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こんにちは。朝からみぞれです。寒い14日の診察でがん細胞の最終顕微鏡検査結果がでました。大きさ 40ミリリンパ節転移 2しこりと思われる10ミリのガン細胞が伸びて横に広がり大きさは40ミリになるのです。これではわかりにくいはずです。特性ホルモン感受性は陰性でホルモン治療が無効ハーセプテストは陰性でハーセプチンという薬が無効異型度は3増殖力は高つまり私のガンは マックス最強の悪性度の高いものそれで当初の予定を変更して再発予防の治療と言うことで抗がん剤治療を計8回(3週毎 6日ヶ月程)このようになりました。この時期で良かった。来年の6月は何もない。と思いました。「先生、本当にこの時期で良かったです。 息子の結婚式もできますし、法事もないですから。 次の年でしたら長男の7回忌をしなくてはいけないので」思わず言葉にでました。Hドクター「そうでしたか。」私「今回のことを私ブログに書いています。 お客様に説明する時間がなかったので」Hドクター「それは私も拝見したいですね」と笑っておられました。不思議なもので私は最悪と言われると「負けるか~~」その様な気持ちが ふつふつと湧いてくるのです。Hドクター「では21日にお待ちしています」私「宜しくお願いいたします」入院をお待ちしていますと言われるのも変な気分ですが、覚悟を決めましたその後欲しかった帽子とシューズを買いに行きました。主人とシューズを決め代金を払いました。その時の事です。私がうっかり商品をもらい腕に持っていることを忘れ店員さんに「まだ商品をもらってないのですが?」主人「おまえ持ってるよ」左腕を指差しました。私「あ~ら。ごめんなさい」その私たちの会話を見ていた店員さんの可笑しさをこらえながら顔が真っ赤になっているのを見てこちらがとても恥ずかしかったです。しかし今思い出しても大うけでした。私のお惚けと、検査の話を聞かされた主人の深刻そうな顔で話すリアクションが可笑しかったのでしょう。実際主人に「おかあさん、動揺してないようで、やっまり変だよ」私「まだまだ修行が足りないな~」先月の始めの検診で見つかり18日に手術をして28日に退院し12月の14日に“ガンの顔色”が最悪と言われこれから抗がん剤の治療のため入院する人と知ったら驚くでしょうね以前読んだ歌人の記事に 「生ける者遂にも死ぬるものにあれば この世にある間は楽しくをあらな」 大伴旅人 生きる者も遂には死ぬ。だからこそ、 この世にいる間は楽しく生きなければなりません。 仏典には、この現実社会を「衆生所遊楽」とあります。 私たちは本来、幸せになるために生まれてきます。 本当の遊楽とは、どんな逆境もバネにして、 波乗りを楽しむように人生を謳歌していくことです。とありました。ガンになった原因を探しても悲嘆しても何も変わらないのであれば現実を受け止めその中から、生きる希望を見いだす。それを教えてくれたのが、亡くなった息子です。強い人間ではないけれど、前を向いて生きていく、息子の分までお見舞いに頂いたお花。玄関が明るくなりました。゚.+:。(´∀`)゚.+:。ありがとう!! 。感謝しています。にほんブログ村
2010.12.17
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こんにちは。今日は朝から冷たい北風です寒いですね11月25日天気は入院中晴天続きでした。朝の回診は乳腺科のドクターが揃って来られました。その後主治医のHドクターが患部から出ていて毎日私の首にぶら下がっていたドレーンを抜いてくれました。その日の午後病院内にあるヘアサロンでシャンプーとブローをしてもらいました。気分爽快ですが、何か体がだるい感じです。「ばたばたしていたので、疲れたのかな~。」食事までゆっくりして、夕食後寝ていました。8時の検温で38、9度「熱があったのか」頭を冷やし、下剤を入れ、抗生剤の点滴を1本。すぐに熱は下がりました。11月26日熱は36、8度になり朝の回診は又3人でお越しです。この日はお願いしていました胃カメラの検査。朝の食事はなし。胃カメラは異常なしでした1時に主治医のHドクターの回診で患部に赤く炎症が出てきていたので冷やすための湿布がされました。リバノール液に浸したガーゼを取り替えるというのものです。