋を頭に思い浮かべました。といっても今時そんなにないですから、どこぞのスーパーに入ってる八百屋かなっと。でもなんだってこんなとこで売ってるのかしら。新人研修?仕入し過ぎて店じゃさばけないの?「店は・・」お兄さんは笑顔で言いました。 「上野です」うううう上野ってーっうちは品川です。いくらなんでも、みかん(いやポンカン)段ボール箱に詰めて売りに来るには遠いだろ「いや、ほんとは飲食店に卸してるんですけど、ちょっと余っちゃったんで。。。」発注があるから、持ってくるんだろうに、ここまで来て余るってなんだよ。それともよんどころない理由でもあるのかしらん。 でも見れば箱に残ったみかん(だから、ポンカンだって)は、半分ほどです。「でも売れてるんだー(こんな怪しいのに)」「ええ、でもあと2箱ありますっ」受けるー受けすぎーあまりにウケたあたしは、柑橘系好きじゃないのに、これから出かけるっちゅーのに、お兄さんお勧めの「たんかん」1袋買ってしまいました。「うーん、じゃお兄さん面白いから1袋っ」「あざーすぽんかんより、このたんかんの方が僕はお勧めですっ500円のとこ350円にまけときますっ」重いみかん(だから、たんかんだって)をバッグに詰め込み、歩きながら、「実はもっと値切れたのかも。。」「つか、たんかんのが売れ残ってたんじゃねーの」と後悔しましたが、都会の真ん中でアジアな商売をする根性に免じて許します友達に青果市場に勤めてる奴がいて、友達も売り歩くらしいんですよねーもちろん、市場内の業者に、売れ残った卸の野菜を持って・・ですが。ちょっとかぶったかも。なかなか、おもしろかったです・・・が誰が食べるんだこの「たんかん」。
2008.04.02
チベット・ラサでまた、僧侶のデモが行われたそうですね。数千人規模だとか。。。。。逮捕・投獄という危険を冒してでも、再び蜂起せねばらないほどに、その後の中国政府の対応が問題があったということなんでしょうね。外国メディアが取材を許されたラサのジョカン寺で、僧侶たちが涙ながらの訴えをしておりましたが、中国側のコメントは「遺憾である」。メディアが入れば、当然チベット側の意思が世界に流れることは予想されたはずなのに、「遺憾」というのも変ですが。外国メディアが入っても、不利な情報は流れないという自信があった・・口を封じた確信が持てるだけの粛清を現地で行っていたってこと??と裏読みしてしまいます。 メディアで流れるチベット人の姿は、非常に敬虔な信仰者たちで、五体投地を繰り返す姿は、日本人の目にはいささかショッキングです。だから、ジョカンの僧侶たちも、「信仰の自由を奪われた信仰者」という風に映りますが。。実際にジョカンに行くと(他の寺院もですが)、彼らは実にのんびりとしています。毎日夕方に公開読経をするのですが、バター茶を飲んだり、隣の人とクスクス笑い合ったり、向いの人に物を投げてみたり。。。日本の表面的には厳格な儀式に慣れていると、なんだか拍子ぬけ。そもそも、勤行の最中にバター茶を注ぎまわり、ずるずる飲みながらって。。。苦笑。でも、毎日そんな彼らを見ていて、「なるほど」と思いました。彼らにとっての信仰は、ぜんぜん「非日常」ではないのです。あまりにも当たり前すぎて、僧侶も、一般人も、生活の中に信仰がある・・というか、生活と信仰は密接に結びついていて、切り離したり、オン・オフを切り替えるものじゃないのですね。外国人観光客が見ているんだから、威厳をもってやらないとっ!なんて演出意識は、まったくない。日々の務めをいつものようにやるだけ。そしてそれは、ずーっと続きます。この姿勢は、ネパールでも、ダラムサラでも、ラダックでも同じでした。 ・・・・日本では宗教儀式は、まったくの「別世界」ですね。というか、やはり僧侶って職業になってしまったんだと思います。一部を除いて。それはそれでプロ意識のなせる技ですから、いいんですが。 そんなフィルターを通して見ると、メディアに流れるジョカンの僧侶たちは、あたし達とは一線置いた、神秘の国の、神秘な人たちに見えます。でも、本当はお腹もすけば、旅行者のカメラやビデオに興味しんしんの、ごく普通の青年たち。 映像を切り取るとどうしても、神秘的な部分、宗教的な部分だけが印象に残りますし、「独立ではなく、信仰の自由がほしい」という主旨も、日本人的にはぴんと来ないかもしれませんが、まずは同じモンゴル種の先祖を持つ、同じアジア人の身に起きている弾圧だということを、認知しなくちゃいけないですね。 でも本当に中国は、いいかげんにしたほうがいいんじゃないかと。かといって、北京オリンピックどうこうは・・・出場する選手たちの、そこに至るまでの努力と歳月を思えば、厳しいですよね。そもそもなんで、中国にしたんだよって話ですが。(あたし中国は激ラブですが、中国政府ならびに広東人は嫌いですww)飛んで帰ることができない祖国を想うチベット人のためにも、国内でデモで訴えるしか術を持たないチベット人のためにも、どうせ管理しきれない地を、表面的にチャイナ・カラーで染めようとする悪癖は、改めてほしいものです。 オーラソーマ・オーラライト・アヴァターラ カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA ホワイト・ターラ
2008.03.30

今日は(・・もう昨日か)靖国神社と、千鳥ヶ淵に花見に行ってきましたー。・・・て最近花見ばかりです。いま頭の中が光粒子やら波動やら、量子学で死にそうなので、自然に呼ばれるんです。きっと。もうホント、すごい人でしたが、なんか参加してるなぁー(日本人の年間行事にww)て感じで、楽しいな。靖国で気づいたけど、初詣だてゆうか、昨年も1年参拝行ってないなぁ。ということで、長年憧れていた四季を実感してリハビリ中。その後、渋谷に出ようとして間違って新宿へ行ってしまったあたし達(東京生まれ・東京育ちなのに・・最近の地下鉄はさっぱりわからん)。そのまま丸井のインザルームへ。女とゆーのは恐ろしいもので、ウインドショッピングに何時間でも費やせます。「ちょっとーこのイス可愛くなーい」「あっダメダメ、すわり心地悪い。わ、高っこんなんで13万とかするよ」「まぁまぁインザルームだから」(買う気は最初からない)などとやりつつ3階から地階まで遊び倒し、最後に1階で、「あたしこの匂いきらーい」「じゃ、これは?」なんてアロマミストをさんざん試した後、2000円ほどのネックレスを購入した友達が、「きもちわるーい」と顔をしかめながら、あたしのもとへ戻ってきました。「店員がさードアのところまでお持ちしますとか言うんだよーこんな2000円のネックレスでっ」まぁ、テナントで入っているショップはよく、廊下までは持って来るけど、インザルームで言う出口は、ビルの出口です。しかもこんなかるーいネックレスを?「帰れってことじゃないwww」なんて笑いながら、出口を見ると、なんか店員さんが2人ほど、ドアの横に立っています。「あれ?てゆーか他のお客さんいないねぇ」「ほんとに閉店なんじゃない?」と慌てて出ると、出口の横で店員さんが、満面の笑みで「ありがとうございます」と見送ってくれました。そこではじめて携帯の時間を見ると・・・20時38分。丸井は20時閉店なので・・・・なんと38分も。。。。そういえば途中で、店員さんが大挙して上階から降りてきたなぁとは思ってたけど。。。「うそーっそりゃ、ドアまでお持ちしますだよねぇ」「これで20万とか買ってりゃまだしも、2000円かいっ」でもでも、べつにアナウンスがあるわけでも、有線が変わるわけでもなく、ごく普通に営業中って感じだったんですよねー。というか、一言いってくれれば。。。。。あまりに申し訳なくて、友達は最後には逆切れして、「でもさーあんなんじゃ閉店てわかんないよね。客の自主性に任せるって感じでどうよっ」などと言っていましたが、他のお客さんはいなかったので、アナウンスとか聞き逃した・・のかなぁ。それとも、高額購入のお客さんもいるので、あえてなにも流さないとか・・?なににせよ、最後の店員さんの笑顔はプロでしたねーこれから丸井に行くときは、時間を気にしながら行こうと心に決めました。ハイ。
2008.03.29

東京の桜は昨日が満開だったらしいですが、昨日、ゆかな結奏さんと行ってきました上野公園の提灯の下は、人の山ww。こんな旬の時期に、上野公園に行くなんてはじめてでしたが、すごいですねー人が。でも、頭上からそそぐ桜?春?のエネルギーはすごい密度で(いや、紫外線もだけど)、並木を往復しただけで、元気をもらったような気分ですいまさらながら、桜ってピンクとゆーより白ですねぇ。あ、種類にもよるんですが。かなり白に近いピンク?白や紅とはっきりしている梅や桃より、色だけ見れば儚いかも。だから、時にめでたくも見え、時に不吉にも見えるのかもしれません。そこがまた、日本人の心をそそるんですかね ちなみに、「桜」が色名として日本に登場するのは中古の頃で、「桃」は江戸時代だそうです。昔から日本人は、わかりやすい色より、曖昧な色に心惹かれたのかも。(ただ「桜色」とされたのは、明治以後だそうですが)好まれる色彩の世界分布という統計がありますが、総じてパステルカラーを好むのはアジアの人々です。それも、仏教圏。それは宗教の問題というよりは、多神教が根づける程度の温順な気候を持ち、植物的価値観を維持できる程度の環境がある、ということが重要な要素のような。明確ではっきりした色は、曖昧さを許さない土地の人が好むようです。苛烈な一神教の神は、唯一神ですからねー「捨てる神あれば、拾う神あり」なんてありえないわけです。右なら右、左に決めないと。右か左かは、神か悪魔かになってしまいますので、神もありだが、悪魔もありというわけにはいきませんよね。。結構外国の方々遊びにきておられましたが、単純に美しい、絢爛たる花の並木として見る以上に、たとえば国花であるこの花の木の下に、死体が埋まっているなどという一文が、ある種の共感をもって語り継がれるような感覚って、わかるのかなぁ。 ただカラーセラピーでは、パステルカラーはペールカラーですので、より色に光を多く含むということで、その色の意味を強烈にします。レッドとピンクでは、一見インパクトのあるレッドより、実はピンクのほうが強烈なんですね。そうなると淡い桜色は、真紅の薔薇よりも強烈な色ってこと。確かに。。。朝から席取りをして、夜の宴会ではじける人々を思えば、ありかもしれません。。人を狂わすだけのパワーがあの淡い色に隠れているのかと思えば、ちと恐ろしいwww。 カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA HPはこちら!
