2013.07.11
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先日、叔母が別の病院に転院した。

元々入院していた病院は

「施設のご紹介も出来ますから。」と声をかけてくれたそう。

叔母は別の病院で2週間ほど療養したら元のアパートへ

帰ることを強く希望している。

そして叔父に

「私は早くアパートに帰りたいのよ。」

「看護婦さんたちの出入りが激しくておちおち寝てられないわ!」

とか色々不平不満を言っているという。父や私のことは他人と

思っているから叔母は我儘も云わない。私たちには当たり障りのない

世間話だけ。叔母が我儘を言えるのは叔父だけなんだろう。

しかし叔父も数年前にくも膜下で倒れて片目を失明し、

仕事も息子に譲って家にいることが多くなり、鬱状態にある。

自分もしんどいのに叔母のことを全て抱えなければならず、

とても疲れているようだ。叔父のお嫁さんも健康状態が芳しくなく

同じく。叔母を取り巻く皆も高齢で皆、何時どうなってもおかしくない。

叔父も父も叔母を施設に預けることを望んでいる。


我が家もこのことで重たい空気になっている。

皆、気持ちが晴れない。

叔母が施設に入ったとしても身内は罪悪感というか痛みを背負っていく。


今日、姉と叔母の思い出話をしていた。

小さい頃は叔母が年に1度...少ない頻度ではあったけど

うちへ訪ねてくることもあったので私と姉は叔母のお土産が

とても楽しみだった。お揃いのマグカップとか可愛い貯金箱とか・・・

すべて色違いとか絵柄が違うとかだったから

それで「こっちがいい!!」って姉と取り合いになったりして

喧嘩したりもしたね、でも叔母ちゃんがくるときはやっぱり

嬉しかったよね・・・とか他愛もない昔話。

それが大人の事情がある程度、飲みこめるようになって

徐々に距離が出来ていった。叔母と父の関係。叔母と母の関係・・・。


姉が言った。

「私ね、大学に通っていた時に教育実習があって朝が

早かったから実習先と叔母ちゃんちが近い、ってことで何日か

泊めてもらったことがあるのよね。

叔母ちゃんって超偏食だけどとても料理が上手かったの。

泊まっている間は叔母ちゃんが毎日お弁当を作ってくれたんだよ。

美味しくて彩りが綺麗なお弁当だったなー。

美しく飾り切りしたラディッシュとか入れてくれててね・・・。」

もう20年以上も昔の話。

そのころはまだ普通に生活を営めていて彩りの良い弁当を

姉のために作ってくれていた叔母。

どうしてこんなことに・・・・?

どうしてこうなった?


一番辛くて絶望的な気持ちでいる叔母。

叔母の一件以降、私も体調が優れない。

明後日、転院先に父と見舞いに行く。

父は一人で行く、と云ったけど一人でいけば間が持たなくて

父は5分と病室に居られないだろうし。

一人で行けば・・・余計に気が滅入るでしょうから。


叔父と父で話し合った後、近いうちに叔母に今後の話をするそうだ。

叔母も一人で不自由な生活を送るよりも施設で手厚いサポートを

受けながら安心して暮らしたほうが精神的にも楽になると思う。

健常者である私が口にしていいか分からないけれど

叔母の今後の生活の中で何か生きる喜びに繋がるようなことが

見つかればいいな、と願っている。







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Last updated  2013.07.15 01:53:24
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