昔大樹が藪に入りぶとに刺された時にこのリバノール液で腫れに湿布したことを思い出しました。夕方今回の手術の確認と取ったがん細胞の説明がありました。今は詳しい検査に出しています。食欲がなく、夜に熱が39、4度嘔吐、点滴をして、寝ました。11月27日。退院予定日でしたが前日に熱が出たので朝は平熱に戻りました。3時過ぎに虹の会の達ママさんとSさんがお見舞いに来てくださいました。28日は虹の会の例会です。前日、暫く参加できないことをメールで連絡させて頂きました。Sさんにはボランティアでタオル帽子を作ろうと言いだしっぺの私が「今から必要になる。」と驚かしてごめんなさい夕方には平熱になり、11月28日めでたく退院いたしました。自宅に戻る前にお店に寄って2時間仕事をしました。1年で一番忙しくなるこの時期の入院は私にとってゆっくりしていられない現実があります。12日間の入院生活で思ったことは心の持ちようでどのようにでもなる。熱が出たら、もっと休めと思えば良いのです。実際、退院してからの微熱に関しては入院中の熱への対応が参考になりましたよ。27日朝、西の空に大きな虹がかかりました。にほんブログ村
2010.12.15
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今日は雨ですね。昨日は朝から仕事の配達に伺い、午後からは結婚式で着る主人のモーニングと私の留袖選びに行きました。そして夕方から両家での式場での打ち合わせ。これがある為に11月の内に手術をしたのです。体調は万全で体も楽になっており春までの準備を進めるだけですね。大丈夫!!!!(〃´・∇・`)b.+゚*。:゚+です。さて、術後4日めの11月22日。先日から主治医のHドクターは実家の雪吊り作業のため休暇になっています。朝8時に乳腺科の部長さんの回診があります。ドクターは朝が早く、朝食を食べているときに回診が入ります。この日から右腕のリハビリが始まりました。私の病室は6階でリハビリが3階で、その途中の4階に新生児室があります。必ずそこで赤ちゃんを見てパワーをもらっていました。術後5日目11・23日勤労感謝の祭日でした。この日北朝鮮が韓国に向けて砲撃をしました。ニュースがこればかりになりましたよ。この日にシャワーができ気分爽快です。術後6日目11・24日朝から晴天です。久しぶりに主治医のHドクターの回診。午前中に病院内にある図書室でパソコンをしました。昼食をとり、又午後からもパソコンをしていました。夕方のリハビリの前に“チームケア”の担当者の方がご挨拶に来られました。薬剤師・臨床心理士・外来看護師の方で退院後の抗がん剤治療のための私の“チーム”です。夜の8時には主治医の先生の回診があり、9時の消灯です。規則正しい食事と睡眠です。朝も6時37分あさひ6時56分炊き込みご飯・かす汁・煮物・サラダ・漬物にほんブログ村
2010.12.13
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今日も曇りです。4時前に始まった手術は無事に終わり7時半ごろには病室に戻ってきました。その頃の記憶は曖昧で、そう言えばまぶしかったり旦那の声が聞こえたりで、ゆっくりしていたいのにうるさいように思えました。でも夜中は喉が渇く感じは強く覚えています。明けて19日の朝7時過ぎにはHドクターが寄って下さいました。「やはりリンパ節への転移があり、 腋窩郭清術(リンパ節切除)をして 乳房部分切除をいたしました。」と報告いただきました。これで入院は11日になるな~。リンパまでいってないと術後5日で退院できたんですがねしかし、お腹は減るし、喉は渇くし朝ごはんは、重湯と具のない味噌汁。お茶をがぶ飲みしていました。昼前におしっこの管が抜け看護師さんに付き添われておトイレに右手が動かないのは痛いですね。全身麻酔は体がだるいです。とにかく寝ていました。術後2日目胸の圧迫帯を外しました。微熱があり寝て過しました。この頃唇や頬がかゆいし皮が剥けます。その原因が麻酔のときに喉に入れる管を止めるためのテープだと思います。肌の弱い私は敏感に出ます。入院中ず~と荒れ止めのグロスを使っていました。術後3日(11・21)朝から平熱に戻り、午前中に看護師さんがシャンプーをしてくれました。とても気持ちがよくさっぱりしました。午後から親友のSちゃんがお見舞いに来てくれました。体も楽になっておしゃべりをしました。゚.+:。(´∀`)゚.+:。ありがとう!! ね。毎日晴天で夕日が綺麗でしたね。病院と言えば食べることだけが楽しみです。野菜中心の食事は私にとって嬉しいです。ごはん・白身の魚のピタカ・マリネ・ナマス・煮物にほんブログ村