2008.03.28
本日は、鍼灸師を目指す友人に、中医学のレクチャーを受けてきましたなぜに中医学か陰陽五行って、楽しそうじゃないですか。肝臓は怒りで色は青。方位は東で季節は春。心臓は喜びで色は赤。方位は南で季節は夏。なぁんて。しかも、カラーセラピーに重要なチャクラ。インドのチャクラの観点だと、「物理的肉体と微細身を繋ぐのがナディ(気道)で、それは鍼灸の14経路にあたり、その中心点がチャクラと呼ばれる」という説明があります。・・・・なんのこっちゃ。意味がわからない でも友人の話では結局、各臓器は固有の経絡を持ってはいるけど、それはいわゆる「気」の流れる路のようなもので、内分泌系でも、神経系でもないらしい。でもチャクラは内分泌と神経叢に対応しているわけで、そのどちらでもないのなら、経路ってなに? 「だから・・気の通る道を経路っていうんだよ」だからそれは現代語でいうなんなの???それとも、目に見えないものの話?? とはいえ、友人はこの4月から学校に行くので、本はやたら読んでますがまだ素人です。多少、事実とは違うかもしれませんが。 五臓の間には「相生(生みの母であり、同時に子でもある)」「相克(お互い、奪いつつ奪われる)」という関係性があり、すべての臓器が矢印で結ばれていますが、鍼灸師はこの「相生」「相克」の関係性と経験値から、適切な経路のツボに針を置くそうです。「えーじゃあ、きまりみたいなものはないのー?」「ないわけじゃないけど、そんな簡単なものじゃないから」こういう症状ならこう、ってもんでもなく、肝臓が悪くてもその他の状態を見て、決めていくようですから臨床経験が必要なわけですね。あ、あと臓器にも陰陽があるみたいですね。心臓は小腸と陰陽の関係・・だったかな?忘れちゃったし 治療の際には、この陰陽も見て行くそうです。なんか、外側から概要だけ知りたいと思っても、説明するのも難しい世界のようで。チャクラとの関係も不明なまま。というか、エーテル体に出た車輪状のチャクラを、脊柱につなぐのが経路??でも中医学の図でみる経路って、そんなんじゃないよなぁー。 それとも、エーテル体と肉体を、全身を巡る経路が張り付けてる??想像力がついていきません。 でもでも、「水」は陰陽で言えば「凝縮する陰」。臓腑は「腎と膀胱」。色は「青・黒」。声は「うめくような声」。心は「意思・持久力・創造力」。崇高な感情表現は「知恵」。。なんて羅列されると、ときめきますねー。友人がちゃんと学ぶまで、待ちますか「でも、今の鍼灸では、陰陽五行説なんてそんなちゃんとやらないよ」そ・そうなの?陰陽師とかに弟子入りしたほうが早いの???? というわけで、魅惑の陰陽五行は、まだまだ導入編で終わってしまいました。ただ、今、東京の鍼灸師の1日の平均患者数が2人だそうで。食っていけないそうな。保険きかないしねー。「ちょっとマッサージ行ってくる」ってのはよく聞きますが、「ちょっと針打ってくる」とは聞きませんもんね。鍼灸師、ならびに鍼灸師を目指す方には、がんばってほしいものです。というより、厚生省に鍼灸も保険がきくように運動してるらしいですが、厚生省にがんばってほしいものです。ついでに中国も、先人の築いた偉大な文化や哲学、医療体系を汚すことなく、良識ある大国としての体面だけでも、せめて死守して欲しいですねー。領土だけ広くても、モラルや国際感覚が欠如してたら、唐代に劣ってますからねっ カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA ホワイト・ターラ
2008.03.19

先日、反町でのセッション後に湘南に行ってきましたー。海といえばターコイズです。・・・・湘南の海がターコイズ・ブルーかどうかは、微妙ですが。実はセッションで選ばれていたボトルもターコイズ。2本目がマハコハン(Pターコイズ・Pターコイズ)と、4本目がクリエイティビティ(ターコイズ・ターコイズ)。選ばれた方も、驚いていましたが、選ばれたあたしも驚きましたなぜなら。。。ちょっと前のターコイズの時期を過ぎ、表面的にはクリア期なあたし。けれど、CRR(カラー・リフレクション・リーディング)のカラーテストをやったところ、2枚目の「現在」に選ばれたのが、ターコイズだったのです。このカラーテストは、8色・8枚のカード(色によって三角や逆三角、丸など形が違います)から3枚を選び、色と形、位置でリーディングをしていくものです。ちなみにターコイズは逆三角形。これは、セラピーでいうターコイズの濾過や絞り込み、専門的といった意味を現わしています。 で、2枚目「現在」に選ばれていると。。「自分のアイデンティティを保つため、大衆から離れる時期。肉体、精神、感情を浄化すべき時」とあります。大衆て。。。wwwwでもまさにです。いや大衆なんて上から目線で見てるわけじゃないですが、浄化の必要性はホント感じてます。ただ、最近セラピー的にはクリアで解釈していたんですが。でも、浄化って結構難しくて、ついつい遊びに行ってみたり。やらなくていいことやろうとしたり。ニュートラルになるのって、慣れてない。毒性は癖になるし、依存性あるからねぇ。。てあたりを、クリアを塗りながら感じていたのですが、なるほど、ターコイズ的見地から見ればそうなるんだね、って感じ。浄化して、濾過して、絞り込みかぁぁ。なぁんて思っているところに、ターコイズを2本も選ばれてしまって、ほんと、クライアントさんとシンクロすることは多いんですよね。 前回のターコイズでは、停滞が流れ出したんだけど、それで終わりじゃなかったのかぁ。などと感心しつつ、海へと向かいましたが、白い泡の写真ばかり撮っているあたし。(連れには大不評)でも、カラーテスト、結構面白いですよ。「光」の要素はないのでリーディング(分析)のみですが、あたしのようにセルフ・リーディングで詰まったら、お勧めです。 カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA ホワイト・ターラ
2008.03.19
普通に断言してましたねー温家首相。「ダライ・ラマが仕組んだんだ」って、公式の場ですごいこと言います誰も中国政府の寛大な処置や、政策変更なんて期待してないんだから、かならずや血が流れるのは必至です。仕組むわけないじゃんねー。そしてダライ・ラマの辞任発言。。。。 歴代ダライ・ラマで辞任ていなかったんじゃないかなぁ。「なる」ものじゃなく、「そう生まれてくる」ものだし。暗殺は結構いたようですが、「辞任」という選択肢がないからでしょうね。・・・だって「その人」の「生まれ変わり」じゃないと次代は継げないので。 まさか本当に、ダライ・ラマ14世辞任、なんてことにはならないで欲しいです。命をかけてヒマラヤを越えてインドに至り、ダライ・ラマとの謁見に涙を流す亡命チベット人のためにも。(ちなみにダライ・ラマは長蛇の列の1人1人の手をとって、お話されてます)チベット自治区において、ヒマラヤの彼方にいるダライ・ラマに祈りを捧げる人々のためにも。そして、インドやネパール、異国に生まれ、宗教心や愛国心に疑問を抱きながら、アイデンティティーを模索する、2世、3世のためにも。 というか、この暴動のために辞任されたら、在中のチベット人たちの胸中もね。。 以前は、「自分の後は、ダライ・ラマはいない」とおっしゃっていましたね。最高の宗教者であり、指導者であり、リアリストな方ですから、死後に幼いダライ・ラマが認定され、パンチェン・ラマのように政治的に利用されたり、それによってチベット人が分断されるのを危惧なさったんでしょうけれど。その時は、自分はもういない。という大前提がありますしね。その時、内外で混乱が起きないような準備は、側近の方々とはされてきているんでしょうけれど、今回のようなケースは想定外ですよね。 もちろん、中国、チベット間だけじゃなく、過去にも多く繰り返されてきた惨劇だけど、1つの民族を葬っていい権利なんて、どこの誰にもないと思いますが、いったいなんだって人間はこういうことをやるんでしょうね。 ちなみに、あたしの友達のチャイニーズ達に聞くと、「西蔵」という地名までは知っていますが、その歴史はまったく知りません奴らが労働者階級だからなのか、中国の教育がそうなのか。まぁ、かつて中国で人民解放軍の戦士とカラオケに行った時、「蛍の光」を「中国の曲だっ」と言い切ってたくらいですから、しょーもないんですが(しかも、さんざん楽しくカラオケした後、「南京虐殺」と書いた紙を渡されました。笑ってごまかしましたが。。)
2008.03.18
死者80人って・・・すごい人数です。事実確認はまだとれていないようですが、四川省で起きた抗中運動の被害者も加えると、80人を超えるようです。ダライ・ラマのおっしゃるとおり、「大虐殺」です。これが現代の隣国でおきていることとは。。。そして世界規模の祭典、オリンピック開催国で、開催間近に起きてることとは。。。 ニュース映像では、中国人商店に石を投じるチベット人の姿が流れていますが、先に暴力行為に及んだのが、抗中側なのか、中国側なのか。しかし、民族問題の難しいところは、その「最初の暴力」を、今回の暴動のみに集結していいのかということです。過去へさかのぼれば、1910年の清国による侵略もあるし、1950年代の「平和解放」調印、1959年の「民族改革」、そしてダライ・ラマの亡命という歴史があります。もちろん、「平和解放」も「民族改革」も中国側の見解であり、チベット側からは「侵略」以外のなにものでもないので、ダライ・ラマは亡命せざるを得なかったのですが。 あたしがチベットへ行った時は、1989年の1年7か月の戒厳令の記憶もようやく薄れた頃でしたし、ラサ市内の商店などは、禁止されているはずのダライ・ラマの写真を飾っていたりして、意外に平穏な街に見えました。しかし、その後インドの亡命政府に1か月ほど滞在中に、平穏の影に隠れた、見過ごすことのできない現実を目の当たりにすることになります。 チベット亡命政府・ダラムサラという地は、亡命者の街です。日本人としてはなかなか理解が及ばないのですが、祖国から逃れて来た人々の街なのです。ダラムサラを発つ1人の若い僧侶に出会いました。彼は亡命して数年ですが、チベットにいる母親が病気で、チベットに帰ることにしたそうです。笑顔で言う彼ですが、所持金をほとんど持たぬ彼は、ヒッチでネパールまで抜け、徒歩でヒマラヤを越えるのです。ネパールへの亡命者は、ほとんどが徒歩でヒマラヤを越えて逃れてきます。もちろん、山中で命を落とす人々も少なくありませんし、ヒマラヤを越えても、ネパール側の国境警備隊に捕まり、入国拒否される場合もあります。見事、ダラム・サラにつけたことは、本当に幸運なことなのですが、彼は再び祖国に戻ろうというのです。ダラム・サラには商店街があり、多くの店が軒を並べますが、店主も、道行く人々も、手や足に障害を負っている人をよく見かけます。抗中運動の闘士として逮捕され、拷問を受けて失われたものです。よく行っていた雑貨屋の店主は、気のいいおやじでしたが、ある日宿の人が「あの人は独立運動の、すごく勇敢な闘士だったんだよ」と教えてくれました。よく遊びに行っていた尼僧は、拷問時に受けた電気棒の拷問の後遺症が抜けなくて、病院通いが欠かせません。彼女は「尼僧である」という理由だけで、数か月に渡る拷問を受けていたのです。街中には、多くのチベット医学の診療所がありますが、多くの患者は、祖国での拷問の肉体的、精神的後遺症で悩む人々です。 この街の背後には、チベット祖国に残った家族たちもいます。