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短時間で人と1つのテーマについて話す時、誰でも価値観の違いがある、というのは大前提なのだけど、忘れがちなのは、相手と自分が同じ情報に基づいて判断をしているとは限らない、という事。同じ情報をお互いが把握した上でも、価値観の相違から、判断する方向性が違うような事柄についてなら、尚更。例えば、原子力発電。もちろん、太陽光とか風力とか水力とかで電力供給が十分賄えるなら、ないのが理想。事故が起きた際の放射線はじめ、色々な問題を考えるとその危険性は言うに及ばず。が、国防の観点からはどうだろう。常任理事国(米・英・仏・ロ・中)が核の保有が認められている現状で、“有事”の際に、エネルギー資源が乏しい日本が、自然エネルギーだけで、立ち向かえるのだろうか?いわゆる電力供給のための原子力開発、研究の範囲を大きく超えて、それが核開発と常にリンクしていて、電力会社が半官半民と言うより、国の機関である国と、日本はどう向き合うのだろうか?もちろん、そうならないために、ギリギリのラインで外交交渉をして、平和の大切さを訴え、自国の事だけをワガママに考えず、そして、国力としての知力、技術力、経済力等々を培っているのだけど、そんな常識が通じず、我々の“正義”は相手にとっては“悪”であるかも知れず、ドカンと撃ってくる相手に、自然エネルギーだけで立ち向かえるのか?冷戦時代のように、「核を持っているアピール」で力の均衡を取る時代が終わったとは言え、実際に持っている国が強いのは明らか。だから核を持てば良いというわけではなく、それでも、脅威に備えるためには、せめて対抗しうるエネルギーを保持しておかなくてはならないのが現実。一般生活の電力供給は自然エネルギーだけで賄えるようになり、国防としてのエネルギーも原子力発電に頼ることなく平和な状態が続くのが理想なのだけど、今はそれは無理。国防を支えるエネルギーが原発以外で安全に供給されるのにはどうしたらいいんだろうっていつも思うの。原子力発電の話をするとき、それらを踏まえた上で、話をする必要があると思うのだけど、知ってるから偉いとか、知らないのに偉そうにとか、そういう状態になってしまうと全然、話が進まないんだよね。それに、私が考えている以上にまた別の“知識”とか“事実”があって、それを知るとまた、別の考えが出てきたりする。『無知の知』ってまさにそれ。ソクラテスは、私がこの言葉を聞いた時、“認識論的自己反省”という枠組みを聞かずして、反省したなんて、想像出来たのかしら。自分が知っている事が全てではないという前提で、人の知識や意見を聞いて、判断して、成長していきたい。
2015年05月10日
私は子どもがいないから、子育てに関しては分からないながらも、無論、当てはまるのだろうと推測出来るけれど、甘やかすという事が、どれ程、相手にとって罪であるか。仕事で「大変そうだから」と手伝っていると、手伝われる方も、だんだん、手伝って貰って当然と勘違いするのか、慣れてくるのか、「これは自分がやらなくても良い事」と思いがちになる。そうすると、結局、自分で解決する力が養えなくなり、成長が出来ず、いざという時に、立ち往生して自分で出来ない人になってしまう。そして、手伝っている人も、結局は、人のお世話をする事で終始してしまうと思う。いつしかそれが、重荷になっちゃうんだよね。可愛い子には旅をさせよ、って良く言うけれど、それって、旅に出る可愛い子もそうだけど、旅に出させる人にも、当てはまるんだろうな。「いつまでも、お世話ばっかりしてるわけにはいかないんだよ」って。
2015年04月23日
世界で一番、人生で一番、今までよりも、そしてこれから先も、幸せにしたくて、人生を掛けて、守りたくて、誰よりも、大切にしたい。これから先も、今までも、愛している。そんな女が君なのに、人生で一番、傷付けてしまった。ごめんこれは10年ほど前の今頃の季節に、同じく、私が人生で一番愛した男から言われた、別れの言葉でした。それでも私はあなたと一緒にいたい。その言葉を飲み込んで、「私も、愛しているわ」と伝えて、別れたのを、今でも覚えています。韓国ドラマ『紳士の品格』を観ました。チャン・ドンゴン氏が12年振りのドラマ出演ということで話題になったもののようですが、どうも最近、ますます飽き性が加速して、ドラマを最後まで見切るというのが出来ず、途中で飽きちゃうんですよね。。。。でも、私の大好きな『シークレット・ガーデン』の制作陣が作っているという事と、何より、我が叔母が、昔から、チャン・ドンゴン氏の大ファンで「絶対に、彼の作品、一つでいいから観て」と前々から言われていたのもあり、「まぁ、つまんなかったら、途中でやめればいいや」と見始めたわけです。最初は、可もなく不可もなく、ただただ、主演女優のキム・ハヌルさんのスタイルの良さ&杉本彩さんに似ている~という感想だけで、タラタラ観流していて、途中から観る速度が落ち、だんだん「まぁ、そろそろ。。」と、観るのをフェイドアウトさせる予定でおりました。そうは言っても、チャン・ドンゴン氏の演技のうまさ…気持ちの変遷が分かる、表情の絶妙な変化に唸ったり、男性の、愛する女性に対する色々な気持ちを知って感動したり等々あったので、まぁ、観ていたんだけど。が。君を傷付けるために、君を愛したんじゃない。君を幸せにしたくて、愛したのに、一生分の涙を流させてごめんこの言葉達が、今まで、私の中で、固く固く紐で結んでいた記憶の箱の蓋を膨れ上がらせ、ダムが決壊したように、涙と一緒に、溢れ出させ、そうして、ようやく、気付きました。幸せ過ぎた愛の、悲しい結末。そして、それでもあった、確かな愛。彼の言った、ごめん、も。彼が受け入れてくれた、ワガママも、私の全ても。そして、彼が姿を消したことも。彼なりに、後悔も、申し訳ないという気持ちも、そして、それでも愛しているという卑怯な自分も。情けなくても、彼なりの、精一杯だったんだ。私はそれに気付かず、「私が傷付いてるって、気丈に振る舞っているのは、泣くと立ち直れないほど崩れるからだって、分かってるのかな。愛してると言っていても、私を大切にはしてない。本当は愛してなかった」んだという湧き出てくる感情に、ずっと、押し潰されそうだった。でも、ようやく、「彼なりに、申し訳ないと思ってたんだ」と気付いて、今までずっと、不確かだった「愛している」の彼の言葉が、ようやく、本当になった。私たちは、別れという結末を迎えたけれど、そう、私たちは精一杯、愛する人に愛され、愛し合っていたんだ。ドラマの途中で、イム・テサンが、ソ・イスに、キム・ドジンの別れの意味を教えます。「22歳の子どもの自分から君を守るため」だと。当時、彼は25歳、私は23歳でした。世間では当たり前に大人の歳だけど、やっぱり、子どもだったよね。それでも、25歳の男は、彼なりに、23歳の私を守ろうとしてくれたし、私たちは子どもだったけど、私たちなりに、全力で愛し合ったのだ。今こうして、私は、自分の愛した男に愛されていたんだと、ようやく確信できて、ようやく、前に進める。今まで、幸せな人生を送って来なかった。というソ・イスに36歳からのこれからの人生、君は幸せの絶頂期を迎えるんだよ。というキム・ドジン。『シークレット・ガーデン』では、「今まで、苦しんで、辛い思いをした分、幸せになれ」と天国のお父さんに言って貰って、愛するキム・ジュウォン(ヒョンビン)と結ばれる、キル・ライム(ハ・ジウォン)。私も、ようやく、幸せを掴む準備が出来たんだ。『紳士の品格』は、私の大好きな最後。"Good Bye, Boys." そう、だから。私も、"Good Bye, my little loves."
2014年02月02日
父が急に亡くなってからだいぶ経ちました。それまで、外でうろちょろしていた私は、家に入ることにしました。うろちょろと言っても、自分なりの展望やキャリアに対する考え方もあって、多少の疑義を感じながらも、進んでいたけれど、やはり、父がいなくなって、色々な事が起き、家業の事や家族の事を考えると、さすがに、私がこのまま外にいるのは良くないと、腹を決めて、家に入りました。入ってみれば、案の定、何も知らないことが多く、右往左往。そして、今までの自分のキャリアとは全くの畑違いの場で、自信も喪失。正直、辛い日々でした。でも、こうして時間を掛けて解ってくれば、それなりに形にはなってきて。かつ、不遜な言い方だけど、私が今までやって来たキャリアがあったからこそ、私でしか出来ない事も、活躍するようになり。ようやく、今。な最近です。そうして少し、客観、そして俯瞰して観られる余裕が出て来ると、本当は私がスタックしなくても良いのではないか?もっと言うと「これ、私がしがみついてるだけじゃないかな?他の人に任せた方が、皆がwin-winでhappyになるんじゃないかな?」と、思う点が多々あり。これは、仕事に限らず、家族との関係にも当てはまります。以前、子どもの人権についての仕事をしていた事もあり、親と子の関係、もっと大きく言えば、親子に限らず、人と人との関係で陥りがちな、共依存について、考える事があります。良く、親が、子どもに構い過ぎて、子どもが自分ひとりでは何も出来ないようにしてしまう、というのはあるのですが、それは同時に、もしくは翻って、その親自身が、「この子は自分がいなくちゃやっていけない」と、思い込むことで、自分の存在を確立している時がある。それは、あまり簡単に言ってはいけないけれど、でも、平たく言えば、DVの被害者が「でも、彼は私がいないとやっていけないの」と我慢するのにも似ています。我が家では、急に夫を亡くした母、息子を失くした祖母、そして、同じく、姉や兄たちを思うと、私ひとりが今まで通り、自分のしたいようにしているわけにはいかないと、今までの、外向きの生活から、一気に、ドメスティックな環境に自分を置いているわけだけれど、たまに「そう言って、自分が、一人で何も出来ないようになっているんじゃ?」と不安になることもあり、自分の中で、そうならないように、敢えて自問して律している事でもあります。そんな中、素敵な男性に出会いました。彼は、もちろん、家族の支えや最上級の深い愛情に支えられてこそなのは重々承知ですが、ひとりで、自分の人生を切り拓いて世界を渡り歩いて戦ってきた人。日本人の年下の男性で、年齢より若く見えるし、見掛けもとてもソフトで、性格も穏やか。私の今までの人生の中では出逢った事がない人。彼が何故か私に、好奇心なのか、興味を持って下さり、連絡を取って少し、デートを重ねているのですが、そんな彼をしてなお、私の事が掴み取れないようで、今、少し、疎遠になっています。“恋に落ちた。”というような、情熱も、“絶対に離したくない!”という、執着や嫉妬もないけれど、久々の恋だからでしょうか、彼がこのまま去ってしまうのが辛い。それで、何でうまく行かなかったんだろう?と思って、色んな事を考えています。彼とはね、何故か、駆け引きもなくて、ただ、横に寄り添って一緒に座っているのが一番心地良い。真正面を向いて、見詰め合って、向き合って、お互いを語り合うよりも、横に寄り添って、同じ方向を見ながら、気付き合える、気付き合いたい、そんな相手。そして今まさに、彼から呈された苦言を掘り起こして、反省したり考えたりしていて、自分が気付かないようにしていた事に、対峙させられています。自分が、家族の世話をしないと生きていけないようになっていないか?と問うているうちは、まだ、大丈夫で、その前に、家族が、私がいないとやっていけない状況に陥っている。彼らをdisarmedしてしまっているというのでしょうか。甘やかして、判断を誤らせ、きついけれど、ダメにしてしまっている。彼が直接言ったことではなく、そこから考え、導かれるように気付いたこれは、実は、全く違う時点で思い描いていた今年の目標と少しかぶります。今年は、自分のキャリアを再構築する事。自分の事を、もっと、考える事。もちろん、家に入ってから、今まで以上に働いて来ました。でも、それは、会社や家のためのキャリアであって、自分ではない。これは、逆に、自分で責任を取れない、無責任さも備えてしまう。きちんと、自分で選択をして、自分で責任を取りたい。当たり前だけど、社会人としての躾をもう一度自分に携え、その上で、家族を築いて行きたいと思っています。その上で、今の家族との関係は再考しなくてはならない問題。正直、自分のわがままとのバランス、気持ちが揺らぐこともあるけれど、今じゃないと、もう、取り返しがつかなくなるかもしれないと思って心を鬼にして、そして、その上で、自分にも課せられる規制も覚悟の上で、進んで行きたいと思います。こういう事を、もう一度、気付かせてくれた彼には心から感謝。もう一度、彼が私に振り向いてくれるように、私は、誰のためでも、誰のせいでもない、忘れていた自分を、取り戻そうと思います。2012年は、龍が私の体を突き抜けた年。きっと、龍の邪が落ちて、蛇になる。だから、巳年なんだろうと思います。2012年は他に、苦しくて苦しくて、辛くてもがいて、体中から涙を押し出した日々でもありました。途方に暮れ、打ちのめされ。その苦しみを経てある今に、自分をほめたたえながら、すこし、スッキリして、2013年に向かいたいと心から思います。
2012年12月31日
今、人生の過渡期に生きているのだと実感している。久々に恋をしているからか、それとも、何か新しいことを始めようと準備している段階だからなのか。もしかしたら、その全てが連関しているからかも知れないけれど。自分の過去を振り返る。忘れてしまいたいこと、なかったことにしたいこと、気付かないふりをしていること。だからこその、幸せな事も、嬉しいことも、感謝も、そして、愛も、溢れているけれど、でもやっぱり、そういう、言い切れば“幸せじゃない事”がいつも私を引き戻す。Something always hold me back....でもさ。心理学者の先生が「悩み事があるとき、ずーっとずーっとずーっと思い悩んで悩んで悩んで悩み続けると、もう、どうでもイイや。って思う時がくる。」と言っていたけれど、まさにそれ。もう、イイじゃん。歳なんだから。もう、イイじゃん。ずっと、頑張ってきたんだから。ある瞬間、突然、そう思えた。きっと、世の中で同じように、もちろん、私なんか足元にも及ばない程、辛くて苦しくて、それを越えて日々を生きてらっしゃる方も大勢いる。皆さんに「もう歳なんだか、いいんじゃない?」なんて、もちろん、言う気はない。でも、いつも、私なりに、色んな想いを抱えて生き抜く皆さんを、心からの羨望と称賛を込めて、応援をしているように、そろそろ自分を尊敬してあげてもいいんじゃないかな?そう、思えた。いつも、思っていた。こんな私を、愛してくれる人なんているんだろうか。でも、今は思う。きっと、「俺の女、すごいんだぜぇ。」と、まさに、「ワイルドだろぉ~」なスギちゃん宜しく、ありのままの私を、笑っちゃって、尊敬してくれて、そして愛してくれる。そんな人、絶対にいるはずだ。だって、私だってもう、歳だもの。そして、相手だって、もう、歳だものね。うふふ歳を取るのも、悪くないもんだね。
2012年05月18日
あくまで、私は子どもがいないので、呑気に思っているっていうのはそうなんだけど。原発、放射能漏れに対する、ヒステリックなまでの反応に、何か辟易とする。特に、今まで、その原発のおかげで生活をしていた、東京電力管内の人たちの言動には驚かされる。ガイガーカウンターで数値計って、都内から例えば九州へ引越せる人は良いけど、東京の人たちのための原発のせいなのに、避難できない、福島の人たちはどうする?何で、福島に、東京電力の原発があるのか。誰のために、誰が、痛みを負ってきたのか。そして今、より一層の苦労を誰が背負っているのか。これを無視しては、前には進めない。もちろん、代替エネルギーの開発・推進は超急務で必要。原発ではない、自然エネルギーで電力が賄われるようになるのが理想だし、これはきっと、果たされるって思うし、原発停止を求める気持ちにも同調する。ただ、しつこいようだけど、何で、東京の人たちのために、福島の人たちが苦しんでいるのか。そういう意味で、被災していない、そして、福島の人たちの苦しみの上で、電力生活を送ってきた東京の人たちが、遠くに遠くに避難する術があるのに、福島の人たちは、避難する術がない。放射線が怖いと言って、地方に避難する東京の人たちを、福島の人たちはどんな風に観ているのだろう。「原発を停止せよ!」という掛け声が「福島の人たちをこれ以上苦しめるな!」ではなく「東京にまで放射能が飛んでくるなんて!」という言葉を孕んでいるように聞こえるのは、なぜだろう。原子力発電論は、二元論だ。「原発稼働停止と代替エネルギー開発」、そして、何より、「地方の痛み」とでも言うのだろうか。誰が誰のために、どんな苦労を、どういう風に負っているのか。今現在、誰のために、誰が苦しんでいるのか。そこに目を向けない限り、何が「頑張ろう東北!」だ、と心から思う。このヒステリックなまでの正義感。私には十分すぎる違和感を感じる。
