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=勲章と乞食=―――――――――――――――――――――――W弁護士はフランスびいきかなと思う。なぜかフランスのことを話しているW弁護士は嬉しそうな顔をする。「先生はフランスに行ったことがあるんですか?」「これまでに3回行きましたよ。まぁ、おもにパリが中心でしたが、リョンにも行ったし、ニ-スにも行きましたな。クリさんは行きました?」「まだ」「行った方がいいですね。特に画家だったら、まあ、漫画家だって勉強になりますよ」「そうですか」「クリさん、犬に噛み付かれた腕はいかがですか?」「手の腫れは引きましたが、手の痺れはあります」「そうですか」「警察病院の後、近くの外科に行っていましたから・・・」「告訴する場合、噛み付かれた時の治療証明書を必要になりますからお願いしますね」「警察病院、それとも外科医院の?」「それは、最初に診断した警察病院がいいですね」「はい、判りました」「ところで、xxxxさんが飼っていたアフガン犬ですが、犬の訓練所でしつけを徹底的に仕込まれたと言ってます。人に噛み付くような犬ではないと言っているんです。主人に忠実だそうです」「でも、やれ!!と命令すれば跳びつくでしょう」「まあ、それはあるでしょう」「あのフラ公は、そんな男です」「でも、XXXXさんがクリさんに敵意を見せたことは何か原因があるのでは・・・・・」僕には思い当たることはなかった。「アフガン犬に噛まれた時の服装は何でした?」「皮のジャバ―でした」「どんなジャンバ-ですか?」「毛の生えた物です」「狸か狐のジャンバ―ですか」「犬だと思います。いや、狼かも知れません」「狼!!」W弁護士は驚いた。「何処で手に入れたんです」「原宿でフランス骨董市で買ったんです」「そのジャンバ-ありますね」「あります。捨てようかと・・・」「それはやめて下さい。物的証拠品ですから・・」あのジャンバ-を見るだけで悲しくなっていたから。「もう1つ聞いていいですか?」「なんですか?」「犬に噛まれた時の髪の毛は、今の頭の髪の毛のように伸びきっていました?」僕は頭に手をやって、くしゃくしゃにかき回した。狼毛皮にくしゃくしゃ頭。これじゃ、まるで乞食ではないか。「浮浪者みたいだったんですね」「いや、乞食スタイルでした」と僕は,ハッキリ言った。「でも、XXXXさんとは、しょっちゅう路でお逢いしていたんでしょう?」「はい」「それが、突然、あんな行為に出るとは思わないんですが?」W弁護士は頭をひねった。「それとも何か」「何かがあると思うのですが、何か、心当たりはないですか?」「実は僕の家で犬を飼っているんです」「犬を?。どんな犬です?」「柴犬の混じった雑種の犬なんです」「買われたんですか?」「うちの娘が江戸川の河原の土手に捨ててあった目のあいてない犬を拾って来たんです」「犬の名前は?」「ハナと呼んでいますが、登録名は江戸川花太郎とつけました」W弁護士は,思わず、<ハハハハハハ>と笑ってしまった。「時々、ハナちゃんを連れて散歩に出ると、あのアフガン犬が鎖をはずしてハナに飛びかかって首に噛み付いたのです。僕は棒を持ってアフガン犬を叩きまくって、追っ払ったのです」僕の話を聞いたW弁護士は納得したようにうなずいていた。「今日きこれで結構です。これからは起訴の手続きをしますので今度、来た時には治療証明書を持って来て下さい」「大丈夫ですか」「危害を加えたのはXXXX人ですから」と言われて、なんとなく安心感でW法律事務所を出た。
2012.01.14
=勲章と乞食=13―――――――――――――――――――――約一週間たってW弁護士から電話があった。そして早速、指定された日時に僕はW法律事務所に行った。受け付けの女性を正面から見た。事務員ではないと思った。立派な秘書に違いない。顔は痩せ型で小さな口,うすい口紅が上品だった。軽く微笑む姿は清純そのものだった。白い歯が又美しい。「先生がお待ちになっています。どうぞ」と言って扉を開けてくれた手も白魚のような美しい手をしていた。「やぁ、待ってました」と言ってW弁護士はソファに座るよう勧められた。この前、初めて、この部屋に来た時は、目に入らなかったが、壁には、花の絵がかけてあった。分厚い盛り上がった絵、見たことがある絵。確か林 武画伯の絵だ。数百万はするだろう。窓際には花が活けてあり、その下の小さな家具の上に古い骨董の秤が置いてある。さすがは弁護士だ。直ぐに秘書がお茶を持って来た。蓋の付いた茶碗を見ていると、「あっ、そうだ,クリさんはコ-ヒが良いでしょう?」と言って、W弁護士さんはテ-ブルの上置いてあるボタンを押して、「コ-ヒを二つ」と言って切った。コ-ヒがテ-ブルに置かれると、僕は砂糖を四杯も入れた。W弁護士は僕の姿を見て、「私はシュガ-なしで飲んでますよ。このコ-ヒは僕の友人がブラジルでコ-ヒ園をやってましてね、念いったコ-ヒを送ってくれるんです」「そうですか、砂糖を三倍も入れたら不味いですか」「いや、いいんですよ。好みですから。そういえば、ブラジル人はコ-ヒの中にシュガ-を顔を出すくらい入れるそうですから・・」僕は一口飲んだ。甘ったるいコ-ヒはうまい。「ところで、あのフランス人を調べましたよ」「どんな男なんです」「彼の名前はXXXXXXと言ってですね、ポ-ランド系のフランス人です。とても有名なシェ-フでしたよ」「そうですか」僕は腹の中で、<何か有名なんだ、あの馬鹿>と思った。「彼は、リョンのポ-ルボキュ-ズのレストランで働いていたそうです。リョンをご存知?」「知りません」「フランス第二の都市で、南仏よりの市ですよ。ポ-ルボキュ-ズは世界的な有名なレストランで三ツ星のレストランですよ」「三ツ星ってなんですか?」「美味しさのランクですね」「一番うまいレストランは、何星です?」「まあ、五つ星が最高でしようね」「誰が決めたんです?」「ミシュランという自動車のタイヤを作っている会社の人が決めたんでしょうね」タイヤと食べ物では、まったくトンチンカンだと思った。「そして彼はですね。パリのホテル、プラザアテネに移ってですね、トップのシェフとして働いていたそうです」<トップのシェフか>あの男。「プラザアテネホテルはパリでも最高で五つ星ですよ」W弁護士の話を聞いていると、僕よりもあのフランス人の味方しているように思った。
2012.01.11
=勲章と乞食=12―――――――――――――――――――――――――次の朝、10時過ぎに家ほ出た。二番町までは歩いて10分ぐらいでで着く。麹町四丁目の交差点を市谷方向に歩いて行けばいいのだ。道路の掲示版に日本テレビ通りと書いてある。日本テレビの直ぐ近くに8階建てのビルがXXビルだった。時計を見ると、11時10分前。まだ少し時間がある。ビルの前に立つと重いガラスの自動ドアが開く。中に入ると人の姿がない。閑散としている。静か過ぎると思った。ロビ-記載してある掲示版に会社名を見る。一階が外国の生命保険会社。そして二階が七つの会社か事務所が書いてある。そして、その中にW法律事務所があった。エレベ-タ-で二階に出ると、そこは、又静かで、誰にも会わない。右の角の扉にW法律事務所と書いてあり、右側の壁際に白い小さなデスクがあって、<上のボタンを押してください>と書いてある。ボタンを押すと、女性の声がした。「今日、11時に予約したものです」と言うと、「判りました」と返事があると、ガチャンと音がして扉が開いた。凄く厳重なシステムだ。中に入ると、小さなカウンタ―があって、その中で清楚に女性が座っていた。「クリさんですね。ちょっとお待ちください」と言って女性は横の扉から中に入って行った。しばらくすると女性が、「どうぞ」と言って、同じ扉を開けて中に案内された。広い部屋と思っていたが意外に小さな部屋だった。大きな机にパソコンが二台、電話が二つ、そして黒皮の椅子の後ろには、無数の法律書が並んでいる。W弁護士は、意外に小柄で背は僕と同じくらいかな。四角い顔に黒々とした髪も、綺麗に整っている。僕みたいに乞食のような髪をしていない。「どうぞ」と言って、ソフアに座るよう手を差し伸べた。「クリさんは漫画家なんでしょう、時々、面白い漫画を拝見してすますよ」と言ってくれた。僕の漫画が一般に通じるほど、活躍していないのだが・・・・。美しい女性がお茶をテ-ブルに置いた。テ-ブルの湯のみ茶碗に蓋がしてあった。ギョギヨギヨ!!今まで、蓋のある茶碗でお茶を出されたことは一度もなかった。なんとなく法律に手厳しい人であると思った。ちらりと見た女性の後ろ姿。黒のストッキングに黒のヒ-ル、紺のタイトスカ-トに白のブラウス。髪はショ-トカット。なんと美しい後ろ姿。僕は本能的に一瞬にして女性の全体を見てしまうのだ。「ところで、今日はなんのことで相談を?」「実は犬に噛まれたんです。その犬はアフガン犬で、いきなり飛びかかって、この右腕を噛み疲れました」僕は包帯を巻いた、腫れ上がった右腕を見せた。「相手はフランス人で、僕に対して、罵倒したのです。百姓!!乞食!!と言って、それも上手な日本語で・・・」「それで訴えたいのですね」「そうです。あのフランス人を僕は許しません」「そのフラスンス人は近所の人?」「そうです。半年前から、近所の一軒屋に越して来た見たいです」「そのフランス人とは時々あっていました?」「よく、大きな外国の犬を連れて散歩していました。すれ違う時、あのフランス人は、口を曲げて、<チェッ>とと舌うちするんです」「クリさんはフランス人が嫌いですか?」「いや、嫌いではありませんよ。これでも、フランスに留学したいと常に思っていましたし、それにフランス語の学校、アテネ・フランセにも行っていましたから・・」「判りました」と言って書類を出した。それを見て、僕は住所と名前、電話番号を書いた。「フランス人の名前も知らないんですが・・」「大丈夫です。直ぐに調べればわかります」話は簡単だった。このW弁護士は、本当に手続きをしてくれるだろうか、ちと、心配だった。「近日中に調べますから、おって電話をします。その時に、又来て下さい」と言ってW弁護士は席を立った。僕も立ち上がって、部屋をでる時、大きな鏡に僕の姿が写った。<ああ、まるで乞食顔だった>
2012.01.09
=勲章と乞食=11――――――――――――――――――――――さて、弱ったな、弁護士に相談して不良外人のフランス人を起訴すると言っていたが、僕自身今まで弁護士に相談するほどの悩みも事件も無かった。弁護士って、なんとなく気難しい人が多いんではないかな。弁護士は貧乏人には冷たく、金持ちには好意的で、とことんお金を巻き上げる商売人なんだ、と思ってる。貧乏人を助ける神様みたいな弁護士はいるのかな。でも、警察には弁護士を通じて訴えますと言ってしまった。困ったな、困ったな。PR誌をやっているH嬢さんを思いでした。いちかばちか電話をしてみた。「Hさんお元気?1つ相談したいことがあるんですが・・」「相談て?」「Hさん、弁護士さんか知り合いがいませんか?」「弁護士さん!」「そうです」「私には、居ないわね」「そうですか、困ったな」「何か困ったことが、あったの?」「いや・・・・」「奥様と離婚話とか、お金の問題とか・・」H嬢は勘ぐっている。「いや、そんな問題ではないんですよ」H嬢はしばらく黙っていたが、「あのね、私の友達に聞いて見るわよ。もし、判ったら電話するわ」と言って電話は切れた。次の日、午前11時頃H嬢から電話があった。「今日は、今大丈夫?」「じゃ、言うわね。私の友達が弁護士さんを知っているって、まだ、新米のほやほやの弁護士さんだけど、もし、良かったら紹介するって。その弁護士さんでいい」「いいです。お願いします」「そう、じゃ、、又電話するわ」弁護士さんで好き好みを今は言っていられない状態です。一時も早く、僕はこの件を解決して欲しいのだ。又H嬢から電話があった。「今、大丈夫?」「はい!!」「じゃ、言うからメモしてね」僕はすぐさま、眼の前のケント紙とペンを用意した。「言うわね。千代田区二番町XX番地XXビルの二階なの。W法律事務所よ。W弁護士先生よ。メモした?」「はい」「先生は忙しい方みたいだから、お逢いする時間も先生が決めちゃったから、それでいい」「かまいませんよ」「じゃ明日の午前11時だけと、大丈夫?」「はい」「では、時間を守って行ってください。」H嬢は電話を切った。PR誌の仕事をしているH嬢は、面倒くさいことをよく、やってくれたと思う。少しホッとした気持ちで仕事椅子に座ったが、手の痺れでペンさえ持てなかった。
2012.01.09
=勲章と乞食=10――――――――――――――――――――――交番に駆けつけた僕の腕を見た警官。血が流れている。「こりゃ、酷い」と言って、直ぐに常備していた薬箱を出して応急処置をしてくれた。血だけの腕ら見ると、5ミリぐらいの穴が開いていた。処置をしなが警官は、「どうしたんですか」「アフガン犬に噛まれたんです」「何処の犬です?」「この下のフランス人のアフガン犬に」「あぁ、あそこのでっかい犬かな」「そうなんです」「犬は鎖につないでたかね」「それが、鎖をはずしたんです」「そりゃ酷い」「あのフランス人、僕のことを、百姓とか乞食と言って、まったく日本人を小馬鹿にしゃがって、ほんとに許さんよ」僕が言った時、おまわりさんは僕の顔を見た。多分も髪を伸ばした姿を見て、多分、乞食かなと思った目つきをした。「訴える?」「勿論、訴えます」「じゃ、署に言って相談してください」おまわりさんは電話をすると、直ぐにパトカ-が来た。パトカ-に乗ると、喜んだ。これで二度目の乗車だった。麹町警察署に着くと二階に通され、小さな部屋に案内された。ハハン、これが、よくテレビに出てくる尋問室だ。部屋の大きさは一畳半くらい。テレビに出てくる大きさではなかった。椅子に座っていると背の高い痩せた刑事さんが入って来た。「犬らに噛まれたんだって?」「何処の犬に?」「フランス人のアフガン犬に」僕は噛まれた腕を見せて、「もう、痛くてたまりません。それにしびれてきて、これじゃ絵も描けませんよ」「鎖をはずして、犬を急き立てんだね」「そうです」「これは立派な犯罪だよな」「そうです」「で、起訴するかね」起訴といわれて、なんの意味がわからなかった。「今は手がしびれて痛くてたまりません。ですからまず病院に行きたいんです」起訴することは、すると裁判になるんだなと思った。そんな面倒臭いことはいやだった。「弁護士を通じて、訴えます」と言ったが、僕は誰一人弁護士の友達もいないし、知り合いもない。隣の尋問室には、あのフランス人と女の声が聞こえてきた。あのフランス人は銀座のクラブで働いている美人の女と一緒だ。夫婦なのか同棲している愛人なのかは判らない。「起訴して勝った場合はどうなんです?」「まあ、あのフランス人は国外追放だな」そうか、それは可哀想にも思ったが、ざまを見ろと言ってやりたいな。まったくの不良外人だもな。「じゃ弁護士を通じて起訴して下さい」と言われた。そして警察のパトカ-で又、警察病院まで乗せてくれた。これで三度目の乗車だった。手がしびれている。これじゃ、永遠に漫画も描けなくなるだろうと心配した。警察病院の地下の治療室に案内されると、これはと思うほどの美人医師が、「犬に噛まれたのね」腕を見れると、チョコチョコと薬を塗ると、「さあ、お尻を出して」「何で、お尻を出すんですか」「馬鹿ね、犬に噛まれたんでしょう。だったら狂犬病の注射をしなければダメなのよ」ちょこっとズボンを下げて、美人医師に向けると。「もっと、大きく出して」と言われて出すと、瞬く間にジュックと注射が刺さった。「半年経ったら、もう一度注射をしますから、来て下さい」ポンと尻を叩かれた。あの美人医師は怖いなと思った。そのまま警察病院を出たが、「あれれ、治療費を払わなかったがいいのかな」と考えながら家に戻った。
2012.01.05
=勲章と乞食=9――――――――――――――――――――――家で描いたたくさんの下絵を紙袋に突っ込んで、両手で持って歩いていると、「クリちゃん、まるでお乞食さんね」と後ろから声がかかった。アトリエの近くで働いている可愛いお嬢さん。「乞食?」「だって、乞食はいっぱい紙袋を持って歩いてるでしょう」「そうかな」「自分の格好を覗いてみたら・・・」と言われて、銀行の大きなガラス窓に写る自分の姿を見た時、「なるほど、乞食スタイルだ!」と思った。でも、服装を改めて着替えようとは思わなかった。次の日もそして又、次の日も同じ格好でアトリエに行った。大きな屋敷の前を通っている時、先方から歳は40歳ぐらいの外人とすれ違った。ギヨロリとした目つきの悪い顔をしている。鼻も長く、頭の毛の茶褐色。その時、外人は、僕の顔を見て、「乞食、乞食!」と言って、片手であっちへ行け!と掃った。(なにを、この外人)と思った。しつこく外人はこっちを向きながら、「乞食!乞食!」と叫んでいる。僕は頭にきて、「ヤンキ-アメコ-!!!ゴ-ホ-ム!!!!」と叫んでやった。この小さな静かな道で小さな日米戦争になった。アメリカ人でも良い人と悪い人がいるが、今日のアメリカ人は悪い人だったようだ。僕は決して外人が嫌いではなかったが、外人の方で僕を嫌っているみたい。ある時、昼に自宅に戻った時、アフガン犬を連れている小太りの男とパッタリと会った。この男はフランス人で東京でフランス料理店を開いている男だった。時々、道で合っていたが、僕を顔を見ると、しかめっ面をして背けてしまうのだ。ついにフランス人は、「百姓!!乞食!!百姓!!乞食!!」と大声で叫ぶと、犬に鎖をはずした。アフガン犬は、とっさに飛び上がると、あっという間に僕の右腕に噛み付いてしまった。「いテテテテテテテ!」日本に住んでいる外人はどうして、日本の汚い言葉を最初に覚えてしまうのか、それがわからない。僕自身、髪が長いのは不潔で汚らしいのは当然のこと。風呂に入っても頭を洗わない。床屋に行かない。髪は伸び放題なのだ。しらみをおけば、喜んで生息するだろう。頭をいじられるのが恐ろしいのはアイデアが逃げてしまうことです。時は違うがパリに行ったある日、パリに留学していたデザイナ-の卵だった鳥居ユキさんに会った。友達と一緒に鳥居ユキさんの部屋に入った時、壁一面にフランス語で何か書いてあった。「何よ、この落書きは」と聞いて見ると、「これはフランスで下種な言葉が書いてあるの」と言った。下種な言葉とは、ポコチン、糞ッたれ、ダメXXコ、下痢女、腰抜け、たったと帰りやがれ!。AU FOU!「どうして書いたの?」と聞いたら、「フランスの男友達が部屋に来て、変な気を起こさないためなの」と言った。「なるほど」日本人も異国にいると、まず下種な言葉を覚えるみたいだ。このAU FOU(うす馬鹿)はタイトルが面白いので僕にアニメのタイトルに貰ったが・・・。日本に住んでいる外人さんも、いち早く下種な日本語を覚えてしまったのだろう。それにしてもアフガン犬に噛まれた僕は、すぐさま近くの交番に走って、犬に噛まれたことを訴えた。
2012.01.04
=勲章と乞食=8――――――――――――――――――――――その当時、イタリアのオリベッティの仕事をしていた。広報部長のI氏とはとても気が合って、おこぼれの仕事を貰っていた。時々、イタリアの服飾デザイナ-のクリッツァとモデル二人を連れて自宅に来たこともあった。それに、フランスの画家、ホロンを紹介してくれた。ホロンは一週間も僕のアトリエに来て、遊び、一枚の絵を描いてくれたほどだった。オリベッティの広報部長だったI氏は交際費がたらふく使える身分だったようで、時々、晩飯に招待してくれた。それほどに可愛がってくれた最高のスポンサ-だった。そんなある日、電話があって、霞町のあるイタリアレストランから電話があった。I氏の声だった。「今さ、とてもシャレたレストランで食事をしてるんたけど、こっちに来ない。それに美人の女性が二人なんだ」時計を見ると一時過ぎていた。それに飯を食ったばかりだった。でも、美人が二人、僕に会いたがっているとのこと。僕に会いたい女性。飯よりも女好きな僕のこと、「判りました、すぐにとんで行きます」霞町は、この辺には知り合いのバ-もあったので小さな路地まで僕は知っていた。ル-マニア大使館の直ぐ近所だった。石段を上がって扉を開けると広い部屋に可愛い椅子。まるでイタリアに行ったみたいだった。部屋の中央にI氏がいた。そして手を上げてくれた。「やぁ、来てくれたね。お乞食さん」僕は乞食と呼ばれて、一瞬、赤面した。可愛がってくれたI氏から乞食と呼ばれて目がくらんだ。二人の女性も笑っている。「飯は?」「食べて来ました」「そうか、じゃお茶でも」I氏はコ-ヒを注文してくれた。お乞食さんと言われて、みんなと同じ料理を食べる気もしなかった。I氏から電話がかかって、直ぐ絵の具のついたボロ服を着たままの格好で来てしまったからだ。頭も髪がぼうぼうで櫛も通さなかった。多分、鏡を見たら、完全な 乞食スタイルだったかも。乞食スタイル。「汚いでしょう」と二人の女性に僕が言うと、「あらら、とても画家らしくて素敵ですわ」とても良いおせいじを言ってくれた。乞食スタイルが画家のシンボルになのだろうか。よく父が言っていた。「絵描きになりたい!!。馬鹿コケ!!。河原乞食になりたいのか!!」と。その頃、父はよくお寺で寄生している日本画家と会っていたらしい。そして、安物の日本画を買って来て、部屋に飾っていた。寺々を渡り歩いている、みすぼらしい画家の姿を見てたのだ。画家とは乞食に等しい。と父は思っていたのだ。まあ、絵で飯を食える人物は何万人に一人かも知れない。だから絵の世界に入ったら、まるで地獄の世界に飛び込んだと同じなのだ。「ダメだ!!」父は僕の画材、画材と言っても水墨用の筆だったが、バラバラにへし折って捨ててしまった。だけど僕は画家になった。それも貧乏画家に。
