考える面白さはこの上なく美味/意識・人間・心・世界・なんでも・霊魂研究/世界は大激動し始めた

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2018.04.08
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筆者がネット上に書いてゐる(載せてゐる)記事sの多くは、主要な言語sにおいては、翻訳されておるようじゃす。

その翻訳は大変そうじゃす――さらに加筆形式になると翻訳も読むことも大変じゃろうす――しかるにできるだけ早くアップロードした方がよいでせふと筆者は考へておるのじゃす――。

特定の専用ソフトを用いれば、そこらの困難は大きく減じられることは周知じゃろうす。

で、一応仕上げたら(とゐってもさらに加筆していくじゃろうすが)告知しませふ(これは過去にも書きもうした)。



(――筆者が書いている記事sは、書きなぐりのようなものであって、どれもが不完全であり、これからも加筆と訂正をつづけていきもうす――

――それと・・・学校で学んだ内容以外については、本スレッドの論などを研究するのに必要な程度(かそれ以上)の習得しかしていないのじゃす。なにもかも知っているなどということは全くありもうさん)。



・・・筆者の研究とウェブへのアップロードも極めて大変じゃす。

しかるに、筆者は苦しひながら、やり甲斐・生き甲斐を感ずるのでさういふことを続けておるのじゃす(――本スレッドなどの記述量は膨大なので、読み返すことも大変であり、重複や間違い、いいかげんなところ、加筆修正すべき個所sも多いでせふが、そこらについてはご了解あれかし――)。

・・・ともあれ、筆者が英訳せずとも済み、ありがたひことじゃす。よき時代になりもうした。









本スレッドには、心脳科学(仮説)本体の一部、質の科学(仮説)、世界哲学などと、それらに関連した内容を載せておりもうす。

本スレにある設問シリーズは千差万別じゃす。

「運命のノートシリーズ」も書いてありもうす。

「チャプター加筆形式」の記事シリーズでは、これがチャプター#3じゃす。



「チャプター加筆形式」の記事シリーズとしては、#1~#2~#3のほかにも、膨大な文章を書いている(3月25日・今加筆中の#3は、#882である)



筆者は、このシリーズをいつ書かなくなるかわからないので――人間はいつ死ぬかわからない、という意味をも含めて――すべての人間が、なんにおいてもそうじゃす――、メモのような書きつけをも載せておきもうそう。







☆







毎日あちこちに加筆しているのじゃすが・・・

さて、今回は・・・

1月13日の分が膨大じゃったので、読んでいる・翻訳している方々が消化不良を起こさなひように、少し載せることにしませふ・・・といっても大量に載せることもありもうすが・・・





☆







読み返さず新しい内容を書くことはかなり気楽にいけるんだが、本文を読み返して加筆やら推敲をなすことは、意欲と調子がでてノリノリの状態にならないときわめてむずかしいケースがかなり多い。

筆者の得意技の寝ぼけたような心脳の状態では、そういったことは大変だ。そういうばあいはうんざりすることもけっこう多い。自分で好きでやっているにもかかわらず「これを読み返して手を入れるのか。いったいなんの罰ゲームだ! 」といったところである(笑)。





・・・つひでに・・・

筆者は、ウェブ上に載せる文章も、だいたい一発殴り書き、がほとんどで、読み返して加筆訂正することはまずはないままに、載せている、という実態にありもうす。

加筆訂正推敲はそのうちやろう、ということなんじゃらす。



何も書かないよりはマシだと思し召しあれかし。



(・・・ここでコフィーカフェブレイクを・・・

――「オボシメシ」とは、新種のウメボシと白ご飯を併せた、ウメボシおにぎり(おむすび・地域によっては)のことではないのじゃらすが、そうオボシメシしてウメボシおにぎりを食べるのも一興でせふ――;

・・・ついでに・・・

「おにぎり」、というのは、手でおにぎりを作る様子からの具体的なネーミングで、

「おむすび」というのは、ご飯粒をくっつけてひとまとめにする(結ぶ)、といった感じで、ちょっと抽象的なネーミングになっている、と思う。

「おむすび」も、手でそうやってご飯粒をくっつけて「ひとまとめにしている様子」からきている、と解すれば、「おにぎり」と似てくるが――)











☆☆☆











加筆用(どこかに挿入):







――このセクションは、ずっと後にある次なるセクションと関係が深い――







「心器」と「意識器」についてさらに考察してみよう・・・



まず・・・

「心器というフィールド」がどんなものなのか追究していこう。



心器は、ひとまとまりの小さな(局所的な)フィールドである(すべての心器sが存在する非局所的・全体的なフィールドもあるだろうが)。



心器は知性をもっており理活を行う。

知性の活動の原理はどうなっているのだろうか(それについて次のセクションでも追究している。今回はより物理学的な観点から考察していくつもりである)・・・





ここで・・・、

胃袋を連想した。

心器がやっていることと胃袋が行っていることとの間に似た要素がある、と感じた(発想した)のだった。



胃袋はさまざまな食物を取り込んで、分解し――小さな栄養素単位に分解し(歯で噛むことをも含めて)――腸とともに消化吸収を行う――そして、そこからのさまざまな栄養素sを身体が取り込んで、活用する――栄養素sの補給・新陳代謝・細胞の素子sの生成~修復などを行う(このばあい、「陳」は古いの意。新陳代謝を物質代謝とも言う)――。