2011年08月02日
今年に入ってからだけでも、毎月、通常のこまごまとしたものとは別に、何だか出費が嵩んでいる。パソコンが壊れて買い換えた。ブルーレイのHDDを買い換えた。電化製品は一気に壊れるものだ。そして、新たな道に進むための入門料を納めた。会社の手続きの費用は自腹だ。その他、交際費で落とせない諸々も私の自腹だ。実は私は、諸事情があって、日米4つの大学に通った。学費が掛かったのはもちろん、最後の方は、学校にシフトをチェンジさせて重きを置いたので、仕事を減らして収入も減った。“低い”貯蓄額。だからと言って、投資をしているわけでも、何か財産があるわけでもなく、株は自分の会社の株だけしか持っていないし、不動産もない。もちろん、学校は自分への投資だし、どうせなら良い物をと買っている機器も、時間を生み出したり、インプットのための大切なツール。今の私には、とにかく、知識と経験が必要だ。でも、やっぱり、正直、きつい。そんな中、母が、私に着物を2着、内緒で誂えてくれた。お振袖と浴衣は数着あるけれど、普通の着物は母のお下がりを頂いている。着物で出向く機会が増えた私。きっと母は、そんな私の姿を憂慮してくれたのだと思う。でも。きっと、喜ぶべきなのに、「そんなお金ないよ。。。」と思うとイライライライラして、どうしても喜べない。もちろん母は、私への祝儀、そしてどうやら、日頃のお礼のつもりで用意してくれたのだけど、私はどうしても、母から何かを頂くことができない。(父からは当然の顔をして貰っちゃてたんだけどね!笑)母も自分で会社を持っているし、私よりはるかに財産があるんだけど、やっぱり、母は私が守らなきゃと思うと、私へのお金を一銭たりとも使って欲しくないと思う。気持ちはすごく嬉しいし、私に恥をかかせないようにと考えてくれた親心に、頭が下がる。でも、この今の私の財政状況なのだから「無かったら無いでなんとかするのに。欲しかったら、欲しいと言うし、自分で選んで、自分で買うのに。これじゃ押し売りだ。何で無駄遣いするの。私が、払わないわけないじゃない、何でそんなこと気付かないの」と、色んな感情がこみ上げ、途方に暮れ、そしてイライラする。またしても、数字とにらめっこをしたら、めまいがした。今までも、自分の欲しいものだけを、自分で手に入れてきた。余分なものはいらない。着物はもちろん、必要だ。でも、今の状況で何とかなる。母の気持ちに感謝しながらも、もう、何だか涙がこみ上げてくる。この、色んな想いは、きっと、情けない自分に尽きる。着物なんて何着もぽーんと買えるような貯蓄もなければ、稼ぎもない。いい歳をして、そんなことで、親に心配を掛けている不甲斐なさ。ずっとずっと、イライラしながらも、それを母に見せるのが悪くて、なるべく顔を合わせないようにしていた。明日、定期を解約して着物ニ着分を母に渡す。もちろん、母は拒むだろうけれど、これだけは譲れない。「ありがとう。必要だったから、助かった~!これ、立て替え分ね」そう、ちゃんと、お礼を言えるように。そうだよ、別に、人生が終わるわけじゃない。借金をするわけでもない。これから、この着物を着て、しっかり稼げばいいんだ。また、ゼロからスタートしよう。だって私は、今のこの状況を乗り越えることでしか、生きてはいけないのだ。どうも最近、弱気になっている。いつだって、負ける気がしなかったはずなのに、何だか最近、「大丈夫かなぁ」と不安ばかりが募る。うん、大げさかも知れないけれど、私は生きている。明日。この着物たちに、袖を通して、覚悟を決めよう。しっかり、自分の道を全うすると。
2011年06月21日
4ヶ月ぶりくらいかなぁ。久々にmixiにログインした。不謹慎かも知れないけれど、でも、率直に、マイミクの皆さんが変わらず、元気で生活をしている事が確認できて、本当に嬉しかった。mixiの日記は、この、楽天にリンクさせていて、mixiに直接書くことが出来ないようなのでここにご報告をさせて頂くことにします。大げさな発表のようですが。mixiを退会させて頂くことにしました。理由はただ一つ。正直でいたいから。私は、自分の素性を明かすことが出来ないのに、皆のプライベートに入り込んでいるという不誠実さ。(って、大したもんじゃなく、むしろその逆。あ、別に実は男だったとかじゃないので!)「そんなの百も承知」だし「っつか、大した問題じゃない」と言われますが(ありがとう。苦笑)、そこに甘えるズルさ。皆さんとの繋がりが温かく、いつも応援して頂いたり、何かあれば励ましのメッセージまで頂いたり、もちろん、ブログを読むだけで、学び、笑い、泣き。本当に幸せな空間であり時間。感謝以外の言葉や表現が見付からない。これから、こうして皆さんの日々の出来事や、成長、幸せなこと、もしかしたら、悲しみ。こういう色々な事に立ち会えないことが、思っている以上に、つまらない人生になることを承知の上で、それでも余りある、最後の純粋さで、正直であることを全うしたいと思う。なんだか大げさな内容になっちゃったけど。でもやっぱり、私にとってはそれくらい、大切な場所だったので。私はまだまだここで自分のブログを続けて行きます。(ぶっちゃけ、アメブロに移行したいんだけんど!)私のブログなんて、全然、読まれなくても良いのですが、ただただ、皆さんのところに行って、触れ合えなくなるのが寂しい。それでも。数年前に、mixiに誘ってくれた大切な、楽天時代からの友のブログを最後に読みました。彼女にはいつも、色んな事を気付かされる。今回は、子育てについて。私は、子どもはいないんだけれど、これって日々の自分の生活でももちろん言える事。文章の前後の脈絡を省いて説明できない、とても素晴らしい1本の文章なのだけど。本当は、全部を載せてしまいたいくらい!子どもの直感を育てること、信じること、そして、結びとしてあった、「大切に、大切にしすぎても、弱々しくて自分では生き抜けない子供になってしまうのなら、 恐れる心と戦って、厳しい世の中に耐えうるような能力を育ててあげる方を、勇気を持って冷静に選んであげたいね」そう、私も、全力で、真っ直ぐ、向き合って生きたいと思う。だから、今回の選択、間違って無いって信じている。改めまして、今まで仲良くして下さり、私に日記を読ませて下さった皆さん、本当にありがとう。本来であれば、おひとりおひとりのところにお邪魔してご挨拶すべきなんだけど、それもまた、大げさな気がして。ここでご報告をする非礼をお許しください。これからも、皆さんのところには行けないけれど、でも、確かに、幸せを、願っています。
2011年04月25日
いよいよ激動の2010年も終わろうとしています。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?私は、今年一年は「学び」の年でした。出逢いを含め、知識や経験はもちろん、色々な感情を得て、ただただ人生を学ぶ年。来年は、今年得た学びを通して、賢く、聡明に生きたいと願います。過日、父が急に、この世を去りました。それは本当に急で。さっきまで、そこにいた父が、ちょっとそこまでの距離で、そのまま、帰ってくることはなかった。救急車、警察、検死に回され、その間に色んな人に連絡をして。あの日の一分一秒、全てを覚えている。必死に救急車を追い掛けたこと。ひとりひとりに電話で伝えたときのこと。人って、こんなにすぐに死んじゃうものなのか?と、何だか異次元にいる気がして。色々な感情が溢れ出して、ずっと、脳みそと心臓が、口から今にも出てきそうな、無言の慟哭。どうしても、泣いちゃいけないと思って、泣けなかった。兄さん達が次々駆けつけてきて、皆、あの巨体(2m×100kg超)で号泣していた。それを観ている私が辛くて。でも、やらなきゃいけないことだらけで、泣いていられない。葬儀は、我が父ながら、圧巻だった。あんなに大きな葬儀は初めてだ。私の仕事関係者達は、父の事や兄さん達にただただ驚いていたけれど、たくさん参列してくれて、見えるたびに、ありがとうと声を出して言っていたら、隣に座った葬儀委員長が『安心した』と言っていた。遺影の写真を選ぶのが困難で、昔の写真から何からひっくり返したら、色んな表情の写真が出てきたから、せっかくだからとスライドショーにして式場で流したら、また、大男達が号泣をしていた。でも、不思議なことに、ほとんどの人たちが、何故だか、ちょっと前から、久々に再会をしたり、連絡を取ったりしていた。そうして、実は彼なりに、皆に、最期の挨拶をしていったのではないだろうか。あの日から、人生が一変した。私は、仕事を辞めて、家(業)に入った。姉が、家を継いだ。兄さん達が、全力で今まで以上に支えてくれる。父のお仲間の皆さん、お仕事関係の皆さんも、今まで以上に支えて下さる。どれだけ、人様とのご縁に感謝したかわからない。人は一人じゃ生きていけないと言うけれど、一人で生きていなくて良かったと、思う。信頼関係が、長い年月の上に成り立っているものだとしたら、初めて会う皆さんも、父と皆さんが歩み築き上げた長さ深さがそのままスライドして、私達家族と接してくださっている。前職では、ありがたいことに、テレビや新聞、ラジオ、雑誌等々に取り上げて頂き、それなりにキャリアを積んでいた私。でも、この新しい環境に身を置き、自己嫌悪の日々。ただただ空回りをして、使えない身にもどかしく。初めての「民間」で、しかも、特殊な環境で、今までのキャリアなんて、何の役にも立たず、気だけは強くて、全てを否定された気分。挙句の果てに「私だって好きでここにいるわけじゃない」が頭の中によぎり、そんな自分にますます辟易とする始末。こんな姿を、遠くから見守っている父はきっと、私の不甲斐なさに、悔し涙さえ流しているんじゃないか。でも、「自分が何でここにいるのか?誰かに教えてもらわなきゃ解らない?」、「自分の居場所くらい、自分で見付けなさい」の言葉に発奮し、「手放したものが大きければ大きいほど、人は、頑張れるものじゃないか?」に涙して、私は、この道を選んだんだと、覚悟を決めた。今までの様に、世間様から、立派だと、憧れだと、尊敬されるほどの仕事ではないけど。今までなら、酷評も噂も付きもので、はいはい、と聞き流し、ぶっちゃけ、同じように批判をしていたことも今は、絶対に、愚弄する者は許さないと、誇りを持つ自分に、ちょっと笑顔がこぼれる。もうおばちゃんなのに、若いから、と相手にされず、女だからと見くびられ。それなのに、支えてくださる皆さんの肩書き、人脈を知って擦り寄ってくる。ぴーぴーうっせーなー、ちっちぇーなー、と心の中で毒づきながら、笑顔で対応するのは、勝ちでも負けでもない、私なりの戦力(勝負)外通告。正直、悔しいことばかりで、ストレスフルで、イライラしてばっかりで。それでも、いや、それだからこそ、ちょっとしたことで、happyになれて、感動もする。人生をサボっていた私へ、父からの最後の試練。挑戦状。「ほら、やってみな」と。確かに、決して、家族にとっての“良い夫”、“良い父”ではなかったけれど、いつでも、全力で、私たち家族を守り抜いてくれた。いつでも、私の決断に全力で背中を押して、何かあれば、必ず、迎え入れてくれた。何があっても、必ず、私の味方でいてくれた。絶対に泣いちゃいけないと誓って、姉にも母にも、親戚や兄さんたち、友人たちにも、泣いている姿は見せられなかったけれど、夜中、2人きりになって、父の亡骸を前に、大人になってから初めて、すがっておいおい泣いた。私こそ、決して、良い娘じゃなかった。悪いこともたくさんした、孝行らしい孝行もしてあげられなかった。父が思い描いた、理想の娘じゃなくて、懺悔することだらけで、ごめんね、ごめんね、と、あれだけ泣いたのは初めてだ。でも、ふと、きっと父は、言えなかった色んなごめんなさいも、色んなありがとうも、そんなの全部お見通しだったんだ。それを受け入れてこそなお、全力で私を愛してくれた父に、心から、感謝している。2人で、憎み合って、傷つけ合って、助け合って、衝突しながらも、生き抜いた日々。全力で、戦って良かったと心から思う。これから起きる、全ての苦しみや悲しみ、不幸の全てを背負って、父はこの世を後にしたんだ。私は、その後を、精一杯生きることで、恩返しと、愛情を示したい。「味方も多いけれど、その分、敵も多い」は、誉め言葉。色々な人が、それぞれなりに、父の、死に様を含めた生き様を評すけれど、きっと父はただただにっこり笑って聞いているだろう。「59歳という短い生涯を、熱く、太く、深く生き抜いた、日本武士に、心から拍手を送りたい」という、父の友人からの送辞が胸に残る。一人の人間として、素晴らしい男だったと、心から思える今、私も、一人の人間として、自律して立っているんだと、ようやく自覚する。それは自身のこともしかり。今までのキャリアを改めて見直し、ようやく、"見掛け"ではない、自分が蓄えた社会人たる躾に感謝出来るようになった。自分が愛する人たちに愛されているという誇り。一生懸命生きてきた人生。全てに感謝し、誇りをもって、生きていける、純粋な覚悟を、彼からの、最後の愛情として、与えられた。こんなに悲しいことが世の中にあるのかと思うほど、辛かった、今でも確かに悲しいけれど、でも、大丈夫。ありがとう、おとうさん。ところで、そういう風に思える親がいて、いいねぇ、私なんて…とか、私のときはこうで…とか、色々なことを、言われたけれど、感情や環境は決して、誰かの状況とcompareできないものだと、私は思う。だからこそ、人生なのだ。先日、私は、新たに、会社を継ぎ、当主を襲名した。もう、ブレない。今は、知識を入れなくてはと、毎日インプットの時間だけでアップアップ。そんな中で出会った素敵な言葉を胸に、私も頑張りたいと心から思う。友よ みだりに人を羨むな友よ みだりに嘆き給うな人と生まれ 人と生きるそれぞれの道にそれぞれの苦しみそれぞれの道にそれぞれの悲しみだが友よ しかしみんな歩いてきた道君ひとりだけ嘆き給うなこれを読んでくれる、いつも支えてくれる、大切な友たちへ。心からのありがとう。そして、皆様にとりまして、来年も、素晴らしい年でありますように、心から祈念いたします。
2010年12月30日
最近、とても堕落した生活を送っておりまして。人生における最重量級を記録更新中。いつもの若い男子とご飯後、次はどこ行く?の回答が「○○(私)さんの部屋」というので、こいつ、ずいぶん大胆になったのねぇと思ったら「ちゃんこ鍋、好きなんです」と。飛び蹴り&わき腹にボディブロー100発。お前、その“部屋”かい。そして、東京BayCourtのバーに行って座った瞬間、開口一番、マネージャーに「○○(私)さん、そこ、朝青龍が座ってる席です」って。てめぇ。例えば、実は自分が気になっていること、実は自分がなりたいこと、願っていること、憧れていること。それに触れたときに、脳みそが震えたり、ハートに鳥肌が立ったり。Ms.Right Now な性質の私だと、いても立ってもいられなくなって、しかも、天性の負けず嫌いと好奇心が顔を出して、すぐに行動を起こす感じ。今まで、私はそうして、自分の道を切り拓いてきた。でも、いつの間にか、サボることを覚えて、だらけることを覚えて、逃げることも覚えて、その上、亀の甲より年の功で、手段だけ積み重ね、自分を正当化する術も身に付けて。滞ってる自分のよどみが、脂肪になって蓄えられている感じ。実は、喉から手が出るほど憧れることも、目から涙じゃなくて鼻水が流れてくるほど、悔しいと思うことも、それを“自覚”もしくは“知覚”すると、「ぅわぁぁぁ~」って暴れ出しちゃうであろう自分、何より、何も出来ない、足りない自分がもどかしくて、きっと私は、上滑りに、色んなものを吸収して、消化しないで排泄している。いつか、後悔するって解ってるのに、何も努力しない自分に、イライラ、ビクビクしているのに、そのいつかが恐くて、見ないフリをしている。それでいいのかな?って思いながら、ワインを空ける。センスって、磨くも腐らせるも自分次第。それによって得られる代償はとてつもなく大きく掛け離れていて。感じないようにしている自分が好きになれない。たまには、不安も、辛さも、苦しみも、自信の無さも、吐露してこそ、きっと私。これを読んでくれているたくさんの仲間たち。もしかしたら「うん。うん」と思ってくれる人がいるかも知れない。いないかも知れない。ただただ、お互いに、頑張ろう。自分の生き方、自分の人生くらい、自分の意思で彩って、道を進んで生きたいものね。ちょっと、センチメンタルジャーニーな日記になってみました。うへへ。←照れ隠し