2012.01.03
=勲章と乞食=7―――――――――――――――――――――――自宅とアトリエは1000メ-トルぐらい離れてる。当時の番町は殆ど、豪邸の住宅街だった。大きな屋敷には、それぞれ池があって、自然そのものの庭が広がっていた。季節になると池に住み着いていたヒキガエルが繁殖して、道路にはみ出して、そのヒキガエルが動かないので、まるで牛の糞が無数に散っているみたいだった。車が来ると、何十匹もひき殺されて伸びているのだ。金持ちになる人は、いったいどんな人だろうと、表札を見る。当時、僕は自分の名前が漫画家らしくない名前だったので姓名学の本を買って、選らんでいた。気に入った名前に変えたら、漫画賞を受賞して人生は変わった。それほど姓名とは重要だったことを知った。金持ちの屋敷、大きな門構えに大きな表札、そして立派な書体で名前が書いてある。字数を調べて姓名学の本を開いて見ると、驚いたことに、最高の運勢であることが判った。「やっぱりね」と感心してアトリエに行く。ある時、自宅から電話があって、「ヒュ-ズがとんだの、直しに来て」と、ボロ借家だから年中ヒュ-ズがとぶ。「判った」と言って、僕はペンチにドライバ-を持ってアトリエを出た。大きな屋敷の前を通ると、無数のヒキガエルが道にあふれていた。ここの屋敷は、プ-ルもあって、それに馬鹿でかい池まである。大きな門の前に立った僕は自然に表札を見る。その時、目の前にパトカ-が止まって、二人の警官が降りてくると、「あんた、ここで何してるんだね」どすの利いた声でで僕の前に立った。そしてもう一人の警官は僕の後ろに。「表札を見ていました」「表札を?」「はァ」と返事をすると、警官はあきれた顔をしていた。「何で表札をだ」「字数を数えて運勢を・・・」「馬鹿なことを言うな」警官は自然に僕のポケットに眼をやって、「そのポケットの中身はなんだね」「これですか?」「そうだ」「ペンチにドライバ-です」「何で、そんな物を持ってるんだね」「自宅の電気のヒュ-ズがとんだので帰るところです」「家は何処?」「麹町警察署の前です」「何をふざけたことを言って!」「ほんとです」「そんな家なんかないぞ」僕の格好は作業服によれよれの絵の具のついたズボン、頭は髪が伸び放題で、油で髪が固まって、それに埃で白くなっていた。まるで乞食だった。警官は麹町警察署の前に乞食が住む家なんかないと見ていたのだ。「一緒に車にのれ!」初めてパトカ-の乗せられて連れて行かれたのは嬉しかった。麹町警察署で下ろされ、「お前の家は何処だ?」と言われて、早速、案内した。麹町警察署の前の路地を入って、左に曲がり、そしてさらな小さな路地に入ると、英国風のグリ―ン色のマッチ箱のような小さな家の前に立った。「ここです」と言うと、「あなた帰って来たの?」家内の声、扉を開けて警官が立っているのに驚いた様子。「失礼しました」と二人の警官は帰ってい行った。
2012.01.01
=勲章と乞食=6―――――――――――――――――――――――僕は床屋が大嫌いなんだ。髪の毛一本だって他人に持っていかけることを拒むね。僕のアイデアは髪の毛まで染みとおっているから一本抜かれると、取っときのアイデアが無くなってしまう。勿論、頭を洗うなんて、持っての他だ。家内が、「ああ、臭い!臭い!」と言われて、しぶしぶ頭を洗うと、洗面器の中はどす黒い茶褐色の汚水になる。僕は洗面器の中を見て、「ああ、この中にゴッテリとアイデアが浮いているのが見える。鏡を見ると、完璧な乞食顔になっていた。(これじゃ日本テレビの11PMに出るのは不味いかな)と思った。でも、この顔で出てしまった。家内が、何時だったか、「あなたって今話題にになっている麻原彰晃にそっくりだわ」「よせ、あんな悪党なんかに似てるものか!」と家内に怒ついたが、鏡を見ると、(すこし似てるかな)少し寂しくなった。僕は鯖江の黒ぶちの眼がねをしている。一見、ロイド眼がねなんだがね。これで少しは画家の顔になっていると思う。11PMに出演していた山本直純にも似ていた。ある日、TBSテレビ局の前にアマンド喫茶店でお茶を飲んでいると、見知らぬ女性が声をかけてきた。「先生ですか?」「はぁ」と返事をすると、「原稿の件、明日が締め切りですので、よろしくお願いします」と言われた。「いいですよ」と返事をすると、その女性は帰ってしまった。いま、会った女性は何処の出版社だったのかなと僕は頭をひねった。思い出せない。良く考えて見ると、今月締め切りの出版社は僕の仕事の関係する出版社には1つも無かったはずだが・・・ハハ-ン。あの編集者、山本直純と間違えたんだよ。(僕は知らん、僕は知らん)と言って、アマンド喫茶店を逃げるように出た。テンビ局のスタッフは芸能人の噂話を良くしてくれる。「君は山本直純と良く似ているけど、君も恐妻家」と聞く。「僕は違いますよ」「じゃ何?」「ただの家庭」「嘘だろう?」「何故、山本直純さんと一緒にしたがるんですか?」「じつはね。直純さんと一緒に飲んだんだよ。でね。帰りの車を同伴してさ。直純さんを家庭まで送ったくだよ。直純さんを家の前で下ろしてさ、僕はタクシ-で、そのまま行ったが、その先、袋小路。車は又同じ道を通って、直純さんの家の前に来た時さ、直純さんは玄関にひざまずいて、「お願いします。いれてください、と同じ言葉を繰り替えしていたんだよ」「それがどうしたんですか?」「だから君もそうかと思ってさ」顔が似ていると、全ての行動までも似てくるものだろうか。TV局で山本直純さんとパッタリ会った時、「やぁぁ、僕良くあんたと間違えられてさ」と同時に同じ言葉で叫んだのだ。
2011.12.31
=勲章と乞食=5――――――――――――――――――――――麹町四丁目の煙草屋にはパイプは売っていなかった。やっぱり盛り場に行かなくてははダメのよう。盛り場と言えば銀座、渋谷、新宿、池袋。渋谷、新宿、池袋はゴチャゴチャして僕は好きではない。やっぱり銀座が僕は好きだ。初めて銀座に出て来たのは。昭和25年の6月だった。住まいは藤沢にあったので、日曜日に東京に出て銀座に行ってみたいと思ったからだ。新橋で降りて、地下鉄に乗り、次の駅、銀座で降りた。表に出ると、交差点では進駐軍が交通を仕切っていた。その手羽先はなかなか上手で、口をあけて見とれていた。立ち並ぶ商店の道路側にテントを張って闇市が並んでいる。望遠鏡や衣類、そしてもうもうと煙が立ち込めて、美味しい香りがする。雑炊や焼き蕎麦や菓子類。一丁目から八丁目まで闇市で占領されていた。テントの裏で七輪で飯を炊いているも者もいる。テント外に一人の老人が座布団を敷いて座っている。新聞紙の上に置いた一本のキセル。それが売れると、座布団の下からキセルを取り出して。新聞紙の上に置いた。たくさん、商品があれば売れないのだ。数少ないことを証明するための演出だった。ガラスの知恵の輪を売っていた。1個10円。面白そうだったので、渡された知恵のをいじっているうちポキンと折れてしまった。しかたがなく10円を支払ったが、まんまと騙されてしまった。都会は、やっぱり怖いなと思った。目の前に、三越デパ―トがある。店の中はゴッタ返し。僕は、ふらふらとデパ-トの中に入って、多くの人が並んでいるエレベ-タ-の前、二つあるエレベ-タ-の1つが空いていた。僕は、それに乗ってしまった。、途中止まらないのに驚くがそのまま屋上の8階まで行ってしまったのだ。扉が開いた時、僕は恐怖を感じた。売り場ではなかった。白い壁の前に入り口があって。見慣れない服装の女性が立っていた。中を覗くと、椅子が並べてあって、多くの人が僕に背を向けて座っていた。ある女性が白い布地を頭にかぶって中に入っていく。「ここは何処なんですか?」と尋ねると、「ここは教会です」「教会?」「デパ-トの屋上に教会?」「そうなんです」僕は逃げるように階段を探したが見当たらない」係員が、「どうぞ、お入り下さい」と再度勧めるので、中に入ってしまった。「そうです。今日は日曜日のミサの日です。どうぞ、お入りください」前の女性が中に入る時、小坪の中に指を入れてのを見ていたので、僕も真似して小坪に指を入れて胸にあてた。この仕業はなんの意味があるかは僕は判らなかった。後ろに立っていると、係りの人が、「前の座席が開いたいますから、どうぞ」と勧められた。前の座席の二番目の席に座ると、もう、生き地獄だった。隣の席の女性の真似をして、みんなが立つと立ち上がり、手ほ合わせて、祈りをすると、その真似をした。宣教師がキリストのことを話されると、隣の女性は手を合わせて眼をつぶり、顔を伏せる。僕も真似をする。最後に長い杓子のような器を出されると、隣の女性は小銭をその中に入れた。僕も小銭を入れる。ただでさえ、お金がない僕はピンチになる。もう、我慢が出来なくなって、教会を飛び出してしまった。運よくエレベ-タ-が開いたので飛び乗る。「あああ、驚いた。初めて東京の銀座に出た日に教会に行くなんて」それもデパ-トの屋上に教会があるとは、今、考えてみると、実に不可思議な話とじゃないか。僕は東京に来て、これから、いつまでもキリストに加護されて行くのかなと思った。それから数十年たって、今、僕は銀座の煙草屋でパイプを買おうとしている。パイプはピンからキリまであって、高いものは数十万円。安いのは千円くらいからあった。僕は五千円のパイプを買った。「さあ、これで、おまわりさんににらまれないだろうな」
2011.12.26
=勲章と乞食=4――――――――――――――――――――――自宅に戻って、パイブに煙草を詰めようと開封したら甘い香りの匂いがした。薔薇の香りか、蜂蜜の匂いか、何か美しい女の首筋の香りがした。何で女の首筋の匂いを知ってるんだ!!いやいや、言い訳をするのではないよ、現に僕は女の首筋の匂いほを知ってるんだな。まだ、画学生の頃、蒲田から御茶ノ水まで通学していた頃、いつも朝10時頃に通学していたんだ。いつも通勤時間がずれて隙間のある電車だったが、その日は人身事故で二時間ばかり電車は不通。僕の乗る10時頃に開通になったが、来る電車来る電車は超満員で、すし詰めの状態だった。プラットホ-ムの僕の前に和服の美しい女性が立っていた。歳は僕と同じ頃、黒い目のパッチリした美しい女性だった。背の大きさは僕と同じくらいかな。首筋が細く色白で。今まで、一度もこんな美しい女性にお眼にかかったことはなかった。満員電車が来ると、僕は彼女の尻に食いつくように一緒に乗った。着物の香りが、また、なんとも上品で、次の駅で乗客が乗って来ると、僕の顔は、後ろ向きになっている首筋に当たるくらいに詰められてしまった。彼女の首筋から流れる女の香りは、性感体を刺激するほどだった。眼をつぶっていると、彼女とベットの中で寝そべっているような夢心地だった。彼女は品川で降りてしまったが。まめな男なら一緒に降りて尾行したかもしれないが、僕には、そんな勇気はない。その香りは永遠な物で、数年たっても頭脳の奥に大切に保存されていたのだ。アンホ-ラにはそんな香がする。今まで、ハイライトを10箱も吸って僕は、決して、良い煙草のみではなかったな。金もないくせに一日10箱とは金の無駄遣いなんだ。一本吸うたびにアイデアの一握りも出てこない。それも煙草の三分の一吸ったら灰皿に。灰皿は煙草の吸殻の山になった。日々、もったいないなと思っていたが、煙草を吸わないとアイデアが出ないのだ。初めてパイプを手にして、アンホ-ラを詰めて、火をつける。それもマッチほ使ってだ。煙草屋のおばさんがパイプはマッチで火をつけて吸うんだよ。といって近くの喫茶店の絵の入ったマッチを貰った。なれないパイプ、一口吸ったら肺まで入ってしまい。胸がむせて、咳がでてしまった。マッチに火をつけ吸ってみるが、直ぐに火は消えてしまう。なれないことは止めた方がいいのだが、やると僕は決めたのだ。パイプを口に加えて、少しばかり喋ると、パイプは口から飛んで床に落ちた。パイプを加えて絵を描くことは、ななかな難しい。外に出てパイプを加えて散歩してみた。ベレ-をかぶり、両手をポケットに突っ込み、意気揚揚と歩いていると、「アラララ、ク-さん何時パイプにしたの?」となじみの喫茶店のマダムが声をかけてくれた。「ゃアアア」と、思わず声を出すと、パイプが口から、すっ飛んで地面に落ちた。カチン!と異様な音、地面を見るとパイプの吸い口が折れてしまったのだ。最初から、このパイプは重く、口に加えても、顎がだるく、いやだなと思っていた。人に貰ったパイプは最初から僕に合わないのだ。パイプはいったい幾らぐらいするか判らない。安くても一万円くらい、高いやつは数十万はするだろうな。貧弱なシガよりも金持ちそうなパイプ。貧相な僕に合わないかもしれないが、おまわりさんに変に疑われる以上、僕はパイプを吸うことに決めたのだ。
2011.12.24
=勲章と乞食=3――――――――――――――――――――バスの中で、今、ご婦人が幾ばくかの小銭を渡そうとしたのはどういうことなのか考えてみた。地べたすれすれに座っていたので乞食に見えたのか。それともバス賃がなくて困った老人に見えたのか、一日一善を心に決めている足長おばさんなのか。自宅に戻って鏡で自分の姿を眺めて見ると、絵の具のついたよれよれのズボン、ポロシャツもしみがついて汚い。それに髪は伸びている。もう、半年も床やに行ってないし、頭も洗ったことがなかった。髭は伸びて入れ歯が浮いている。黒の背広も汚れている。緑のマフラ-薄汚い。画家という職業は遠くを眺めている灯台みたいで、手前味噌のことに無関心なんだ。多くの女性の美を求めているが自分の姿には美は無い。自分の姿で人に会うと、「画家らしくていいですね」と返事が返ってくる。画家らしい姿とは、今の僕の姿なのだ。でも、いったん外に出ると、汚物が歩いている姿なんだ。誰も口にしないが、汚らしい人物として見ているのだ。夜遅く帰ると、必ずおまわりさんに声をかけられる。「もしもし、君は何処に行くんだね」近づいて来て、ジロジロと僕の全身を眺めて言った。おまわりさんから僕を見て、浮浪者か得たいのしれない人物と見ているようだった。「家です」「うちは何処だね」「この近所です」僕が歩きだすと、何時逃げ出すかわからない僕を見てピッタリとついて来る。家の前に来て、初めておまわりさんから開放されて行ってしまった。夜道の煙草は、どう見ても怪しい人物に見えるのかもしれない。勿論、服装も汚いが・・・。煙草で、何回もおまわりさんに声をかけられたので、すっかり煙草恐怖症。アトリエの引き出しに知人から貰ったパイプを口にあてて見た。鏡に映ったパイプをくわえた僕の姿、ちと、偉そうに、ちと、金持ちそうに見えたのだ。「よし、今日からシガを止めてパイプにしよう」といってタバコ屋に行ったがパイプ煙草は売ってなかった。「この辺りの人はパイプなんか吸う人はいませんよ」「何処に売ってるんですか?」「四丁目の煙草屋だったら売っているかも」と教えてくれた。今までハイライトを一日十箱ぐらい吸っていた僕は四丁目まで行って煙草屋を探した。雑貨屋の店の横に間口半間ほどの小さな煙草屋。小さな窓を覗くと、歳は50ぐらいのおばさんと眼と眼が合った。「パイプ煙草ありますか」「はいはい、ありますよ、なんの煙草を?」なんの煙草といわれても返事が出来ない。「僕、初めてなんです」「あんたがパイプを吸うの?」「そうなんです」おばさんが小笑いをした。僕はムッとした。「あんたには似合わないよ」朝風呂でたっぷり石鹸を使ったおばさんの匂いは気持ちが悪い。腹の中で僕は(糞ババ)と言ってやった。「パイプ煙草を売ってくださいよ」と言ったら、「はいはい」と言って、七種類のパイプ煙草を並べてくれた。「どれにする?」「その赤いやつを」「これね、これはアンホ-ラ」値段はハイライトの三倍の高値だった。
2011.12.23
=勲章と乞食=2―――――――――――――――――――――――暮の12月のある日、僕は写真展を見に行くことをスケジュ-ルにいれていた。展覧会場は銀座の三丁目。午後4時に地元から出るバスに乗って行く。このバス、とても便利。ただ欠点は一時間に二回しか運転していない。良い点は銀座四丁目の三越の前で停車できることだ。銀座三丁目、松屋の前の路地に入ったところにねじけた菓子のようなビルの隣にあった。一階二階がZARAの店。暖かそうな冬のコ-トを売っていた。試着してみた。暖かい。欲しいなと思ったが今日は金がない展覧会場は8階なにあった。ガランとしていた。来客は無し。白い壁が音を吸い込んで、僕の吐く息の音と靴の音しか聞こえなかった。先輩のK氏は先日、88歳で亡くなったが古い友人で84歳で結婚した話題の人だった。もう一人は若手の写真家で、60年代のニュ-ヨ-クの男女の性生活を撮ったもので、額無しで壁に張って展示していた。二人の写真を見て、心を揺さぶる感銘は受けなかったが、何か寂しさを感じた。はたして自分の60年代、何をしてきたか思い出すことが出来る。外に出ると午後5時、もう暗くなって、節電で無理しているようなクリスマスの明かりが点滅していたが、寂びそうだった。心が寂しい。写真展を見て、いっそう寂しさを感じてしまったようです。感受性の強い僕は、楽しい物を見ると愉快になり、闘争の物を見れば、立腹し、悲しいものを見れば、涙が流れる。一見、僕自身、のほほんとした顔をしているが、頭の中はかき回すように混乱の世界なのです。(まあ、すっとぼけて)とよく言われる。決してすっとぼけているのではないのです。無知なのです。あまりテレビも見ないし、新聞も読みません。世のドサクサが耳に入ってくるのを拒否しているのです。純粋のアイデアを大切にしていると言えは嘘になりますが、小さなアクシデントが起きると、もう、それだけが頭の中を掻きまわして出かかったアイデアが消沈してしまうのです。漫画家という商売はアイデアが命なのですから・・。個展会場を出た僕は寂しさが服装から靴までが哀れで貧弱にみえて、とぼとぼと歩いていても、まるで気力のない浮浪者のようになっていました。足も重く、腰に全ての重さがのっかって、少しでも椅子があったら座りたい気持ちでした。うなぎ屋の入り口に客用の椅子が並べられていましたが、うっかり座れば、ドアが開いて、「いらっしゃい」と声をかけられるでしょう。まあ、後10分くらいで家に帰れるバスが来るので、三越前のバススティションで待つことにしました。でも腰の痛さに我慢が出来ず、バススティションの横に高さ20センチぐらいの石があったので、屈むにように座ったのです。立っている人から見ると、まるで地べたに座っているようです。勿論、腰の痛みは少しは楽になって,うつむきになって写真展のことを思い出していました。その時、目の前に60歳くらいのご夫人が、「お困りになってらっしゃいます?」僕は顔を上げてご夫人の顔を見て,手を見ると、百円玉と十円玉が目につきました。「え、え、えっ」と声を出してしまったのです。ご夫人は目の前に着いたバスに慌てて乗ってしまいましたが、立ち上がった僕は、何故?何故?寂しさの気持ちが体全体に染み付いて哀れな乞食の姿になっていたのでしょう。
2011.12.22
勲章と乞食・・・・2(乞食は差別用語です。この小説では放浪者、無収入者、浮浪者その他、いろいろ考えたのですが、乞食が一番適合していると思いますので、これを使わせてもらいます)―――――――――――――――――――――――――――――
2011.12.21
勲章と乞食・・1――――――――――――――年末のアトリエの室内温度は9度です。30年前に設置された暖房機は節電システムになっていないので一月の光熱費は莫大なもので、今の節電を取り入れた暖房機の三倍の電気料金を支払うことになっていた。それをケチっているわけではないが、高額の電気料金を支払う割に、ちっとも部屋は暖かくならないのだ。「もったいない」で、暖房器具を買って、それを使っているが、その暖房機は部分のカ所を暖めのだけで、部屋全体が冷蔵庫みたいに冷え冷えとしている。「寒い寒い」腰が冷える。肩が冷たい。足が氷結したように冷たく無感覚になる。薬局に行って、貼るほっとカイロを買う。一袋198円で中身は10ヶ入っている。一日20円足らずで体が温まり寒さの苦痛から逃れることが出来そうなのだ。アトリエで一人で居る時は、それでも良いのだが、来客が来た場合は、そうはいかない。客は震えでしまい、長居は出来ない。「コ-トを脱がないで下さい」とお願いして、熱いお茶を勧めるのだが、「すみません、寒いでしょう。暖房機が壊れているんで」と、嘘をつくのだが、客は信用していないみたい。「新しい暖房機を買いたいんですがね、それが、なかなかチャンスがなくて・・」と言い訳をする。客は肝心の用件を早めて帰ってしまう。客との仕事の話は決着がつかないまま終わる。貧乏とは、こんなところから芽生えてくる。(熊さんはいいな、冬の間、冬眠なんかしてさ)人間は冬、夏も関係なく働かなければならない。夏にたっぷりと稼いで、栄養をとって冬は仮死状態ななって冬眠するのが一番だが、人間はそうはいかない。胃袋が承知しないのだ。雀も絶えず食べていなければならない哀れな胃袋。人間も絶えず食べていかなくてはならない動物。半年も食べなくては良い胃袋はもっていない。人間の蓄えとは、お金だけが頼りなのだ。貧乏とはお金がないことであって、心の余裕というものは、お金がなくてはすぼんでしまう。今まで、僕は金持ちを知らなかった。テレビが出来てから時々、金持ちの生活を見て、「ほほほほ、これが金持ちなのか」と驚き、ショックを受け、自分のみすぼらしい生活に涙することもしばしばだった。無知ほど、生活に生きがいをもっていた。無知ほど、人生を楽しんでいたのだ。