そこには心器が行っていることに似た実体がある。



つまり・・・

素材を取り入れて分解し、なんらかに役立てる、組み立てる、という実態である。





代謝

発育

身体の構成



排泄



それでも、胃袋~胃腸~身体が行っていることは、決まりきったことだ。

それはすべて自動的に進行していく。



ところが、

心器が行うことは、必ずしもそうではない。

心器は今までにやったことのないことをも行う。

そこでは、「学習した能力によるところの決まりきった活動」、を越えたなにかがある。



学習したことのない能力(この表現はむずかしい。たどり着いた結果が、学習したものの中にはない、という意味である。もちろんそれをなす心器は、さまざまな学習の結果をももっている)を発揮して、それまでになかったなにかを創り上げる(それも学習の結果である、という見方と、そうではない、という見方が可能だ)。





――ここらは表現がむずかしい・・・能力以上のなにかを創りだす・・・しかも創りだしたなにかが、今までにないものである・・・そういったところに着目したい・・・それだけではないが・・・



で、能力には先天的なものと後天・学習によるものがある・・・その先天的な能力はどこからきたか・・・ここらもむずかしい・・・表現もむずかしい・・・それに類する内容は既述している・・・



そういう先天的なすごいなにかがあっても、それだけでは物事は納まらない・・・そこにおいて、すべてを納める枠組みと知性があるとすれば、なにも試行錯誤は要らない、ということにもなる、そんな枠組みと知性はいつ生まれたのか、どうやって生まれたのか、という謎と設問もでてくる・・・



・・・複数の内容を同時に書くことはできないので、少し遡って・・・

「学習することができる心器」という存在があるわけであるが、

「学習できる」のであれば、それをなにものが創ったのか・・・

1・「学習できる能力」

2・「単に機械的な反応をするだけの心器」

3・「単に機械的反応をすることの中に学習能力が生まれえるか、存在するか」



・・・「1」「2」「3」の絡んだ、そういった謎と問いもでてくる

・・・――





心器・・・

精妙・精緻なフィールド

学習能力



心器・・・

超微細な素子sから成っている

それがどう働くか

(電子機器などを参考にして考えてみるか)







今度は別な展開~表現でいこう・・・



心器が扱うのは、エネルギーの粒々――「心的内容エネルギー粒子モード情報スペクトル要素s」←「情報粒子s」と呼ぼう――である。



――ちなみに・・・意識器が展開するのはエネルギーの波――「エネルギー経時変化波動モード意識内容」←「意識内容波動」と呼ぼう――である――





(以上の2項については、既に何か所かで詳述している)





で、

心器というフィールドに、「情報粒子s」が入った――心器が取り入れたという感じか――としよう。

・・・「入った」、と、「取り入れた」では、実態が異なる――そこにも研究課題がある――・・・ややこしい・・・この追究はどこに書こうか・・・手っ取り早くここに端的にそれを書いておこう・・・

「入った」だと、心器の知性が取り入れたのではなく、「勝手に入ってきた」、「偶然入ってきた」、ということであり、

「取り入れた」だと、心器の知性が「必要に応じて選んで取り入れた」、ということである。

――これは、「(筆者の心器が)さっと発想して書いた内容」を分析して記した内容だが、こういう研究のやり方もある、という実例である――。



さて、

そこで、心器というフィールドに「情報粒子s」が入ったとして



1「その一部が、そのフィールドに埋没――つまりそのフィールドにエネルギーを供給しただけ――・・・そしてそのエネルギーによって新たな情報粒子sが発生する。埋没しなかった情報粒子sは、そのまま残っている



2「それら全部がそのフィールドに埋没――・・・そしてそのエネルギーによって新たな情報粒子sが発生する



「1」のばあい

心器のもつ知性

心器のもつ情報粒子

残った情報粒子

その、「新たに発生した情報粒子」――これは心器の知性が生成したものと、偶然生成されたものがありそうである――

それらとは別に心器が新たに生成した情報粒子――それにおけるエネルギーはどこからくるか、という謎と問いもある

以上を心器の知性が扱う





「2」のばあいでも、「1」とほぼ同じである――そこでは、「その、「新たに発生した情報粒子」――これは心器の知性が生成したものと、偶然生成されたものがありそうである――」がないだけである



さてそこで・・・、

心器の知性が生成する「情報粒子」

そこに働く知性とはなにか

どういう機序か



心器は知性をもっている

その知性は与えられた知性と、学習した知性からなる

(ここにも以前書いた謎と問いがでてくる・・・いちいち書くのはメンド草草・・・)



この世界の謎sは、追究していっても答えがでないのではないか、と思われるくらいだ

そうなると、無限の時を経て今の世界ができ上がったという結論が第一にでてくるだろう





――ここでは、心器の機構を物理的に解明することを目指している・・・それができれば、意識器の機構も同じ手法で解明できるだろう・・・――







さて、以前、マジックについて何回か述べたことがある・・・

それらを再掲してみよう・・・

で、ここで何を言いたいのかというと・・・、

「心器・知性体という存在がある」、ということの傍証を記す、ということなんだが・・・



再掲・・・「マジックで、タネも仕掛けもないパフォーマンス、というものが実際に多数存在する。

それらはもう不思議であり神秘であり奇跡である、そういったマジックsがたくさんあるのだ。

それらにおいては、マジックをなす本人の心器がやっているケースもあるだろうが、多くは知性体(狭義の)が行っているパフォーマンスsが多いだろう。

(――それらを観るときには、目玉が跳びださないように注意しないと、あるいは、目玉が跳びだしコンタクトレンズがはずれるかメガネが割れるか、といったことがないように注意しないと、というくらいのもんだ・

