風が伝えた愛の詩

風が伝えた愛の詩

June 18, 2009
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カテゴリ: 歳時記
循環器へ行っていました
診察でなくお願いしてていた特定疾患の書類が出来上がったとの御連絡をいただいたので。

時間を見たらちょうど13時 面会時間に入ったので西病棟のNさんに会いにもいきました。
Nさんは九州男児なんだけど単身ここで2年半 移植を待っています。

背格好や血液型まで一致しないとだめなのですって。
A案が通れば・・って今日も話していたところでした。

A案通った。

脳死を人の死として認めるかという議論はもう10数年前から・・もっとかな??
ありましたね。医学的な観点からはわからないし、神が与えたもうた死というものの定義を人に決められるわけがないとも思うけれど

それによって助かる命があるということは、誰かの身体の中で生き続ける命もあるという・・こと?
命を預かって命を生きるってことかな?

Nさんの笑顔が浮かびました。
それと同時に不安顔も。

移植怖いねって言ってたし
提供者があらわれた際、ご家族や親戚にお手紙を書くことになっているらしいのだけど
どう書いたらいいのかな~って
(相手の気持ちを思うと)"ありがとう"て気持ちではとても書けないよって。。
気持は必ず届くものだから その時になって正直なお気持ちで書かれたらいいですよって
言っていたけれど。。゛

生について命について考えるとわからないことばかりだけれど

人は、神様から命を預かって生きていると思う。

命は魂のことかな。
身体は魂を入れる入れもので、正しく使わないと病気になったり怪我したり
そういうことも含めて、また仕事や恋愛や結婚やあらゆることを身体を通して経験する
そうして育った魂を神様に お返しする

 死は生きている人に死というものを伝え、それを通して生きるということを伝える。

その意味では魂はきっと死ななくて。 いつかまた他の体を借りて生まれ変わることもあるだろう。
それにその意味において人は魂を育てるために生きているとも言えるのではないかな
と思う。

人を愛することも愛せないことも
信じることも信じられないことも
達成することも挫折することも
幸せなことも不幸せなことも

所詮は 生きている間の命の記憶・命の経験にすぎないけれど
それでも魂を高めるように 魂を育てるように生き続けなきゃいけない。
そうすることが命をお預かりしたものの定めではないかなと思うのです。





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最終更新日  June 18, 2009 09:45:49 PM
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