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「江戸商人たちの円滑な人間関係を築く知恵~共生のための哲学「江戸しぐさ」(その2)~」 CGBSホームページでは、「独立・起業に役立つレポート」と題するコーナーを公開しています。このコーナーでは、生涯現役を目指すあなたの自己実現をお手伝いするために、独立・起業のナビゲーターCGBSから独立・起業に役立つ様々な情報を提供しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。今回は「江戸商人たちの円滑な人間関係を築く知恵~共生のための哲学「江戸しぐさ」(その2)~」です。「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」などで知られる江戸しぐさ。現代の人々に欠けているマナーとして最近注目を浴びてきています。この伝承者として、2007年10月にNPO法人を立ち上げて全国行脚を続けている「NPO法人江戸しぐさ」越川禮子理事長のインタビュー記事(財団法人全国法人会連合発行「季刊ほうじん」第59巻2008年新年号)からご紹介します。 ◇江戸しぐさは共生の哲学商人のリーダー格である豪商たちを見ていた八つぁん、熊さんたち庶民は、彼らの立ち居振る舞いに憧れ、真似をしていくうちに自らの生活信条となり、江戸は町人文化が盛んな生き生きとした社会になっていったわけです。今のところ、江戸しぐさと言えば、「傘かしげ」や「肩引き」などの所作を中心に興味を持たれていますが、これは稚児しぐさ、お初しぐさなんです。本当は、共生の哲学まで踏み込んで勉強してもらいたいのです。でも、入口としては、そういった所作を体験するのもいいことでしょう。というのは、いわば当たり前のことができていない人が、今の世の中、多いからです。◇大事なことは親のしつけ最近の人々の行いを見ていると、あまりにも自己中心的で、常識や善悪の区別を持っているのかしらと疑うことが多すぎます。特に私が指摘したいのは、親が子供たちをしっかりしつけているのか、と。子供自身は純粋で、人間本来の善悪の区別は持っています。実際、小学校で江戸しぐさを教えると、子供たちはすぐに吸収し、素直に実践してくれます。ただ、そんな子供も、親の自己中心的な行動を見て成長すると、いつの間にか自己中心的になってしまうのです。ことほどさように、親のしつけは大事なものです。◇上に立つ人のふるまい昨年も、食品偽装問題やら政治のドタバタ劇で、上に立つ人々の情けない姿を数多く見ました。しかし、「上に立つ人々」の中には皆さん自身も含まれているのです。親であれば子供に、企業経営者であれば社員の人たちに、皆さんの行動は見られています。だから、皆さんお一人お一人が、江戸の商人のリーダーたちの考え方とふるまいを参考に行動して、彼らのお手本となってもらいたいのです。江戸しぐさの基本的な考え方は、江戸の共生とは互角で向き合い、互角で言い合い、互角で付き合うことです。ごくごく人間として当たり前のことなんです。こうやって江戸の町人たちは、封建時代にもかかわらず、生き生きと暮らしてきました。このような江戸っ子たちの生活態度は、格差社会だなんだと閉塞感が広がっている二十一世紀の今こそ、もう一度見直してみる価値があると私は思います。◇江戸しぐさは江戸っ子の癖で、マナーとは違う江戸しぐさは江戸っ子の癖で、マナーとは違うという越川理事長の言葉に思わず頷いてしまいました。マナーは、人がいなければやらないという面があるが、癖は、人がいようといまいと、見ていようが見ていまいが自分がそうしないと気持ちが悪いから率先して行うもの。ネットショップに代表されるインターネットビジネスは、買い手と売り手が直接顔を会わすことはほとんどありません。だから、対面販売以上に売り手は相手(買い手)に対する心づかいが必要だと思います。約束したことはきちんと守る、虚偽のない正しい情報を提供するなどが癖になれば、きっと繁盛するネットショップにつながるでしょう。(CGBSホームページ「独立・起業に役立つレポート」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.09