2011.12.21
お金を拾って来る犬はだらだら書いていましたが約3年もかかってしまいました。何時までたっても終わる事のない話なので,残念ながらゴンタとサヨナラすることにしました。ゴンタの周りには美しい女性が多く出ましたが、その女性たちも冷たく切ることにしたのです。看板屋の妙子さん。金持ちの杏子さん、そして雑貨屋のみっちゃん。美しい田園調布のお嬢さんと次々と現れましたが、それも無むなしく断ち切ったのです。携帯をくれた韓国の女性も会わずに終わりました。古き友を捨て新しい友を求める絵描きさんの勝手な妄想は本当は許される行為ではありませんね。すみませんです。 久里洋二より
2011.05.18
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・最終回―――――――――――――――――――晴れた朝。朝飯の時間におばあさんに下宿を去ることを話しをした。「またどうして、そんな気になってしまったんだよ」「新しい時代に変身したいんです」「ここに居たって変身できるでしょう」「ここではダメなんです。新しい土地に行って,再出発を考えました」「新しい土地って何処を言っているんだね」「都会です」「都会の何処に?」「まだ考えていません」「大丈夫かえ」「はあ」「うちにいてくれれば、わたしだって安心して生活できたからね。絵描きさんは真面目で、とても信用があるし、私の通帳だって実印まで持たせて任せてあげたのに」「でも、おばあさん、何時かはお別れしなければいけなくなるんです」「まあ、それもそうだけど・・・」おばあさんの前に通帳と実印を揃えて出した。それから貰った金時計も一緒に置いた。「あれまぁ、金時計は絵描きさんにあげたのよ」「はい、こんな良い物を貰ったら罰が当たります」「まったく絵描きさんは頑固だねぇ」おばあさんは金時計を手にすると、しげしげと眺めていたが多分もなくなったご主人の持ち物だったみたい。「都会に出て、住むところは当てがあるの?」「まだ考えていません」「まあ、なんて無謀なことを・・・」「何とかなると思うのです」「わたしはね絵描きさんのことを一人息子と思っていたのよ、だから、心配するのよ」「はい、ありがとうございます」「わたしも都会に家が60軒も持っているのよ、だから、その中に住んでいない家が一軒あるから、そこに住んでみない」「一軒屋ですか?」「そうよ。間口は小さいけど、8畳と6畳の二間なんだけどね」「ありがとうございます」「じゃ,早速、全てをまかしている不動屋さんに連絡しておくからね」話は思わぬ展開に進んでしまった。「あっ、そうそう、箪笥の上の小さな箱を取ってくれるかえ」箪笥の上を見ると幾つかの箱が置いてあったが、小さい箱を取ると、おばあさんに渡した。「絵描きさん、この箱のふたを開けてごらん」僕は重くて軽いような箱を開けて見た。「なに。これ!」汚いお札の山だった。おばあさんはホホホホホと笑った。「お札じゃないですか」「そうよ、お札だよ」「これはどうして?」「これはね絵描きさんの下宿代なのよ」「僕の下宿代?」「絵描きさんの下宿代は一銭も使わないで貯めていたのよ。絵描きさんから下宿代を貰うのは、最初から考えいなかったんだよ。たった一人住まいのわたしにしては毎日が無用心で絵描きさんが一緒に住んでくれたから安心して生活ができたのよ」「僕みたいな蚊トンボの男でも・・・」「とんでもない。立派な男でしたよ。ホホホホ」箱の中のお札を数えた。百二十三万円もあった。「これ全部、お持ちよ」「お持ちって?」「餞別よ」「これ全部、頂けるんですか?」「そうよ」あのケチおばあさんが、前々からこんな気持ちで僕を見ていたのかと思うと嬉しかった。「ありがとうございます」と言って両手で札の入った箱を持ち上げて頭を下げた。「おばあさん、僕が居なくなっても大丈夫?」「ホホホ,大丈夫ですよ。前々から考えたことだけど、一人になったら、この屋敷を手放して、養老マンションに移ろうと決めていましたよ」「そうですか」おばあさんに頭を下げて部屋に戻ると、部屋を片付けて、それからゴンタの犬の鑑札を保険所に返し行こうと思った。すぐにおばあさんが入って来て、「部屋の中はそのままにしてかまいませんよ。何一つ持っていくも物はないでしょう」おばあさんは僕の部屋のガラクタを知っていた。僕もそう思う。ボロボロの着物の寝巻きを持っていた僕を見て、「ちょっとお貸し」と言っておばあさんは寝巻きを手にした。「まぁ、よくここまで着たね。この寝巻きはおばあさんに頂戴。絵描きさんの持ち物として有名になるまで預かっておくからね。絵描きさんの宝物としてね」なんと優しくおかしなおばあさん。
2011.05.17
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・202―――――――――――――――――――――僕は布団から起きると、枕を背に座った。税務署員の二人は汚い畳の上に正座して頭を下げた。「この度は、ゴンタ様が亡くなったことに,お悔やみに参りました。あの日の次ぎの日に動物病院に問いあわせましたらゴンタ様が亡くなったと聞きました。署長さんは、大変に悲しまれて絵描きさんに申し訳ないと、申しておりました。で,署長さんから、お悔やみと心から税務署に協力してくれたゴンタ様にお礼のことで、心ばかりの気持ちをこれで受け取ってください」と菓子箱と香典の包みを差し出した。香典の包みは分厚く見えた。ゴンタ様とは、またまた驚き。増田署員は,あらためてこんなことを話してくれた。「ゴンタ様が加えてきた金塊は7キロもある大金で、あの池には、必ず大金が埋蔵されていると判断して、発掘の方法を考えたのです。大きな網を用意して池をすくったのですが、どの網の破れてしまい、あの恐ろしいピラニアを網ですくったりしましたが、ピラニアの数もきりがないほど多くて、とても時間がかかってしまったのです。XX夫人の許可をもらって水抜きを考えたのですが、その水抜きの設置場所も不明で庭師すら知らないということでした。ただ1つ、ゴンタ様が見つけた飛び石の下に隠されていたスイッチを手がかりにパソコンに通じるのではないかと調査したところ、暗礁番号であることが判って、ベテランの職員がついに暗礁番号を見つけ、飛び石のキ-ボ-ドを叩いてみると、凄い音を立てて池の水は吸い込まれていきました。多くのピラニアは1ケ所にある深い堀に集まり。刺のある金網の下に無造作にころがっている金塊を見つけました。金塊の数は集めて数えて見ると約300枚。1ケ5キロの重い金塊でしたので、それはそれは莫大な金額です。そして驚いたことに、ピラニアが食べたと思われる牛の骨、豚の骨、鳥や犬の骨まであったのです。でも、もっと驚いたことに大人の人骨が二体も発見して、もう税務署の立会いする所か警察まで来まして、遺体破棄及び殺人事件まで進展してしまったのです。でも、この人骨は調査の結果、指名手配していた盗賊であることが判って金塊を盗もうとしてピラニアに食われてしまったのだと決着しました。金塊は税務署が押収して、金額で計算しておりますが、莫大な金額でありXX氏の脱税問題として調査中です。又、税務署は大いなる実績を作ったことで署長は本庁に栄転することになりました。私たち部下たちも、それなりに階級が上がるそうです」なるほどもそういうことだったのか。一番徳をしたのが税務署の署長さんとその部下、そして一番馬鹿を見たのがゴンタだったのだ。ゴンタは国のために犠牲になったとはおもえなかった。「ゴンタ様は国の為に貢献してくださった事を感謝します」と肥った部長が言った。(ハハン、なんの為に・・・?)と僕は腹の中で笑った。税務署員が帰ったあとに、ますますむなしくなって,又涙が出て来た。あいつらはいいな、国をバックに生きていけるから・・僕なんか誰の援助もなく、国の補償もない男なんだ。死んでしまえば、ゴンタと同じく、霞のように消えて解けてしまうんだ。
2011.05.17
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・201―――――――――――――――――――――動物病院の支払い場所に言って、僕の名前を言うと、パソコンを叩いて、出て来たのは長い紙きれだった。会計の女性が、それを見つめて確認すると、「ゴンタさんの治療代と火葬費です」と言って紙切れを貰った。細かな明細が書かれていたが合計金額は、税務署から貰ったお金の大半を支払いになってしまった。明細書の金額を支払うと、「では,早速火葬の手続きをしますが、火葬の時、立会いしますか?」と聞かれ、それは断った。「では、2時間後に遺骨を取りに来て下さい」と言って,女性は別のお客の支払いの話をしてた。病院とは、同情の悲しみはない。全て物としての処理だった。この病院の女性たちには感情が無いのかもしれない。でも、可愛い犬を連れて来たお客に対しては、「まあ、可愛い」と言って看護士たちは抱っこをして可愛がっている。この病院の内容は、よく判らないが、整形美容もやって入るみたいで、風呂から爪きり、散髪から妊娠した動物のお産まで手を広げていたのだ。僕みたいな貧乏画家の汚れた服装の客は少なく、綺麗に着飾った女性が多いのにびっくりする。2時間もたたないうちに会計からお呼びの声で行って見ると小型の白いダンボ-ルと見覚えのあるゴンタの首輪を添えて渡された。一時も早く動物病院を出たかった。外に出ると、悲しみに反して、空を青く、多くの木々には小鳥の声まで聞こえてきた。四つ角の交差点の角に小さな公園があった。公園の中に入って見るといくつかのベンチがあって親子らしい子供たちがよちよちと歩いていた。僕は一人で座る場所を探したがベンチは満席、大きな石があって僕一人が座れるようになっていたのでそこにに座った。しばらく空白時間が過ぎると、ゴンタのことを色々思いだす。グリ-ンの首輪、これも夏、海岸で拾ったお金を警察に届け、そして返却されたお金で買ってやったものだった。首輪を嗅ぐとゴンタの匂いがする。次々とゴンタのことを連想してくると、胸を締め付けられるようになって涙が出てくる。そして涙が止まらない。小さな子供が僕の顔を見て、母親に「オジチャンナイテルヨ」と言っていた。手で涙を拭いても、止まらない,そして鼻からも涙がたれていた。下宿に帰ったのは、もう夕暮れの頃だった。下宿のおばあさんにはゴンタが亡くなったことを知らせた。「まあ、なんとしたことなの」「しかたがないです」「で、税務署にゴンタの亡くなったことを話した?」「いいえ、でもいいんです」「税務署から慰謝料を貰ったら」「それもいいんです」ゴンタに探してもらおうと思った下宿のおばさんの金の実印と僕の5万円を隠した場所は、もう、ゴンタは探せない。庭師の小屋でおびえていたゴンタは多分、死を感じていたのかもしれないな。明日の朝でも、庭の中の金の指輪の実印と僕の五万円を探さなくてはならない。おばあさんに印鑑を返して。僕は、この下宿を出ることに決めたのだ。全ての思い出を忘れるために。そして、心を一新して、新しく出発したいのだ。画家として。出来れば漫画家として生きていきたいのだ。友人知人とは、金輪際断ち切って行こうと覚悟を決めた。次ぎの朝,ゴンタの住まいにしていた縁の下を片付けていたら、驚いたことに金の指輪の実印と5万円を発見した。驚いたな、ゴンタはすでに、その二つを掘り出してねぐらに置いてあったのだ。なんと頭のいいゴンタなのだ。金の指輪の実印と5万円を手にした僕は、「ゴンタありがとう。ゴンタありがとう」何度も何度もお礼を言って僕は又泣き出してしまった。日時は何日が過ぎたようだが、僕は呆然と部屋に篭って寝ていた。全ての気力が無くなっていた。何時、下宿を出ようかと、その踏ん切りがつかないままだった。一週間はたったのかな。朝一番に車の音がした。誰だろう?。杏子さんかもと思っていたが、見えたのは税務署員二人。「どうぞ」と声をかけると、汚い布団を敷いたままの部屋に入って来たのは、増田さんとでっぶり肥った部長さんだった。
2011.05.13
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・200――――――――――――――――――――――動物病院まで歩いて行った。下宿を出ると、いつもゴンタと散歩した道を歩いた。ゴンタがよく糞をするなじみの雑草地を眺め、大きな木の根っこに小便をした場所。どれも思い出の場所だった。両親。兄弟、親戚、親しい人,お世話になった人、友人知人、そして恋人が病院に入院となれば、心は悲しみの涙で詰まってしまう。元気に回復を願っているが、もしも、悪化の恐れがあると耳にすれば心は悲痛になる。僕が医者ならと思う時がある。先輩や知人友人すら、良い医師を紹介してもらいたい。と思うと,それに病気に効く薬は、くちコミでも買って来て、患者に飲ませたい。それが人間ではなくて動物でも同じことなのです。昨日のゴンタの傷は肉を食いちぎられてしまったようで、多量の出血で見るに耐えられなかった。獣医の処置で、幾分血は止まったが、人間だったら死んでしまったかもしれない。食パンをねずみに食いちぎられた姿だったのが眼から消えていない。病院に着いたのが9時ジャストだった。診察時間は10時とのこと、その間、控え室に展示してある動物の介護のこととか。食べ物の扱い方が判りやすく壁に貼ってあった。猫飯は一番犬にとって健康食ではないと書いてある。そういえばゴンタは殆ど猫飯だった。ご飯に味噌汁をかけ,その上に焼き魚、それもニシンをのせての飯だった。ああ、可哀想だったなと僕は思った。病院を退院したら、ドックフ-ドの食生活に変えてゴンタに食べさせてあげよう。10時の診察まで待合室でぼんやりしていると、つぎから次ぎと動物の患者が飼い主に抱えられて入って来た。猫を連れてきた婦人。小鳥の籠を持っては言って来た坊や。僕と同じように足の長い洋犬を連れて来たお嬢さん。雑多な動物の全てを動物医師が見るようだが、凄いと思った。しばらくの間ゴンタのことを忘れていたが。なぜかゴンタは元気な姿で僕の前に現れると信じてしまった。10時に一番で僕の名前を呼ばれたので、診察室に入った。先生は元気な顔をして、「やぁ、昨日は大変だったね」と笑い顔で僕に言った。「ところでゴンタは?」「ああ、それだがね、ゴンタ君は、今朝の4時になくなりましたよ」「亡くなったとは・・」「死んだのです。どうします。遺体は。火葬にします?」「ゴンタは何処にいるんですか?」「火葬室の前に置いてありますが,もし遺体を引き取るのなら今日中にお願いしますね。とかく一日以上そのままにしておくと保険所がうるさいからです」獣医とは、こんなに冷酷とはおもわなかった。動物は死んでしまえばペットでもなく、ただの生ものの肉塊に過ぎないのだ。獣医に冷たく足げにされて診察室を出た。看護士の案内で地下の火葬室に入った時、白いテ-ブルに数匹の動物の遺体がおいてあった。火葬する動物と未処理の動物だった。ゴンタは未処理のテ-ブルに寝そべっていた。体中包帯でつつまれていたが顔だけは見えた。眼を開けている。とても死んでいる顔ではない。今にも尻尾を振って飛びかかるみたいだった。口をあけ長い舌が垂れ下がっていた。犬の舌って、こんなに長いとは想像つかなかった。僕は泣かなかった。涙も出なかった。「どうします?」と看護士が言った。「どうするって?」「テイクアウトします?」「なんです、テイクアウトって?」「お持ち帰りです」「可愛いゴンタの死体を牛丼屋みたいな扱いをしないでよ」僕は勿論、ゴンタを連れて帰りたいが、それは不可能だった。遺体を埋める場所もない。もし持って帰って、下宿の庭に埋めることは出来ないことは判っていた。「お願いします」と看護士に言った。「お持ち帰りですね?」「いいえ、火葬してして下さい」「判りました。手続きしましょう。待合室でお待ちください。最初に診療費と死体焼却費を会計でお支払いなりましたら、2時間ほどで終わります。よろしいですね」看護士は念を押して出て行った。
2011.05.11
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・219――――――――――――――――――――――しばらくゴンタは池の中に潜ってたが、ギャォォォォォと大声をあげて顔を出した。悲愴な顔をしていた。「どうしたゴンタ!」と声を出して僕は手を伸ばしてゴンタの首輪を掴むと、ゴンタを池から救いあげた。ゴンタの口に四角い物を加えていた。「金塊だ!」係長は叫んだ。ゴンタは血だらけになっている。そして驚いたことに無数の魚がゴンタを食いついていたのだ。「何だこの魚は?」恐ろしい白い歯わむき出していた。「これこれこれは・・・ビラニアじゃないの」「そうだ、これはまさしくピラニアだ」と増田署員が言った。「直ぐに救急車を呼んでください」と僕が言うと、係長は、「バカだね、こいつは犬だよ、人間じゃない」と冷たい言葉。「だったら動物病院に連れて行きます」助けてくれそうもない署員では話にならないので、お屋敷のご夫人に頼むと、「まあ、なんと言うことに・・」と言って動物病院に電話をしてくれた。ご夫人のなじみの動物病院らしく、「直ぐにとんできますよ」と言ってくれた。医者が来るまでご夫人に話をした。「あそこの池にビラニアが飼っていることをご存知でした?」「ピラニアってなんですの?」「肉食魚ですよ」「肉食魚?「そうです」「主人が、ある時、珍しい魚をブラジルから持って来たとは言ってましたが、そんな獰猛な魚とは知りませんでした」ご夫人は無知だった。そして庭師の行動も関心がなかった。直ぐに動物病院の先生とスタッフが来てくれた。ゴンタを見せたところ、「こりゃ酷い!」と言って車に乗せ、僕も一緒に車に乗った。動物病院としては馬鹿でかい建物だ。普通の病院ぐらいだった。直ぐに救急治療室に入った。僕も一緒に入ろうとしたら、「付添い人は待合室で待ってて下さい」と言って締め出されてしまった。これも人間の病院と似ている。一時間ほどして医師が顔を出して、「相当の傷で出血多量に出て危篤状態ですが、輸血をして、何とかなるでしょう。で、今のところ、救急病棟に入りましたから、明日にでも来て下さい」と言われて僕は,仕事場に戻った。「どうだった?」と増田署員が聞いたが、僕は黙っていた。係長は金塊を握りながら、池の中をどう探索していいか、みんなと相談していた。結論は、この池の中に多量の金塊が隠されていることが判ったが、と言って、直ぐに取り出すことは不可能だった。池にはどのくらいのピラニアが生息しているか不明だし、もし署員が池に入ったなら、い一瞬にしてピラニアの餌食になってしまうだろう。と言ってピラニアを殺傷したら,所有権の剥奪、破壊したら税務署は訴えられるだろう。で、一先ず署に帰って署長と相談することにした。帰りの車で係長は、「よく、ゴンタ君は金塊を見つけてくれたよ。まさしく金一封だな」と言って金塊を撫ぜまわして言った。署に着くと,署長室に案内されて、金塊の発見に感謝のお礼と、二日間の日当とゴンタの賃金を貰った。署長は、「ゴンタ君がピラニアに食いつかれて動物病院に入院したことを悲しみ一日も早く回復することを祈ってくれた。税務署を出ると、僕は下宿に戻ったが、ゴンタのことが心配で夕飯も通らない。「どうしたの?ゴンタちゃんは」と下宿のおばあさんが聞いたが、病院に入院したと言った。「魚に食われちゃったんです」「食べる魚に?」もう、おばあさんとは話にならないので、「そうです」と言って部屋に戻った。ゴンタは助からないなと、ふと心に通じた。そう思うと。涙が出て来た。僕の人生ってゴンタを中心に生きてきたように思う。ゴンタで多くの人と知り合って、絵描きの卵になったような物だ、そのゴンタが突然,この世から消えてしまうことは、僕自身の存在も消えてしまうような気がした。ゴンタとは一身胴体であり一体不可分なのだ。税務署に行くのではなかったなと思ったが、もうね済んだこと。僕がゴンタを殺してしまったのだ。一晩中、愚痴と懺悔、愚痴と懺悔、愚痴と懺悔を繰返していた。気が付くと、外は明るくなっていた。朝飯も食べないで動物病院に行くことにした。絶対にゴンタは生きている!と。
2011.05.01