2010年12月17日
私の尊敬する女性のひとり、江川紹子さん。ジャーナリストとして活躍する彼女に、賛否両論はありましょうが、私が彼女を尊敬する理由は「ぶれない公平さ」。特に、オウム真理教の取材をしていたから、常に危険と隣り合わせ、脅迫は日常茶飯事、平穏な生活もままならない状況であったのに、過日、国松(元)警察庁長官襲撃事件が時効を迎えた後に、警察庁が記者会見で「でもあれは、オウムの仕業だ」と言ったことに対して、江川さんは、警察と言う公権力が、例え疑わしいとは言え、証拠がないのに誰かを犯人として世の中に言い触れることが、冤罪を生む、犯人を探し出せなかった失態をオウムに押し付けただけと、猛烈に批判した。彼女は、オウムを擁護しているわけではないけれど、それでも、あれだけ危険な目に遭っていたのだから、そうだそうだ、あの教団なら遣りかねないとは言わないにせよ、せめて無言を貫くことでも、十分なのに、オウムがどうのではなく、警察という公権力の基本、彼女の信じるぶれない公平さや正義を主張した姿に、私は感動した。私も、こういう、ぶれない女性でいたいと、心から思う。ちょっと古いネタだけど、どうしても留めておきたい大切な備忘録。
2010年11月03日
「家の前の高層ビルに某外資の日本のHQが入ったからか、何か、中華料理屋が増えた気がする!!!レストランが出来る度に期待したら必ず中華だから、もう飽きたよ!パスタ食いてぇよ!!」と怒る友人の話を聞きながら思い出した。「戦地には、必ず、中華料理のケイタリングサービスが出現する」というニュース。要は、世界中で、中華料理は愛されていて、アフガニスタンやイラク、災害復興支援地域と言ったいわゆる欧米の軍やメディアが集結する場所では、中華料理の需要があるから、青空レストランとして、商魂逞しい中国の人々が開業するらしい。ちょうどその話をしていたら、昨夜の日経夕刊に「インドネシアのデモと屋台事情」が載っていた。お察しの通り、インドネシアでデモが長引くのは、デモが始まると、周りに屋台が出来るからだという。そして、屋台の店主達は、新聞記者よりも遥かに密接に警察にウラを取って、事件とあらば屋台と共に駆けつけ、“遅れて”やってくる記者たちに食べ物を提供(販売)する模様。不謹慎かも知れないが、ちょっと、その逞しさと、マーケティングと言うか、アイディア力に傾頭。世界を、世界経済を舞台に戦いを挑むとき、そういうライバル達にどんな戦術を持って挑むか…課題は多いなぁ。。
2010年09月14日
Digamonos todo,Decirnos que nos amanos, que estamos tristes, que nos extranamos, que nos enojamos, que nos odiamos, Todo.No hagamos que no podemos hacer nada por el otro, porque no sabemos nada del uno al otro.Y no lastimemos nuestros corazones por esta causa de eso.Digamonos todo.-お互いの気持ちを全て言い合おう、愛していること、怒っていること、寂しいこと、悲しいこと、全て伝え合おう。それを伝えないことで、お互いが解らずに、傷付け合って、すれ違ったりしないように。(超訳)いくつになっても、恋愛が苦手な私。不器用だと言われても、私はやっぱり、自分が何に感動し、どれだけ彼を愛し、何に怒り、何に涙するかを、伝えたい。もしかしたら、伝えることで、傷付け合うことも、擦れ違うことも、あるかも知れない。でも、やっぱり、気持ちは、伝えなくちゃ、ウソだ。こんな、当たり前なのに、忘れがちな大切なこと。昔、「言わなきゃわかんないよ!」と当時の彼氏に怒られたことがある。「生きてきた環境も、何も全部違うんだから、すれ違うのは当たり前だし、理解できないこともある。でも、お互い、理解する努力を怠ってはいけないし、もし、無理なら、新しいものを2人で築き上げれば良い。」って。たまに思い出すと、旨く行かなかった恋でも、良い奴らと、愛し合ったんだな、って、ちょっと、自分を誉められる。もう、夏も終わって、いよいよ秋になる。私の1年は、夏で終わって、また秋から開始になるから。今年も、熱い熱い夏だったなぁ。
2010年08月31日
仕事の打ち合わせ、戦略会議、経営会議、海外事例報告がまとめてあって、いつも、どっちが年上かわからんという具合で、面倒を見て貰ってる歳下男子、A君が支配人を務めるレストランに、そりゃ色んな人が来ましたが、6時間以上も居座っておりました。(ごちそうさま)ここ、良くサロンのようにお邪魔させて頂いていて、誰もが口を揃えて言う「いるだけで癒される」場所なんだ。日本で有数のレストランで、ビバリーヒルズや、パリ、ミラノにもあるみたいで、彼は次期グループ代表。まだ若いんだけど、しっかりしてるんだ。海外事例報告は、これまた面倒を見てもらっている男子B君で、支配人A君の幼馴染でもあるんだけど、彼から行って貰いました。お互い、学生時代のバイト姿は別として、仕事の場として同席するのは初らしくて、ちらっちらっちらっちら、見合っていた。(笑)で、B君は、働く支配人A君を見て「アイツ、悔しいほど、キマッてませんか?」を100万回くらい言ってた。そして、A君は、なんとわざわざまた別の共通の友C君に電話をして「今、●●さん(私)との仕事で、Bが来てるんだけど、アイツ、何かすげぇよ。あの場で物怖じせずにちゃんと振舞ってる」と言ってた模様。ちなみに、この後、私はC君に迎えに来て貰ってツタヤ&スタバで読書会をしていたのですが、その際、この話を聞きました。私、今まで、同世代の男性と、上司・部下・同僚といった、いわゆる身内(内部関係者)として働いたことがなく、取引先として、ご一緒しているだけなのです。周りは、おじさんばっかりだ。なので、職場恋愛なんてもちろんないし、そういう意味で、身近に感じる存在がいなかったの。ところが、こうして、目の前で、優雅にこなす支配人A君を見ていたら、年下の仲間というくくりではなく、一人の男性として「きゅんっ」としてしまったわよ。彼が来る度に、背筋が伸びちゃうんだから、乙女ちゃん。普段は何の気も遣わず、むしろ、存在が見えません系で、海でスッピンでゴロゴロしてるのに!色気とか、頼りがい、力強さ、堂々たる身のこなし、自信、礼儀正しさ。どれを取っても、非の打ち所が無い。責任を持って働いている男の姿は、格好良い。よく、スーツとかユニフォームマジック(スーツとか制服着ていると格好良く見える)と言うけれど、私はあんまりそういうのって感じなくて。服装、身づくろいは、ある種の、仕事の風景の一部というか、プロとしての心得で、何でも「仕事だから」で目も設定されちゃう。むしろ、プライベートの、Tシャツとデニム姿とかが格好良い方が断然、コロンと来ちゃうの。そして、今日の彼の「仕事をする男」としての躾とたたずまいに、マジックに掛かりました。いつも、彼の仕事姿は見てるんだけど、やはり、役職が変わったから、内面と、そこからつくられる外見が、整えられてきたのかも知れないね。今日は違ったわ~。私、何でも、その場のinitiativeを取れる人に惹かれるんです。恋に落ちたわ。というわけで、私も負けないように、仕事します。
2010年08月08日
私は、欲張り。「ハタチまでは、遊ばせてくれ」の約束で、学生時代、20歳の時に、貿易関係の会社を任され、夏休みは事業に心血を注いだ。でも、進めている研究もあったし、父や母の会社も手伝っていた、彼氏もいた。クラブも行きたい、デートもしたい、友達と遊びに行きたい、所属しているNGOの役割もある。時間が足りないなんて言いたくなくて、全部、やりたくて、全部やった。毎日が楽しくて、嬉しくて、苦しくて辛いけど、幸せで。「何でそんなに色々でやるの?」の質問に「欲張りだから」。その“基礎体力”は10年経った今も変わらず。もちろん、疲れ度は天と地、回復度も全然違う。10分の1の酒量で二日酔いどころか三日酔い。ケツは下がるし腹は出る。肌はたるむし、髪だって痩せてくる。“小さい”事は気にしなくても、やってくる“大きい”ことに、バキッと折られて、凹む日々。その度に、友達や恋人、後輩や兄さん達、家族に支えられ、感謝する。相変わらず、欲張りで、何でも全力で、精一杯、楽しみたいし、戦いたい。バカにされて、後ろ指差されて、相手にもされない。これも本望。でも、たった一つ、生涯を通してやり遂げたいことがあって。このために、私は生きている。ここも、欲張り。でも、これだけは、違う。これだけは、「私の名前」が出なくたって何だっていいの。これで、トップに立たなくても、金にならなくても、何だって良い。これが叶えば、それで良い。これが、私の人生の、最大の、強欲。これが、私の、相変わらず、貪欲。たまに、ブレそうになって、自信を無くして、恥もかくし、滑稽にも映る。でも、それで良い。全ての道はローマに通ずる、と言うけれど、きっと、私の全ての“欲”はこのたった一つの“無欲”のために、駆け巡って、張り巡らされる。これも、いつかの自分への、備忘録。ところで、私はNHKドラマ&映画の「ハゲタカ」が大好きなんですよね~。DVD持ってても、何故か再放送に合わせてこんな夜まで起きているっつぅ要領の悪さ。(笑)一気に観て、結末が気になるのに、終わって欲しくない話だったわ。目のクマは、歳を取ると、寝不足が原因ではなくて、たるみ・色素沈着なんですって。でも、フフフ。「寝不足でクマが出来ちゃって」って明日も言い張ってやる。皆様。良い夏をお過ごし下さいね。
2010年08月04日
久々に、熱心に読んだ。『 鳩山由紀夫首相が辞任し、あわただしく菅直人新内閣が誕生した。基地問題の処理を誤って、支持率が急落し、これでは参院選は戦えないということで「表紙の付け替え」がなされたというのが一般的な見方のようである。 だが、沖縄の基地問題は戦後65年間の対米外交の「負債」である。問題をここまでややこしくしたのは歴代自民党政権であり、自民党議員が普天間問題について鳩山前首相の不手際を批判するのは話の節目が違うと私は思う。それでもメディアはもっぱら前首相の食言だけを難じていた。そして「責任を取って早く辞任しろ」と書きたてた後には「政権放り出しとは無責任」と書いていた。 政権末期にメディアの報じる内閣支持率は急落していたが、一方でツイッターなどの「ミドルメディア」ではメディアの安易で非理論的な報道姿勢を強く批判し、むしろ首相を支持する言説があちこちに見られた。マスメディアは「民意」を伝えているのか、それとも「民意」を誘導しようとしているのか、どちらなのか。 マスメディアとミドルメディアの温度差はいま急速に拡がりつつある。ミドルメディアの伝える情報や分析の信頼性の方がマスメディアのそれよりも高いと言う評価が定着したときにマスメディアの歴史的役割は終わる。その危機感はメディアの当事者からはまだ感じられない。』(内田樹『マスとミドルの間に』2010.6.21)『 参院選はたぶんあまり盛り上らないと思う。民主党は「看板」を付け替えて支持率のV字回復をはかるが、議席数は減らすだろう。だが、対する自民党にも党勢回復の手立てがない。第三極は浮動票頼みだが、争点が無ければ、「風」も吹かない。何より気になるのは、静かな声で、穏やかに政治を語る候補者がどこにも見当たらないことである。みな、不機嫌を競い、それぞれの政敵の政策がいかに愚劣であるかを口汚く罵っている。…どこの政党も「隣のお兄ちゃん、お姉ちゃん」のような親しみやすさを条件に候補者を選定しているように見える。すぐに感情的になったり、居直ったり、遁辞を弄する政治家の方が「自分達みたいで安心」だという有権者の気持ちもわからないではない。けれども、危機の時代の国家戦略の策定を「市民目線」や「生活実感」に委ねることのリスクを私達はいささか過小評価してはいまいか。』(内田樹『「市民目線」のリスク』2010.7.5)『 ホテリング現象とは、二大政党制で他に選択肢がないと、両党とも国民の多数が支持する政策を提示するために、政策が平均的になってしまうというものだ。少数政党であれば極端な政策を掲げても、それを支持する一定の数の人がいれば成り立つが、大政党は中庸の政策を打ち出さざるを得なくなる。これも、現実の政治をうまく説明する。地方分権、行政の無駄削減、天下りの根絶など、自民党と民主党の政策はどんどん近付いており、最近では消費税の引き上げ方針まで似てきた。』(森永卓郎『経済理論の予言通りに現実の政治が動く』2010.6.28)ご縁あって、AERAの編集長さんのお人柄に触れ、AERAをお送り頂いている(ありがとうございます)。失礼ながら、AERAはここ数年、全く読んでいなかった。が、ががが。面白い。もちろん、ワールドカップ特集で若武者達の武勇伝を読みながら、目の保養をしているんだけど、何よりも、超超小さいコラム「内田樹の大市民講座」がツボ。みゆき先生aka.BK横丁氏の言葉を借りれば“赤ペン引いてください。テストに出ますよ”な、私としては、痒いところに手が届く、待ってましたなこの明晰さ。内田氏の、マスメディアに属する一人として、それを正面から評する姿勢に、感銘を受けた。マスメディアがかつては一方的な情報を提供するただ唯一の立場であった時代を経て、ミドルメディアを通して、個人が意見を、情報を発することが出来るようになった。ではそれが、「個人が、湾曲・装飾されない、ありのままの情報を手に入れることが出来るようになった」事を意味しているのだろうか。マスでもミドルでも、メディアの情報が必ずしも正しいとは限らない。ありきたりだが、リテラシーは、メディアを介しても、介さず、ダイレクトなコミュニケーションでも、必要になる。目の前の人が発することは、本当に正しいのか?Phase XXX...メディアの変遷は、今、何期目に臨んでいるのだろう。コミュニケーション不足が叫ばれて久しい。しかし、その叫びを伝えるメディア自体が、コミュニケーション不足なのではないか。いつか、与えられた情報に対する“事実の確認”を、一人ひとりが負える日が来れば良いと、私は願う。それは、政治のことに関してもしかり。もっともっと、それぞれが真意を確かめることが出来る機会が増えると良い。そのチャンスがネットでのコミュニケーション…ブログやtwitter等々…に委ねられているのであれば、やはり、公職選挙法の改正、ネット解禁法案は“対権力”との構造では不可欠なんだろうな、と思うんだよね。私も「これは本当はどーゆー意味なんですか?」って、聴きたいことだらけだよ。
2010年07月05日
日本代表の岡田監督が言った。「日本代表が勝つことは、日本サッカーの繁栄に繋がる。すると、Jリーグが欧州のクラブチームのようになり、地域にスポーツ文化が根付く。それによって、人々はスポーツクラブで休日を過ごすようになり日本の消費文化が変わる。それで、環境問題に寄与できる。」これを「この、精神論、この、サムライ達を率いて闘う、スポーツマンとしての躾を、武士道と言う」と評した人がいる。日本代表のゲームキャプテンの長谷部選手は、必ずインタビューの最初に、日本の皆さんの応援のおかげだと、感謝の言葉を発する。そして、パラグアイ戦に敗退した直後、同じく感謝の気持ちを伝えて、「代表のほとんどの選手がJリーグで活躍しているから、是非、ゲームに足を運んで欲しい。」と言った。そんな彼は、今はJリーグではなく、海外のチームにいる。「自分が海外で活躍していても、日本のチームを考えている。これが、リーダーたる所以だ」と、解説者が感動してコメントをしていた。先日、蜷川実花さん(写真家・映画監督)が、雑誌のインタビューで「他人が作った情報の中に浸っていたら、オリジナリティがなくなる。加工された情報ではなく、街の中を歩くとか自然の中を散策するとか、人の手が入っていない一次情報に接するようにしている」と語っていた。スポーツの真剣勝負を見るのも、“自分”を創る一つだと私は思う。たくさん泣き、たくさん笑い、たくさん感動する。私もまだまだ、闘わないといけないわ。それにしても。。。チームの雰囲気、良かったね。見てて羨ましかったわ。ベテランの選手は、若手の勢いには確かに敵わないんだけど、メンタルのカバーは、ベテランだからこそ出来るもの。この、バランスが、良いんだよね。感動をありがとう。後は、我らがゴッド・ハンド、マラドーナだわ!!