◎_◎・◎д◎・☆д☆――;)



・・・これもここでは重要なことなんだが・・・、再掲になるが、現代物理学は、ほとんどすべてを「場(フィールド)」で記述しようとする。

「場場場場場場場場場・・・」である。

既に詳細に記しているが、そこからいくと、「なんでも在り」なのである。「なんでも在り!」である。

「心器というフィールド」も「意識器というフィールド」も、「以下のフィールド」も、当然存在するだろう・・・

・・・ついでに・・・そこからいくと、「奇跡」も「不思議な事象」も「神秘的なこと」も、なんでも在り・実際に起こる、ということである(どこかに述べているとおりである)・・・ほかのところに書いたが、マジックの中にはタネも仕掛けもないものがかなり多いのである――つまりそれらは不思議・奇跡・神秘であると言える――。



・・・ほかにもありそうだ・・・



こう並べてくると、「なんでもありだ、なんでもありそうだ」という感想がでてくる。

となると、テレパシーとか呪術とか、なにか不思議な実態sが起こりうる? ・・・

・・・マジックの中には「もの凄い」のが多いが、その中にはどう見てもどう考えても「タネもしかけもない」ものがある? つまり・・・その「不思議な実態s」という意味のマジックというのがあるのかもしれん、という結論に至る。

ちなみに・・・超弦理論を用いて記述される「心器と情報量子」が現実に存在する、とすると、重力子やさまざまな量子・粒子――内部構造をもたない素粒子、内部構造をもつ基本粒子(とここではまとめる)――を発生させることができる可能性がある。そこからさらに・・・さまざまな宗教関係の書sなどに記されている奇跡も実際に起こりうる、という仮説についても既に記している・・・――。



さて、さらには、・・・既に軽く触れたように・・・宗教などで伝承されている不思議な実態sや奇跡sも、そこから説明がつくだろう、というところにまで至る。種も仕掛けもないマジックも同じくそうだ。

・・・そういった領域は筆者にとって、跳び抜けて飛び抜けておもしろいんだが――そういう方も多いことでしょう――以上、控えめに書いておこう・・・。



心器と意識器における情報構造から上のことがいえる。



以上において重要なこととして・・・外界・物質世界(意識のそと)が、人間に見えているそのままであるとみなすと、「二重スリット実験」も「EPRパラドックス(既述)」も、タネのないマジックや宗教における奇跡など(既述)も、解明できないし説明がつかない。・・・



(・・・ということは、特定の条件下・特定の領域で相対論は成り立つ、ということになりそうである・・・

・・・「二重スリット実験」については、問題なく説明がつく・・・

・・・「タネのないマジックや宗教における奇跡など」についても、問題なく説明がつく・・・)



で、心器はそのデータベースから情報を受ける~取り出すわけであるが、心器がそのデータベースに干渉できるのだろうか?

つまり・・・心器はそのデータベースを書き換えることができるかどうか?

1・できる

1・1・完全にできる

1・2・部分的にできる

1・3・ほんの少しの部分についてできる

2・できない

以前にも直前でも述べたが、マジックの中にはまったくタネのないものsがある。いってみれば・・・奇跡が起きているマジックsもある。

ほかにも宗教における奇跡やそれに類する事象・事実などもある。

それらについては、「非常に発達した心器~知性的存在」がデータベースを書き換えたと理解すれば納得がいく。

とすると、心器~知性的存在は、そのデータベースの外に存在する可能性が高い、ということになるだろう。たとえば、人間が地上にあって、自分の服の襟首をつかんで持ち上げることができないように――人間はジャンプはできるが、それは地球との間で力~運動量のやりとりがなされるものの、すぐ以前の状態に戻るということである。

それは一時的には書き換えが可能というたとえにもとれるが、すぐに元に戻る、と」

・・・以上、マジック関係の記述の再掲・・・





・・・以上の再掲内容から、心器~知性体は存在する、ということが言えると思う。









さて次は意識器について・・・



意識器というフィールドも心器のそれと似ている。

ただし、性質と働きは異なる。







(むずむずむずかしい・・・)





(加筆)











(上略)









さらにいくらか前に戻って・・・



さてそこで、宇宙が永遠に続いていき、人間のような「意識」をもつ生物が生まれ続いていくとすると――途絶えることはあっても――「自分という意識の主体の転生」と「質時間回帰」は永遠に続いていくのである。



・・・で、

「宇宙は永遠につづいていくはずだ」、

という論も既に記している――「哲学的手法で、あるいはそれにくわえて質時間回帰の絶対性を前提として」、

さらには、「マイナスゼロ、ゼロ、プラスゼロ、、マイナス無限大、無限大、プラス無限大、の並びかたの理論から

――そこでは、マイナスゼロ、ゼロ、プラスゼロを区別するのがポイントである。

さらに、(マイナス無限大もだが)、無限大、プラス無限大、をも区別するのがポイントである(略記)」、

などなどから、宇宙は永遠につづいていくはずだ、という論sが成り立つ(既述している)

・・・その検証は難しいだろうが、既に何か所かで検証用を含めたいくつかの論sを展開している。・・・



・・・そこをいくらか譲歩して、永遠ではなく、人間のような「意識」をもつ生物が生まれなくなるまで――以後まったく生まれなくなるまで――「自分の転生(自分という意識の主体の転生)」と「質時間回帰」は続いていくのである、と言い換えてもいいが・・・。