ことによっては、亡命者の家族というだけで逮捕される場合もあります。しかし、なんらかの事情で残らざるを得ない家族は、亡命する知人や親類にわが子を託し、送りだします。おそらくは、もう2度と会えない。そして残る自分たちもどうなるかわからないうえに、送りだしたわが子が、無事に亡命できるかどうかもわからないのに、です。 そういう歴史を何十年重ねて来て、今回の暴動につながったのだと思います。そして、それに対する中国政府の返答は、虐殺だったわけです。 この抗中運動の火は、新疆ウイグル自治区にまで飛び火しています。ムスリムであるトルコ系民族のウイグル族もまた、民族としてのアイデンティティーを失いつつあります。かつて旅した新疆は、まだ往年のシルクロードを彷彿とさせる街並みでしたが、2年ほど前に行った時、街は整備され、新たな道が敷かれ、漢族の各都市にかならず設けられる人民広場が街の中心に作られていました。最西の街カシュガルにおいては、ウイグル族の古来の住居は「旧市街」と名づけられ、そこに押し込められた人々は、拝観料を払って街に入る外国人達の見世物になっています。 中国という国の、力と報道規制で押しつぶすやり方が、いつまでもつのか。そして、中枢部が今に至ってもこれが正しいと信じるのであれば、それは多くの、真実を知らない民衆の不幸にも繋がります。今回のチベット動乱が、中国国内でちゃんと報道されたかどうかも疑問です。(以前、あたしがタクラマカン砂漠をフライトで飛んだ時、日本ではタクラマカンの核実験を報道していました。飛行機は数時間遅れていましたが、核実験の情報も、報道も、現地ではなにもなく、フライトも行ったのです)めずらしく最近、日本のニュースでもチベット問題が取り上げられています。この問題に関心の高い欧米に比べ、隣国日本はどうしても曖昧な態度をとりがちですが、隣国で起きていることゆえに、せめて今、なにが起きているかぐらいは、そして過去なにが起きたのか、この機会にちゃんと報道すべきですね。
2008.03.17

先日まで、オーラソーマレベル4認定・解剖生理学講座を受けておりましたグラウンディングしたコンサルテーションを行うには、「身体」という優秀な魂の器を知らなくちゃなぁんて思ったのですが、昔から理数系の苦手なあたし。とくに前半部は「臓器・臓器・臓器」の連呼で、脳が麻痺とはいえ、それは10数人の女性セラピストの集う教室。先生からは教室内の撃沈ぶりがよく見えるのか、「午前中に臓器を終わらして、午後は少し楽しい話をしますねー」「あといっこだけ、臓器いいかなっ」などと、逆に気を遣っていただいたりして。。女子高の物理の教師って、こんな感じなのかしらん。いやでも、おかげさまで楽しく終えたのですが そんな教室の中、あたしの首を右に回せば先生とホワイトボードが見えます。しかし、正面を向けば、「マイク・ブースが絶賛した」という、完璧なボトルのディスプレイ棚が見えます。臓器と細胞に疲れた頭は、なんとなぁくボトル・セレクトをはじめてみたりして。ま、4本選ぶにはライティングだとか、向かいの方の頭の陰で見えないボトルがあるだとか、いろいろありますので、単純に「どのボトル塗りたいかなぁ」って感じですが。 クライアントさんにはもちろんリーディングからはじめますが、あたしは結構、ボトルを眺め、塗りたいボトルを探して塗ったりします。体に塗るって、体内に取り込むことです。感覚が開かれてくれば、自分がいま、どのボトルを欲しているかはわかるようになるもんです。たぶん。。。もちろん、かつて塗りまくってたボトルでも「ああ、今は全然いらなーい」という感覚になるものがほとんど。「重っ。ありえない」なんて思ったり。逆に、昔は「ありえないー」って思っていたボトルを、猛烈に欲してみたりもしますしね。 で、今回なんか欲してるなぁと思ってたのが、11番「フラワー・オブ・チェイン」です。クリア・ピンク最近、白だ、クリアだと騒いでおりますが、実はクリアの入ったボトルは一度も選んだことはない。当然、塗ったこともない。ただ、先日のアヴァターラ勉強会での実習で、はじめてクリア・マゼンタを選びましたが。。「ええー11番とくるかぁ」細胞間質やリボゾームの話を聞きながら、あたしは更なる検証を進めました逆バージョンでは、71番ピンク・クリアの「蓮の花の中の宝石」があります。・・・・・違うなぁ。いらない。もしくはシェイクカラーでは、52番Pピンク・Pピンクの「レディ・ナダ」があります。・・・・ううん。これもいらないなぁ。「いらない」というのは、「身体が拒絶している」という感覚です。106本の中で身体が欲しがっているのは、11番以外にないのです。 この11番、全国で1番人気のボトルらしい。今の時代に必要なボトルであろうし、11番を必要とする状態に、人々がある。ってことですね。でも、なんとなく、「人気がある」と聞くと使いたくない。ここらへんがヴァイオレットなんですが、心の声を聞けとか言ってるセラピスト的にはどうなんでしょうということで、まだまだ俗なあたしは、「塗ってあげないもん」と一時はスルーしたのです。 がしかし。結局は心の声の方が強いものです。数日後、やはり11番が忘れられないあたしは、11番の蓋をあけ、思いっきりシェイクしまくっていたのです最初から、素直に塗ればいいのに。。。 塗ってみれば久々に、「キター」って感じで、はや1センチほど減っています。しかも、あれだけクリア、クリアって騒いでいながら、下層のピンクがめちゃ減ってます。「あらーやっぱ、ありのままの自分自身を愛するってテーマだったのねぇ」と感心しながらも、ボトルの吸引力にあらためて驚き。 しかも、講義中わかっていたんですが、11番の後は、99番が塗りたいんですよねー。てゆうか99番を塗るために、11番が必要って感覚かな?99番はオリーブグリーン・ピンク。11番にまるごと入る色合わせ・・というか、クリアというすべての色の光の中から、オリーブグリーンという光が出てくるには、まず11番が必要なんですね。もちろん、11番を塗り終えた後、99番にすぐ移行できるかは不明ですが そういえば、11番てボトルを選べない人にも有効なボトルだし、すべてのボトルとのワークを有効に効かせるので、「道を整えるボトル」とされています。「道を整える」・・・・たしかに今必要なこと久々に、ボトルマジックを体感いたしました。 カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA HPはこちら
2008.03.13

今日は、新宿御苑に行ってまいりましたもう盛りではないんだろうけれど、梅が綺麗でしたよーいくら新宿のど真ん中とは言え、やはり樹木に囲まれていると全然違う・・というか、あたしが樹木に囲まれたのが、めちゃ久々でしたので、かなりレベルは低いながらも、森林浴的気分は満喫できました。芝生に寝転がるなんて、何年ぶりかなぁぁぁぁ仕事中は、休みがないわけじゃないのに、不思議とこういうことをする気になれなかったのはなぜかな。代々木公園にしても御苑にしても、都心て実は、緑がまったくないわけじゃないのにね。 昔は桜が好きだったけど、ここ数年梅が好きです。というか、桜は学生の頃には学校にあるので、梅より身近だったんですね。大人になると、あえて見るなら「梅」と思うようになりました。可憐というか。。すると、連れがおもしろいことを言いました。「梅より桜のほうが、全然男性的だね」ほぉぉぉぉ。そう言われてみればそうかも。パッと咲いてパッと散るあたりとか、男というより「男性的」。なんとなく、特攻隊とか思い出しちゃったりして。けっこう勇壮な咲きっぷり・散りっぷりですもんねー。なんとなく西行の「花の下にて春死なむ」とか思い出しちゃったりして。彼も出家の際に衣にすがって泣く子を、蹴飛ばしたなんて逸話があるように、結構無頼な面も持ち合わせていたようなので、桜って・・・やっぱ男性性??
2008.03.11

本日は、アヴァターラの勉強会でした今年初なので、「今年の抱負」カラーセラピスト版・プライベート版を考えねばなりません。ううーん、なんかそうじゃないかとは思ったんだけど、抱負だとか、意気込みだとかが、まったく出てこない。セラピストとしても、プライベートも頭の中が真っ白なんですぅ。 妙に白い小物を買いあさっているのを、先日書きこみましたが、実はついに、部屋を白くしたくてしょーもなくなってしまいました。小物はまぁ、ピンクだゴールドだとマイブームがありましたが、部屋の色を変えたいのは、カラーの世界に踏み込む前、突如部屋中ヴァイオレットに染め上げて以来の衝動ですもちろん、モノトーン嫌い、暑苦しいの大好きなオータムなあたし。全部ホワイトは無理ですが、部屋の4割は白にしたい気分。これはもう、要デトックスの証明です。今までに染みついた思考・行動パターンを変えるべき時期なんだなぁと、ほんと思います。今のあたしが何色なのか・・それはまぁ、いろんな色が混ざってはいるのでしょうが、本来のあたしの色ではないと思う。皆さん、同じですけどね。業務上、都合上、人はいろんな色を身にまとい生きています。それは自分自身がまとったにもかかわらず、本来の自分自身とかけ離れてしまっている場合も多いんじゃないかな。だって、ナチュラルな自分で勝負できるほど、世の中は甘くないし。色を多くまとって自分の本質を隠しとおしたほうが、傷つかない場合もあるし。でも、もし、その鎧を脱ぐチャンスがあるのだとしたら。。。あたしは1度すべてをクリアにして、再構築する時なんだなぁ。 たとえば、先日医者へ行った時。14時から受け付けなので、14時前に行くと、先生はオペ中なので15時からの受付になるという。「えっ」つい習性で焦るあたし。今までは出なおさなくちゃならなかった。そこまでの時間の余裕は見ていないから。でも。。。「あ、じゃあまた15時頃来ます」慌てて自分をなだめ、笑顔ををつくってみたりして。よく考えれば、慌てなくていい。時間はいっぱいあるんだから。でも、つい習性で焦っちゃう。「今日は駄目だから、明日の都合は・・」なんて、条件反射的に考えてるこのパターンを、洗い流したいなぁ。 もちろん、クリアになったあかつきには、光の集合体の中から、今の自分に1番近い色をまた、まとってみるのでしょうけれど。そして、それもまた歳月とともに分厚くなったりして、本来の自分を隠しちゃったりするのかも。 そしたら、またデトックスすればいいや。 なーんて時期なので、抱負というより、まずはクリアになりたいのです。クリアに、素の自分に戻って、さぁて、どうやって歩いて行こうか。あたしのリズムはどうだっけという風にはじめたい。これはまぁ、ベストなタイミングですねーもっと前に退職していたら、ここで「白」には惹かれなかったと思います。得意の考え込みで、(もう少しやれたんじゃないか。戻ったほうがいいんじゃないか)なぁんて、またヴァイオレットまみれだったやも。まぁ、今回は戻ろうにも、戻る場所はありませんが 先生に、抱負よりも今は「白」に、「クリア」になりたいということを説明し、退職3日前に職場の閉鎖が決まったことを言ったら、「辞めるべくして辞めたのねぇ」とおっしゃっていただけました今回ばかりはそう思うし、これを漂白・充電にしたいと本当に思います。でもホント毎回そうだけど、ボトルじゃなくとも、日常に惹かれる色って見事に自身の状態を現わしています。・・・あたしはかなりわかりやすいほうですが。惹かれ方も強さが違うんですよねー。ただ少し身の回りにおけば満足の場合と、その色に囲まれなければ満たされない場合と。そして色がまた自分自身を再確認をさせてくれます。これだから、色は面白くてたまらないそして、次は何色に惹かれるのかなぁータノシミ