2010年07月02日
中学・高校生の頃の私は部活をやって、東大を目指しながら(落ちましたが)、大学生の頃は某職を目指しながら、サーカス、ヴィエッティ、ヘブンに行っては、昼間と夜に色んな“私”を蓄えて、脳みそやハート鍛えていた。(←超々々懐かしの日記!!リクエストがあったので、出してみた。どうだ!満足したか!?スペアリブよこせ!【内輪ネタ】)前に、自分の“振り幅”について、日記を書いたけど、そうやって、私は、自分なりの最大の振り幅で、学生時代は遊びと勉強、社会人になってからは、やっぱり遊びと仕事を、対局する中で精一杯、こなしていた。それは、涼しい顔をして、難しいことをやってのける、「だって、自分が一番、かわいいもん(ハート)」なビッチ的側面もしかり(…この日記を見てくださってる皆さんならそうでしょマイミクの面々を観よ!うふふふ。大好きなの、そういうお方)。でも、段々、歳を重ね、昔の遊び方に興味が無くなり、正直、社交に夜も昼も境がなくなって、仕事のパーティやらレセプションもあって、洋服は投資&武装手段にもなってくると、何だか、どこでバランスを取って良いのかが知らぬ間に解らなくなって、だんだん、何のオリジナリティも面白さもない人間になってる気がしてならない。良く、気遣ってくださる、私の大好きなRICAKO姐さんが、スタイリスト?バイヤー?の仕事で、「大人の女は、やっぱり心にこーゆーのを携えてるのよ」と、ミラーボールの形をした、最高に可愛いピアスを披露してくれたけど、ロンドンブーツというお笑い(?)コンビのアツシくんが「たまに、昔のように、枯渇した状態になりたくて、無駄に散財する」って言ってたけど、人はこうして、自分なりの振り幅、「ちょっと、いつもと違う自分」を対極において、“自分”を鍛えているのかも知れない。でも、それは、昔のまんま、でやってると、ちょっと悲しくなったりするから。もちろん、海に行ったり、山に行ったり、海水浴、日光浴、森林浴で自然の恵み癒されてチャージすることも、重要な私の一部のまま。“意外性”とか、“ギャップ”と言った、稚拙なアピールじゃなくて、自分を奮い立たせる幅。私は何に向かえば良いんだろう。 ところで、鳩山首相の退任演説を、皆さんはご傾聴されましたか?私は、涙する議員や報道陣、関係者、SPまでも目頭を熱くするのを横目に、去年の、人生で一番熱かった夏を思い出して、鼻水まで出そうになりました。なぜ、県外移設にこだわるのか、なぜ、連立政権を目指すのか。広報官の威力がない民主党において、鳩山氏の「口数が多いのに言葉足らず」を補う策はなく。世耕氏(自民党)がいたら、きっと旨く、国民の心を掴めただろうなぁと、ボォっと考えていた。進二郎ちゃんが、今後、身に付ける、政治家の躾、真髄かなぁ。良く、党批判をする人がいるけれど、果たして党も、そういう数人、もしくはたった一人の優秀な報道官・広報官に演出され、支持者による対立党への悪イメージの刷り込みや、ある種の“ピア”プレッシャーに先導され、実際の政策が湾曲されて映し出される。昔、ヒトラーがドイツをユダヤ人迫害に向かわせる時に「民衆が、何も考えないことが、コントロールを成功させる秘訣だ」と言っていたようだが、したり顔で政治を語る人を観ながら、この情報社会では「間違った情報をあたかも正しいと信じさせて、何かを考えさえること」が、人々をコントロールしやすくさせるのだと、私は思う。社会が悪いと声高に叫ぶ人に対する嫌悪感と同じく、都合よく作り上げられた「二大政党制」という滑稽な枠組みに囚われる人たちへのそれを抱きながら、一人ひとりの、政治家に、私の判断をおき重ねて生きたいと、キーマンである某氏を観ながら、素人の私は身を引き締める。私は自分の判断を信じるために、今日も、バランスを確かめる。
2010年06月03日
みなさんご存知の The Fast The Furious.(確か邦題はワイルド・スピード)。私、大好きなんですよ、このヴィン・ディーゼルが、ツボに入りまくり。声や肉体の重厚感、たたずまいもそうなんだけど、無駄の無い、でもウィットの効いた会話とこの、自信、包容力と安堵感。軽さの一切無い、“男”としてのしつらえ。(まぁ、恋人を巻き込んじゃダメだけど。)この胸板と、大きい手。抱かれたい男ナンバーワンだわ。(ま、他の役の時は興味ないけど。)久々にDVDを観て、ウットリしてみた。うふふさ、また一週間、頑張ろうっと。今週は、勝負を掛ける案件がいつも以上に待ち構えている。アタシ、負ける勝負はしないの。全て、勝ちに行きます。オホホとりあえず、女度マキシマムよ(単純)
2010年05月23日
歳を重ねていくと、“誰も買ってくれないから”とか“ただの言い訳”とか、どこ吹く風、頑張った自分へのご褒美が、欲しくなる。私にとってのご褒美は、「頑張ったね」の労いじゃなくて、何かを成し遂げたあとに手に出来る戦利品としてのそれではなくて、もちろんそれは、靴だったり、バッグだったり、アクセサリー、時計、車、もしくは、モノではなく、旅だったり、祝杯やご馳走だったり。これを携えることで、きっとまた大きな一歩が踏み出せる、そう思える、新しいステップへ進むための、戦い、大切なものを守るための、憧れの、武器。使い捨てて、消耗してしまう、散財とか栄華じゃなくて、財産として、ひとつひとつを大切に、自分に蓄え、備えて生きたいと、思う。pricelessが大好きで、ケチケチするのが大嫌い。でも、これは、たまに自分を甘やかしすぎる私への、備忘録。大切に、丁寧に。本当に必要なものを見抜く心、不要なものを手放す勇気、大切なものを守り抜く強さ、そして幸せになるための覚悟。地に足を付けて、しっかり、生き抜いていこう。
2010年04月12日
おばあちゃんの探し物を手伝っていたら、おじいちゃんの名刺が出てきた。「ようやく名刺が出来たところだったんだよねぇ」と、祖母は懐かしそうに、そして嬉しそうに言った後、涙を溢れさせていた。私が、憧れてやまない、偉大な祖父。数年前に50回忌を行った位なので(過去の日記を観たら、もう4年前だった)私は一度も会っていないけれど、私の人生を方向付ける、人生の師。60年近くの時を経て、私のもとに託されたこの、大切な、大切な、1枚の名刺―。私は、この名刺を、人生の宝として、道標として、決して貴方の功績を無駄にせず、日々精進して参ります。遠くから、見守り、そして、信じていて下さい。自分に貴方の血が、色濃く脈々と流れている事を確信し、誇りに思い、そして、貴方の遺志を継ぎ、私は貴方の会社を継ぎます。ありがとう。I am BLESSED.― 私は貴方の孫である事に、心から感謝しています。
2010年03月11日
先日、中学・高校の同級生の結婚式があって、私の親友(彼女とも同じ中高)が出席してきたらしいんだけど、式の直後に親友から「もう、久々に学校の子達と会ったら、何かすごく懐かしくて嬉しくて。皆、相変わらずイイ子たちでさ~。。。友達って良いな。って思ったら、も~~~、アンタに会いたくなっちゃったよ!」とメールが入りまして。それを読んですぐに、嬉々として彼女に電話するあたり、“もしもし”ではなくて「私が男だったらさぁ、完全に、お前に弄ばれてるな」の第一声で始めざるを得ませんでしたね。(笑)もちろん「弄ぶ相手がお前じゃなぁ…」と言われましたけど。昔、「call me!」と携帯にメールしてきた男がいましたが、そいつには二度と、電話どころかメールもしませんでしたの。ウフフ私、歴代の彼氏達に良く「他に何人いるの?」とか「俺だけじゃないだろ」とか何か、色々と勘ぐられて、それで「もう、いいや、メンドクセ」とサヨナラすることが多いんですけど、女の子には別なんですよね。これがレズ説の所以でしょうか。でも、彼氏達にも、結構addicted.なんだけどなぁ。。。まさにthe stronger i addict to, the less....みたいな感じでしょうか。これじゃぁ、悪女にはなれないわねぇ。日本はいよいよ大型連休です。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。秋は美味しいものが増えますね~!秋の夜長。この、夏から秋への変わり目が、私の好きな一瞬の季節です。前にも書いたかもしれない、色に例えるとゴールドな感じかな。今年のお月見は、横浜の三渓園に行きたいな。10月3日が中秋の名月だそうです。まだそこまで寒くない9月中にでも、夜のお散歩をするのもいいですよね。
2009年09月18日
“政治家”と言う生き方。素人が知り得る“政治”は、氷山の一角どころか、沸騰した湯の湯気程度だと、教えられた。そして、私も、素人。弱い犬ほど良く吼える、はご名答、そんな議員に限って、大きくモノを言いたがる。自分の帳尻あわせのためにキリキリし、誇示する力とやらは、他人の力。「俺は○○の知り合いだ」、「俺が▲▲をしてるんだ」と。それはそれは、ご苦労なこった。笑っちゃうネーミングな“大物議員”たちは、国のために、命を削っても、やいのやいの、槍で突き挙げられる。落選すれば、ただの人。と、おちょくる人もいるけれど、「ん?元々、ただの人なんじゃないですか?アナタと同じ」と、不思議そうに言って見る私も、意外と(←強調)、意地悪なんですのよ。政治家と言うのは、報われない生き物で、どれだけ尽くして成果を得ても、誰にも感謝されず、何か問題が起きれば、鬼の首を取ったかのように、四方八方から攻撃される。官僚も然り。でも、私は「それで、良いんじゃないでしょうか。だって、政治家だもの(うぃんく)」と、笑顔で分かったような口を利いてみせる。「素人こそ、知った口を利くもんなんですよ。オホホホ」と、言ってみたりして。私の、人生の恩師の一人は、初めての上司。大物過ぎて、強靭すぎて、緊張するのに、その反射効か、私は彼の凄みにchargeもしくはinspireされる。彼の、「ここに引き留めることで、君の可能性を潰しているんじゃないのか?」は、私を叩き上げ、去るときの、はなむけ、「残念です」は、私に達成感そして誇りを与え、「戻ってこないか?」は、恐ろしいほどの緊張感と目眩を覚えるプレッシャーで押し潰す。それでも「成長してから、もう一度、出直して参ります」な私に、「頑張ってネ!」の応援が、後戻りできない覚悟を知らしめる。私の口癖は「ウフフ、化粧が濃い分、面の皮も厚いんですよ(ハート)」で、お口はチャック。目指せ!凱旋門。私の道は、きっと、思う方向に進んでいる。またいつか「君と、もっとゆっくり話したかった」が「ゆっくり話そう」に変わるその日まで。煮るなり、焼くなり、どうぞ、ごずいに。そう、そう。私は私でいる覚悟。そしていつでも「それで、良いんじゃないでしょうか?」と笑っていよう。さ、明日も5時起きだ。早く寝なくちゃ。おやすみなさい。イイ夢見ろよ!(私は柳沢慎吾ちゃんが大好きです)
2009年09月06日
例えば、旅行や出張で海外に行くとき、滑走路をゆっくりと飛行機が走り、飛び立つさなか、ふと、眼下の成田の街並みを見ながら、涙が込み上げてくるときがある。成田闘争…どれだけの命が、どれだけの人生が、そして、どれだけの涙が、今を作っているのかと。そして自分に言う「キレイごとを言うな、そんな犠牲の上に、今の自分がいるんだ」。大切なのは、感謝をして、前に進む、責任と、勇気。例えば、“美しい”と思う人がいる。ただ単に、華やかで、顔立ちが整っているだけではなくて、“深み”のある美しさがある人がいる。その人の、言動の美しさや深さ、優しさに、私は目だけではなく、心も奪われる。そんな人に、何らかの“苦しみ”があることを知ると、「だから、この人は美しいのだ」と、むしろ、賞賛や尊敬を込めて、私は思う。その、苦しみや悲しみと、闘っているからこそ、美しいんだと。5年前くらいになるか、確か中学生時代に、夏の課題図書になった本がふと読みたくなって、親友に「あの本、覚えてる?」と聞いたら、「バカ!あれは、私の心の一生の本だよ!涙でボロボロになりながら、今でも大切に読んでるんだ」と教えて貰って、それ以来、私はその本を、毎年、夏の課題図書として、読んでいる。読んでは泣き、読んでは泣き。電車では、泣きすぎてむしろ、電車を降りられなくなる位に、涙が込み上げてくる。灰谷健次郎『太陽の子』。同じく、『うさぎの目』でも号泣なんだけど、私はこちらです。この夏も、まずは一読。そして、思い出す。「人は、苦しみや、悲しみと闘っているからこそ、美しいのだ」と。昔、この本を読んだから、いつか、脳裏にこの考えが浸透していたのか、それとも、誰もがそれを気付くものなのか、分からないけれど。私は、大した人生なんて送ってないし、大した苦労もしていない。でも、その中でも、自分なりに、辛かったことや、悲しかったこと、苦しかったこと、忘れたいことがあって。でもそれを、自分に言い訳をして、隠していくんじゃなくて、それを糧に、ひとに優しくいられる人間になりたいと、心から思う。この本の中のお気に入りは「心臓を蹴る」というフレーズ。私がたまに使う「脳みそが震える」とか「ハートに鳥肌が立った」とはまた別なんだよね。そうそう。「そんなにボロボロ泣いてるのに、何で、何で、化粧(アイメイク)が落ちないの!?」と、良く聞かれます。うふふふ。企業秘密。と言いたいところだけど、同じものに感動したり、悲しみを乗り越える、戦友として、教えちゃうわ。縁取りは、IKKOさんと、イネス、夏木マリ姉さんが教えてくれたお勧めの良いとこ取り、MACの黒のジェルライナー、MACの黒のアイシャドウ、excelのウォータープルーフのライナー、インウイのライナーを使い分けorミックスして使っているの。涙に強いけど、普通のクレンジングで落ちるから、肌への負担も少なくて、大活躍よ☆泣きそうな日は、これで武装して、戦ってきてください。
2009年07月30日
アナタに逢えない夜は、月が鏡になれば良いのに。-Wishing the moon could be the mirror, at the night I can't see you.違う国にいて、遠く離れているときは、時差で、同じ月を見ることは出来ないけれど、月から見れば、同じ地球の上にいるに過ぎないんだと、気付いたのは、これからもっと、離れ離れになる最後の夜に、彼とたまたま“一緒に”見たテレビから。あの時は、もう既に離れていたけれど、同じ日本にいて、同じテレビを観ていた。日本の一年を締め括る、紅白歌合戦。海外に在住の方も、日本にいるときは見ないのに、日本を離れて初めて、紅白が観たいと、思ったりするでしょうね。日本の刑務所は、唯一、12月31日、大晦日だけは、消灯時間が延長されて、NHKの紅白歌合戦を見ることが許される。色んな事情で、そこに至る人がいて、そして、それを待つ人がいて。こうして、同じ歌を聞いて、同じように、新年を迎える。人は、何気ない日常の、たった一瞬を切り取ったときに、それを、共有している誰かと、いつも“一緒”にいて、そんな人を、“大切な人”と呼ぶんだろうね。ところで、今日から、選挙戦が始まります。投開票日は、夏の終わり、8月30日。ちょうど、「夏休み」と同じ日数の選挙期間。解散をして、皆、一様に握手をし合うのを観ながら、ふと気付く。夏休みが終われば、皆、いっせいに、学校に戻るけれど、議員さん達は、必ずまた全員で登庁してくるわけじゃない。もちろん、これを機に勇退をされる方もいらっしゃるけれど、それよりも多く、望まずに議席から去る方もいらっしゃるでしょう。“また新学期、全員、元気な顔で会いましょう”って、先生が終業式に良く言ってたなぁ。今年はどんな夏になるんだろう。