「江戸商人たちの円滑な人間関係を築く知恵~共生のための哲学「江戸しぐさ」(その1)~」 CGBSホームページでは、「独立・起業に役立つレポート」と題するコーナーを公開しています。このコーナーでは、生涯現役を目指すあなたの自己実現をお手伝いするために、独立・起業のナビゲーターCGBSから独立・起業に役立つ様々な情報を提供しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。今回は「江戸商人たちの円滑な人間関係を築く知恵~共生のための哲学「江戸しぐさ」(その1)~」です。「傘かしげ」「肩引き」「こぶし腰浮かせ」などで知られる江戸しぐさ。現代の人々に欠けているマナーとして最近注目を浴びてきています。この伝承者として、2007年10月にNPO法人を立ち上げて全国行脚を続けている「NPO法人江戸しぐさ」越川禮子理事長のインタビュー記事(財団法人全国法人会連合発行「季刊ほうじん」第59巻2008年新年号)からご紹介します。越川さんは「江戸しぐさは、江戸商人たちの円滑な人間関係を築く知恵、いわば共生のための生活哲学でした。その根っこは他人を思いやる心です。社会の閉塞感が広がっている今の時代こそ。もう一度見直す価値があるのでは」と訴えています。このような知恵こそ、これから独立・起業を目指す方々が心がけるべき経営哲学の根幹をなすものではないでしょうか。(以下は越川禮子理事長インタビュー記事全文です。注1.及び2.は筆者が挿入)◇江戸しぐさは江戸っ子の癖二、三年前、駅や街中で「江戸しぐさ」のポスターが貼られるようになってから、皆さんに知られるようになって、今、私は講演のため忙しく東奔西走する毎日です。去る十月(2007年10月)には、NPO法人を立ち上げました。おかげさまで順調に正会員や賛助会員の数も増えています。江戸しぐさは、簡単に言えば、江戸っ子の癖なんです。マナーとは違います。マナーは、人がいなければやらないという面がありますが、癖は、人がいようといまいと、自分がそうしないと気持ちが悪い、だから率先して行うというものです。もともと江戸しぐさは、繁盛しぐさとも言って、江戸商人のリーダーたちの間で口伝えされてきたもので、商売のコツを含み、それゆえ門外不出とされてきたものです。それを戦後、江戸講の流れをくむ芝三光先生らが地道に掘り起こされて、聞き書きによって今に伝えられるところとなりました。◇江戸しぐさは共生のための知恵や生活哲学そういうわけで、江戸しぐさは、江戸商人たちが、よき商人としていかに生きるべきか、また共倒れしないために、どうやって円滑な人間関係を築き保持するかといった、共生のための知恵や生活哲学とも言えます。士農工商の身分制度の中で、商人は一番下に位置づけられていました。でも実態は、商人のリーダー格である豪商ともなると、武士にも負けないぐらい、四書五経(注1.儒教の経書の中で特に重要とされる四書と五経の総称で、四書は「論語」「大学」「中庸」「孟子」、五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」)、藤樹学(注2.江戸時代初期の陽明学者中江藤樹の教えで、知行合一説にもとづいて良智、明徳を探究し、人格を磨けと説いた。「男40才になれば蔵を建てるべし」が有名)など古典をしっかり勉強した教養人でした。彼らは勉強した事柄を、咀嚼し、平易な言葉で伝えていったわけです。(CGBSホームページ「独立・起業に役立つレポート」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.09

「江戸時代の商人に学ぶ ~始末・才覚・算用のすすめ(その3)~」 CGBSホームページでは、「独立・起業に役立つレポート」と題するコーナーを公開しています。このコーナーでは、生涯現役を目指すあなたの自己実現をお手伝いするために、独立・起業のナビゲーターCGBSから独立・起業に役立つ様々な情報を提供しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。今回は「江戸時代の商人に学ぶ ~始末・才覚・算用のすすめ(その3)~」です。江戸時代の商人たちは、事業を堅実で合理的に行っていたといわれています。特に古い商家には、経営の三大要素として「始末・才覚・算用」が伝わっています。この「始末・才覚・算用」は、これから独立・起業を目指す場合にも、成否を分けるポイントになるのではないでしょうか。◇算用する-採算性-算用とは、勘定や財政のことをいいます。勘定を精密に確実にして経理を誤らないことが大事であって、何事も算盤(そろばん)勘定するということを意味します。簡単にいえば、算盤勘定に合うかどうか、採算性を確保するための商売の全体構想をいいます。現代風にいえば、経営計画・経営管理につながります。短期的な利に敏いことの代表的存在である大阪商人ですが、実は長期的な算用でも優れた才覚を発揮していたようです。大阪商人は、「儲けるために働くのであって、損するためではない」との考えをもって商いをしていたといいます。1回の取引ごとに確実に利益を確保し、1件1件のお客様から僅かでも儲けさせていただく。これが商売を長く継続させるコツであると考えていました。一方で大阪商人は、1回の取引ごとといった短期的な採算だけではなく、長期的な観点からの採算も重視していました。大阪の豪商・鴻池家の家訓には、「利益に目がくらみ、おぼつかない方との取引はしてはならない。間違いのないような取引のみにし、貸付金が大きくならないようにすること」(現代語訳)との教えがあります。これが一要因となり、鴻池家は倒産没落せず健全に続きました。江戸時代の商人の経営の三大要素といわれる「始末・才覚・算用」について考えてまいりましたが、最近の経済事件を見ていますと、鴻池家の家訓にいう、「利益に目がくらみ、おぼつかない方との取引はしてはならない。」を忘れて、利益のみに走った不見識な経営者の多さが目立ちます。温故知新という言葉の通り、私たちも独立・起業を考えるとき、あるいは起業後の経営において、「始末・才覚・算用」という商いの三大要素を思い起こし、経営のあるべき姿を考えるべきではないでしょうか。(後書き)本稿は当社顧問税理士の伊藤武彦先生からお届けいただいている経営支援ニュースレター平成20年1月号P2~P3「経営」から引用させていただきました。(CGBSホームページ「独立・起業に役立つレポート」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.07

