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2022.10.26
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カテゴリ: 鹿児島の歴史



終戦後の復興の中で小学校時代を過ごした私と同年輩の人々にとっても恐らく同じ気持ちであっただろう。当時は「鴨池」という名前の由来も知らず、この歳になって初めて知る始末であったが、改めて今回訪れてあまりの変わりように驚くしかなかった。

 下の案内板にあるように、江戸時代、現在のこの鴨池児童公園(鴨池2丁目)の辺りに黒木屋敷という薩摩藩の家老の別荘があり邸内に大きな池があったそうだ。そこに鴨が集まりたくさんの人が鴨狩りを楽しみ、鉄板で焼いて美味しく食べて賑わった。
後に島津藩第29代藩主・島津忠義が譲り受けたという。忠義は昔からの池の近くに更に大きな池を掘って禁猟区にしたので、たくさんの鴨が繁殖したという。そのようなことから人々がここを「鴨池」と呼ぶようになったという。

 駒池動物園は大正5年(1916)鹿児島電気軌道によって開設された日本で4番目の歴史の古い動物園である。昭和3年(1928)鹿児島電気軌道を鹿児島市に買収され動物園も市営となった。
鴨池という地域には、この動物園の他にも鹿児島市営野球場や海水浴場もあり、当時の子供達にとっては一つのオアシスでもあった。私の記憶では毎年春のお別れ遠足は市内の小学校の全てが動物園に行っていたと思う。
私は昭和37年の春に鹿児島を離れたが、鴨池動物園は昭和47年(1972)鹿児島市の平川町に移転し現在は「平川動物公園」となったという。


 公園内にある「鴨池」の石碑。石垣も当時のものだという。




 下の写真はネットから当時の絵葉書という動物公園の写真を拝借した。



 公園の一角に残された動物園入口の本門







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Last updated  2022.10.26 13:18:58
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