2009年07月21日
私の大切な友人のお誕生日をお祝いしに行ってきました。私は、誕生日って、1年で一番、その人にとって大切な日だと思っているのですが、私の周りの大切な人たちも、同じように、“何を差し置いても、誕生日だろ”と思っているのが嬉しい。だって、その日が無ければ、その人はここに、いないんだから。別に、何をしなくても、良い。ただ、一緒にいるだけで、それが一番の幸せ。彼女とは、久々の再会でした。誕生日会が終わって、「じゃぁ、ゆっくり話そうか」、と、お約束でバーに移動したんだけど、何か人生の岐路ってことで、将来の話とか、結婚(離婚)、出産、夢とか仕事のこと、色んな話をしました。見知らぬ国、日本に来て(彼女はアメリカ人)、仕事や住処を見付け、日々を生き抜いている姿はもちろん、そこから新しい仲間を増やしている彼女の生きる姿に、私は尊敬はもちろん、誇らしげな気分になります。先日、とっても天気が良い日のお昼。母がスーパーに行きたいと言うので、車を出したついでに、スタバに寄りましたが、ふと、あまりの天気の良さに「海、行きたくない?」で、気付いたら、スタバをお供に、首都高の湾岸線と横横をぶっ飛ばし、葉山~鎌倉~藤沢~江ノ島をドライブしていました。もちろん、葉山は、湘南国際村経由で、直売所でお野菜とかを買って。“あのトンネルを越えると海が見える”の、大好きなトンネルや、毎年、夏に避難していた別荘の跡地、ちょうど10年前くらいでしょうか、諸事情により、毎日通った葉山の某所を通りながら、色んな思い出が蘇り、そして、森林の恵みや太陽の日差し、海の潮風、この全てに浴され、思い出に愛でられて、自分の中にあった、厄やストレス、憎悪や余分な妄想が、一気に浄化されていくのが、わかります。あぁ、ここ、ここ。あぁ、これ、これ。色んな感情が、自分を癒してくれる。今日の再会も、さながら、人間浴でしょうか。彼女に逢って、彼女の仲間に会って、そして、大好きな音楽に浴し、また1枚、余分な膜が、身体そして心から剥がれ落ちて行ったのがわかります。そうそう、この気持ち。昔とは違っても、今、自分が一番やりやすくて、何より、一番良い、って思えることを、一番良いと思えるやりかたで、やっていけばいいんだよね。真空の中に、オリジナリティは存在しない。敬愛する女性が教えてくれました。私はだから、色んな素敵な人たちに出逢い、素晴らしい自然の恵みを浴し、自分を研ぎ澄まして生きたいと、心から思いました。そうそう。「恋愛って、理不尽だよね。惚れたはれたなんて、辛いことばっかりだよね」と言う話になりました。もちろんこれは、人を好きになる幸せが大前提の上ですけど。このお話は、また今度。ちょっとそろそろ眠いので。うふふ。stay tuned!
2009年06月27日
仕事をしているときの、脳みその動きって、自然と、「不屈」というか「寝たら忘れる」というか「へこたれない」というか、要は“そんなこと気にしてる場合じゃないよ!他に気にする事があるでしょ”って、自分の言動を叱咤激励、未来系で形作るんだよね。もちろん、寝ても醒めても…いや、眠れないほど悩むプロジェクトや案件とか、積み残しは確かにあるんだけれど、それ以外の、小さなこと。。。って、もちろん、大きなことも、小さなことの積み重ねとか、延長線上にあるのだから、それを看過してはいけないんだけど、…ってさっきから、否定の否定、突っ込みまくりの文章じゃねぇか。うぜぇな、アタシ。とにかくさ。仕事脳になると、失敗しても、旨く行かなくても、気が進まなくても、へこたれないというか、引き摺らなくなる。恥かしいとか、悔しいとか、悲しい、情けない、申し訳ない、って色んな気持ちが湧き上がるんだけど、その気持ちに浸って、立ち止まってる暇は無くて、それを一瞬でも感じて十分、「絶対、次は起こすまい」って切り替わるんだよね。ミスしたときって、周りに迷惑が掛かって申し訳ないって気持ちと同時に、そんなことをした自分が恥かしくって、言い訳したり、逃げたくなったりしちゃうんだけど、そんなことしてる時間こそなくて、とにかく、挽回するしかないんだよね。だって、仕事だもん。きっとこれって、そうやって自分で切り替えないと、ず~っと、ず~っと、引き摺ったり落ち込んだりしちゃう、裏返しなんだよね。だって、そんな時の自分は、苦しいんだよね、実際。だから、「だって、仕事なんだから」って、分かったような分かんないような合言葉を胸に、今日も働くわけですね。
2009年06月22日
今日、久々に、プロゴルファーの宮里藍ちゃんのゴルフを観ていて、心が打たれた。全米ツアーに移動してから、3年(らしい。ワタクシ、詳細は分かりませんので、あしからず)。正直、日本国内ツアーを回っていた時ほどの注目は全くないし、あんまり活躍も聞かないけれど、こうして着実に戦いを挑んでいる姿を観て、忘れていたことを思い出した。そうそう、この、新しいことに飛び込むときの、躊躇や不安。そして余りある期待。いわゆる“タラレバ”な話はしたくないけど、でも、きっと彼女は、あのまま国内に留まっていれば、それなりの賞金を獲得して、常に最前線、頂点争いをしていたであろうに、でも、きっと、こうしてまた1枚、分厚くて大きな壁に挑んだからこそ、手に入れられる、大きな成功や成長があるんだと思う。新たなスタートを切るのは、不安で不安で、暗中模索、先が見えなくて、そのまま暗闇から抜け出せないんじゃないかと、恐くて仕方が無いんだけど、でも、やっぱり、それでも、飛び込んでこその、新しい、景色が待っているんだって、思うんだよね。某有名イタリアンの日本人の大御所シェフ2人が、店を後継者に突然渡して、2人でイタリアに旅立って、レストランを出してみたものの「日本人がやってるイタリア料理屋なんて、誰も客が来ね~!あははは」って、「どうだーっ!」くらいの、威張り具合で言っていて、私も腹を抱えて笑った。他人の失敗を笑う、んじゃなくて、きっと、気の持ちようで、失敗でもなんでもなくて、いい歳した、しかも日本では連戦連勝なオヤジ2名が嬉しそうに打ち砕かれて、でも、へこたれない姿を観て、何か「人生、やめらんないよね」って思った。生意気だけどさ、でも、こういう生き方がしたい。
2009年06月07日

“恩送り”。― し切れない“恩返し”、返しきれないご恩を、感謝を込めて、次代に、送っていくこと。自分が育てて頂いたご恩を、返していきたいと、せつに願いますが、私に返せる程のちっさなご恩は無く。“お前なんかに返されてたまるか”と、優しき門前払いをする、老若男女、悪い皆さんに囲まれて、私は幸せです。自分が、して頂いて、嬉しかったことを、次代に送り繋げて行きたい。せめてせめて、返しきれないご恩を、代わりに送らせて頂く次代に、決して恩着せがましくなく、ただひたすら、先代への感謝としての、恩送りを全うしていきたい。ところで、今日、遂に夏が始まりましたね。私の夏は、もちろん、メモリアルデーでいよいよ、いよいよ、幕が上がりますが、やっぱり、日本の夏、横浜の開港記念日の花火大会で、花火と一緒に打ちあがります。これからまた、横浜、東京湾、隅田川、神宮…と、各地で、この“夏”に懸けて打ちあがる花火に、私は陶酔していくんです。きっと今年もお約束の「一緒に打ちあがっちゃいなよ」とか「ボヤボヤして、仕掛けられんなよ!(仕掛け花火バージョン)」とか、言われて、喜ぶんですよ、ワタクシ。おほほほまた、夏が始まるんだね。今年はどんな夏になるのかしら。
2009年06月02日
最近、物忘れがひどいワタクシ。買い物に行く際は、携帯にメモってますわ。○○で、化粧水と美容液とクリーム、▲▲で、日焼止め、□□で歯ブラシ、××でトリートメント…って、日用品ばっかりじゃねぇか!同じく、このブログはいつかの自分への備忘録。忍耐と停滞は、違うこと。我慢と責任転嫁は、0.1mmTorojenよりも薄~い薄いっ、薄皮一枚、紙一重。恩返しに、“充分”は無いこと。精一杯、自分が出来ることを、自分の遣り方で、自分らしく、やらせて頂くことが、一番の恩返し。そして、返しきれないご恩は、次の人へ、自分が送る、“恩送り”。“恩”と“濡れ衣”だけは、他人様にも、自分自身にも、着せちゃぁいけない。そうなったら、自分の足で、自分を転ばせる。自分が気を遣ってるつもりで、実は相手に気を遣わせるなんて…オーマイ・ガッツ石松(←久々)そんなの、格好悪すぎるっ
2009年05月24日
だいぶご無沙汰しております。ブログを始めてから、こんなに長い間、更新しなかったのは初だわ。この数ヶ月、何だか色んなことがありました。また、追々、書いていきます。人生って、メトロノームのようだな、と思うことがあります。あの、音楽の授業とかで使った、振り子?みたいな、かちかち、一定のリズムで振れて、リズムを取る、あれ。一定のリズムで進んでいるというわけではなく、悲しみも、嬉しさも、対極に、同じように、起きている気がします。同様に、自分で選択できること、例えば、努力をして苦しい分、それが同じ幅で振られて叶う。努力の分だけ、右に針が振られて、その勢いで、左に戻るというべきでしょうか。最近、自分の“振り具合”を考えてみて、ちょっとがっかりしました。振り幅が狭い気がする。high risk, high return. の逆で、low risk, low return. というか。失敗を恐れて、新しいことにチャレンジできないでいる感じで、だから、既存のことも、コツコツ努力して、積み上げていくんじゃなくて、何事も無いように、平坦に平坦に、なめしているっていうか。野球だと、確かに、ヒットやホームランの数を上げるより、エラーの数を減らす方が、失点が少ないんだけど、でも、エラーをカバーしちゃうくらい、ガンガン、ヒットやホームランを打って行きたいっていうか。なんていうか、感受性が豊かだと、傷付くことも深い分、感動することも、多いけど、だったら私は、たくさん感動したいがために、甘んじて、深く傷付くことも受け入れてもいいよな。って思って。そんなにびくびくしてたら、得られなくなるよ、失いたくないものも、守れなくなるよって感じでしょうか。何をそんなに心配しているんでしょうか、私。確かに、歳を取って、体力もついていかなくなったし、思い通りに動けなくもなった。責任が着いて回るし、自分ひとりの問題で済まないことも、増えてきた。もっともっと、考えなくちゃいけない、今も、将来も、突きつけられた現実も、逃れられない過去も、たくさんあって、それでも、本当は、目を逸らしたくない、逃したくない理想や夢があって。これを観ちゃうと、あ~大変だよな…ちょっと、今は隠して、見えないところにおいておこう。。。って遠ざけていたものがあったり。でもきっと、このまま、そのままにしてたら…、ダメになっちゃう。そろそろ、最大限、あの針を横に引っ張ってみて、幅を広げてみないと、ね。勘違いはしたくない。でも、自分の基準で、自分らしく、真っ直ぐ生きなくちゃ、嘘だ。
2009年04月19日
たまに、なんだけど、でも、定期的に、なのかな、ふと、途方に暮れるときがある。私、何やってんだろ。って。とにかくいっつも疾走してるんだけど、「でも、これ、どこに行くんだろう」とか「ゴールに辿り着くんだろうか」とか。不安になって、情けなくなって、人が羨ましくなって。何で私は今これをしてるんだろう。これしたからって、ど~なるのよ?そう、自問するのさえも恐くなるときがある。努力は人を裏切らない。私はこの言葉を信じているし、いつも、そう思って頑張れる。でも、たまに、その努力が続かなくて、へこたれそうになるときも、くじけそうになるときもある。ここで、諦めたら、何もならない、って分かってるんだけど、たまに、諦めなくても、何もならないんじゃないか?って、見えない不安に押し潰される。いつも、無駄な自信と、皆が笑っちゃうくらいの不屈な精神と、呆れるポジティブさで生きてるんだけど、どうしても、それが負けるときもある。今の私は、きっと、疲れた顔してんだろうなぁ。良く、人を妬んだり、恨んだり、文句ばっかり言ってるときって、ブサイクな顔になってるんだけど、こうして、努力するのを嫌がって、自信をなくして、途方に暮れてるときって、くら~い、しなびたレンコンみたいな顔になってんだろうなぁ。ま、こういうときも、あるよね。明日から、師走だね。また新しい1年を迎えるために、今年にありがとう、を言うために、色んなことが起こるんだね。もうちょっと、今年をしっかり締め括るために、頑張って走ってみよう。皆さんも、お身体ご自愛下さいね☆
2008年11月30日
明日は大切なプレゼン。どうしても落とせないんだけれど、いまいち気合が入りません。「頑張らなくなった自分」とか「慣れた=ナメテル自分」がいて、何だか情けない。今日は、私の片割れ?分身?まさにother half. な大親友の女が実家に帰っているので、どうしても、と1時間ほど、時間を作って逢いました。彼女とは、毎日メールや電話をしているのに、実際に逢うのは実は2年半振り。でも、こうして、逢えば一気に距離が縮まって、“普通に”いられる。皆さんも大好きなSATCの映画で、キャリーが大晦日、カウントダウンに、一人で過ごすミランダ宅に駆けつけたシーン、覚えてますか?私はテープだったら擦り切れる位に、DVDであれを観るたび涙が止まりません(円高開始直後に買ったからあまり得はしなかったわ)。私にとって、駆けつけたい奴は、やっぱり彼女。今夜も、そんな「駆けつけ」の逢瀬だったけど。逢ったって、何が解決するわけでもないし、話してスッキリするほど、昔のようには甘い悩みや苦労を抱えているわけじゃない。逢ったって、話したって、お互いの何かも解決できないけれど、でも、最大の自己中と自分勝手で「でも、私はアンタに逢えて幸せだから」と、お互いがスッキリして帰って行ける。親友の定義なんて何も分からないけれど、ただただ「この女との関係です」と差し出せる。今夜だって、全然、ドラマティックに状況が変わるわけじゃない。でも、自分がそう思うように、何の疑いも曇りもなく、相手だって、そう思ってくれる。「今日は逢えて良かった」。明日も頑張ろう。そうそう。other half.って普通はご夫婦が使いますよね~でも、良いんです。私達は私達で。だって、今日は11月22日、イイ夫婦の日なんだものね。私達の合言葉は「旦那と別れて、結婚しようよ」ですから。オホホホ
2008年11月22日