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・218―――――――――――――――――――――――次の朝、7時に税務署の車がやって来た。ゴンタの姿が見えない。ゴンタ!ゴンタ!ゴンタ!呼んでも出てこない。犬小屋にしている縁の下も、そして広い庭を探しても姿が見えない。「参ったな」と思った。昨日の係長のあの態度がゴンタには敏感に恐怖に感じていたのかもしれないな。庭の隅にある庭師が使っている小屋を見ると、俵の隅にゴンタは小さくなって震えていた。「ゴンタ、大丈夫か、今日行けば賃金は倍になるよ、そしたらゴンタに美味いステ-キ肉でもご馳走するからよ」と言って無理に綱を引っ張ってゴンタを出すと、ゴンタを車に先に押し込んで僕が後から車の中に入った。増田署員が、「昨日の係長の態度はゴンタを小馬鹿にしてたからな」とエンジンの音の中で言った。僕もそう思った。犬の気持ちを良く考えていないのだ。犬と言う動物はとても親切にしてくれれば、永遠に忘れることなくなついでくるものです。ある男が犬の尻尾を踏んだだけて、その人に対して,いつも恐怖感があって。その人の姿を見ただけで吠えてしまうのだ。その後いくら親切にしても犬は決して心を許してはくれないのだ。どの犬も忠犬ハチ公と同じなのです。増田署員の眼を真っ赤だ。「眼が真っ赤ですね」と聞くと、「昨日、あれからジャンしてさ、朝の3時までやってたんだ」「へぇぇぇ、大丈夫ですか?」「こんなの毎度のことさ」「係長も?」「そう、係長にたっぷり勝たせてやったよ」「そうですか」「だから、今日は係長は気分爽快だよ、多分。ハハハハハ」と増田署員が言った。僕はそれを聞いて安心した。署に車が着くと,係長がとんできて、「ゴンタ君、昨日はすまなかったな。今度は美味しい餌さを用意したからな」とゴンタの頭を撫ぜまわしたが、ゴンタは尻尾を巻いて逃げようとした。係長は署長に注意されたみたいで、薄気味悪い。女子署員の案内で昨日と同じ宿直室で食事をとると、8時に税務署を出発した。XX邸宅に着くと、ご夫人が玄関まで迎えていた。応接間に案内されて、そこで係長は昨日の無礼な態度を謝って、プ-ルに散らかした古本をもとのケ-スに戻すことを約束した。この広い邸宅の何処に大金が隠されているかは、係長の頭では解決できるはずがなかった。あまりにも手の込んだ埋蔵金。係長は僕に、「今日はゴンタ君が頼りだからな」と言った。ご夫人に今日のスケジュ-ルを説明して,表に出た。まず、昨日プ-ルに出しっぱなしの古本をケ-スに入れることから始めた。「絵描きさんはゴンタを連れて、屋敷を探索して。もし、おかしいと思ったら、常時、係長に連絡して欲しい」と言ってプ―ルに行っていまった。午前中は、なんの効果も無く終わってしまったが、ただ1つ、ゴンタが飛び石に鼻をくっつけていたことを係長に話した。「庭石って、この飛び石のこと?」邸宅から飛び石が古ぼけた池まで続いていた。増田署員が、「係長、あの古ぼけた池はどうですか?」と聞いたが、「あの池は、どうしょうもない池だが・・・」と係長は頭を横にした。「ゴンタが鼻をくっつけた石は何処だね」と係長は僕に聞いた。飛び石は10ケあるが二番目の飛び石だと教えた。まさか、この飛び石の下に大金が????と係長は思ったらしいが、昨日の失敗があったので、あくまで慎重になっていた。署員4人で庭石を持ち上げたら、下にベニヤ板があって電気のコ-ドが着いていた。「なんじゃこりゃ?」と係長の声、署員の一人が、これはパソコンのキ-ボ-ドに繋がっているみたいです」署員の一人が携帯用のパソコンを持参していたので、早速庭石の底にたる電気コ-ドをつないで見たら、なにから書式みたいな物が出て来た。「係長出ました」「出たか?」「バスワ-ドがあります」「解明できるか?」「判りません」「続けて探索しな」僕はゴンタを連れて池の周りに行って見るとゴンタは敏捷に動き周っていた。古い池らしく、緑の濃い粘りのある水で、池の周りはなんとなく暖かい感じがした。「なんとなく、薄気味悪い池だな」と係長が言った。「こんな場所が一番怪しいと思いますが・・」プ-ルの捜索で失敗した係長は、この池が隠し場所とは思えなかった。係長は不信な顔して、「ゴンタ君はどうかな」と係長は僕の顔を見た。「ゴンタ君は潜るのも得意だったね。一度、この池に潜ってくれればはっきりするんだがね」僕はいくら何でもゴンタをこの池に飛び込ませるのは気が進まなかった。「ゴンタ君に潜ってくれないかな」と再度、係長が言った。ゴンタの顔を見たが気乗りしない顔をしている。でも、二日間も、なんの発見もしないで終わるのは、署長さんに対しても、言い訳が出来なかった。「やりましょう」と言って僕はゴンタの紐をはずして、「行け!」とゴンタの尻を叩いた。ゴンタは、直ぐに池に飛び込んで、潜って行った。
2011.04.25
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・217―――――――――――――――――――――――「お-い増田,俺が金庫を開けるから待ってろ!」と係長は増田署員に命令してプ-ルに設置してあるはしごから降りてきた。金庫の鍵が解かれているのを確認した係長はプ-ルの上に向かって、「お-い、ここにご夫人を呼んできな!!」大声で怒鳴った。「今、ここに来ています」と署員の返事、係長は和服姿のご夫人の姿を見ると、「奥さん、これから金庫を開けますが、立会人として確認のために見ててください」と言って、係長は金庫の扉を静かに開けた。中を覗くと奥いきのある大きな空洞。そこにアルミで出来た大きなケ-スが入っていた。ケ-スの大きさは約1m四方の大きさでキャスタ-がついてあった。係長は増田署員と二人で引っ張りだそうとしたがどっしりと重く動かない。係長はプ-ルの上に向かって、「お-い、二、三人降りてこい」と命令した。アルミケ-スは5ケも出て来た。1つのケ-スには多分、座布団20枚は入っていると係長は計算した。「座布団20枚だな」と、係長は嬉しそうに独り言を言った。「係長、座布団って何のことですか?」署員の一人が聞いた。「お前、座布団も知らないのか、何年税務署に勤めて行たんだ」「はぁぁ」「座布団1枚が一億円だよ。一億円の札束を座布団で言ってるんだな」「すると1ケ-スに20枚の座布団ってことは20億円、5ケ-スだから、100億円じゃないですか」「そうだ、そういうことだ」係長は薄笑いをした。でもケ-スも鍵がかかっていた。「増田!!、この鍵も開けろ」増田署員に命令した。鍵を開けるのは、そんなに難しいことはない。用意していた小道具を使って簡単に開けてしまった。係長はケ-スの中を覗いて、「なんじゃこれは!!」大声を出した。僕はプ-ルの上が見ていたが、大量の札束ではなかった。古本から電話帳らがぎっしり詰まっている。「中に札が隠されているかも知れん、みんな本を掻き出せ!!」と係長はヒステリックになっていた。ケ-スの中は全部古本ばかりだった。5ケ-スとも,全て古本が詰まっていたのだ。全部掻きだした時。プ-ルは本の池になっていた。「なんてことだ,バカにしやがって、脱税男」と怒鳴りぱなしだった。プ-ルから上がって来た係長は、夫人に向かって、「今日は残念ですが、又、明日、うかがいます。よろしいですね」と言ってプ-ルに散らかした古本を片付けないで、そのまま署に引きあげることにした。車の中て゜係長は膨れ面で怖い顔をしている。署員は口を出さない。異様な雰囲気で一言でも話をすればどつかれる感じ。鼻効きと自慢していた係長の感は丸つぶれ、署員にみっともない姿を見せてしまったからな。その時、増田署員が、「係長、今晩ジャンしません」と聞いた。「ジャンか」係長はしばらく黙っていたが、「まあ,こんな日だからな、1つバサットと嫌なことを忘れようか」税務署の連中はマ―ジャンが大好き人間が多いと言っていた。特に、この署では増田署員がマ―ジャンのトップリ-ダ-なのだ。署長が紹介された時、徴収課長のデスクが不在になっていたのを不思議に思っていたが、増田署員の話で不在の訳を知った。マ―ジャンのやり過ぎが原因とか。マ―ジャンをやりながら横向きになってラ―メンを食べていたら,突然腹痛になって救急車を呼んだが病気は腸閉塞だたとか。病院でのオペで不潔なメスで破傷風菌が入って半日で急死したとかだつた。「絵描きさん、明日も来てくれよな」と係長が言った。「このバカ犬でもかまいませんか」「かまわん」署に車が着くと、係長は直ぐに署長に会いに行った。係長は署長になんと言い訳をしたのかそれは判らない。署長さんがやって来てゴンタの姿を見ると僕に、「今日の隠し金庫はゴンタ君が見つけたのかね?」「いいえ、係長が勝手に判断してやったことです」「そうか、あいつは気が短いからな、それに、自分の感を過信すぎるところがあるからな」僕は黙っていた。「絵描きさん、今日一日だったけど、明日も,もう一回署に来て手伝ってくださいね」と優しい言葉で言われた。
2011.04.22
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・216―――――――――――――――――――――ゴンタの飯が無いとなれば僕の弁当を分けることにした。ゴンタは一日か二日ぐらい食べなくても元気がいいのだが、今回は仕事なのだ。だからゴンタには腹一杯の飯を食べさせたかった。係長は動物を愛せない男かもしれないな。普通は痩せ方の人に神経質の人が多いと聞いているが肥った係長は、赤ら顔の農家の出身みたいだった。すこし首を曲げ頭を斜めにして喋るのが、僕には凄みに感じた。係長は飯が終わると、煙草を出し、火をつける。ここに来ている署員の全てが煙草を吸うみたい。「係長、あのプ-ルから大金が出て来たら、大変なことになりますね」「まあ、そうだな」「あのご夫人はお金が隠してあるとは信じてませんが・・」「まあ、女ってものは、美人でも上品な奥様でも亭主のすることに鈍感だからな」「そうですか。僕はそう見えませんですが」と署員の人のが係長と僕に聞こえる程度のひそひそ話をしていた。「まあ、これが成功したなら係長は三階級の昇進てすね」署員がおだて誉めていた。三階級となれば署長様になる。係長は目を細めて笑った。「今の若手の署長さんはどうなるでしょうかね?」「そりゃ、栄転だよ。多分、国税庁に帰り咲きしてさ、のちのち、国税長官になるだろうよ」と係長は煙草をねじって灰皿に入れた。時計は1時を過ぎていた。「さあ、仕事だ!」係長の一声で署員は煙草を消して立ち上がった。僕も立ち上がると、「絵描きさんは、もういいよ、そのバカ犬と一緒に庭園を探索してな」と早く行けと手を振っていた。「係長!室内での捜査で現金8千万円とご夫人のアクセサリ-と宝石類を確保したんですが、どうします」「そんなもの金庫に入れて封印しておけ」と署員に言った。係長の頭には数十億の大金を夢見ているのだ。そんなはした金なんて眼じゃない。「増田君、君は金庫を開ける職業許可を持っているだろう。一緒にプ-ルまできたまえ」何処の税務署には金庫を開ける特殊技能の署員が必ずいるものだ。脱税者がガンとして金庫を開けるのを拒むことも多いので、ベテラン鍵師が必要となってくるのだ。プ-ルには水は引いて底のタイルに四角い切り口があってその横に金庫のダイヤルがついていた。プ-ルは意外に深く、底に立つと人まで小さく見えた,こんな深いプ-ルなんて,泳ぐだけの物ではないと係長は思ったらしい。庭師の手引きで増田署員がダイヤルをいじってみた。扉とダイヤルはステンレスとチタンで出来た合成版で、絶対に錆びない代物だった。「お-い増田!!大丈夫か!!!」「は-い大丈夫です」「時間はどのくらいかかる!!」「はいっ、多分1時間くらい」と増田署員は自信をもって叫んだ。「1時間か、まあ,いいだろう」と言って係長はプ-ルにセットされた簡素な白いプラスチックの椅子に座って煙草を出した。ゴンタと僕は係長に嫌われて、広い庭園を歩き周っているだけだった。ゴンタはバカではない。この広い庭園に大金を埋蔵する場所はないと見ているようだ。松の切り株の所で休んでいると。ここのご夫人に会った。「あらら,又お逢いしましたね」「はあ」と僕は気力ない返事をした。僕の考えだとご夫人は、とても偶然に会ったとは思えなかった。僕を探していたようだ。「絵描きさんが何故、税務署の仕事に協力なさっているのかとても不思議に思ってましたわ」「僕はただ署長さんに頼まれて・・」「お国のために?」「それはないです。ただゴンタの才能を認めたいためです」「もし、大金が出てきたら、お金をもらえるの?」「はい、ほんの少量です」「主人は、とても人徳のある人なの。すこしづづ小金をためていろんな慈善団体に寄贈していたのよ。今度の場合も身障団体から要請があってね、身障学院大学を設立するために溜め込んだお金なのよ。どのくらいのお金が溜まっているかはわたしには判らないけど、決して悪徳脱税者のデッテルを主人に張られるのは可哀想と思いません」「奥様はこの庭園に大金が隠されていると思いますか?」「はぁねそれはなんとも申し上げられませんわ」「今署員がプ-ルの中に設置してある金庫を開けようとしていますが、あの中に大金があると思いますか?」「さあ、ね」「僕は無いと思います。才知にとんだゴンタがないと宣言したのですから・・。でも、係長はゴンタのことを間抜けな犬と言ってバカにされましたが、係長の才覚が一番と、のぼせあがっています。ゴンタを小馬鹿にされて僕は許せないのです」「絵描きさんは、本当にお人よしね。あなたは絵の天分がお持ちなのだからその方に力を注いだ方が良いと思いますわよ」御夫人の忠告に僕は、「ありがちうございます」と言って頭を下げた。遠くて係長の声が聞こえた。「まだか!もう2時間もかかって、早くしろ!!」まだ、鍵が開かないみたいだ。僕はプ-ルに近づいてみたが、係長が怖くて近寄れなかった。一通り庭園を回ったので恐る恐るプ-ルに行って見ると、係長が立っている。僕の顔を見て、「金は見つかったか」と聞かれた。「いいえ、ダメです」と言うと、「そんなバカ犬で何か見つかるものか。ここを見ろよ、今にプ-ルの底からどどっと大金が転がって来るからな」僕は黙っていた。「お-い、まだか!」係長はいらいらして、又叫んだ。「まだか、増田!!」増田署員は返事をしない、ただ、鍵穴に耳をくっつけ目をつぶり、鍵のかすかな微音聞き分けていた。その時,カチッと音がしたのだ。増田署員はニコリと笑い、「係長、解けました!」と、叫んだ。
2011.04.18
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・215――――――――――――――――――――――所帯主のいない家に入って税務調査をしていいものかは僕には判らないが、役所というところはそれが可能なのかな。主人は今、ブラジルに行って留守なのだ。何でもブラジルに数百万坪のコ-ヒ園を持っているらしく、世界の動乱のせいかコ-ヒの価格が上昇して、だいぶ儲かっているらしい。応接間のかかっている女の写真もサンパロウのカ―ニバルの写真だそうだ。御夫人は主人のお金に関しては無関心で、この屋敷に大金が隠されているとは信じていないようだ。半年ほど軽井沢の別荘で生活していたもので、屋敷の庭園を改造したことは知らなかった。それを税務署が、何処から聞いたのか大金が隠されているとの噂だった。誰かの噂だけで税務署が乱暴な捜索をするなんて、許される問題ではない。ご夫人はまったくおかしい行動だと思っていたようだ。それに署員ではない人までが立ち会っているなんて法的に許される問題ではないと思うが・・・。ご夫人は、時々、眼を僕の方に向けていたが、僕はそしらぬ顔をしてうつむいていた。係長の指示で僕とゴンタに庭に出たが、どうしていいのかわからなかった。それに、広い庭園をどう回っても一日で周りきれるものではない。あまりにも大き過ぎるのだ。はたしてゴンタをお金を見つけることが出来るか出来ないかは僕には判別つかなかった。でも、やれば何とかなると思って一番端の方から周ることにした。大きな庭にはプ―ルもあった。お金を隠す場所には一番プ-ルが怪しいと思うのだが、ゴンタは、そこも探索しないで行ってしまった。プ―ルの中だったらゴンタだったら・・・・。ゴンタは夏の海で潜って貴金属を拾って来た経験がある。もし、プ-ルの中に隠してあればゴンタに一にも二にもプ-ルに飛び込んでしまうだろう。それともゴンタの鼻が利かなくなってただの犬になってしまたのか、それが心配だ。係長が歩いて来た。「どうだね、効果はあるかい」と聞かれたが、「まだ、何の反応もありません」「あのプ-ルが怪しいとは思わないかね」「プ-ルてすか。ゴンタ、何の反応も見せません」「僕はプ-ルが怪しいと思うんだがね」「そうですか」「水道局の領収書によると、最近、プ―ルの水を入れ替えたばかりなんだよ」「そうですか」「僕は怪しいと思うだがね」係長は不信な目でプ-ルの中を覗いていた。「じゃ、夫人の許可をえて、プ-ルの水を抜こう」と言って係長行ってしまった。しばらくして庭師を連れて来て、夫人の許可をえたからと言って、庭師に小屋の中に入って、スイッチを押すと、プ-ルの水は音をたてて、下水の穴に吸い込まれて行った。プ-ルの底が見えて来た時、底の中心部に150センチの四角い切り口が見えた。「あれは何だ?」係長が怒鳴った。係長の一声で署員の数名が走って来た。署員の一人が、「隠し穴ですね」「そうか、やっぱり、あそこに金を獲していたんだ」と言って僕を睨んだ。「絵描きさん!!、あの犬さ、ゴンタだったかな、あいつは何の効き目もないくせに、署長を騙してさ、金を見つけるなんて言ってさ。まるっきりダメじやん。なんとしても一番の鼻効きは永年勤めていた、俺以外にはいないよ。判った!。ハハハハハハッ」満田係長の発言は、僕を悲しくさせた。時にゴンタの悪口を言われるなんて、絶対に許せないと思った。満田係長は時計を見て、「もう昼だ。飯を食ってから、ゆっくりと扉を開けることする」と言って引きあげた。署員が庭のテラスに座ると署員の人が手前持参の仕出弁当を分配した。係長は、「絵描きさん、ハイ弁当」と言って投げてくれた。「あの・・ゴンタの餌さはどうなりました」と聞くと、係長は「忘れた」と言って背を向けてしまった。家から二人の女性がお茶を配っていたが、僕の前にはご夫人が、わざわざお茶をいれてくれたのだ。「あなたは絵描きさんでしょう?」「どうして?」「この間、市の展覧会で拝見しましたよ」「そうですか。それはどうも」と言って頭を下げた。「あのお寺の門の絵は実に素晴らしい作品でしたが、まだお持ちになってらっしゃるの」「あの絵は、もう、だれかに差し上げました」「そうなの、とても欲しかったわよ」「ありがとうございます」と又頭を下げた。ご夫人が行ってしまうと、係長が「絵描きさん、変なこと喋るんじゃないよ、判ったか」と怒鳴った。喋るも喋らないも署のことなんか、なんににも知りませんよと言ってやりたかった。
2011.04.16
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・214―――――――――――――――――――――署長室に入ると、十数名の署員が立っていた。僕は思わず身を引いてしまたが、署長が、「ここに来ていただいた人はこのゴンタ君の犬の持ち主です」僕はみんなの前で頭を下げた。そして、「嘴といいます。一般には絵描きさんと呼んでいます。今日は絵描きさんで呼んでくれれば嬉しいです」そして、又署長は、「ゴンタ君の特技は貴金属からお札まで確実に見つけることの出来るこの世にはありえない不思議な超能力の持ち主です。今回はあくまで税務署の捜査に協力していただくために皆さんと同伴してもらいます。当XX氏の脱税に関しては、幾度も捜査したにもかかわらず、脱税金を発見することが出来なかった。今回は国税庁からの指示でなんとしても脱税金の発見をしてもらいたい」と署長の優しい眼は、ハイイエナの眼になってするどい顔つきになっていた。(怖い怖い)と僕は思った。「では、8時30分に出発します」係長の満田さんが言った。玄関に出ると、係長さんが「絵描きさんとゴンタ君は前のワゴン車に乗ってください」ワゴン車が二台、そして、もう一台は4トン車のトラックが並んでいた。「あの車は?」と係長さんに聞くと、「まあ、いいでしょう」と、説明してくれなかった。前の車に僕が乗るとゴンタも飛びのってきた。そして満田係長さんとその他の署員が4人、運転者は朝、迎えに来てくれれた増田署員だった。行き先は隣町だった。道路を走る特捜班、みんな腕章をしている。赤字で税特と書いてあった。僕にはつけてくれない。日雇いではね。隣町の海岸通り走って行くと海と反対側に、長い長い塀が眼に入って来た。満田係長が、「この屋敷だよ」と教えてくれた。車が止まった所に馬鹿でかい門があった。塀はこの先も続いていた。「ひぇっつ、でっかい屋敷だ」僕はびっくりした。今時、日本にこんな屋敷に住んでいる人がいるのだ。係長が車から降りたので、僕も降りようとしたら、「このまま待ってて下さい」と言って、書類を持って正門の前に行った。門の横の勝手口に小型テレビが設置してあった。それを押して、なにやら話している、そして書類をテレビのレンズに当てると突然ブザ―がなって大きな門が両脇に開き始めた。「でっかい屋敷ですね」と僕が運転をしている増田署員に聞いた。『何十万坪のお屋敷だよ」満田係長が、又車に乗ると、車は動きだし静かに大きな門をくぐった。しばらく走って行くと前方に和式の建物が見えてきた。ハイカラに様式ではなかった。神社風というのかお寺風の建物だった。なん棟もある凄い物で、とても一日では捜査できそうもない大きさだった。「ただ凄いなぁ」とため息が出そう。正面玄関で待っていると、扉が開いて二人の中年の女性が立っていた。「どうぞ、こちらからお入り下さい」と礼儀正しく頭を下げ右手で行き先を指示した。満田係長を先頭に女性の案内されるまま長い廊下を歩いていく。僕はゴンタを玄関の柱に結びつけて。最後について長い廊下を進んで行った。居間は60畳はあるだろうか。来客用の応接間に違いない。大きな暖炉。正面に畳四枚くらいの大きさの写真が飾ってある。外人の半ヌ-ド写真だった。「あのヌ-ドの写真凄いですね」と隣に座っていた増田署員に囁くと、「あれはブラジルのカ-ニバルの写真だよ」と教えてくれた。「あんな裸みたいな格好で街を踊りまくっているんですか?」「そうだよ」反対側は一枚ガラスで庭の一部が絵に描いたように美しく存在している。庭の一部に古風に池が眼に入った。雑草が生えていて、あくまで自然のままの池のようだった。手入れをしていないみたいな池。それが一枚ガラスから見ると、詩になるみたい。「いいなこんな家って」僕は思わず小さな声で言ってしまった。「絵描きさん、こんな家に住みたい?」増田署員が言った。「僕ですか、住むのは嫌です」と答えた。その時、二人の女性が入って来て。直ぐ後にこの家の女主人が顔を出した。背の高い痩せ型の美しい夫人。年は60は出ているだろうか、和服姿は実に品があった。夫人がソファ-に座ると、満田係長はおもむろに書類を差し出した。夫人は、その書類をテ-ブルに置いたまま一読していた。「判りました」と夫人は署員を眺めていたが、「皆さん、それぞれ腕章をしていらっしゃいますが、一人だけ腕章をしていない方は、どちらの方で」僕はドキリとした。「彼は捜査犬の担当者で臨時に税務署で採用したものでして・・」「そうですか。署員としての服装が違っていたものですから、気になりました」満田係り長は頭を下げた。署員は家の中を家宅捜索し始めたが、僕の仕事はとなると、満田係長は何も言ってない。「絵描きさんの、この広い庭をゴンタ君と一緒に探索して欲しいのです。で、何処をどう探索したかは、あまりも大きい屋敷なので、無駄な探索をさけるため、ここに数十本の赤い紐を用意してあります。見て周った場所に、この赤い紐を木に結んでおいてください。判りましたね」