2010.12.11
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昨日はみぞれが降りました。こちらの地方では冬の雷は雪起こしと言われます。雷と共に雪がやってきます。私の体調は万全で熱もなく、今しなくてはならない問題をこなしています。整骨院、歯医者、義母をショートステイに預ける手配。義母の問題が気がかりでした。もうすぐ88歳になりますが、デイサービスを受けるのがいやがります。私が入院中は何とか家族で乗り切ってきましたが寒さが厳しくなり火の始末や食事、お風呂すべてが無理なのです。主人は1年で一番忙しい繁忙期に入り毎日帰宅は9時です。次男も結婚の準備のため新居に移りました。主婦が病気になるということは大変ですね。お店のことはベテランのスタッフに支えられて何とか段取りをして、17日入院をいたしました。次男と彼女が病院まで送ってくれました。すぐにHドクターがセンチネルリンパ節生検術への変更の説明がありました。ここまできたらドクターにお任せですね。夕方エコー室にて、入念に患部にマーカーをつけるのです。それがおっぱいに赤い油性ペンで書くのです。大きさと場所がわかりますね。検査をしてくれている女性技師さんに、「しるしをつける方法は、とても原始的なのですね」と言って笑いました。終わってから、赤いマーカーがある自分のおっぱいを見たとき断乳をするときに、おっぱいに怖い絵を描いたことを思い出しましたね。夜は9時消灯で早いのでしたが良く寝れました。11月18日、朝8時にHドクターとFドクターによるアイソトープの処置を受け午前中に全身麻酔のための点滴があり15時ごろ痛い注射をお尻に打たれ15時半に手術室へまな板の鯉とは聞いていたけれどゴムの感触のあるローラーから手術台に移されたときは「このことなのかな~」と思いましたね。H先生の顔が見え、「今から始めますね」「はい」そう答えて深呼吸2回目はもう覚えていませんね。にほんブログ村
2010.12.10
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こんにちは。て暖かい一日でした。でも夕方は冷えますね。風邪に気をつけましょうね。私は元気ですよいつも゚.+:。(´∀`)゚.+:。ありがとう!! 昨晩は大樹の友人のお父様のお通夜に行きました。彼は大樹が亡くなった時も北海道から駆けつけてくれました。3歳の頃からスイミングスクールに通いました。中学校は同じ軟式野球部で汗を流しました。彼のお父様は大樹の月命日になるとお孫さんを連れて息子の代わりにと1年間お参りに来て頂きました。その時のお顔が思い出されました。仕事で遅い主人に代わり次男と弔問をいたしました。ご冥福を祈ります。さて、11月の15日(月)朝からPET検査。私はJRに乗り病院に入りました。PET検査は11ヶ月ぶりです。前回は去年の12月17日。もちろんその時は何も異常なしです。PET検査には3時間ぐらいかかります。その後レントゲン検査・心電図検査・呼吸器検査と手術の為の検査が続きます。15時に主人が到着し先生からの説明がありましたPETでは右胸にはっきりガンが映し出されています。2個。そして12日のCT検査で腋のリンパ節に転移した疑いが濃厚になりました。春の結婚式を考え、手術先行の治療方針が決まりました。治療方針と手術についての説明がおこなわれ17日の入院、18日のOPと決まりました。今回の乳がん、定期検査のエコーで発見されましたがマンモグラフィーでは見つからなかったのです。しこりも丸くなかったのでわかりませんでした。本当に短期間でガンが発生したものです。健康診断の大切さ、マンモグラフィーだけで安心していたらだめだということを痛感いたしました。必ずエコー検査もしてください。福井県済生会病院にほんブログ村
2010.12.08