日本国外在住の方もご存知でしょうが、小室氏の逮捕のお話。TLC, EnVogue, Xscape, SWV あたりで育った合間も、邦楽はあんまり聴かないけれど、でももちろん、アムロちゃん、TRF、後はglobe も聴いていたから、とても残念なニュース。でも、頑張って出てきて欲しいなぁって思います。今は日本の音楽シーンは、ただでさえ元気が無いのに、サザンも無期限休養。確かに長いことヒットが無いにせよ、やっぱり、小室さんの曲で泣いたり勇気付けられたりしたから、いつかまた、出直して、良い音を出して欲しいと思う。人生、やり直しは出来ないけれど、出直しは何度でも、出来るものだから、ね。ところで、小室さんとか(中山)秀ちゃんとか、他にも色んないわゆる芸能関係の皆さん、ご近所さんで、ご近所付き合い宜しく、仲良くされてらっしゃり、良くお見掛けしますが、今日のちょっとイイ話。秀ちゃんが司会を務める朝の情報番組で、小室さんの話題をやっていて、やっぱり、こうして、関係ないネタが出てくるわけですよ、女性遍歴とかなんやかんや。「うるさいねぇ」と思いつつ仕度をしていたんだけど、そこで小室氏の預金残高が6,000円ちょっとだったという話も出て、「だからなんだよ」と思うわけですが、その時の秀ちゃん、さりげなく「でも、僕も、こうで、あぁで、こうだから、預金なんて6000円もないですよ。あはは」って笑っていた。他の出演者も「おいおい」とか「どっひゃ~」って感じで加勢。私、ちょっと、感動しました。彼なりの、精一杯の抵抗としてのフォロー。一般人の私だったら「くだらねぇ。関係ないじゃん」といえるけど、彼は番組の立場上はもちろん、芸能界のポジション上もそんな発言は出来ないけれど、でも、これが、彼なりの、小室さんをかばう精一杯だったのかな、と思って、拍手を送りました。こうして、小さいけれど、確かなフォローをしてくれる人の存在で、人間は救われるものなんだよね。私も、そういう人がいてくれる事に感謝、そして、私も、そういう人でありたいと、思います。
2008年11月06日
“その瞬間”にいるときは、そんな風に思えないんだけれど、月日が流れて、“その瞬間”が“あの時”になって、振り返ってみると、笑えるとき、許せるときがくる。「時が癒してくれる。」の、ありきたりに、イラッと来るときがある。でも、やっぱり、「時が癒してくれた。」と気付いて、そのありがたみに、笑っちゃうときもある。それでも、例えどれだけの歳月が経とうが、何万年経とうが、いつまでたっても、癒されない、乗り越えられないこともある。いつまでたっても、笑える日が来ないことだってある。それでも、そんなときは「きっといつか、癒える時がくるから」と信じて、それだけの希望を持って、進んでいこう。無責任だし、いい加減だけど、それでも、信じていたいよね、いつか、時が癒してくれる、と。あの時の、泣いて、苦しんで、もがいた自分に。今、大丈夫、こうして笑えるときがきたんだよ、そう、教えてあげられるように。努力して、何とかなることは、だから絶対に、諦めたくない。これが、私の、落とし前。笑う門には福来る。信じるものは救われる。これって、繋がってるのかなぁ。
2008年10月18日
梅雨も明けていよいよ夏本番ですね各地で花火大会も開催されているようで、夏女なアタシも花火の宴席にせっせと駆け付けては、「花火と一緒に打ち上げられちゃいなよ」とか「ボヤボヤして仕掛けられんなよ!」(仕掛け花火バージョン)とか、いじられています。さてさて、先日、憧れの女性とプライベートで初のディナーをしてまいりました。場所は、外国人記者クラブ(FCC)のレストランバー。FCCには、記者会見や、プレス・リリース、後はインタビュー等で、何度もお邪魔しておりますが、こうして、プライベートでレストランにお邪魔するのは初。そもそも、彼女にお逢いするだけでも緊張だったのに、当日、場所を指定されて、OMG!だって、お洒落な彼女にそぐうように、サマードレスとお気に入りのサンダルに、ちょっとハズした“お花がたくさんついたカゴバック”だったんですねぇ、アタシ。もちろん、(羽織るつもりはないけれど)ジャケットは必須なものの、出勤時から同僚達に「労働意欲が微塵もない」と大ブーイングだったんですけど、「だって○○さんにお逢いするから」と説明して一同を黙らせていました。だってだって、敢えて、彼女は新橋のガード下もしくは場末の焼き鳥屋とかを指定するかと思ったのに。FCCの会員になるためには、やはり、登録メディアの、かつ条件をクリアした記者であることが条件なようで、ここはご夫婦共々、会員でいらっしゃるようですが、「ふふふ、今日は旦那の名前よ」という怪しげな笑みでのご予約でしたが、理由は、お会計時に判明。さすがスマートさを基本条件にするこの場所、もちろん全員が顔パス、かつ、お会計は「一括引き落とし」で登録してある口座にチャージされるようです。と言うわけで、今日は旦那様(某誌編集長!)ごちそうさまです。この女性、とってもスタイリッシュで洗練されている方で、誰もがファッション関係と思うようですが、もともとは某最大手海外新聞の所長秘書兼記者、各紙の記者を歴任し、その後、社会活動家へ転身、今は某財団の日本のディレクターをなさってらっしゃる。世界会議はもちろん、サミットでも、あのままの格好…司会やコーディネーターをされるんですが、その度に、パネリストからの表敬の〆には「このファッショニスタの…」と言われるくらい…で、颯爽と闊歩し、ビシバシと話を斬り、でも必ず最高の成果を残す、私の憧れの女性なんです。彼女との出会いは、確かもう7年前。大学を卒業してすぐの年の会議で、一本釣りをされまして、それ以来のお付き合いなのですが、面白いことに、下手をすると1年に1回逢うくらいの関係だったのです。それも、もちろん、業務上のお付き合い。それでも会が終われば「ちょっと、一杯、やらない?」と、居酒屋へしけ込み。類は友を呼ぶ、で、もちろん、流れて他に集まる面子も同じように「…なんのお仕事でしょうか?」な皆さんですけど。でも、結局、考えてみれば、お互い、プライベートな会話なんて、したことがなかった。どこに住んでいて、何をしていて、等々。過日、たまたま、別の方に呼んでいただいた会に、彼女もご出席されていて「ちょっと、最近、何をやってたのよ!」というお叱り共々「じゃ、近々、ディナーでも」と、今回の席が実現したわけです。(そうそう、それで、こんな日記をアタシは書いたわけです。この流れからの会ですね。)彼女と1対1で差し向かって、プライベートでお話はもちろん、食事をするということは、私にとって、とてもとても、飛び越えるのに勢いの必要な高い高いハードルでした。仕事柄、会食は慣れてはいるものの、この、プライベートでの逢瀬。それは肩書きや組織名、仕事内容、そして仕事の話を全て排除して、かつ、その人の時間を無駄にしてはいけないという絶対的なプレッシャーの上で「で、アナタは何者か」という、自己表現の場なんですよね。大げさな言い方なんだけど。最後に彼女と逢ってから、私には何の、いわゆる「what's new?」があるのだろうか。ずっと、復習とアップデートの日々でした。相変わらず、クラブで遊んでます、こんなパーティに顔を出してます、こういう男を愛しています、というのは彼女にとっては「へ」なわけで。もちろん、どれだけ気取ったって、彼女にはお見通しなので、なんの嘘も付けないし。私は、これが私なんだから、と、開き直ってはみるものの、どうしても、がっかりさせたくはないなぁと思うと、何だか余計な話をし出しそうな自分さえいて。一人でいつもとは違う種類の el senorita desparate.でしたよ、お嬢さん。最初は、お互い、カジュアルなスタートだったのですが、段々、奥へ奥へ、深く深く、話が進み、途中で爆笑、黙ったと思ったら涙ぐみ。まぁ、ご想像に堅く、アタシの席ではいつもこんなパターンなんですけど、普通はこうもいかないようで。本当に迷惑な2人でしたが、途中途中で、お仲間が通りすがり、ご挨拶をし合っては、またお互いのコミカルな日常の話に戻って。の繰り返し。やはり、こういう場は、お互いの立場がしっかりしているからでしょう、顔を出すだけ輪が広がるようで、あたしまで恩恵を享受しましたが、そんなことよりも、彼女と距離感がグッと縮まったことが、この夜のアタシには最高のギフト。途中で「この間ね、アナタと再会したときに、本当に、“キター”って思うくらいに、待ち望んでいたものが現れたと思ったの。だって…」と、今、彼女が抱えている悩みや、関係する組織の改革等々のお話を打ち明けて下さいました。「数十年と、同じ問題に取り組んでいても、取り組む人間の年齢が上がるだけ、○周年記念を祝うだけ、確かに少しずつ事態が好転しつつも、新しい息が芽吹かない。アナタのようにどっぷり覆せない。どうしたらイイ?」と。私は、何をするにも、必ず、自分の信念だけは、ぶらしたくはない。もちろん、古くからあるしきたりを踏襲したいし、躾も徹底したい。でも、不必要な固定観念は払拭したいし、意外性を追及したい。私は私で、最後にお目に掛かって以来、こんなだったから、実はあまり新しいことを始めてない事、“現状維持は後退。”の言葉通り、日々、自分がダメになっているんじゃないか、社会的にはもちろん、一人の人間として、実は、ハートが薄くなっているんじゃないかと、焦ることがあること。今日、お逢いするまでに、自分でネタをアップデートできずに、過去の話を掘り返してこようと思って情けなかったこと、それを正直に話しました。きっと、行き詰っているんだ。と。そんなアタシの悩みを一笑。「ねぇ、そろそろ、一緒に、面白いこと、創めない?」これが、この夜の最高の誉め言葉。いよいよ、彼女との、本当のお付き合いが始まる。これからも、過去にしがみつく事無く、常に新しい自分をしっかり磨こう。でも、私が私であるための、コレが私。を、しっかりと、守っていこう。もう既にメインのエレベーターが閉まっていたので、ペニンシュラホテルの真裏の業務用の入り口から出る帰り際「ねぇ、覚えてる?初めて私がアナタにインタビューをしたのって、ここだったわよね」と。忘れもしない、あの冬の日。私は、あまりの自分の情けなさに肩を落としてこの建物を去ったのだ。あれから6年。私は新しい道を進んでいる。あの時の私は、今の私を観てどう思うだろうか。がっかりするだろうか、喜んでくれるだろうか。でもきっと、大丈夫。だって、少なくとも、こんなありえないカゴバックを振り回して、ピンヒールで転んだって、また起き上がって、何事も無かったかのように、気取って歩いているんだからね。
2008年07月21日
この1週間ちょっと、とにかく、色んなことがあって、何と言うか一つ一つに“ぎゅぎゅぎゅっ”と全てが凝縮されて、感情を網羅させていました。今日は久々に、近所の隠れ家的和食屋さんへ。私は、レポートが残っているので、お酒は呑みませんでしたけど。ちょっと、贅沢な時間。ここに来ると、そっと、自分の大切なことを再確認できるの。やっぱり、美味しいからなぁ~(結局それ。うへへ)そうして今、色々とレポートを仕上げているところで、庭でガサゴソ音がして、どうしても気になって。恐る恐る、外を確認してみて、何も無かったから大丈夫と思うけど。ふと、夏の香りがしました。形容しがたいんだけど、でも、そう、夏の夜の香り。天気の良い日は既に、チューブトップで出歩いているんだけど、まだまだ、ただ「暑い日」としか感じていなかった。でも、この香りで、ようやく、ようやく。もう、夏が始まるんだね。今年は、どんな夏になるんだろう。
2008年06月14日
こうしてブログを書き始めてから、今日で1300日になるそうです。まぁ、毎日書いているわけではないため、そんなに長期に渡っても書いた日記は10分の1辺りでしょうが。こんな独り言にお付き合いいただいて、ありがとうございます。以前にも書きましたが、これらはある種の備忘録になっています。それでも、そんな中に、共感をして下さる方がいる、応援をしてくれる友達がいる。ここに書いてあるのは、誰でもない、正直な私です。格好悪くて、情けなくて、ど~しよ~もなくて。たまに、「読んでると、逆に勇気が湧く」と言う応援とも呆言とも取れる嬉しいメッセージさえ頂きますが、まぁ、多かれ少なかれ、誰かのお役に立てるのはありがたいことですね。先日、とっても快晴だったので、ただひたすら、お散歩をしていました。そして、太陽に浴びながらふと、心に何かが芽吹きました。いつもの、「はっ」とする瞬間。そう、人は、辛さや苦しみ、悲しみを乗り越えているからこそ、美しいんだと。それを表に出さないからこそ、もしかしたら、一生懸命、美しいのかもしれない。誰だか忘れましたが(必ずこの前置詞が付きます。キャッ)“昔の彼氏”に、「完璧に見えても、強そうに見えても、人は誰でも、影で泣いているもんだよ」と、教えてもらったことがあります。その意味が、今、別の形でわかります。私は、子どもの頃、意地悪な兄さん達に「芋姉ちゃん(いもねえちゃん)」という言葉は、可愛いとか、美人とか、きれいとか、それを越える一番の誉め言葉だと教え込まれ、「よっ、いもねえちゃんっ!サインして~」と“誉められて”「むふふふふ~ん」と、有頂天になっていました凹そう、だから。鏡を見ては「よっ、いもねえちゃんっ!」と自分を鼓舞して、一生懸命、生きて行こう。いつも、ありがとう。これからも、こんな芋子な私の日記を、どうぞ、よろちく。
2008年06月04日
今日は久々の友人と再会。彼女と最後に逢ったのは冬かなぁ。状況的に瀕死(大げさ)のアタシを励ますために逢ったのだけれど、彼女が倒れまして。救急車に乗って広尾病院まで搬送されました。「こんなことで救急車を出動させちゃダメだ!」と言いながら、渋谷のトイレでゲボゲボと嘔吐し、立とうと思うと引っくり返り、担架で運ぶしかないからと、呼んで頂いた救急車の中で、泡を吹きながら「ぅぅぅ、ごめんね」と謝る真摯な彼女。救急隊員に「黙ってください」とか怒られていた。それにしても、救急隊の状況判断能力や決断能力の高さには、初めて救急車に乗った私は感動でした。日本の健康や安全を支えてくれてありがとうございます。さて。彼女とは、それ以来の再会。色んな話をしたけれど。アンハッピーな職場環境で、体調と精神を壊し、休職をすることになったまま、退職をすることになった彼女。その後、東京を、そして日本を離れ数ヶ月、ご家族の住むインディアナ州の森の中で生活をして、帰国をした途端。前職中に知り合った方が、実はまた別の方のお知り合いで…等々、栓が取れた瞬間に一気に湧き出る潤いの水のように、人と人とが繋がり、今はとってもハッピーな職場で水を得た魚のように、泳ぎまわっている。「良かったね、良かったね」とおばちゃん2人、お互いを労いながらの旨い酒になりました。それは果たして、過去の自分を投影しながら。帰り道、何でだか、涙が溢れて家に帰った日々。トイレで泣いた日々。それでも弁解や間違った噂を払拭しようと躍起にならずに、自分は自分のやらなくちゃいけないことを全うしようと、「顔は涼しく、化粧をいっぺんも崩さず。脳みそは汗をかきながら」ガツガツ黙々と日々を進んでいた。そう、確信しているよ。いつか、個々に独立して方々に散っている“点”は、必ず、繋がって“線”になり、それが作用して曲線を描き、最後、別の点で“円”になる。これが、“縁”。これは、人間関係だけじゃない。学問や、仕事の功績、日々の生活態様まで、全ては日々の積み重ねなんだけど、いつかそれは、繋がり、形になって現れる。出来た形が、芸術作品的な美しさか、ただの膿みか。どうせなら、美しく、面白いものにこだわりたい。ただの点が集まったら、その隙間を埋めあって、新しい円、縁を作れるように。いつか、点は線に、そして、線は縁に。ひとつひとつを、大切に、蓄えて生きたいね。
2008年05月28日