2008.03.06
5・6年前から、左胸に痛みがあります生理前でもないのに、年に1、2度数日間、左乳房が痛くてたまらん時によっては、歩いているのに痛みで立ち止まらざるを得ないほどの痛み。乳がんは、痛みがないというけれど。。。。あたしの胸には、しこりのようなものもあります。しこり乳がんでいうしこりは触ったことはないので、わかりませんが、塊のようなものは、確かにある。それも20歳くらいから。「早く、病院行ってきなよー」「でも乳がんだったらとっくに手遅れじゃないか?」などと言われながらも放置しまくり。区から来た検診票も、1度は予約の電話をかけてみたものの、予約日翌日で満員御礼を言い渡され、「こんな倍率勝ち抜けない・・」と気になりながらも日々は過ぎておりました。 が。今日、ようやく、自費でマンモ撮ってきましたよー仕事を辞めたら、なんとしても乳がん検診と思ってはいたものの、どうせぎりぎりまで行かないんだろうなぁと予測していたのに、退社2日目とは我ながらよくやった。前日夜にネットで調べた病院に、まずは電話。しかし、予約は入れなくてもいいというので直接病院へ。時折胸が痛むことを伝えると、当然のように着替えさせられ、早々にマンモクラフィとご対面。実はあたし、病院が大嫌い。手術も入院も、ゲロを吐くほど大嫌い・・て好きな方はいないと思いますが。ちょっと恐怖症に入っていると思います。「もし、乳がんでこそなくても、しこりがあって切開手術なら、全身麻酔でやってくれるかなぁ」などと、良性腫瘍をとった友人たちの話(乳輪にそって切開するとか・・ひー)を思い出しながら恐怖におののいていましたら、まずは左右の乳房を上下に潰されマンモを撮られてしまいました。「痛い・・・涙」すでに弱音を吐くあたしをなだめながら、看護師さんは今度は横からの写真を撮ろうとします。「横撮れば終わりですよねっ」「痛いですよねーごめんなさいねぇ」そうです。実は最近もなんとなく左胸が痛く、それもあってエンジンかかって来たのですが、もともと痛いものを潰されたら・・・もっと痛いじゃないか。この痛みがとても苦手で、あたしは自分で触診ができません。というか、乳房を自分で触りまくるなんて、気持悪くてできませんこういうと皆阿呆だ、馬鹿だと言うのですが、乳房が嫌いというわけではなく、自分で乳房を触る感触がダメなのです。思春期、胸が膨らみかけた頃、痛くてたまらん胸の中に、ぐりぐりとしたしこりがあったのを発見した時、なんとも気持ち悪くてたまりませんでした。あれがトラウマになってるような気がする。。。あれ以来ちゃんと触れないし。同じく、幼少期そけい部にしこりを発見。ぐりぐりして気持ち悪いーと親に泣きついたら、相手にしてもらえず、長じてその後、それは小児性そけいヘルニアであったことが判明。でもそれもトラウマになっていて、未だそけい部は触れません。「皮膚の下にあるぐりぐり」に恐怖を感じるようです。 さて、マンモを終えると、触診、そしてレントゲン検査です。他人に触られるのはいいんですが、でも、こねくりまわすように触られると、なんとなくこちらにも異物があるのがわかり、非常に不愉快です。「どうですか、なんかまずいものありますか?」と聞きたいのですが、気持悪くてそれどころじゃありません。ようやくレントゲンが終わり、先生と対面すると、いともあっさり、「悪いものはないですね、乳腺症ですよ」と言われました。「に・乳腺症と言えば、放っておいていい・・・」「そうですね。でもね、この先のこともあるし、自分でちゃんと触診しなくちゃだめですよ」最初に、「自分じゃ気持悪くて触れない」と言ったら、ガン引きしていた先生は、最後にちゃんとお小言くれました これで正味40分ほどで3千なんぼ。早いっ安いっ軽く書いていますが、ここ何年も、胸が痛むたびに「乳がんだったら・・・」と落ち込み、ネットで調べては、「いいや、たぶん乳腺症だっ」と自分に言い聞かせ、検査に行くにも、「でも万が一乳がんなんて言われた日にゃ・・」と恐怖に震える見送る日々を過ごしていたのです。なんと簡単に結果が出たのでしょう。数年来の懸念が消え、帰り道はスキップでしたよ、はいあたしが言うのもなんですが、検診はやはり行っていたほうがいいですねー。心配し続けるのって、結構なストレスですから。
2008.03.04
今月2日に、長年勤めた仕事を辞める予定であったあたし。。いや、それって昨日。辞めたことは辞めたんだけど。。先月末に同僚を2人見送り、気分はもう、すべての終了あとは残る日々を愛しの中国人共と楽しく・・と思っていたら、なんと、数日前に、当店に銀行介入が決定あたしが家でよりも長く過ごした、当職場は3月で撤退の運びとなりましたうちは、中華街に3店舗。他2店は持ちビルですが、あたしがいる1番大きな新館は、テナントで入っています。ここ最近は、開ければ開けるほどに、毎月2千万の損益。それは知っていたので、倒産や、銀行介入の噂は、ここ最近絶えなかったのですが。まさかこんな急に、しかも新館閉鎖という運びになるとはぁぁ 社員からバイトまで、50人以上の人間を使っている店です。規模が格段小さな他2店に全員吸収なんてできません。銀行側からも、すでにさまざまな指示がでています。解雇通知が飛び交い、店内はなんともいえない空気が蔓延もちろん、残った人々も、他2店で営業成績が上がらなければ、即効閉鎖、売却という銀行側の意思がありますので、そうそう安心はできません。そうなれば、「倒産」ですよね。決して有能な経営者ではなかったので、それはそれで仕方ないなと思うのですが、解雇通知を受けた従業員、またはその家族の人数はものすごい数になります。なんだか、切ないですねぇ。 このタイミングで辞めるということは、ほんとに不思議です。結局退社は一応しましたが、今月いっぱいは人手が足りなくなれば出勤という形にしました。(最期は看取りたいしね)ただ、もし3月末退社にしていたら、べったり終焉を見続けるのはきつかったかなぁ、という気分なので、この程度に距離があるのが1番です。も少し前に退社していれば、人づてに銀行介入を聞くことになってので、詳細もわからずもどかしい思いをしたでしょう。今は、ちょうど知りたい情報はすべて聞き、この先に出てくる話はおそらく、聞いても暗い気持ちになるような話しかない、といった状態なので、ほんとにベスト。 でも、7月にリニューアルをし、料理長以下主要な調理人が辞め、2月末から3月にホールの主要なスタッフが全員辞め、それは対経営者との問題で、経営難とは違う理由でしたが、崩壊する予兆って明らかにあるんですよね。もちろん、長年勤めてきた従業員に愛想をつかされるほど、経営者が迷走していたのも確かですし、それが崩壊を導いたのも確かなのですが。 ところで、だいぶ前に、テレビのリモコンが消えたとブログに書きましたが、先日、突然床の上に発見ちょっとした珍事があり、部屋の中のものを移動したりしたのですが、その翌日、ちんまりと椅子の後ろにいました。現実的に考えれば、ものを移動したときに出てきたのでしょうが、その最中も、掃除機をかけている時も、発見した覚えはありません。しかし、翌日ふと見たら、いたのですー。この2、3か月、いったいどこにいたのでしょう
2008.03.03
この半年ほど、やたら白いものが欲しくて仕方なかったあたし。財布だとか、携帯だとか、手帳だとか、とにかく白いものを探していました。あたしが1つの色にこだわるときは、必ず意味があります。いやいや、自分じゃ意味不明なまま惹かれているので、意味というよりはメッセージかな。後になって「ほぉ。それか」と思うので。。しかし、「白」とは珍しい。ヴァイオレットだゴールドだと、どちらかと言えば強烈な色を求めてきたあたしが、なぜに??? さて、「白」は「クリア」に変換できますから、悲しみ、涙、完全さ、自信、視野が広い(狭い)、無垢、純粋、万能、無能感などなどいろいろな意味があります。かといって、とくにピンと来るものもありません。でも、最近になってようやく、なぜ「白」に惹かれたのかわかりました。退職を止められまくっている今日この頃。今までは優柔不断にずるずると来ていましたが、今回ばかりは決意は固いようです 他人事あれやこれやと良い条件を出されても、断固として断る理由に、「とにかく、1度ここから離れたいんですっっ」と言ってるあたし。いつもならほだされている中国人たちの悲しい顔も、いつもならつい流されている上司の強硬な物言いも、あたしの決意は変えません。我ながら、あれー今回あたし、揺らがないなぁなんて頼もしく思っていましたが、そうか、あたしは「白紙」に戻りたいんだと先日気づきました。腹の底から「もう、いいや」って思う根底には、中華街でこびりついたすべてのものを、1度洗い流したいという気持ちが強かったようです。別に、仕事にまつわる責任が嫌なわけじゃない。(多くの人が退職理由に挙げる)サービス業が嫌いになったわけでもない。ただ、「その職場にいる自分」をそぎ落とした「自分」と向き合う時期がきたというか。。。 これは、クリアの意味で言う「リセットしたい」です。もっと強烈になると、「過去を消したい」「生まれ変わりたい」ですが、そこまでハイレベルではないようですねww。充電するにも、残った電池の上に足すのではなく、1度空にしてあらたなエネルギーで満タンにしたいとでも申しましょうか。 なるほどねぇー。それで「白」だったんだなぁ。と、ここ半年ほどの趣味嗜好を再認識。これが不思議なことに、意識化して、次の段階に進むとその色に見向きもしなくなってしまうから怖い。・・・そう昨年のゴールドが旬だった頃に買いあさったものは、今じゃ埃かぶってるし。どうしよかなぁ、携帯2年以内に解約したら、結構なお金かかっちゃうよぉ。 でも、カラーセラピーと出会う前には、そういう心境に陥る自分なんて想像もつかなかったなぁ。ある種仕事に依存していたし、仕事なかったらアイデンティティーが立たないっなんて焦ってたのに。。。変われば変わるものです
2008.02.20
