風が伝えた愛の詩

風が伝えた愛の詩

August 8, 2008
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蝉

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雲が光を集めた綿菓子みたいに あれが稲妻装置なのか
晴れのストックなのか

名前の知らない木が谷のような川添いに並んで立ち
コウモリが胸騒ぎのようにそれらの木の間を飛び交って

人は駅のある方向を目指して足早に過ぎてゆく

行き交う人はごく少数でその中に足を引きずる少年がいた

病院と学校がある以外は何もなさそうな道の向こうを
少年はまっすぐに見据えて前進している


雨の匂いが濃くなったからかもしれない

雨雲に沈んだ駅に差し掛かった時
針のような雨がわずかに右肩に刺さった気がした

ホームではもう大雨で
電車の扉が完全に閉じるまでのほんの数秒に
浴衣を着た男女を追って入った一匹の蝉がいた

四角い箱の中に螺旋を描いて羽を何度もぶつけながら
蝉は私の左肩後ろ座席と窓との4センチほどのスペースに身を休めた

やや大きな乗り換え駅で
隣に腰掛けた浴衣の男女が降りるのをいいことに

蝉の羽先に触れて促した


早く緑の中にお帰り

三度めに促した時蝉は弾かれたように飛び立ったけれど
箱のなかの空気を幾分かき混ぜたに過ぎなかった

斜め前で文庫本を読んでいた男性の
脇と座席のへりとの間に蝉は身を隠した


蝉はしばらく動かないと決めこんだように静かに身を潜めているようすでうんともすんとも言わない
男性は私の視線に気づいて目を合わせた後
脇の下の、おそらくは座席の隅にうずくまっている蝉を確認して
文庫本に目を戻した

降りる客がもう誰もいないのを確認する一呼吸ほどの間があって扉を閉めると
電車は再び走り出した

地下鉄とJRの乗り継ぎ駅で私が降りるまで何もなかった

最寄りの駅に降り立った時
雨はもう止んでいた

雨上がりに濡れて立つ木の葉を突き抜けたその先の半月が穏やかに帰り道を促した

何か忘れ物をしたような気持ちで振り返って見たけれど
そこには何も見つからなかった

蛍光灯の黄色い光が駅に佇む若い男女を浮かび上がらせた

女性は浴衣を着ていた

花火大会を楽しんできたのだろう

四角い箱の中のできごとを少し思って歩きだした





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最終更新日  August 10, 2008 09:26:18 PMコメント(0) | コメントを書く


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