・・・参考・・・どこかに書いたが・・・筆者の高校生時代、親父が筆者に「宇宙をこっちの方にどこまでもずっと行くと、反対側からでてくる。それから、タンジェントカーブにおいては、線が無限大に至るとマイナス無限大からでてくる」といったようなことを話してくれたことがあった。それが頭にこびりついてしまったのだった。

で、そのタンジェントカーブだが・・・ひとつの周期において、カーブの始点がゼロから始まって無限大に至り、そうなると次の周期に入りカーブはマイナス無限大からでてくる。――そう解釈できる――。

で、そこを詳しく見てみると・・・

(実数の)二次元座標を考えて・・・

X軸のゼロあたりを見ると、マイナスゼロ、ゼロ、プラスゼロが隣り合って並んでいると結論できる。

で、ここで、それをもとに、もっとも基本的な無限大について考えて見ると・・・

1/-0=-∞、1/0=∞、1/+0=+∞、が隣り合って並んでいるように見える。



――無限大は設定のし方によってその性質が相対的に異なってくる・・・たとえば、1/0と2/0は異なり、その比は2(後者が2倍)である、といったような具合だ。

代数~数学では、なんらかの値をゼロで割ることは禁じられているようだが、無限という概念のもとではそういったことになる。

無限という実態は、1/0や2/0などという実態にある、と言える。

(・・・物理学において、無限大~発散がでてくるのは、基本的に、ゼロ分のなんとかがでてくるからだろう)――。



そこにおいて特徴的なことは・・・ゼロは符号をもたない、ということである。ゼロはすべてをご破算にし符号「+プラス、-マイナス」をも反転させるのだ――そう見える――。

・・・と考えると、タンジェントカーブの説明がつく。以上の内容で、感覚的にわかる。



以上について別な表現をすると・・・

1次元座標において、プラス方向にもマイナス方向にも、無限につづく真っすぐな座標を考えてみる。

すると、真っすぐであるはずの座標が、円になり、プラス無限大と無限大とマイナス無限大が隣り合ってつながってしまう、とも言えるだろう(そうであるように見える)。



――数学の進め方~構築というのは、そういうものである。ただし、それが現実の世界に対応しているか否かは別の問題である。――そこらについては既に詳細に記してある――。





さて、

以上の数学を宇宙の空間と時間について適用していいのかどうかという問いも当然ある(――現実に対応しているかどうか、という問題――)。

そういう問題は蹴っ飛ばしてほったらかしておいて・・・もの凄く美味しい世界に突入してみよう・・・つまり・・・以上の数学を宇宙の空間と時間について適用してみよう、ということ・・・

空間について言えば・・・「こっちの方にどこまでもずっと行くと、反対側からでてくる」となる。

時間について言えば・・・「永遠の未来は永遠の過去につながっている。永遠の過去は永遠の未来につながっている」となる。

さらに、「宇宙は、永遠の未来に到達すると、新しい周期の宇宙に入る」となる。

(――それらが現実を記述しているかどうかは、別な問題である――)



・・・さてここにもうひとつおもしろい論を加えよう・・・・・・宇宙の永遠性や、意識~生物の永遠性などについて、適用できるかもしれない内容を含んでいる可能性があるので、やってみよう・・・



その上記の数学理論を適用すると、以下のように、そういった難問もだいたい理解納得できる・・・



まず・・・自然数を無限に足し上げていくと、どうなるか? 

「ある時点で、自然数に『自然に』マイナスの性質(符号)が入り、前に加算してきた数をつぎつぎとすべて打ち消してしまい、ゼロに収束する」、という信じられない結論を得ることができる。

つまり、自然数にマイナスを付した数も、自然数の仲間なのだと、いうことになる。

・・・ただし、初めに、マイナスの概念を持ち込んでいるところにはひっかかるが。

・・・ただし、「無限に足し上げる」のである。「無限」の中に「マイナス」の要素が含まれている、と解釈できる。

無限だと、プラスも反転してマイナスがでてくるのだろう――先に述べたが、



「(実数の)二次元座標を考えて・・・X軸のゼロあたりを見ると、マイナスゼロ、ゼロ、プラスゼロが隣り合って並んでいると結論できる――。



で、ここで、それをもとに、もっとも基本的な無限大について考えて見ると・・・(まず一次元座標で、ついで二次元座標で考えて)・・・

1/-0=-∞、1/0=∞、1/+0=+∞、が並んでいるように見える。

」

を参照――。



「無限」は「曲者」、「無限」は「魔術師」、「無限」は「魔物」、といったところだろう。



つまり・・・ゼロと無限大は、プラスとマイナスという性質をもっておらず、そこに至り通過するとプラスとマイナスが反転する、ということなんだろう。



(・・・確かに、自然界にはプラスがあればマイナスもある。それも質の対生成で説明がつく・・・たとえば、数が発生するにあたっても、なにもないところ・空、から生じるので、1とマイナス1、2とマイナス2が対になって生じる、足し合わせるとゼロになるように発生する、といったことである・・・さらに、質時間回帰の要素も入っている・・・)。



(――おまけに、そこの計算にゼータ関数を用いるばあいは、奇妙な数学的操作をしたうえに、複素数を用いるのである――自然数を扱っているのに、マイナスの数、虚数、まで使うのである。・・・それが正しいとして・・・「無限」には虚数まで入っている、と解釈するしかない――)。