頭・・・・思考というものは、結構厄介です。ごく単純に、1つの曲が好きかどうか。感情で処理すれば、「好き」か「嫌い」。もしくは、まぁ好きとか、結構好きとか多少のランクづけはありますが、これが思考のメビウスの輪に入り込むと、これは厄介。「あたしはこの曲が好きなんではないか。いや、でもこの曲が好きというより、以前好きだったこの曲に似ているあの曲、あの曲が好きなだけかも?いやいやそんなことはない、たぶんこの曲自体が好きなんだ。だってあの曲と似ているようで、あまり似ていないし・・」などと、思考はある意味限りなく続く。 なんて、メンドクサイことを書きましたがなぜこんなことを書くのかと言えば、今まであたしは、なんだかんだ感情より思考を優先にしてきたからです。「感覚」より「理屈」と言った方がいいかな?カラーセラピーボトルでヴァイオレットを選びまくり、「考えすぎ」という結論がいくたび導き出されても、それこそ「頭」じゃわかっていてもやめられない長年のパターン・習慣というのは、そうそう変えられない。。というより、あたしは「思考」以外のなにを信じていいのか、わからなかったんですねぇ。 しかし、です。長年勤めた職場を退職する決意をいたしました。今まで幾度も「退職」という「思考」はめぐらせてきました。思考上は辞めるべき理由は山のようにあります。そのデータを全部引き出し、辞意を表明し。。。けど、思考って「しかし」があるのです。結局、強引な「引き止める意思」に接すると、「しかし」が辞めない理由も山のように引き出してきます。「しかしまぁ、今すぐに辞めなくても、辞めることはいつでもできるし、考えようによればここはそんなに悪い職場じゃないし・・・・」そんなことを、数年続けてきたんですねぇある種の意志薄弱なのか。それとも今までは辞めるべき時期ではなかっただけなのか。 でも、今回ばかりは「思考」の出番がありません。今までは、辞めるにあたり「じゃあ、後任に誰と誰を育てて・・・ああ、ちょっとこいつらこのまま残して行くのはまだ無理だぁー荷が重いかなぁ。かわいそうかなぁ。でもじゃあと誰がいるっての」なんてこともうだうだ考えていましたが、それすらどうでもいい。そう、頭ではなく、腹の底から「もう、いいや」と思えるのです。 ほぁぁこれが、イエローのいう「腹の底からの感情」なのかぁ。そういえば昔、チベットに行くという熱情に突き動かされた時は、きっぱりと仕事を辞めて、後先なんか考えず(あたしが中国語も英語も話せないとか、チベットってどうやって行くのかとか。。)、中国への片道切符を持って飛び出したりしてましたな。「今、チベット行かなきゃ、たぶん死ぬ」って思ってそれが、「思考」を上回る「感情」に突き動かされるということなんでしょう。逆に言えば、「思考」をめぐらせているうちは、まだまだ余裕があるってことかなぁ? そうなってくると不思議なことに、今までとまったく違う発想が湧いてきます。とかく今までは、辞めた後に残る人たちを案じてばかりいました。あたしが抜けた穴は、誰かが埋めなきゃいけません。それをあたしがいる間に引き継ごうとしても、あたしがいる以上、誰もやろうとはしません「ちょっとーあたしが辞めたらどうすんのよ、知らないよっ」と言いつつ、そこに心を残し、ずるずるしたりもしていましたが、もう無理に押し付けることはしません。それは会社としての問題ですので、会社が協力体制をとらないなら、後のことは知らないのです無暗に残った人々を案ずるというのは、「辞めない」理由を探していただけかも。。?あたしは引き継ぐ意思はあるけど、会社は協力しない。残る人々も引き継いでおかねばという姿勢がまったくない。あとは、野となれ山となれ。あたしがやっている業務は、必ず誰かがやらねばならないことですので、誰かがやるか、もしくは数人で分担するしかない。各々大人ですから、それで辛ければそこから自分で仕事を覚えるしかないし、それが嫌なら辞めるしかない。自分で決めるしかないのです。今まで、なにを背負っていたつもりになってたのかなぁ?と思ってしまいます。 自分の人生すらままならないのに 他人のことを案ずることで、擬似的意味を持たせようとしていたのかも。。。他人の心配をしていれば、自分のことに向きあわずにすむし。それは、失礼な話ですよね。ということで、腹の底からの感情を久々に体感し、なんか新たな自分を発見いたしました。今までの優柔不断は、腹が決まってなかったからなんだ、と思うと納得できます。でも、腹の底からの感情って、実は人生でもそう多くは体感できないものなのかも。。。
2008.02.14
世間を大騒ぎさせてしまった中国産餃子。今日の当店は、午前中こそ意外にも結構な入りでしたが、ニュースが浸透したのか、夜は町全体が人もまばら。宴席の客様方にまで、「あのニュースの影響?人が少ないねぇ」なんて心配されてしまいましたよ さて、当店もニュースを聞いてすぐに、中国から輸入している餃子を止め、中華街の工場での手作り餃子に切り替えました。店の前には「当店の餃子は手作りです」。の張り紙。・・・なんか余計怪しいけど明日のキャンセル予約は、中国側を接待しようとしていたお客様ですが、中国側が今回の騒動で、接待されている場合じゃなくなったとの理由。倉庫関係ですから、食品会社だったのかなぁ。昼番で関内の中華料理屋で働いている子は、台湾産の腸詰めも不具合が出たとのことで、お店に業者が回収にきたと騒いでおりました。 そんな夜、調理場からリフトで、山のような焼き餃子が送られてきました。まさか、まさかと思うけども。。。「調理場さーん、この焼き餃子、なんですかぁっ」早速、あたしはインカムで調理場に確認しました。ら。「あ、まかないでーす中国産ですが、たぶん大丈夫だと思いまーす」不良在庫じゃねーかぁぁぁぁどんだけKYなまかないなんだよっ。とりあえず、その場にいた中国人スタッフに味見させたところ、「うーん、アタシおなかイタイよっ」などと生意気なことを言うので、「そんなおまえもメイド・イン・チャイナだぁーっっ 」と唸り飛ばしておきましたが。 まぁ、もちろん昨日まで普通にお店で提供していた餃子です。報道があったからと言って、そこに急に農薬が入るわけはありません。けれど、被害は拡大・・というか、餃子を食べて体調不良を訴える報告が急増しているそうです。もちろん、被害者の方々の快癒は祈るばかりですが、後続の報告の中には、精神的なものもあるのかなぁ。。。? たしかに、中国の田舎で屋台メシなぞをいただいた後に、ひょいと裏を覗くと、たらいの真黒な水だけで(たぶん、水を一切換えていない)食器を洗っていたり、裏の生活排水路のようになった小川で洗っていたり、ひっくり返ることが多いけど。まじめに働いている在日中国人の風当たりがこれ以上強くならないように、本国もちゃんとがんばって欲しいものです。。。。
2008.01.31
最近、職場で盛り上がっているのが。。。マジレンジャー。子供向けの変身ヒーローものだとは思いますが、あたしはリアルに見たことはありません。というか、職場のほとんどの人が見てないと思う。・・・では、なぜ盛り上がっているか?? うちの経営者は、すでに頭がいかれています。突然切れたかと思えば、下手に出てきて、かと思えばどーんと暗くなる。ま、ご機嫌程度ならいいのですが、店の経営方針ですらその調子。たとえば。。。。「食べ放題」「コース」「単品」とある店のメニューの「単品」を、突然止めると言い出す。じゃあ会議にかけて、今後の方針を決めましょうと待っていれば、来ない。「常務、料理長、営業、支配人一同待ってますが・・?」と電話すれば、「なんでそんなこといちいち説明しなきゃなんないんだよっ!やめるって言ったらやめるんだよっ」と大ギレ。仕方ないので、調理場の単品の仕込みも止め、単品メニューを封印し、HPにもその旨を乗せ、単品の問い合わせを断り、お客さんに説明し。。。。翌々日。気が変わったのか、「なんで、単品やんないんだよっ!」 「俺はやめるなんて言ってないっ」「・・・・・社長。、みんな聞いてますよ。だから、ちゃんと決めましょうって会議を開いて待ってたら、社長来なかったじゃないですか?」「・・・・でもさ、やっぱ、単品やったほうがいいよな?いいよな?おまえどう思う?」急に弱気。結局単品やめたのは1日半。しかし、その間の客さんも問い合わせも断ってしまってます。一事が万時そんな感じ。もうつきあっていられません。 「社長の中に何人か住んでて、分刻みで出てくんじゃない?」そんな会話から、マジレンジャーは生まれました。使い方としては、「今、1階にいまーす。3階に上がりました。マジブルーです」「3階でマジレッドに変わり、4階へ移動しましたー!」当店では、インカムを使用しているので、各階でその時のテンションを色で解説します。ピンクは比較的ご機嫌で、人に頼っている時。イエローは危険信号。レッドは、テンション高くキレまくっている時。ブルーは情緒不安定で落ち込みがち。言いだしたのは、小さな男の子が3人いる総支配人ですが、聞きながら「おお、色のイメージというのは誰しも一定しているんだなぁ」感心しておりました。しかし。マジレンジャーは5人。あとグリーンがいます。「平和」「安定」「バランス」を意味するグリーン。あたしは試しに「グリーンはどんな時?」と聞いてみました。ら。「グリーン?社長がグリーンのときは・・・ないなぁ」と即答。結局、マジグリーンは却下となり、マジブラックに変更されました。めちゃくちゃ病的に暗い時ですwwwww。ああいう変身ものって、確かに小さい頃見てました。あまり記憶にはないけど、レッドは元気なリーダー格。グリーンはちょっとおとなしめ。ブルーはクールで、ピンクは女性・・だったような。結構、色の意味に沿ってます。ただ今回の当店での規定はww、より色の意味が深まっていて笑えます。色の意味なんて勉強しなくても、色彩心理的に感じるものは共通しているのですね。ちなみに、あまりに常軌を逸した時はマジパープルに変身します。ヴァイオレットではなくパープルってアタリが、うまいです!そして、表現できないほど目まぐるしく変化するときは。。。レインボーwww。 今、全館の公共電波のインカムで、色の名前が飛び交っています。ついでに、総支配人がレッド、営業がブラック、副支配人がパープル、あたしがピンクと呼ばれるようになってしまいました。「総支配人ー1階で社長がお呼びです」「レッドーがんばってーww」「わかったよ頑張るよ、ピンク」みたいなー。テンション上げ上げですが、そうでもしないと付き合ってられないわけですねぇ。中華街のインカムで色の名前が飛び交っているだけで、あたし的にはかなり笑えます。
2008.01.16
先ほどの帰宅時、いつも通る地元の商店街に、警察の方々がいらっしゃいました。商店街にあるおでん屋の屋台の前で、喧嘩があった模様。・・・あら、この場所で警察ったら。 数年前、あたしはいつものように帰宅をしておりました。時刻も、いつものように23時頃。・・・いつもと少し違うのは、とにかく疲れていて、腹が立っていて、早く家に帰りたかったこと。たぶん、職場の上司ともめたような記憶がちらほら。駅を降りると、まず露地というほどの狭さの飲み屋横丁を通ります。酔客に道を避けることもせず、逆に弾き飛ばさんばかりに、あたしはガンガン歩いていました。横町の突き当たりは商店街です。L字に曲がり商店街に出て、その商店街を突っ切るのですが、L字を曲がったところに、おでん屋の屋台があります。ま、おでん屋は夜はいつも出ているので、普段は視界にも入れないのですが、その日、あたしがものすごい勢いで角を曲がった瞬間。。。。。。はぁ予想外の出来事が起きました。なななんと、あたしの胸が何者かに、おでん屋のあたりから突き出た手に、鷲掴みされたのですーーぅ。人間、怒ると口が出る人・手が出る人といますが、あたしは足が出るタイプ。反射的に飛び出したピンヒールブーツの足は、見事、あたしの胸を掴んでいる人物の腹に入りましたしかし。蹴りはしっかり入ったのに、作業服を着た長髪の男は、顔にへらへら笑いを浮かべ立っています。・・・そう、それまではさほど怒っていたわけじゃありません。ただの条件反射です。ただその笑いを見た瞬間、血管がぶちんと切れました。「おまえ、なに掴んでるんだーっっっ」それからは大バトルです。男はおでん屋で1人で飲んでいたらしいのですが、言い訳がすごい。「妹の友達と間違えた」「じゃなにか、おまえは妹の友達と会ったら、いきなり胸掴むのか?挨拶もせんと、いきなり胸掴むのが、おまえの妹の友達に対する礼儀なのかぁーっっ?」べつに細かいことはどーでもいいのです。あたしは家に帰りたいんだから。ただ、酔って調子のって触ったのなら、とりあえずそれを謝れと言っているのです。 しかし、決して謝罪しない男。怒り心頭したあたし。ついつい「警察呼ぶよっ」と言ってしまえば、これまた予想外に、「呼べばいいだろ」。。。。内心、まじかよって感じでしたが。たとえそれえで30分、帰宅が遅くなっても、あたしにも意地があります。後には引けません。警察に電話し、にらみ合うこと数分。あらぁ?あたしの眼に信じられない光景が。