2011.04.13
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・213――――――――――――――――――――――月曜日の朝、7時に家に前に車が止まった。エンジンの音が消えて、格子戸の音。そして玄関を開ける音。下宿のおばあさんの声。そしてふすまを開けて、「税務署さんがお見えだよ」と声をかけてくれた、すべて僕は起きていて心の準備ば出来ていた。ゴンタも待機している。「はい、判りました」と真面目な返事。いよいよ税務署へ出発なのだ。車はワゴン車だった。税務署員は30歳くらいの人で、「増田と言います」と言って、名詞をくれた。「あのぉ、僕、名詞持ってないんです」と言うと、「いいですよ絵描きさんで」と言って税務署員は笑った。名詞にはXX税務署・徴収課・徴収係り増田英夫と書いてある。ゴンタはなれない車に怖気ついたのか、なかなかのらなかったが、僕が先に入ってからだと安心して車の中に入った。「いいですか?」税務署員の声で、「はい」僕は返事した。車は静かに動きだして下宿を離れていった。車の中でゴンタを見て、本当に仕事が出来るか心配だった。何か税務署は僕が考えている以上に期待しているようでちょっと怖い。(こんでいいのかな、ゴンタでいいのかな)と僕は思った。増田税務署員は、黙って何も話さない。暗いのだ。運転している増田さん後ろ姿は出っ張ったあごが凄く冷酷な人間の見えて、怖い感じだった。断ればよかったな。税務署長さんに会ってなければこんなことにはならなかったのに。ゴンタは国家的な大きな仕事をさせるなんて、不味いな。ゴンタは女の子のパンティを集める趣味でよかったかも。僕の頭の中は万華鏡見たいにぐるぐる変化していた。「着きました」と増田税務署員が言って車を止め、先に下りて後ろのドアを開けるとゴンタは直ぐに飛び降りた。僕が降りた時、玄関には署長さん、部長さん、係長さんに女子署員が迎えてくれた。「今日は来てくれて本当にありがとう」署長室に通され、ソファに座ると、まもなく女子署員が、「お食事が出来ていますが」と署長に言った。「あっ、そうそう、まだ朝飯はまだだったね。ゴンタ君も用意しているから食べてください」女子署員の案内で宿直室に通されると、四角いテ―ブルにおにぎりが3ケインスタント味噌汁と麦茶が置いてあった。ゴンタにはドックフ―ドがアルミの器に盛ってあるだけ。何だ、ケチ。と思った。まあ役所と言うところは節約ム-ドで、幕の内弁当とかの豪華な料理は出るはずがないのだが・・・。それだも僕は満腹になった。畳の部屋でしばらくごろ寝をしていると女子署員が呼びに来た。「署長さんがお呼びです」
2011.04.10
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・212――――――――――――――――――――――――明日は、いよいよ税務署に行く日なのだ。ゴンタがボケてしまったのでは、とても税務署での協力はダメかもしれないと思う。何故、ゴンタがボケてしまったのかは僕にも判らない。庭に埋めた僕の5万円、そして大切なおばあさんの実印の指輪、大変なことをしてしまったと後悔している。それにみっちゃんが協力してくれたみっちゃんのパンティの匂いまでが母ちゃんのズロ-スと判別つかなくなってしまったゴンタの鼻。犬に臭覚定年であるのだろうか?下宿の近くに小さな動物病院があるので、そこに行って聞いて見ることにした。今、お金がないので後払いでもいいですか、と聞いて見たら「かまわないですよ」と言ってくれたので、さっそくゴンタを連れて行くことにした。先生が言うのには、「犬だって、アルツファイマ-にもなりますよ。夜中に部屋を彷徨い歩き、大声で鳴いたりします。一日中、同じ場所に居座っていればストレスが溜まって、自分の尻尾をかじり始め、毛がなくなってしまいます。酷い場合は全身の毛が落ちて、実に哀れな姿になってしまうこともあるのです。第一の原因はストレスですね。毎日、散歩させることが大切です」「散歩ですか?」「そうですよ」僕は怠け者のようで、ゴンタをこまめに散歩に連れて行くことが少なかった。「庭で放し飼いしていたんです」「それはいけません、犬はただ寝そべってしまうだけで、定期的にきちんと散歩させることが大切なんです」「そうか」犬こそ規則正しい生活習慣が必要だとは知らなかった。ゴンタを診察台に上げた時は、すこしばかり抵抗を感じて診察台から飛び降りてしまったが、さすが獣医先生はなれたものゴンタはおとなしく診察台に寝そべってくれた。ゴンタの口の中、鼻の中を調べていたが、「大丈夫ですよ」と先生は言ってくれた。「先生、昨日ゴンタに美味いコロッケとメンチカツをあげたんですがそのせいではないてすね?」「ハハハハハ、そんな食べ物でボケることはないですよ」「そうですか」「あまり美味かったのでびっくりしたんでは」と先生が言って、又笑った。「日ごろ、ニシンに味噌汁をかけてあげるだけでしたので」「それはいけませんね、栄養失調になりますよ。たまには肉類をあげなくちゃね」「肉類は高くて、僕の手には・・・」「じゃ、ドックフ―ドにしたらどう?あれには肉が野菜までミックスして栄養のバランスがいいですよ」「高いでしょう?」「今は安くなりましたですよ。キロ当たり300円ですよ」キロ300円といっても僕には見当もつかなかった。午後の3時頃、みっちゃんが来た。「さっきのパンティのことなんだけどさ、同じ洗濯機の中に入っていたからわたしの美の香りが母ちゃんにも染まったみたいだったのよ。だからさ、隣の高校生の悦ちゃんが小遣い稼ぎに使い古しのパンティを売っていたから、それを買って来たのよ、それを使って実験して」「あの可愛い子が?」「そうよ、あの子ね、安いパンティを買ってきて1000円でポルノショップに売っていたのよ。写真も学友の可愛い子の写真を撮ってね、それを添付してさ。それをわたしが見つけちゃってさ・・・」みっちゃんはビニ-ルから薄汚れた花模様のパンティを出して見せてくれた。二つのパンティを小枝らかけると、みっちゃんはゴンタを呼んでスカ-トをまくり、股の間にゴンタの鼻を突っ込んで、「さあ、わたしのパンティを取って来てごらん」と言ってゴンタの尻を叩いた。ゴンタは走って戻って来た時、見たのはみっちゃんのパンティだけだった。「マア、嬉しい」と言って、パンティを高く飛び跳ねた。「ねえ、絵描きさん、ゴンタはボケてはいないわよ」そうなんだ、ゴンタはボケてはいないのだ。いつかは僕の5万円のお金とおばあさんの金の実印の指輪は絶対に出てくると思った。
2011.04.08
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・211―――――――――――――――――――――――「参ったな、困ったな、ああ。どうしょうか」と、僕は晩飯も食べないで、布団の中でため息をついていた。すっかりボケてしまったゴンタ。ただの犬になってしまったゴンタ。まさか、美味いコロッケを食べたからだろうか。とそんなことまで考えていた。犬にも臭覚定年ってあるのかもしれないな。空港の税関でも、麻薬の密輸を発見するのに犬を採用しているが、それも臭覚定年で去って行く犬が多いと聞いている。ゴンタは人間で言うと、まだ青年なのだ。スットコに赤ちゃんを産ませるほどの精力もある。そのゴンタがボケるはずがない。やっぱりコロッケが原因かもしれないと思った。次ぎの朝、空腹のあまり、朝早く眼が醒めてしまった。お膳の上には、昨日のコロッケとメンチカツがのっかっていた。暖かいご飯の上にコロッケを乗せてガブリと食べた。冷たいコロッケ。冷たいメンチカツ。下宿には電子レンジもない。あくまでアナクロの世界だ。「昨夜コロッケとメンチカツを食べたけど、どこかで買ってきたの?」とおばあさんが聞いた。「通りのみっちゃんのお店で総菜屋を始めたんです」「そうなの、みっちやんの店でね。とても美味しかったわよ」「時々、夜のご飯の時、出して下さいよ」と、僕が言うと、「まあ、考えとくわ。でもね、ニシンがまだ沢山のこっているから・・」下宿のおばあさんは、やっぱりその気がないみたい。さて、今朝はゴンタにはコロッケとメンチカツを食べさせたくない。ボケが増進するかもしれないからだ。外は青空の晴れ。昨夜の雨で新緑が青々としていた。雑草も元気がいい。でも僕の心はくっもている。もう一度、ゴンタを引っ張りだして、僕のお金5万円、そしておばあさんの銀行の実印の指輪を探さなくてはならない。「こらっゴンタ」と僕は怒鳴った。言葉の鞭だ。ゴンタは頭がいいから僕が怒っているのを知っている。ゴンタは尻尾を巻いて頭をたれ、べろを出して目だけは僕を見つめた。「なあゴンタ。昨日僕が隠したお金と金の指輪を一緒に探したが、見つからなかった。今日こそは、なんとしても探さなければ僕は大変なことになっちゃうんだ。それに僕にとっては大金なんだ。だからゴンタも頭脳を発揮して探してくれよな」と言って、ゴンタの頭を撫ぜて、「行け!!」と言ってゴンタり尻を叩いた。ゴンタは庭中を駆け回っていたが、ただ口を開け、長いべろを出しながら戻って来た。「やっぱりダメか」これでは僕の五万円とおばあさんの金の実印の指輪も見つからなかったら庭中、鍬で掘り起こすしかない。そんな時、格子戸を開けてみっちゃんが顔を出した。「どうしたのみっちゃん?」「絵描きさんこそ、どうしたの?昨日、さあ、大変だ!と言って帰っていったけど」「ははん、なんでもないんだよ」「でも・・・・」「それよりも古田君は直ぐに帰ったの?」「あいつ、何様と思っているかしら、夕飯まで食べて帰ったのよ」僕は笑った。やっぱり仲がいいんだな。みっちゃんはゴンタを撫ぜながら、「でも、大変なことって?」「たいしたことではないんだよ、こいつがボケちゃったんだよ」「ゴンタちゃんがボケた?」「こいつの鼻の臭覚がパァになっちったんだよ」「それはどうして?」まさかコロッケとメンチカツのせいとは言えなかった。「テスト用にとお金を庭に埋めただけど、こいつ、うろうろしてさ見つけることが出来なかったんだ」みっちゃんはしばらく黙っていたが、「いいアイデアがあるわ。こんなのどう」と小さな声で、「パンティ捜索よ」「何さ、パンティ捜索って?」「ゴンタちゃんって、すこしHでしょう。特にパンティが好きじゃないの。だから、それで実験をするのよ」「誰のパンティで?」「わたしのよ」「みっちゃんのほかに誰がいるのよ」「パンティ提供者はいるわ」「誰だい?」「うちの母ちゃんよ」「みっちゃんのお母さん?」僕はびっくりした。「母ちゃんはパンティははいてないけどズロ-スはしているわ」僕にはパンティとズロ-スの違いは判らないけど、ゴンタの臭覚テストだけはしたいと思った。「ちょっと家に行ってくるから待ってて」以前にこの庭でみっちゃんに田園調布のお嬢さんたちと下宿の裏のアパ-トにすんでいる女性たちでゴンタにパンティ選びをしたことがあったが、その時のゴンタの活動振りは活発だった。今回もみっちゃんとお母さんのパンティとズロ-スで上手くいくか心配だな。みっちゃんは直ぐに戻って来た。「洗濯機の中が母ちゃんのズロ-スとわたしのパンティを持って来たわ。洗濯前いで良かったわ、ホホホホホ」と笑って、離れた小枝にパンティとズロ-スをかけて戻って来た。みっちゃんはスカ-トをあげて、ゴンタに「さあ、ゴンタ君、わたしの美の香りを嗅いでね」ゴンタはなれたもの、顔を突っ込んでみっちゃんの下半身の小股の香りを嗅いでいた。そして、「さあ、パンティを取って来て!」みっちゃんが叫ぶと、ゴンタは走った。戻って来た時、驚いてのには、みっちゃんのパンティとお母さんのズロ-スを一緒に加えて来たのだ。「どういうこと?」
2011.04.03
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・210―――――――――――――――――――――――下宿に戻ったのが午後4時を過ぎていた。みっちゃんのところで、昼飯に大量の揚げ物を食べたのでゲップが出る。胸焼け続いて、苦しい。しばらく昼ねをしたりして時間を潰していたが、胃袋の揚げ物は胃の中にこびりついているみたいだった。「お二人さん、五右衛門風呂に入る」とみっちゃんが進めたので、胃の消化のためにもいいかなと思って、「ああ、入りたい」と言ってしまった。五右衛門風呂はみっちゃんの家に自慢なのだ。今時、古き時代の産物を現代に持ってきて使うのは一種のステ-タスなのだ。風呂沸かしは僕たちがやった。ガスや電気で風呂を炊くのではない。かまどがあって、薪や古い木材を使っての風呂沸かす。五右衛門風呂は今までよりも二周り大きく、一度に4人ぐらいは入れそうだった。風呂が沸いて、華奢な僕たちが入ると、まるで石川五右衛門になったみたいで、楽しかった。時々、みっちゃんが覗いて、「背中を洗ってあげようか」と声をかけたが、「いいよ、そんな事しなくても」と、古田君が言ったが、この二人、なんだか怪しいな。風呂をあがった時にはお腹のコロッケが完全に消化したみたいで気分爽快になっていた。外の雨もやんだみたいで、時計は4時を指していた。「さあ、大変」と僕が言ったが、何が大変かは黙っていた。おばさんが、残りのコロッケとメンチカツを包んでくれたのでそれを持って、逃げるように下宿に戻った。下宿に戻ると、コロッケの包みをおばあさんに、「中身コロッケだから」と言って渡すと、直ぐにゴンタを呼んだ。庭は雨でぐしゃぐしゃになっていた。埋めたお札と金の指輪は目印の記号が土の上に書いたのだが、それも流れて、何処に埋めたのか判らなくなってしまった。まあ、名犬ゴンタがいる。あいつは絶対に埋めた場所からお札と金の指輪は見つけてくれると信じていた。ゴンタを呼んで。ポケットからゴンタ用とコロッケを隠し持っていたのを出して、「さあ、ゴンタ仕事だよ」とゴンタの頭を撫ぜ、コロッケをやった。瞬く間にコロッケを食べると、ゴンタに僕の隠し物を探すよう命令した。ゴンタは庭を走り回っていたが、時々、僕の顔を見つめている。「どうしたゴンタ。早く探し物を見つけろ!!」と言ってもゴンタは立ち止まって僕の顔を見つめていた。「見つからないのか!!」と僕は怒鳴ったが、ゴンタは尻尾をたれて僕の側に座った。どうしたんだろう?ゴンタの鼻はダメになってしまったのか。僕は心配なって来た。
2011.04.01
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・209―――――――――――――――――――――みっちゃんの店は昼になるとお客で一杯になっていた。以前は、いつもガラガラでみっちゃんのアクビ姿を見ていた。表からは店の中に入りにくいので、裏口に回って、台所から僕たちは家の中に入った。横に風呂場が見える。あの五右衛門風呂がある、以前よりも大きく新しい姿に変わっていた。古田君が架空電話会話をした時、五右衛門風呂が大きくなったと言っていたがねあれは嘘ではなかったのだ。居間にはお膳が出ていて、膳の真中に大きな皿があって、その中にコロッケやメンチカツ。そして魚のフライとえびの揚げたものが山盛りになっていた。いい匂いだ。空腹を刺激する。店からみっちゃんが顔を出して、「何も無いけど、それ、食べてって」と言って店に戻った。台所から小皿を持って来て、メンチカツとコロッケを選んで座った。良く見ると、どれも大きさがまちまちで、あるコロッケは中身が出ていた。揚がり過ぎた色の茶黒のコロッケもあって、まあ、商品価値はないものばかり。そして、又みっちゃんが現れて、「ごめんね、父ちゃんの失敗商品なんだよ」雑貨屋だったみっちゃんの店。新しく総菜屋を始めたのだ。最近では、周りにコンビニやス-パ-が出来て、個人の雑貨屋では商売にならなくなってしっまったのだ。そこで、手作りの家庭の味と言って総菜屋を始めたのだが、それが意外にも当たったのだ。みっちゃんは母ちゃんの家庭料理を日々、食事をする時デジタル写真で撮って、パソコンに挿入して、その写真を店の前に展示して、お客の評判のを聞いていたのだ。ある一人住まいの初老の婦人が(ひじき)の煮物の写真を見て、「あらまぁ、美味しそうな(ひじき)の煮物。もう、何年も食べたことないわね。こんなの売ってくださればありがたいわ」と言って下さったという。みっちゃんの母ちゃんは、今こそ地味な家庭の主婦ですが、若い頃は婦人雑誌の編集者だったらしく、それも料理担当の編集者で、和食も洋食も知識が豊富で、料理学校にも行ったこともあったそうだ。父ちゃんはどんな人だったのか母ちゃんが、話してくれた。父ちゃんは、まるでダメ男で、折り紙で鶴の1つも折ることが出来ない不器用で、料理と来たら、目玉焼きぐらいなのよ。その父ちゃんが店に出て、惣菜を作っているのだから、失敗作ばかり。「だから失敗作を捨てるがもったいないでしょう」とみっちゃんが言った。午後1時半頃には店は静かになったみたい。母ちゃんが居間に入って来た。「コロッケ食べてくれた」「はい」と僕たちは元気のいい声で返事をした。母ちゃんは皿の中のコロッケやメンチカツを箸でつまみながら、「全然食べてないじゃないの」と言ったが、僕たちは、満腹なのだ。出来ればご飯が欲しかったがそれは言うなかった。「ご飯は?」母ちゃんが聞いたので、「それはまだ」と返事した。「あれまぁご飯なしで食べたの?」と言って台所から炊きたての電気釜を持って来て、「食べる?」と聞いたが、もう、お腹はパンパンたった。みっちゃんが入って来て、「今日は凄いのよ。惣菜を買ってくれたお客が、台所のキッチン用品も飛ぶように売れたのわよ」と言って手づかみでコロッケを口に入れた。気がつかなかったが、外は何時の間にか雨になっていた。「あれれ、雨だよ」僕は、すこし慌てていた。庭に埋めたお金と金の実印が心配になった。「帰らなくちゃ」とみっちゃんに言うと、「どうせ仕事はないんでしょう。ゆっくりしていけば」と言ったものの僕は気が気ではなかった。小雨は雷の音とともに太い雨になって地面を叩いている。豪雨だ。僕は諦めるしかなかった。
2011.03.29
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・208―――――――――――――――――――――携帯は相変わらず、鳴り響いていた。「女って、この携帯から?」「そうだよ」と、古田が言った。又、携帯が鳴り出した。アリリャンの曲だ。「ちょっと貸しなさいよ。わたしが出てあげるから」と、言って僕から携帯を取り上げて、耳にあてた。「もしもし、あんた、いったい誰なのよ」=わたしこそ聞きたいわ=「わたしはね、絵描きさんの恋人よ、判る?」=絵描きさんに恋人がいてもいなくても関係ないことよ。だから、出してよ=「あなたはいったい何者よ?」=わたしはアン・ソジュンと言うの、韓国人よ。だから絵描きさんを出してよ=「だめだめ。、絶対に出さないわ。もっと、はっきりした訳をはなさないとね」=判ったわ、わたしたちは夫婦なの=「ェェェェッ!!絵描きさんと結婚していたの?」みっちゃんの顔色が変わった。=違うわよ!。別の人よ=「別の人って?」=あなたには関係ないことよ=「判ったわ。で、何でメ-ルしているんのよ」=それはね、わたしたち夫婦の絵を描いてもらいたいからなの=「そうだったの」=そうよ、だから何回も何十回もメ-ルしていたのよ」「判ったわ」と言ってみっちゃんは僕に携帯を渡してくれた。「絵描きさん、ちゃんとした仕事じゃないの」と、みっちゃんが言った。「そうだよ」「だったら、はっきりと返事をしたら」「そうだよ、だから後でメ-ルしようと思っていたのに、みっちゃんや古田君が変に勘ぐるから・・・」「判ったわ」僕は携帯を手にすると、改めて約束の日時を決めた。僕としては、この韓国人の女性との約束は、とても嬉しい話なのだ。100万円も出してもいいから描いて欲しいと言ってた。でも、何故100万円の大金を出してまで描いて欲しいとはその訳はみっちゃんゃ古田君には話せなかった。1つの条件としてあの夫婦のSEXシ-ンを絵にしてくれと頼まれたのだ。そして、そのSEXシ-ンを描くだけではなく、僕もそのSEXに参加して欲しいとの事だった。そのSEXシ-ンの絵が完成した時点でアン・ソジュンさんは韓国に帰るとの事だった。でも、今、携帯がかかっているのをみると、まだ日本に留まっているらしい。それに絵が完成した暁には隣町にある有名なソンマンゲンという韓国料理店に招待してくれると言う嬉しい話だった。みっちゃんに、「隣町の駅前通りにあるソンマンゲンって韓国料理店って知ってる?」「知ってるわよ。とても高い店なんだけど、一度も入ったことないわ」「あそこさ、彼女が絵を完成したら招待してくれるそうだよ」「ほんと?」「ほんとだとも」「おれも行っていいのかよ」と古田君まで乗り気ただった。「絵描きさん、頑張ってね」と、みっちゃんは僕の頬にキスをした。みっちゃんが時計を見て、「あらら、こんな時間」と言って店に走って行った。時計は11時半を過ぎていた。みっちゃんが店に入る前に、大声で、「絵描きさん、昼飯はまだでしょう、良かったら来てもいいわよ」と言って店の中に入って行った。
