Feb 15, 2015
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カテゴリ: 雑談
「やさしくされてる」と感じさせてしまったら、そのやさしさは失敗だと思っている。
感謝されたくてやさしくするわけじゃないのだから。

たとえば、建物や部屋に入る(/出る)ときに、自分の先に入った人がドアを支えて開けたまま
待っていてくれることがありますよね。

自称“やさしくない男”の私に言わせれば「それって本当のやさしさなのか?」なのです。

もちろん、ケガ人、幼児や老人などのドアを開けるのに難儀しそうな人が後ろにいたら、
私だってドアを開けたまま待ちます。
それから、私がドアを離すことによって後ろの人の目の前でバタンとドアが閉まってしまう
ようなタイミングの場合は、失礼だし危険でもあるので、これも開けたまま待ちます。

強いて言うならば、“良心的”なだけです。

私は明らかに自分でドアを開けられる人に対してはそれをやらない。お節介だから。
ドアの所で待っていられると、「待たせては悪い」ので早く通過してドアを支える
役割を交代しなければ、と善良な人なら思うでしょう。
「気を使ってもらっている」ということに逆にこっちが気を使うわけです。


私の目指す本当のやさしさとは、
“相手に気を使わせないように”気を使う。
“何か問題があると気付かれる前に”その問題を解決しておく。
“何か知らないけど何か良くなっている”と思わせる。またはそれすら思わせない。

だから表面的には“やさしくない”風を装っているんです。ツンデレを装ってるんです。

“やさしい”と思われたいんじゃなくて、


やさしさなんてのは、ただの自己満足であるべきなんだ。





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Last updated  Feb 15, 2015 09:23:48 PM
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