ふたつのカッコの前に戻って・・・そこまでは、「トンデモ」である。

(以下「 」内は最初に手抜きして書いたもの――

「いくつかの無限級数において、無限に足し上げたその結果が、「ほぼゼロ(ゼロとマイナス1の間あたり)」に収束するという結論が、いくつものやり方で打ちだされている(――そのひとつは、超弦理論にも適用されている――)。

その結果を自分(人)に納得させるには、上記の理論と、直近の「トンデモ」な結論から、だいたい納得できるのではないだろうか? (――そこを精密には検討していないが――)・・・・・・」)



以下、直近上述「 」内に加筆・・・ここらは(も)かなり前研究していたのだが、怠けて(――筆者の得意技・・・筆者は極上のめんどくさがりであるし、書くべき内容があまりにも多いので当然そうなるのはあたり前田君である・・・それに筆者はそういった研究にやり甲斐生き甲斐を全身全霊で感じているので、研究をやっており、それをネット上に載せているだけだし・・・と弁解しておこう――)手短に書いたので、それに加筆・・・それに関連して心脳研究として、ついでに・・・筆者は本論やそのほかについてのアイディアsをさまざまよく思いつく。それらを用紙に書き留めてある。そこでの思いつき~発想は、前から心に引っかかっていたもの、時々考えていた対象についてのもの、ひらめき、関係ない本を読んでいて思いつくもの(本の内容~読んでいるところとは関係ない)、などがある。

さらに、書き留めていると新たなアイディアがでてくることも多い。

で、それらをPCに打ち込もうと思ってはいるのだが、たくさんありすぎて、かなりの数のアイディアはまだPCには書き込んでない(あまりにめんどうだからである)。

それから、用紙に書いたりPCに打ち込んでいると、新たな発想がでてくることも多い。用紙の書きつけやPCで読み返していても、新しいアイディアがよくでてきてさらに書き込む。

用紙に書くにせよPCに書くにせよ、同時多発的にアイディアがでてくるばあいは、記すのに苦労する。

・・・以上、心脳研究の一端として・・・



・・・さてその加筆だが・・・加筆しようとして、さらに加筆を入れたので、わかりにくくなったが・・・その「さらなる加筆」の前に戻って・・・



ところが・・・

いくつかの無限級数において、無限に足し上げたその結果が――見た目は無限大に発散するはずなのに――「ほぼゼロ(ゼロとマイナス1の間あたり《だったと記憶する》に収束するようだ。・・・それ以外でも0あたり《わずかにプラスの値》に収束する結果になる無限級数もあったようだが? )」に収束するという結論が、いくつものやり方で打ちだされている。

たとえば、その中のひとつ・・・

オイラー、リーマン、ラマヌジャンが、

「1+2+3+4+・・・=-1/12」という式を導き出している。

(――この数式をここでの論の基本に据えることにしよう。その根拠として・・・自然数を無限に足し上げるというところに基本性を感じるし、それは超弦理論にも適用されているし、ということがある・・・まあ、その根拠としての決め手は今のところその程度であって、決定的ではないわけだが――)

それは、先に述べた結論「ゼロ」とは少し差があるが、それら3人が導きだした結果を、自分(人)に納得させるには・・・いくらか離れた上記の理論と、その下上述の「トンデモ」な結論から、だいたい納得できるのではないだろうか? 



で、その「差」はどこからくるのだろう?

・・・それはプランク定数関連~量子論をも思い起こさせるが・・・

・・・そこにおいて思いつくアイディアを挙げてみよう・・・



*数の世界でも質時間回帰的な性質が働く

*数といえども揺らいでいる

*概念上の数といえども、「自然界」に存在するのであって、実際は揺らいでいる

*この世界に揺らいでいない存在はない

*繰り込み理論との共通性

*揺らぎによって「ゼロ」ではなく「-1/12」に収束するから宇宙・この世界の存在がある。なにもないところから宇宙が対生成で生まれたと仮定すると、その収束が「ゼロ」であれば、かなり短い期間内に物質と反物質の完璧な対消滅が起こるが、「ゼロ」ではなく「-1/12」に収束するから、宇宙は存続できる。それは南部さんが考えた「自発的対称性の破れ」に対応している実態なのかもしれない。

同じく、数といえども、足し合わせれば(ほぼ)ゼロになっているところから展開されてでてくるのであって、すべてを足し合わせると(ほぼ)ゼロに収束する。それがゼロではなく、「-1/12」であった。それは、直近上述と同じ理屈内にある。



以上さまざま述べてきたが、その「-1/12」の値については、未だその根拠が不明である。



*ここでいいかげんな思いつきを書くと・・・

円を等分割すると、12に分割するのが最も美しいし、実用的である。アナログ時計の文字盤を見れば一目瞭然である。一年の月も、同じく(偶然にも?) 12である(――たぶん、時計の文字盤と同じような発想でなされたのだろう――)。

それらは「1/12」の世界である。つまり「1/12」は美しい上に実用的な世界である。

で、なぜそれにマイナスがつくのかと言うと・・・

これもまたいいかげんな思いつきだが・・・

この世界はプラスが勝ると、ろくなことがない・笑。・・・易経で言えば・・・

陰があってこそすべてはうまく行く。陽が勝ると、破滅が近くなる。陽の強い突っ張りあった男たちだけがこの世界にいるとすると、世界のすべてはすぐにでもぶっ壊されてしまう・笑。