2011.03.28
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・207――――――――――――――――――――――「みっちゃんの店の前に小さな電気屋があるぜ」古田君は手にしていた携帯を何か不可思議な、そして濃艶な代物と思っていたようだ。「何しろ、この携帯は女の匂いがする。それにお前を誘惑しそうな何かメッセ-ジが入っているかもな」「そんなのはいてないよ」「判らんよ。調べてみないと」「今日はいいよ。べつに仕事があるから・・」「庭先で何かやっていたのか?」「何にも」「だったら電気屋に行ってみようよ。あそこの電気屋さ、たいした物は売っていないんだよ。電気スト―ブとかデジタルテレビとか電球とか蛍光灯ぐらいだけど」「携帯は売ってるのか?」「あれは特殊だから専門店でないとね。でもさ、携帯の電池の充電サ-ビスはしているんだ」「タダか」「勿論無料だよ。この携帯ドコモだから大丈夫だよ」「古田君も携帯もっている?」「ないよ。もし持ってたとしても、たいした用もないからね、今はいらんよ」「僕もいらんな」「そうだろう」古田君は携帯を手にしたまま、電気屋に行こうと立った。庭に埋めた5万円のお金とおばあさんの実印は古田くんと別れてから発掘をやれば思って下宿を出た。突然、古田君が携帯を耳にあてて大きな声で喋った。「ハイ。古田です。そちらは漫画出版社のニコニコ編集部ですか。ハイ、ハイ、古田です。漫画原稿依頼ですか。ハイハイ。えっ!50ペ-ジを一こま漫画で埋めて欲しいと。ハイハイ。それで原稿料は?・・・えっえっ。ハイハイ。1ペ-ジ1万円で50万円ですか。ハイハイ、それで結構です。で、締め切りは?今月末までにですか。判りました。ハイハイ。必ずいい漫画を描いて持参しますからよろしくお願いします。ハイハイハイありがとうございます」と言って古田くんは立ち止まってお辞儀した。「古田くん、この携帯、通じるの?」「馬鹿だな、通じるはずが無いじゃないか。架空電話会話をしただけだよ」「面白いな、じゃ、僕もやってみよう」古田君から携帯を取ると、僕は架空電話会話を始めた。「もしもし、はいはい、嘴です。画家の大塚先生ですか。はいはい僕になんの事で。はいはい、えっ、なんですか。僕を美術団体に紹介してくださるのですか。はいはい、嬉しいです。で。はいはい、油彩の勉強は先生のアトリエで教えて下さるのですか。はいはい、ありがとうございます。はいはい、今日、これからアトリエに来るようにと、はいはい、喜んで、直ぐに飛んで行きますからよろしくお願いします。と、僕は立ち止まってあたまを下げた。「おいおい、本当にいくのかい」と古田が言った。「うそだよ、架空電話会話だよ」「馬鹿に真実だったよ」と言って、古田君は又携帯を取って耳にあてた。「もしもし、ハイハイ、みっちゃん?そうか、みっちゃんね。どうしたの。えっえっ何よ。五右衛門釜を大きくして、今、お風呂に入ってるの?ええええっ、いいな。それで直ぐ来て欲しいって。どうしたんの?。一人ではもったいないって。ええっ、そんなに大きな五右衛門釜なの。お湯の音、聞こえるかって、うん、聞こえるよ。一緒に入ってね僕の背中を流してあげるってほんと、じゃ、えっ今、一人?絵描きさんと一緒だよ。ハイハイ。そんなの、蹴っ飛ばして来なって。判った。すぐ行くよ。と言って携帯を僕に渡した。「おいおい、なんだか真実性があったな」みっちゃんの店の斜め前、間口一間ほどの電気屋があった。二人とその電気屋の前に立った。最近、出来たばかりで、「さくら電気商店」と書いてある。本店は駅前にあって、巾広く商いをしている、この町の老舗の電気だった。中に入ると、座る場所も無いほどに商品が並べてあって一人の若い青年が、何かラジオの中身を開けていじっていた。「すみません、この携帯に充電したいんですが」と言うと、「いいよ」と言って、入り口の脇の柱に充電しますと書いてある場所ををドライバ-を持ったまま指してくれた。ドコモ、AU、ソフトバンク、その他と書いてあるのでドコモに携帯を設置して充電した。高速充電器だ。充電の間、店の表でたったいると、「よぉ、そこに立っているお二人さん、なにしているんよ」と女の声。見るとみっちゃんが両手を腰に当てて立っていた。みっちゃんが二人の前にやって来ると、携帯の充電が終わったらしく携帯が突然鳴り響いた。手にして耳にあてると、「あんた絵描きさん、何よ電話に出ないでさ」「電話、携帯の電池が切れちゃったんだよ」「あっ、そうだったの。充電器を渡すの忘れていたわね。それで、今から会える?」僕はびっくりして電話を切った。それから携帯のベルが鳴りつづけていた。「やっぱり女だ」と古田君が言った。側にいたみっちゃんが「何が女なの?」僕たちを睨んだ。、
2011.03.27
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・206―――――――――――――――――――――――次の朝はのんびりとしていた。5万円の大金も入ったし臨時税務職員にもなったし、幸先万々歳だなと思った。すっかり絵描きの夢は消えてしまったみたいだったが、それはそれなりに今後、上手く進展していけばいいのだ。それにしても気になるのは杏子さんの美しいヌ-ドだ。田園調布のお嬢さんよりも、そして雑貨屋のみっちゃんよりも、それに妙子さんよりも美しく感じた。杏子さんは処女の美しさだろうな。一番最初にヌ-ドを描くとしたら杏子さんかもしれないな。自分の部屋で布団の中で想像していると、だんだん自分ではない女たらしの助べえ爺になってきそうなので、僕は布団を蹴って飛び起きた。朝飯の時、下宿のおばあさんが、きのう、税務署に行ったことを聞いた。「税務署で何かあったの?」「採用試験です」「絵描きさん絵を辞めて税務署に入るの?」「はい、そうです」「それはそれは立派なこと」「でも、でもですね、それが、たったの一日だけです」「えェェェェッ」おばあさんがあまりにも驚いたので僕は、税務署から貰った書類を見せた。おばあさんは、その書類を読んで、「ホホホホホホッ,一日だけの日雇いじゃないの」「いいえ、立派な臨時税務職員です」と正座して言った。おばあさんは膳から引いて、「絵描き臨時税務職員様」と言ってあたまを下げた。「お祝いに、卵を1つサ-ビスしてあげるよ」台所に行った。卵は名古屋コ―チンの卵だった。これを納豆と混ぜて暖かいご飯の上にトロリとかけて食べるのが最高。ゴンタにも少し分けてやろう。今日は久しぶり、ゴンタにお金を拾って来る訓練をしようと思った。昨日は商店街でゴンタは小銭を拾ってくれたが、お札とか宝石と言うものを拾う訓練が、少し落ちているかもしれないのだ。税務署で輝かしい実績をあげなくては。署長さんに申しわけないのだ。大丈夫ですと僕は宣言したのだからな。下宿の庭は広い。砂地と松とその他雑草が茂っているだけで、庭の手入れなんてしたことがない。隠し場所はいっぱいあった。庭を探索していると。ゴンタが糞する場所も発見。その他猫の糞の跡、野鳩の巣までみつけた。蛇が這っていた。青大将だ。後を追っかけると石垣の間に入って行った。青大将の棲家だ。多分そうだろう。海から遠いのに、ここらあたりまで砂地だなんて驚き。さて、ゴンタにお金や貴金属を探す訓練だが、小銭は止めた。金持ちは1万円札の束に違いない。それに貴金属。さて、実行するのだが、僕のお金は5万円ある。貴金属はおばあさんの指輪の実印だ。僕はその実印を、いつも指にはめていたが、気が付いたら無くなってしまったことがあった。それ以来、僕の机の引出しにしまってある。通帳も一緒だ。のんびりしたおばあちゃんだから、時々、空き巣が入るみたいで、なにを盗まれたかは判らないそうだ。まあ、こそ泥も僕の部屋だけは入らないみたいだった。臭いのだ。今まで。田園調布のお嬢さんやみっちゃん、杏子さんに妙子さんまで、何度もこの部屋に遊びに来たが、一言も臭いとは言ってないな。それが不思議だ。机の引出しからトイレットペ-パ-に包んだ金の実印を出すと、それをビニ-ルに包んだ。そして昨日貰った5万円を同じくビニ-ルに包んだ。庭に出ると、僕は石ころや紙くず。そして鉄くずをを庭のあちこちよ埋めて、そして金の実印指輪と5万円を包んだものをそれぞれ埋めたのだ。「さ-て、これで良し」と言ってゴンタを連れに行くと、格子戸に男が立ていた。古田君だった。「なんだ、古田君」と声をかけると、「やぁ」「やぁ」と言って格子戸を開けて中に入って来た。「今仕事か?」と古田君が聞いた。「いや、ちょっと実験を・・」と言ってしまった。不味いと思ったが・・・。「どうした?」と僕が聞いた。「お前こそどうしたんだ。何度も来たが、いつも留守だったじゃないか」「そうか」と僕はすっとぼけた。「部屋に来る?」と言って古田君を部屋に誘った。相変わらず雑然とした部屋。机の上には絵一枚描いてない哀れな机だった。「絵も描いてないみたいだな」「うん、まぁな」「俺は、漫画を描いてるぜ、この間もラッキ-という出版社で漫画を5枚ほどとってくれたよ」「いくらぐらい?」「それは判らんな。多分一枚5000円くらいじゃないのかな」「5枚で2万5千円か。いいな」「お前も漫画を描いて売り込んだら」「漫画か・・だけど漫画はアイデアとセンスがないとね」僕は自分のおでこを叩いて、無意識に天井を眺めていた。突然、古田君が、「お前、何時頃から携帯やってんか?」と言って机の上にのっかっていた携帯を手にしていた。そしてプッシュを押して、「こりゃ電池がきれてりゃぁ」
2011.03.23
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・205――――――――――――――――――――――妙子さんのオムレツは、凄く美味しいかった。僕の胃袋は完全に落ちついて満足感があつた。「駅前で買って来た和菓子を食べる?」妙子さんは微笑みで言った。どうしたんだろうか、この親切。「何故、こんなに親切なの?」と僕は聞いた。「わたし」「そう」「それはね、絵描きさんは、決して嘘をつかないからよ。杏子さんのことも、絵描きさんはイヤなことをしなかったことを信じたのよ」「そうか」和菓子は四角い、僕にとっては未知の和菓子だった。「これね、きんつばって言うの、本店は金沢なんだけど、その姉妹店がが駅前にオ-プンしたから買って来たのよ」僕はきんつばのつつんだ紙をほぐすと、あんこで出来ている。一口入れると甘味が口一杯に広がり、美味い。きんつばを食べながら、「親方は?」と妙子さんに聞いた。テ―ブルには親方のオムレツが置いてある。「パパは銀行に行ったみたい」その時、親方が戻って来て、テ―ブルに座った。「絵描きさんよ。これを取っておきな」と言って銀行の封書を-ブルに差し出した。中身はお金のようだ。「お金?」僕は驚いた。「お金だよ、5万円入っている」「どうして5万円も?」「これは、この間、商店街のシャッタ-の絵をデザインしただろう、そのデザイン料なんだ」あのゴンタの絵を思いだした。「お金を拾って来る犬」と言うことで、商店街は、とても縁起がいいと誉めてくれたがその後の結果は聞いていない。「口コミで多くの客がシャッタ-を見たさに集まって来たそうだ。でもね、不思議に商店界は繁盛してきてさ、シャッタ-を上げてしまったんだ」親方から、嬉しい話だった。下手チョコの僕のイラスト。それが人気があったと言うのだ。5万円の封書を両手でいただいて、拝んだ。「あらら、絵描きさん、急に金持ちになっちっゃて、今日のオムレツ代いただこうかしら・・・」と妙子さんが言ったもんだから、僕は本気になって封書から1万円を出そうとした。「冗談冗談」と言って妙子さんは僕が出そうとした1万円を両手で抑えた。「これからどうするの?」と妙子さんが聞いたので、「商店街でも行って見ます」と言った。親方が勧めた商店街を急に見たくなったのだ。画家の大塚先生の所は、またこの次ぎと思った。僕が居間から出ると、妙子さんも「わたしも一緒に見に行くわ」と言ってエプロンを取り、居間を出た。仕事場につながれていたゴンタは寝ている。ゴンタに飯をあげるのを忘れていた。「ゴンタちゃんにも、ちゃんとご飯をあげたわ」と妙子さんは言った。「ゴンタにはひき肉のいためにジャコを混ぜ、今朝の味噌汁の残りをいれてあげたのよ。とても豪華版でしょう」「どうして味噌汁を?」「前々から絵描きさんから聞いていたからよ」妙子さんは、僕の生活の隅々までお見透視のようだ。妙子さんと一緒に歩いていると、朝、税務署の帰りに会った時とはまるっきり違って、眼差しは優しく、口は微笑みがあって嬉しそう。時々ゴンタに触ったりして歩いていた。商店街に来ると、入り口の真上に、(お金を拾って来る犬の商店街)と書いてあった。「なかなかやるわねぇ」と妙子さんは声を出した。僕も驚いた。商店街の入り口の側にある八百屋のおじさんがゴンタを見つけ、「や、や、や、ゃ、ゴンタ君」と大歓迎の声、その声で他の商店の人たちも店から顔を出して、ゴンタ君をかこんで大騒ぎ。商店街を見ると、何処の店もシャッタ-が降りてない。あの寂れた商店街は賑やかな繁華街に変わっていた。「ねえ、ちょっと気になるんだけど、やたらに子供が多いんじゃない」と妙子さんが言った。そういえば小さな子供たとが親と手をつないで歩いている。その多くの子供は、どの子も下を向いて歩いていた。「子供が多いのは、いいことだよ」と僕が言った。時々、きゃツと叫ぶ声。それも悲しい悲鳴ではなくて喜びの声だった。商店街の中ほどにある喫茶店に入った。店の中は子供連れの家族で満席に近い。喫茶店のマダムも大歓迎の声。僕をゴンタを外の柱につなごうとしたら、「ゴンタちゃんも一緒でかまわないわよ」と嬉しそうな声。「最近、お店は子供を連れた家族が多くなってね、お昼にはお子様ランチまで作るようになったのよ」とお盆を叩いて言った。人が知らせたのか、商店街の組合長が顔を出した。「絵描きさん、ほんとにありがとうです。以前のくすんだ哀れな商店街が、ゴンタちゃんのおかげで、見違えるほど変わりましたよ」と言ってペコンと頭を下げた。「気になるんですが、やたらに子供たちが多いのは・・」と僕が言うと、「それがですね、わたしたちが思いついたのは、ゴンタちゃんがお金を拾ってくるのを参考にしましてね、この商店街に小銭をばら撒くことにしたのです。五円玉、10円玉、50円玉と毎日合計2千円ほど。まるで宝探しの方法です。それが子供たちに人気が出ましてね、お子様連れの親たちど同伴で来るようになったのです」「そんなことして大丈夫ですか?」「警察署には宝捜しと言う名目で届けを出してありますので。拾い物ではないと言ってあります」といって組合長は一枚の板を見せてくれた。そこには、=この商店街にはあちこちに小銭が隠されています。勿論、路上にもこれを見つけた方はそのお金は自由にお使い下さっても結構です。ただし大人の方は見つけても、手にしないで下さい。あくまでも子供たちの宝探しですから= <宝捜し。お金を拾って来る犬の商店街>なかなかいいアイデアでだと思った。「ゴンタ偉いぞ」と言って僕はゴンタの頭を撫ぜた。すると、ゴンタは口をあけて小銭をばらばらと出した。「こいつ、いつのまにか小銭を拾ったよ」と、僕は声を出しいてゴンタの実力を喜んだ。
2011.03.22
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・204―――――――――――――――――――――――「今しがた、絵描きさんの下宿に行ったのよ」「どうして?」「どうしてって。判るでしょう?」「判らない」「お馬鹿さんね」妙子さんの眼は冷めた感じて、芯のそこから怒っている顔だった。妙子さんの、こんな顔は今まで見たこともなかった。いつも微笑みを浮かべているイメ―ジと違っていた。なぜ?なぜ?何故なんだ。「下宿に行ったら留守でしょう。てっきり、又、出かけたんだと思ったわ」「どこに?」「決まってるじゃない」「僕は今日は税務署に用があって行ってたんだよ」「うそうそ嘘よ」「ゴンタに聞いてたごらん」「ゴンタが話せるわけがないでしょう」妙子さんが、こんなに怒っているのは、僕は直ぐに判った。杏子さんのことだろう。でも、どうして杏子さんのことが妙子さんの耳に入ったのか判らなかった。「今までどこかのカフエ-で誰かさんとお茶してたのね。それを税務署に用があって行ったなんて、よく嘘つくわね」「ほんとだよ」妙子さんは自転車が降りて、「一緒にうちに来て、話しましょう」「僕、もう昼に近いから下宿に帰らないと」「お食事ね。そんなの、のんびり食べる気になれるわね」「でもさ・・・」「判ったわ、食事くらい、わたしが作ってあげるから」妙子さんの眼を見ただけで、女と言う動物は一瞬にして鬼にもなれるのだなと思った。自転車を手で引っ張って、歩きながらゴンタを連れて後に続いた。妙子さんは黙っている。僕は昨日の杏子さんのことをどういう方法で話そうか、考えていた。時々、妙子さんの眼を見たが、微笑みもなく振り向きもせず歩いていた。看板屋に来た時、親方は表で依頼されたらしい新しい無地の看板を下ろしていた。「やぁ、お二人、どうしたんだ」「パパ、道で偶然絵描きさんとあったのよ、昼飯を食べてないからと言うんだったから昼飯を作ってあげようと思って・・・」「親方、こんにちわ」と僕は挨拶した。「最近、ちっとも顔を出さないが絵で忙しいのかね」「いいえ、ダメなんです」妙子さんの親方に話す言葉は何時もと同じ。あの怒ったきつい言葉は何処かに消えてしまっている。まったく女と言う動物はさっぱり判らない。ゴンタを仕事場の横につないで僕は妙子さんの後に居間に入った。何時もの風景。明るい妙子さんだ。鼻歌まで聞こえる。お茶を出すと畳に座って、僕をにらんだ。「ほんとに今日税務署に行ったの?」「そうだよ」「誰かさんとじゃないの」「誰かさんって誰のこと?」「絵描きさん!心にあててごらん」僕は、もう、間違いなく妙子さんは杏子さんのことを言っているのだな思った。「杏子さんのこと?」「そうよ、やっと白状したわね」「白状なんて」と僕は思った。「今朝も会ってたのね」「違うよ、税務署だよ」「まあまあ、又嘘をつくなんて・・・」さっき、税務署を出る時。庶務課長が僕に一通の封書をくれたのを思い出した。何が書いてあるか見ていない。それを出して中身を見ると、臨時職員採用通知書だった。それを妙子さんに渡すと、妙子さんは眼を光らせて読んだ。そしてしばらくすると、妙子さんはニコリと笑って、「凄いじゃないの、臨時職員なんて」「そうだろう。僕は一日だけ税務署職員になったんだよ」「何の職員なの?」「それは秘密」「またまた妙子をくらます気」「極秘事項だから人には話さないよう注意されたんだよ」「そう、でもゴンタのことも書いてあるから想像つくわ」「まぁ、かってに想像しなよ」妙子さんは気分爽快になったみたいで、「絵描きさんにオムレツを作ってあげるわ。食べたことないでしょう」「オムレツ?」そういえば、まだ一度もオムレツは食べた事がない。レストランのウインドに飾ってあるオムレツ。いつも美味そうだなと思っていた。金が入ったら食べようと思っていたが、お金が入った次点でオムレツのことは忘れていた。「今日はひき肉にきのこ、それにジャコをいれてみるわ」エプロンをした妙子さんの後ろ姿。伸びきった美しい足、均整のとれたヒップ。それに冷蔵庫を開ける音。まな板でキャベツを切る音。フライパンで肉をいっている音。洋皿の音。全てが音楽的で心が浮いている感じだった。「どうして杏子さんのことを知ったの?」と僕は聞いた。「知りたい?」「どっちでも」「昨日の夕方、田園調布のお嬢さんに会ったのよ」「どこで?」「駅前の和菓子屋さんで」「やっぱり」「昨日、みんなでモダン・フランセに行ったんだって」「そうだよ」「そしたら杏子さんと絵描きさんがアトリエにするとか言った家ら行ったんだって?」「そうだよ」「気が付いたら、2時間たっても帰って来なかったので、どうしたんだろうと思っていたら絵描きさんが慌てるように戻って来たら、わたしたちに会わないでゴンタを連れて帰ってしまったって」「そうだったかな」「しばらくしたら杏子さんがストッキングもはかないで、乱れた服のまま泣きながら車で帰ったってことよ」「絵描きさん、いったい何があったの?」「なんにも」「田園調布のお嬢さんは、ただ事ではないと心配していたわ」「ほんとに何にもなかったよ」杏子さんのことは人に公開する必要はない。ただの個人的な出来事で杏子さんを傷つけるようなおしゃべりは僕はしない。「なにもなかったよ」「そう]言って妙子さんはオムレツを作り始めていた。
2011.03.20