「江戸時代の商人に学ぶ ~始末・才覚・算用のすすめ(その2)~」 CGBSホームページでは、「独立・起業に役立つレポート」と題するコーナーを公開しています。このコーナーでは、生涯現役を目指すあなたの自己実現をお手伝いするために、独立・起業のナビゲーターCGBSから独立・起業に役立つ様々な情報を提供しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。今回は「江戸時代の商人に学ぶ ~始末・才覚・算用のすすめ(その2)~」です。江戸時代の商人たちは、事業を堅実で合理的に行っていたといわれています。特に古い商家には、経営の三大要素として「始末・才覚・算用」が伝わっています。この「始末・才覚・算用」は、これから独立・起業を目指す場合にも、成否を分けるポイントになるのではないでしょうか。◇才覚をふるう-創意工夫- 才覚とは、商才ともいわれ、新しいビジネスやサービスを開発すること、また工夫と努力によってお客様を多く獲得して商売繁盛を図ることをいうようです。現代風にいえば経営革新といえます。 三越百貨店や三井財閥の元祖といわれる三井高利は、現銀掛け値なしの元祖ともいわれています。当時、人口増加が凄まじい江戸に目を付けて呉服店を出店したのですが、既存の大店と比べて資本力で劣り、呉服店の主な顧客となる大名家とその家中との取引の経験もありませんでした。 苦境に陥った三井高利は、既存の呉服商の商いの逆をいくことを思いつきました。つまり大名などの武家ではなく、一般町民に販売することを考えたのです。そして、特売価格で値段を付ける代わりに代金を現金で支払っていただく。一反単位でしか売らなかったやり方を改め、お客様が必要な分だけ売る。さらにその場で着物に仕立てることも始めました。これが三井高利が始めた現銀掛け値なしの商法です。 この商法は一般の町民に支持され、井原西鶴はその著書「日本永代蔵」で、江戸店では1日150両(現在では約750万円)の売上げがあったと書いています。そして三井高利を「大商人の手本」と評しています。(CGBSホームページ「独立・起業に役立つレポート」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.07

「江戸時代の商人に学ぶ ~始末・才覚・算用のすすめ(その1)~」 CGBSホームページでは、「独立・起業に役立つレポート」と題するコーナーを公開しています。このコーナーでは、生涯現役を目指すあなたの自己実現をお手伝いするために、独立・起業のナビゲーターCGBSから独立・起業に役立つ様々な情報を提供しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。今回は「江戸時代の商人に学ぶ ~始末・才覚・算用のすすめ(その1)~」です。江戸時代の商人たちは、事業を堅実で合理的に行っていたといわれています。特に古い商家には、経営の三大要素として「始末・才覚・算用」が伝わっています。この「始末・才覚・算用」は、これから独立・起業を目指す場合にも、成否を分けるポイントになるのではないでしょうか。◇始末する -コスト管理-始末とは、文字通り物事の始めと終わりです。始末するとは、商い(商売)において始めと終わりがピタリと合うように帳尻を合わせるという意味があります。また、江戸時代の商人たちは、始末を無駄を省き、質素と倹約を美徳として、物を有効に活用することと捉えていました。現代風にいえば、余剰のコストを抑えて利益を確保することといえます。江戸時代の代表的な商人である近江商人の日常心得には、始末がありました。近江商人は元手の大きさが成功の鍵と考えており、その元手を減らすことはなんとしても避けようとしていたといいます。そして良品を薄利多売することを中心においた商法を実践していました。この近江商人の商法は、利が少なければコストを削減し経費を節約して、さらには生活を切詰めて始末をしていたのです。ただし、近江商人の始末とは、単なる節約ではなく、消費する物の効用を使い尽くす、つまり物を本当に活かして使うといった意味もあったようです。さらに近江商人は、倹約するだけではなく、有効と考えれば大金を使うことも厭わなかったことが記録されています。例えば、始末して財を成した近江の豪商、初代中井源左衛門は、寺社や公共施設に惜しみなく寄付し、四代目源左衛門光基も社会事業に巨額の私財を投じて社会に還元していたようです。(CGBSホームページ「独立・起業に役立つレポート」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.07