一応・・・陰=マイナス、陽=プラスである。

「1/12」にマイナスがついた「-1/12」であると、直近上述の論理・原理でなんとかうまくいく。

・・・とまあ、いいかげんでてきとうな思いつきを書いてみた(ふにゃ論である)・・・

(――「いいかげん」が「良い加減」で、「てきとう」が「適当(適切)」であることを祈りもうそう(妄想)・笑――)



さらに、そこらあたりの別な考察などなど・・・を以下に記そう・・・



で、「ゼロ」に収束することと「-1/12」に収束ことについて、少し分析してみよう・・・

「-1/12」に収束するということは、

ゼロ+「-1/12」、つまり、

いったんゼロに収束するに充分で、そこに「-1/12」が加わったと解釈できる・・・つまり、マイナスが「1/12」だけ優勢であると解釈できる・・・と、まずは考えてみよう・・・?・・・

それとも・・・「1/12」の分だけマイナスが足りなかったという解釈もでてきそうである・・・で、「マイナスが足りない」ということは「プラス」だということだ? ・・・ということは、プラスが「1/12」だけ優勢だということか? ・・・それとも、ほかに考えられることがある? ・・・

・・・で、・・・マイナスが「1/12」だけ優勢と、プラスが「1/12」だけ優勢、そのどっちなんだろう? ・・・

・・・マイナスが「1/12」だけ優勢でプラスに勝った

プラスが「1/12」だけ優勢でマイナスを押し返した・・・これは間違っている感じがするが・・・

そのどっちなんだろう?

それら2つはイコールになるのか? 

ふーむ・・・

・・・マイナスが「1/12」だけ多かった、というところだろうか? 

ふーむ・・・

・・・上述の論理「易経で言えば」でいけば、「マイナスが「1/12」だけ多かった」となるだろうが・・・







・・・・・・ここでも悩みは尽きない・・・普通、こういうのを悩みとは言わないかもしれないが・・・それなら煩悶は尽きないと言おう・・・煩悶もぴったりではなさそうかな・・・それは頭を悩ませる、と言っておこう・・・さらにこう言おう・・・頭を掻き毟りすぎて素敵なハゲになることがないようにしないと・・・冗談はともかく・・・なにか考え間違いをしているような気もするが・・・・・・





あ、そうだ・・・



マイナスの座標にあって、ゼロに向かう実態は、プラスの実態だろう。

つまり、マイナス1からゼロに至ることは、プラス1を実行する、ということだろう。



で、さらに考えてみると・・・



プラスの座標にあって、∞を目指し、∞を越え、さらにゼロに向かう実態も、プラスを実行する、ということになる。



「プラス1」というばあい、座標軸上の一個所を指す。



しかし、「プラス1を実行する」というばあい、それは、「状態子」、「実行子」、「実態子」、「操作子」、とでも呼ぶべき意味内容実態をもつ。



で、いくらか長い上述について言えば(ハゲジョークの前まで)、

マイナス1からプラス「11/12」を実行して、マイナス「1/12」に至る、ということだろう。

そこにおいては、プラスが「1/12」足りない、ということだろう。

それは、マイナスが「1/12」勝・まさった、ということに(と)同値だ。



うん、これですっきりした。

ここはつまり上述の、

「・・・上述の論理「易経で言えば」でいけば、「マイナスが『1/12』だけ多かった」となるだろうが・・・」、

と同じことだ・同値だ。





さて、ここで遊んでみよう・・・

宇宙遊びなんだが・・・



上述の結論「マイナスが『1/12』だけ多かった」を使って、オモティロイ論を立ててみよう・・・



ビッグバン説が正しいとした上で、

そこで生じた物質的要素sは、マイナスが「1/12」だけ多かった、と考えてみる――これはこじつけだが。しかしそこ「マイナス1/12」にこの宇宙の本質がなんらかに現われている・表われている、のかもしれない――。

よって、この宇宙ができ上がることができた、と。

正の物質要素(物質要素)sと負の物質要素(反物質)sが同じ量だけ生じたのならば、それらすべては対消滅して、エネルギーになって物質要素sは消えてしまう。

ところが、マイナスの物質要素sがそれだけ多かったので、この宇宙ができ上がることができた、と。



そこにおいて、マイナスの物質要素とプラスの物質要素における「マイナス」と「プラス」は人間が勝手に名づけたものである。

つまり、負の物質要素s(反物質)を、現在の世界の物質要素s「物質」としているわけである、と、考えることができる。

――これにはちょっとひっかかるところがあるので、ここらについては、もっと考えていこう――



それからこうも言えるだろう・・・

先の論で、「1増えること」を「1プラスすること」、「マイナスが1/12勝って・まさってうんぬん」、としているわけであるが、ネーミングにおいて、それと(に)「物質」、「反物質」を関係づける必要はない。

――これにもちょっとひっかかるところもあるが、これからもっとよく考えていこう――。



たとえ、実際にこの宇宙が反物質でできていようとも(これにもちょっとひっかかるが)、物質と反物質は対等だから、反物質の世界にいようが、物質の世界にいようが同じことである、とも考えることができる。