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・203――――――――――――――――――――――前もって署長は部長と係長にはゴンタがお金を見つけることの驚異的な天才犬であることを話していた。(この犬が?)と部長と課長はゴンタを見つめていたが、信じることにしていた。署長室のソファ―に部長と係長が僕をかこんで、おもむろに、「これは極秘事項であることをお忘れなく」と部長が言って、「実はですね。ある大物の脱税違反を捜査することになったのですが、いまだに隠し金の所在が判らないのです。今まで国税局が捜査して隠し金を探したのですが、見つからないのです」と部長さんがしんみりと話した。「もともとお金を持ってないんじゃないですか?」と僕はつまらない質問をした。「そんなことはありません。ちゃんと確証はつかんでいるんですがね」係長が、「相手の隠し預金、その他、愛人宅も捜査したのですがね」部長が「ダメなんです」「それでね、絵描きさん」と椅子に座っていた署長さんが、「お金を見つけるのが得意のゴンタ様にお手伝いしてもらいたいのですよ」「そんなことか」と僕は思わず笑った。「絵描きさんはゴンタ様と一緒に行動して、金を隠し場所を探してくださればいいのです」ゴンタを見ると、ゴンタはソファ-横でいつのまにか寝ていた。「大丈夫です。ゴンタはきっと見つけるでしょう」「そうですか、仕事を引き受けてくだされば、こんなに有り難いことはないですよ」署長さんは席を立ってゴンタの側に来て頭をなせていた。「で、家宅捜査は来週の月曜日に行動を開始するのですが、朝の8時に署に来てほしいのです」と係長が言った。「朝8時?」こんな時間はおばあさんは起きているけれど、朝飯を食べるとなればおばあさんは朝6時に起きてご飯の用意をしなくてはならない。おばあさんは、多分ダメだろうな。と思った。「何か不都合なことでも?」と、係長が聞いた。「いや、その・・」と答えを出せなかった。「判りました」と署長さんは立って、言った。「朝の食事は、税務署で用意しますよ。それにゴンタ様の食事も」それを聞いて、僕はホッとした。「それに下宿から署まで歩いて来ると時間がかかりますね、それで朝7時に車を出して迎えに行かせます」僕はそれを聞いて、ますますありたがった。「これで帰っていいですか」と署長さんに聞くと、「もう、ちょっと要件を聞いてください」と言って署長さんは署内電話をした入って来たのは書類を持った庶務課長さんだった。署長さんは手にした書類を眺めながら、「じつは、この仕事は公務員の仕事ですが、一般の市民が一緒に行動することは、公務員法に違反してしまうんですよ、で、嘴(クチバシ)さんには、この際、一時的に公務員になっていただきたいのです。で、月曜日のみ署の臨時職員として採用することにしました」「僕が税務署員に?」「そうです。臨時税務署員です」と言って、庶務課長は僕の前に書類を置いた。「ここに住所と名前を書いて、そして印を押してください」「僕、判子は持ってないよ」「でしたらサインで結構です」なんだか、得体の判らない大変なことになったのではないかと思った。庶務課長は「出勤当日、日当を支払います」日当を貰えるとは、想像していなかったが、いくら貰えるのか興味があった。(千円かな、それとも三千円。それとも、それ以上?)「公務員法給与規定によって臨時職員は、日当7、000円になっています」僕は、ウワ、凄いと思った。「ゴンタ様の支払いについては、特殊犬ですので、それも規定によって30、000を支払いします」(ウワワワワワ、何でゴンタが3万円も?。僕の四倍以上じゃないか、まあ、仕事はゴンタがするのだからしかたがないか。と思った。)「これで、全て手続きは終わりました」と庶務課長が言った。署長さんはニコリと笑って、「月曜日よろしく」と言って握手を求められた。ゴンタを連れて署の玄関まで署長さんが誘導してくれた。デスクの税務署員は、みんな微笑みを浮かべているみたいだった。署の時計は午前11時を過ぎていた。さて、どうするかな。画家の大塚先生のアトリエに訪問するには飯時間と重なるし、近くのチェ-ン店で飯を食うにも金がない。まぁ、しかたがなく歩いて下宿に戻り、マンネリのニシンに味噌汁、そしておしんこで我慢するしかない。電車のガ-ドをくぐってゴンタを連れて歩いていると、自転車の乗った妙子さんに会った。「あらら、どうしたの、こんな所で?」妙子さんは自転車を止め、左足をペタルに乗せて、右足は伸びきった素足を太ももまで出して地に着いていた。「どうしたの?」「税務署だよ」「悪いことでもしたの?」「仕事だよ」と言った途端、妙子さんは自転車から降りて、睨んだ。
2011.03.18
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・202―――――――――――――――――――――税務署には僕は一度も入ったことがない。市役所の隣にあって展覧会には一度、署長さんも見に来てくれたのだ。もともと署長さんとはある夏の日に漁船を出して鯵つりで一緒になっただけだが、僕よりもゴンタが好きのようだつた。税務署の玄関前に来ると、守衛さんが立っていて、犬を連れた得体の知れない僕の姿を見て、「犬は署内にはダメだよ。前の駐車場につないでおきな」と犬権差別。僕は署長さんから貰った封書の中身を見せると、驚いて守衛さんは署の中に入って行った。しばらくすると署長さんが自ら玄関まで迎えてくれた。守衛は頭を下げてたじたじとしていた。「ゴンタ君は?」署長さんが聞いた。「駐車場につないであります」「だめじゃないか。あのゴンタ様を」署長がゴンタのことをゴンタ様といったのには僕もびっくりした。どうも、今回の呼び出しは僕よりもゴンタが主役だなと思った。ゴンタを連れて署内に入ると、署長の案内でデスクで仕事をしている怖そうな男たちの光った眼の間を通った。なんだか身が縮まる思いだ。署長室に入ると署長秘書がお茶をもって来た。そしてゴンタにはミルクが入った新しい器を持って来た「署長さんゴンタにまでミルクとは・」と僕が驚いて言うと、「ハハハハハ、これくらいは即座に用意できるよ」と言って笑っていた。そして署内電話で誰かを呼び出していた。すると二人の男が入って来た。一人はでっぷりと肥った男で年は50前後。もう一人は赤ら顔の愛嬌のよさそうな小柄な男で40前後かも・・・。署長さんは二人を紹介した。肥った男はは徴収部の部長で永井武司。小柄な男は徴収係り長の満田 光だった。そして僕を署長さんは紹介した。「彼はゴンタの飼い主の絵描きさん」立っていた部長と係長は、「絵描きさん?」と同時に声を出した。署長は、「すまんすまん、えぇぇと、絵描きさんの名前は・・嘴まもるさんだったね」「そうです」記憶のいい署長さん、展覧会で僕の絵を見て誉めてくれたがその時、僕の本名も覚えていてくれだのだ。さかず有名大学を卒業したエリ-トお役人。「実は絵描きさんにお願いしたいことは部長と係長から話し聞いてもらったうえ、それに協力していただきたいと署長がお願いたいのです」「なんのことですか?」
2011.03.17
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・201―――――――――――――――――――――――とぼとぼ歩いて一服、テクテク歩いて又一服、ゴンタも散歩は大好きのようだ。だが、僕は意気消沈。頭にこびりついた杏子さんの全裸、しなやかな曲線、プリプリした乳首。(ああ、まいったな)僕の視覚から、のちのちまで消え去ってくれないような気がした。ゴンタと歩きながら僕はため息。そして又一服してため息をついた。下宿に着いたのが午後4時過ぎだった。まあ、夜のご飯はありつくから有り難いが・・・・。でも杏子さんは何故僕に対したて絵の世界を夢見ているようだろうか?。現実的に、杏子さんの意に則して僕が油彩を描き始めたら、杏子さんは、どれだけ喜ぶかもしれないな。と思った。杏子さんは全裸になってまで、僕に尽くしたい。僕に画家になってもらいたいと願っているのが今、なんとなく判るような気がした。。今まで僕は墨絵にこだわっていたが、このさい油彩を勉強した方がいいのかも。でも、油彩は絵の具の使い方がさっぱり判らない。どうしたら?どうしたら?市の展覧会で審査員長をしていた大塚画伯のアトリエには、最近顔を出していないので、明日にも行ってみよう。突然、訪問しても怒られることはないと思うが、もしダメだったら加藤画伯のお宅に訪問して油彩画の技法を教えてもらおう。加藤画箔は絵画コンク-ルでグランプリを取ってるし、それに奥様の殺人事件の時、ゴンタが協力して事件を解決したんだから・・・・と翌朝、ゴンタを連れて大塚先生のアトリエに訪問することにした。玄関のそばの居間で朝飯を食べていると、郵便局員が来て、僕あてに速達をもって来た。宛名を見ると地元の税務署からの封書だった。「なんだろう?」おばあさんも心配して、「税務署からなの、おばあさんに?」「いや、僕宛だよ」「絵描きさん、何か悪いことした?」「しませんよ」僕は早速、封を切って中身の書類を開いてみた。中身は税務署長からの内容だった。前略絵描き殿はますますご壮健のことと存知ます。以前に絵描き殿からいただいた絵を署長室にかけてあります。それにゴンタ君もますます健康であると信じています。時は、今回、等税務署にとって一大事の仕事があります。でゴンタ君の協力なくしては進展しません。近日中にゴンタ君を連れて御来署してくださればありがたいです。 XXXX国税局XXXX税務署長 XXXXXX「なんだなんだ。こりゃ凄いことになってしまったな」と僕は叫んでしまった。「ばあさんのことではないのね」「おばあさんなんか税務署はいじめはしませんよ」「そうかい、安心した。で絵描きさんは、これからどうするの?」「いや、今日は大塚先生のところに行こうと思っていたんだけど」「速達が来ているから、税務署に行った方がいいよ」おばあさんは心配さそうな顔をして言った。「じゃ、そうするか」と言って、朝飯をすませ、ゴンタにも食事をやって出かけることにした。
2011.03.15
第六夜(小説)お金を拾ってくる犬・201―――――――――――――――――――――――空家の玄関の鍵で開けると、杏子さんは靴のままさっさと入って行った。家の中は、なんとなくカビ臭く、畳の匂いが臭かった。僕は靴を抜いて入ろうとしたら、「部屋が汚れているから、靴のまま入って」と階段の途中で振り向いて杏子さんが行った。二階に上がると、八畳間に一杯にビニ-ルが敷いてあった。そして新しいイ―ゼルがあった。壁には大きなキャンバスが五枚も重ねてある。側に小さなキャンバスが10枚ほどがあった。絵の具のデスクには油彩の絵の具や油彩の用品が。油彩用の筆などは、大小さまざまが置いてあった。モデルが座る赤い椅子、そして画家が座る頑丈な椅子まで置いてあった。「凄いね、これどうしたの?」「画材屋さんにお願いしてセットしてもらょったの」僕がここで油彩で絵を描くなんて想像もしていなかったのだ。今まで墨絵で描いていたが、値段も安く、気楽に絵が描けるので僕にとって、ありがたい画材だった。墨絵で市の賞を貰ったことでますます墨絵に熱中したいと思っていた。こんな豪華な画材ではたして絵が描けるだろうか、それは心配だった。杏子さんは一体何を考えているのだろうか。僕を一流の画家にしたい気持ちは判るが、僕自身、とても一流の画家をなれないし、望んでいないのだ。平平凡凡の生活で静かにのんびりと墨絵を描きつづけたいと思っていた。「絵描きさん、杏子をモデルに絵を描いてもらいたいの」と言って赤い椅子に座ってポ-ズをとった。「僕は描けないよ」「ダメ、絶対に描いて!!。ここのにある絵の具だって舶来品よ」僕は絵の具箱の中を見た。杏子さんは立って、絵の具箱中の絵の具を手にして、「全てフランス製よ」「舶来品か」僕は絵の具を手にして横文字を見たがチンプンカンプン。「ルフランの絵の具よ」「ルフラン?」「ピカソやゴッホ、シャガ-ルからマチス、ゴ-ギヤンもそう。一流の画家が使っていた絵の具なのよ」僕はますます驚いてしまった。そんな素晴らしい絵の具を使ったからといって一流の画家になれるはずがないと思う。「絵描きさんは一流の画家になれるわよ。そのためには杏子をモデルに絵を描くのよ」「ダメだよ」「だめなの」「はい」「絵描きさんは杏子より田園調布のお嬢さんが好きなんでしょう」「そんなことは・・・」「だって彼女の裸体を描いたことがあったんでしょう」「それは・・・」「それに全裸になって、あそこの毛を剃ったことがあったんでしょう」「・・・・・」「杏子は思うのよ。田園調布のお嬢さん、外人の通訳をしているって言っているけど、本当は娼婦じゃないの?」「そんなことはないです」「嘘つかないで。絶対に娼婦よ」「・・・・・」「なにを黙っているのよ。絵描きさん答えて」「・・・・・」「杏子のように処女の女よりも熟した女に絵描きさんは惹かれるのね」「そんな・・・」杏子さんは何を思ってか、椅子から立ち上がると、スカ-トを下ろし、パンストを脱ぐと、上着をぬいてブラウスのボタンをはずし、ブラジャ―を取って、パンティ一だけ抜かないで全裸になって立った。「絵描きさん杏子の身体を見て!!」美しい乳首、くびれた腰、きめ細かい絹肌、足を伸びきって美しい。そして杏子は、「よく見て!杏子の、この身体を・・・」杏子さんはパンテを脱ぐと、パンティを二つ折にして横に置くと椅子に座った。あそこの毛は黒々として多かった。「絵描きさん見て!」と言って両足をは開くと、あそこの部分がはっきり見えた。「田園調布のお嬢さんのような塾したあそこではないけど、杏子の処女のあそこを見て!!!」と叫んだ。僕が気が付いた時、僕はゴンタを連れて4キロ先の下宿まで歩いていた。
2011.03.13
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・200―――――――――――――――――――――――テラスで1時間もおしゃべりしただろうか、杏子さんは時計を見て、「もう、そろそろ帰らなくちゃ」と言った。田園調布のお嬢さんも時計を見て、「あらら、おしゃべりしちゃったわ」と言ってバックから財布を取り出した。ウエタ-が来てめいめい支払ったが、僕は金がない。そのまま席を立った。「杏子さん車なの」「そうよ」「だったら一緒に乗せていってくれない。「いいわよ、何処まで?」「モダン・フランセまでよ」「モダン、フランセ?、帰り道だからいいわよ」「ありがとう」そういえばモダンフランセにはしばらく行ってないな。まあ、僕は女でないから婦人服には興味がない。でも、店内に漂う女の香りは僕にとって、ストレスの解消剤になると思った。正直に言って僕の場合、のほほんとしているので、人が言うストレスとは、ちと違うな。まあ、アイデアが出ない時、脳天に刺激を与えるって感じかな。「杏子さんもモダン・フランセにはちょくちょく行ってるの?」と後ろの座席から運転らしている杏子さんの後から田園調布のお嬢さんが声をかけた。「わたし、最近行ってないわ」「そうなの、マダムに逢ったら、きっと喜ぶわね」「そうかしら」車は街の商店街を通って、寺通りに出ると、真っ直ぐの道を走った。後ろの座席のゴンタを見ると、田園調布のお嬢さんと横須賀のお嬢さんの間におとなしく座っていた。勿論、ゴンタの鼻先は田園調布のお嬢さんの腿のあたりにあぐらをかいて寝ていた。田園調布のお嬢さんの、あの甘い香りは股間から匂いかもな。マダム・フランセに着くと、田園調布のお嬢さんたちは車から出た。ゴンタも慌てて降りたが、「ゴンタは車の中にいるんだ」と僕はゴンタを車の中に押し込んだ。ゴンタは不満そうに拒否したが、首輪で引っ張って車の中に入れた。「そうそう、ゴンタチャンにドックフ―ドをあげなくちゃ」と言って、杏子さんは後ろからドックフ-ドと何時も所持していたスットコの飯の器を出して、その中にフ-ドをいれて後ろの座席に置いて扉を閉めた。杏子さんは何時も犬の心をふまえているようで心優しい愛犬家なのだ。先に店に入った田園調布のお嬢さんたちから話を聞いたのか、杏子さんが店に入ると、マダムは、「あらら、いらっしゃい」と言って両手を広げ、フランス風の格好で杏子さんを抱きしめた。なんかキザな感じがしたが、パリで生活をしたことのあるマダム、これが自然なのかも。「あら、いらっしゃい。絵描きさんも来てたの?」来ていたのはないだろう。僕を無視されたようで気分が少し悪い。勿論、僕は男だから女の店に顔を出すことが自然でなく、ありえない不自然なのだ。田園調布のお嬢さんたちはあちこちの新しいワンヒ-スを手にして目を光らさせていた。杏子さんも、あれこれと見とれていた。店の美しいアシスタント嬢が、「お茶がはいりましたから、別室にどうぞ」と勧められた。「わたし、ちょっと用事があるので」と杏子さんは断った、マダムは、「空家にいかれるの?」感が働いた。「そうなの。すみませんが、しばらく車を置かしてください」とモダン・フランセのマダムに杏子さんは頼んだ。えええ、僕は聞いていない。まさか冗談だろうと思った。杏子さんが僕のために空家をそのまま空かしておいて、僕にその場所で絵ほ描いてもらいたいと言ってた場所だ。杏子さんは外に出ると、僕の手を引っ張って、ヒ-ルの音も高く進んだ。
2011.03.07
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・199―――――――――――――――――――――田園調布のお嬢さんは立ったまま、「お邪魔でなかったら、ここの席に座っていい」と杏子さんに聞いた。「かまわないわよ、もう食事も終わったし」「そう、ありがとう」と言って座ったが、僕と杏子さんの会話が出来なくなりしばらくお互いに笑っているだけだった。その時、ウエトレスが来て、注文を聞いたので、田園調布のお嬢さんはコ-ヒを頼んだ。連れの横須賀のお嬢さんも、「私も同じものを」と言った。「コ-ヒ、二つですね」とウエトレスは再確認して行った。「私たちのさっきまで駅の表にあるレストランで食事してたんだけど、そこの店、コ-ヒが不味いのよ。だから店を変えてここに来たんのよ」ここの店はほんとにコ-ヒがおいしいのだ。「絵描きさん、久しぶりだけど、元気?」「元気です。でも、貧乏だけど」僕は余計なことを言ってしまった。「絵描きさんは杏子さんが付いているからいいわね」と嫌味の言葉に聞こえた。杏子さんは笑っていた。身体を売って生活している田園調布のお嬢さんは、金持ちののほほんとした杏子さんに嫉妬をしているみたいだ。このまま話が進展すると不味いので僕は話題を変えようと思っていたら、田園調布のお嬢さんから話題を変えてくれた。「あらら、ゴンタちゃんも来ていたのね」と言った途端。ゴンタすでに田園調布のお嬢さんのスカ-トの中に顔を突っ込んでいた。「フフフフ、止めなさいゴンタちゃん」と言ってゴンタの首を抑えて外に出そうとはしなかった。ゴンタの暖かい鼻息で田園調布のお嬢さんは股間に何かを感じていた。僕は紐を引っ張ってゴンタを出した。ゴンタの甘い声。ゴンタは田園調布のお嬢さんの股間の匂いを覚えていたのだ。ほんとにゴンタは敏感でHが好きなのだ。田園調布のお嬢さんがコ-ヒを飲み干すと、僕と杏子さんの態度からお邪魔虫に感じてか、「絵描きさんと杏子さんたち何か話しあってたの、突然、二人の中に顔を突っ込んじゃって、わたしお邪魔虫だったかしら」「とんでもないですよ、田園調布のお嬢さんに会って嬉しいですよ」「ほんと」「今日は嬉しいことと悲しいことが重なっちって」と僕が言うと、「そうなのよ」と杏子さんが言った。「うちのスットコが赤ちゃんを生んだのよ。それも6匹もね」「まあ、6匹も、おめでとう!」田園調布のお嬢さんは両手を組んで振った。「ゴンタちゃんの子?」「そう」「ゴンタちゃん、よく、やったわね」と田園調布のお嬢さんはゴンタの頭を撫ぜていた。「でも3匹は死んでしまったの」杏子が言うと、泣き出しそうな顔になってしまった。田園調布のお嬢さんはポカンと可愛い唇を開けて黙っていた。
2011.03.06
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・198――――――――――――――――――――――街の中心地にJRの駅があって、裏側の出口から真っ直ぐに小さな山にあたると、そのすそ野に広大な敷地がある。広々とした駐車場だ。そこに杏子さんの車を止めた。周りは木造の住宅地でがあって人の出入りのない閑散とした場所だった。「ゴンタも一緒に連れて行っていい」と杏子さんに聞いた。「かまわないよ」と言うことでゴンタを連れて、杏子さんの後について行った。芝生の中に入って行くと、平屋のレストランがあった。広いテラスがあって、その中に入って行って、隅のあいているテ―ブルに来て。「ここでいい?」と僕に聞いて、椅子に座った。「ここだと犬の同伴が出来るのよ」室内は禁煙で、勿論、犬の同伴はダメらしい。「ここは最近出来たばかりで、最初は動物の同伴はダメだったんだけど、お客の多くがご婦人で、犬連れが多かったんでレストランの方針を変えたみたい」テラスには小さな洋犬を連れた女客が、あちこちに座っていた。ウエトレスがメニュを持って来たのを杏子さんは手にすると、「絵描きさんは何をいただく?」「さぁ、なんでも」とあいまいな返事をした。「わたしはね、スババ-グにするわ」「スパバ-グって何?」「スパゲティにハンバ-ガ-がくっついているのよ、そしてその上に目玉焼きがのっかっているの。杏子は一度ここの店に来て食べたことがあるの」「美味いの?」「杏子は好きよ」「じゃ、僕も同じものにするよ」注文が決まるとむウエトレスは行ってしまった。水を一杯飲んで、あたりの風景を見た。池の中に緋鯉が泳いでいる。その側に大きな桜木があってその周りには藤棚があった。季節になれば桜は満開で藤の花はテラスまでいい香りがなびいてくるだろうな。と思った。「ここね、元漫画家のお屋敷だったそうよ。」「そうか」と僕は驚いてしまう。漫画家って、こんな大きな敷地を買って生活していたんだ。「絵描きさんも漫画を描いたらどうなの?」「僕はダメだよ。漫画的なアイデアもないし漫画も描けないよ」「だったらお金持ちにはなれないわね」「いいんだよ、貧乏で」僕は、又少し腹が立った。感のいい杏子さんは、すぐに感じとって、「ごめんなさい、又、杏子、おかしなこと言って」と、又、謝った。料理が来ると、美味しい香りが流れてくる。テ-ブルの下で寝そべっているゴンタは起きて、僕のズボンにあごを乗せて、よだれがたれていた。「ゴンタのご飯は?」と杏子さんに聞いた。「大丈夫、車の中にドックフ-ドがあるから」と言って、気にしないで食事を始めた。僕はダメなんだ。ゴンタとは一宿一飯のやくざの中みたいで一緒に同じものをたべさせたいのだ。杏子さんが、周りの景色を眺めながら食事をしている間に僕はハンバ-ガ-半分手で取ると、ゴンタの口の前に置いた。ゴンタは一瞬の間に食べてしまった。「これで良し」と心の中で納得した。食事が終わると杏子さんはコ-ヒを注文してくれた。久しぶりに美味しい料理。全てに満腹感で心は弾んでいる。コ-ヒに角砂糖を四個入れて静かに口に当てた。その時、入り口にパンスト剥き出しの女性が二人入って来た。「まさか」とた思った間もなく、僕の姿を見つけて、手を上げている。田園調布のお嬢さんじゃないか。「あらら、絵描きさん、こんな所でラブコ―ル?」言い訳でもと思ったが、後ろ向きになっていた杏子さんの顔を見て、「あらら、杏子さんだったの、ごめんなさい」と田園調布のお嬢さんは謝った。