男の背後から迫りくる、5人ほどのチャリンコ警官。さらに左右からもチャリンコ警官。。そうわらわらと10人ほどの警官が、おでん屋目指してやってきたのです。こんなどうでもいい事件、せいぜい1人2人だと思ってたのにてか、君ら暇なのか さて、その後、あたしはおでん屋の前、男はパトカーの前で、それぞれに事情を訊かれました。「この路地を出たところで、胸を掴まれた・・と。他に暴力などは?」「いや(振ったけど)、振られてません」おでん屋の客は、興味津津です。「ありゃ、おねーさん起るのも無理ないよ」なんて無責任に言ってます。あたしが男と喧嘩してる時は、しらぬ顔だったくせに。もう、ガンモや大根のごとき、ただのツマミと化したあたし。 更に、見物人は増えるばかり。そりゃこんなに警官いたら、なにかと思うよね。でも、あたしばっちり地元民で、毎日ここ通ってるんで、かなり恥ずかしいんですが。と、だいぶ沈静化したあたしの耳に、再び導火線に火をつける男の言葉が飛び込んできました。「だからぁー、俺ぁなんもやってねぇよ」なんもやってねぇだとぉぉぉそもそも、おまえがいなけりゃ、今頃あったかい湯船につかって1日の疲れを癒してんだよっ、ボケがぁぁぁっ再び切れたあたし。警察官の制止を振り切り、男のもとへ駆け寄り、背後から蹴り倒しました。「やってねぇとか言ってんじゃねぇよパトカー乗れや、こらぁ」今度も蹴りは見事に決まり、男は前のめりにパトカーの中へ。パタン。プップー。その時、あたしは勘違いしていたのです。男がパトカーに乗れば、あとは警察がテキトーにやってくれて、あたしは家に帰れるに違いないと。。。。「あっじゃ、署に参りましょうか」残った警官は、あたしに笑顔でいいました。・・・・・署?署って警察署?「ええ、パトカーに乗せるということは、告訴する意思があるということですから、派出所ではなく署に御同行いただくことになります」告訴???誰がそんなメンドクサイことをするってゆうの????あたしは、早く家に帰りたいだけなんですけどーっ あたしから告訴の意思がないことを聞いた警官は、一瞬唖然とし、その後気をとりなおしたように言いました。「それは、署で刑事に言っていただけますか。とりあえず派出所にてパトカーを待ちますので、いらしてください」だーからーあたしは早く家に帰りたいんだよーっ その後、最寄りの署にパトカーで連行されたあたしが、ジャージにサンダル履きの刑事に告訴の意思がないことを告げると、一瞬、刑事部屋は騒然となりました。「告訴しない???」暇つぶしが来たと盛り上がった空気に水を差したあたしは、まるで悪者ですそれでも、取調室に連れて行かれ、先ほども訊かれたことを、今度は図入りで事細かに説明させられ、再び、別室にで取り調べられていた男と再会。刑事の前でも、「妹の友達と間違えた」とかほざく男と、再び大バトルを繰り広げ、ようやく謝罪させることは成功いたしました。・・・・・ってか、今何時ですか? 結局、パトカーで送ってもらい、しかも近所の目を一応気にして、すこし離れたところで降ろしてもらい、家に帰れたのは2時過ぎでしたねー。誰がそんなことを予想できたでしょうか。ということで、酔客の多い時期ではありますが、万が一でも警察沙汰になった場合、告訴する意思のない方は、決して相手をパトカーに乗せてはいけません。と、おでん屋前に警察官がいるのを見て、つらーい記憶を呼び戻してしまいましたよでも、今日は2、3人だったなぁ。年末で忙しいのかしらん。暇な時期に警察を呼ぶには、そこそこの覚悟が必要です
2007.12.26
「あぁー」という言葉がありますね。むかついた時というか、「喧嘩売ってんのか、あぁ?」時に導引される言葉。ずいぶん前、職場の中国人と、日本人にとっての「あぁ?」はイケナイ言葉だという話をしていた時、1人のほとんど日本語を話せない洗い場さんが、ものすごく盛り上がりました。福建人にとっての「あぁ?」は、「はい」とか、「わかった」って意味だそうです。・・・そういえば、うちの職場、いたるところで「あぁ?」だの「はぁ?」だの飛び交ってる。いや、語尾に疑問符はついていないんでしょうけれど、語尾が上がる発音は、まさに「はぁ?てめぇ、喧嘩売ってんのかよ」ってな感じです。ま、あたしはあまり気にしたことはなかったんですが、「あぁ?」とか返されちゃうと、「通じてないのかな?」とか思って、何度も繰り返していたりは・・・しましたね。ただ、その洗い場さん、今までどうも自分が返事をすると(あぁ?とかはぁ?ですが)、急に機嫌が悪くなる日本人が多くて、長年疑問だったそうな。「ちょっと、これ急いで洗って」「はぁぁ?」・・・・まぁ、特に日本人男性諸君には、受けが悪かったようで理由がわかった洗い場さんはエキサイトしながら、今度からは「ハイ」と言うことを固く誓っておりました。ま、彼女的には普通に返事を返したら、相手が急に機嫌悪くなるんだからたまったもんじゃありませんなぁ。 さて、先日、当店の忘年会でした。メンツは福建人と広東人半々・・たまに日本人。お客さんでいまどき一気なんかしてると引いちゃいますが、もう普通にやってしまいましたね。一気コール。無礼講ですから。上も下も関係ないです。やっつけないとそんな中、エキサイトした広東人達、ビールを持ってきては「おいっ、おいおいおい」それがまた、「おいっ、そこのおまえっ」とまったく同じで。。。男女問わず、そこら中で「おいっ、おいおいおい」人を呼ぶ時も「おいっ」。まぁ、あたしも中国人との付き合いは長いので(ほぼ福建人ですが)、いきなり喧嘩売られたとは思いませんが、多少不穏な気分にはなりましたねー聞けば、広東では「おい」=「ねぇねぇ」「ちょっと、ちょっと」的言葉らしい。興奮してると特に出るようです。でも、がーっと早口でまくしたてる合間に「おいっ」ですから、結構強烈ー。 「あぁ?」「はぁ?「おいっ」。まんまと日本人には非友好的な言葉が、日常用語として生きているって、なんの偶然でしょう???まぁ、あくまでもあたしは日中友好ですので、悪意は感じませんが、なかなか面白いですね。 でも、そんな中で毎日過ごしていると、あの世界一美しい北京語が、さらに素晴らしく聞こえますー音楽のような優しい声音と発音。性格はともかく、北京人は言葉は好き。同じ国の言葉とは思えませんねー。未だ耳に「おいっ」が残っている今日この頃です。
2007.12.20
相変わらず、慌ただしく日々を過ごしている。。。まぁ、師走ですからそんな地に足が着いていない時期に、毎度、警告が発せられることがあります。 それは。。。。。なくなるはずのないものが、なくなる 今は、テレビのリモコンを大捜索中ー土曜日、仕事を終え23時頃に帰宅した時は、確かにあったのに。。日曜日、朝。イベント出展の準備をし、家を飛び出した時、「リモコンないな・・?」とは思いました。22時頃帰宅し、翌朝仕事へ行き、「どっかにあるだろう」と思いながら先ほど大捜索をしたのですが・・・・・ないよー決して小さくないものなのに、どこにもないよー バタバタと日々を過ごしていると、必ずこういうことが起きます。財布がないないと騒いでいたら、職場の冷蔵庫に入っていたなんてこともありましたなぁ。まさに、地に足がついていない、意識が半分飛んでいる状態ですぅぅ。あたしだけかと思っていましたが、以前、職場がリニューアル準備で大忙しだった時、あたし含め3人でアルバイトに指示を出す役目だったのですが、手持無沙汰に指示を待つ数10人のバイトを前に、誰かしらが指示に関わる書類を探し回っていました。「俺がさっき持ってた黄色い紙知らないーっあれがないと、ここ片付かないんだけどっ」みたいな。 あれやこれややりながら、場所を移動していると、気づくと大切なものをどこかに置き去りにしてたりします。パソコン1台なくしてた奴もいたなぁ。(それはなぜが、うちの別店舗で発見されましたが) ということで、リモコンは相変わらず行方不明です。まさか、家の外に持ち出してはいないと思うんだけどー
2007.12.11
飲食業を、宴席を長年やっていると、色々な人がいるんです。本日、かなりムカつく方にお会いしました。 宴席の開始は18時半。飲み放題込みで5000円という、かなりお安いコース。通常、当店の飲み放題は席ともに2時間。ま、暇な時期は多めにみますが、繁忙期にさしかかっている今は、基本的に2時間で声をかけます。しかしまぁ、今日はそこまで忙しくもなく、あたしは21時頃に一声、「申し訳ございませんが、お席は2時間となっておりますので・・」と顔をのぞかせました。その時点で、すでに2時間半です。飲み放題の席が2時間なのは、お客さんは知ってますので、大抵そこで動きます。 「はいはい」そのお客さんは、男性1人に女性3人。しかし、返事は良い割に動きません。10分後、あたしは再び声をかけました。そろそろ、翌日のセットのことなどがあります。他にもお客さんはいるし、空けられる部屋から空け、準備に入らねば明日が大変です。更に10分。席は上司であるらしい男性が喋りまくり、女性陣はあたしが声をかけるたびに腰を浮かすものの、男性の勢いが衰えないので、立つに立てない感じ。「あのー再三申し訳ございませんが、お時間だいぶ過ぎておりますので」「はいはい」あたしは、今度は個室のドアを開けたままにしました。かたい接待席などで、幹事さんが難渋している場合などとは違います。同じ社内の人たちならば、別席へ行くのもいいし、また集まってもいいし。接客業の難しいところは、お客さんのことを考えサービスをしますが、すべてをお客さん優位にしては、店として機能しなくなることです。誰だって楽しければずっとそこにいたいけれども、閉店時に4時間も、5時間も居座っている客さんたちで満席では、店は成り立たないのです。ファミレスでも、喫茶店でもない、料理屋の個室宴席だしねー。 すると、男性が出てきました。「次の予約があるの?」すごい質問です。ラーメン屋や、小さな店ならともかく、中華街の大規模店はたいてい22時閉店です。というか、夜の21時半以降に次のコース予約を控えている中華料理店て、あまりないでしょう。・・・・誰も、22時から中華のフルコース食わないっての。「いえ、予約はございませんが、こちらのコースは飲み放題つきで大変お安い設定となっておりまして、お時間のほうは2時間ということになっております」・・・・つか、すでに3時間いるんですけどね。しかも、なるべくならこういう説明はしたくないんだけどね。普通なら、その時点で「あ・そりゃそうだな。帰るか」となるんですが。というか、少し恥ずかしかったりしますが。「じゃ、予約ないならいいじゃない」あろうことか、男性は言い放ちました。いやだから、そういう問題じゃないでしょう。居酒屋だって2時間は2時間で帰すし、そもそもドリンクのラスト・オーダーは1時間20分も前にとってるし、コース料理はもっと前にで終わってんだよ。ま、幹事さんの中には、「頼むよーあと10分だけっ」とか、「さっきラスト終わったけど、お願い、紹興酒1本ずつダメ?」とか言う人もいます。そういう場合は大抵大目にみます。あたしはそんなにきっちりしているわけではないのです。だからこそ、暇なら少しでも長くいさせてあげたり、飲ませてあげたいなぁとは思います。ただ、こういう言い方はやはり人間同士ですからねぇ。ピキンときます。そのまま押し問答を続けた結果、男性は言いました。「わかった」なにがわかったのかしらん?て感じですが、男性はおもむろに名刺入れを出し、あたしに名刺を渡しました。某銀行●●支店長この某銀行とは、当店の融資先です。今回は個人名でお忍びらしく、そういった情報は入ってきてはいませんでしたが。