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今日も朝からお昼からは上着がなくても良かったですね。私は元気ですから安心してくださいね。もう熱もでませんよ。物忘れの多い年頃ですから今回の経過を書いていくことにしました。検査の経過を書いておきますね11月12日はCT検査でした。MRIの時もそうでしたが検査はほとんどが食事を取れません。CTもそうでした。胸・腹・骨盤CT(P+E)です。なんでもそうですが動かない。動かない。じ~っとしています。この日は検査だけをして15日のPET検査の説明を聞いて帰りました。帰りの高速道路にてにほんブログ村
2010.12.06
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11月8日のMRI検査で、3個の腫瘍の大きさはまとめて3センチ×2センチ。きわめて悪性の疑いが高い模様。4年前からお付き合いいただいているH先生がそこで初めて私の家族構成や仕事など詳しく尋ねられました。私「私、主人、主人の母、次男。同居の親族です。」H先生「ご長男さんは?」私「4年半前に交通事故で亡くなりました。」話を聞きながらPCを打っていた先生の手が止まり私を驚きの目で見つめられました。私「その時の激やせで人間ドックを受けるようになったのです。 そして左乳房に石灰化が見つかったのです」H先生「わかりました」私は2日の検査のときに動揺がなかったのは人生には何もないことなどありえなく他人にあることは自分にも起こりうる。事故も病気も、その他の事もです。何があっても受けてたつ強い女性になりたいと願っているからです。先生との話し合いの中で来年の3月に予定している次男の結婚式に向けて万全な体調で望む為に手術を優先し抗がん剤による治療をしていくという大体の治療方針を決めました。そう決まったらH先生の行動は早かったです。「12日の金曜日にCT検査。 15日の月曜日にPET検査。 そして夕方にご主人に説明して、同意を頂き 17日入院、18日OPの予定でいきましょう。」「18日は夕方からのOPになりますが、 僕が残業をすればできますから。 その日を逃すと一ヶ月後までOPがいっぱいです。」その様な話をして8日は帰ってきました。
2010.11.29
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こんにちは。久しぶりの更新です。タイトルでビックリされたでしょう。本日11月28日退院をしてきてようやくご報告です。今月の2日、毎年受けている乳腺外科の定期健診。マンモグラフィー検査とエコー検査を受けてました。それから診察ですね。4年前から同じHドクター。大樹が亡くなりあまりの激やせに、その年の秋にPET付き人間ドッグを受けました。その際、左乳房に石灰化が発見され、その後ずっと経過観察の状態でした。いつものように診察室に呼ばれましたら、PCの画面をじっと見ている先生の顔が暗いのです。いつも淡々としている先生ではありますがね。「左乳房は変化はありませんが、右乳房が・・・」そのように言われてエコーの画像を示し、「ここの部分に1センチの腫瘍が見られます」「マンモでは判らないのですが念のため細胞検査をしてもよいですか」それから触診をして、エコーで場所を特定してからその場でしこりに針を刺しました。私も時々自分で検査していますがしこりはわからないでした。その場所を触ってみると、丸いというよりその場所が固いかな~。私の感覚からは"しこり”にはほどとおい感じですね。「悪性を疑っていますので、次回MRI検査をして、本日の検査とあわせて判断しましょう」来週の月曜日ならMRI何とか入れてもらいましょう。「今度はガンか?」「早く発見されたのだから、悪性でもしゃないな」「去年はなかったのに、11ヶ月で1センチか」そんなことを考えながら帰宅しました。自宅に帰っても、「1センチだから超初期よ」と言っていました。8日の月曜日、朝から絶食で午後一番の検査です。造影剤を腕から注射しながらの検査です。そして遅めの昼食をとり、結果の報告を受けました。2日の検査の結果も悪性。そしてMRIの検査がこれまた良くない。大きく映し出されている私の右胸の中心部から腕にかけて薄い楕円状の三つの腫瘍大きさ3センチ×2センチ。H先生が触診でもわからないはずです。丸くなく楕円を押しつぶしたような形です。これで乳がんの確立がきわめて高くなったのです。
2010.11.24
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