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朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて夕(ゆうべ)には白骨(はっこつ)となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、即ち二つの眼たちまちに閉じ、一つの息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李(とうり)の装いを失いぬるときは、六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりて嘆き悲しめども、さらにその甲斐あるべからず。
本日お葬式、お骨上げ、初七日までした後のお坊さんの法話で語られたこの文章。
あれ、知ってる・・と思ったら、蓮如上人の御文
朝には血色の良い顔をしていても、夕には白骨となる身であります。もはや無常の風が吹いてしまえば、即座に眼を閉じ、一つの息が永く絶えてしまえば、血色の良い顔がむなしく変わってしまい、桃やすもものような美しい姿を失ってしまえば、一切の親族・親戚が集まって嘆き悲しんでも、どうする事もできない。
高校生の時、この文章を読んで、難解だと感じたけど、今となればよくわかるような気がする。人間なんてあっけないもんだ。
でも正直私が思っていたのは・・あんまりこの世には執着ないな、私って思うこと。家族は私にとってはストレスでしかないし、大事な人がいるわけでなく、多少好意をもってくれる人はいるけれど、私が一番大事ってわけでもなさそうだし。
unconditional love(無償の愛)
って話題で最近かわいこちゃんと話をしたことがあります。
元彼ともよくそんな話をしましたが、私ってやっぱり変わってるのかねえ。