ただ、このタイミングで、「わかった」で、この名刺を出すってなんでしょう?俺はそちらの融資先なんだぞ、その俺様にそんなこと言っていいと思っているのかゴルァとでも言いたかったのでしょうか????「は、じゃあこれはいただいておきます」ま、くれるものは貰いますが。とあたしはただ単に受け取りました。あたしは表情ひとつ変えないので(というか、むちゃ気分悪かったんですが)、男性はそのまま部屋へと戻り、21時40分頃に帰っていきましたね。 さて。 男性は、融資先だと知ってあたしがひれ伏し、「お気の済むまでいらして下さいぃー 」と言うとでも思ったのでしょうか?あまい。人にもよるけど、そこそこの企業にいる人って、ホントこういう人が多い。名刺に記された肩書きが、万能だと思っている人。まちがってる。 かねてから、そういうの大嫌いでしたが、今日もっと嫌いになりました ま、会社的にはその名刺、多少は有効かもしれませんけどね。あたしのように辞めるタイミングを見計らっている現場の人間には、なんの意味もないし。いやもちろん、しかるべく筋から大事な客だから頼む、と言われていれば仕事として別ですが、一般客としてきたかったなら、最後にそんなもん出すなと言いたい。そして、それが切り札として有効で、なんでも通ると思ったら大間違い。実際、その件を報告した上司は、「へぇーもし閉店になっても居座るなら、その客置いてスタッフみんなで帰っちゃえば?」と言い放ったのでした。・・・・それはシナイケド でもホント、銀行系・郵便局・弁護士・医師・芸能関係の人って、名刺出して「どうだっ」て顔する人が多い。まぁ仕事ですから、普段はそこそこのお世辞も言いますし、知らない芸能人の話を、知ったふりして聞きますが。なんか、いやーな話でした
2007.11.28
横浜すぴこん、ご来店いただいたみなさま、ありがとうございまーす横浜は快晴。海を見渡すロケーションは最高 というか、中華街のお客さんがよく食事後に、大さん橋に行きたいと言ってくるのですが、「なんで船着場になんか行くのかなぁ」と疑問に思っていましたが、すごくいい場所でしたよ。 ・・・そうです。目と鼻の先中華街に長年勤めていながら、あたしは大さん橋に行ったことなかったのですそして、海をちゃんと見たのは10年振りくらいかっ。ペールブルーの広い空と、エメラルド・グリーンの海。まぁ横浜ベイの海ごときを綺麗と言ってはなんですが、あたしには十分絶景でした。大さん橋に行くまでの西洋風建物や、教会もすごいし、夜、大さん橋から望めるミナトミライの夜景もすごい。横浜ってさすが観光地。と今更感動。 でも職場の目と鼻の先・・・・そもそも、職場と駅しか往復しないあたしに問題があると、真剣に思いましたねぇ。とほほ。そういう意味で、とてもリフレッシュできました。軽ーく一泊旅行ぐらいした効果はあったかも さて、アヴァターラ出展をしているあたしですが、いくらすぴこんでも一発でアヴァ・ターラとわかる方はおらず、「オーラソーマとは違うんですか?」「あの四角いボトルじゃなくて?」という声を、よくかけられます。以前も書きましたが、アヴァターラはヴィッキーの姪のマリオン・ザックの造り出したカラーセラピーです。すぴこんは時間制限があるので、4本以内のセレクトにしていただいていますが、1本でも3本でも、読めますし、正式なセッションなら何本お選びいただいても結構です。そして、オーラソーマが魂・ギフトと課題・現在・未来と読んで行くのに対し、「今」を深く詳細に読み取っていきます。もちろん、オーラソーマにはオーラソーマの素晴らしさがありますが、オーラソーマ体験者の方はみなさま、「オーラソーマより、細かくてわかりやすい」と言ってくださいます。そうです、アヴァターラは、かなーり細かく読めるのです。今抱えている1番大きな問題、その問題の下にある深層心理、それにどのように対処していけばいいのか、なにが対処のネックとなっているのか、そして、潜在的に抱えている問題、その下にある深層心理、それにどのように対処していけばいいのか、周囲からどのような影響を受けているのか。他にも、クライアントのパーソナリティーや、体の気をつけるべき部分なども、時間が許せばお伝えすることができます。4本でこれだけ読めるのですから、正式リーディングだと・・・大抵1時間では終われません ということで、試験管のような小さなボトルをお見かけになった方、ぜひ1度お試しあれ。 カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA ホワイト・ターラ
2007.11.19
先日、職場の同僚(30代子供2人)が朝イチにぶちキレ、職場放棄して帰ってしまいました。まぁ、そりゃキレるよなぁ(対経営者にですが)という事態でしたし、今までの経過もありますので、それは理解できます。 別の同僚の女性は、ごくまっとうで理性的に、職場放棄したら辞表を出すにしても(退職金などの)査定に響くし、だったら今日は仕事をしたほうが・・・という主旨のことを言って止めましたが、当人は止まるわけもなく、あたしはもう少しエモーショナルな人間なので、「帰りたいなら、帰りなよ。耐えられない日もあるよ」なーんて言って見送りました。 さて、残された女2人。見送る時の意見は違えども、気持は同じ。職場放棄でばっくれとは、いくら相手が悪くともたいそうなこと。しかも相手が社長だし。そこまでするのは当然辞意があるに決まってます。ま、当人も、「明日はちゃんと来ますっっ!辞表を出しにっっ」と怒鳴っていましたので、彼が辞めることは間違いない。そして、今、職場は「辞めるタイミング待ち」を皆がしている状態。・・・自分が辞めた後、残される人たちに悪くて、なんとなく皆がタイミングを待っている、みたいな。 「ぶっちゃけ、いいタイミングだよね」「明日辞表出すって?いいんじゃない、皆で出しちゃえば」そう、ある意味、彼が導火線を切ったのはラッキー。残された女2人、煙草をふかしながらほくそ笑んだのでした・・なぜなら、彼は口ではいろいろ言いながらも、職場をどうやら深く愛している気配。辞めるにしても、長年共に苦労してきた仲間ですから、1人置いて行くのは・・というのがあたし達の枷になっていたのは確か。「まぁ、こんなきっかけでもないと奴は辞められないから、ある意味よかったんじゃない?」女性は常に現実的で、前を見ています。あたし達は「年末年始、ここにはいないね」なんて肩を叩き合っていたのです。 しかし。1時間半後。彼から携帯にメールが届きました。「頭冷やしました。反省してます」ええええええーはやっ なんてこと、すごい勢いで飛び出して行ったくせに、たった1時間半で反省しやがった。しかも追って電話が。「今、駅前の王将にいるんすけど、社長に謝り行ったほうがいいですかねぇ」「いや・・てゆうか、アンタ酔っ払ってんじゃないの、てゆうか、なんで石川町にいるの?」「やってらんねーんで、駅前でウーロンハイ買って飲んで、泣いて、王将行って今、緑茶ハイ飲んでますが、なにか?」・・・・・・なにか?って・・。しかも泣いてってそれ悔し泣きじゃないの、なんでそんな相手に反省して謝るの。そもそも何で飛び出して行ったくせにそんな近所にいるわけ? まぁその後、彼の直属の上司にその意を伝え、なんだかんだで翌日社長に謝罪し、その騒動は終わったのですが、こういう行動は、女性にはまったく理解ができません。しかし、思えばうちの職場、過去にも結構男性社員が飛び出して行っています。その都度なぜか見送る役目のあたしは、「ああ、辞めるのね」と思っているのですが、これが絶対辞めない。翌日さらっと出勤したりする。もちろん、あからさまに1時間半後に「反省しました」といい、すでに謝罪の意思があることを告げられたのははじめてですが、「あ・そうゆうこと」って感じです。たぶん、飛び出す時は辞める気でも、少なくともその日のうちには、気持は変わっているんですね。。。 「わっかんねーっ男って」拍子抜けしたのは、あたし達。辞表を用意しようとしていた女性2人。「だってさ、くやし泣きしてんでしょ。あり得ないよねこの展開」そう。女性はも少し計算高い。本気で辞める気ないのなら、職場放棄はしない。そして、くやし泣きするほど悔しいなら、絶対相手に謝ったりしない。・・・・じゃないですか???? 面白いのは社長で、今回のことは堪えたらしく、彼もまた謝罪してました。これは奇跡に近い。・・・ただその反省は3日ともたないでしょうが。そして直属の上司は・・・彼に対して愛が完全に深まっています。彼が帰った後、すごい状態になった現場を立て直したのはその上司ですが、1度手ひどく背を向けられ、その後すり寄ってきたのですから、絶望がひどかった分、愛が深まるのでしょうか。あたしがその後「あれ?今日は王将行かないの?」などといじめると、「やめろよっ、可哀そうだろうっ」などとかばいます雨降って、地固まる?ってやつ? 男は、謎です。ただ日々思うのは、いいとか悪いではなく、やはり女性の方が個人的で、男はやはり社会的だなぁということ。女性は、感情のポテンシャルが高まると、職場での出来事も個人の領域で考えますし、帰属意識は個人にいきます。「あたしは、許せない」って、女性にとって職場に背を向ける立派な理由です。そして、万が一職場を飛び出せば、絶対にそこから離れるんじゃないかと思います。なにも徒歩5分の場所で緑茶ハイ飲まなくても・・。 でも、男性って、あくまでも社会的動物なんじゃないかなぁぁぁ?帰属意識は・・職場のような気がする。「俺は許せない」より優先的なものが、社会性?職場?なににしても、帰属意識があくまでも職場だから、その場所から離れられないんじゃないのかなぁ。もちろん、守るべき家庭があるとかの問題もあるとは思いますが、それだけじゃないと思うんだよなぁ。過去の職場放棄組には、独身者もいるしね。 ぶつぶつ文句を言っているあたし達に、別の男性が言いました。「わかったろー?男ってのは、女よかずっと繊細なんだよ」「デリケートってことでしょ」「いや、違う。ナイーブなんだよ」・・・・悪いんですが、デリケートとナイーブの違いすら、あたし達にはわかりませんです。
2007.11.07