――これにもちょっとひっかかるところもあるが、これからもっとよく考えていこう――。



それから・・・

その「マイナス1・2」は、対称性の破れの一種である、という見方もできる。それであるからこそこの宇宙が存在できるのである、と考えることもできる。



少し前に戻って、さらに、たとえば・・・、

ベンジャミン・フランクリンが、静電気を発生させる2種類の方法で、静電気の元になる(静電気である)プラスとマイナスを決めた。

その結果、電子(あとになって見つけられた)はマイナス、核子の陽子(これもあとになって発見された)はプラス、それぞれそういう電荷をもつ、と決められてしまった。

後続の科学者たちはそれをそのまま用いた――初めにやった人がなした結果や定義などを尊重するはずだ――。

フランクリンは、その「プラスとマイナス」の名づけの決定において、反対に名づけることもできたわけである。

(この記述でいいかな)



――これを書くと誤解を招くかもしれないが、ついでに記しておこう・・・

フランクリンのその名づけによって、「電流の流れる方向」と「電子の動く方向」が反対になってしまったわけである。反対に名づけておけば、そこが一致していたわけなんだが――

「水にせよ何にせよ、高い方から低い方へ流れる」というのが一般的考え方(通念)であるから、そういうことになるわけだ。

(この記述でいいかな)



――ついでに面白い話を・・・

導体を流れる電流の速さ(それを、電界の到達する速さ、と言っていいはずだ)は、真空中の光の速さに近いが、

そこにおける電子の動きはカタツムリより遅い・笑・・・カタツムリはけっこう俊足なんだ・笑(たしかそう言えるはずだ。コンマ以下0がいくつかついて数ミリメートル毎秒、だったと思う)(ここはあとで確認しよう)――



――もうひとつ行ってみよう・・・

雷についてなんだが・・・

ここでは、雲から地面に落ちるイナズマについて述べよう・・・

激しい上昇気流や激しい空気の流れなどによって、雲の下部がマイナスに帯電して――つまり電子が溜まって

(そこの原理はまだ解明されていないようだ。そこに知性体が関わっているケースもあるのではないか? ・もちろん気象条件が整った上でのことだが)、

地面の表面あたりはそれに伴ってプラスに帯電する(物質の分極による? 陽イオンの移動による? その両方? あとで調べてみよう)。

そしてその電位差が限度を越えると(雲の高さ、大気の状態、なども関係するだろう)、

雲の下部に溜まった電子sが地面のプラスに引かれ地面に向かって放り出され走る(これは筆者の推測である。そう書かれた文献を見たことがない)。それが、ここで言う「イナズマ」(雲間放電なども原理は同じだろう)。



で、

そうなると、その雲はプラスに帯電したままとなる――雲の下部にはそれでも電子がたくさんあるだろうが、その雲全体としてはプラスに帯電となる。

そのあと、どうやってその雲に電子が供給されるのだろう。

で、その帯電は水成分に起こると仮定して論を進めよう(ナイヤガラの滝などの空気には、マイナスイオンが多い。それも水成分に電子がくっついているからだと思われる・推測)。

1・雨となって地面・水面などに落ちて、その水に地球から電子sが供給される

2・その雲が水蒸気に戻って、どこかに電子sのくっついた水蒸気があって、引き合って一部~全部中和される

3・そのほか

などが考えられる。





(・・・カミナリの発生には多くのばあい、特定の範囲にある自然条件が揃うことが必要のようだが、カミナリの発生や落雷に、「知性体」がかかわっているケースもありそうだ。

それにその「自然条件」が満たされなくても、発生~落雷するケースもあるようだ・・・そこでは、「知性体」が活動している可能性が非常に高いだろう・・・)





ちなみに・・・、

カミナリの落ちた田んぼなどでは、豊作になるという・・・

・・・電子と生命エネルギーとの間に関係がありそうだ。生命エネルギーが田んぼに溜まってそういうことになる、と。

――そういえば、陰イオン発生器というものがある・・・筆者も使っているが・・・あれは、空気、たぶん水蒸気?  に電子を送り込む装置だ(酸素や窒素などの気体にも電子が乗っかるだろうか? 

あとで調べてみよう)。

それが身体によいとされているわけだ。

それも電子と生命エネルギーとの関係を示唆していそうだ。

連想つひでに・・・

ビタミンCは、対象要素に電子を与える働きをもつ。これは、抗酸化栄養素・還元剤だが(ほかの働きもする)、電子についてもっと研究してみたくなる。



ついでにもうひとつ・・・

これは電荷のプラスとマイナスに似た話しなんだが・・・

磁石のNとSのこと・・・

NとSを、1・プラスとマイナス、あるいは、2・マイナスとプラス、と決めてもよかったわけなんだが、NとSとしている。

――ただしこれは電流の流れと関係するので、そこから決めると1か2のどちらかにした方がよさそうだが。

しかし、たぶん・・・電子や電流についての知見が成立する以前に、方位磁石のNとSは決められたのではないか? とすれば、その時点でNとSでなく、プラスとマイナスを磁石のどちらかに当てていたとしてもおかしくはない――。



で、

Nはnorthで北、Sはsouthで南、の頭文字である――エイゴはまあよくもでしゃばってるな・笑――日本語だと、KとMでいい――。

で、方位磁石・羅針盤の磁針が北をさす方をN、南をむく方をSとしたのだそうだ。

ということは、磁石としての地球の北極あたりはS、南極あたりはN、ということである(ただし、地球の磁極は反転していたことがある。その時代はNとSが逆だ・笑。常識もひっくり蛙ことがあるという話し。今でも地球の磁極は動いているという話しもある)。