六本木、麻布(まとめる)地区で生活している、通学や通勤をしている、もしくは、遊んでいる方なら誰もがご存知の、格好イイ女たちが守っていた伝説の名所が遂に幕を閉じました。まずは、3月31日で終業をされた、皮膚科医院、N先生。区役所(麻布支所)の隣というか目の前と言うか、にあった、この病院。N先生は、「4月で80歳になるため、この3月末日を持って、終業することと致しました」という潔さ。やはり皮膚科の先生だからか、80歳には見えない、皺もシミも何一つ無い、きれ~~~~~なお肌。艶々でぷりぷりで透き通ってらっしゃる。80歳という御歳で、女性が一代で開業されたなんて、どれだけの努力があったことかとお察ししますが、そんなことより「アタシ?いらない男は20代のうちに捨てたわ」ともう、どっひゃ~っと引っくり返る勢いの格好良さ。女手一つで病院を、そしてご子息をご立派に育て上げた逞しさ。そして美しさ。尊敬です。まだ息子さんが小さいときは、学校が終わって帰ってくると、病院の渡り廊下に座って、お母さんが仕事を終えるのを、宿題や勉強をしながらずっと待っていたそうです。これからは息子さんご家族とご一緒に生活をなさるご様子。また、どこか道端で遭遇再会した折には「そんなお化粧やめなさいよ!」と一喝してくだせえ。そしてもう一つ。麻布十番温泉。ここはいわずと知れた、十番の目印、そして誇り。スーパー銭湯やスパが次々と登場する中、最後まで「温泉」であった十番温泉。でも、実は行ったことないんです。(ごめんなさい)いつも目の前を通り、目印にし、十番祭りでの通過点にし。お世話になりました。ここ、なんと、高齢の女性3名で運営されてらっしゃったんですって。最後の週は、常連さんだけでなく、学生サークルや温泉好きの皆さん等々、大勢が押し掛けて大盛況っぷりでしたよ。十番温泉がにぎわっているのを初めてみました。皆さま、お疲れ様でした。これからは皆さんの伝説を受け継ぎつつ、私もそのパワーや美しさ、逞しさを胸に、しっかりと生きて生きたいと思います。ところで、先週末、昔のお仲間と神楽坂に行ってまいりました。日仏学院のフレンチでランチをして、その後はキャナルカフェでお茶をして。とってもベタな王道コース(但し、料亭は除く)でしたが、とっても素敵な時を過ごしました。ちょうど駅前で待ち合わせをしている際に橋の上からパチリ。ちっともキレイに写ってませんけど。超天気が良かったのに、これじゃぁどんより曇り空のようです。チキショ川沿いの桜です。
2008年04月03日
私は、衆議院議員の片山さつきさんが大好きです。彼女のあの無駄の無い動き、高飛車と言われる対応、しかし、人に媚びず、王道を進む強靭な精神。この話をした時に、他の方も「私も同じような場面に出くわしまして」と言われたことがありますが。だいぶ昔に臨席した会で、何の流れか突然彼女に、「お綺麗ですね」と言った方がいらっしゃいました。その時に彼女は「何で今そんな話をするのか、意味が解らない」と取り合いもしませんでした。何だこの態度は!と思いつつ、確かに、その場に容姿の話なんて相応しくないので、彼女の対応は然りなのですが、たいてい、そういう時って、面倒臭いゆえに適当に「あら~お上手」とか「そちらの方こそ」とか、せめて「どうも」ぐらい言うのに。しかも、ちょっと嬉しかったりするのに。彼女のこの、媚びない姿勢に私はむしろ胸の中で拍手喝采でした。これが、全力で戦ってきた勝者の態度なのでしょうね。ご存知の通り、彼女は財務省主計局主計官になられ、予算編成時に、歴史上有り得ない、防衛予算削減を実現させて話題となった女性です。不況で税収が減り、次々と予算がカットされても、例外的に防衛費のみは過去にもひたすら右肩上がりの中で「防衛のみを優遇するわけにはいかない」と、削減に乗り切ったのです。冷戦時代じゃないんだから、防衛力で国力を誇示することはあってはならない、何のために外務省がいて、国家交渉を行っているんだ、各省庁の役割と権力の均衡等々それはそれは膨大なデータに基づき、徹底した理論展開かつ、強大な根回し、そして苦渋の決断の上で勝ち取ったのでしょうが、今まで出来なかったことをやってのけたこの“根性”に脱帽です。彼女はその後、小泉チルドレンとして招聘(?)され、総理に依頼?指示?されて断れるわけもなく、刺客として新たな戦場に送り込まれたわけです。彼女はちょっと、戦国武将のロマンさえ、感じさせます。難題を呈されても「悦んで」と笑顔で粛々と受け、すずしい顔で全うする、肝の据わり方。頼まれれば断らず、それでも、既存の慣例を打ち破って本流を築き直す正義感。古臭いといわれる聖子ちゃんカットだって良いじゃないか。高飛車だって傲慢だって良いじゃないか。高校生が「頑張ってください」と言ったら「人の応援してる暇があったら、一つでも多く単語を覚えなさいよ」とか怒っちゃうところが、ますます、格好イイじゃない。アタシなんかに応援されたって何の得にもならないでしょうけど。旗を振って応援させていただきますよ。頑張れ!片山さつき。
2008年03月30日

今日は久々の友人と逢うことになったので、待ち合わせをして、靖国神社と千鳥が淵の桜を観に行きました。どうやら明日からのライトアップだったようで、いつもの賑わいは無いのですが、やはり、一足早く、お花見をする方がたくさん。全身で桜の美しさに包まれてきました。また、こうして、春が来たのですね。桜には色々な想い入れがあります。きっと、映画『ラスト・サムライ』で、多くの日本人が涙したのは、物語の内容や、渡辺健さんの好演だけではなくて、あの、桜の豪奢さ、そして潔さ、美しさ、だったのではないでしょうか。たった一厘、見事に咲く桜は、人生を掛けて探す価値がある。私も、桜に泣かされたのです。桜は毎年、見事に散るのに、毎年、また咲いて。だから今年も、ありがとう。ライトアップされると、対岸の皇居に咲き乱れる姿や、風が吹いて見事に舞う、桜吹雪が、より一層、引き立つんですよね。また、行っちゃおうかなぁ。ところで。待ち合わせで待っている間に、キレイなバラを発見しました。これは、名前が素敵なんです。プリンセス・ヒサコパチリと撮って、早速、まさに憧れの、久子さんへ。これだと色がちっともわからないでしょ。だから、今宵の花見も、桜を撮るのを辞めました。やっぱり、美しいものは、目に焼き付けるのが一番ですね。撮っちゃぁいけません。(言い訳)
2008年03月27日
いつも、私が泣きそうなときや疲れているときに、彼は私の背中を、マッサージしてくれます。きっと、私がうるさいので黙らせるために、うつ伏せにさせるのでしょうけれど。あまりの気持ち良さに、私はそのまま眠りに落ちてしまいます。―私は、アナタに、感謝の気持ちと愛情を、伝え切れているのだろうか。遠のく意識の中で、いつも、「ありがとう」をつぶやきながら、ふと、涙が流れてきます。きっと、こんなにも眠れるのは、きっと、彼に守られている安心感からだから。彼の手が止むと、私は必ず目を開けます。そこに、彼がいると、確かめるためなのかも知れない。そして、必ず、私の目の中に、私を見守っていてくれる彼の姿が入ってきます。「疲れちゃった?もうお終いぃ~?」と憎まれ口を叩くと、「まだ寝てないのかよ」と、渋々続けてくれる、優しい彼ですね。(笑)他の人から見れば、ありふれた、日常の、取るに足りない、些細な光景だけれども。私にとっては、とても大切で、かけがえのない、幸せな瞬間。ちょうどJ.HolidayのBedを流していた夜でしょうか。手を休めて彼が、私の目が開いた瞬間に「必ず、東京に戻ってくるから」と言いました。私達の日々の中で、たった一瞬だけ、切り取ることが出来たなら。私は迷わず、これが、一番幸せな瞬間だと、選び取ります。You've showed me the very reason to live.いつも、傍にいてくれて、ありがとう。いつも、守ってくれて、ありがとう。いつも、大切にしてくれて、ありがとう。―疲れ果てた身体で 眠りについた君を僕は息をひそめて見ていた世界中でただ一人 僕だけが知っている無防備で愛しい横顔悲しくなんか無いのに 涙がこぼれたのは君の想いが痛いくらいに僕の胸の奥の傷跡にしみこんで優しさに変えてくれたからもしも君が深い悲しみに出逢ったら僕にも分けてくれるといいなその笑顔のためなら 何だってできるだろう僕の大切な宝物(JEWEL - 浜崎あゆみ)最近、友人の影響で、邦楽もipodに入れ込んでいます(ペー子ちゃんありがとう)。熱唱しても、彼にはちんぷんかんぷんですが、意味を伝えて感動をしていました。(この歌詞は、浜崎あゆみちゃんが、長瀬君と付き合っていた頃に、長瀬君が託したものだと言われているそうです。素敵な曲ですよね。)私達には、私達にしか解らない、大切な瞬間がある。そう、思うと、心がまた少し、深く、強くなれる。こんなに素敵な人に逢えて良かったと、心から思います。
2008年03月20日
うちの、ねぇぃさんこと、おばあちゃん aka. ビッグママ最近は“ハイテクノロジー”全開で、「ちょっと、この間買ってくれた、きみまろのCD、いいねぇ」と、感謝の言葉=次回も期待してますの念押し、で毎日攻撃を仕掛けてくるんですけど、祖母宅に「おやすみなさい」の挨拶に行って帰ろうとした、突然、話し始めて、祖母)ねぇ。きみまろ、面白いねぇ。アタシ)まだ言ってる。祖母)車乗るたびに、掛けてもらうんだけど、面白いねぇ。アタシ)そりゃ良かった。祖母)恥ずかしいから、笑いこらえてるんだけど、笑っちゃうんだよね。アタシ)恥ずかしいって何でよ。祖母)車停めて、待ってる間も掛けてるんだけど、皆が集まってきて、鑑賞会になっちゃうんだよね~。アタシ)皆、暇だな、おい。祖母)メモしてる人までいるんだよ。お金とろうかなぁ。アタシ)取らないでよ!どんだけゲトーなのよ。祖母)今度、アンタも聞きなさいよ。エンジン掛けてると暖房も効くからねアタシ)そんなわざわざ車で聞く必要ないじゃん!自分の部屋で聞くよ祖母)CDって自分の部屋で聞けるの?アタシ)聞けるに決まってる!祖母)まぁいいわ。もういい加減、寝かせてよ。アタシ明日早いのよ散々アタシのツッコミを無視して自分の話を進め、最後は相変わらず、いかにもアタシが散々引き止めたように文句を言って寝てしまいました。最初は帰り腰のアタシでしたが、段々身を翻しておばあちゃんの方に向き直りましたが、それとは反比例して祖母は段々、ベッドに滑り込んで、掛け布団を掛けて寝る体勢に入っていました。やはり、彼女に勝てる人はこの世の中にいないと思います。今日も元気でよかったです。
2008年03月15日

今日は久々のお休み。ヤッタァここ最近、何だか毎日「○○会」っていうのが入っていて、身体よりも頭が忙しい感じでした。毎朝5時に起きて、仕事行って、懇談会や学習会、会食等々で、帰宅したら夜中掛けて、プレゼンのパワポ作りか案件の処理。3時に就寝、また5時に起きて。。。の繰り返しでした。つくづく思いますが、人間、忙しいとイライラして文句ばっかりで、ブスになります。そして、デブになります。←言い訳もう、化粧直そうと、鏡を見るたびに、そのままメイクを落として顔を洗い、スッピンになった方がよっぽどキレイだよ、とさえ思うほど。どんだけ汚いんでしょうか。でも、やっぱり、アタシ、好きなんですよね。夜中、意識が朦朧とする中、完成した成果物を観ては一人でムッツリ喜んでいる姿なんて、まさに、I love masturbation! って感じです(すみません)。※日本語(カタカナ)で書いたら、“ わいせつ、もしくは公序良俗に反すると判断された表現が含まれています”って警告されてアップできませんでした。もちろん、評価されるかどうかはまた別の話なんですけどぉ。私は民間セクターではないのでコマーシャルベースのコンペティションに乗り込んだことはないし、プレゼンと言っても、仕事を取るのではなくて、仕事を説明するためのものなんだけれど、手法は一緒なので、映画、 Confessions of a Sociopathic Social Climber(邦題;セレブリティ)で、主人公のPR会社で働くJennifer Love Hewittちゃんが、夜中にハタとひらめいて、プレゼンの準備をし始めるシーンなんて、まさに「これこれ!」と共感。ちなみにこの映画、洋服が可愛いわけでもないし、あんまり垢抜けない映画なんですけど、この、お仕事の部分だけは見入ってしまいますね。ところで、花粉症か風邪か、くしゃみばっかり出てしまいます。外に出ると全くくしゃみも鼻水も出ないのに、建物の中に入ると、すごいんです。もしや、ハウスダストかなぁ。。。掃除しろよっつぅ話ですね。今日はとっても天気が良くて、気持ち良いですね。花粉症の方には辛い日々ですが。我が家では何故か「花粉症にはラベンダーのオイルが効く」という通説があり、誰もが、ハンカチにラベンダーオイルを染みこませて携行しております。で、鼻がむずむずするとそれを鼻に当てて吸う。あの風体で皆でやると、かなり異様な光景なんですけど、くしゃみはでないし、鼻水も垂れてこない、頭もスッキリして、なかなか効くみたい。私も今日のお出掛けには試しに携行してみようかしら。と、1本、くすねてきました。手癖が悪いんですよ。もちろん、アタシが持って行ったと誰もが知っていますけど。ちなみにアタシは目のかゆみはないんです。だって、お化粧でしっかりガードしていますもの。実質剛健、このお化粧は、健康第一、安全第一、まつ毛はやはり、外敵から目を守るものですね。それでは、行ってまいります。
2008年03月13日
先ほど、Yahooのアメリカ版を開いた瞬間に飛び込んできました。What His Breakup Lines Really Mean かなり、ウケました!&勉強になります!小さく「プッ」とか噴き出しながら読んでおりました。聞いたことが無いようなあるようなセリフもありますけれど。オホホホNe-Yo の so sick が流れていた時に良く言われましたが、恋愛において、偉そうにしつつも、引き摺るのは結局、殿方の方なんですってね。男と女は未知ですねぇ。これをご覧になっているそこのアナタ!誰ですか?あれほど恋焦がれたはずの昔の彼氏からの連絡に「…誰だっけ?」(存在自体、記憶に無い)、もしくは「…え?アタシとアナタは、お付き合いしてた仲なんだっけ?」(存在は覚えていても、交際していた記憶が無い)と心の中でつぶやいているのは。挙句の果てには、覚えていないことを棚に上げて“常に「元彼は3人」って決まっているのですよ。”と笑ってらっしゃるのは。ご興味ある方はどうぞ。(こちらです)"It's not you; it's me." Translation: "It's not me; it's you.""I'm not ready for a relationship right now." Translation: "Whoa baby, slow down!" "Can I call you sometime?" Translation: "If you're ever lonely at 3 a.m. on a Saturday night....""I still care about you." Translation: "Please don't tell your friends I'm a jerk."