2011.03.05
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・197――――――――――――――――――――しばらく杏子さんの部屋で会話もなく、なんとなく黙っていると杏子さんは、乱れたベットを整えて僕に顔を見せなかった。そして、急に振り向いて。「そうそう、絵描きさんにお茶を出すのを忘れていたわ。絵描きさんはコ-ヒがいい。それとも紅茶」「僕はコ-ヒがいいです」「そう、判ったわ」と言って、室内電話でお手伝いさんに頼んだ。コ-ヒが来ると杏子さんは全てを忘れたかのようにはしゃいでコ-ヒをテ-ブルに置いた。「砂糖を入れるの?」「うん」と返事をすると杏子さんは砂糖わ入れようとしたので、「僕が自分でやります」と言って砂糖の器を手にするとスブ-ンで3杯も入れた。「絵描きさんは甘党なの?」「そう、甘いの好きです。頭の栄養分だから・・・」しばらく無口でいると。杏子さんが、「絵描きさんはわたしより絵が大好き?」僕はしばらく黙っていたが、静かに、「僕の絵は未熟です。画家と名乗るほどの文才はありません。悩んでいます。このままの状態だっったら、5年後には消えてしまうでしょう。絵だって、感覚で描いているようなものでしっかりしたデッサンも出来ていません。勿論、デッサンが上手になったからと言っても画家になれるとは決まっていません。僕には先が見えるんです」「先が見えるって?」「そうです、先が見えるのです」「そんなことは不可能よ。一分先だって予告はできませんよ」「でも、僕には判るんです」「だったら杏子の先も見えますか?」「それは判りません」「絵描きさんは易学をおやりになっているの?」「易は当たるも八卦です。信用できません」「だったらどうして?」「ここに一本の木の苗木があります。その苗木のある場所によって、その苗木の成長が決まります。僕の場合は環境の良くない場所に植えられたような気がしてたえられないのです」「じゃ、杏子の環境が悪いの」「とんでもありません。環境が良くすぎるのです」「いいのならいいじゃないの」「今の僕には、どうしていいものか判別がつかないのです」「たからなの?」「極端に言えば臆病なのです。ハチャメチャの冒険が出来ないのです」「杏子とハチャメチャの冒険をしてみない?」「それは、今は?????」「判ったわ。これで話は止めましょう」二人はコ-ヒを飲み終わって席を立った。杏子さんは時計を見て、「あらら、まだ12時前じゃないの。今日は、これからどうする」「帰ります」「でも、昼の食事でも一緒にしない。内ではなくて外食で」「ゴンタがいるし」「大丈夫、ゴンタのご飯も考えるから」「じゃ、お願いします」「わたしね、一人でレストランに入れないのよ」僕は先に玄関に出て待っていると杏子さんは服装を変えて出て来た。ジャガ-の車にゴンタを乗せると僕は座席に座って安全ベルトを締めた。杏子さんが乗ると車は快いエンジンの音を立てて動きだした。
2011.03.01
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・196――――――――――――――――――――――墓石にはカタカナでピンポンパンと書いてあった。三匹の子犬の名前をピンちゃん、ポンちゃん。パンちゃんとつけたのだった。「楽しい名前じゃないの」「そうなの、これだと悲しくなくなるから・・・」ゴンタの奴、もう少しで墓を掘られるところだったが、ゴンタに、「お前の子供が眠っているんだよ」ときつく注意した。ゴンタはかなしそうな顔をして、ワンと吠えたが理解してくれただろうか。「これからどうする?」と杏子さんが聞いた。これから下宿に戻っても、することは無かった。看板屋の親方からも、何の連絡も無い。妙子さんからも連絡は無かった。僕は完全にもてあましていて、これから何をしていいのか考えもつかなかった。ゴンタもスットコに振られてしょげている。「杏子さんは?」「今日は何もないのよ」僕たちは今日は、ただぼんやりして時間をつぶすだけで日曜日でもないのに、それに、周りの人たちは働いていると思うと、バチがあたるのではないかと思った。「うちに入ってお茶飲まない」と杏子さんに勧められて、ゴンタを玄関につないで僕は杏子さんの部屋に入った。甘い香りのする金持ちのお嬢さんの部屋です。「一度、僕、この部屋に入ったっけ?」「忘れたわ」「僕は初めてような気がする」可愛い三面鏡に縦長の鏡台。ア-ル・デコ―ル調の家具と椅子。美しいレ-スのカ-テン、窓には真っ赤な花が活けてある。丸いテ-ブルには飲みかけのコ-ヒが置いてあった。隅に存在するベットは花模様の白いベットでピンクの羽根布団がかけてあった。しばらく立ったまま唖然としてみていたが、「お父さんは?」「お仕事」「お母さんは?」「ママはチャリティの事でお出かけ」「じゃ、たった一人?」「そう、厨にはお手伝いさんはいるけど、気にしなくていいのよ」「なんだか二人きりだと・・・」「気にしない気にしない。絵描きさんは、我が家では信用があるから・・」と言って、杏子さんはベットの上に座って言った。「でもなぁ」「絵描きさん、こっちに来て座ってごらん」勧められたのは杏子さんのベットの上だった。白いベット。ピンクの羽根布団をめくると、セリ-ヌの毛布が敷かれている。僕が座ると、杏子さんは立った。僕の身体はベットに食い込むように沈んだ。「気持ちいいな」「そうでしょう」「僕の布団は煎餅布団で何時も冷たく固いんだ」「絵描きさん、ベットの中に入って?」「ダメだよ。汚いズボンだから・・}「だったらズボンを抜いてよ」「ダメだよ」「かまわないから抜いて?」僕は女り部屋の女のベットで寝るなんて、今まで想像もしたことが無かった。一度雑貨屋のみっちゃんのいえで冬コタツに一緒に入って、みっちゃんの暖かい足に触れたことがあったが、今回は杏子さんのベット。男を拒絶する、神秘の世界に彼女から、勧めるように誘ったのだ。いったいねこれから何が始まるのか余計な心配が頭の中をぐるぐる回転していた。ズボンを脱ぐと、汚い足、爪も切ってない不潔な足。「ベットが汚れるから」と言っても杏子さんは耳をかさなかった。ベットの真中に入ると杏子さんは羽根布団をかけると、杏子さんは服を脱がないで、僕の横に潜って来た。杏子さんの顔が僕の耳のあたりに接近すると、頬に軽いキスをした。「どう、杏子のベットは?」「凄く気持ちがいいよ。これだと、よく眠れるね」「でも、そうでもないの」「もったいないよ」「絵描きさんには判らないかもしれないが、一人寝の寂しさは絶えられないの。誰か、側にいて欲しいと思うだけど」杏子は僕の身体に手を乗せると、抱きついてきた。杏子さんの太ももが僕の太ももに。暖かいぬくもり。杏子さんに甘酸っぱい香りと唇の香りが僕の極楽の世界に引っ張られそう。「絵描きさん、杏子と一緒になってくれる?杏子ね、ずっと絵描きさんのことが好きだったの」「一緒って?」「結婚よ」「結婚!!」僕は驚いて、布団をめくって起き上がってしまった。そんなあほなことはありえない。この貧乏画家と金持ちのお嬢さん。月とすっぽんだ。「もしね結婚してくれたら、一緒にバリに行きましょう。絵描きさんはバリで絵の勉強をしてもらうの」「えええええ。そんな」金持ちのお嬢さんと一緒になれば、お金のことも心配しないで日々、絵が描けるじゃないか。そんな楽で楽しいことは出来るのだろうか。でも、僕には、そんな楽して、はたして立派な画家になれるだろうか。と頭の中で混迷していた。それに妙子さんもみっちゃんも田園調布のお嬢さんも絵描きさん玉の輿に乗っていいわねと小馬鹿にして軽蔑するだろう。僕は貧乏画家だから、みんなに好かれているんだよな。生きるために一生懸命に絵を描いている僕の姿がいいんだよな。僕は黙ってベットから出てソファに座った。「ごめんなさい」と杏子さんは頭を下げた。
2011.02.28
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・195――――――――――――――――――――――次ぎの朝、又、杏子さんが来た。朝飯を食べる前だった。昨日は朝飯を食べないで行ったので、僕もゴンタも空腹で腹はペコペコだったのだ。今日は、なんとしても飯だけは食べて行くことにした。玄関を入るとお膳があって、何時もののニシンの焼き魚と納豆と味噌汁に沢庵のおしんこ。杏子さんは玄関の中に入って靴のまま座った。「何時も、こんなご飯なの?」と杏子さんが聞いた。「まあ、毎日同じ物だよ」「杏子さんは僕の食べている姿を観察しているの」「そうね」「不味そう?」と僕が聞いた。「いいえ、絵描きさんは美味しく食べているから・・・」「杏子さんは朝はご飯?」「わたし・・?」「そう」「わたしはパンなの」「パンにコ-ヒ?」「そう、それにフル-ツね。フル-ツはバナナにキュ-イ、苺に林檎に葡萄、トマトよ」「そんなに沢山?」「フル-ツは少しづつ小さく切った物なの」「凄いな」「それに、ゆで卵、ヨ-グルトにトマトジュ-スに牛乳よ」「ああ、凄い凄い」「今度、朝食べに来ない」「ほんと?」僕にニシンが半分、納豆が少々、そして味噌汁をゴンタの器に入れると、ご飯をかき混ぜてゴンタの朝飯を作った。「猫飯です」「ゴンタちゃんの朝飯?」「そう」「ドックフ-ドはあげないの?」「高くて買えません」「スットコはドックフ-ドなの」「スットコは幸せですね」「10キロのドックフ-ドがあるからゴンタちゃんにあげるわよ」「ありがたいけど、ゴンタは猫飯になれているから」ゴンタに飯をやると、ゴンタは一瞬に食べ終わった。「さあ、行きましょうか」と杏子さんが言った。「ゴンタを連れて行ってもいいかな」と聞くと、「ゴンタちゃんを?」と杏子さんは頭を傾げしばらく黙っていたが、「まあ、いいかなぁ」不安な声で言った。多分、ヒステリックになったスットコがどのような反応を示すか杏子は心配だったのだ。ゴンタを連れてくると、飛び回り、異様な声で鳴き始めた。頭のいいゴンタのこと、スットコに逢えるこちを察知したみたい。車の中では、特にゴンタはスットの匂いを嗅ぎつけ、鼻からかすかにヒ-ヒ-と声がする。杏子さんの屋敷に着くと、「ゴンタちゃんの紐をつないだままにして」杏子さんが言った。ゴンタは強い力で僕を引っ張って、スットコの小屋に行こうとした。スットコはゴンタの声に驚いたのか、喜びの声を出すと思ったのに意外に、うううううう、うううううう唸って、ゴンタをそばに寄せ付けなかった。「やっぱりね」と杏子さんは言った。犬の子供が生まれると母性本能で他の動物を寄せ付けないのだ。愛したゴンタでも同じことか言えた。ゴンタの顔は、振られたショックの目をしていた。「昨日、あれから石材屋さんに頼み込んで、御影石で小さな墓を作ったのよ」と言って杏子さんは案内してくれた。「さあ、ゴンタ、ここにはお前の子供が眠っているんだよ。頭を下げな」と言ったが、判っただろうか。杏子さんと石材の話をしていると、ゴンタのやつ、墓を掘り出していたので驚いた。
2011.02.25
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・194―――――――――――――――――――――――よく朝。外からエンジンの音を立てて家の前に止まった車がある。どこか聞きなれた車の音だった。「いる?」玄関から声が聞こえてきた。「やっぱり」と思った。杏子さんだった。布団の中に潜ったまま、起き上がろうとした時、もう杏子さんは僕の前に立っていた。スカ-トの中の白いパンティがちらついている。「どうしたの?」「スットコが赤ちゃんを産んだのよ」「そりゃ、おめでたい」「そうじゃないの」「6匹生んだだけど、3匹が首だけ出して土の中に埋まって死んでいるのよ。心配で心配で、死んだ子犬が怖くて」「3匹も死んだのか。そりゃ大変」「だから絵描きさんに来て見てもらいたいのよ」僕は起き上がって、パンツだけの姿を恥ずかしくもなく、杏子さんの目の前でズボンをはいた。「ゴンタを連れて行くよ」「だめ!今日はゴンタを連れて行かないで」「何故?」「スットコ、凄くヒステリックになっているから」ゴンタが縁側の外で杏子さんを見つけ尻尾を振っている。杏子さんと一緒に玄関を出ると、さっしのいいゴンタの泣き声が聞こえる。ゴンタもスットコに逢えると思っていたみたい。ジャガ-の車は乗り心地がいい。杏子さんの屋敷に着いて、犬小屋に行って見るとスットコは3匹の子犬に乳を飲ませていた。小屋の前を見ると3匹の子犬が土から首を出して死んでいた。僕は一匹の死んだ子犬の頭をそぉっと取ると下半身が無く、首だけだった。他の子犬も同じく首だけで下半身が無い。どうしたんだろう?多分スットコが食べてしまったようだ。犬畜生のあさましさかな。杏子さんは目に手を当てふせてしまった。「どうする?」と杏子さんに聞いても、ただ震えるだけで、目に涙をにじませていた。僕し3匹の子犬の頭をそれぞれテッシュに来るんだ。「どうする?」杏子さんは、しばらく黙っていたが、美しい庭にある小山の所に案内されて、「ここに埋めて」と言った。僕はシャベルで穴を掘ると、3匹の子犬の死骸を埋めた。杏子さんは、まだ震えていた。暖かい幸せの生活に、のびのびと生きてきた杏子さんにとって、始めての悲劇です。いつも楽しく、人生は幸せの天国に包まれていた杏子さん。こんな悲劇を現実に見るなんて想像もしなかったでしょう。自分の人生で、これが原因の点火線になるのではないかとそんな心配もあったようだ。僕みたいに貧乏のどん底から這い上がった者には当然の経験をしているので、気にはしていないが幸福とは、何時に人生を反転するかわからないのです。僕は幸せな杏子さんの姿を見ると、先が見えるようです。
2011.02.23
昨年の10月からパソコンの調子が悪く「お金を拾って来る犬」は休んでいましたが、これからは、何とか続けますから御期待下さい。「お金を拾って来る犬」はまだ序の口で続きますからよろしくお願いします。
2011.02.21
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・193――――――――――――――――――――――数週間たって、加藤さんが見えて、容疑者の男が自白したと知らせに来てくれた。容疑がかかっていた加藤さんが妻を殺すようなことはないと信じていた。加藤さんの話を聞くと、納得いくことばかりだった。僕の下宿の小さな部屋で、弁護士の橘さんとお茶なしで話してくれた。「綾瀬という男が奥さんを殺したのです。いつかは裁判ではっきりしますが、奥様と綾瀬とは不倫関係にあったことはいうまでもありません。何処で知り合ったことは、今に判りますが、何故金銭でのお付き合いだったことははっきりしています一回のデ-トであのような大金を積んでまであっていたことは不可解です。加藤さんとの性生活に不満があったのだと思います。綾瀬という男は性に対して、凄くテクニック上手かったのでは。従順な奥様には、まるで天国の歓喜だったのでしょう。お金に関しては、直接、綾瀬に渡すのではなく、1つに間接をおいて渡していたのでしょう。売春ということを嫌って純粋の交際の気持ちがあったのでしょう。加藤さんの庭には、島根県から取り寄せた牡丹の花が咲いています。その中に奇跡というべき驚きの牡丹が咲いていのです。それは青色の牡丹です。何故、この場所で青の牡丹が咲いていたとは、牡丹学会でも大騒ぎしたほどです。奥様は、この花の付近に20万円を埋めて、綾瀬に知らせたのです。一回二回と、まあまあ、上手くいっていましたが、今回は、それと違っていたのです。青の牡丹の花は気侭な花のようで、青の牡丹の花に埋めたお金はどうなったと思います?。それが、青色の花がピンクに変わってしまったのです。で。隣の峯のピンクの牡丹が青色に変化したのです。いつもの綾瀬は青の牡丹の花の側を掘って見たけれどお金が出て来ません。で奥さんを呼び出して、金がないじゃないか、と責めると、奥様は二重取りしてと綾瀬を怒鳴りつけると、そこでお互いに罵り合ったと思います。多分、奥様は家の画室で主人が描く紙をペ-パ-ナイフを切っていた時だったようだ手には竹のぺ-パ-ナイフを持ったまま綾瀬にあったのでは。綾瀬は奥様からペ-パ-ナイフを取り上げて、無意識に奥様をさしてしまったのでしょう綾瀬は慌てふためき、ナイフを土に埋めて逃げたようです」橘弁護士の話を聞いて、納得がいった。加藤さんは絵に全てを注いだことが、奥様に対して無関心だったことが原因だったのです。僕は近頃の女性は性に無関心の顔をしているが、内面的には、もだえで性の喜びを求めているのではないかと思った。多くの女性が豊満な体に対して性の処理は上手くいっていないのではないかと思った。
2010.12.09
第六夜(小説)お金を拾って来る犬・192――――――――――――――――――――――一週間ほどたって地方裁判所から出頭の手紙が来た。勿論、中身は加藤宅での殺人事件のことだった。そして容疑のかかっている加藤さんの件だった。で、ゴンタがお金を拾って来るというのは偽りではないかと裁判官は信じていなかったので、橘弁護士が実証するためにゴンタで証明したいとのことだった。出頭は明日の午前9時と書いてあった。「さあ、大変だぞ,ゴンタ!!」と僕はゴンタの背中を軽く叩いた。ゴンタはキョトンとしていた。次の日、朝一番に起きて、地方裁判所の玄関の前に立った。木造の二階建ての田舎の町役場の建物に似ていた。玄関に立っていた守衛さんに話しをすると、眼の前に弁護士の橘さんが走って来て、「さあさあ、待ってましたよ」と言って僕とゴンタを奥の控え室に連れて行った。ゴンタはおびえている。僕も異様なば場所に来たので肩がカチカチになっていた。「絵描きさん、実はゴンタ君のことなんですがね、裁判で承認として立会いするとか、そういうものでなくて、あくまでも裁判官が確認したいことは。ゴンタ君が本当にお金を拾って来るのかこの眼で見たいと言っているのです」「そうですか」僕はホッとした。僕が裁判に立会いするなんて、出来るほど勇気がない。それにゴンタだってね震えておびえとしまうだろう。「ですから、今日は裁判所の裏庭でゴンタ君に実証してもらおうとマネキン5体を並べてあります」何処で集めてきたか、よくデパ-トにあるモダンにマネキン人形が色とりどりの洋服を着て立っていた。そしてマネキンに1つづつ手提げバックを持っていた。奥の裏口から裁判長と数人の男性が出て来た。「絵描きさん,こちらか裁判長の室橋さんです」と弁護士の橘さんが紹介した。裁判長は気さくな人で、「君のこの犬がお金を拾って来る犬かね」と聞いた。僕は裁判官とは、黒髭のある怖い人間と思っていたが、背広姿の裁判長は、何処にいる普通のサラリ-マンに見えた。「では、早速始めましょう」と橘さんが言った。はたしてゴンタはお金を見つけることが出来るだろうか?。心配ななった。しばらく,ゴンタはお金を見つける練習をしていないのだ。それに、いかめしい場所で、みんなが見ている所で、果たしてゴンタはやってくれるだろうか。もし、失敗したら嫌疑をかかっている高橋さんが、どんな目に会うかも知れないと思うと、僕の手が震えている。「さあ、始めましょう」ゴンタから10メ―トルも離れた、五体のマネキンを見つめてゴンタに「さあ、あの人形の中の1つにお金が隠されているんだよ、ゴンタ!行って見つけてきな」ゴンタは走りだした。そして五体のマネキン人形を1つ1つ匂いを嗅いでいた。僕の頭の中は夢遊病者のような不安定な気持ちで目をつぶってて祈った。「見つけるように、見つけるように」ゴンタが1つのバックをくわえて戻って来た。すぐに橘さんがバックを開けて見た。「入ってました。お金が入ってました」と大声で裁判長に知らせた。僕はホッとした。そして嬉しかった。「絵描きさん,一回だけでは信用は得ません。5回続けてやりますからいいですね」と念せ押して聞いた。そして2回目も成功。続けて3、4、5回もバックを取り替えて実験したが、すべて成功した。裁判長は、「なんてすごい犬なんだね」と感心していた。橘さんも、大満足で、高橋さんの件は、これから良い方向に進展するだろうと喜んだ。
2010.11.17
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