・・・これも連想ゲームの一種のような話題である・・・





――ここらは、連想などによる雑談だが、本論の既述の内容に関連している――



で、雑談から脱けでて・・・

結局、現在の物質世界はそういうこと(離れた上述)で、できあがったのではないか、というファンタジー物語を展開してきたことになる。





・・・以上もまだまだ今後の研究課題に(で)ある・・・





で、その「1+2+3+4+・・・=-1/12」は、超弦理論にも適用されている――次元数を求める計算において。





(加筆)









「加筆用(どこかに挿入)」の場所に書いていたものを、やっとここに移動させた・・・





ここは超略で記すんだが・・・



以前に論じた「マイナス0、0、プラス0」「マイナス∞、∞、プラス∞」の理論、そこから、「1+2+3+4+・・・・・・・・・・・・」なる無限級数の和はゼロになる(いくらか誤差がでるようだが・・・-1/12などと)、と論じたが、「∞(と0)」が結局残ってしまう、ということに気づいた。

そこで、さらに今いろいろ考え中学生になっている・・・・・・こういうのはすぐにナマケ中学生に変身してしまうんだが・・・・・・



(以上、170712記)





(以下、170713記)



(以下の書き方は発想の順になっている。読みやすくするには書き改めるのがいいんだが・・・)



しかし、その後の研究の結果、結局は、最初の結論にもどった。

「『∞(と0)』が結局残ってしまう」のは、そのとおりなんだが、「『∞=プラス∞’+マイナス∞’』で、その絶対値・それは値と同じになる――このばあい『∞=プラス∞’+マイナス∞’』を状態量と呼びたい(ここでの専用用語)――その絶対値――はなんと0」なのだ・その数学においては(――符号も(+)+(-)=0、となり消える――)。

――それは、タンジェントカーブ、またはy=1/xなどのグラフの分析からでてくる――

つまり、その数学においては、「1+2+3+4+・・・・・・・・・・・・」なる無限級数の総和はやはりゼロになるのである(いくらか誤差がでるようだが・・・-1/12などと)。



そこらの解説をなしていこう・・・

・・・しかも、心脳の現実を理解する参考にもなるような叙述で・・・



筆者はときどきなんかんやイメージを巡らせたり、自由にいろいろ考えたりするんだが、上述は、昨日(170712)いろいろ思い返していたら、その論を思いだし、その数学による論でも「∞(と0)」が残る、という頭の中での映像による結論に至ったのだった。

そこでさらに、そこの追究をなしていった。

その過程で、用紙にさまざまを書きつけた。

その中の一部を記すと・・・

その数学で「1」を無数(全部「1」)無限に足し上げていくと、「0」になる、という結論に至った。

まずそれは、結局、整数を刻んだ無限の数直線のレールの上を走っていくことと同値である、ということに思い至った。

その無限の数直線のレールは、別なところで記しているように、その数学においては、円になっている。

その円の上に、0、1、2、3、4、・・・・・・そしてプラス∞・∞・マイナス∞

(この3つの「状態――状態量と呼びたい――それは値でもないし、しかも符号を含んでいる――『∞』は符号を消し反転させる働きをもつ・《『0』も同じく符号を消し反転させる働きをもつ》――」が隣り合って並んでいる。それは、既述しているように、二次元座標における「0」と「∞」についての分析からでてくる。そこでは、「マイナス0、0、プラス0」、「プラス∞、∞、マイナス∞」という状態――状態量と呼びたい・上述――がでてくる)(――そこにおいて、「プラス∞+マイナス∞=0」である――)、

・・・・・・マイナス4、マイナス3、マイナス2、マイナス1、0、と並んでいる。

そのレールの上をその順に走っていって、ゼロに戻ることに同値である(いくらか誤差がでるようだが・・・-1/2などと)。



それ「1の無限足し上げ(全部1)」がそう「0」なら、そこにでてくる「∞」の状態量は「0」のはずである。



その確認をも含めて・・・

先に述べた、

「しかし、その後の研究の結果、結局は、最初の結論にもどった。

「『∞(と0)』が結局残ってしまう」のは、そのとおりなんだが、「∞=プラス∞’+マイナス∞’で、その絶対値――値と同じになる――このばあい『∞=プラス∞’+マイナス∞’』を状態量と呼びたい――その絶対値――はなんと0」なのだ・その数学においては(符号も消える)。

――それは、タンジェントカーブ、またはy=1/xのグラフの分析からでてくる――

つまり、その数学においては、『1+2+3+4+・・・・・・・・・・・・』なる無限級数の総和はやはりゼロになるのである(いくらか誤差がでるようだが・・・-1/12などと)」、

という結論に至るのである。





・・・付記・・・



その数学においては・・・

「∞=プラス∞’+マイナス∞’」は状態量であり、演算子でもある。

「0」も同じく状態量であり、演算子でもある。

(――ここでの「状態量」とはここで定義するとおり――)



その「演算子」の意味は・・・

マイナスとプラスという符号の実質を消去する働きと反転させる働きをもつ、ということである。



その「状態量」の意味は・・・

数(すう)ではなく、それぞれ演算子としての働きをもち(∞と0について上述)、そういう数(すう)的な状態をもち、それらの絶対値をとれば、数(すう)に値する数値がでてくるところの「量」を言う。





(以上について、用紙にはほかにもたくさん書いているんだが、めんどうなのでここでは省略)







(加筆)







(下略)















☆☆☆





西山浩一(世界人・春楽天)





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Last updated  2018.04.08 12:17:06
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