オーラソーマのB10は、グリーン/グリーンの「行って木を抱きなさい(goo, hag a tree)」です。・・・すごい名前です。命令形だしねでも、最初からなんか気になる名前であったことは確かです。だって、木を抱くって・・・東京育ちのあたしは、まず身近に木があるわけじゃない、いや街路樹やら公園にはありますが、抱くほど身近な存在じゃない。しかも、あたしは大の虫嫌い。そんなん抱いたら、虫とかついちゃうんじゃないのかしらん。。ま、そういう意味でも、とてもインパクトある名前だったのですね。とはいえ、最近は大天使シリーズが続きまくっていますが、かつてのボトルのネーミングは、どれも意味深です。 さて、グリーンという色も、なかなか気になる色ではありました。子供の頃、あたしは絵の具や色鉛筆の中の緑が大嫌いでした。なぜか、緑を見ると頭が痛くなっていたのです。ただでさえ頭痛持ちの小学生にとって、これは重大です。べつに自然の緑が嫌いだったわけではないのですが、長じて海外に行くようになると、乾燥地帯・・砂漠やゴビ灘、岩山、そう、なるべく緑の少ない地域を好んで旅をしていました。褐色や灰色の荒涼たる風景はすごく楽になれて、海や緑は落ち着かない。当時としてはそんな感覚でした そんな時出会った「行って木を抱きなさい」ですから、そりゃまぁ、気にはなります。気になったまま、数年を経て、あたしもようようグリーンを選べるようになった今日この頃。先日、オーラソーマ友達のなおちゃんと、原宿で遊んでいた時に「行って木を抱きなさい」の話になりました。その時から、なんだか無性に、木を抱きたくなってきましたwww。ヴィッキーは、散歩の途中、突然木に抱きついたりしていたようです。お供のマイク校長は突然消えるヴィッキーに手こずっていたらしいですが今までまったく他人事であった「木を抱く」という発想が、どうやら自分の中に衝動として興っているらしい。。汗。 普通の友達であれば打ち明けられないこの衝動でも、お好み焼きを食べながら打ち明けたあたしの衝動を、なおちゃんはあっさり快く受け入れ、代々木公園に同行してくれましたよすでに門は閉まって、夜でしたが。夜の街路で木を抱く、アヤシイ女性2人組。どう見ても変ですからっ。人生初の、「木を抱く」体験です。まさに、「行って木を抱きなさい」ですねぇ。人って変われば変わるものです。でもがっつりエネルギーが流れ込んできましたよ。初体験ですからね。敏感ですっ。「木からって、エネルギーをもらえるけど、こっちもあげているんだって」なおちゃんが教えてくれました。でも、あたしの掌は、圧倒的に貰いまくっていましたねぇ。長年飢えていたのかしらん。ごちそうさまです。 これが、渋谷や恵比寿だったら、そうそう木を抱ける環境もなかっただろうなぁ。と思うと、原宿で遊んでいたこと事態が、巡り合わせかなぁ。木に対する思いなんて、特に何もなかったしね。 困ったのが、1度抱いてしまうと、もっともっと抱きたくなることです かといって、地元にはそんなスポットないしねぇ。 職場の近所の横浜スタジアム横の公園には、手頃な木があるような気もしますが、けっこう人通りも多く、知人友人と出くわす確率の高いデンジャラス・ゾーンで、まさか幹に張り付いているわけにはいきません。「エネルギーもらってるの」なんて言ったら、恐ろしい反応が返ってきそうだし。都会じゃ木を抱くのも、なかなか困難です。。。。。 オーラソーマ・オーラライト・アヴァターラ各種カラーセラピーは・・・ カラーセラピー&リーディング WHITE-TARA
2007.11.01
東京すぴこんでDREM35/WHITE-TARAのブースにお立ち寄りいただいた皆様、ありがとうございます今回はアヴァターラで出展いたしましたが、やはりオーラソーマのほうが圧倒的に知名度が高く、そんな中でもアヴァターラを選んでいただき、感謝感謝です。 ・・・・でも、あんな小さなアヴァターラでも、かなりな大荷物。。オーラソーマの50mlお持ちの方がいらっしゃいましたが、車?郵送?などといらぬ心配してしまいましたよいずれはオーラライトを持ち込みたいと思っていますので、その時はよろしくお願いいたします(重いけど・・)現在を、深く細かく読み込んで好評だったアヴァターラですが、オーラライトは現在に深く関わる、過去の出来事が浮き彫りになりますよー! やっと更新した・・というか作り直したHPはこちらWHITE-TARA
2007.10.29
ストレスが溜まっているのか、「怒り」の感情と対面することが多い今日この頃です「怒り」といえば・・幼少期、あたしは興福寺の阿修羅像を偏愛しておりました。小学生の部屋に仏像のポスターって、なかなか奇異ですが、中学卒業くらいまでは貼って眺めていたなぁ。。阿修羅の原型はゾロアスター教のアフラ・マズダーにあるとも言われていますが、日本に伝わるのはやはり、ヒンドゥーに伝播した、インドラ(帝釈天)と闘うアスラでしょう。日月を闇に覆うほどに「怒り狂い」、仏法に仇なす存在であった阿修羅は、帰依し、仏法を守護する立場に代わっても、やはり「怒り」を身の内に燃やしているように見えます。興福寺の阿修羅像は少年の形をとった、三面六臂。凛々しい瞳と、愁眉が印象的で、一見憂える表情をしており、か細い六臂は、とても剣や弓など扱えそうにありません。が、豊かな頬や引き締めた口元からは、身のうちに滾る爆発的なエネルギーが感じられます。今にも少年の型を破り、鬼神の姿があらわれそうな気迫があるのです。 なんで、そんなに阿修羅に惹かれたんだろう・・?と振り返れば、激烈に長く激しい反抗期を過ごしたあたしは、そういえばいつもなにかに怒っていたっけなぁ。。とま・親だとか、学校だとかどの程度のものにですが。 さて最近。あまりにも自分の怒りと向き合わねばならないので、数年前に購入して寝かせてあった、ダライ・ラマの「怒りを癒す」を読んでいますwww。数年前に購入していた、ということは、数年前にも怒りまくっていた時期があったということです。・・・原因は忘れちゃった怒りが自身へ向かえば、自傷行為などにも繋がりますが、あたしはダイレクトに他者への攻撃となります。以前は、発散して終わっていたのかも・・読んでないってことは。しかし、さすがに今回はもう大人ですので、どうにかこれを飼いならせないものかと思っています。すると、恐ろしい一文を発見しました。「千劫の間に積んだ善行も、一瞬の怒りによって無に還る」えええーっ一劫が四十三億二千万年だっちゅーのにっっかける千っ。もう生まれ変わる気すらなくなりますね「怒り」とは身のうちの「毒」なのだそうです。まぁ、それはわかります。激しく怒っている時って明らかに、臓器がおかしくなるもんなぁ(胃とか、心臓とか。・・怒りすぎ?)。では「毒」を消す「薬」はなにかと言えば、「忍耐」だそうですぅぅぅぅうーむ。ま、なにがなんでも耐えろという訳じゃないのですが、怒ることより、その原因をつきつめ解決したほうがよかろう、そもそも、人間は因果によって成り立つ者、怒りを引き起こした相手もまた、因果によってそういう存在ならば、その相手が悪いわけじゃないと。達観です。。。。。30回転生しても、その境地にたどり着けるかどうか。でも、ダライラマは「怒り」より悪い感情として、「憎しみ、嫌悪」を挙げています。あたしはそれはないだけ、まだマシかと読みながら自分を慰めましたよ。「喜」「怒」「哀」「楽」の中で、怒りが一番、自分の尊厳やアイデンティティーに直接係るだけに、扱いづらい気がするなぁ。 でもだから、興福寺の阿修羅像は、人々を魅了するのかも。だって、誰しもが抱える怒りの炎を身のうちに、静寂なたたずまいを魅せる像って、そこに在るだけですごい訴えかけるものなぁ。阿修羅像は奈良時代、インド人が造ったという説もあるようですが、実際には百済系渡来人の仏師が造ったそうです。彩色の残る当時は、あの瞳はブルーであったそうな。また一説には、あれは帰依し、懺悔をしている時の像だという話もあるようですが、どうでしょう??己の過去の戦いを悔いているというよりは、信仰という静寂の鎧に覆われながらも、より激しく燃える火が、怒りがあるような気がするなぁ。・・・もちろん、それは仏法を守護するとか、苦界への怒りとかの、私憤でも、反抗でもない「怒り」なんでしょうけれど。怒りを秘めた静謐って、ある意味最強。その前にあたしは、口にガムテープ貼らなきゃならないけどね
2007.10.23
以前、修験道のことも書きましたが、どうもあたしは山岳修行に惹かれる。。。3階まででもエレベーターを使う軟弱者だというのに。。富士山の7合目で挫折した根性無しだというのに。。 さて、千日回峰行ですが、一度修行をはじめたからには、なにが起きても修行を中断することはできません。親や肉親が死んでも。修業中、病気や、獣に(イノシシに襲われたりするようです)襲われ負傷しても。また、大雨強風で世間が騒いでいても、夜中行燈の火すら消える嵐の山中を、行者さんは歩きとおします。鉄砲水で流されたり、土砂崩れにあったり、いろいろあるようです。三百日を過ぎるまでは、足袋を履くことも許されません。素足に草鞋です。指の股とか痛そうだなぁ。。蓮華の蕾を模した笠を被ることも許されません。雨の日だけは油紙に包んだ笠と蓑合羽を許されるそうですが、小雨ならともかく、大雨に役に立つのか・・ 実際に、修業中に命を落とされた方もいらっしゃるようです。また、修業を中断するなら命を断てと、短剣と死出紐、六文銭が行者さんの白装束とセットになっています。修行を中断するくらいなら、腹を刺すか、首を括るか選べ。三途の川を渡る銭くらいは用意しておくよと。 もちろん、その千日回峰行は、やりたければやれるわけではありません。回峰行を終えた大阿闍梨たちにより厳選された逸材が、回峰行を許されるわけですし、それまでにも終えておかねばならない行は多々あります。でも、それだけの逸材が、それだけの覚悟を決めていても、 最初の数年は幻覚を見たり、「こんなことをして何になるのか」という気持ちになるそうです。 この行の凄さは、べつにクライマーであるとか、アスリートであるとかの、普段から肉体を鍛えている人々が行うわけではない、ということです。もちろん、自己管理の一環としては行っているのでしょうが、日々のお勤め、住職としての職務もありますので、筋トレ重視の生活ではないのです。まぁ、言いすぎかもしれませんが、なんらあたし達と変わらない、普通の人々です。 精神力と、信仰の力が、どれほど人間に作用するのか。深夜の山中で、幻覚や煩悩と闘いながら、お堂で一人、陀羅尼を唱えながら、己ひとりしか頼る者はいない状況で、人間はどこまでのパワーを引き出せるのでしょうねぇ。開祖最澄は、「腐敗した世を救えるのは(って奈良時代ですが)、山岳修行しかない」という意のことを言いました。政治の思惑渦巻く奈良の都の寺で経を唱えるより、山中で孤独な捨て身行に身を投じることに活路を見出したのでしょうか。たとえば、体が病に冒されていても、身近につきそい励ます肉親や友人がいたり。周囲を信頼できなくとも、健康な肉体があったり。精神的にものすごく落ち込んでいても、救いの手をさしのべる人たちがいたり。肉体と、精神、そして人間関係。そのどれかが健全ならば、人間てそこに救いの道を探せるものだと思います。でも、山に入り、行を行うということは、そのすべてを一度、捨てるということ。愛執のすべてを絶ち、心身を限界点に置くことで、己を疑い、仏を疑い、すべてを否定しかかった時に訪れるのは、どんな光なのかなぁ。なんとなく、自身の肉体や、心や、今行っている行などをとうに超えた、なにかを体感できなければ、続けてはいけないんではないかと・・・想像でしかありませんが。 それが、骨や、筋肉、内蔵だけがなせる技だとは到底思えません。自身の名誉や功名のためだけにできることとも、思えません。 比叡山は、「論、湿、貧、寒」という言葉があります。琵琶湖からの湿気が高く、厳冬期には零下にもなる気温の低さ。実際、秋の比叡山で一泊した時、夜の寒さに、裸足の僧侶を横目に、靴下2枚履きしたあたしがいました。「こりゃ、冬は無理だなぁ」と思った記憶があります。・・・修行じゃないですよ、観光も無理っ。一月の京都観光で、板張りの床が冷たいという理由で、寺院観光をしなかった時もあったなぁ。・・・おお軟弱の極み。 吉野修験は似たような環境、出羽は東北だし、どうやら、寒い地方のほうが、より山へと入り込む行が多いような気もします。更に苛烈な地で、更に過酷な行を、ということなのでしょうか。 肉体を絞り切ることで、精神は、魂はどこに飛ぶんだろう? 山岳修行はできなくとも、心身が限界地に達し、己すらも疑うような時に、懐疑と憎悪の暗い闇に沈むより、そこにほのかに見えるはずの、一筋の光を目指すことができるような、そんな矜持は持っていたいなぁ、と思う今日この頃。
2007.10.16
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