「マイペースで取り組む健康管理と趣味の活動(世田谷区在住のY様編 その5)」 CGBSホームページでは、「人生80年時代を粋に暮らす達人たち」と題するスペシャルコーナーを公開しています。このコーナーでは、定年後の人生で、自分のやりたいことをあれこれ模索しながら、自己実現を目指して前向きに暮らしている達人たちの考え方や生活スタイルをご紹介しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。世田谷区在住のY様の5回目は「マイペースで取り組む健康管理と趣味の活動」です。◇「マイペースで取り組む健康管理と趣味の活動」 健康管理は、特別なことはしていません。毎日の食事でバランスをとっていくように心がけ、ストレスが溜まらないように週に一回はスポーツクラブに通って、適度な運動を心がけています。趣味というか、ライフワークとも言うべき楽しみは乗馬です。乗馬は、若い時には激しい運動になりますし、歳をとっても年齢に相応しい楽しみかたがあります。私はいつまでも乗馬は好きですね。 それから、世田谷区が管理している畑で2年間花作りをしています。日々の手入れに、手をかければかけただけ、きれいな花が咲いてくれますので、よい励みになります。書籍では藤坂秀平さんの作品が好きですが、ほとんどの作品は読破しました。少し手強いけど源氏物語を読み始めようかなと、秘かに思っています。私のモットーは、「今しかできないことは、今やること」です。時間を無駄にしないで、前向きに毎日を過ごしていくことが健康生活にもきっとつながると考えています。(CGBSホームページ「人生80年代を粋に暮らす達人たち」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.01

「50代から現在までの仕事(世田谷区在住のY様編 その4)」 CGBSホームページでは、「人生80年時代を粋に暮らす達人たち」と題するスペシャルコーナーを公開しています。このコーナーでは、定年後の人生で、自分のやりたいことをあれこれ模索しながら、自己実現を目指して前向きに暮らしている達人たちの考え方や生活スタイルをご紹介しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。世田谷区在住のY様の4回目は「50代から現在までの仕事」です。◇「50代から現在までの仕事」 51歳で退職後は、CADを6ヶ月コースで受講しました。受講生も若者ばかりのところでしたが、募集も若者ばかりでした。2、3回の応募しました結果、CADでの就職は諦めました。それからある生命保険会社に事務の仕事で入社しました。ところが実際は営業の仕事でした。営業はとても苦手な職種でしたが、2年間くらい頑張りました。そして、苦手だった営業の仕事もどうにかこなせる様になりました。その後いくつかの職種を経験しましたが、正社員あるいはパートタイマーを問わず、営業系の仕事が多かったように思います。現在もコールセンターで間接的ながらお客様サポートの仕事に従事しています。私は独り暮らしなので、予定は自分でコントロールできます。予定に縛られないように調整しながら、週に3日から4日、1日当たり5時間程度仕事に従事しています。(CGBSホームページ「人生80年代を粋に暮らす達人たち」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.01

「転職の誘いとコミュニケーションギャップ(世田谷区在住のY様編 その3)」 CGBSホームページでは、「人生80年時代を粋に暮らす達人たち」と題するスペシャルコーナーを公開しています。このコーナーでは、定年後の人生で、自分のやりたいことをあれこれ模索しながら、自己実現を目指して前向きに暮らしている達人たちの考え方や生活スタイルをご紹介しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。世田谷区在住のY様の3回目は「転職の誘いとコミュニケーションギャップ」です。◇「転職の誘いとコミュニケーションギャップ」 大手航空会社の東京支店に勤務していた頃、乗馬で知り合った方から、ご自分の会社で働かないかというお誘いがありました。この頃、大手航空会社で希望退職の募集があり、条件も良かったので、希望退職に応募し、この方の会社で働くことを前提に、前述のように51歳で退職しました。私はこれまで長い間働きづめだったので、少し休養する時間を持ちたいと思っていました。この意向はたびたびこの方に伝えていたので、十分理解していただいていると思っていましたが、そうではありませんでした。この方から「退職したら直ぐに自分の会社に来て欲しい」と言われてしまい、何度も事情をお話ししましたが、結局はコミュニケーションギャップを埋めることができませんでした。結局、この方の会社には行けなくなりました。事前の雇用条件はとてもよかったのですが、私の希望と先方の要望の溝は埋まらず、この仕事は諦めることになりました。(CGBSホームページ「人生80年代を粋に暮らす達人たち」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.01