2008年03月06日
昨夜、ちょっと打合せの前に、長い友人…後輩でもないんだけど、友人っつぅのでもなく、なんなんでしょうアタシ達、のカテゴリーに属する超イケメン男子と密会(←輝きを表現)彼を初めて見たとき、あまりの美男子っぷりに、アタシは絶句したほどです。彼とは良く一緒に遊んでいて、私の友人たちに紹介するたびに、誰もが彼を観ては驚き。でも、とっても性格が良くて、まさに顔は二枚目ですが、性格は三枚目。今時の青年ですよねぇ本当に。「実は、彼女と別れちゃったんですよね。。。」と言うので、経緯を聞いてみたのですが、まぁそれは「縁が無かったってことだね」っつぅ話でまとめたところ、「はいっ」と気持ち良い返事をした直後に「…っつか、“はい”とか言って置きながら、俺ってずいぶん寂しい男じゃないっすか」と言っておりました。だって、寂しいじゃないねぇ~。「アンタね、そんだけ見掛けが良くて、頭も良くて、性格も良くて、仕事も出来て、皆に愛されてて、洋服のセンスも良くて、それで、恋愛まで旨く行ってたら、人生終わりだよ。だから、仕方ないの。宿命だよ」と“励まして”みたら「…(数秒無言)。。。ひどいじゃないですかぁぁぁぁぁ」って六本木中がひっくり返るくらいの奇声を発しておりました。まぁまぁ、若人よ、いいじゃないか。まだまだ24歳の若者ですよ。しっかり働いて、たくさん恋をして、傷付き、傷付け、憎み憎まれ、たくさん泣いて、たまには笑ってみてください。そして、もっともっと素敵な人間になってみて下さい。きっと、誰もが羨む素敵な彼女と出逢えるはずです。何かあれば、駆け込んでいらっしゃい。泣きたいときは、肩ぐらい貸してあげるわよ。彼は、2007ホテルブームの最後を〆ると言われる、某会員制ホテルの次代を担うホテルマン兼コンシェルジェ兼バーテンダーなんです。就職してすぐに、ずっと日本中を遠征して色々なホテルで修行してようやく戻ってきてくれました。グループ内最年少での目覚しい昇格で、嫉妬も買いましょうが、やっぱり、とっても努力しているんだから、もっと胸を張りなさいよ!過酷な修行や派閥争いに巻き込まれ、「いつでも電話してよ」って言ったアタシに、まさにドラマ“ホテル”の「ねぇさん、事件です」by高嶋弟(名前知らず)並みに電話してくれるのに、ちっとも優しくないアタシは「そこから逃げ出して、やり過ごせたとしても、いつか、それを乗り越えた人が必ず目の前に現れて、その時に、その人には絶対に勝てないよ。後悔するのが目に見えてるよ」とか、「弱虫ねぇ。そんなことで弱音を吐くなんて。あ~恥ずかしいぃ~」と突き放してみたり。今思えば、心を鬼にし過ぎ、かつ、気分が乗らないときのただの八つ当たりの発言で彼を苦しめていましたが、「○○さん(アタシ)は本当に、男にひたすら厳しいですよね。マジでお家の皆さんが苦しめられてるのが解ります」と憎まれ口を叩きながらも、久々に逢う彼は、もう眩しくて。これから、ますます楽しみですね。でも、残念ながらさすがはこのホテル。会員にならないとダメなんですって。で、会員になるには…「3500万円くらいですね」って。あ、そう。。失礼いたしましたっ「いつか、自分、トップになったり、独立したら、一番に招待しますから」と言うのですが「あぁ、アタシ、冗談抜きで老い先短い身っぽいから、そんなチンタラしてると間に合わないわね」と言ってみたら、これまた、この青年も、無言。本当、最近の男たちは皆、泣き虫ねぇ。もっとしっかり強く逞しく、そして美しく、成長してよね。だって、アタシ、そんな高額なホテルの会員になれるほど、立派な稼ぎなんて期待できないんだから~。他力本願よ。おほほほほほ
2008年02月29日
私は、鍋料理がだ~い好きです。良く行くのは、薬膳鍋の台湾海鮮かな。こちらは、六本木の金魚の近く(ここを目印にするのが私流)と、銀座の松竹(ADKさん)ビル、両方があって、待ち合わせしやすい方に行きます。家でも良く、鍋を食べていて、「身体が重いなぁ」って時は、一人デトックス鍋を決行。材料は、いたってシンプル。・もやし 2袋・ニラ 2束・白菜 半株・シイタケ 3パック・エノキ 3束・エリンギ 3本・タモギ茸(薬膳鍋屋さんで、美肌に最適と聞いたので) 2袋・しめじ 2パック・豚肉 500g・わかめ 1株・うどん 2枚・しょうが・にんにく以上、これが1人前です。(表記単位の間違いは許してね)書いていて気づきましたが、ほとんどがキノコじゃないか!お出汁も何もなく、これらをザクザク切って一気にお鍋に入れてグツグツしながら、大根おろしと、柚子のぽん酢で頂きます。何て簡単な料理!料理とも言えない!(笑)大量と思うでしょうが、アタシはこれくらい、ペロリですね。何せ、大食いなんです。テヘヘヘコレを頂きながら、ウーロン茶もしくはルイボス茶を2リットルは飲みますね。食べ終わる頃には、お腹がいっぱいで動けないくらい。でも、デザートまで行きますけど。オホホホで、体重計に乗ると、多分3kgは増えてますね。でも。これがさすがに、自称デトックス鍋。暫くたつと、お腹が動き出し、すぐに、体中の毒素と共に、おトイレに流れていきます翌朝、体重計に乗ると、食べ終わった直後の体重から5kgは減ってますね。なのでまぁ差し引きすると、2kgは痩せていることになるかしら。身体が軽くなって、しかもお肌もだんだんスッキリしてきます。ジャンク系や外食が重なると、体内が濁る気がするんですよね。そうすると、脳みそまでもよどんできて、一人でイライライライラするんです。もう、単細胞なので、単純に出来てるんですよね、身体が。こうして書いていたら、お腹がすいて来ました。今日は夜遅くから人と逢ってしっかり詰めなくてはならない話があるので、今からちょっと腹ごしらえ。腹が減っては戦は出来ぬ。時は戦国、世は乱世、ですね(大げさ)。かかる時 さこそ命の 惜しからめ かねて亡き身と 思い知らずばは、太田道灌ですが、友人が、うるさいアタシに託したのは“腹が空き 腹を満たして 腹を据え 腹を切りのち 腹から笑う”だそうです。全然、ロマンも何もありません。しかも、順番がおかしいじゃないか。まぁとにもかくにも、食は命。どれだけ美肌効果だ何だと言っても、こうして夜中に打合せとかしている限り、±0ですよね。やれやれ凹
2008年02月28日
仕事して、飯を喰って、ジムに行って、寝て、起きて、たまに友達とクラブに行って、それで、帰る日が来るまで過ごせばいいんだ、日本に来て、日本の良い所を知る余裕もなくて、早く戻りたいと願ってばっかりだったけれど、どこに行っても、どこにいても、君といるだけで、楽しくて。君と過ごすと、毎日が本当に満たされて。何にもイイ事がなかったけれど、君に逢えた事が、本当に、一番幸せで。そう言ってくれた彼の気持ちが嬉しくて。sweetなことなんて一言も言ってくれず、どれだけ、おめかしをしても、私が自分で「やっだぁ~アタシ、かぁわぃぃ~(すみません)」と暴言を吐いて初めて「あ~、かわいいかわいい」と言ってくれる(なだめられている)ような彼だけど。でもきっと、「ありがとう」は、私のほうだから。アナタに逢ってから、毎日がカラフルで、花に囲まれているようで。アタシはお花畑に住んでいるみたいだわ~と言ってみたら、いつも通り「you..STUPID!」と言われると思いきや、「…(無言)」まったく、泣き虫ねぇ。(笑)今日はお天気がとっても良くて悲しいことがあって、暗くて雨ばっかり降っているようでも、こうして晴れる日が必ず来るんですね。もうすぐ、春がやってきますね。天国じゃなくても 楽園じゃなくてもあなたに会えた幸せ 感じて風になりたい生まれてきたことを 幸せに感じるかっこ悪くたっていい あなたと風になりたい何ひとついいこと なかったこの町に涙 降らす雲を つきぬけてみたい天国じゃなくても 楽園じゃなくてもあなたに会えた幸せ 感じて風になりたい(The Boom - 風になりたい)
2008年02月20日
私、どうしても、悩み事を相談するのが苦手なのです。でも、私なんぞに相談話をして下さる方もいて、もちろん、私なりに全力で話を聞くし、どれだけ「コイツ何言ってんだ?」と思われようと、自分なりの考えを言うんだけど。皆、そんなアタシに「ありがとう」と言って帰ってくれるので、アタシはお役に立てた気になっているのですが(勘違いも甚だしいだろうに)。でもふと「何でこの人はこう、ちゃんと悩みを言えるのだろう」と思ったりするのです。そもそも、自分で努力すれば済むこと、いわゆる、「自分のことは悩まない」というタイプなので、たいてい悩むのは人間関係と言うか、ぶっちゃけ、家族関係だったりするのだけれど、例えば、それを話すことで、まぁどうしようもないのは事実なんだけれど、世の中での彼らの顔が潰れるのではないかと思うと、やっぱり話せないんだよね。私は「内容をオブラートに包まないで相談をすることが苦手」なんだけれど、オブラートに包むと、内容が伝わらないんだよね(文章力が無いってことなんだろうけれど)。だからなのか、常に同じことに悩んでいるのです。相談をするのが苦手と言っても、実はいつも悩みを打ち明ける、とっても大切なお友達がいて、私は彼女に全幅の信頼を置いているのですが、彼女に相談をするときは、具体的な悩みで、例えば「うちの会社の経理の件で」とか「家族経営について」とか。そうすっと、彼女は適格なアドバイスをくれるのです(この文章を読んでいたら、しつこいようですが、本当にいつもありがとう)。…はっそう考えると、私が苦手なのは、「個人的な性格の問題の相談」なんだろうね。どうしてこの人はこうなんだろう。どうしてこの人はこういうことを言うんだろう。どうしてこの人はこういうことをしてしまうんだろう。と、常に考えるのだけれど、これが家族じゃなければ、薄情だけれど「まぁ今この場だけだ」とやり過ごすことは出来ても、同じ屋根の下に暮らしていると、そうは行かず、いつも悲しみ、怒り、傷付いたりもする。「離れてみるといいよ」と思うけれども、例え暮らしていなくても、その人の性格がそうである以上は、“根本的な解決になっていない。”と思う辺り、アタシは“家族”という存在に、過度に期待をし過ぎているのだろうか。わがままなんだろうか。誰かを自分の思い通りに変えようとしているだけなのだろうか。そんなに贅沢なことを望んでいるわけでもないと思うのだけれど。皆はどうやって解決しているんだろう。こういう事には、大人になると、悩まないのだろうか。ただ口に出さないだけで、悩んでいるのかなぁ。いつも、「こんなこと、どうでも良いと思えるくらい、デカイ人間になりたい」と思うのだけれど、まだまだ、小さい人間で、こういうことが起きること自体が、不徳のなすところなのでしょうね。でも、前述した彼女に「アンタからの質問には、全力で答えるよ」と言ってもらったとき、どれだけ嬉しく、今でも思い出すだけでも涙が出るのです。親友には、私の汚い、醜い部分を言っても「それでも、アンタが大好きなんだから」と言われて、“あ~。生きてて良かった”と思ったり。ふと、こうして相談しないで抱えることで、相手に壁を作っているのではないかと、気付いたりします。本当は、「迷惑を掛けたくない」とか「余計な心配をさせたくない」とかではなくて…だって、アタシの悩みなんてどうせ相手には大したことがないから。苦笑…どこかで「こうしたら呆れられる」とか「引かれる」と思っているのだろうね。ちょっと、格好付けているのかも知れない。「こういうことするの!こういうこと言うの!信じられなくない?アタシ、どうすればいいんだろう」と、齢を重ねても未だ悲劇のヒロインのように、言ってみれば楽なのだろうけれど、言われた方は「どうすればと言われても…」と引いちゃうんだろうなぁ、と思ったり。でも、引かれたっていいわよね。だって、もう散々、呆れてるんだろうし。嫌だったら、去ってくれれば良い。それこそ、そこまで、迷惑を掛けたくないから。アタシには「腹を切る」か「腹を据える」しかないのだけれど、そろそろもう一つ「割る」ための腹を備えてみよう。それでも、傍にいてくれる、と言う人に、今度はもう少し、腹を割ってみよう。明日はまた雪かしらね。
2008年02月11日
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