「大手航空会社のプログラマー生活(世田谷区在住のY様編 その2)」 CGBSホームページでは、「人生80年時代を粋に暮らす達人たち」と題するスペシャルコーナーを公開しています。このコーナーでは、定年後の人生で、自分のやりたいことをあれこれ模索しながら、自己実現を目指して前向きに暮らしている達人たちの考え方や生活スタイルをご紹介しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。世田谷区在住のY様の2回目は「大手航空会社のプログラマー生活」です。 ◇「大手航空会社のプログラマー生活」 この大手航空会社の仕事は、国際線予約システムの構築でした。米国IBM社で開発されたアリタリヤ航空の国際線予約システムを自社用に移植することでした。新米プログラマーとして働き始めましたが、巨大プロジェクトの一員としての誇りと責任が、やる気と誇りを鼓舞したせいでしょうか、とても充実した日々を過ごしました。プロジェクト解散後は、国内線予約システムの修正作業を担当しましたが、どちらかと言えば、国際線予約システムの仕事の方が楽しく取り組めました。その他、国際線のチェックイン・チェックアウト業務や運行乗員訓練部門でパイロットの教育の業務に従事しました。そして、東京支店勤務を最後に51歳で退職しました。(CGBSホームページ「人生80年代を粋に暮らす達人たち」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.01

「大学の研究室助手からプログラマーへの転身(世田谷区在住のY様編 その1)」 CGBSホームページでは、「人生80年時代を粋に暮らす達人たち」と題するスペシャルコーナーを公開しています。このコーナーでは、定年後の人生で、自分のやりたいことをあれこれ模索しながら、自己実現を目指して前向きに暮らしている達人たちの考え方や生活スタイルをご紹介しています。このブログでは、ダイジェスト版でご紹介します。今回ご登場いただいたのは、東京都世田谷区在住のY様です。両親の豊かな愛情に育まれて聡明な女性として成長されたY様は、大学研究室での研究助手の仕事から大型コンピュータのプログラマーへと大変身。大手航空会社で外国航空会社の国際線予約システムの日本版への移植という大プロジェクトの一員として活躍されました。この時期にパソコンとの初めて出会ったとのことで、現在では「Excelの達人」と呼ばれるほどの存在です。大手航空会社を自主退職されてから、自己啓発を兼ねて、お客様とのコミュニケーション能力が重視される営業関係の仕事に従事し、現在も大手企業のコールセンターのスタッフとして活躍中です。60代を迎えた現在、30年以上続けている乗馬をはじめ、フラワーガーデンでの花づくり、スポーツクラブでのエクササイズや読書など、仕事と趣味の両方で意欲的な毎日を過ごされています。本稿は長編ですので、数回に分けてご紹介します。まずは「大学の研究室助手からプログラマーへの転身」です。◇「大学の研究室助手からプログラマーへの転身」 社会人としての第一歩は、ある先生の紹介で就職した東京大学の研究所の研究室での研究助手の仕事でした。この研究室は、理論物理学の基礎研究を行う研究機関で、教授の論文を英文でタイプしたりすることもありました。私がお手伝いしていた研究内容はとても費用のかかるものでしたが、興味深いものでした。例えば、レアメタルなどの研究データを整理し、レポートを作成したりしました。数年後、父が転勤で札幌に移ることになりました。父に随行して札幌に移住して、父の身の回りの世話や家事をするだけではつまらないので、「札幌行きは嫌です!」と主張していました。すると家事をしてくれる人を雇うということになり、父と一緒に札幌に移りました。札幌では、東京大学の先生からご紹介いただいて、北海道大学で助手の仕事に従事しました。北海道大学の仕事は、紙パンチャーの仕事のような単純なものが多く、少々退屈に感じていました。ここでの仕事を辞めるつもりはありませんでしたが、たまたま東京都港区青山にある富士通の電算機学校のプログラマー養成コースが目にとまりました。このプログラマーという職種に大いに興味が湧き、早速半年コースで勉強をすることにしました。このコースを卒業する頃、国内の大手航空会社からプログラマー募集があり、応募の結果、めでたく採用され、プログラマー生活が始まりました。(CGBSホームページ「人生80年代を粋に暮らす達人たち」より引用)<提供>このブログは、生涯生活設計のオプションの一つとして、少ないリスクで独立・起業が可能な業種であるネットショップのあれこれを提案するCGBSが提供しています。
2008.02.01
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